「ニューヨーク」の地下鉄には地下複々線が多い

 大都会の地下を走る地下鉄は、そのほとんどが複線です。
 とくに「東京」や「大阪」などの地下鉄路線が多い場所、地方大都市の地下鉄路線分岐点ではごく一部が複々線となっているのが普通です。
 それは、地上のように複々線や3複線以上の設備を地下に入れるのは莫大な手間がかかり、既存の地下構造物を避けづらくなるためで、「日本」のみならず世界中の大都市の地下鉄が複線(もしくは単線)主体です。

 そんな中で異彩を放っているのが「ニューヨーク」の地下鉄です。

 「ニューヨーク」の地下鉄は、特に中心部の「マンハッタン島」を通る路線はその大部分が複々線以上となっています。

ニューヨークの地下鉄 線数

 Wikipediaに載っていた「ニューヨーク」の地下鉄路線図です。
 この図では、各路線の線路数を色分けしています。右側の図は、地下部分のみを抜粋したものです。(図中の番号は、以下の拡大配線図です)
 図を見ると、赤色線で示す複々線区間が「マンハッタン島」内部では多くを占めているのがわかります。
 おまけに、「マンハッタン島」ではほとんどが地下区間です。
 さらには、3複線、4複線区間もごく一部に見られます。


「ニューヨーク」の地下鉄配線図(地下部のみ抜粋)
http://www.nycsubway.org/wiki/New_York_City_Subway_Track_Mapsより)

 英語サイト(上述参照)ですが、「ニューヨーク」の地下鉄の全線配線図を挙げたサイトから、詳細な配線を見ることができます。

①「マンハッタン島」南側
①

②「マンハッタン島」北側
②

③「ブルックリン区」
③

④「クイーンズ区」
④

 細かい説明は次回に回すので略します。これ全部、地下の配線図です。

  「東京」の地下鉄でいう、「銀座線」と「半蔵門線」の「赤坂見附・永田町」~「表参道」、「有楽町線」と「副都心線」と「西部」が合流する「小竹向原」などの、カオス配線が「ニューヨーク」の地下鉄ではそこら中にあるということです。

複々線や3線が多いのは、急行運転をするため
 「ニューヨーク」の地下鉄で複々線が多いのは、急行運転をするためです。「日本」で例えれば「京阪」や「中央本線」の複々線区間のようで、鈍行列車と速達列車を線路別にしています。配線図でいう中央に近いところを急行が走行します。
 3線区間では、ラッシュ時に利用者の多い方向へ急行が運転されています。
 無論、それだけ運転本数を増やす必要からも、複々線を採用しています。
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「大佐渡」巡り

 「佐渡島」は北側に「大佐渡」と呼ばれる山地、南側に「小佐渡」と呼ばれる山地が中央の平野(海抜30m以下で東西の海岸を繋いでいる)を介して分布します。
 「大佐渡」は海抜1172mの「金北山」をはじめとする1000m級の山々からなる大規模な山地で結構いろいろな景色を見ることができます。

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 平野部からみた「大佐渡」です。「佐渡島」はよく小さい島という偏見を持たれていますが、面積は「日本」にある島6000以上のうち8位で「沖縄本島」に次ぐ広さ(854k㎥)で、海岸線の長さは267㎞と、「上越新幹線」に匹敵します。

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 山腹から「佐渡金山」方面を俯瞰。真ん中に「佐渡金山」のシンボルである「道遊の割戸」が見えます。改めてみると、異様な地形です。

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 湾越しに「小佐渡」や「小木」方面が見渡せます。写真奥の先まですべて「佐渡島」です。こうしてみると、大きな島です。

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 「大佐渡」は標高1000m級の高い山でその北側には遮るものが何もなく「日本海」に面しているため、戦後から航空自衛隊や米軍のレーダーサイトが山頂付近に建てられました。かつては「金北山」(1172m)、現在は最新クラスのものが隣の「妙見山」(1042m)に建てられています。北側の監視をするのには絶好の場所です。平野からもよく見えます。

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 かなり高い場所から「日本海」を俯瞰。雲で先がよく見えませんが、ここから大陸まで大海原です。

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 紅葉が進んできました。

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 「金北山」のレーダーサイト?です。これは、前代の設備でしょうか?

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 こちらは最新クラスの「J/FPS-5」です。「中国」、「朝鮮半島」、「ロシア」に面する場所のため、かなり大掛かりなものが採用されています。建物全体が回転し、向けたい方向へレーダー全体を向けることができます。その姿から、「ガメラレーダー」と呼ばれています。

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 2つのレーダーはこのような位置関係です。

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 展望台から平野を俯瞰。

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 「佐渡空港」が見えます。滑走路の長さは800mで、使える航空機は限られています。

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 「両津湾」とそこに位置する「両津港」です。「新潟」と行き来するフェリーの拠点港です。

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  「加茂湖」です。「日本」の離島で最大の湖(面積4.85km2)。「浜名湖」と同じく汽水湖です。

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 レーダーに通じる道は封鎖され、監視カメラもちゃんとついています。

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 標高500m付近の山腹には、航空自衛隊の基地がありました。

【動画】『新幹線を間借りした鉄道 その7 -「えちぜん鉄道」の間借り【前編】-』

 新幹線を間借りした鉄道シリーズの最後に、建設中の「北陸新幹線」の高架橋を間借りしている「えちぜん鉄道」を紹介します。前編後編の2動画を予定し、今回の前編では間借りに至った経緯を紹介します。

 今までの間借りと比べて「福井県」の新幹線にかけるたくらみがかなり絡んでいる場所となっています。


 

間借りシリーズを始めた時、このネタをあげるとは考えてもいませんでした。
不覚にも現役バリバリである、この「えちぜん鉄道」の間借りを知らなかったからです。

この間借りを知ったのは、間借りシリーズ第1作目をうpした直後(今からちょうど1年前)で、当時は補足として5~6分でちょこっと紹介するだけの予定でしたが、結局前編後編で25分近くになりそうです。それほどネタに満ちた間借りでもあります。


次回
『新幹線を間借りした鉄道 その8(終) -「えちぜん鉄道」の間借り【後編】-』

 次回は、空中写真と現地調査を紹介します。以前ブログで挙げたネタ通りに進めていきます。

日帰り「佐渡金山」の旅 その10 「大切山抗」見学【後編】

 「大切山坑」へ潜入です。

 「大切山坑」は、観光用坑道とは一線を画す探検坑道で、照明や柵などはほぼ整備されないありのままの坑道を見られるマニアックな坑です。おまけに照明設備もないため、真の暗闇も体感できます。

