「平尾台」 その2 「牡鹿洞」

「牡鹿洞」:「日本」で珍しい垂直鍾乳洞(入口が30mの竪穴)
 今回は、「牡鹿洞」を紹介します。「牡鹿洞」は、今から55年前という割と最近に発見された「日本」に2つしかないらしい垂直型の鍾乳洞です。この垂直型とは、おそらく入口がかなりの落差の竪穴のことを指しています。その竪穴は約30mと、観光用鍾乳洞としては、かなりの規模です。

垂直な入口

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 「牡鹿洞」の解説と見取り図です。かなりの竪穴ということで、動物の落とし穴にもなり、古代動物の化石がかなり見つかっています。

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 「牡鹿洞」の入り口です。入口自体がほぼ垂直で、設置された階段をつづら折れに降りていきます。

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 1つ前の写真奥の階段から、底を見下ろします。とんでもない高さです。階段には踊り場が5か所設けられています。

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 底から地上を見上げます。左の階段の最初の踊り場高さは、5mほどです。こんな急で落差のある観光鍾乳洞は、見たことがありません。

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 階段を下りた先からは、少し横穴が上下しつつ続きます。写真奥から動物の骨や化石が多数発見されました。

洞内
 「牡鹿洞」は、水量が少なさそうな鍾乳洞で、壁面自体が鍾乳石形成後に変化や崩落をしたかのような印象でした。「平尾台」のカルスト地形図を見たら、地下水系の最上流部にあたり、より大規模な「不動洞」などのほかの鍾乳洞へ地下水が流れていく関係です。

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 かつては、表示板の所まで地下水で満たされていました。ちょうど庇が出ている部分でノッチといいます。
 例えれば、コーンスープの液面に位置するところでスープの塊がカップの淵にこびりつくようなものです。

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 岩質はわかりませんが、上と下でなんか石が違うかもしれません。表面の形状が変わっています。勝手な想像ですが、下半分が滑らかな石灰岩、上が土砂交じりとかの岩石でしょうか?もしくは、地下水流の跡とか?

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 こういう縦長の断面は、縦長の亀裂をもとに広がったのでしょうか?

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 だいぶ表面が着色されていますが、石灰岩っぽさがまだ見えます。

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 洞内には、特徴的な模様が描かれています。ただし、左下の顔っぽいほうが気になりました。

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 葡萄状鍾乳石は、確か結構珍しい鍾乳石だったような気がします。

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 洞内奥に湧き水がありました。恐らく「牡鹿洞」、さらにはこの地下水系でほぼ最上流に位置する湧水です。ここから数㎞に渡って「平尾台」地下を流れていきます。大雨の日はかなり水が湧きそうです。
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「平尾台」 その1 外の風景

 「平尾台」は、あの「秋吉台」、「四国カルスト」と並ぶ「日本」三大カルストの一つで、「福岡県」北東部に位置する「九州」最大規模かつ有名なカルスト観光地帯です。
 カルストといえば「秋吉台」が非常に有名ですが、「平尾台」も規模や学術の面からは非常に面白い地質地形帯です。

 カルスト地帯の面積は約12km2で、大部分が結晶質石灰岩、一部が花崗閃緑岩からなります。「平尾台」には、大小200近くの鍾乳洞がみつかり、そのうち「千仏洞」、「目白洞」、「牡鹿洞」の3洞窟が一般見学、その他「青龍窟」などが探検ツアーで見学できます。

 そして、観光用のこの3洞窟は、他ではなかなか見られない以下の特徴があります。

「牡鹿洞」:「日本」で珍しい垂直鍾乳洞(入口が30mの竪穴)

「目白洞」:世界的にもかなり貴重な長さ20mの水平天井がある

「千仏洞」:サンダルを履いて地下水路を直に歩ける


 「平尾台」関連の記事では、以上の3洞窟を紹介します。

その前に、「平尾台」と周囲の景色を説明します。

「日田彦山線」の「石原町駅」
「日田彦山線」は、今年の「平成29年7月九州北部豪雨」で南半分の区間が甚大な被害を受けた路線です。もとは、「筑豊炭田」や「平尾台」付近の石灰石鉱山から算出される石炭・鉱石を運搬する貨物路線として、偉大なる「筑豊炭田」鉄道網の一つで大変にぎわっていました。

 炭鉱が閉山されていき、この路線も周囲の路線にもれずローカル線となっていますが、線路沿いの駅設備は、当時の繁栄を今に伝えています。
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 「石原町駅」は、「平尾台」の最寄り駅で、そこからコミュニティータクシー(結構安い)で行き来ができます。近くには「平尾台」の石灰岩を採掘している鉱山の露天掘りがあります(写真左上)。秩父の石灰鉱山のように、遠目からもその姿が見えます。

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 「石原町駅」構内です。現在は2両前後の編成列車が走っていますが、それに比較して非常に長大な発着線が、跡地を含めて何本も見えます。かつては、石灰石や石炭を大量搭載した貨物列車が頻繁に走っていました。この雄大な設備は、「筑豊炭田」の多くの駅に見られます。

「北九州モノレール」のシーサスポイント
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 普段、普通鉄道でよく見る主要駅の両渡り交差です。ござ式モノレールの形では、かなり大掛かりになります。

「水戸岡」作品の一つの「817系」
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 あの「水戸岡鋭治」の作品のひとつで、平成13年(2001年)にグッドデザイン賞を受賞した車両です。「JR九州」らしく色調がとても豊かで、扉近くのつり革配置を円陣状にしています。

「平尾台」のカルスト地形(外)
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 「平尾台」では山焼きが行われるため、景色の見通しは非常によく、カルスト地形の特徴である石灰岩の露岩がよく見えます。

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 石灰岩の露岩です。「平尾台」の石灰岩露岩の特徴は、丸っこいところです。カルストの石灰岩はギザギザすることが多いですが、個々の石灰岩は熱編成を受けた結晶質で硬いため、均等に侵食されて丸っこくなります。

ドリーネ地形
 カルスト地形の代表各のドリーネもそこらかしこで見られます。ドリーネはいわゆる陥没地形で、地下で浸食融解して空洞化(鍾乳洞化)した影響で、地表が陥没してできます。言い換えれば落とし穴で、散策はやめた方がいいです。この地形から地表水が流入し、地下の洞窟に流れていきます。

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 大きめなドリーネは、木の位置が妙に低いこと、くぼんでいるっぽい雰囲気から大体わかります。

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 遠目からでも、凹みがいくつも見えます。

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 これなどはかなり大規模な形態です。

次回から、洞窟紹介をしていきます。

6回転するループトンネル

 「日本」で最も有名な最強ループ道路は、「首都高速中央環状線」「大橋ジャンクション」の2回転ループ×上下線2段構造の4重ループです。

 しかし、「ノルウェー」には、1本の道路のみで6回転もする6重ループトンネルがあります。トンネル名は「スピラルントンネル」で、「ノルウェー」の「ドランメン」というフィヨルド地形の海岸都市にあります。「ノルウェー」自体、フィヨルドという険しい地形が多く岩盤が丈夫なため、かなり安くトンネルを掘れる国と言われ、世界最長の道路トンネルや、船専用のトンネル(現在建設中)などインパクトの強いトンネルが多いです。

