「桜島」 その2 「大正溶岩」西側

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 今回は、僅か103年前の「大正大噴火」で流出した「大正溶岩」の西側を紹介します。
 「大正溶岩」は、上図の赤部分で「桜島」の西側と南東側に流出しています。

西側は
陸上5.91k㎡+海上2.43k㎡=合計8.34k㎡


南東側は
陸上5.25k㎥+海上2.19k㎡+海底7.97k㎡=合計15.41k㎡


全部で23.75k㎡と、現在の「桜島」の面積の1/3(※海底も含む)が溶岩で覆われました。

「大正溶岩」に埋まった「烏島」
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 写真の場所は、噴火前は´沖合500mにあった´元「烏島」です。かつては離れ小島ですが、「大正溶岩」によって埋め尽くされました。「大正溶岩」は、元の海岸線より2km近く沖合まで「鹿児島」市街地方面へ進みました。

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 地図でいう、こげ茶色部分が「大正溶岩」です。離れ小島が溶岩に埋まるのは非常に珍しく、最近の事例では「西之島」がいい例です。

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 埋まった「烏島」の周りは完全なる溶岩の陸地です。高さは約20mあります。

「長渕剛」ライブ会場跡
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 今から13年前に「大正溶岩」の上で「長渕剛」のオールナイトコンサートが開かれ7万5千人もの人々が集まりました。その跡地に「桜島」の溶岩を削って作った「長渕剛」の像、「叫びの肖像」が造られました。この像は、「桜島」に新たにできた噴火口をイメージしているそうです。

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 こちらが当時の様子です。

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 コンサートの跡地です。もともと採石場だったらしく、ライブを行うのにぴったりの大平原です。

溶岩なぎさ遊歩道
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 海岸付近は遊歩道が整備され、僅か103年物の溶岩を思う存分観察できます。「桜島」の溶岩はどちらかというと粘性の高い「アア」型で地形的に凹凸しています。

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 溶岩のかけらです。何度も言いますが、石としては非常に新しいものです。たぶん安山岩でしょう。

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 道路には、最近降ったであろう火山灰がまだ残っています。

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 西側の海岸です。103年前まではここは沖合1~2kmの海でした。すぐ2~3km先は「鹿児島」市街地です(下写真のビル群)。
「ブラタモリ」でいつか「桜島」をやってほしいものです。
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「桜島」 その1 渡航~ビジターセンター(「大正溶岩」西側)

 「桜島」は、世界でも珍しい´数十万都市のすぐ近くで日常的に噴火をする活火山´です。「鹿児島」市内から大正溶岩(103年前に流出)まで約2km、今も噴火をしている噴火口まで約8~10kmしか離れていません。
 しかも、今でも4500人ほどの人が「桜島」で生活をしています。

「鹿児島」では噴火レベル3(5段階中)が普通
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 「鹿児島」市内から見た日常的な光景です。「鹿児島」意外の都市部では、こんな噴火が起きたらかなりの大騒ぎになるでしょう。対する「鹿児島」では誰も騒がずいつもどおり過ごしています。地震で例えれば、「日本人」が震度4くらいでほとんど驚かないのと同じです。

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http://www.sakurajima.gr.jp/kinkyu/002055.html
 「桜島」の観光サイトもこのとおり。


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 近年の「桜島」溶岩分布です。本記事では、赤丸で囲ってある部分に行きます。

「桜島フェリー」
・24時間営業で日中は15分間隔で車に乗ったままずっと乗船できる(15分)
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 「鹿児島」市街地から「桜島」へは「桜島フェリー」で15分かけていきます。上に書いてある通り、都市部の幹線鉄道並みにダイヤが過密で値段も人で160円とかなりお手軽に乗れるフェリーです。

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 「桜島フェリー」の航路からは「大正溶岩」がよく見えます。「大正溶岩」は、大正3年(1914年)の「大正大噴火」で流出した溶岩です。写真に見える陸地すべてが「大正溶岩」です。

「大正大噴火」のスペック
・「桜島」と「大隅半島」(九州本土)が溶岩で陸続きになった
・溶岩が数100m沖合の島を埋めた
・噴出物は2km3(うち溶岩は1.5km3)
・火山灰は「東北」まで降った
・「桜島」全体が30cm以上の火山灰、場所により1.5~2mで覆われた。


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 103年前に海へ流れ込んだ溶岩の2km先の対岸が「鹿児島」市街地です。よくもまあそんなところに60万人都市があるものです。

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 「桜島」と反対方向を見ると、「姶良カルデラ」の外輪山の淵が見えます。「鹿児島湾」自体が巨大なカルデラ湖としてできたもので、外輪山淵が切り立った断崖となって海に繋がっています。

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 建造物には、「桜島」の溶岩(たぶん安山岩)がちょこまかと使われています。

「ビジターセンター」
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 「ビジターセンター」では、「桜島」を地学的に見ることができます。入口に新鮮な火山灰をつかって絵文字か書かれていました。

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 地層断面図です。時代の長さからみて堆積速度がすさまじいです。特に「大正大噴火」の軽石層の厚さが目立ちます。

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 最近の噴火の様子が写真展示されていましたが、コメントを見ると日常の一部になっているのがよくわかります。「鹿児島」以外の人には信じがたい日常光景です。
 無論現地では火山の危険性を知ったうえで、よほどの大規模噴火でない限り日常生活できるよう危険対策をしているのでしょう。
 外人から「なぜ地震や噴火の多い「日本」に住んでいるんだ?」と聞かれても「住み慣れているから」と答えるようなものでしょう。

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 「桜島」に関する凄さがわかりやすく書いてあります。

「知覧特攻平和会館」

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 「鹿児島」滞在中に行ってきました。

 「知覧特攻平和会館」は、「鹿児島県知覧町」に位置し、先の大戦では日本空軍の基地が置かれ、大戦末期には特攻隊の出撃基地になりました。

 終戦後は特攻に関する記憶が国内では風化しつつあるなか、特攻隊員の日常や出撃を隊員の母として見守り続けた「鳥濱トメ」の尽力により、平和観音が建立され、特攻の実態を後世に残すためにこの平和会館が建てられました。

