「電車でGo!」の原点鉄道

 題名の由来を知っている人は少ないかもしれませんが、「京都」観光では非常に有名な「嵯峨野観光鉄道嵯峨野観光線」です。この路線は「山陰本線」の「馬堀」~「嵯峨嵐山」間における旧路線で、平成元年(1989年)に「山陰本線」のこの区間の新線への切り替えに伴い廃止となりましたが、平成3年(1991年)に観光鉄道としてトロッコを走らせることで復活しました。

 当時は「年間乗降数23万人で数年のブームが最初にあったのちにまたローカルになる」と予想されていましたが、初年度でその3倍の69万人、現在では100万人もの利用者が押し寄せる超成功した路線となりました。これを考えた人の発想がすごいです。

 そして、あの「電車でGo!」では初級コースとして登場しました。「電車でGo!」が発売された平成9年(1997年)にはとっくに観光鉄道化されていましたが、ゲーム内ではあえて「山陰本線」現役時代として登場していました。

この路線は人気が非常に高く、特に下流→上流コースが中々乗れないため、上流→下流コースで行きました。

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 「トロッコ馬堀駅」です。右の複線+トンネルが「山陰本線」(新線)、左の単線が「嵯峨野観光線」(旧線)です。

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 上の写真と同じ場所から反対側を見ると、この路線が「山陰本線」に合流しそうなのがよくわかります。

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 客車は「国鉄トキ25000形貨車」を改造したものを使っています。人を乗せるための車両でなく、荷物用の貨車そのものです。なので、車体の振動を直に感じることのできる楽しい人には楽しい車両です。

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 貨車専用の車両たちはしっかり自動連結器です(最近の乗客用は密着式連結器が主流)。

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 車両によっては窓ガラスなしの開放的なものになっています。チケットはすべて指定席ですが、椅子は赤の他人と相席になる上通路側だと人が邪魔なため、立ち席にしたほうがよいです。

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 ちなみに、「馬堀駅」近辺は、「明智光秀」が「本能寺」に向けて進軍した場所でもあります。それとは想像つかないゆるキャラになっていますが。

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 「馬堀」では馬車もみかけます。

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 「保津峡」です。車内は混んでいるため、景色を見る負担がかかります。「保津峡」の地質はメランジュが主らしく、チャートなどの険しい峡谷を造る原因となる硬い岩もあるそうです。

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 途中で3回「山陰本線」(新線)と交差します。「山陰本線」の列車と立体交差ができたらいいですが、今回は見られませんでした。

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 車窓からは、川下りをしている舟やボートをしょっちゅう見かけます。

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 「トロッコ嵐山駅」にて。ここで右の「山陰本線」(新線)と合流します。トロッコ列車は「トロッコ嵐山」~「トロッコ嵯峨」間の約1kmは、上下線とも「山陰本線」の下り線を走ります。つまり、上り列車は逆走運転をします。

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 「トロッコ嵯峨駅」にて。先頭の機関車は、「国鉄DE10形ディーゼル機関車」で、この形式は昭和44年~48年(1969~1973年)に製造された機関車です。現在もかくJRの車両所などで活躍しています。
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「嵯峨嵐山駅」の無料博物館

 「山陰本線」の「嵯峨嵐山駅」の隣には、歴代の蒸気機関車を展示している「19世紀ホール」があります。
 主に、トロッコを待つ間や小休止の合間に気軽に本物の蒸気機関車を見ることができます。

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 広場には、「日本」の蒸気機関車ではおそらくもっとも有名な「D51」が展示されていました。

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 屋内には、歴代の「D51」、「C56」、「C58」が並んでいました。

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 その中の「D51」は、半分が真っ二つになり断面を見ることができる、非常に珍しい思い切った展示形態をしていました。外から見れば筒ですが、なかはボイラーからの熱を効率よく伝えられるように細かい管がこれでもかと貫いています。

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「国鉄ア4形蒸気機関車」です。「日本」では3両しか走らなかった大変珍しく個性のある形をした機関車です。一通り活躍した後、あの「島秀雄」主体で練習用機関車に改造されたそうです。

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 かつては、人力鉄道も「日本」全国に走っていました。人力車とどっちが楽なのでしょうか?

川を渡る橋の上にある駅

 それは、非常に有名な「山陰本線 保津峡駅」です。

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 「保津峡駅」に降り立ってみました。高所から見ないと分かりづらいですが、本当に橋の上にかかっています。一応、「保津峡」の谷間にかかり、対岸のトンネルに通じていることから想像は容易です。

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 列車もこの通り、ほぼ橋の上に止まります。ホームの長さは10両編成対応の約200m。写真左下の切れ目が、橋梁との境目です。

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 ホームを「京都」方面に歩いていきます。バラスト軌道のあたりは、高低差が低くなっています。

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 「保津峡駅」に停まる列車は、ほぼ普通列車。速達列車は通過します。

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 橋梁との境目は、このように切れ目がはっきりわかります。

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 橋の下から眺めるとこうなります。普通の橋梁と比べてホームがある分重厚です。

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 ホームの上からは、「保津峡」の絶景がよく見えます。

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 そして、頻繁に急流下りの舟を見られます。

鉄道のカレー屋さん

 東京の「中目黒」付近には、鉄道備品が目白押しのカレー屋があります。店名は「ナイアガラ」です。少し前に「ジョブチューン」で紹介されていたことから知りました。

ナイアガラ
 「ナイアガラ」は、「東急東横線 祐天寺駅」から歩いて5分ほど(矢印部)にあります。

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 店構えです。踏切の警報器、寝台列車の扉、「D51」の正面、マスコン台、などなど全て本物の鉄道関連備品です。

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 店内にも鉄道関連の備品が、これでもかというくらい飾ってあります。主に昭和時代のものが多いです。正面にあるのは、「0系」の正面です。

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 車両の側面などに張られていたであろう、行先表示札も結構あります。suica等がなかった時代、定期券をはっきり見せることは、かなり重要だったでしょう。

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 カウンター机の下にもガラス越しに、改札関連の様々な備品が展示されています。

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 ディスプレイには、鉄道ビデオが上映され、他にも車両の絵、「となりのトトロ」に出てきたような電話機なども展示されています。

