「上越新幹線」の車両が275 km/h運転をしていたことがある 追記:標高100mごとに色分けしてみた

 今は最高240 km/hで運転をしている「上越新幹線」の列車ですが、平成2年(1990年)3月10日~平成11年(1999年)12月4日は275 km/h運転をしていました。当時の車両は200系で性能的に240 km/hが最高速度でしたが(設計最高速度は250 km/hで対応するために運転台や信号の改良をした)、越後山脈越えをした後の下り坂で勢いをつけて275 km/hまで加速することでこれを実現しています(ただし、「越後湯沢」を通過する下り列車に限る)。正確な区間は下り線の「大清水トンネル」内部の海抜最高地点(「上毛高原」~「越後湯沢」間)~「塩沢トンネル」新潟口(「越後湯沢」~「浦佐」)間の41.4 km/hです。「大清水トンネル」内部の最高地点の海抜は583.6 m、「塩沢トンネル」新潟口は181.7 mで、両地点の標高差は401.9 mあり、平均勾配は9.7 ‰(tanθ=9.7/1000)です。この下り坂の力(要するに位置エネルギーとか)で性能よりも35 km/h速度を上げられます。275 km/h運転をしている区間は「東京」~「新潟」間300.2 km/hのうちの41.4 km/hと13.7 %ですが、所要時間は3分短縮されました(275 km/h運転時は「東京」~「新潟」間で最速1時間40分)。速度向上により騒音問題が指摘されますが、この区間はほとんどがトンネルです。それ以外のわずかな区間も人口が少ないためこれくらい出しても問題にならないと判断されたのでしょう。

stati c
 各地点の標高と各速度区間を示します。整数で示す標高値は、全て地形図からの推定です。

 上り列車にも東京側の下り坂を利用して275 km/h運転出来なかったのだろうか?と考えてしまいますが、その区間の途中の「中山トンネル」(「上毛高原」~「高崎」間)の中には急カーブがあり速度が160 km/hに制限されます。このため、連続して高速運転ができず、275 km/h運転をしても効果が小さいから上り列車には適用しなかったと思います。
(参照→『上越新幹線には、異常出水により減速運転を強いられている区間がある』)

 ちなみに、常に275 km/h出すことは少く、大体は270 km/h運転でした(しかも「越後湯沢」付近で1回240 km/hに減速する(騒音問題を引きずっているから?と推定)。275 km/hを出し続けるのは回復運転をするときのみだそうです。それでも「のぞみ」を抜いて日本一速いこれ鉄道として当時はアピールしていました(一時期は、TGVより速かったことがある)が、これはJR東日本の性格なのかもしれません。
(参照→『JR東日本は列車の最高速度で見栄を張る傾向にある?…ようです』)

 それにしても、標高差400 mのこの区間で速度が35 km/h余計に上がるのですから、「北陸新幹線」の「軽井沢」~「高崎」の800 mの標高差を一気に下ったらどこまで速度が上がるかが気になります(「軽井沢」では普段は70 km/h制限なのだが)。
(参照→『碓氷峠を越える新幹線』)


追記:平成27年9月7日
100mごとの色分け


 登山学シリーズの動画のために、造った図があるので、先走ってうpしておきます。駅の標高は、上図と微妙に違う点もありますが、ウォッちずで検索した地表海抜に、新幹線高架橋の、おおよその高さを足し算して、より正確に?求めたからです。
 この図は、今月中にうpする予定の『鉄道登山学 その7 新幹線と勾配-「上越新幹線」 【前編】-』で、結構使います。

高崎~長岡 縦方向
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上越新幹線と新宿駅 追記:断面図を作ってみた

 結構前に、「上越新幹線」の本当の起点は新宿であることをさらっと紹介しました。今回は、さらに今の「池袋」や「新宿」にその準備がなされていることを地下空間状況から説明します。

無題
 図にするとこんな感じです。「大宮」~「東京」は「東北新幹線」が、「大宮」~「新宿」は「上越新幹線」が走ります。「大宮」の南の方では両路線が並走(ようするに複々線)し、東京都に入ったあたりで「上越新幹線」は「東北新幹線」と別れて地下に入り、山手線と並行に新宿へ向かいます。「池袋」は造るか造らないかまだ分かっていないです(できたら「東北新幹線」の「上野」みたいになりそう)。さらに、かつては「新宿」より先に路線を延長して大崎あたりで「東海道新幹線」と接続する計画もありました。「東京」でも「東北新幹線」と「東海道新幹線」がつながる予定でした。まあ、接続についてはまた別の話で。