 坑道はほぼ素掘りのトンネル状になっていますが、「佐渡島」自体が非常に頑丈な火山性の岩石から構成されるため、坑道周辺の岩盤も非常に堅く、鉱山でよく言われる落盤事故はほとんど起きないためです。

 「佐渡金山」の観光用坑道は(特に「宗太夫坑」)、木の枠組みがかなり組まれていますが、あれは念には念を入れた安全設備+観光用の見せかけだそうです。

「大切山抗」は、「兵庫県」にある「明延鉱山」の見学ツアーのミニバージョンともいえるでしょう。

↓「明延鉱山」についてはこちらを参照
「明延鉱山」 その1 当時のままの坑道
「明延鉱山」 その2 当時のままの設備・機械
「明延鉱山」 その3 外の展示物


本題に入ります。
 「大切山坑」最大の特徴は、2本の坑道が数m間隔で並行していることです。

 これは、互いの坑道を切羽付近で繋げて空気を自然循環させるという、昔ながらの知恵から生まれたものです。

 現在では、ダイナマイトや機械による=破壊力のある掘削をしているため、坑道間には10m以上のスペースを設けねばならず、この2本の並行坑道は現代の鉱山では決してみられない貴重なものです。


 近代に入り、このうち1本の坑道がトロッコ列車や機械を通すために断面を拡幅されているため、洞内では江戸時代の狭い坑道と近代の広くて水平な坑道を2本同時に見ることができます。

坑道
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 入り口付近は、役人が馬に乗ったまま通れるよう、広めになっています。

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 少し進むと、人がぎりぎり立って歩ける高さに下がります。この状態で数百m進みます。

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 坑道内には、コンプレッサーから先端の機械に送られる、圧縮空気を輸送する鉄管が転がっています。

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 坑道内の床は若干かまぼこ上に凸凹です。これは、トロッコ列車用に敷いた枕木の跡です。排水路はなぜか進行方向左側に造るルールがあるそうです。

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 鉱脈が見つかったところはこのように脈に沿って細長く掘られています。脈は右斜め上に急傾斜していたのでしょう。この脈はおそらく小規模でしたが、人間の欲望通りに根こそぎ掘りつくされている感があります。

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 坑道内には蝙蝠も生息しています。蝙蝠は、逆さにぶら下がって昼は爆睡しています。このように触っても起きません。少し触れるくらいでは、しっかり踏ん張っています。ときどき超迷惑そうに身を縮こまらせるところが、人間と同じ動物らしいです。

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 石英脈が走っています。金銀は石英脈の真ん中に見える黒い縞状の層に含まれています。この脈はおそらく小規模で品位が低いものでしょう。ガイドさんいわく、高品位で採算の合う脈は、雲母のように光り輝いています。


壁の特徴
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 江戸時代の掘削の跡です。人の手でたがねやノミを使って掘っているため、細かく凸凹です。

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 近代に掘られた行動の壁は、比較的平滑で削岩機の跡がついています。


隣を繋ぐ横穴
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 隣の坑道と繋がっている換気用横穴です。この換気用孔は、切羽付近に造られ、掘削が進んだら埋め戻されてまた次の切羽に新しく横穴が掘られます。横穴は常に切羽付近のみに空くようにしています。これは、空気に循環を切羽前方にまで行きわたらせるためです。

奥のシュリンケージ
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 このコースで一番奥にあるシュリンケージです。入口から250mあたりで、鉱山全体から見ればまだまだ序の口です。シュリンケージは、脈に沿って掘られた大規模な空洞です。この辺りは、明治時代以降の近代技術で大規模に採掘されています。もしかしたら、下のズリの中に金銀が含まれている石が残っているかもしれませんが、こういう鉱山ではそれらの残り物も根こそぎ取りつくすそうです。

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 こちらの設備は、上の穴から鉱石を落として回収するものです。上の穴で採った石をトロッコ列車が通る坑道に回収する仕組みです。

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 金銀が含まれていそうな脈がありました。これも品位が悪い層で、回収されずに残っています。

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 この大量の木のがれきは、トロッコです。下に錆びた車輪が見えます。

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 シュリンケージ付近には、線路もちゃんと残っていました。線路は坑道廃棄の際に撤去されるのが普通ですが、奥の方は面倒でそのままなのでしょうか。

並行坑道がよくわかる場所
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 並行している2本の坑道が極端に近づいて繋がっている場所です。2枚の写真は同じ場所からそれぞれ反対側を撮ったものです。
狭い坑道が江戸時代に掘られたもの
広めの坑道が明治以降に拡幅されたものです。

 近づき具合が半端ないです。この状態で200m以上も続いています。


坑道クロス地点
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 写真は同じ場所から両側を撮影しています。互いの坑道の右左が入れ替わっているのがわかります。 
 この場所は、江戸時代断面の坑道と明治時代断面の坑道がクロスして位置が入れ替わっている場所です。
 この坑道が掘られた江戸時代には、2本とも交わらず並行していましたが、トロッコを通すために拡幅したら、掘りやすかったためか?この位置でクロスすることになりました。

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 どこで見ても、江戸時代の狸彫りの狭さは半端ないです。

案内ガイドと「タモリ」
 少し前に「ブラタモリ」の撮影で「タモリ」が「佐渡金山」に来ていましたが、ガイドも「タモリ」と握手したそうです。ガイド自身は『「タモリ」には、この「大切山坑」や「南沢疎水坑」のようなマニアックで深い場所も見てほしかった』と言われていました。
 確かに、メインの観光坑道よりも、こういうところの方が「タモリ」に向いていそうです。


「佐渡金山」の世界遺産化について…
最後に、「佐渡金山」は世界遺産登録を目指しています。世界遺産になると知名度が飛躍的に上がり、観光客も増大して地域の活性化に役立ちますが、世界遺産になるが故の残念な点もあります。

それは

世界遺産登録後は「大切山坑」のようなマニアックな坑道が見学できなくなる可能性が高い。

 このマニアックな坑道の探検は、安全関連の法律上から厳格に考えると、どうしても若干グレーになります。言葉は悪いですが、地方だからこそできるツアーでもあります。
 数年前は「南沢疎水坑」という、「日本」トップクラスの江戸時代に掘られた排水路がガイドツアーで見学できましたが、現役稼働中の排水路のため、法律面やお役所上の手続きが面倒になり、誠に残念ながら現在はやっていません。やってたら間違いなくいきました。