 館内には特攻隊員達の遺品や引き上げられた戦闘機、隊員たちの日記や「鳥濱 トメ」の肉声テープなどが展示されています。

 これらの展示を見て考えられるのは、欧米により仕掛けられた大戦が無ければ、あるいはここまで「日本」が敗戦に追い込まれなければ、特攻で亡くなった人たちは普通のひょうきんな兄ちゃんでその後もいただろうということです。

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 敷地内には、特攻隊員や、それを見送る夫人・女学生の銅像が展示されています。

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 一式戦闘機「隼」です。「大東亜戦争」の主力戦闘機として活躍した機体です。平成19年(2007年)に公開された「俺は、君のためにこそ死ににいく」の撮影にも使用されました。

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 「隼」の近くに、その説明文がありました。

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 「鳥濱 トメ」と特攻隊員たちの写真です。

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 「三角兵舎」も展示されています。「三角兵舎」は、特攻隊員が出撃するまでの間泊まる宿舎です。

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 平和祈念館より1kmほど離れた場所が「知覧基地」の跡地があります。写真は滑走路の跡です。終戦後、基地は解体され農作地となりました。

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 「知覧」の市街には、「鳥濱 トメ」が経営していた「富屋食堂」(復元)があります。現在は「ホタル館」として特攻隊員の様子が展示されています。かつては空軍パイロットや基地関係者、そして特攻隊員たちの憩いの食堂でした。

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 隣には「富屋旅館」があります。戦後、特攻隊員の遺族が「知覧」を訪れた際に宿泊する施設です。

「無人新幹線爆弾」検証動画作成 その3 脱線危険速度の計算

 この動画作成で一番手間がかかった脱線危険速度の導き手順を紹介します。

(1) 「東京」~「品川」のカーブ半径・カントの調査

 動画内でも取り上げましたが、鉄道車両の脱線危険速度を求めるには、カーブの半径、カント、緩和曲線のスペック、車輪の形状、車体、気象条件など、実に様々な要素が必要です。その中でも代表的なカーブの半径とカントを、脱線危険速度の計算に使うことにしました。

① 実際に調べてみた
 ここで必要なのが、「無人新幹線爆弾」が高速走行する「東京」~「田町」の合流地点にかけてのカーブデータです。しかし、そのような都合のいい資料は鉄道本やネットをざっと調べても見当たりません。そこで、実際に線路脇の標識を調べてみました。

② 線路脇の表示板をビデオ撮影
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 鉄道は通常、カーブ上(始点、終点、変化点、緩和曲線部など)にそのカーブの形状を示す標識が設置されています。
 上の写真のように新幹線の場合、線路脇の壁などにその表示板が張られ、カーブの半径(R)やカント(Cm)などの詳細が記されています。つまりそのデータをカーブごとに得ればよいのですが、この表示板は新幹線車両内からしかまともに見れません。
 これは、新幹線は高架上を走り沿線からは非常に見づらいからです。そしてこの間新幹線は100km/h前後で走行するため、とても目で追いきれません。

 そこで、この区間の線路脇をずっとビデオ撮影してその映像をコマ送りにして各カーブのデータを得ました。ただあまり好感度のカメラを使ったわけでないので(スマホ)、ブレが多く3往復分を撮影しました。撮影は、西側へ遠出するついでや「東京」~「新横浜」間の乗車券をわざわざ購入して乗って行いました。

③ 不明ヶ所は空中写真などから判定
 3往復分撮影しても、走行によるブレで読み取れなかったカーブ半径は、空中写真から判定しました。判定は、写真上に一定の径の円を描き、線路と一致するときの大きさを見つけて行いました。カントは、現地で分かった大きさの傾向から適当に決めました。

④ 各カーブデータとその位置を対比
 これらのデータは、映像の景色や距離表示板などから位置を読み取り、地図上のカーブと対比させました。

(2) 計算

① 「ナダルの式」を使用

ナダルの式

 脱線危険速度を求める式には色々ありますが、安全率をかなり見ている由緒正しき「ナダルの式」を使いました。この式は車輪の形状と線路車輪間の摩擦係数を基準としますが、下の資料より脱線危険速度を導くことができます。
 今回の計算では車輪の形状(フランジ角度)は新幹線の標準である70°、摩擦係数は晴天時(「ヤシオリ作戦」にふさわしい)で静止時の0.2としました(走行時はもっと低いがめんどくさいため)

参照(式の選定)↓
『脱線係数』
参照(脱線危険速度の算出 ※カント0とした場合)↓
『カーブにおける鉄道車両の脱線速度』

② カントを考慮した釣り合い式の作成
(うp主作成:高校数学Ⅰ(三角比)と物理Ⅰ(力学)までを応用)

カントアリでの脱線式
 ただし、①で求めた式はカントを一切考えない水平状態の想定です。つまり、カントによるカーブの内側へ傾く力を考えなければいけません。この力により脱線しようとする遠心力が打ち消され若干速度向上に余裕が出るためです。動画にもありましたが、式の過程は上図を参照にしてください。

③ 表計算ソフトで脱線危険速度を計算
無題
 各カーブの脱線危険速度は、表計算ソフト(ここではopen office(エクセル系のフリーソフト)に上の式ヶをプログラム入力して計算しました。プログラムでは、黄色部分に半径値を入力して、下の表にカント毎の脱線危険速度(ピンク部分)が出るようにしています。
 表では、基本現実の新幹線の最大カントである200までを対象。一番下の450は、劇中で実現した200km/h走行が計算上可能なカントを得るために入力してみました。

④ 各位置の脱線危険速度を書き込む
集計
 とりあえず、「田町」の合流地点~「東京」の空中写真に、計算で得られた脱線危険速度と各カーブの半径・カントを、距離表示とともに書き込んでみました。