無題 3
 「池袋」の様子です。周囲の地下鉄の駅の深さでこの図を表現します。深さは、「日本鉄道旅行地図長 5号 東京」の情報を引用しました。数値は、各駅の地面からの深さを示します。ようするに、各駅間に地面の起伏があれば路線の相対的な落差が変わるということです。まあそれはおいといて、ここで注目すべきは「丸ノ内線」・「有楽町線」と「副都心線」の深さが大きく異なるということです。「有楽町線」と「副都心線」の落差は12.8mもあります。実は、「有楽町線」と「副都心線」の中間位置に「上越新幹線」のトンネルが造られる予定です。そのために「副都心線」は周囲の地下鉄路線よりも圧倒的に深く掘られています。(タモリ倶楽部の会話より引用→)さらに、「池袋」から渋谷よりは下り勾配になっているのがわかります。さらに深く下がり、「上越新幹線」の下をくぐりぬけるためらしいです。

無題
 「新宿」の様子です。こちらも、「上越新幹線」と交差する「丸ノ内線」と「新宿線」の落差が10m以上あります。ここでは「上越新幹線」のトンネルが「丸ノ内線」と「新宿線」の間をすり抜けます。「新宿線」はそのために深く造られています。「上越新幹線」の「新宿駅」は、在来線のホームより少し南側の、高島屋の真下にできます。現在でも作ろうと思えば造れるようにトンネルや駅施設を造るための地下空間が確保されています。

※この記事の図は「イラストレーター」というソフトで加工しましたが、すごく…使いやすいです。今までのペイントではめちゃくちゃ時間を使いそうです、てうかここまで造る気にならないです。

追記:平成27年8月1日、断面図作成
 今後の動画用に、「池袋駅」と「新宿駅」の断面図付、線路海抜図を作成しました。
 書いてある数字は、各線路(プラットホーム)の海抜で、国土地理院電子地図から駅地表の海抜を求め、書籍に書いてある、駅の深さをそこから引き算しておおよそに得ました。というわけで、駅の海抜や線路勾配は、実際よりおおざっぱですが、大体このような関係にあります。注目すべきは、「上越新幹線」の線路が、「池袋駅」では「副都心線」の、「新宿駅」では「新宿線」の上を通り、これらの地下鉄は、「上越新幹線」をよけるために、これだけ深いところを通り、勾配を設けています。
池袋駅断面
 「池袋駅」のおおよその断面図。

新宿駅断面

 「新宿駅」のおおよその断面図。

赤黄色2色で表しているのが「上越新幹線」の計画ルート(推定)です。大体こんな関係にあります。

「上越新幹線」のトンネルについて

 「上越新幹線」は「越後山脈」を超えるため、「高崎」~「長岡」間の実に8割をトンネルが占め、開通当初は「トンネル新幹線」ともいわれました。ちなみに、路線内全てのトンネルが「高崎」~「長岡」間にあります(「上野駅」付近の「第1・第2上野トンネル」は「東北新幹線」の管轄なので対象外です)。しかも、これらのトンネルはトンネル同士の間隔が狭い場所は雪覆い(スノーシェッド)が施されているため、この区間の各駅周辺の開けている場所以外は、1本の長大トンネルと化し、全て闇に覆われています。

 以下に各区間の、トンネル間を雪覆いで繋いだ総延長を挙げます。

「上毛高原」~「越後湯沢」間
約31.0km(「月夜野トンネル」7295m+「第1湯原トンネル」786m+「第2湯原トンネル」703m+「大清水トンネル」22221m+各トンネル間の雪覆い)

「越後湯沢」~「浦佐」間
約23.8km(「第1湯元トンネル」135m+「湯沢トンネル」4480m+500m+115m+237m+3109m+643m+152m+2469m+「塩沢トンネル」11217m+各トンネル間の雪覆い)

「浦佐」~「長岡」間
約9.8km(「浦佐トンネル」6087m+「堀之内トンネル」3300m+トンネル間の雪覆い)
約13.3km(「魚沼トンネル」8624m+「妙見トンネル」1459m+「滝谷トンネル」2673m+各トンネル間の雪覆い)