「スピラルントンネル」のスペック
竣工:1961年
全長:1649m
高低差:151m(地形図より、標高47m~198mと推定)
平均勾配:9.16%
半径:約40m(地図より推定)
ループ距離:約1450m(トンネル全体のうち88%を占める。円周率で計算)
1回転の高低差:約23m(平均勾配や距離から計算)


無題
https://www.visitnorway.com/listings/spiralen-in-drammen/5346/#mapsより)
 「スピラルントンネル」は、「ドランメン」(結構「オスロ」が近い)の街のフィヨルド断崖の上と下を結ぶために造られました。
 このあたりの断崖の平均勾配は、地形図から推定して30~45°、落差は150m以上あります。この短距離で落差の激しい場所をコンパクトに結ぶために、6重ループを採用しました。地図を拡大してみると、ほぼ同じルートをトンネルがループしているのがわかります。特に南側はほぼ重なっています。北側の建物の下に何本ものトンネルが通っています。

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https://prnt.sc/95osfhより)
 「スピラルントンネル」の立体図です。本当に漫画でありそうな線形です。最近の「劇場版名探偵コナン」にあった、無駄にスペックの高すぎる、鈴木財閥の美術館みたいです。


 You tubeに、走行風景が挙げられていました。トンネルはほとんどが素掘りで、現地の地質の頑丈さが想像つきます。
 前半は上り、後半は下りの風景です。これだけ回転したら、特に下りの運転がかなりだれて間隔がおかしくなりそうです。

同じ列車が立体交差するループ線

 「アメリカ カリフォルニア州」には、とてもユニークなループ線があります。

それは、「ユニオンパシフィック鉄道」にある「テハチャピループ線」です。

概要
完成:1876年(「日本」に鉄道が初めて通った4年後)
全長:1.17㎞
勾配:約20‰
高低差:23m
線路:大部分が行き違い式の複線


そしてこのループ線には、以下の特徴があります。

① ループ線のほとんどが地上に露出している

テハチャピ
(Googleマップより)
 「テハチャピループ線」とその周囲の線形です。線路は、ループ線を中心としたω形となり、実質1.7回転する上にその両端も半回転のヘアピンカーブを反対方向に描く、めちゃくちゃクネクネした線形です。
 141年も前にトンネルを最小限にするため、現在よりも勾配に弱い車両を走らせるための試行錯誤さを感じます。

2テハチャピ
(Googleマップより)
 少し拡大します。「日本」のループ線は急峻な山岳地帯を通るため大部分がトンネルですが、このループ線にはほとんどありません。その上景色を遮る木々もありません。おかげでとても分かりやすいループ線になっています。
 線路をよく見ると、単線の立体交差部のすぐ先で線路が複線に分岐しています。これは、信号所による行き違い設備です。「アメリカ」の貨物列車は全長が1kmを超える(そのためマイルトレインと言われる)ため、行き違い設備は非常に長く「日本」レベルでは完全なる複線。その複線は、ループ線のほとんどにわたり続きます。

② 長大編成列車の前後車両が立体交差する

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(Googleマップより)
 そしてこのループ線では、全長1kmを超える貨物列車が前と後ろで1周りします。こんな光景が見られるループ線は、他にほとんどないでしょう。この路線自体、目の前を通過し終えるのに5分近くかかる長大貨物列車が1日40本も通るために、この光景は日常茶飯事です。

 ふと気になるのが、真ん中あたりの車両が内側へ脱線しないか?です。(プラレールで長大列車を走らせたらよく脱線するので)
 そこは、真ん中に複数の機関車を挟んで編成自体に変な張力+内側への脱線力が分散・相殺されるようにしているのでしょう。

いずれの光景も、「日本」ではありえない面白い光景です。

「阿蘇山」 その2 山頂火口の近く(※間近は現在立ち入り禁止)

 そのままバスで山頂火口近くまで行けました。本来なら噴火口のすぐ近くまで行けるのですが、1~2年前の噴火レベル3(入山規制)の火山活動が生じて現在でも遠目でしか見れません。山頂からは、現在でも噴煙が立ち上っています。

山頂の様子
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3kmほど離れた場所から撮影。山頂は、周囲が結構な平坦高原です。中央が現在も活動している火口で、うっすらと噴煙が見えます。

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 少し拡大すると、噴煙がはっきり見えます。

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 火口より2kmくらいの場所です。噴煙がよりはっきり見えます。

火口から1km地点
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 現在一般人が行ける、ギリギリの場所です。ここは、山頂火口へ繋がるロープウェイの駅です。現在ロープウェイは運休中で、ワイヤーやゴンドラは取り外されています。

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 この辺の山肌も「熊本地震」で崩落しています。

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 山頂につながる道路は、柵で封鎖されています。

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 ここには、交番があります。今は人がまばらですが、本来ならめちゃくちゃ人の多い観光地なので設けられたのでしょう。今も、侵入者取り締まりや噴火の監視などをしているようです。

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 建屋より山頂を撮影。写真右のロープウェイのワイヤーが取り外されているのがわかります。左下の社は、近年の噴火(もしくは地震?)で損傷を受けています。

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 現在も駐車場に真新しい火山灰が残っています。1~2年前の噴火ではこの辺りも数十cmも灰が積もり、建屋表面がかなり損傷を受けたようです。

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 観光客の出身地を張っている地図ですがl、結構色んなところからきています。

「阿蘇山」 その1 周辺の景色

 半日帰りで「阿蘇山」へ行ってきました。「阿蘇山」は現在、「熊本地震」の影響で鉄道や道路をはじめとするライフラインが破壊され、周囲の斜面が今でも崩落したままです。したがって、「熊本」方面からは代行バスで崩壊した「阿蘇大橋」を迂回するために一度外輪山へのぼりつめてカルデラ内へ入っていきます。

「阿蘇駅」

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 「阿蘇駅」付近もまだ鉄道の復旧が終わっていません。したがって、代行バスでここまで着き、それから「阿蘇山」山頂へのバスに乗り換えます。

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 「阿蘇駅」前より「阿蘇山」を眺めます。遠目からでも、「熊本地震」の影響からか、土砂崩れの跡が見られます。

「阿蘇山」山腹
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 「阿蘇山」山腹は、多くが牧場となっています。

「米塚」
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 山腹には側火山の「米塚」があります。地質学的には、噴出したスコリアが安息角ギリギリの傾斜で堆積したスコリア丘です。高さは約80mあり、僅か3300年前に形成された新しい火山です。

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 噴出したスコリアと思われる石です。

「熊本地震」の爪痕
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 「阿蘇山」の山腹や外輪山などは、いたるところが崩落しています。山腹からは、外輪山の崩落がよく見えます。