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 カレーです。テーブル席では、模型車両に乗せられて配られますが、他の客が多く撮影はできませんでした。
 カレーも辛さ順に、超特急、特急、急行、準急、鈍行、とか専門用語を店員の間で使っています。

「ニコニコ超会議2017」へ行ってきた

 2日目に行ってきました。

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 会場内です。

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 「進撃の巨人」の巨大イベントも行われていました。

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 自衛隊ブースには、「御岳山」噴火時にも出動した「89式装甲戦闘車」が展示されていました。

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 レゴで「初音ミク」が造られていました。

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 数年前からイベントに出ている「自宅警備隊」がいました。ついにブースまで構えだしました。

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 「笑点」のブースでは座布団積み選手権が開かれ、そこに「小林幸子」、「林家木久扇」、「山田隆夫」が来場していました。

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 段ボールで作品を造る人も来ていました。ニコ動ではかなり有名な方です。戦車はラジコン式で動きます。輸送がかなり大変そうです。

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 アニメ関連のポスター発表もありました。よくここまで分析するなあと思います。顔分析は緻密すぎて細かくわからないです。

【動画】『鉄道登山学 その12 新幹線と勾配 -「九州新幹線」の35‰-』

 鉄道間借りシリーズを続けていたあまり、実に1年ぶりのうpとなった登山学シリーズです。

 今回は、現役の新幹線で最も急な35‰を採用している「九州新幹線」について取り上げます。「九州新幹線」は、「北陸新幹線」と比べてはるかに穏やかな地形・線形の路線ですが、地質・地下水対策+建設費低減のために、35‰をはじめとする急勾配が小刻みに使われています。



原作
『「九州新幹線」の35‰勾配をみてきた』


次回予定
① 『鉄道登山学 その13 今後の新幹線と海外の高速鉄道』
② 『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた』


① 鉄道登山学シリーズの新幹線編で最後となる話で、「リニア中央新幹線」をはじめとした建設予定の新幹線と、海外の高速鉄道の勾配を紹介します。

② 「シン・ゴジラ」の円盤を見て、急に思いつきました。先月記事にしたものを、追加調査や計算などを肉付けして動画化します。
原作
『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その1 突撃速度について』
『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その2 変えられた「東京駅」の配線』

 どちらも原稿書き始め段階ですが、たぶん②の方が先にうpできそうです。

「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その2 変えられた「東京駅」の配線

 今回は、このシーンのために変更された「東京駅」の配線についてのお話です。

 「シン・ゴジラ」では、「東京駅」とその周辺は極力忠実に再現されています(未着工のビルはあるが)。ただし、「東海道新幹線」の分岐器が2か所変更されていました。



「無人新幹線爆弾」は、16,18番線に突撃した
 これは、劇中の描写を見ればすぐにわかります。両列車とも、推定速度240㎞の高速で分岐器の直線部を通り16,18番線に突入していますが、ここに実際と違う部分があります。

実際の「東京駅」の配線では、高速突撃は、16,17番線でないとできない

「シン・ゴジラ」では18番線突撃ができるように配線変更をした


シンゴジラと東京駅
 この図は、現在の「東京駅」の配線(上)と、「シン・ゴジラ」の「東京駅」の配線(下)を比較したものです。
赤色線は「無人新幹線爆弾」が通った部分です。16番線突入は、実際に分岐器のまっすぐな部分を通るため高速突入ができますが(※ここでは構内の急カーブは無視します)、実際に18番線へ突入するためには、制限速度60~70km/hとなっている分岐器の曲線部を2度通らなくてはいけません。とてもじゃないですが、200km/hを超える高速通過は不可能です。
 そこで図の下のように、18番線へ入る線路の分岐器は2か所ともまっすぐ方向を向くように変えられています。
 実際の配線よりも少し歪なものになりました。

何故17番線ではなく18番線突入にしたのか?
 以下の2つの理由が考えられます。


① 爆発の威力を「ゴジラ」に伝えやすいため?
シンゴジラと東京駅2
 上図は、劇中で18番線に突入した場合(左)と、実際の配線に従い17番線に突入した場合(右)の比較です。
 2つの列車の距離を、ホームを介しているとはいえ、隣の線路よりもさらに1本分(4.2m)離した方が、爆発の威力を「ゴジラ」の広い範囲に与えられるかもしれません。それなら19番線に突入させてもいいかもしれませんが、これでは逆に離れすぎてダメージを与えにくくなるのか?あるいは、②で話す演出の問題か?どちらでしょうか?


② 演出の問題(こっちが本命?)
シンゴジラと東京駅3

 こちらも、劇中の18番線突入(左)と、実際の配線で想定される17番線突入を比較した図です。この図では、水色部が新幹線車両、それぞれの突入シーンの視野を黄色扇枠で示します。

 図を見れば、一目瞭然です。18番線突入の方が、劇中で車両の横から眺めた景色の見栄えがいいです。

 18番線からは、隣の線路が見えて目の前の視界が広がり、左のホームを介して隣の車両を遠目で眺めることができ、走行シーンの迫力が増します。

 逆に17番線突入では、カメラのすぐ鼻先にほーむドアが迫り、景色の下半分以上が遮られます。カメラを少し上にやればよくはなりますが、すぐ下にプラットホームばかりが見えて隣の車両とも距離が近く、高速走行をしている迫力が減ってしまいます。

 「ヤシオリ作戦」でのビル爆破シーンを充実させるために、まだ建っていない超高層ビル(390m)を造るくらいですから、「無人新幹線爆弾」突撃シーンをよくするために分岐器の方向を2つ変えることくらい造作もないということでしょう。こんなことを気にする人はそんなにいないはずですからね。

「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その1 突撃速度について

 現在、どうにか動画化しようと画策中のネタをあげます。

 「無人新幹線爆弾」は、「東京駅」にたたずむ「ゴジラ」を起こすために投入された爆薬満載の「N700系」2編成です。

 劇中では「品川」・「大井車両基地」方面から「N700系」(無人)2編成が「東京駅」に高速で突入しました。
そしてこの作戦が実際出来るのかどうか、どうにかこうにか考えていきます。