 ちなみに、注意していれば、トンネル内と雪覆い内の区別はできます。雪覆いを通る時は若干音が変わり、明るい時間帯は雪覆いの窓から光がさしているのがわかりますよ。

「とき325号」の脱線被害が小さかった原因を地震の震源地から見る

 平成16年(2004年)10月23日に発生した「新潟県中越地震」によって「上越新幹線」の「とき325号」が脱線事故を起こしましたが、乗客乗員の死傷者が0という最小の被害で済むことが出来ました。ここまで奇跡的に被害が小さくなった原因には、以下のものがあります。

「兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)」の教訓から、高架橋を補強していた → 高架橋が崩れずに済んだ・高架橋の揺れが軽減された
脱線現場とその前後の線路が直線だった → 転覆、高架橋からの転落を免れた

近くに対向列車がいなかった → 二次被害を防げた(「上越新幹線」が過疎ダイヤであることもある意味幸いした)

乗客の数が少なかった → 結果的に被害者が出る確率が下がった

脱線した車両が高架橋の中央側に大きく脱線した → 高架橋からの転落を免れた

雪対策のため、脱線地点の路盤が砂利(バラスト)ではなくコンクリート(スラブ)だった → 面が平らなため、脱線後、スムーズに滑走できた

線路間の雪を流す溝に、大きく脱線した最後尾の車両がハマった → 車両の転覆を防いだ

脱線した車両がボディマウント構造になっている「200系」だった → 脱輪しても車輪とギアケースがレールを挟み、平らな床下機器収納箱の面がレールの上をうまく滑走する形になった


 とまあ、当時のニュースなどでこんな理由が挙げられていましたが、専門家の話では、地震の震源地と「とき325号」の脱線地点の位置関係が脱線被害を最小限にとどめた原因のひとつではないか?とも言われています。

新潟県中越地震と上越新幹線
 地震が発生した瞬間の「とき325号」と震源地の位置関係です。当時、「とき325号」は「新潟」方面に向けて最後のトンネルを出る瞬間でした。震源はその南に位置します。注目すべきは地震波の伝搬方向と「とき325号」の進行方向がほぼ同じということです。これは、「とき325号」が車両の真後ろから地震の衝撃を受け始めたことを意味し、その影響で10両編成の車両のうち後ろの方が大きく脱線しました。これが被害を最小限にとどめた原因の一つです

 ムカデ競走のとちゅうでこけた時を想像してください。後ろの人が急に止まる場合と前の人が急に止まる場合では、後ろの人が急に止まる方が全体のこけ具合(乱れっぷり)が小さいです。それは、後ろの人が急に停まると前にいる人たちは足を後ろ向きに引っ張られて動きを停められるからです(こけることには変わりありませんが)。一方、前の人が急に止まると、後ろにいる人たちが急に止まれずにどんどん押し寄せてきて将棋倒しのようになり、こけ方(乱れ方)やダメージが大きくなります。

 「とき325号」の脱線でも同じことが言えます。地震波が車両の後ろから来て後ろの車両の方が大きく脱線して、しかも一番大きく脱線した最後尾の車両が線路間の雪を流す溝にうまくハマったことにより、後ろの車両がアンカーとなって前の車両をも後ろ向きに引っ張るようにして車両全体が減速していきました。車両全体が引っ張られる形になって乱れが少なく、大きく線路から外れたり転覆したりせずに済んだのです。連結器が外れる危険もありましたが、結果的には回避されました。

 もし地震の震源が「とき325号」よりも北側(「長岡」方面)で地震波が車両の前の方から来て前の車両の方が大きく脱線したら…前の車両が勢いづいた後ろの車両にどんどん押されてつんのめり、平成10年(1998年)6月に「ドイツ」で起きた「ICE」の脱線事故(死者101人)のように車両全体が大きく脱線・転覆し、車両同士が押しつぶされていたかもしれません。

 さすがに震源位置に関しては人間にとって対策のしようが無い条件ですが、普段から行っている安全対策(耐震工事や日々のメンテナンス)と今回挙げたいくつもの神がかり的な状況+震源位置が見事に相極まって「とき325号」の脱線事故が最小限の被害で済んだのでしょう、。

加速力の貢献 その2 「上越新幹線」のE2系

 「上越新幹線」の速達列車は、最高速度が下がったのに所要時間が短縮しました。これも新型車両の加速力によるものです。「上越新幹線」の「越後湯沢」を素通りする下り列車は下り坂を利用して「大清水トンネル内」~「塩沢トンネル出口」間約40 kmの大部分を275 km/h運転行い、当時は「東京」~「新潟」間を1時間40分で結んでいました。
参照↓
「上越新幹線」の車両が275 km/h運転をしていたことがある

 その後275 km/h運転は廃止され、「上越新幹線」内を走る車両は新型旧型問わずに最高速度が240 km/hに統一されました。しかし、最速列車は「東京」~「新潟」間を1時間37分と、275 km/h運転をしていたころより3分所要時間が短縮されています。

 これも加速力の向上が大きく関わっています。両者の現在の起動加速度(発進時の加速度値)が1.6km/sとほぼ互角ですが、どうして差がつくのでしょうか?