⑤ データをグラフ化
脱線危険速度変化
 ここまで計算・集積したデータをグラフ化するとこうなります。ピンク部分が計算から得られた脱線危険速度で、実践部分が計算値、それ以外の傾斜部分はほぼ直線・緩カーブのため計算せずに結びました。あとは、「無人新幹線爆弾」の推定速度や営業列車の速度(ニコ動の他のうp動画参照)を重ねてみました。コメントでもありましたが、営業列車の速度起伏が脱線危険速度起伏そっくりです。

「無人新幹線爆弾」検証動画作成 その2 速度検証

 今回は、速度検証の過程をお話します。補足として、コメント指摘に合った他の可能性について都合よく解説しておきます。

(1) 速度計算の過程
速度計算
速度計算の材料は以下の3つが考えられます

① ホームのカーブ区間の通過時間から計算→速度:198.5km/h
 「東京駅」のプラットホームは一部がカーブしています。真ん中の16・17番線ホームは6号車の間くらいまでがカーブ区間でその距離を計算すると約145m。劇中ではその区間を2.63秒で通過していたため(コマ送りの数で計算)、約200km/hとなりました。

② 構内分岐~ホーム端間の通過時間から計算→速度:239km/h
 この区間距離は、距離ポストから約190mとわかります。劇中ではその区間を2.86秒で通過していたことから、239km/hとしました。

③ 車両の通過時間から計算→速度:324km/h
 「無人新幹線爆弾」の最初のシーンで2編成の列車が通過するシーンより、3両分(75m)を通過する時間が0.83秒とわかりました。ここから324km/hという値が出ました。

 本動画では、①の200km/hを基準としました。動画内で述べている通り、基準が②と比べて不動なためです。動画で触れていなかった(見落とした)③については、(3)で述べます。


(2) 位置と速度の計算

① 加速度の区分け
加速曲線
 この計算には、あるサイトに載っていた「N700系」の加速曲線を使用しました。乗り物の加速度変化は速度に応じて曲線状に変化するため、そこから速度と距離関係を導くのはややこしいです。そこで、上図のように速度域に応じて加速度を大雑把に区分し、その区分ごとに走行距離を割り出しました。

② 速度と位置の確定

使用計算式:高校物理Ⅰでやる力学より
速度V = 加速度a × 時間t
距離S = 1/2 × a × t^2
より算出↓

速度変化
 上の式を利用して上図の速度と位置関係をグラフ化しました。破線部分が計算上のグラフ、実線が「無人新幹線爆弾」の推定速度です。劇中の速度が計算より1割低いのは、同時突入で互いが速度調整をしたこと、爆弾を積載して車両が重くなったためと考えました。

(3) 補足:「田町」付近の分岐器撤去説 + 突入速度300km/h付近説について
① 「田町」付近の分岐器撤去説について
 
(1)の③で考えた速度基準について考えます。突撃速度は、このように3パターン考えられる中、動画上では200km/h基準としていますが、これは「田町」付近で「無人新幹線爆弾」が「大井車両基地」への引き込み線から本線へ合流する際に分岐器通過で速度が60~70km/hに制限されていることが一因です。

② 動画コメントにもあったように、速度向上のために分岐器を撤去していたらどうなるか?
 これは、「無人新幹線爆弾」発進場所の「大井車両基地」から「東京駅」までの約11kmをずっとフル加速したことを意味します。
※ほかの分岐器曲線の存在、途中の急カーブは無視する
 「N700系」の加速性能から計算すると、この距離では最高で290km/hまで上がります。これは、車両通過から算出した324km/hに及ばないものの結構近い値になります。しかし、結論を言えば劇中では200km/h走行をしたと考える方がよさそうです。

③ 突入速度は300km/hよりも200km/hのほうが望ましい
1:空想科学とはいえ、300km/hは飛びぬけすぎている

 「N700系」は設計上340km/hまで出せるため理論上このようなフル加速は可能ですが、いくらなんでも「東京」付近の急カーブ群、そこを通過する際の遠心力、線路にかかる荷重などを考えれば空想科学、特撮演出とはいえやりすぎ感がでます。前方の景色も200km/hと比べて演出面で景色が飛びすぎてシーンを見ている側からも目まぐるしくなりそうです。
 また、定速走行装置を利用した2編成互いの位置合わせもその分困難になるでしょう。
 空想科学でもリアリティや演出面で無理や目まぐるしさを多少なりとも減らした200km/hの速度域を選んだと思われます。

2:「田町」付近の分岐器撤去をしなくても200km/h台にできる
 先に述べた通り、「N700系」の加速能力を考えれば、「東京駅」に達する時点で200km/hに達するのには、「田町」付近の分岐器に手を加えなくても十分です。仮に「大井車両基地」からフル加速をすれば、「田町」の本線合流地点を240~250km/hで通過します。そのためには60~70kmh制限の分岐器を撤去して半径2000~2500mのカーブに改造してカントもつける(半径を急にするならそれよりカントを増やす)という、ただでさえ「ヤシオリ作戦」のためにやることが多い中、大きな手間が加わるため、分岐器撤去を省いたと思われます。

「無人新幹線爆弾」検証動画作成 その1 「東京駅」取材

 「無人新幹線爆弾」検証動画は、たぶん一番取材と計算のの手間がかかったので、動画で説明していなかった取材についてあとがきしておきます。

動画↓
http://www.nicovideo.jp/watch/nm31654782

(1) 「N700系」並走突撃シーン
突撃シーン

① 並走撮影を断念
 最初は劇中と同じように、「N700系」2編成が上下線で同位置を走っている景色を撮16・17番線ホームからろうとしました。
 そのために時刻表を見て上り列車が14~16番線に進入、同時に下り列車が17~19番線より出発する時間帯を調査。なおかつその2編成が本線上で隣り合う瞬間を狙いました。
 しかし、上手くいきませんでした。本数が多い路線なのでどこかで隣り合うチャンスがあると甘く見ていましたが、合計1時間半待っても失敗。駅構内に同時進入出発しないよう調整しているのでは?とも思えました。

② 車両を別々に撮影してペイントで合成
 そこで、上線を走る列車を別々に撮影して後で合成することにしました。三脚などという機材を持ち合わせていなかったため、2列車が通過する2~3分ほどの間手でスマホの位置と角度を固定して縮尺最大(遠いため)を維持して撮影。

 ペイントで左右の車両が隣り合うように合成しました。よく見ると、真ん中で色が微妙に違っています。ただ、日照があまり変化していないこと、車両間の境界と写真上の建物の縦筋で多少ごまかせました。

 後で気が付きましたが、16番線に入るべき右の列車が15番線側へ微妙に間借り、18番線に入るべき左の列車が17番線へ微妙に直進しています。これに気づく人はどれくらいいるのでしょうか?