「ゴジラ」への突撃速度は約240km/h
 この速度は、以下のデータから計算して得ました。

① 「東京駅」前の分岐器~プラットホーム間の距離:172m
(空中写真と「東京駅」ホーム長より計算)

② 2地点間の走行時間:2.6秒

より172m÷2.6秒×60秒×60分÷1000≒238.15km/h


「N700系」の推定速度変化(※あの車両のみで自走している場合)
 「N700系」の加速能力から、高校物理で習った計算式から、大雑把に速度変化を試算してみました。

速度変化グラフ(推定)・薄赤色はカーブ
新幹線爆弾
 水色線は、普段の新幹線車両の速度変化(http://www.nicovideo.jp/watch/sm9086831よりグラフ化)。
 赤い路線は、推定される「新幹線爆弾」の速度変化です。「新幹線爆弾」は、「大井車両基地」を発進して、「品川」~「田町」間で本線に合流するものと仮定しました。「新幹線爆弾」が240km/hで「東京駅」の「ゴジラ」へ突撃するためには、6.8㎞以上手前から発進、130~140km/hで本線に合流、190km/hで「浜松町」、215km/hで「新橋」を通過します。


実際にこうやって走ったら、途中で脱線する
各地点での速度(地図バージョン)

新幹線爆弾ルート
 緑色に、現実的な注釈を入れています。

本線への合流
「大井車両基地」方面から本線に合流するには、70km/h?制限の分岐器があります。計算上「新幹線」爆弾はそこを130~140km/hで通過するため、安全率を考慮してもここで脱線します。(恐らく大丈夫な)80km/hで通過すれば、「ゴジラ」へは220km/hで突っ込みます。まあ、これは多少の誤差範囲内です。

途中の急カーブ
 本線に合流した後は加速あるのみです。しかし本線は、最少半径400mの急カーブが多発し、実際の車両は100~110km/hほどで走行します。カーブのカントを新幹線最大の200mmにしたとしても、150km/hほどで遠心力により脱線するでしょう。また、実際のカントはそんなに速度を出さないこの区間では200mm未満になっているでしょう。

突撃させるとしたら、130km/h前後がいいとこ?
 現実的にはこの速度でしょう。ただし、長さが400mもの16両編成「新幹線爆弾」は本当なら高速で突撃させたほうが後方の爆薬を「ゴジラ」にぶつけられます。先頭車両から時間差をつけて順番に爆発させて(爆発の勢いを「ゴジラ」側に集中する方向で)、後ろの勢いを減らさないようにでもすればいいのでしょうか?
 ちなみに、「東京駅」のカーブはカントがかなり低いため、100km/hで通れるかもわからないです。

240km/hで突撃させるには

・カントを上げる(※作中ではその描写はない)
・遠心力に耐えられるよう線路と路盤を強化する
・緩和曲線を長くする
・(無茶だが)カーブの半径を緩くする


などの方法が考えられます。一言でいえば、非常にめんどくさいです。

「タモリ倶楽部」で踏切大賞に選ばれた踏切

無題
 その踏切は、「西武池袋線」の「池袋」付近にあります(赤丸の部分)。

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 この踏切は、道が二股に分かれ始めたところにあるため、互いが隣り合っています。もともと碁盤の目になっている街に斜めに横切るように線路を敷いたため、こうなりました。

 近くにもこのような横切りがありますが、他は道がふさがれたり、踏切を1本に絞っています。
 撮影はパノラマ機能付きのカメラで行った方がいいです。

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 隣から踏切を眺めるとこうなります。どちらも線路に対して約45°交差し、反対側の方では互いの踏切が常識的に離れています。

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 反対側からも眺めてみました。

 踏切は閑静な住宅街にあるので、見たり撮ったりするのは怪しまれないように気を付けましょう。

「熊本電気鉄道」に地下鉄「銀座線」の車両が来た背景

今年の3月12日に「銀座線」から引退した「01系」は、「熊本電気鉄道」で再利用されています。しかし、地上を走る普通鉄道に地下鉄「銀座線」の車両を乗り入れ指すのは、普通の中古車両を再利用するよりも大変なことです。

↓「銀座線」の「熊本」入り
http://tarouroom.blog89.fc2.com/blog-entry-1467.html
http://tarouroom.blog89.fc2.com/blog-entry-1468.html



「銀座線」車両の改造はかなり面倒

① 軌間の違い

「銀座線」:1435mm
「熊本電気鉄道」:1067mm

② 集電装置の違い
「銀座線」:第三軌条方式・下の集電用レールに車両の集電靴を接触させる
「熊本電気鉄道」:架空電車線方式・架線にパンタグラフを接触させる


 このように、軌間と集電という、大きな要素が全く異なるため、台車の軌間改造や集電装置の改造まで施さなければいけません。
 一言でいえば、再利用するのがかなりめんどくさい車両です。地方鉄道は経費節減のために都会の路線の中古車両を安く仕入れるため、はたから見たら効率が悪く見えます

それでも「銀座線」車両を入手した理由⇒近年は適切な中古車両を手に入れにくい
 
① 都心部の路線は、混雑対策のために車両を大型化していった
 乗車率を少しでも緩和し通勤地獄を減らすためには、車両の大型化が効果あります。ほかにも運転本数を増やす方法がありますが、線路容量の関係ですでに限界です。
 そして時は流れ、大型化した新車も古くなり、中古車両に大型の車両が増えてきました。ただし、中・小型車両に合わせた設備を保有する地方鉄道と規格が簡単に合わず、いつも通りに大都市の車両を手に入れることが難しくなりました。大型車両を入手して、それが走れるように路線を改造する手間が非常に大きいためです(そんなことするくらいなら新しい中・小型車を導入した方がいい)。

②「銀座線」の車両は昔も今もこれからも中・小型
 今から82~90年前に造られた「銀座線」はトンネル自体が昔の規格で造られているためかなり断面が小さいです。したがって、車両もそれに合わせて小さいままです。車両を大型化するには、トンネルを拡幅する必要がありますが、今後それをやる可能性は低いでしょう。