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 展望台駐車場も、地震により崩落しています。ライフラインの復旧を優先させているため、この修復は当分先かもしれません。右奥の崩落部は、「阿蘇大橋」です。

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 少し拡大します。「阿蘇大橋」の崩落部分が非常に大規模なのが遠目からもわかります。谷間は「立野」の渓谷です。この奥が「熊本平野」です。

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 「阿蘇山」山頂のひとつの「枡島岳」です。「阿蘇山」では山焼きが行われるため、一面が草原で非常に見晴らしがいいです。所々が地震の影響で?地面がはがれています。

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 「阿蘇山」山頂のひとつの「烏帽子岳」です。こちらも崩落跡が生々しいです。

高速鉄道の縦断面を比較してみた

 現在作成中の動画で、各高速鉄道の勾配断面を造っていたので、それを重ねてみました。

無題4
 各高速鉄道の縦断面です。水平距離は、「リニア中央新幹線」を基準としています。垂直距離はすべて統一しています。以下に、各路線を簡単に解説します。
 ※「中央自動車道」は、「赤石山脈」越えルートで比較として載せました。
 ※「TGV」(フランス)と「ICE」(ドイツ)は列車名ですが、便査上つけました。

「リニア中央新幹線」(「品川(右)」~「名古屋(左)」)
 普通鉄道と比べて勾配に強いリニア方式のため、最大40‰勾配を惜しまず投入しています。そして、最大標高1200m台まで達します。計算上、落差合計は全線で約5400m、平均勾配は約18‰になります。

「中央自動車道」(※当初計画の「赤石山脈」越えルート)(「大月(右)」~「中津川(左)」)
 詳細は、以下の記事を参考にしてください。
『「中央自動車道」の当初計画ルート・断面』

「北陸新幹線」(「高崎(右)」~「上越妙高(左)」、下部は、「金沢(左)」~「敦賀(右)」)
 新幹線で初の30‰勾配を取り入れた路線です。特に「碓氷峠」越えはすさまじく、30‰勾配を20km以上連続させ、647mもの高低差を一気に結んでいます。「上越妙高」以西の区間は、時々30‰前後の勾配を用いているものの、高低差はかなり小刻みになっています。

「上越新幹線」(「高崎(左)」~「長岡(右)」)
 新幹線で初の本格的な山越えをした路線です。ただし、当初の新幹線勾配基準を重視し、勾配は12‰以下となっています。それでも「越後山脈」越えのために530mほどまで登ります。

「フランス高速鉄道の南東線」
 「TGV」で初めて開通した路線です。35‰勾配を小刻みに取り入れ、緩やかな丘陵地帯を橋やトンネルを省くために地形に合わせて路線を敷いています。路線全体の高低差は450mもあり「上越新幹線」に近いですが、1つの坂の高低差は100~200mに抑えています。

「ドイツ高速鉄道」
 基準は12.5‰ですが、場所によっては40‰を採用しています。図に乗せているのは、17~31‰勾配で330mの高低差を結ぶ区間です。

「北海道新幹線」(「新函館北斗(左)」~「札幌(右)」、下部は「青函トンネル」)
 「北海道新幹線」は、今後建設する区間が最大で35‰ですが、「札幌」付近の地下化でそれが消滅するかもしれません。全体的に小刻みな線形です。一番大きく上下しているのは、図の下にある「青函トンネル」です。

「九州新幹線」(左から、「西九州ルート」の「嬉野温泉駅」~「諫早」、「鹿児島ルート」の「博多南」~「新鳥栖」、「鹿児島中央」付近)
 新幹線最大の35‰が所々ありますが、全体的に小刻みを貫いています。

 また、これらの勾配傾向は、以下の3つに分類できます。
① 小刻み
「東海道・山陽・東北新幹線」(※図にはない)
「TGV 南東線」
「ICE」
「北海道新幹線」
「九州新幹線」
「北陸新幹線」(「金沢」~「敦賀」)

② 緩やかで大きく上下
「上越新幹線」
「北海道新幹線」(「青函トンネル」)

③ 急に大きく上下
「リニア中央新幹線」
「中央自動車道」(※当初計画の「赤石山脈」越えルート)
「北陸新幹線」(「高崎」~「上越妙高」)

「中央自動車道」の当初計画ルート・断面

 以前取り上げた「中央自動車道」の当初計画について、いい資料があったため、それを参考に地図へお絵かきしてみました。
お絵かきしたのは、現在作成中の動画に使用する予定のものです。

↓以前の記事
『「河口湖」に延びている「中央自動車道」の分岐路線は、「赤石山脈」横断計画の名残』

無題
 現在の「中央自動車道」に計画当初の「中央自動車道」と、比較として「リニア中央新幹線」のルートを書き込んでみました。
青色太線は、トンネルになります。

無題2
  当初計画では、現在の「富士吉田IC」から「富士五湖」沿い、「青木ヶ原」を縦断して海抜1017mまで上昇してから、「身延」方面へ200m台まで5%台の勾配を連続させて急降下。
 その後「赤石山脈」を越えるために再び5%台の勾配で1095mまで急上昇します。この標高は、高速道路標高「日本」一の「東海北陸自動車道 松ノ木峠」の1085mを上回ります。なんと、「静岡県」の「大井川」沿いにもICが計画されました。場所は、「畑薙ダム」上流辺りで、「静岡」市街から3時間、近隣の「井川地区」からも1時間弱という超秘境ICです。その後は「飯田」へ向けて下り、現在の「中央自動車道」とほぼ同じルートになります。
 トンネルは長大なもので7~8kmと、40‰勾配を駆使している「リニア中央新幹線」の25kmトンネルを見ても案外短いです。
 これは、高速道路の方が勾配やカーブで地形への融通が利いて、なおかつ「リニア中央新幹線」よりもかなり南側=「大井川」下流で山や河床の標高が低く、地上へ出やすい場所を通るためです。
 もしもこのルートになっていたら、「青木ヶ原樹海」をはじめとする「富士五湖」もかなり開発されて、環境への影響もかなり響いたことでしょう。

無題3
 断面図も造ってみました。造った理由は、同じく動画作成の一環です。「中央自動車道」は、高速道路の基準値ギリギリの5%勾配をふんだんに用いてどうにか「赤石山脈」を越えています。それでもトンネルの土被りは、場所によって1200mもあり、「関越自動車道」の「関越トンネル」(1190m)を上回ります。昭和30年代では、あまりにも手間と費用と技術投資がかかる計画でした。

↓参考サイト
『道 路族のぺーじ(妄想!新中央道!!)』
 全国の道路について語っているサイトです。結構いろんな情報があって面白いです。

「桜島」 その5 「桜島」東側

  今回は、「大正大噴火」を一番実感できる個所を紹介します。

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 今回紹介するのは、図の右下の水色○部分で、「昭和溶岩」と「埋没鳥居・門柱」です。

「昭和溶岩」
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 「桜島」東側は、71年前に流出した「昭和溶岩」がよく見える場所です。