(2) 車内からの突撃シーン再現
 検証動画では何故18番線に突入したのか?(本来は分岐器が直線な17番線が合理的だが、劇中では18番線に突入、分岐器も18番線にまっすぐにされていた)を解説しました。結論を言えば景色の良さが絡み、その実証に17・18番線に停車している車両内から劇中と同じアングル(劇中はもっと車外に飛び出しているが)で撮りました。
 この景色、撮るのが意外と面倒くさかったです。

17番線の車内より(現実的な突入番線だが見栄えが悪い)
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① 撮影できるのは、車内清掃~出発の(大半は)5分前後
 「東海道新幹線」は列車本数が多いため、車内からの撮影がしやすいかもしれませんが、同時に折り返しも頻繁です。つまり、到着列車が車内清掃をして折り返し出発するまでの時間が非常に短く、大半が4~5分です。10数分も一般人が出入りできる列車は少ないため、撮影自体が結構しにくいです。そして、乗車券も必要なため、どこかへ遠出するついでに入る必要もあります。

② 16番線に車両がいる(できれば先頭車両が映る出発・到着の瞬間)
 どの番線にも車両が停まる時間はそこそこありますが、前述の条件①と合わせるとタイミングが難しいです。劇中のシーンみたいに先頭車両が映る瞬間を狙うなどさらに難しいですが、運良く撮れました。車両の端に行けば先頭車両がいつでも撮れますが、カーブ区間で撮りたいために(劇中の見栄えを検証するため)3号車で撮りました。

18番線の車内より(劇中の突入番線で見栄えがいい)
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① 17番線に同じ
② 17番線に同じ
③ 17番線に列車がいない

 17番線の景色で論じた2条件に加えてこういう制約もあります。このタイミングを狙うために1時間半くらいうろちょろしていました。先頭車両が映る瞬間はめんどくさくなったので妥協して諦めました。

④ 3号車付近で撮影
 この場所こそがカーブ上に位置し、劇中に近い線路の前方ができるだけ見られる場所です(とはいえ、劇中のように車外から乗り出して撮るのは無理だが)。実際はドアが閉まっているのでカメラをできる限り前方に向けて撮影しました。取材では、17番線からの撮影でも同条件にするために3号車に入りました。

参照
『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その2 変えられた「東京駅」の配線』
『【動画】 「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた』

【動画】 「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた

 僅か15秒の登場でありながら、「シン・ゴジラ」の「ヤシオリ作戦」冒頭で強烈な印象を残した「無人新幹線爆弾」を、あれこれ検証してみました。本作みたいに画面の切り替わりが早いですが、こうでもしないと長くなるのでご了承ください。






原作
『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その1 突撃速度について』(※速度検証が動画内と多少違ってました)


『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その2 変えられた「東京駅」の配線』

・研究動機:劇中の突入シーンの配線に違和感をもったことから

・製作期間:4ヵ月

・体感製作時間:200時間前後

・作成疲れ具合:今までで1番
(過去1番手間だった、「コナン」の地下鉄検証に現地取材の手間を加えた感じ)

・新幹線乗車回数:3回

・「東京駅」入場回数:4回

・節目の7月29日に投降した経緯:
この研究を思いついた時期と製作時間が上手くあったことから

「日本」最南端の普通鉄道+JRの駅

 「指宿枕崎線」は、「鹿児島」と「枕崎」を結ぶ鉄道路線で、普通鉄道、JR路線としては「日本」最南端の路線です。現在、鉄道「日本」最南端の座は、平成15年(2003年)に「沖縄」に開業した「沖縄都市モノレール線」(ゆいれーる)に明け渡していますが、それまではすべての鉄道における最南端路線でした。

 そして、その中の「西大山駅」は普通鉄道・JR路線「日本」最南端の駅として有名です。

「錦江湾」と「桜島」
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「鹿児島」~「指宿」間にでは、路線が小高い海岸線沿いに通るため、「錦江湾」や「桜島」、「大隅半島」などがよく見えます。

「山川駅」
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 「山川駅」は、便数が大きく変わる境駅です。この路線は、「鹿児島中央」~「指宿」・「山川」では30分に1本ほど運転がされますが、「山川」~「枕崎」は1~2時間に1本、昼頃は4時間近く運転なしという超過疎ダイヤです。したがって、この過疎区間にある「西大山」へ鉄道で行くのはかなり面倒で、今回は朝4時に起きて始発に乗りました。(8時ごろ起きて出発したら、夕方まで帰れなくなる)。
 左側の車両は「山川」~「枕崎」間、右側の黄色車両は「鹿児島中央」~「山川」間を走行します。

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「鹿児島中央」~「山川」間には、「JR九州キハ200系気動車」が運行されます。この車両は平成時代に造られたJR車両ですが、個性的なデザインを重視する「JR九州」の方針からか?カラーになっています。

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 「指宿枕崎線」の線路は、他の路線と比べて草がよく生えています。ローカルだからこそみられる光景です。

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 「山川」~「枕崎」間には、「国鉄キハ40系気動車」が運行されます。この車両は昭和52年(1977年)~昭和57年(1982年)にかけて造られた昭和の国鉄車両で、都市部ではあまり見られなくなりました。現在は地方路線で主に活用され、一部は「JRKYUSHU SWEET TRAIN「或る列車」」に改造されています。

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 行先表示もしっかりアナログです。方向膜方式ですらもありません。