 そんな理由から、改造の手間は出ても「銀座線」車両は地方鉄道のサイズに合った貴重な中古車になりました。

飛行機からの景色(「熊本」~「羽田」) その2 「名古屋」~「羽田」

 「熊本」~「羽田」航路の続きです。

「伊勢湾」と「中部国際空港」
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 「中部国際空港」は、滑走路1本の空港島としては独特な形です。恐らく海岸線の地形と、滑走路をなるべく陸地から話した影響でしょう。
 「伊勢湾」の奥が「名古屋」です。写真中央ちょい左側の河口は、右側から「木曽川」、「長良川」、「揖斐川」です。つまり、社会の教科書で習った河川より低い土地である輪中の街、「海津市」です。

「知多半島」
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 「伊勢湾」三大半島の一つです。肉眼でも「中部国際空港」がよく見えます。

「豊橋」
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 「豊橋」上空。このあたりは水深が浅いため、埋め立てが盛んです。

「浜名湖」
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 水深や塩分濃度?などの関係で、色が場所によって変わっています。そして、手の形です。聞いた話では、「ダイダラボッチ」が
「琵琶湖」で穴掘りをしてその土砂で「富士山」を造るという意味不明なことをしていた時に転んで手をついた後が「浜名湖」らしいです。

左から(各文字の真下に相当)
「飛騨山脈」、「木曽山脈」、「赤石山脈」、      「富士山」

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 「富士山」と「日本」三大アルプスが1目で見られました。

「富士山」(「御前崎」付近より)
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 「遠州灘」の上空より。「富士山」がだんだん見えてきました。左側の「赤石山脈」はまだまだ白いです(3月)。「赤石山脈」から流れる「大井川」がめちゃくちゃ蛇行しているのもよくわかります。

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 写真中央少し右下に「富士山静岡空港」があります。その名前の元の「富士山」はそこから80kmほど離れています。こうして「駿河湾」の海岸沿いに「富士山」を見られるのも新鮮です。

「富士山静岡空港」
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 他の地域でもそうですが、開港までに紆余曲折ありまくりの空港です。「牧之原」大地の一尾根を見事にぶち抜いています。

「富士山」と「静岡平野」(「駿河湾」より)
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 雪の積もっている山は右から「富士山」、「赤石山脈」、「木曽山脈」です。

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 「駿河湾」より、「静岡平野」、「富士山全体」、更にはその奥の「甲府盆地」まで見渡せます。改めてみると、「富士山」だけ地形が特殊です。

「静岡平野」
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 「静岡平野」全域を俯瞰。「三保半島」~「静岡県」北端の「赤石山脈」までがよく見えます。「静岡平野」を縦断する「賎機山」を境に、東西の高低差の気配がわかります。
 どれだけ知名度があるかわかりませんが、「静岡平野」の右半分の「清水」こそが、「ちびまる子ちゃん」の舞台町であることを書いておきます。

「富士山」拡大(「駿河湾」より)
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 飛行機は、「駿河湾」沖合を飛びます。そこから、海面よりそびえたつ、「東海道新幹線」から見るアングルの「富士山」を眺めることができます。飛行機は着陸態勢に入りはじめ、若干高度を下げています(「富士山」よりはだいぶ高い)

「伊豆半島」の「弓ヶ浜海岸」と「下田」
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 「伊豆半島」の奥座敷である「下田」です。下の写真が「下田市」市街地、上の写真が「下田」の南側の「弓ヶ浜海岸」です。遠浅の海と砂浜が非常にきれいな、おススメ海岸です。

「天城峠」
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 「天城越え」で有名な「天城峠」(写真左側)と「天城山地」が見えます。右側には風力発電所が並んでいます。よーく目を凝らしてみると、写真を4等分した区域の中心に、「河津七滝ループ橋」(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Kawazu_roopbridge01.JPG)が見えます。

「富士山」(「伊豆半島」南端より)
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 「富士山」を「伊豆半島」越しに俯瞰。「富士山」東側の「御殿場」は他より雪がたっぷり積もっています。

「房総半島」
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 「房総半島」の南端に差し掛かりました。東側へ向かう国内線は、「東海地方」南側の沖合を進み、「房総半島」を反時計回りに回り込んで「羽田空港」に着陸します。こうしてみると、半島が長いです。そして、かなり高度が下がっています。

「東京湾アクアライン」
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 「シンゴジラ」登場場所となった「アクアライン」が、写真中央右側に見えます。

「外房」の海岸
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 海が非常に澄み切っています。ここも深さごとに色が変わっているのがよくわかります。

「千葉」の工場群
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 工場マニアの人にとっては萌え画像です。マニアではありませんが、すごい設備群です。

「東京湾」
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 上空から見ると、湾内の船舶の数が異様に多いのがわかります。

「鶴見つばさ橋」
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 写真真ん中少し上にあります。

「川崎浮島ジャンクション」
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 「羽田空港」到着直前に、「タモリ倶楽部」の「首都高」造りかけ大賞でも紹介された「川崎浮島ジャンクション」を通過。このジャンクションは、「首都高湾岸線」と「東京湾アクアライン」の交点で、計画倒れになったパーキングエリアなどの未成用地があります。写真を横切っている白い高架が右側で途切れていますが、これが造りかけの部分です。パーキングエリア予定地は現在、太陽光発電所になっています。

飛行機からの景色(「熊本」~「羽田」) その1 「九州」~「紀伊半島」

 「熊本」~「羽田」間を飛行機で移動したので、その1時間半ほどの間に150枚くらい写真を撮ってみました。

 わりかしきれいに映った景色をうpしていきます。

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 ちなみに、「熊本空港」では馬刺しなどが食えます。
 
 それでは、景色をうpしていきます。
「九州」
「熊本平野」と「熊本空港」

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 飛行機は「熊本空港」から西側に離陸し、「熊本平野」上空を180°旋回して東に向きを変えます。
これは、旋回を始めた様子で、「熊琴平野」上空から「熊本空港」と「阿蘇山」を眺めています。

「阿蘇山」(南西から)
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 「熊本平野」の南寄りから撮影。なだらかな平野の上に、「阿蘇山」の険しいカルデラ地形がよく見えます。

「中央構造線」の地形
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 「九州」にも「中央構造線」が横断し、上空からはその地形がよく見えます。写真右下から左上にかけて、「中央構造線」による筋状の谷地形がまっすぐに延びています。