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 「昭和溶岩」が流れたのは昭和21年(1946年)と、戦後の翌年でした。戦後復興間もないときに「桜島」は再び溶岩の猛威にさらされました。「昭和溶岩」は「大正溶岩」の1/10ほどですが、集落に押し寄せるからには被害は軽減しません。この溶岩も海岸線を1km以上前進させました。

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 「昭和溶岩」は71年物という非常に新しい溶岩で、「大正溶岩」よりも植生が発展途上です。ようやくやせた土地に強い松が生えつつある状態です。

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 最近の火山灰も結構積もっています。東側は偏西風により、西側よりも火山灰が積もりやすいです。

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 そして、「桜島」には噴石などから身を守るための避難設備が多数建てられています。

「大正大噴火」の埋設物
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 「大正大噴火」の被害が一番よくわかる場所です。高さ3mあった鳥居は、大噴火の噴石や降灰により、たった1日で2m藻の噴出物堆積により埋まりました。掘り起こす話も出ましたが、後世に残すということで、当時のままの状態で保存されています。

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 高さが2.5mあった門柱もほぼすべて埋まっています。説明がないと埋まっていることが全くわかりません。

「桜島」 その4 「大隅半島」との結合地点

 今回は、主に「桜島」と「九州本土」の「大隅半島」の結合部を紹介します。

 この結合部は、103年前の「大正大噴火」で噴出した大量の「大正溶岩」により、もともと完全な島だった「桜島」と「大隅半島」を隔てていた、幅300~400m、深さ60~70mの海峡が埋め立てられ完成しました。

無題
 今回見る場所は、下の黄色円です。左側の円が色んな時代の溶岩を見られる「有村溶岩展望所」右側の円が結合部です。

「有村溶岩展望所」
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 この展望所では、「昭和溶岩」、「大正溶岩」、それ以前の溶岩を一度に見れます。各時代の溶岩は、植生に違いが見られます。
 71年前に流れた「昭和溶岩」はやっと植生がまばらに生じ、103年前に流れた「大正溶岩」には松などの不毛地帯に強い植物が生育しはじめています。それらより古い溶岩には松以外にも様々な植生が認められます。

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 展望所は「大正溶岩」の真ん中で、海まで続いています。奥の陸地は「大隅半島」です。このあたりも溶岩により、海岸線が数百m沖合に延びています。

結合部
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 「大正噴火」は「桜島」が「大隅半島」と一つながりになるという、地質学的にも非常に珍しく貴重なイベントが起きました。上の写真は、当時の溶岩に埋まった瞬間の現地です。

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 「大隅半島」側からの「桜島」です。

真上より
 結合部の空中写真です(Google Mapに加筆)。下図には、「大正溶岩」と、「大正大噴火」前の海岸線を描いています。番号は、これからお見せする写真の撮影位置です。
 「大正溶岩」は103年物の非常に新しい溶岩のため、形成時の形がよく見えます。多少粘り気のある溶岩のため、流れた時のしわがまだよく見えます。海岸線は、ここ数年話題になっている「西之島」の海岸線と同じ形状をしています。

海岸線が「西之島」と似ている
西之島
 こちらは、形成中の「西之島」の空中写真です。溶岩流れたての海岸線は、このように流れが小刻みにフラクタル分裂をしています。これは流動的な溶岩が冷たい海水に入って急冷したためであり、他で例えるなら、雪の結晶の縁のギザギザ、もしくは油幕に洗剤を入れてギザギザと似ています。

結合部の地上写真
西側より
 便座上、Google Mapの写真をちょこまかと応用します。この写真の道路は、「大正溶岩」の縁と「大隅半島」の接触境になります。写真内の道路より左側は、「大正大噴火」前は全て海でした。

北側より
 北側から見た境です。水色線が、「大正大噴火前」の海岸線(推定)で、写真奥まで海峡が反対側まで続いていました。真ん中の峠が溶岩との境界です。「大正溶岩」がかなりの厚みをもって押し寄せたことがよくわかります。もう一度言いますが、溶岩で埋まる前は、幅300~400m、深さ60~70mの海峡でした。

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 写真②よりさらに奥です。ここまでくると、103年前までは海だったことが全くわかりません。

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 結合地点から北側を眺めます。この写真内の左側もかつてはすべて海でした。海岸線が500m~1kmは進撃しています。



「桜島」 その3 「湯之平展望所」

 今回は、一般人が「桜島」山頂火口に最も近づける、「湯之平展望所」へ行きました。「湯之平」展望所は、今でも活発な噴火が起きている山頂加工からわずか3km弱という、超至近距離にあります。これは、「富士山」の山頂から「宝永山」までの距離より短いです。

「桜島」の近年の溶岩分布

桜島
 観光案内図を元に、グーグルマップを利用して、過去4回分の溶岩流の分布を描いてみました。新しい溶岩にある「桜島」の輪郭加筆部分は、1つ前の噴火時代の海岸線です。
 これを見ると、左下の「大正溶岩」がいかに広大多量に流出し、海を埋めていったかがわかります。

桜島大正溶岩西
 「湯之平展望所」がある、「大正溶岩」西側の様子です。前回紹介した、「烏島」跡や「長渕剛」ライブ会場跡もこの溶岩にあたります。「湯之平展望所」は、「大正溶岩」の縁近くにあります。右側にある2つの噴火口のうち現在活動しているのは下側です。

「湯之平展望所」
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 「湯之平展望所」の説明です。

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 「湯之平展望所」からみた山頂です。「大正溶岩」は、写真右側から噴出しました。噴火から103年たった現在では、松などのやせた土地に強い植生に覆われています。山頂から半径2km圏内は、昭和噴火以降ほぼ人が立ち入れず(研究者や侵入者はいるかもですが)、今も火山灰に覆われた荒野となっています。そのため下流への土石流が懸念され展望所からさらに火口よりで砂防工事が実施されています(写真中央)。
 現在活動中の噴火口は山頂の右側で、しきりに火山灰を噴出するためその付近は地形がなだらかになっています。過去に活動していた山頂左側の噴火口は、浸食がすすんでいます。

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 浸食によりできた谷地形から、地層が見えます。

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 展望所から「鹿児島」市街地方面を眺めます。「大正溶岩」の分布を加筆してみました。

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 展望所のいたるところに新鮮な火山灰が積もっています。ここの辺も、頻繁に降灰があるようです。

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 「桜島」では、お墓などが降灰の影響を減らすために屋根で覆われています。

「桜島」 その2 「大正溶岩」西側

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 今回は、僅か103年前の「大正大噴火」で流出した「大正溶岩」の西側を紹介します。
 「大正溶岩」は、上図の赤部分で「桜島」の西側と南東側に流出しています。