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 運転席も懐かしのアナログです。

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 冷房の普及により少なくなった天井扇風機がありました。車内は冷房も付与され、扇風機と共同運用しています。

「日本」最南端の普通鉄道+JRの駅
 いよいよ普通鉄道+JRの最南端駅です。「鹿児島」市内からここへ着くまで2時間以上かかりました。
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 こちらが図鑑や鉄道雑誌、観光本などで非常に有名な景色です。最南端を示す碑と「開聞岳」のツーショットがみそです。
 しかし残念なことに、「開聞岳」上部が雲に覆われて完璧にみられませんでした。しばらく待てば雲が晴れる可能性もありましたが、次の予定もあり1本便を遅らせると時間を非常にロスするため諦めました。

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 JRの最東西南北の駅はこのようになっています。これでも「西大山駅」は、「佐世保」に次いで行きやすい駅でしょう。

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 ホームは行き違い設備のない完全なる単線です。草もよく生えています。

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 こうしてみると、「鹿児島市電」のように芝生化されているようです。

 ちなみに、帰りの便に乗り損ねました。
 理由は、停車した車両の前端、後端の扉しか空かないという、ローカル線によくある風習をすっかり失念して置いてきぼりにされたためです。
 このまま1時間半次の便を待つか、「山川駅」まで1~2時間歩くかの状況でしたが、駅で出会った方に「山川駅」まで送っていただけました。
 改めて感謝申し上げます。

「鹿児島」の路面電車

 「鹿児島」市内には、2系統の路面電車が市内を南北に、かつ東西に分かれながら縦断しています。この「鹿児島市電」は、いくつもある「日本」の路面電車の中でも以下の特徴があります。

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写真は平成13年(2001年)~登場した「1000形電車」です。前世代の車両と比べて客車が長くなっているため定員数が多くなっています。

① ダイヤがかなり過密
1系統・2系統の重複区間は1時間に片道最大23本(2分36秒に1本)


 「鹿児島市電」は1系統、2系統両方とも日中でも1時間あたり片道10本(6分毎)前後もの便が運航されます。そのため、自分の乗る車両のすぐ前後に別の車両が近づくことなどザラです。しかも、「鹿児島市電」自体が市街地のそこそこ中心周囲をカバーする配置になっているため、気軽に待たずにシンプルに乗れるのが特徴です。

1系統・2系統重複区間(「天文館通」~「鹿児島駅前」)
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 すぐ後ろに別の便が迫っています。

「鹿児島駅前」

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左真ん中は「9500形」、右は「2100形」です。
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 「鹿児島駅前」は2面3線構造の楔形ホームターミナル駅ですが、3線すべてに車両が停まることはしょっちゅうです。

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 ホーム全てが埋まっているため、後から来る車両が順番待ちをすることもあります。手前の車両は平成14~17年(2002~2005年)に登場した「7000形」です。「鹿児島」は、「富山」よりいち早く連結型列車がデビューしています。

「谷山停留所」
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 「鹿児島市電」南端のターミナル駅です。市電は南側半分が専用軌道となっています。結構静かな雰囲気ですが、ラッシュ時は利用者が多くここも5~6分毎に運行されています。

「郡元」の三角線
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 「鹿児島市電」は市街中心で系統が2つに分かれて南北両端で合流するため、各合流地点に三角線が設けられています。そのうち、南側の「郡元」の三角線は歩道橋の上からよく眺められます。

② とことん緑化

 「鹿児島市電」では、平成16年(2004年)より軌道に芝生が設けられました。これは景観向上、ヒートアイランド対策、「桜島」の火山灰対策などで事業されましたが、特筆すべきは緑化をとことんやっているということです。
 ほかの都市でも見られる路面電車の芝生は、一部だけの場合が多いですが、「鹿児島市電」は全区間の半数以上の7km(13.1㎞中)。芝生区間は市街中心区間に集中するため、都心部ではほとんどが緑化されています。

 その効果は抜群で、騒音が数デシベル減少したり、中央分離帯の気温が最大24℃も減ったそうです。

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 併用軌道である都心部は、とことん緑化されています。車が通る場所以外はほとんどが芝生です。

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 「鹿児島駅前」付近のシーサスポイントも、ポイントの細かい区画のなかにまで芝生が造成されています。

「京阪京津線」の山岳区間

 宿泊先の近くに「京阪京津線」の山岳区間があったので、沿線を歩いてみました。

61‰区間
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 61‰区間を上側から眺めてみました。「京津線」の線路は左側の国道をくぐっていきます。国道の奥は、ほぼ水平です。「京津線」の勾配は、高速道路やバイパスのインターチェンジランプ並みの勾配で道路下に潜り込んでいます。

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 少し視線を下げると、勾配の急さがよくわかります。水平な奥の道路が上り坂に見えてしまいます。

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 反対側の景色はこうです。ちなみにこちら側は61‰よりも緩い41.1‰勾配です。

↓車内からの61‰
『「京津線」の61‰勾配』


半径45mの急カーブ(「逢坂山トンネル」坑口)
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 「京津線」は勾配だけでなくカーブもめちゃくちゃ急です。最少曲線半径は40mです。「逢坂山トンネル」坑口上からは、路線内で3番目に急な半径45mのカーブをよく見ることができます。カーブはほぼ90°方向転換し、通過車両1両で20°近くも折れ曲がっています。

普通鉄道国内最急勾配の駅(「大谷駅」の40‰)
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 以前も紹介した「大谷駅」を俯瞰してみました。駅の急勾配具合は、ホーム上からの方がわかりやすいです。

↓「大谷駅」構内についてはこちら
『40‰上の駅』

色黒探偵の爆走寺

 「鞍馬寺」といえば、「京都」の北山にある寺で、「奈良時代」に「鑑真」の弟子が毘沙門天を安置したのが始まりと言われています。

 そして「劇場版名探偵コナン 迷宮の十字路」で「服部平治」が「コナン」とともに、『「義経」になりたかったんや!』犯人をバイクで追跡した舞台です。

 「鞍馬寺」は「京都」を代表する観光地の一つですが、「叡山電鉄鞍馬線」の「鞍馬駅」(海抜約230m)から寺院(海抜約400m)まで170m近くも石段や坂道を登り、さらに「奥の院」につながる道では100mも高度を上げます。つまり、結構疲れます。