「阿蘇山」と「熊本空港」(南側から)
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 写真中央左側が「熊本空港」、右側が「阿蘇山」です。

「熊本平野」(南側から)
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 少し視点を左(西側)に移すと、「阿蘇山」の火山灰などで形成されたなだらかな「熊本平野」が見下ろせます。

「阿蘇山」全体(南側から)
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 「阿蘇山」のカルデラ全景を俯瞰。上空から見ると、巨大なカルデラ地形、外輪山の様子がよく見えます。こうしてみると、この火山の巨大さがよくわかります。こういう火山地形の中に町を造っていることがなんだかすごいです。

「大分市」
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 「九州」を横断し、「大分」上空を通過。「大分県」の特徴でもある「国東半島」が見えます。


丸っこい「国東半島」(上側)ととんがっている「佐賀関半島」(下側)
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 「大分県」の2つの半島はこんなにも形が違います。「佐田岬半島」は「中央構造線」によりこの形にとんがりました。

「九州」の「国東半島」(左側)と「四国」の「佐田岬半島」(右側)
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 「中央構造線」によって引き伸ばしちけいとなった2つの半島を同時に見れました。

「四国」~「淡路島」
「来島海峡第一~三大橋」

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 「愛媛県」上空を通過。写真中央に3連続吊り橋として有名な「来島海峡第一、二、三大橋」が見えます。

三高速の分岐点(「川之江」、「川之江東」ジャンクション)
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 「愛媛自動車道」、「高知自動車道」、「徳島自動車道」の3高速道路が2つの三叉ジャンクションによって繋がる「四国」の交通要所です。

「瀬戸大橋」
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 「瀬戸大橋」です。飛行機の高度は約12kmとかなり高空なため、全長が9km以上もある「瀬戸大橋」も一斉に見渡せます。「四国」側の平野は、「讃岐富士」などの硬質な岩相で回りと比べて削れ残った小山がよく見えます。

「大鳴門橋」
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 「大鳴門橋」を急角度でなんとか見られました。

「淡路島」
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 「淡路島」も大部分が形がわかるほど見渡せました。高空を通る便は視野が広いです。

「明石海峡大橋」
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 「淡路島」北端にある橋が辛うじて見えました。飛行機は、「淡路島」南端(もしくはさらに南の海上)を通っています。「本州四国」の三大連絡橋を制覇です。

「大阪」~「三重」
「大阪湾」
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 左下に「関西国際空港」、その上に「淡路島」の北端、真ん中上側に「神戸空港」、「ポートアイランド」、「六甲アイランド」、「神戸」の街並み、右側に「大阪平野」が見渡せます。「六甲山地」から北側は雲に覆われています。写真下の「大阪平野」南部には、古墳(小さい緑色の丘)が多く見えます。

「大阪平野」
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 少し右(東側)に視点を移すと、「大阪平野」全体が見渡せます。街並感が半端ないです。

「関西国際空港」(コナン映画視点)
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 確かこんなアングルだったと思います。

「大仙古墳」
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 写真中央に、教科書でも見たことのある、「大仙古墳」(面積が世界最大の墓)が見えました。

「奈良盆地」
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 「奈良盆地」を、その南端部から俯瞰。見事に山に囲まれています。写真左は「生駒山地」と「大阪平野」です。

「三重県」「松坂市」
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 「紀伊半島」を横断して「三重県」「松阪市」を通過。上空からは、水深の違いも川や海の色からよくわかります。

「鼻ぐり井手」(全自動除灰システム)

 「日本」全国に無数にある用水路の中で、「熊本」だけにしかない超貴重な形式の水路が「鼻ぐり井手」です。自分は、「ブラタモリ」で知りました。

 「鼻ぐり井手」は、「加藤清正」の時代の400年前に造られ、言い換えれば「全自動除灰システムつき用水路」で、水路の水に含まれる土砂(「阿蘇山」の火山灰)が水底にたまらないようにする形をしています。

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現地の説明書にはこう書いてあります。要約すると

「鼻ぐり井手」
場所:「熊本県菊陽町」(「阿蘇熊本空港」から数㎞北側)

建造時期:1608年

水路の概要:「阿蘇山」山麓~「熊本平野」の水田へ水を供給する全長12kmの水路

特徴:うちこの区間400mは岩山で、深さ20mもの溝を掘りぬいて水路が造られた。
→普通の溝ではなく、2~5m間隔で厚さ1m、高さ4mの仕切り壁を残し、そこ下部に2mほどの半円穴掘って水路にした

この形のいいところ:
①この壁と穴の形で流れる水に渦を発生させることで、水に含まれる「阿蘇山」の火山灰が巻き上げられ、底jに堆積せずに流れ去る
=深さ20mの谷から定期的に土砂を取らなくてもよくなる
②掘削量を減らせる



水路の様子(渇水期)
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 見てきた時期は2月ですが、この時期は渇水期で水がほとんど流れていないため、水路の底までがしっかり見渡せます。もとは川でも谷でもない、岩山だったのですが、水路のために、これだけの深さの岩盤を400年前に掘りぬきました。

 造られて400年たちますが、現在も25か所が残り、現役バリバリで全自動除灰作業を行っています。

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 少し拡大。現在も、定期的に水路の除灰を人の手でする必要は全くありません。

 ちなみに、現在は28基が残っていますが、建造当時は80基ありました。江戸時代に52基が破壊されましたが、それはこの水路の機能を知らない(引継ぎができていない)役人が(恐らく)「仕切りを取ってもっと水を流そうぜ」とでも考えていたようです。それでも現在に至るまで十分に除灰機能は健全です。

「熊本」の鉄道 その2 「熊本電気鉄道」の路面区間

「熊本電気鉄道藤崎線」の「藤崎宮前」~「黒髪町」間には、100数十mにわたり道路を通る、いわゆる路面区間があります。

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 路面区間の全景です。幅2車線ほどの道路に、単線の線路が曲がりくねって入ってきています。線路両側に塗られているオレンジ線が車両の限界線です。周囲は、普通の住宅街です。

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 「藤崎宮前」方面を撮影。曲がりくねって道路にやってきています。このくねり具合がかなりローカルっぽいです。