西側は
陸上5.91k㎡+海上2.43k㎡=合計8.34k㎡


南東側は
陸上5.25k㎥+海上2.19k㎡+海底7.97k㎡=合計15.41k㎡


全部で23.75k㎡と、現在の「桜島」の面積の1/3(※海底も含む)が溶岩で覆われました。

「大正溶岩」に埋まった「烏島」
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 写真の場所は、噴火前は´沖合500mにあった´元「烏島」です。かつては離れ小島ですが、「大正溶岩」によって埋め尽くされました。「大正溶岩」は、元の海岸線より2km近く沖合まで「鹿児島」市街地方面へ進みました。

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 地図でいう、こげ茶色部分が「大正溶岩」です。離れ小島が溶岩に埋まるのは非常に珍しく、最近の事例では「西之島」がいい例です。

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 埋まった「烏島」の周りは完全なる溶岩の陸地です。高さは約20mあります。

「長渕剛」ライブ会場跡
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 今から13年前に「大正溶岩」の上で「長渕剛」のオールナイトコンサートが開かれ7万5千人もの人々が集まりました。その跡地に「桜島」の溶岩を削って作った「長渕剛」の像、「叫びの肖像」が造られました。この像は、「桜島」に新たにできた噴火口をイメージしているそうです。

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 こちらが当時の様子です。

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 コンサートの跡地です。もともと採石場だったらしく、ライブを行うのにぴったりの大平原です。

溶岩なぎさ遊歩道
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 海岸付近は遊歩道が整備され、僅か103年物の溶岩を思う存分観察できます。「桜島」の溶岩はどちらかというと粘性の高い「アア」型で地形的に凹凸しています。

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 溶岩のかけらです。何度も言いますが、石としては非常に新しいものです。たぶん安山岩でしょう。

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 道路には、最近降ったであろう火山灰がまだ残っています。

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 西側の海岸です。103年前まではここは沖合1~2kmの海でした。すぐ2~3km先は「鹿児島」市街地です(下写真のビル群)。
「ブラタモリ」でいつか「桜島」をやってほしいものです。

「桜島」 その1 渡航~ビジターセンター(「大正溶岩」西側)

 「桜島」は、世界でも珍しい´数十万都市のすぐ近くで日常的に噴火をする活火山´です。「鹿児島」市内から大正溶岩(103年前に流出)まで約2km、今も噴火をしている噴火口まで約8~10kmしか離れていません。
 しかも、今でも4500人ほどの人が「桜島」で生活をしています。

「鹿児島」では噴火レベル3(5段階中)が普通
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 「鹿児島」市内から見た日常的な光景です。「鹿児島」意外の都市部では、こんな噴火が起きたらかなりの大騒ぎになるでしょう。対する「鹿児島」では誰も騒がずいつもどおり過ごしています。地震で例えれば、「日本人」が震度4くらいでほとんど驚かないのと同じです。

無題
http://www.sakurajima.gr.jp/kinkyu/002055.html
 「桜島」の観光サイトもこのとおり。


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 近年の「桜島」溶岩分布です。本記事では、赤丸で囲ってある部分に行きます。

「桜島フェリー」
・24時間営業で日中は15分間隔で車に乗ったままずっと乗船できる(15分)
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 「鹿児島」市街地から「桜島」へは「桜島フェリー」で15分かけていきます。上に書いてある通り、都市部の幹線鉄道並みにダイヤが過密で値段も人で160円とかなりお手軽に乗れるフェリーです。

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 「桜島フェリー」の航路からは「大正溶岩」がよく見えます。「大正溶岩」は、大正3年(1914年)の「大正大噴火」で流出した溶岩です。写真に見える陸地すべてが「大正溶岩」です。

「大正大噴火」のスペック
・「桜島」と「大隅半島」(九州本土)が溶岩で陸続きになった
・溶岩が数100m沖合の島を埋めた
・噴出物は2km3(うち溶岩は1.5km3)
・火山灰は「東北」まで降った
・「桜島」全体が30cm以上の火山灰、場所により1.5~2mで覆われた。


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 103年前に海へ流れ込んだ溶岩の2km先の対岸が「鹿児島」市街地です。よくもまあそんなところに60万人都市があるものです。

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 「桜島」と反対方向を見ると、「姶良カルデラ」の外輪山の淵が見えます。「鹿児島湾」自体が巨大なカルデラ湖としてできたもので、外輪山淵が切り立った断崖となって海に繋がっています。

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 建造物には、「桜島」の溶岩(たぶん安山岩)がちょこまかと使われています。

「ビジターセンター」
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 「ビジターセンター」では、「桜島」を地学的に見ることができます。入口に新鮮な火山灰をつかって絵文字か書かれていました。

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 地層断面図です。時代の長さからみて堆積速度がすさまじいです。特に「大正大噴火」の軽石層の厚さが目立ちます。

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 最近の噴火の様子が写真展示されていましたが、コメントを見ると日常の一部になっているのがよくわかります。「鹿児島」以外の人には信じがたい日常光景です。
 無論現地では火山の危険性を知ったうえで、よほどの大規模噴火でない限り日常生活できるよう危険対策をしているのでしょう。
 外人から「なぜ地震や噴火の多い「日本」に住んでいるんだ?」と聞かれても「住み慣れているから」と答えるようなものでしょう。

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 「桜島」に関する凄さがわかりやすく書いてあります。

「知覧特攻平和会館」

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 「鹿児島」滞在中に行ってきました。

 「知覧特攻平和会館」は、「鹿児島県知覧町」に位置し、先の大戦では日本空軍の基地が置かれ、大戦末期には特攻隊の出撃基地になりました。

 終戦後は特攻に関する記憶が国内では風化しつつあるなか、特攻隊員の日常や出撃を隊員の母として見守り続けた「鳥濱トメ」の尽力により、平和観音が建立され、特攻の実態を後世に残すためにこの平和会館が建てられました。

 館内には特攻隊員達の遺品や引き上げられた戦闘機、隊員たちの日記や「鳥濱 トメ」の肉声テープなどが展示されています。

 これらの展示を見て考えられるのは、欧米により仕掛けられた大戦が無ければ、あるいはここまで「日本」が敗戦に追い込まれなければ、特攻で亡くなった人たちは普通のひょうきんな兄ちゃんでその後もいただろうということです。

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 敷地内には、特攻隊員や、それを見送る夫人・女学生の銅像が展示されています。

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 一式戦闘機「隼」です。「大東亜戦争」の主力戦闘機として活躍した機体です。平成19年(2007年)に公開された「俺は、君のためにこそ死ににいく」の撮影にも使用されました。

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 「隼」の近くに、その説明文がありました。

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 「鳥濱 トメ」と特攻隊員たちの写真です。

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 「三角兵舎」も展示されています。「三角兵舎」は、特攻隊員が出撃するまでの間泊まる宿舎です。

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 平和祈念館より1kmほど離れた場所が「知覧基地」の跡地があります。写真は滑走路の跡です。終戦後、基地は解体され農作地となりました。

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 「知覧」の市街には、「鳥濱 トメ」が経営していた「富屋食堂」(復元)があります。現在は「ホタル館」として特攻隊員の様子が展示されています。かつては空軍パイロットや基地関係者、そして特攻隊員たちの憩いの食堂でした。