 乗り物は共通して速度が上がるにつれ、加速度値が下がっていきます。これは、速度が上がれば上がるほど空気抵抗が増大するのが大きな原因の一つです。ピンと来なければ、空気抵抗や摩擦が無くて一定の力を加えたら無限に速度が上がるという物理法則を思い出しましょう。そして、自転車を力いっぱこいでも速度が上がるほど空気抵抗が大きくなってそれ以上加速し辛くなるのを思い出しましょう。

 新型のE2系の方が、速度が上がっても相対的に高い加速度値を維持できるため、両者がトップスピードになった時にかなりの差がつきます。E2系自体、30‰の勾配を持つ「北陸新幹線」を爆走できるように、加速能力を維持することを大切にしていますからね。

 ただし、「E2系」が「上越新幹線」全線で運転されていたのは平成10年(1998年)12月~平成16年(2004年)3月の間で、現在は「高崎」より北側の線区では運転されていません(「北陸新幹線」の「あさま」が「E2系」で運転されているため、「東京」~「高崎」間では今でも見られる)。これは、「北陸新幹線」の列車と重複しない「高崎」~「新潟」の区間を走る列車の種類を減らし、ダイヤや信号システムを簡略化するために行われました。ですので、所要時間は最短で1時間40分台になっています。将来「東北新幹線」の「E5系」等の新型車両が大量生産されて「E2系」が余剰になったら、再び「上越新幹線」全線で「E2系」が走る日が戻ってくるかもしれません。

参照↓
「加速力の貢献 その1 「東海道・山陽新幹線」の「N700系」」

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 参考菜までに、左が「200系」、右が「E2系(1000番台)」です。「200系」は今も「上越新幹線」で現役です。「E2系」は「東北新幹線」(1000番台の方)や「北陸新幹線」で現在も活躍しています。

「上越新幹線」だけに完璧に備わっているものは?

 「上越新幹線」といえば「大宮」~「新潟」を結ぶ、「東北新幹線」とほぼ同時期に開通した新幹線ですが、「東海道・山陽新幹線」や「東北新幹線」と比べたら沿線人口の少ない場所を通り運転本数や車両も最も少ない部類に入ります(「東京」~「新潟」を結ぶ便は、日中は片道1時間に1本)。また、12両編成だった通常便を10両や8両に削減したほどです。

 しかし、「上越新幹線」の駅は全てが2面4線以上になっています。つまり、通過線だけで構成される2面2線(もしくは3線)の駅が1つもありません。聞きなれない言葉なので以下の図で説明します。

新幹線の駅の配線図
 ○面とは駅におけるプラットホームの数を示し、○線とは駅における線路の本数を示します。たとえば、2面4線は2つのプラットホームと4本の線路を所有する駅です。よーするに、数字が大きいほど大規模な駅で建設の手間と費用がかかるということです。

※本来、通過線は○線の○に含めないのが普通ですが(つまり、上図の「2面4線①」は「2面2線」、「2面4線②」は通過線部分も停車可能なのでそのまま、「2面5線」は「2面3線」、「2面6線」は「2面4線」という扱いになります。つまり、「高崎」や「越後湯沢」は2面4線と呼ぶのが本来は正しい)、この記事ではわかりやすくするために通過線の線路もカウントに入れちゃいましょう。

 新幹線には、主に上図のような配線をした駅があります。大半が2面4線の駅で、2面6線は発着本数の多い駅や新幹線路線の分岐・合流駅です(たとえば、「福島」や「高崎」)。2面2線の駅は異なる速さの列車同士の待避・追い越しができないしくみのため、運転本数の多い区間ではダイヤ上のネックになってしまいます。運転本数が少ない区間で建設の手間と費用を節約したい場合、地形上やむを得ない場合(たとえば、「熱海」や「新神戸」)に造られます。最近できた区間の中間駅は、予算をケチ節約するために大体このような方式ですよ。


 「日本」にある新幹線の中で、「上越新幹線」だけが唯一2面2線の駅を保有せず、全ての駅が2面4線以上の規模です。運転本数が莫大な「東海道新幹線」や「山陽新幹線」でさえ「熱海」や「新神戸」を地形の関係でやむなく2面2線にしています。運転本数の少ない「上越新幹線」に、なぜこのような、語弊があるが贅沢な措置が施されたのでしょう?