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 線路は道路の左端に寄っています。線路の隣は、普通の住宅建屋です。普通に家の門や駐車場が線路の隣にあります。

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 カーブがかなり急なため、線路両側に脱線防止ガードが設けられています。

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 線路左側に道路延長には、「藤崎宮」?の鳥居が見えます。

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 路面区間では、線路と家がこんな感じに見えます。ここの住人たちは、家の出入りや車の入出庫のために、普通に線路を渡ります。

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 「黒髪町」方面から全体を撮影。線路以外は、どこにでもある光景です。

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 「黒髪町」方面では、「都電荒川線」みたいに道路とガードレールを隔てて分かれていきます。

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 踏切手前から路面区間全体を撮影。

前世に戻った地下鉄車両
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 地下鉄「銀座線」の中古車両「01形」(01系)が路面区間を走っています。元都会の車両がローカル路線を走る光景はよくありますが、これはなかなか新線です。
 交通歴史では、地下鉄は路面電車の生まれ変わり(路面電車廃止して地下鉄に置き換えた事例が多い)でもあるため、この光景は現在の地下鉄車両が前世に戻ったともいえます。

踏切と元「銀座線」車両
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 地下鉄車両が踏切を渡るという、かなり珍しい画像。ですが、元の路線である「銀座線」にも「上野」の車庫に出入りする区間に踏切があるため、光景を継承しています。

【動画】『新幹線を間借りした鉄道 その8(終) -「えちぜん鉄道」の間借り【後編】-』

 新幹線を間借りした鉄道シリーズの最終回をようやくうpしました。最近サボり気味だったので3か月ぶりの投稿です。




 内容は、「えちぜん鉄道」の間借りの様子を空中写真や地表踏査で解説していくものです。ほぼ以前の調査(「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借りを参照)を動画化したものです。


原作
『「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借り その1 全体を俯瞰』
『「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借り その2 「福井駅」』
『「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借り その3 「福井」~「新福井」』
『「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借り その4 「新福井」~「福井口」(線路上)』
『「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借り その5 「新福井」~「福井口」(線路下)』

次回予定
『鉄道登山学 その12 「九州新幹線」の35‰』

 約1年ぶりの登山学シリーズです。今から原稿を書いていくので、うpは結構遅れそうです。現行の長さ次第では前編後編に分かれるかもしれません。

「熊本」の鉄道 その1 車両

 「熊本」市内にはJR路線のほかに路面電車や「熊本電気鉄道」の路線が通っています。市内を巡って撮影した写真をうpしていきます。

「熊本市電」
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 「熊本」市内には、2系統の路面電車が通っています。軌間は新幹線と同じ1435mmでかなり広く、場所によっては運行密度が4分に1本とかなり高いのが特徴です。ほかの都市と同じく、最近では近代車両の進出が著しいため新旧の車両が入り混じっています。

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 また、路盤が芝生化されている場所もあります。

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 「熊本駅」前では、線路が歩道橋の橋脚を避けるように曲がりくねっています。

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 「富山」や「広島」などでも見られましたが、ここにも2両編成の近代車両が走っています。

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 「上熊本駅前」には車両基地が併設されています。そこにシーサスポイントがありました。軌間が広いため、交差部分が線路間とかなり近づいています。

「あんたがったどこさ」の場所
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 「日本人」の大半が知っているはずの有名な地名です。
あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場さ
 「ブラタモリ」でやっていましたが、「船場山」は現在はありません。かつてあったこの橋を通る川の土塁が「船場山」らしいです。

「上熊本駅」
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 「上熊本」駅は平成27年(2015年)3月14日に改築されたため、かなり新しいです。ホームとホーム屋根はあの「水戸岡鋭治」がデザインをしています。床や屋根に木材がふんだんに使われています。

「熊本電気鉄道」
 この路線は、(特に「東京」の)中古車両の宝庫です。

「01形」(元「東京メトロ銀座線」の「01系」)
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 今年の3月12日に「銀座線」から引退する「銀座線」車両が、平成27年(2015年)2月21日からここで活躍しています。「銀座線」の軌間は1435mmで「熊本電気鉄道」の軌間は1067mmのため、台車をはじめとする改造はかなりの手間がかかっています。地方鉄道は経営状況によって価格の安い中古車両の導入が盛んですが、近年では大都市の鉄道車両の大型化で地方鉄道間での中古´中型車両´の争奪戦が激しくなっています。そこで、地下鉄の中古車両の導入にも至っています。

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 ホームと車両の隙間を埋めるために、「銀座線」時代にはなかったステップが取り付けられています。

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 車両の内装は、「銀座線」時代とほとんど変わっていません。

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 運転台もほとんど変わっていません。こういう中古車両は改造点を最小限に抑えていることが多いです。

「6000形」(元「都営三田線」の「6000形」)
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 かつて都営三田線」で活躍していた「6000形」です。5編成を譲り受け、製造されてから46~49年経過したかなりのベテラン車両です。

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 内装、運転席もどこか昭和の香りがします。

「北熊本駅」
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 「東京」現役時代はおろか、博物館でさえも決してみることのできない、「銀座線」車両と「三田線」車両のツーショットです(両社は経営会社が違うので、博物館同時展示はほぼあり得ない)。

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 構内の車両基地には、他の路線の中古車両(現役引退もある)がずらりと並んでいます。
左から元「南海電気鉄道」の「22000系」(「22000形」)、「青ガエル」と呼ばれた元「東京急行電鉄」の「5000系」(「5000形」)、更に歴史の長い「モハ71形」です。

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 「5000形」は、昭和60年(1985年)に「東急」から譲り受け、平成28年(2016年)2月14日の引退まで31年間も活躍していました。一時期は、「ケロロ軍曹」ラッピングがされるという、ネット上で盛り上がる規格が実行されました(作者の「吉崎観音」が「熊本」出身だから)。

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 「モハ71形」は、今から64年も前の昭和53年(1953年)に廃車となりその1~4年後に「熊本電気鉄道」に譲渡された歴史ある車両です。現在も「5000形」と同じく動態保存され、工場内での車両入れ替え役として活躍しています。

現在の「熊本城」

 「熊本」へ行ってきたので、現在の「熊本城」の様子を見てきました。
 テレビや新聞ネットで何度も報じられている、「熊本地震」の被害を受けた「熊本城」ですが、現地で見てみると、その被害の大きさがより実感できます。