 世界遺産登録がされると「ユネスコ」関係者からこれらのマニアックな坑道探検ツアーの安全対策やら法律やら、増大する観光客への対応やらの細かいご指摘が良くも悪くも貫入してくるため、登録=一般者の立ち入り禁止がなされる方向になりそうです。
 ガイドの方も進言していましたが、世界遺産に登録される前のすいているこの時が、これらの坑道を見る最後のチャンスになりそうです。




参照
日帰り「佐渡金山」の旅 その1 丑三つ時の出発
日帰り「佐渡金山」の旅 その2 とりあえず歩いた
日帰り「佐渡金山」の旅 その3 「宗太夫坑」
日帰り「佐渡金山」の旅 その4 「道遊坑」
日帰り「佐渡金山」の旅 その5 「道遊の割戸」
日帰り「佐渡金山」の旅 その6 様々な展示物
日帰り「佐渡金山」の旅 その7 金山をあとに
日帰り「佐渡金山」の旅 その8 「ジェットフォイル」
日帰り「佐渡金山」の旅 その9 「大切山抗」見学【前編】



日帰り「佐渡金山」の旅 その9 「大切山抗」見学【前編】

 6年ぶりに「佐渡金山」へ行ってきました。一応日帰りで行っているので、6年前のシリーズと同じ題名で続きとします。

 現在、「佐渡金山」では、ヘルメットと長靴懐中電灯をもってガイドの案内により「大切山坑」を見学できます。今回は、そのツアーの報告です。

「大切山坑」
概要
 江戸時代初期に山師・味方与次右衛門が、「この先に必ずや金脈があるはずだ!」との信念で地上から400mもの距離を1633年ころから14年かけて掘り進んだ坑道。そのかいあって1647年に大鉱脈を発見。

特徴
 2本の坑道が数m並行している。目的は2本の坑道を先端で繋げて換気をするため。現在では江戸時代の小さい坑道と近代の大きい坑道が並行している。コンプレッサーによる換気とダイナマイトによる掘削がおこなわれる現代では決してみられない非常に貴重な坑道。

 「大切山坑」を見る前に、近くの景色を紹介します。

山側からの「道遊の割戸」

 「佐渡金山」のシンボルであり、「ブラタモリ」で「タモリ」が「人間の欲望は凄い」と唸っていた、「道遊の割戸」を、普段の観光本で写されている海側と逆から見てみます。
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 山側から見ると、山を掘った感が広々とみることができます。こちらの方は遮蔽物が少なく近くからも見られ、手前の掘削跡が崖状態になっているため、スケールが大きいです。

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 拡大すると、山肌に坑道の跡(恐らく江戸時代)や、割戸の崖感じがよく見えます。


トキの森公園
 割戸の下、手前には土砂が大量に堆積しています。おそらく割戸沿いに掘り進んだ時にでたズリでしょう。

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 そして山肌。坑道孔がそこら中に見られます。山上の方は江戸時代に掘られた坑です。割戸横にも欲望のままに詮索を続けたのでしょう。

「大立堅坑」
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 「大立竪坑」は、明治8(1875)年に開削された日本初の西洋式立坑(垂直坑道)です。ここは、「佐渡金山」の鉱脈群(東西約3km、南北約600m)のほぼ中央に位置し、平成元(1989)年の採掘中止の時まで大動脈として使用され続けました。最終深度は352mと、「東京タワー」を上回ります。

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 この鉄製やぐらは、昭和13(1938)年の金の大増産期に建設されました。

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 やぐらを間近で見られる場所です。これ以上は立ち入り禁止で近づけませんでした。すぐ隣に封鎖されている坑道が見えます。
 
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 近くにも封鎖されている入口がちらほらとあります。

「無名異坑」(平成29年春から見学可能)
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 江戸時代の採掘状態を見学できる「宗太夫坑」の近くにある坑道です。佐渡特産の「無名異焼」の原料となる赤い岩石の採掘が行われ、明治以降金鉱脈を発見し昭和中期あたりまで試削が続けられました。この坑道は、30分かけてガイドの案内により懐中電灯を使って探検するようです。

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 中をのぞいてみると、江戸時代の形であろう狭く曲がりくねっている坑道が続いています。もし開いていたらこのツアーにも間違いなく行っていただけに惜しいです。

大佐渡 (1)
 近くに「宗太夫坑」のルート上にある人形が展示してありました。

「大切山抗」入口
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 今回の見学坑道の入り口です。周りにある封鎖坑道と見た目は同じ=普通の観光坑道よりもリアルなありのままの坑道跡ということです。

 次回はその内部を紹介します。

あと、江戸時代と近代の坑道の特徴をさらっと。

江戸時代の坑道
・狭い(人が通れればそれでよい)
・曲がりくねっている(人が通れればそれでよい)
・傾斜が急(人力で最短距離を行き来するため)
・坑口が山の中腹にボコボコ見える(傾斜が急なため)


近代の坑道
・広い(トロッコ列車や銃器を通すため)
・直線が多い(トロッコ列車や重機を通すため)
・水平緩やか(トロッコ列車や重機を通すため)
・坑口が山の麓に多い(坑道が水平で鉱石を通洞に落とすため)
・でっかい竪坑が多い(より深いところに効率よく行き来するため)

 

参照
日帰り「佐渡金山」の旅 その1 丑三つ時の出発

日帰り「佐渡金山」の旅 その2 とりあえず歩いた
日帰り「佐渡金山」の旅 その3 「宗太夫坑」
日帰り「佐渡金山」の旅 その4 「道遊坑」
日帰り「佐渡金山」の旅 その5 「道遊の割戸」
日帰り「佐渡金山」の旅 その6 様々な展示物
日帰り「佐渡金山」の旅 その7 金山をあとに
日帰り「佐渡金山」の旅 その8 「ジェットフォイル」

トキの森公園

 再び「佐渡島」へ行ってきたため、寄ったところをこれから挙げていきます。まずは「トキの森公園」です。
 「トキの森公園」は、トキの資料館や飼育関連の施設(佐渡トキ保護センターとは別)があり、トキを間近で見ることができます。

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 こちらは、10年以上前にニュースでよく取り上げられていた「ミドリ」と「キン」のはく製です。トキは間近で見ると、目が無表情で鳩みたいです。イラストでは目に表情が出ているため本物が無機質っぽいです。
 イラストのトキは「アンパンマン」で、本物のトキは「アンパンマン号」といったところでしょうか。

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 こちらは「ミドリ」と「キン」の骨格です。

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 トキの羽です。トキの羽の内側は「トキ色」と呼ばれる淡いピンクがかった色をしています。

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 トキには赤色頭だけでなく黒色頭や全身が黒い種など、派生がいくつかあります。こちらは外国でよく見られるそうです。