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 寺院へ通じる道は、「金比羅山」のようにひたすら登ります。

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 途中にある「大杉」です。樹齢約800年、高さ約53mもあります。

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 標高400mの寺院からは、「鞍馬駅」周囲の谷筋が何とか俯瞰できます。

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 「源義経」が修行時代に利用していた湧き水らしいです。きっと犯人もあやかっていたことでしょう。

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 「木の根道」です。この辺りはすぐ下が硬い岩盤のため木の根が地中深くでなく、土壌面を這うように広がっている珍しい形態をなしています。

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 周囲は北山杉が多く生えています。よく整備されているためか?スギ花粉の時期は多少過ぎてはいるものの、花粉症の気配はしませんでした。

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 「鞍馬駅」です。駅舎は「京阪鴨東線」が「出町柳」まで開通した平成元年(1989年)に寺院風に改築されました。

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 「鞍馬駅」の改札口です。
 映画ではこの改札口を『「義経」になりたかったんや!』犯人と、「大阪府警」本部長の息子と「コナン」がバイクのまま突破しました。
 「そんなに急がなくても…」駅員は、劇中よりも若かったです。

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 劇中で彼らはそのまま「鞍馬線」の線路を爆走していきました。あのあと「コナン」の予想通り免停になったのでしょうか?

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 「鞍馬線」名物の「紅葉のトンネル」を見やすいよう窓が大きくなっている「900系」です。「鞍馬線」は、50‰勾配を所有する「‰の会」にも認定されている登山鉄道でもあります。

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 「鞍馬駅」には、「京都電燈デナ21形電車」が屋外展示されています。この車両は昭和4年(1929年)の「叡山線」黎明期あたりから生産されました。

「電車でGo!」の原点鉄道

 題名の由来を知っている人は少ないかもしれませんが、「京都」観光では非常に有名な「嵯峨野観光鉄道嵯峨野観光線」です。この路線は「山陰本線」の「馬堀」~「嵯峨嵐山」間における旧路線で、平成元年(1989年)に「山陰本線」のこの区間の新線への切り替えに伴い廃止となりましたが、平成3年(1991年)に観光鉄道としてトロッコを走らせることで復活しました。

 当時は「年間乗降数23万人で数年のブームが最初にあったのちにまたローカルになる」と予想されていましたが、初年度でその3倍の69万人、現在では100万人もの利用者が押し寄せる超成功した路線となりました。これを考えた人の発想がすごいです。

 そして、あの「電車でGo!」では初級コースとして登場しました。「電車でGo!」が発売された平成9年(1997年)にはとっくに観光鉄道化されていましたが、ゲーム内ではあえて「山陰本線」現役時代として登場していました。

この路線は人気が非常に高く、特に下流→上流コースが中々乗れないため、上流→下流コースで行きました。

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 「トロッコ馬堀駅」です。右の複線+トンネルが「山陰本線」(新線)、左の単線が「嵯峨野観光線」(旧線)です。

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 上の写真と同じ場所から反対側を見ると、この路線が「山陰本線」に合流しそうなのがよくわかります。

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 客車は「国鉄トキ25000形貨車」を改造したものを使っています。人を乗せるための車両でなく、荷物用の貨車そのものです。なので、車体の振動を直に感じることのできる楽しい人には楽しい車両です。

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 貨車専用の車両たちはしっかり自動連結器です(最近の乗客用は密着式連結器が主流)。

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 車両によっては窓ガラスなしの開放的なものになっています。チケットはすべて指定席ですが、椅子は赤の他人と相席になる上通路側だと人が邪魔なため、立ち席にしたほうがよいです。

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 ちなみに、「馬堀駅」近辺は、「明智光秀」が「本能寺」に向けて進軍した場所でもあります。それとは想像つかないゆるキャラになっていますが。

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 「馬堀」では馬車もみかけます。

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 「保津峡」です。車内は混んでいるため、景色を見る負担がかかります。「保津峡」の地質はメランジュが主らしく、チャートなどの険しい峡谷を造る原因となる硬い岩もあるそうです。

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 途中で3回「山陰本線」(新線)と交差します。「山陰本線」の列車と立体交差ができたらいいですが、今回は見られませんでした。

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 車窓からは、川下りをしている舟やボートをしょっちゅう見かけます。

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 「トロッコ嵐山駅」にて。ここで右の「山陰本線」(新線)と合流します。トロッコ列車は「トロッコ嵐山」~「トロッコ嵯峨」間の約1kmは、上下線とも「山陰本線」の下り線を走ります。つまり、上り列車は逆走運転をします。

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 「トロッコ嵯峨駅」にて。先頭の機関車は、「国鉄DE10形ディーゼル機関車」で、この形式は昭和44年~48年(1969~1973年)に製造された機関車です。現在もかくJRの車両所などで活躍しています。

「嵯峨嵐山駅」の無料博物館

 「山陰本線」の「嵯峨嵐山駅」の隣には、歴代の蒸気機関車を展示している「19世紀ホール」があります。
 主に、トロッコを待つ間や小休止の合間に気軽に本物の蒸気機関車を見ることができます。

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 広場には、「日本」の蒸気機関車ではおそらくもっとも有名な「D51」が展示されていました。

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 屋内には、歴代の「D51」、「C56」、「C58」が並んでいました。

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 その中の「D51」は、半分が真っ二つになり断面を見ることができる、非常に珍しい思い切った展示形態をしていました。外から見れば筒ですが、なかはボイラーからの熱を効率よく伝えられるように細かい管がこれでもかと貫いています。

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「国鉄ア4形蒸気機関車」です。「日本」では3両しか走らなかった大変珍しく個性のある形をした機関車です。一通り活躍した後、あの「島秀雄」主体で練習用機関車に改造されたそうです。

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 かつては、人力鉄道も「日本」全国に走っていました。人力車とどっちが楽なのでしょうか?