 実は、「上越新幹線」が建設された時代は、新幹線の建設費は国会の予算でいくらでも出せてもらえました(列島改造やら、新幹線をここにも造りやがれ!ブームやらで)。そのため、今の時代から見れば湯水のように建設費を惜しまず消費して駅をはじめとする設備を大がかりなものにできたのです。そして全ての駅が2面4線以上の規模になる間接的要因ともなりました。

 反対に今は新幹線の建設費を出来るだけ節約する時代のため、2面2線の中間駅が多くなっています。これは、先の新幹線に投資しすぎたことが遠因ともなっているようですよ。

 もし今「上越新幹線」が開通していたら、「上毛高原」、「浦佐」、「燕三条」は2面2線の駅になっていたことでしょう。2面6線の「高崎」と「越後湯沢」も2面4線くらいになっていたかもしれません(まあ、「高崎」は「北陸新幹線」との分岐・合流の役割も担っているので、2面5~6線は守られるかもしれませんね)。「高崎」とそれより「東京」よりは沿線人口や運転本数の関係で全ての駅が2面4線以上でしょう。

「上越新幹線」は今のご時世にしては速度が遅い方

 最初は最高200 km/hで運転していた新幹線車両も、今では270~300 km/hが当たり前になり320~360 km/hも将来は検討されています。各路線の最高速度は以下の感じです。

東海道新幹線:270 km/h(将来は300 km/h?)
山陽新幹線:300 km/h(将来は350 km/h?)
東北新幹線:275 km/h、実質270 km/hともいえる(将来は360 km/h、320 km/hは確定)
上越新幹線:240 km/h
北陸新幹線:260 km/h
九州新幹線:260 km/h

 なんだか「上越新幹線」での最高速度が低いのが気になります。「上越新幹線」は東京都心や「高崎」付近、「高崎」~「上毛高原」間の中山トンネルなどを除けばほとんどの区間が「東北新幹線」に匹敵する最高級の緩やかな線路で、「東海道・山陽新幹線」などよりもガンガンスピードを出す条件に恵まれています。一時期は一部の区間で下り列車が275 km/h運転をしていましたが、今では240 km/hに統一されています。

 「上越新幹線」が速度向上にあまり積極的でないのは、路線距離が短いからです。「東海道・山陽・東北新幹線」は路線距離が500 km/hを越えて「東海道・山陽新幹線」に至っては直通運転をしています。将来は「北陸新幹線」や「九州新幹線」も路線距離や直通運転による列車の走行距離が延びます。しかし、「上越新幹線」の路線距離(「大宮」~「新潟」)は269.5 kmと、他の路線より短いです。短い分速度向上による所要時間の短縮効果が小さいです(小学校の算数を思い出してください)。このため、手間のかかる大幅な速度向上に足踏みをする状態になっています。

上越新幹線が今建設されたら?

 最近建設・開通している新幹線は、開通と同時にそれと並走するJR在来線が廃止、もしくは第三セクター化されています。これは特に沿線人口の少ない地域で行われます。ただでさえ沿線人口の少ない場所=鉄道利用者の少ない場所に新幹線を通したら新幹線開通後に利用者が分散(大半の場合は大半が新幹線に流れる)して両路線の負担がJRにとって重荷になるからです。利用者の多いところはそれを免れています。こうなった遠因ですが、これより前の新幹線(東海道・山陽・東北・上越新幹線)の建設で多額の資金を投資したことから、国鉄(JR)が財政難になったことが挙げられます。

 さて、「上越新幹線」ですが、相対的に沿線人口と利用者の少ない新幹線路線です。混雑気を除けば乗車率は低く、開通時よりも1編成あたりの車両の数を減らしたほどです。平行在来線である「JR上越線」の「高崎」以北も過疎化しています。特に、越後山脈越えの「水上」~「越後湯沢」は、普通列車が1日5往復しか走っておらず、途中駅は半無人駅と化しています。今のご時世に「上越新幹線」を建設したら、「上越線」の大半は第三セクター化されていたでしょう。この路線がJRから切り離されなかったのは、「上越新幹線」を建設した“時期”がよかったからといえます。まあ、「上越線」は今では貨物列車の重要な経路となっているので、実際どこまで第三セクター化するのか疑問の余地がありますが、少なくとも廃止される確率は低いでしょう。