 大きめの地震では、城の損傷は大規模なものが2~3か所あるというイメージですが、「熊本城」の場合はその大規模な損傷・崩壊が見えただけで数十か所(実際はもっと多いはず)あるということです。「天守閣」の復興は最優先工事で3年、城郭全体の復旧に20年以上、600億円以上かかるのがうなずけます。
 地震から9か月が経過していますが、見た目では、復旧工事のスタートラインに立っている状態です。

「熊本城」被災の特徴印象
① 大規模崩落が外から見えただけで数十個所ある
② (当たり前だが)町やライフラインの復興がまだまだこれからも優先
③ 城郭修復の専門業者が少ない


 現在の「熊本城」は、「二の丸広場」などの外側から様子を見ることができます。内堀より内側、「天守閣」などは今も立ち入り禁止です。

「馬具櫓」
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 石垣が崩れて内側の中詰め石ごと崩落し、上部の櫓が沈下しています。このような形の被害が、他にも多く見受けられました。

「二の丸広場」からみた城内
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 ここから先、「天守閣」側は立ち入り禁止です。

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 奥には崩落した石垣が今も散乱しています。

「二の丸広場」
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 立ち入り禁止の柵が、いたるところに張り巡らされています。柵の内側は崩落で危険な個所であったり、写真のように復旧工事の基地にもなっています。

「二の丸駐車場」
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 こうした観光用に使われるであろう建物前にも、工事に使うカラーコーン類が山高く積まれています。

「未申櫓」
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 櫓のとなりの石垣が完全に崩落しています。ここの復旧、崩落対策工事だけでも数年はかかりそうです。

「西出丸」の長壁
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 長壁も全体が潰れています。

「西大手門」
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 約100m遠方から撮影(門手前の広場は前面が立ち入り禁止)。建屋の下が完全に崩れ去っています。角の算木積をしている部分は基本強度が高いため、かろうじて残っています。そこで上のひずんでいる建屋をどうにか支えています。


「戌亥櫓」と石垣
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 こちらの石垣も全体が崩落しています。

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 石垣の崩壊は、間近ではこう見えます。

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 櫓の土台部も中抜け崩壊しています。ここも角の石垣で建屋を支えています。上の櫓には、土台崩落による歪が見られます。

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「宇土櫓」
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 櫓となりの長壁が崩落しています。遠目から見て櫓やその下の石垣は大きく損傷していないようです。

「加藤神社」への通路
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 一般人が通れる通路は、大型土嚢で補強してあります。

「不開門」付近
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 石垣だけでなく、中の地山の崩落も激しいです。かなり深い場所までえぐれています。一部は吹き付けモルタルで補強されています。

「天守閣」
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 ニュースでよく映された「天守閣」です。ここからは「天守閣」や櫓がきれいに並んでいるのが見えますが、崩落が痛々しいです。

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 「大天守」と「小天守」です。「小天守」の下の石垣が崩落して建屋と隙間ができています。石垣自体の崩落がまだ他と比べて少ないのは、「天守閣」が大きく重いため、石垣が地震動でばらけるのをそこそこ抑止されたからでしょうか?ただ、外目ではわからない反対側は一部が崩落しています。
 いずれにしても復旧には相当な手間がかかるのは明らかです。

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 「天守閣」の屋根瓦も、当時の報道のまま、剥がれ落ちていました。建屋の方は無事なのでしょうか?
 報道では城郭全体の中で一番優先して3年で復旧させる見込みです。

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 地元の小学生たちが作成したペットボトルによる「天守閣」です。

新幹線車両が全力を出した時の最高速度

 乗り物には、「設計最高速度」という、全力運転をした時に出せる理論上の最高速度があります。単純に言えば(厳密に言えば微妙に違うが)、鉄道の場合は、水平なところでの全力最高速度(均衡速度ともいう)です。そして、実際の営業運転では、そこまでのスピードを出した運転をしません。これは。最高180km/hとかで走れる車が本当に一般道を180km/hで走ると色々な意味でやばいのと同じです。
 新幹線では各路線、各車両で最高速度が定められていますが、これらが全力を出したらどうなるのか、比較してみます。

 ここでいう全力とは、水平時の均衡速度だったり、設計最高速度だったりと、車両によって定義は違います。あくまで適当に調べたので。

0系 「東海道・山陽新幹線」
実際:220km/h 全力:235km/h

100系 「東海道・山陽新幹線」
実際:230km/h 全力:276~289km/h

200系 「東北・上越・北陸新幹線」
実際:240km/h 全力:250km/h、下り坂利用で275km/h

300系 「東海道・山陽新幹線」
実際:270km/h 全力:296~325km/h

500系 「東海道・山陽新幹線」
実際:300km/h 水平全力:365km/h

700系 「東海道・山陽新幹線」
実際:285km/h 全力:340km/h

N700系 「東海道・山陽新幹線」
実際:300km/h 全力:少なくとも330m/hは可能

E2系 「東北・上越・北陸新幹線」
実際:260~275km/h 全力:315km/h

E5系 「東北・上越新幹線」
実際:320km/h 3‰上り全力:360km/h


 こうしてみると、「100系」は全力を出せば、今の「東海道新幹線」の「のぞみ」並みに出せるようです。

 「200系」は、歴代車両の中で、もっともスペック以上の運転をできた列車でしょう。

 逆に「500系」は、「E5系」が320㎞/m運転をする15年近くも前に320km/m営業運転を目指し、かなり現実的になりましたが、「兵庫県南部地震」後の安全基準変化や騒音問題で実現しませんでした。

 現在最速の「E5系」は、やろうと思えば夢の360km/h運転をできるようです。ただし、その運転ができる区間は、どこまであるのでしょうか?