川を渡る橋の上にある駅

 それは、非常に有名な「山陰本線 保津峡駅」です。

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 「保津峡駅」に降り立ってみました。高所から見ないと分かりづらいですが、本当に橋の上にかかっています。一応、「保津峡」の谷間にかかり、対岸のトンネルに通じていることから想像は容易です。

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 列車もこの通り、ほぼ橋の上に止まります。ホームの長さは10両編成対応の約200m。写真左下の切れ目が、橋梁との境目です。

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 ホームを「京都」方面に歩いていきます。バラスト軌道のあたりは、高低差が低くなっています。

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 「保津峡駅」に停まる列車は、ほぼ普通列車。速達列車は通過します。

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 橋梁との境目は、このように切れ目がはっきりわかります。

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 橋の下から眺めるとこうなります。普通の橋梁と比べてホームがある分重厚です。

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 ホームの上からは、「保津峡」の絶景がよく見えます。

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 そして、頻繁に急流下りの舟を見られます。

鉄道のカレー屋さん

 東京の「中目黒」付近には、鉄道備品が目白押しのカレー屋があります。店名は「ナイアガラ」です。少し前に「ジョブチューン」で紹介されていたことから知りました。

ナイアガラ
 「ナイアガラ」は、「東急東横線 祐天寺駅」から歩いて5分ほど(矢印部)にあります。

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 店構えです。踏切の警報器、寝台列車の扉、「D51」の正面、マスコン台、などなど全て本物の鉄道関連備品です。

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 店内にも鉄道関連の備品が、これでもかというくらい飾ってあります。主に昭和時代のものが多いです。正面にあるのは、「0系」の正面です。

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 車両の側面などに張られていたであろう、行先表示札も結構あります。suica等がなかった時代、定期券をはっきり見せることは、かなり重要だったでしょう。

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 カウンター机の下にもガラス越しに、改札関連の様々な備品が展示されています。

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 ディスプレイには、鉄道ビデオが上映され、他にも車両の絵、「となりのトトロ」に出てきたような電話機なども展示されています。

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 カレーです。テーブル席では、模型車両に乗せられて配られますが、他の客が多く撮影はできませんでした。
 カレーも辛さ順に、超特急、特急、急行、準急、鈍行、とか専門用語を店員の間で使っています。

「ニコニコ超会議2017」へ行ってきた

 2日目に行ってきました。

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 会場内です。

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 「進撃の巨人」の巨大イベントも行われていました。

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 自衛隊ブースには、「御岳山」噴火時にも出動した「89式装甲戦闘車」が展示されていました。

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 レゴで「初音ミク」が造られていました。

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 数年前からイベントに出ている「自宅警備隊」がいました。ついにブースまで構えだしました。

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 「笑点」のブースでは座布団積み選手権が開かれ、そこに「小林幸子」、「林家木久扇」、「山田隆夫」が来場していました。

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 段ボールで作品を造る人も来ていました。ニコ動ではかなり有名な方です。戦車はラジコン式で動きます。輸送がかなり大変そうです。

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 アニメ関連のポスター発表もありました。よくここまで分析するなあと思います。顔分析は緻密すぎて細かくわからないです。

【動画】『鉄道登山学 その12 新幹線と勾配 -「九州新幹線」の35‰-』

 鉄道間借りシリーズを続けていたあまり、実に1年ぶりのうpとなった登山学シリーズです。

 今回は、現役の新幹線で最も急な35‰を採用している「九州新幹線」について取り上げます。「九州新幹線」は、「北陸新幹線」と比べてはるかに穏やかな地形・線形の路線ですが、地質・地下水対策+建設費低減のために、35‰をはじめとする急勾配が小刻みに使われています。



原作
『「九州新幹線」の35‰勾配をみてきた』


次回予定
① 『鉄道登山学 その13 今後の新幹線と海外の高速鉄道』
② 『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた』


① 鉄道登山学シリーズの新幹線編で最後となる話で、「リニア中央新幹線」をはじめとした建設予定の新幹線と、海外の高速鉄道の勾配を紹介します。

② 「シン・ゴジラ」の円盤を見て、急に思いつきました。先月記事にしたものを、追加調査や計算などを肉付けして動画化します。
原作
『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その1 突撃速度について』
『「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その2 変えられた「東京駅」の配線』

 どちらも原稿書き始め段階ですが、たぶん②の方が先にうpできそうです。

「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その2 変えられた「東京駅」の配線

 今回は、このシーンのために変更された「東京駅」の配線についてのお話です。

 「シン・ゴジラ」では、「東京駅」とその周辺は極力忠実に再現されています(未着工のビルはあるが)。ただし、「東海道新幹線」の分岐器が2か所変更されていました。



「無人新幹線爆弾」は、16,18番線に突撃した
 これは、劇中の描写を見ればすぐにわかります。両列車とも、推定速度240㎞の高速で分岐器の直線部を通り16,18番線に突入していますが、ここに実際と違う部分があります。

実際の「東京駅」の配線では、高速突撃は、16,17番線でないとできない

「シン・ゴジラ」では18番線突撃ができるように配線変更をした


シンゴジラと東京駅
 この図は、現在の「東京駅」の配線(上)と、「シン・ゴジラ」の「東京駅」の配線(下)を比較したものです。
赤色線は「無人新幹線爆弾」が通った部分です。16番線突入は、実際に分岐器のまっすぐな部分を通るため高速突入ができますが(※ここでは構内の急カーブは無視します)、実際に18番線へ突入するためには、制限速度60~70km/hとなっている分岐器の曲線部を2度通らなくてはいけません。とてもじゃないですが、200km/hを超える高速通過は不可能です。
 そこで図の下のように、18番線へ入る線路の分岐器は2か所ともまっすぐ方向を向くように変えられています。
 実際の配線よりも少し歪なものになりました。

何故17番線ではなく18番線突入にしたのか?
 以下の2つの理由が考えられます。


① 爆発の威力を「ゴジラ」に伝えやすいため?
シンゴジラと東京駅2
 上図は、劇中で18番線に突入した場合(左)と、実際の配線に従い17番線に突入した場合(右)の比較です。
 2つの列車の距離を、ホームを介しているとはいえ、隣の線路よりもさらに1本分(4.2m)離した方が、爆発の威力を「ゴジラ」の広い範囲に与えられるかもしれません。それなら19番線に突入させてもいいかもしれませんが、これでは逆に離れすぎてダメージを与えにくくなるのか?あるいは、②で話す演出の問題か?どちらでしょうか?