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20m離れた場所から飼育小屋を見ることができます。トキは警戒心が強いため、離れた音の聞こえにくい場所からの閲覧になります。

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 敷地内にはトキふれあいプラザがあり、より近い場所から防音ガラス越しにトキを見ることができます。

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 運が良ければ飼育域内のトキをガラス越しに本当に目の前に拝むことができます。

動画のうpについて、現在の心境

 鉄道をネタにした動画を初うpしてから6年、定期的なうpをし始めてから4年がたとうとしていますが、最初の頃はまさかここまでうpし続けるとは金輪際考えていませんでした。

 鉄道のネタ解説動画は、ニコニコ動画に数千は投稿され、ほかの動画とネタが被らない+自分が興味ある(=うpしたい)都合のいいネタは、ほとんどないだろうと考えていたからです。

ただ、探してみたら意外にもまだ(恐らく)開拓されていないであろうネタがかなりあり、気が付いたら結構な数をうpできました。扱っているネタが鉄道の中でも比較的マイナーなせいでもありますが。
 現在は『新幹線を間借りした鉄道シリーズ』と『鉄道登山学シリーズ』を続けていますが、今の作成状況や心境を一言で表せば以下のようになります。

ネタはあるが、いつまで続けられるかわからない

理由1:動画作成は結構手間なため
 動画の内容自体はこのブログの記事10本以上、作成の手間はブログ1記事の50~100倍以上はかかっている気分です。家にいる時間にテレビを見ながら、ほかの人で例えたらだらだら晩酌やテレビゲームをする気分で造っているためでもありますが、1本につき1~3か月はかかります。
 余計なネタの詰込みをやめたり、画像や解説構成の質を落とせばペースは2~3倍速くなりそうですが、いまさら引っ込みがつかなくなりました。
 今の生活スタイルや状況が変わって、のんびりだらだら造る余地がこれからいつまで続くかわからない、あるいはある日突然造る気がなくなる可能性もあります。現に何らかの事情で投稿が途絶えたうp主はたくさんいますからね…。

理由2:『鉄道登山学シリーズ』の構想動画数が多すぎ
 『鉄道登山学シリーズ』は、最初は3本でサクサクやろうなどと考えていましたが、色々よくばった結果、すでに11本目に入りました。設計変更の極端さと計画性のなさに驚いています。鉄道と勾配ネタはあまりにも数が多いため、事例を絞って作成しても、あと20本以上は投稿したくなります。時がたつにつれ1つのネタを扱うにおいて、作成動画数や動画の時間が長くなる癖があるので、もっと増えるかもです。
 今のペースでやり遂げるとしても、あと3~5年はかかります。果たしてそこまで続けているか全くわかりません。

取りあえずの予定
『新幹線を間借りした鉄道シリーズ』は、後2本ほどで完結させる予定です。これは残りあと2本の原稿がそこそこ書きあがり(修正は色々あるが)ゴールが見えているので、よほどのことがなければうpするようやっていきます。

それが終わったら次に、『鉄道登山学シリーズ』の続きに取り掛かるつもりです。こちらも新幹線編があと2~3本で終わりそうなので、せめてそこまで行ければ今は御の字です。

それ以後の続きは全く見えません。今のところは、この2シリーズを上述のところまで行けたらなあという気持ちで、今後のことは、その時になってから考えたいと思います。

【動画】『新幹線を間借りした鉄道 その6 -「阪急京都本線」の間借り【後編】-』

 最近動画作成ペースが落ち、3ヶ月ぶりのうpとなりました。今回は、前回の続きで「阪急京都本線」の間借りを過去と現在の空中写真や現地調査を視点で解説します。また、おまけとして「京都」~「山科」間の「東山トンネル」のあまり知られていない歴史を紹介します。



次回予定
『新幹線を間借りした鉄道 その7 -「えちぜん鉄道」の間借り【前編】-』


現在(あと2年ほど)現役バリバリの間借りです。これが、間借りシリーズ最終章になります。

2階建て新幹線が引退する日

 最近都知事に就任した「小池百合子」が都内の通勤電車に座れるよう、列車を2階建てにする構想を出しました。
一方、「東北(※かつて)・上越新幹線」では通勤新幹線として全車2階建てで座席数が4割増しになった新幹線のMaxが運転されています。

新幹線は、
・スピード運転による時間短縮
のほかに
・乗客の大量輸送(在来線の補完)
を目的としてるため、2階建て車両の使用は新幹線の目的とも一致します。

 しかし、今年度を最後に2階建て新幹線車両はすべて引退します。今後どの路線でも2階建て車両を走らせる予定はないため、実質のお別れとなります。

「東北新幹線」
平成24年(2012年)7月7日に全面撤退

「上越新幹線」
平成28年度(2016年度)中に全廃


 2階建て車両が製造されたのは「E1・E4系」が平成6年(1994年)~平成15年(2003年)でそろそろ耐用年数の13年に近づいています。「200系」のように延命改修をする手もありますが、ほかの車両との統一性、運用や整備の面で合わなくなったのでしょうか。そこでその理由を挙げていきます。

廃止+今後造られない理由

・車両のスピード化

「東北新幹線」では「新青森」延伸と「E5系」の登場により路線内の車両の運転最高速度が320km/hにスピードアップしました。対する2階建て車両の最高速度は240km/hと大きな幅があり、どうしてもダイヤに影響がでます。「東北新幹線」では2階建て車両による大量輸送よりもスピードアップを優先していきます。これは、路線距離の長大化により短距離(「東京」~「那須塩原」など)の通勤よりも長距離の高速輸送の需要が高まってきているともいえます。

・車両の統一化
 これは、特に「東海道新幹線」に言えることです。現在の「東海道新幹線」は1時間当たり最大15本の列車が走る超過密ダイヤを実現するために、車両の形式・座席数や配置・速度などがとことん統一されています(『「東海道新幹線」の掟』参照)。ほかの形式や運用方法、速度が大きく異なる2階建て車両を取り入れる余裕はまずありません。導入するには、2階建て車両に現在の「N700A」や開発中の「N700S」と同等の速度性能をもたせ(330km/h運転が可能で、2階建て車両には相当高いハードル)、なおかつそれを短期間に既存の車両と一括して置き換える必要があるでしょう。性能面でも置き換え段取りの面でもかなり非現実的です。
 2階建て車両には「東海道新幹線」の膨大な利用者を裁くメリットよりも、運用方法のデメリットの方が大きいのです。