 各車両が全力運転をしたらどこまで時間を短縮できるのか、考えるのも楽しそうです。

かつて世界で一番ホームが離れていた「新三郷駅」

「武蔵野線」の「新三郷駅」は、かつて世界で一番ホームが離れていた駅としてギネスブックに登録されていたことがありました。

「新三郷駅」:昭和60年(1985年)3月14日開業
かつての上下線ホーム間距離:360m
ギネス記録期間:昭和60年(1985年)3月14日~平成11年(1999年)3月20日


Aerophotograph_Shinmisato_Sta_Musashino_Yard_1989_cap.jpg
(Wikipediaより)
 ホーム間が離れていた時代の空中写真です。上下線間には「武蔵野操車場」の跡地があり、本線はそれを挟むように上下線分かれていたため、このような形になりました。平成11年(1997年)3月20日に、両線が下り線側に統合され、このギネス記録は終わりました。

こうなっていた理由
①「武蔵野線」はもともと貨物専用線だったため
 今では通勤路線と化している「武蔵野線」ですが、どちらかといえば貨物列車のために造られた貨物専用路線でした。造った目的は、貨物列車の都心部迂回です。その後沿線人口の増加で旅客列車が増発されていきましたが、今でも貨物列車は通ります。
 そして「新三郷駅」の場所には操車場とよばれる、広大な貨車置き場がありました。
 「武蔵野操車場」は、操車場としては最新式でかつ、「日本」最大の規模でした(全長5.2㎞、幅350m)。しかし、国鉄の経営悪化による貨物運用方針の変更で、僅か10年でその役目を終えました。

②「新三郷駅」はあとから造られた新駅だった
 「武蔵野線」が全線開業したのは昭和53年(1978年)ですが、「新三郷駅」が開業したのはその7年後の昭和60年(1985年)です。ちょうど「武蔵野操車場」にあたる場所に完全に後付でつくられたため、こんな構造になりました。


 現在ではその操車場跡地で再開発が行われ、「新三郷駅」も、どこにでもあるような普通の駅になっています。

「ニューヨーク」の地下鉄には地下ジャンクションが多い

 前回大雑把に紹介した「ニューヨーク」の地下鉄の地下部分配線を詳しくだらだら語っていきます。

 路線名や駅名まで語るのは面倒なので、とにかく配線のみです。

「マンハッタン島」南部
1-1.png
 4複線区間です。複々線が2段構造となり、4複線(8線)の巨大駅になっています。しかも、路線同士が短絡線でつながっています。

1-2.png
 真ん中の複々線路線が、3方向に分かれ、そのうち1本は別路線と繋がっています。

1-3.png
 駅の端に、列車を折り返させるための半ループ線がつけられています。しかも、ループ線上にも独自のプラットホームがあります。

1-4.png
 2路線共有の折り返し半ループ線もあります。折り返し線は複線になり、しかも互いの路線を行き来できるよう短絡線がつけられています。

「マンハッタン島」北部
2-1.png
 3線区間で、内側の線路と外側の線路がわざわざ立体交差で入れ替わっています。

2-2.png
 複々線と3線が2段式で重なり、駅を介して合流しています。ものすごく複雑な配線です。しかも、複々線の方は近くまで複線2段式のため、立体図にすると相当カオスでしょう。

2-3.png
 右側の路線は、複線2段式でホームも2段式になっています。各駅停車と急行の並走が見られるであろう路線です。
 左側の路線は、3線と複線が合流して複々線になっています。

2-4.png
 前の図の2段式区間では、留置線も同じ位置に2段式となっています。その後、平面複々線に戻ります。

2-5.png
 複線2段式の複々線区間ですが、なにやら線路の位置が入れ替わったりして非常にカオスになっています。どこかに説明書があるといいのですが。

2-6.png
 複線が2つの複線に分かれ、複々線が複線と3線に分かれ、それが互いに短絡線で結ばれています。

2-7.png
 ここでもそれぞれの複々線が2段式になっています。途中駅で片線が行き止まりとなり複線になっています。

2-8.png
 もはや、どこから語ってよいやらわからないカオスです。
 左側の複々線の青路線が2方向から空ぞれ別の路線に分岐、連絡しています。連絡しているオレンジ線も3方向に分かれて青色路線に繋がっています。真ん中の黄色路線の分岐や複々線駅の立体交差が見劣りするのがすごいです。

2-9.png
 右の緑色路線と赤色路線に真ん中の茶色路線が繋がっていますが、互いにはつながっていないようです。

2-10.png
 幅約4㎞の「マンハッタン島」内に、5本の複々線、計20本もの線路が並走しています。平均複々線間隔は1km以下ということです。この辺りは急行の停まる主要駅が多いためか?両渡り線や留置線が多発し、平面配線もカオスになっています。

「ブルックリン区」
3-1.png
 真ん中の黄色路線は、複々線と複線が合流して3複線駅になっています。更に短絡線が設けられ立体的にもカオスです。その左側では、互いの線路の位置が入れ替わるために立体交差をしています。
 下側の緑色・赤色路線の複々線をまたぐように大規模な両渡り線がつけられています。
 その下側では、三角線が3種の路線を結び、さらに別の路線が合流して右側では3複線になっています。

3-2.png
 こちらにも3複線区間があります。しかも、駅のプラットホーム位置が路線によって異なり、赤色路線のホームが内側の複々線をまたいでいます。
 その左では、赤色路線と緑色路線が分岐し、その後で複線2段式の複々線と複線に分かれています。

3-3.png
  複々線のため、車庫につながる分岐線も一層豪華になっています。

3-4.png
 複々線のうち急行線がショートカットをしています。下側の駅では留置線が設置されていますが、複々線なぶん、通常の2倍の数です。


「クイーンズ区」
4-1.png
 ここもどう説明していいやらわからなくなるカオス地帯です。右上の青色・黄色路線が合流して、途中でオレンジ色路線が分岐し、その次の駅で3方向の複線に分かれています。黄色路線は別の路線に合流する短絡線と化しています。

4-2.png
 ここにも、ショートカットをしている急行線がありました。

4-3.png
 車庫につながる短絡線が2方向から通っているため、地下の立体三角線となっています。車庫の左側の区間は1つ手前の駅から短絡戦が分岐するため、3複線区間となっています。右下では青色路線が別の路線と二段式関係になっています。

4-4.png
 車庫多発地帯です。特に左側では、灰色路線と茶色路線が短絡線で結ばれ、近くの車庫にも茶色路線が2方向から立体で分岐し、近くに青色路線が複々線で接近しているため、わけがわからなくなっています。
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