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 隣には「富屋旅館」があります。戦後、特攻隊員の遺族が「知覧」を訪れた際に宿泊する施設です。

「無人新幹線爆弾」検証動画作成 その3 脱線危険速度の計算

 この動画作成で一番手間がかかった脱線危険速度の導き手順を紹介します。

(1) 「東京」~「品川」のカーブ半径・カントの調査

 動画内でも取り上げましたが、鉄道車両の脱線危険速度を求めるには、カーブの半径、カント、緩和曲線のスペック、車輪の形状、車体、気象条件など、実に様々な要素が必要です。その中でも代表的なカーブの半径とカントを、脱線危険速度の計算に使うことにしました。

① 実際に調べてみた
 ここで必要なのが、「無人新幹線爆弾」が高速走行する「東京」~「田町」の合流地点にかけてのカーブデータです。しかし、そのような都合のいい資料は鉄道本やネットをざっと調べても見当たりません。そこで、実際に線路脇の標識を調べてみました。

② 線路脇の表示板をビデオ撮影
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 鉄道は通常、カーブ上(始点、終点、変化点、緩和曲線部など)にそのカーブの形状を示す標識が設置されています。
 上の写真のように新幹線の場合、線路脇の壁などにその表示板が張られ、カーブの半径(R)やカント(Cm)などの詳細が記されています。つまりそのデータをカーブごとに得ればよいのですが、この表示板は新幹線車両内からしかまともに見れません。
 これは、新幹線は高架上を走り沿線からは非常に見づらいからです。そしてこの間新幹線は100km/h前後で走行するため、とても目で追いきれません。

 そこで、この区間の線路脇をずっとビデオ撮影してその映像をコマ送りにして各カーブのデータを得ました。ただあまり好感度のカメラを使ったわけでないので(スマホ)、ブレが多く3往復分を撮影しました。撮影は、西側へ遠出するついでや「東京」~「新横浜」間の乗車券をわざわざ購入して乗って行いました。

③ 不明ヶ所は空中写真などから判定
 3往復分撮影しても、走行によるブレで読み取れなかったカーブ半径は、空中写真から判定しました。判定は、写真上に一定の径の円を描き、線路と一致するときの大きさを見つけて行いました。カントは、現地で分かった大きさの傾向から適当に決めました。

④ 各カーブデータとその位置を対比
 これらのデータは、映像の景色や距離表示板などから位置を読み取り、地図上のカーブと対比させました。

(2) 計算

① 「ナダルの式」を使用

ナダルの式

 脱線危険速度を求める式には色々ありますが、安全率をかなり見ている由緒正しき「ナダルの式」を使いました。この式は車輪の形状と線路車輪間の摩擦係数を基準としますが、下の資料より脱線危険速度を導くことができます。
 今回の計算では車輪の形状(フランジ角度)は新幹線の標準である70°、摩擦係数は晴天時(「ヤシオリ作戦」にふさわしい)で静止時の0.2としました(走行時はもっと低いがめんどくさいため)

参照(式の選定)↓
『脱線係数』
参照(脱線危険速度の算出 ※カント0とした場合)↓
『カーブにおける鉄道車両の脱線速度』

② カントを考慮した釣り合い式の作成
(うp主作成:高校数学Ⅰ(三角比)と物理Ⅰ(力学)までを応用)

カントアリでの脱線式
 ただし、①で求めた式はカントを一切考えない水平状態の想定です。つまり、カントによるカーブの内側へ傾く力を考えなければいけません。この力により脱線しようとする遠心力が打ち消され若干速度向上に余裕が出るためです。動画にもありましたが、式の過程は上図を参照にしてください。

③ 表計算ソフトで脱線危険速度を計算
無題
 各カーブの脱線危険速度は、表計算ソフト(ここではopen office(エクセル系のフリーソフト)に上の式ヶをプログラム入力して計算しました。プログラムでは、黄色部分に半径値を入力して、下の表にカント毎の脱線危険速度(ピンク部分)が出るようにしています。
 表では、基本現実の新幹線の最大カントである200までを対象。一番下の450は、劇中で実現した200km/h走行が計算上可能なカントを得るために入力してみました。

④ 各位置の脱線危険速度を書き込む
集計
 とりあえず、「田町」の合流地点~「東京」の空中写真に、計算で得られた脱線危険速度と各カーブの半径・カントを、距離表示とともに書き込んでみました。

⑤ データをグラフ化
脱線危険速度変化
 ここまで計算・集積したデータをグラフ化するとこうなります。ピンク部分が計算から得られた脱線危険速度で、実践部分が計算値、それ以外の傾斜部分はほぼ直線・緩カーブのため計算せずに結びました。あとは、「無人新幹線爆弾」の推定速度や営業列車の速度(ニコ動の他のうp動画参照)を重ねてみました。コメントでもありましたが、営業列車の速度起伏が脱線危険速度起伏そっくりです。

「無人新幹線爆弾」検証動画作成 その2 速度検証

 今回は、速度検証の過程をお話します。補足として、コメント指摘に合った他の可能性について都合よく解説しておきます。

(1) 速度計算の過程
速度計算
速度計算の材料は以下の3つが考えられます

① ホームのカーブ区間の通過時間から計算→速度:198.5km/h
 「東京駅」のプラットホームは一部がカーブしています。真ん中の16・17番線ホームは6号車の間くらいまでがカーブ区間でその距離を計算すると約145m。劇中ではその区間を2.63秒で通過していたため(コマ送りの数で計算)、約200km/hとなりました。

② 構内分岐~ホーム端間の通過時間から計算→速度:239km/h
 この区間距離は、距離ポストから約190mとわかります。劇中ではその区間を2.86秒で通過していたことから、239km/hとしました。

③ 車両の通過時間から計算→速度:324km/h
 「無人新幹線爆弾」の最初のシーンで2編成の列車が通過するシーンより、3両分(75m)を通過する時間が0.83秒とわかりました。ここから324km/hという値が出ました。

 本動画では、①の200km/hを基準としました。動画内で述べている通り、基準が②と比べて不動なためです。動画で触れていなかった(見落とした)③については、(3)で述べます。


(2) 位置と速度の計算

① 加速度の区分け
加速曲線
 この計算には、あるサイトに載っていた「N700系」の加速曲線を使用しました。乗り物の加速度変化は速度に応じて曲線状に変化するため、そこから速度と距離関係を導くのはややこしいです。そこで、上図のように速度域に応じて加速度を大雑把に区分し、その区分ごとに走行距離を割り出しました。

② 速度と位置の確定

使用計算式:高校物理Ⅰでやる力学より
速度V = 加速度a × 時間t
距離S = 1/2 × a × t^2
より算出↓

速度変化
 上の式を利用して上図の速度と位置関係をグラフ化しました。破線部分が計算上のグラフ、実線が「無人新幹線爆弾」の推定速度です。劇中の速度が計算より1割低いのは、同時突入で互いが速度調整をしたこと、爆弾を積載して車両が重くなったためと考えました。