・急勾配
 最近の新幹線には30~35‰の急勾配が採用されています。これは、急勾配をある程度の速度で走れる車両が開発されたこと、建設費用の削減やトンネル内の地形や地下水の対策によるものです。
 一時期「E4系」が30‰勾配が多発する「高崎」~「軽井沢」間を運転していたことがありました。ただ、乗客を乗せた運転は30‰勾配を下る上り列車のみです。これは、乗客の重みで「E4系」がまともに走れなかったためだそうです。ようは、図体の大きく重い2階建て車両は坂道に弱いのです。最近造られている急勾配が多く需要がそれほどない新規の路線を2階建て車両が走る動機も少ないです。

 新幹線の乗客大量輸送という目的をきっちり果たしながらも、スピード運転というもう一つの目的と、同じ目的である大量輸送のための過密ダイヤから引退していく2階建て新幹線を見られるのもあと数ヶ月です。

飛行機から撮影

最近飛行機に乗る機会が何度かあったので、とりあえず取れた写真をうpします。


 雲海上を飛んでいたら、積乱雲が見えました。微妙に竜の巣に似ていなくもない気がしました。
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 便は佐賀→羽田で、上空1万m付近を巡行しました。下の雲海はおそらく3~5㎞くらいの位置と思われますが、それもはるか下方に見下ろしていました。下はおそらく「四国」です。

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 「四国」~「紀伊半島」と思われる位置に積乱雲が多発していました。

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 見る角度によっては(恐らく写真右側から見ていたら)竜の巣っぽいです。飛行機搭乗経験の多い人はより竜の巣っぽい雲に出くわしているでしょうが、かなり印象に残りました。

「富士山」~「伊豆大島」
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 西日本方面から「羽田空港」へ着陸する便は、「駿河湾」沖を東進して「伊豆大島」付近で「房総半島」方面、もしくは「東京湾」へ旋回します。そのため、「太平洋」沖から「富士山」~「伊豆大島」を眺められます。

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 少し「伊豆半島」を拡大して撮影。「伊豆半島」独特の海岸線や「天城山」、奥には「駿河湾」や「三保半島」も見え、その奥に「富士山」が雲海上にそびえたっています。

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 「富士山」を拡大。撮影は7月末のため、雪はありません。飛行機から「富士山」までの距離は約100㎞ですが、こんなに離れていても形からすぐわかる山だと改めて思いました。いつか、至近距離から雪のかぶった「富士山」を撮影してみたいです。

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 「伊豆大島」を拡大。飛行機はちょうどこの一で左に旋回するため、ドンピシャの角度で「伊豆大島」を眺め降ろすことができます。
 噴火してそこそこ年月が経って微妙に侵食された地形と、30年前の噴火で新たに形成されたほとんど侵食していない地形の違いがよくわかります。

飛行機の交差

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 「名古屋」付近(確か「知多半島」あたりだったかと)で同じANAの便と交差しました。最初は右斜め下から交差飛行機が接近してきていました。

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 そして交差しました。高低差は数百mほどでしょうか?

「京津線」の61‰勾配

 普通鉄道では35‰が相当な急勾配とされ、これを上回る勾配は特例とされています。「京阪電鉄京津線」には、その中で61‰という「日本」で4番目の急勾配区間があります。

「日本」の普通鉄道の勾配順位(※現役のみ)
1位:「大井川鉄道井川線」・90‰
2位:「箱根登山鉄道鉄道線」・80‰
3位:「都電荒川線」ほか・66.7‰(ほかの路面電車にもありそう)
4位:「京阪京津線」・61‰


「大谷駅」(30‰上り)
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 以前紹介した「大谷駅」を運転席からも見ました。こうしてみても、傾きがよくわかります。

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 「京津線」の最少曲線半径は40m(恐らく「浜大津」付近)、このカーブの半径はわかりませんが、相当急です。100mあるかないかでしょうか?

40‰上り→0‰
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 40‰分の勾配変化がわかります。水平でも下っているように見えます。

0‰→41.1‰下り
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 山越えをしてから、40~61‰クラスの下り勾配が「琵琶湖」方面へ連続しています。

41.1‰下り→61‰下り
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 隣接道路の下をくぐっていく手前に61‰勾配があります。

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 写真左下に61‰勾配標記があります。奥の道路が水平に近いであろうことを考えると、この線路がいかに急なのかがわかります。ちなみに、61‰は、高速道路やバイパスのインターチェンジランプの勾配に匹敵します。

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 急勾配を下った直後に急カーブがあるため、列車はかなり徐行しています。

「蹴上インクライン」

 「琵琶湖疎水」の名所の一つである「蹴上インクライン」を見てきたのでうpします。

「琵琶湖疎水」は海抜85mの「琵琶湖」と海抜40m台の「京都盆地」を、自然高低差を利用した水路で明治18~23年(1885~1890年)に建設されました。「琵琶湖疎水」は「京都盆地」への水供給のほかに舟による水運として利用されていることから、大部分が1/2000~1/3000という緩勾配で結ぶため、直線距離で9kmしか離れていない両地点の40m以上の高低差をこの勾配で結びきれませんでした(すべてこの勾配で結んだら全長は少なくとも80㎞になる)。水路自体はこの高低差でも問題はありませんが、舟を確実に輸送するためにはこの高低差をどこかで解消する必要があります。そこで造られたのが「蹴上インクライン」です。

 「蹴上インクライン」は、言い換えれば船のケーブルカーで、全長582m、36m分の高低差を1/15(66.7‰)勾配で一気に結びます。ここでは斜面上に超広軌な線路が敷かれ、水運用の舟を専用台車に乗せてウインチで上下させます。

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「琵琶湖疎水」の概要

「琵琶湖」(水面標高約85m)

1/3000~1/2000勾配(0.33~0.5‰)で「京都」へ

「蹴上インクライン」上部(標高約82m、地形図から推定)

1/15勾配(66.7‰)のインクラインで36m降下

「蹴上インクライン」下部(標高約46m、高低差を引き算して推定)


 これから、上から下へ移動します。

インクライン上部
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 インクラインの上部です。写真奥は「琵琶湖方面」で、山を貫くトンネルがすぐ近くに見えます。

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 水路とインクラインの境です。インクライン用の線路は水路にある程度沈み、水中に潜り込んだ台車に直接舟が乗り上げ、インクライン輸送に移ります。

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 反対方向から見ます。展示用に当時の舟が展示されています。

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 横から見ると、一風変わった貨物列車みたいです。

インクライン上
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 これからインクラインを歩きます。少し離れたところから見ると、勾配が変わっているのがよくわかります。

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 インクライン上部から下を眺めます。かなりの急勾配で景色がいいです。高低差は、一般的なジェットコースター並みです。ここから列車を自由走行させたらどこまでスピードが出るのでしょうか?