② 演出の問題(こっちが本命?)
シンゴジラと東京駅3

 こちらも、劇中の18番線突入(左)と、実際の配線で想定される17番線突入を比較した図です。この図では、水色部が新幹線車両、それぞれの突入シーンの視野を黄色扇枠で示します。

 図を見れば、一目瞭然です。18番線突入の方が、劇中で車両の横から眺めた景色の見栄えがいいです。

 18番線からは、隣の線路が見えて目の前の視界が広がり、左のホームを介して隣の車両を遠目で眺めることができ、走行シーンの迫力が増します。

 逆に17番線突入では、カメラのすぐ鼻先にほーむドアが迫り、景色の下半分以上が遮られます。カメラを少し上にやればよくはなりますが、すぐ下にプラットホームばかりが見えて隣の車両とも距離が近く、高速走行をしている迫力が減ってしまいます。

 「ヤシオリ作戦」でのビル爆破シーンを充実させるために、まだ建っていない超高層ビル(390m)を造るくらいですから、「無人新幹線爆弾」突撃シーンをよくするために分岐器の方向を2つ変えることくらい造作もないということでしょう。こんなことを気にする人はそんなにいないはずですからね。

「シン・ゴジラ」に登場した「無人新幹線爆弾」を検証してみた その1 突撃速度について

 現在、どうにか動画化しようと画策中のネタをあげます。

 「無人新幹線爆弾」は、「東京駅」にたたずむ「ゴジラ」を起こすために投入された爆薬満載の「N700系」2編成です。

 劇中では「品川」・「大井車両基地」方面から「N700系」(無人)2編成が「東京駅」に高速で突入しました。
そしてこの作戦が実際出来るのかどうか、どうにかこうにか考えていきます。

「ゴジラ」への突撃速度は約240km/h
 この速度は、以下のデータから計算して得ました。

① 「東京駅」前の分岐器~プラットホーム間の距離:172m
(空中写真と「東京駅」ホーム長より計算)

② 2地点間の走行時間:2.6秒

より172m÷2.6秒×60秒×60分÷1000≒238.15km/h


「N700系」の推定速度変化(※あの車両のみで自走している場合)
 「N700系」の加速能力から、高校物理で習った計算式から、大雑把に速度変化を試算してみました。

速度変化グラフ(推定)・薄赤色はカーブ
新幹線爆弾
 水色線は、普段の新幹線車両の速度変化(http://www.nicovideo.jp/watch/sm9086831よりグラフ化)。
 赤い路線は、推定される「新幹線爆弾」の速度変化です。「新幹線爆弾」は、「大井車両基地」を発進して、「品川」~「田町」間で本線に合流するものと仮定しました。「新幹線爆弾」が240km/hで「東京駅」の「ゴジラ」へ突撃するためには、6.8㎞以上手前から発進、130~140km/hで本線に合流、190km/hで「浜松町」、215km/hで「新橋」を通過します。


実際にこうやって走ったら、途中で脱線する
各地点での速度(地図バージョン)

新幹線爆弾ルート
 緑色に、現実的な注釈を入れています。

本線への合流
「大井車両基地」方面から本線に合流するには、70km/h?制限の分岐器があります。計算上「新幹線」爆弾はそこを130~140km/hで通過するため、安全率を考慮してもここで脱線します。(恐らく大丈夫な)80km/hで通過すれば、「ゴジラ」へは220km/hで突っ込みます。まあ、これは多少の誤差範囲内です。

途中の急カーブ
 本線に合流した後は加速あるのみです。しかし本線は、最少半径400mの急カーブが多発し、実際の車両は100~110km/hほどで走行します。カーブのカントを新幹線最大の200mmにしたとしても、150km/hほどで遠心力により脱線するでしょう。また、実際のカントはそんなに速度を出さないこの区間では200mm未満になっているでしょう。

突撃させるとしたら、130km/h前後がいいとこ?
 現実的にはこの速度でしょう。ただし、長さが400mもの16両編成「新幹線爆弾」は本当なら高速で突撃させたほうが後方の爆薬を「ゴジラ」にぶつけられます。先頭車両から時間差をつけて順番に爆発させて(爆発の勢いを「ゴジラ」側に集中する方向で)、後ろの勢いを減らさないようにでもすればいいのでしょうか?
 ちなみに、「東京駅」のカーブはカントがかなり低いため、100km/hで通れるかもわからないです。

240km/hで突撃させるには

・カントを上げる(※作中ではその描写はない)
・遠心力に耐えられるよう線路と路盤を強化する
・緩和曲線を長くする
・(無茶だが)カーブの半径を緩くする


などの方法が考えられます。一言でいえば、非常にめんどくさいです。

「タモリ倶楽部」で踏切大賞に選ばれた踏切

無題
 その踏切は、「西武池袋線」の「池袋」付近にあります(赤丸の部分)。

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 この踏切は、道が二股に分かれ始めたところにあるため、互いが隣り合っています。もともと碁盤の目になっている街に斜めに横切るように線路を敷いたため、こうなりました。

 近くにもこのような横切りがありますが、他は道がふさがれたり、踏切を1本に絞っています。
 撮影はパノラマ機能付きのカメラで行った方がいいです。

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 隣から踏切を眺めるとこうなります。どちらも線路に対して約45°交差し、反対側の方では互いの踏切が常識的に離れています。

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 反対側からも眺めてみました。

 踏切は閑静な住宅街にあるので、見たり撮ったりするのは怪しまれないように気を付けましょう。
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