(3) 補足:「田町」付近の分岐器撤去説 + 突入速度300km/h付近説について
① 「田町」付近の分岐器撤去説について
 
(1)の③で考えた速度基準について考えます。突撃速度は、このように3パターン考えられる中、動画上では200km/h基準としていますが、これは「田町」付近で「無人新幹線爆弾」が「大井車両基地」への引き込み線から本線へ合流する際に分岐器通過で速度が60~70km/hに制限されていることが一因です。

② 動画コメントにもあったように、速度向上のために分岐器を撤去していたらどうなるか?
 これは、「無人新幹線爆弾」発進場所の「大井車両基地」から「東京駅」までの約11kmをずっとフル加速したことを意味します。
※ほかの分岐器曲線の存在、途中の急カーブは無視する
 「N700系」の加速性能から計算すると、この距離では最高で290km/hまで上がります。これは、車両通過から算出した324km/hに及ばないものの結構近い値になります。しかし、結論を言えば劇中では200km/h走行をしたと考える方がよさそうです。

③ 突入速度は300km/hよりも200km/hのほうが望ましい
1:空想科学とはいえ、300km/hは飛びぬけすぎている

 「N700系」は設計上340km/hまで出せるため理論上このようなフル加速は可能ですが、いくらなんでも「東京」付近の急カーブ群、そこを通過する際の遠心力、線路にかかる荷重などを考えれば空想科学、特撮演出とはいえやりすぎ感がでます。前方の景色も200km/hと比べて演出面で景色が飛びすぎてシーンを見ている側からも目まぐるしくなりそうです。
 また、定速走行装置を利用した2編成互いの位置合わせもその分困難になるでしょう。
 空想科学でもリアリティや演出面で無理や目まぐるしさを多少なりとも減らした200km/hの速度域を選んだと思われます。

2:「田町」付近の分岐器撤去をしなくても200km/h台にできる
 先に述べた通り、「N700系」の加速能力を考えれば、「東京駅」に達する時点で200km/hに達するのには、「田町」付近の分岐器に手を加えなくても十分です。仮に「大井車両基地」からフル加速をすれば、「田町」の本線合流地点を240~250km/hで通過します。そのためには60~70kmh制限の分岐器を撤去して半径2000~2500mのカーブに改造してカントもつける(半径を急にするならそれよりカントを増やす)という、ただでさえ「ヤシオリ作戦」のためにやることが多い中、大きな手間が加わるため、分岐器撤去を省いたと思われます。

「無人新幹線爆弾」検証動画作成 その1 「東京駅」取材

 「無人新幹線爆弾」検証動画は、たぶん一番取材と計算のの手間がかかったので、動画で説明していなかった取材についてあとがきしておきます。

動画↓
http://www.nicovideo.jp/watch/nm31654782

(1) 「N700系」並走突撃シーン
突撃シーン

① 並走撮影を断念
 最初は劇中と同じように、「N700系」2編成が上下線で同位置を走っている景色を撮16・17番線ホームからろうとしました。
 そのために時刻表を見て上り列車が14~16番線に進入、同時に下り列車が17~19番線より出発する時間帯を調査。なおかつその2編成が本線上で隣り合う瞬間を狙いました。
 しかし、上手くいきませんでした。本数が多い路線なのでどこかで隣り合うチャンスがあると甘く見ていましたが、合計1時間半待っても失敗。駅構内に同時進入出発しないよう調整しているのでは?とも思えました。

② 車両を別々に撮影してペイントで合成
 そこで、上線を走る列車を別々に撮影して後で合成することにしました。三脚などという機材を持ち合わせていなかったため、2列車が通過する2~3分ほどの間手でスマホの位置と角度を固定して縮尺最大(遠いため)を維持して撮影。

 ペイントで左右の車両が隣り合うように合成しました。よく見ると、真ん中で色が微妙に違っています。ただ、日照があまり変化していないこと、車両間の境界と写真上の建物の縦筋で多少ごまかせました。

 後で気が付きましたが、16番線に入るべき右の列車が15番線側へ微妙に間借り、18番線に入るべき左の列車が17番線へ微妙に直進しています。これに気づく人はどれくらいいるのでしょうか?


(2) 車内からの突撃シーン再現
 検証動画では何故18番線に突入したのか?(本来は分岐器が直線な17番線が合理的だが、劇中では18番線に突入、分岐器も18番線にまっすぐにされていた)を解説しました。結論を言えば景色の良さが絡み、その実証に17・18番線に停車している車両内から劇中と同じアングル(劇中はもっと車外に飛び出しているが)で撮りました。
 この景色、撮るのが意外と面倒くさかったです。

17番線の車内より(現実的な突入番線だが見栄えが悪い)
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① 撮影できるのは、車内清掃~出発の(大半は)5分前後
 「東海道新幹線」は列車本数が多いため、車内からの撮影がしやすいかもしれませんが、同時に折り返しも頻繁です。つまり、到着列車が車内清掃をして折り返し出発するまでの時間が非常に短く、大半が4~5分です。10数分も一般人が出入りできる列車は少ないため、撮影自体が結構しにくいです。そして、乗車券も必要なため、どこかへ遠出するついでに入る必要もあります。

② 16番線に車両がいる(できれば先頭車両が映る出発・到着の瞬間)
 どの番線にも車両が停まる時間はそこそこありますが、前述の条件①と合わせるとタイミングが難しいです。劇中のシーンみたいに先頭車両が映る瞬間を狙うなどさらに難しいですが、運良く撮れました。車両の端に行けば先頭車両がいつでも撮れますが、カーブ区間で撮りたいために(劇中の見栄えを検証するため)3号車で撮りました。

18番線の車内より(劇中の突入番線で見栄えがいい)
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① 17番線に同じ
② 17番線に同じ
③ 17番線に列車がいない

 17番線の景色で論じた2条件に加えてこういう制約もあります。このタイミングを狙うために1時間半くらいうろちょろしていました。先頭車両が映る瞬間はめんどくさくなったので妥協して諦めました。

④ 3号車付近で撮影
 この場所こそがカーブ上に位置し、劇中に近い線路の前方ができるだけ見られる場所です(とはいえ、劇中のように車外から乗り出して撮るのは無理だが)。実際はドアが閉まっているのでカメラをできる限り前方に向けて撮影しました。取材では、17番線からの撮影でも同条件にするために3号車に入りました。

参照
『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その2 変えられた「東京駅」の配線』
『【動画】 「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた』

【動画】 「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた

 僅か15秒の登場でありながら、「シン・ゴジラ」の「ヤシオリ作戦」冒頭で強烈な印象を残した「無人新幹線爆弾」を、あれこれ検証してみました。本作みたいに画面の切り替わりが早いですが、こうでもしないと長くなるのでご了承ください。






原作
『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その1 突撃速度について』(※速度検証が動画内と多少違ってました)