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 インクラインは当時のまま保存されています。バラスト軌道で少々歩きづらいですが、一部に石畳が置かれています。

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 線路はかなりの年季が入り、奥までしっかりさびている感じです。

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 木性枕木は、下方向に大きく座屈しています。この勾配では重力の約1/15倍もの力が斜面下方にかかり続けます。それに加えてインクラインの役目上線路幅がかなり広くその分枕木が長く重いため、一般的な鉄道路線と比べて座屈が大きくなりやすいのでしょう。

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 インクラインの勾配を真横から撮影。かなりの傾きです。この1/15勾配は、鉄道でいう66.7‰勾配。この勾配は、かつての「信越本線」「横川~「軽井沢」間、そしてこのインクラインの隣にかつて走っていた「京津線」に採用されていました。

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 インクライン中腹から上と下を撮影。隣に見える道路には、かつて「京津線」が走っていました。

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 途中に台車と舟が展示されていました。

インクライン下部
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 インクラインの下部です。ここにてようやく「京都盆地」の標高になりました。現在ここは公園の池と噴水になっています。ここでジェットコースター兼ウォータースライダーをやったら面白そうです。

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 下部から上を見てみます。

横の道路より
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 インクラインは途中で周囲の土地より高くなるため、レンガ造りの高架橋が造られました。

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 レンガアーチの内部構造に注目。レンガが斜めに積み上げられ、レンガは内部でらせんを描いています。これは「ねじり間歩」と呼ばれる組み方で、大量の荷物を積んだ船の重量と、斜めに交差する線路がのしかかることで生じる歪な力に耐えるために採用されました。

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 最後に、インクラインの隣の道路を撮影。ここじはかつて「京阪京津線」が66.7‰勾配で通っていました。今は地下鉄「東山線」に乗り入れてこの地下を走っています。

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 反対の「大津」方面を撮影。かなりの勾配です。

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 断面から見てもすさまじいです。ここを数十t以上の列車が走っていたのが驚きです。

30‰上の駅

 「京都府」と「滋賀県」を結ぶ「京阪京津線」にある「大谷駅」は、30‰勾配区間にあり、「明智鉄道明智線」の「野志駅」と並び、普通鉄道としては「日本」で2番目に急勾配な駅です。ちなみに1番は「明智鉄道明智線」の「飯沼駅」の33‰です。

 「軌道建設規定」では、駅坑内の線路勾配は10‰以下にすることを義務づけています。このため、これらの駅は特別に認可されて造られました。

 「明智鉄道明智線」の「飯沼駅」(33‰)と「野志駅」(30‰)は、それぞれ平成3年(1991年)、平成6年(1994年)と本線開業の50年以上たってから造られましたが、これは急勾配上でも坂道発進ができる車両が導入されたためです。

 対し、「京津線」の「大谷駅」が開業したのは大正元年(1912年)と、かなりの昔です。もちろん当時の内務大臣の特別認可を受けています。

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 「大谷駅」の様子です。一見するとのどかなローカル駅で、景色にも突出した特徴はありません。

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 しかし、真横から見ると勾配が一目瞭然です。この写真は、本当に(自分の感で)水平にして撮りました。30‰は、道路でいう3%、角度でいう約1.7°と緩やかですが、鉄道にとっては驚異的な勾配です。

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 プラットホーム上の長いすも、水平にするために脚の長さを変えてあります。写真から脚と水平の長さ比を確認したところ、プラットホームの傾きは30‰だと確認できました。
椅子は水平で、長さ100と仮定→脚の長さ比はちょうど3=ホームは30‰勾配。

下から上り方向
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上から下り方向
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 勾配を意識して撮影すると、確かに坂道上の風景に見えてきます。

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 プラットホームの下に、33.3‰と40‰を示す勾配標記がありました。これは、この駅が実はこの勾配なのでしょうか?それとも駅の30‰勾配の両側は33.3‰、40‰で、駅はその勾配の間に位置し、少し緩やかになっているということでしょうか?

新幹線(弾丸列車)のために造られたトンネル

 「東海道新幹線」のトンネルのうち「丹那トンネル」、「日本坂トンネル」、「新東山トンネル」は、新幹線の元祖である弾丸列車計画の一冠で戦前に建設されました。「日本坂トンネル」は昭和19年(1944年)に完成してその後18年間は「東海道本線」が間借りしました。
 「丹那トンネル」も途中まで掘られて戦後の「東海道新幹線」建設の建設に貢献しました。

 そして「東山トンネル」もそんな戦前建設トンネルの一つです。そしてこのトンネルは、「東海道本線」の線路としてのちに利用されました。

東山トンネル
 「東山トンネル」は地図の赤線で示す場所にあり、「京都駅」の東側に位置します。現在は「東海道本線」のトンネルで、「東海道新幹線」は南側に「新東山トンネル」として掘削されています。

 「東海道本線」の「東山トンネル」は現在複々線で、単線断面のトンネルが4本掘られていますが、「弾丸列車」計画時は複線でした。この区間に並行して「弾丸列車」を走らせる計画が挙がり、「新東山トンネル」は昭和16年(1941年)8月に着工。トンネル自体は単線ですが、新幹線に転用できるように設計変更をしたらしく、当分は「東海道本線」の増設扱いで、現在の下り線内側にあたります。目的は戦時中の列車本数増加で増えた補助機関車の回送を円滑にすることで、昭和19年(1944年)12月1日に完成し上り2線、下り1線の3線となりました(「膳所」~「京都」間)。ちょうど「日本坂トンネル」での間借りが始まった時期でもあります。

 この区間は昭和31年(1956年)11月19日に電化に伴い機関車の回送がほぼなくなったことから複線に戻されましたが(どのトンネルを放棄したかは不明)、14年後の昭和45年(1970年)2月23日に、複々線化されました。増設された線路は一番南側で、ちょうど「東海道新幹線」と接します。

「東山トンネル」西側坑口を俯瞰
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 「東山トンネル」西側坑口はすぐ近くの跨線橋からよく見ることができます。このように、4本のトンネル(右端は洞門になっている)が並んでいます。かつては左側2本の複線でしたが、右側が1本ずつ建設されて複々線となりました。
 そして、新幹線(弾丸列車)として掘られたといわれているトンネルが右から2番目の黄色○で囲ってあるものです。他のトンネルと比べて若干大きく広く見えます。

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 このトンネルを拡大してみます。通常の馬蹄形型トンネルと比べて下側が幅広になっています。普通の鉄道車両よりも大きめの弾丸列車を通すために断面を大きくしているのでは?と言われています。

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 現在の列車と比較しても下側がかなり幅広です。一方で、高さは普通のようです。

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 ほかのトンネルは馬蹄形やU字型で、明らかに形が違います。従来の在来線トンネルは写真のように通過列車と下側の壁がもうちょい迫っています。

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 左側(北側)の2本のトンネルを拡大します。この2本は大正10年(1921年)と、蒸気機関車時代に掘られているため、坑口横には排煙用の横穴が空いています。

「東山トンネル」東側
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 一方、このトンネルの東側坑口は、通常の在来線の断面です。ちゃんと下側が狭まっています。

「東山トンネル」西側出口
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 再び西側坑口を中から見てみました。ちゃんとした側が広がっています。トンネル内のどこかで断面が変わったのでしょうが、運転席後ろから1回見ただけではよくわかりませんでした。この断面変化は、弾丸列車計画の中止や、「東海道本線」への転用などの方針変更から変わったのでしょうか?(詳しい資料がないのでよくわかりません)


 西側跨線橋について
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 この跨線橋は歩行者専用のいわゆる歩道橋のようなもので手すりが低く簡易なため渡るとかなりの迫力があり、思う存分「東海道本線」の複々線を堪能できます。

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 そしてこの跨線橋の柱には古いレールが使われています。

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 周囲の柵にもレールが使われています。後で知りましたが、近くには双頭レールもあります。このことはレイルエンヂニアリングにも記載されています(http://oomatipalk2.blog91.fc2.com/blog-entry-266.html)。

【動画】『新幹線を間借りした鉄道 その5 「阪急京都本線」の間借り【前編】』

 新幹線を間借りした鉄道路線では、恐らく一番有名な「阪急京都本線」の間借りを紹介します。最初は1話完結の予定でしたが、長くなりすぎたので【前編】、【後編】に分けました。【前編】では間借りの経緯、【後編】では空中写真などからの検証などをしていきます。



 かなり久しぶりに(1年くらい)動画が10分を切りましたが、やはり最近の10分越えと比べて作成の手間、特に投稿直前の間違い探しがかなり楽になった気がします。今後造る動画も10分以内に収めたいところですが、大体は予想以上にオーバーします。

次回予定
『新幹線を間借りした鉄道 その6 「阪急京都本線」の間借り【後編】』


次々回予定
『新幹線を間借りした鉄道 その7 「えちぜん鉄道」の間借り』(間借りシリーズ最終話)

三線以上の軌条 その4 六線軌条

 適当にググっていたら、三線軌条や四線軌条を凌駕する六線軌条が「ドイツ」の「ロッセタール鉄道」にありました。ドイツ語Wikipediaや「地図と鉄道のブログ」によれば、旅客電車と貨物列車を共存させるための秘策で造られたそうです。

Waldkappeler Bahn の六線軌条
Wikipediaより。 六線軌条の「ニーダーカウフンゲン中央停留所」です。パッと見何が何だかわけわかりません。奥の分岐器とプラットホームとの関係をよく見ると、元は単線かつ線路2本の普通の鉄道ですが、2本の線路を左右のプラットホーム側に寄せるためにそれぞれ分岐させ、位置が少しずれているためここだけ6線になっています。

最終案
 平面図にするとこんな感じです。オレンジの真ん中の線路が通過線、上と下の青線と赤線が停止線です。線路のインパクトはすさまじいですが、三線軌条や四線軌条の分岐器と比べて案外シンプルともいえます。線路同士がクロスしていないためでしょうか。


どうしてこうなったのか?


Wikipedia(https://de.wikipedia.org/wiki/Bahnstrecke_Kassel%E2%80%93Waldkappel)や「地図と鉄道のブログ」(http://homipage.cocolog-nifty.com/map/2011/12/6-2aaa.html)によると、六線軌条の目的は、幅が広い貨物列車の車両(積載荷物)と、比較して狭い旅客電車の車両の両方を走らせることです。

 この路線は、少し前まで旅客鉄道がしばらく通っていない時期(貨物列車のみ走行)がありましたが、2001年にLRT(路面電車の近代バージョンみたいな感じ)として旅客運送が復活しました。その際造られたホームの配置が問題になりました。貨物列車の車体の幅が相対的に大きく、旅客列車に合わせてホームを造ると、貨物列車と接触。逆に貨物列車を避けるようにホームを造ると、旅客列車との間に隙間ができます。そこで、この六線軌条が採用されました。

 「ニーダーカウフンゲン中央停留所」以外では変則的なホームの配置、四線軌条、貨物線路と旅客線路の完全分離などで対応しています。
 わざわざホームを2つ造らず片側だけにすれば四線軌条で済みそうですが、恐らく上下線のホームを分けたり、列車の進行方向から見て片方の扉だけ常に開閉できるようにしたい(もしくは車両の片側にしかドアがない)などの理由でこうなったのかもしれません。

三線以上の軌条 その3 三徳線路と四徳線路

 前回紹介した四線軌条は、2種類の軌間をもつ、いわゆる二徳線路でした。しかし、世の中にはそれを上回る三徳線路や四徳なるものがありました。つまり、4本の線路で3、4種の軌間をもつという、カオスな線路です。ちなみに、これらの鉄道写真は英語版Wikiに載っています。

四線三徳線路

Triple_Gauge_Australia.jpg
 四線軌条の三徳線路の図です。4本の線路を巧妙に配置して1067mm、1435mm、1600mmという3種の軌間を作り上げています。

オーストラリア・グラッドストーン操車場内の四線軌条(1600mm,1435mm,1067mm
 「オーストラリア」の「グラッドストーン操車場」にある三徳線路です。軌間は1067mm、1435mm、1600mmです。上の断面図と同じ配置をしています。

Quadruple_gauge_rail_tracks_at_Alan_Keef_works.jpg
 こちらは「イギリス」の三徳線路です。写真を見る限りではいくつかの軌間は使用されてなさそうですが、複雑すぎて何が何だかわかりません。一番上の図を参考にどの線路をどう使うか想像して見てください。

現役の三徳線路です。昔はもっと多くあったものの廃止されて、以下の地域で残っています。

「フランス」:ラトゥール・ド・キャロル: 1,000 mm、1,435 mm、1,668 mm

「フランス」:アンダイユ: 1,000 mm、1,435 mm、1,668 mm

「スイス」:モントルー: 800 mm 、1,000 mm 、1,435 mm

「オーストラリア」:Jenbach :760 mm 、1,000 mm、1,435 mm



五線四徳線路(構想?)
Dual_Gauge_Afghanistan.png
 構想に終わったのか、実際にどこかで使われたのか?5本の線路を使った4種の軌間を持つせんろが図面にありました。1067mm、1435mm、1524mm、1676mmの軌間を持ちます。旅客路線や分岐器にこんなものが使われたらとてつもなく複雑になるでしょう。英語版Wikiによれば、世界のどこかの車両基地には4種の軌間を持つ線路があるようです。