『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その2 変えられた「東京駅」の配線』

・研究動機:劇中の突入シーンの配線に違和感をもったことから

・製作期間:4ヵ月

・体感製作時間:200時間前後

・作成疲れ具合:今までで1番
(過去1番手間だった、「コナン」の地下鉄検証に現地取材の手間を加えた感じ)

・新幹線乗車回数:3回

・「東京駅」入場回数:4回

・節目の7月29日に投降した経緯:
この研究を思いついた時期と製作時間が上手くあったことから

「日本」最南端の普通鉄道+JRの駅

 「指宿枕崎線」は、「鹿児島」と「枕崎」を結ぶ鉄道路線で、普通鉄道、JR路線としては「日本」最南端の路線です。現在、鉄道「日本」最南端の座は、平成15年(2003年)に「沖縄」に開業した「沖縄都市モノレール線」(ゆいれーる)に明け渡していますが、それまではすべての鉄道における最南端路線でした。

 そして、その中の「西大山駅」は普通鉄道・JR路線「日本」最南端の駅として有名です。

「錦江湾」と「桜島」
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「鹿児島」~「指宿」間にでは、路線が小高い海岸線沿いに通るため、「錦江湾」や「桜島」、「大隅半島」などがよく見えます。

「山川駅」
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 「山川駅」は、便数が大きく変わる境駅です。この路線は、「鹿児島中央」~「指宿」・「山川」では30分に1本ほど運転がされますが、「山川」~「枕崎」は1~2時間に1本、昼頃は4時間近く運転なしという超過疎ダイヤです。したがって、この過疎区間にある「西大山」へ鉄道で行くのはかなり面倒で、今回は朝4時に起きて始発に乗りました。(8時ごろ起きて出発したら、夕方まで帰れなくなる)。
 左側の車両は「山川」~「枕崎」間、右側の黄色車両は「鹿児島中央」~「山川」間を走行します。

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「鹿児島中央」~「山川」間には、「JR九州キハ200系気動車」が運行されます。この車両は平成時代に造られたJR車両ですが、個性的なデザインを重視する「JR九州」の方針からか?カラーになっています。

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 「指宿枕崎線」の線路は、他の路線と比べて草がよく生えています。ローカルだからこそみられる光景です。

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 「山川」~「枕崎」間には、「国鉄キハ40系気動車」が運行されます。この車両は昭和52年(1977年)~昭和57年(1982年)にかけて造られた昭和の国鉄車両で、都市部ではあまり見られなくなりました。現在は地方路線で主に活用され、一部は「JRKYUSHU SWEET TRAIN「或る列車」」に改造されています。

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 行先表示もしっかりアナログです。方向膜方式ですらもありません。

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 運転席も懐かしのアナログです。

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 冷房の普及により少なくなった天井扇風機がありました。車内は冷房も付与され、扇風機と共同運用しています。

「日本」最南端の普通鉄道+JRの駅
 いよいよ普通鉄道+JRの最南端駅です。「鹿児島」市内からここへ着くまで2時間以上かかりました。
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 こちらが図鑑や鉄道雑誌、観光本などで非常に有名な景色です。最南端を示す碑と「開聞岳」のツーショットがみそです。
 しかし残念なことに、「開聞岳」上部が雲に覆われて完璧にみられませんでした。しばらく待てば雲が晴れる可能性もありましたが、次の予定もあり1本便を遅らせると時間を非常にロスするため諦めました。

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 JRの最東西南北の駅はこのようになっています。これでも「西大山駅」は、「佐世保」に次いで行きやすい駅でしょう。

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 ホームは行き違い設備のない完全なる単線です。草もよく生えています。

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 こうしてみると、「鹿児島市電」のように芝生化されているようです。

 ちなみに、帰りの便に乗り損ねました。
 理由は、停車した車両の前端、後端の扉しか空かないという、ローカル線によくある風習をすっかり失念して置いてきぼりにされたためです。
 このまま1時間半次の便を待つか、「山川駅」まで1~2時間歩くかの状況でしたが、駅で出会った方に「山川駅」まで送っていただけました。
 改めて感謝申し上げます。

「鹿児島」の路面電車

 「鹿児島」市内には、2系統の路面電車が市内を南北に、かつ東西に分かれながら縦断しています。この「鹿児島市電」は、いくつもある「日本」の路面電車の中でも以下の特徴があります。

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写真は平成13年(2001年)~登場した「1000形電車」です。前世代の車両と比べて客車が長くなっているため定員数が多くなっています。

① ダイヤがかなり過密
1系統・2系統の重複区間は1時間に片道最大23本(2分36秒に1本)


 「鹿児島市電」は1系統、2系統両方とも日中でも1時間あたり片道10本(6分毎)前後もの便が運航されます。そのため、自分の乗る車両のすぐ前後に別の車両が近づくことなどザラです。しかも、「鹿児島市電」自体が市街地のそこそこ中心周囲をカバーする配置になっているため、気軽に待たずにシンプルに乗れるのが特徴です。

1系統・2系統重複区間(「天文館通」~「鹿児島駅前」)
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DSCN1790.jpg
 すぐ後ろに別の便が迫っています。

「鹿児島駅前」

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左真ん中は「9500形」、右は「2100形」です。
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 「鹿児島駅前」は2面3線構造の楔形ホームターミナル駅ですが、3線すべてに車両が停まることはしょっちゅうです。

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 ホーム全てが埋まっているため、後から来る車両が順番待ちをすることもあります。手前の車両は平成14~17年(2002~2005年)に登場した「7000形」です。「鹿児島」は、「富山」よりいち早く連結型列車がデビューしています。

「谷山停留所」
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 「鹿児島市電」南端のターミナル駅です。市電は南側半分が専用軌道となっています。結構静かな雰囲気ですが、ラッシュ時は利用者が多くここも5~6分毎に運行されています。

「郡元」の三角線
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 「鹿児島市電」は市街中心で系統が2つに分かれて南北両端で合流するため、各合流地点に三角線が設けられています。そのうち、南側の「郡元」の三角線は歩道橋の上からよく眺められます。

② とことん緑化

 「鹿児島市電」では、平成16年(2004年)より軌道に芝生が設けられました。これは景観向上、ヒートアイランド対策、「桜島」の火山灰対策などで事業されましたが、特筆すべきは緑化をとことんやっているということです。
 ほかの都市でも見られる路面電車の芝生は、一部だけの場合が多いですが、「鹿児島市電」は全区間の半数以上の7km(13.1㎞中)。芝生区間は市街中心区間に集中するため、都心部ではほとんどが緑化されています。

 その効果は抜群で、騒音が数デシベル減少したり、中央分離帯の気温が最大24℃も減ったそうです。

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 併用軌道である都心部は、とことん緑化されています。車が通る場所以外はほとんどが芝生です。

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 「鹿児島駅前」付近のシーサスポイントも、ポイントの細かい区画のなかにまで芝生が造成されています。
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