三線以上の軌条 その2 四線軌条

 今回は、四線軌条を紹介します。

 四線軌条は、2種の軌間を同じ路盤に乗せるもので、目的は三線軌条と同じです。違いは、4本の線路を使用している点です。三線軌条では、四線軌条と比べて使用レールが少なく構造もシンプルになりますが、狭い軌間を走る列車の重心が広い軌間を走る列車の重心とずれるため、駅のホーム通過時に支障になります。そこで両列車の重心を一致させるために、狭い軌間の線路を広い軌間の線路の間に置くようにし、これが四線軌条となりました。

普通の四線軌条
橿原神宮前no
 四線軌条は構造が複雑なため、列車本数が多く線路の負担が大きい「日本」ではほとんど見られません。ごく一部の車庫(軌間の異なる路線を共有する車両基地)などで見られます。
 写真は「近鉄」の「樫原神宮前駅」の構内です。この駅では軌間が1435mmの「樫原線」と1067mmの「南大阪線、吉野線」が乗り入れ、車庫では両線路が入り組みます。そこで、一部の線路が四線軌条になっています。1435mm軌道の間に1067mm軌道が入っています。


軌間が同じな四線軌条:ガントレット(単複線)
Gantlet_rough_sketch_penpen.png
 以前に紹介しましたが、ここでも再びあげます。複線路線でも、用地が狭くて単線にせざる負えない場所があります。こういう時は分岐器で単線化することが多いですが、中には線路が完全に合流せず、互いをわずかにずらして重ね合う方式が取られることがあります。これをガントレット(単複線)といいます。
 言い換えれば軌間の同じ四線軌条です。

028140_tramlink_mitcham.jpg
 「イギリス」のガントレットです。かつては「日本」にもありましたが、今は廃止されてありません。


互い違いな四線軌条
 四線軌条は「日本」の場合、両列車の重心を一致させるために2種の軌道の中心位置が同じになっています。つまり、広い軌間の真ん中に狭い軌間を置いています。しかし、なかには先ほど挙げたガントレット(単複線)のように2種の軌道を少しずらして配置することがあります。
800px-Haparanda-Tornio_rail_bridge_Sep2008.jpg
 次は「スウェーデン・フィンランド」国境の四線軌条です。1435mmと1524mmの軌道が互い違いに重なっています。両軌道の幅差は89mmしかなく、とても狭い軌道を広い軌道の真ん中に置けません。そのため、互い違いに配置しています。

Mixed 1520 and 1435 mm gauge on Lithuanian part of Rail Baltica line between Mockava and Šeštokai
 こちらは「ロシア」です。軌間は1435mmと1520mmと、上の写真よりさらに幅さが少なく85mmです。

四線⇔三線切り替え
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 四線軌条と三線軌条の境界がありました。「京急」の「六浦駅」にある特殊分岐器で切り替えます。場所は「スイス」です。


四線軌条の分岐器
 もはや余計な説明不要です。すごく複雑です。少ない線路に多くの列車が走り負担が大きい「日本」の旅客路線ではまず採用されないでしょう。
800px-CFBS_track.jpg
 四線から一方向が普通の二線に分岐します。複雑です。そして、左側の線路間隔が狭すぎです。

493px-Double_écartement_CFBS
 何も言えません。ただただ圧倒されます。

三線以上の軌条 その1 三線軌条(主に海外)

 これから、三線軌条とそれをはるかに超える軌条を紹介していきます。まずは、基本の三線軌条を外国の事例から紹介していきます。
 「日本」の三線軌条は以下の記事を参照にしてください(「京急」の場合)。
『「京急」の三線軌条 その1 概要』
『「京急」の三線軌条 その2 「六浦駅」の不思議な分岐器』

Dual gauge, 1,435 mm (4 ft 8 1⁄2 in) standard gauge and 914 mm (3 ft) track in Cuzco, Peru
 「ペルー」の三線軌条です。軌間は1435mmと914mmで、幅比は約1.57倍です。「日本」によくある三線軌条(1435mmと1067mmの幅比約1.34倍)と比べてかなり比が違います。

n Jenny, Sweden, the narrow gauge leaves the standard gauge
 「スウェーデン」の三線軌条です。標準軌と狭軌で軌間幅は不明ですが、恐らく1435mmと「スウェーデン」仕様の891mmでしょうか。それならば幅比が約1.61倍です。

Huesca_carril.jpg
 「スペイン」の三線軌条です。軌間は1668mmと1435mmで、幅比は約1.16倍です。かなり密になっています。

800px-Mixed-gauge-trackwork-north-geelong.jpg
 「オーストラリア」の三線軌条です。軌間は1600mmと1435mmで、幅比は約1.11倍で、非常に密になっています。この幅比が最下限値に近いのでしょうか。おまけに分岐器です。かなりの試行錯誤が感じられます。

450px-Dualgaugedevice.jpg
 同じく「オーストラリア」の三線軌条です。以前紹介した「京急」の「六浦駅」のあの分岐器と同じ形の分岐器(狭い軌間の方を反対側へ移動させる型)がありました。こちらの幅比も上の写真とおなじです。

【動画】『新幹線を間借りした鉄道 その4 「東海道本線」の間借り -「星越トンネル」編-』

 今回は、「東海道新幹線」の間借り事例の2つ目である「星越トンネル」を紹介します。「阪急京都本線」の間借りや「日本坂トンネル」での間借りと比べてかなりマイナーですが、歴史を紐解くとこれもほかの間借りに負けず劣らず複雑な歴史を経ています。



次回予定
『新幹線を間借りした鉄道 その5 「阪急京都本線」の間借り』

 新幹線を間借りした鉄道の中で、一番有名な事例です。「日本坂トンネル」や「星越トンネル」よりも、配線や路線切り替えの複雑性は少ないですが、これもまた他とは違ったドラマが繰り広げられた場所です。

次々回
『新幹線を間借りした鉄道 その6 「えちぜん鉄道」の間借り』(間借りシリーズ最終話)

 ただいま現役間借り中の、「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借りです。この間借りはあと2年ほど続きます。

 今の気分では、間借りシリーズを完結させてぼちぼち登山学シリーズを続けそうです。
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