特急「はくたか」の自由席争奪戦に勝つ方法

 以前、上越新幹線から「はくたか」に乗り換える際に生じる、自由席争奪戦について述べました。その記事で自由席争奪戦を有利に運ぶ方法を紹介しましたが、他にも方法があるので、追加して紹介します。

接続専用の「MAXとき」よりも1本前に出発する「MAXたにがわ」に乗る
 特急「はくたか」の自由席に座るための小技(http://tarouroom.blog89.fc2.com/blog-entry-560.html)を参照にしてください。

 しかし、現実には一番効率よく接続できる、すなわち自由席争奪戦の激しい「MAXとき」に乗らざるをえないときもあります。そのときは以下のような対応を取りましょう。


自由席の4号車に乗る
 理由は、新幹線の車両が「越後湯沢」着いた際、自由席のうち4号車が、乗換改札に通じる階段に一番近い位置に停まるからです。移動距離が短くて済む分、競争に有利です。特に、4号車の新潟側(5号車側)の扉から降りましょう。指定席だったら5号車、もしくは7か8号車あたりがいいかも?

通路側の座席に座る、特に混んでいる場合は最悪デッキで立つ
 特に2階から景色を見たい気持ちはやまやまですが、通路側に座ったほうがいいです。何故なら、駅に着く直前に早めに席を離れやすいからです。混雑が激しい場合は、デッキで立ちましょう。「はくたか」の席に座ることを優先するためなら、まだマシです。空いている場合は、窓側に座っても大丈夫です。

切符を財布から胸ポケットなどに移す
 たくさんの荷物を持っているときに、改札口をスムーズに通るためです。座席を離れる前に行いましょう。

「越後湯沢」到着の車内放送が流れる前に座席を離れる
 先んずれば人を制するです。車内放送が流れたとたん、自由席争奪戦を意識している方々がどんどん扉に殺到し、列ができます。「上毛高原」を通過、もしくは出発した5分後(すなわち、「越後湯沢」到着10分前)には扉へ向かいましょう。言うまでもなく、早く扉から出た方が有利ですから。自由席の4号車に乗っている場合は、5号車側へ行くことをお忘れなく。

「越後湯沢」停まり、もしくは「ガーラ湯沢」行(冬季限定)の列車の場合は進行方向から見て右側、「新潟」行の列車の場合は進行方向から見て左側の扉の前を陣取る
 「越後湯沢」は、通過線が上下1本ずつ、停車線が上下2本ずつ、合計6本の線路と2面のプラットホームから構成される、中間駅としては大規模な駅です。下の図を見てください。新幹線の車両は大概「越後湯沢」を終着駅とする列車、もしくは「ガーラ湯沢」行の列車(冬季限定)は外側の停車線に停まります。一方「越後湯沢」より先へ進む(たとえば「新潟」行とか)列車は、内側の停車線に停まります。つまり、前者の列車は進行方向から見て右側、後者の列車は左側の扉が開きます。この法則が100%正解かは断言しかねかねますが、高い確率で成立はします。ですので、それに合わせて扉の前を陣取り、一番乗りで降りられるようにしましょう。スタートが早ければ、それだけ余裕が生まれますよ。

 何故この法則を覚えるべきかって?それは、車内放送で「お出口は○側です」と案内されるときには、“まもなく「越後湯沢」に着く”という情報が既に知らされていて、早く降りようとする乗客が扉の前に殺到するからです。その中で確実に一番乗りで降りるためには、予めどちらの扉が開くのかを知り、扉の前を陣取る必要があるのです。

越後湯沢駅
 「越後湯沢」の配線図です。大体は図のような線路にそれぞれ停車します。「越後湯沢」停まり、もしくは「ガーラ湯沢」行の停車位置は青色、「新潟」行の停車位置は赤色で示します。緑色の矢印は、列車の進行方向です。全てこのようなパターンで停まるかは確信できませんが、「はくたか」に接続する列車なら結構この法則に当てはまると思います(「太郎」が見た範囲で)。


 とまあ、色々と「はくたか」の自由席争奪戦の攻略法を挙げましたが、よほど混雑しない限りは、これをきっちりと守らなくても座れるでしょう(窓側に座りたいなら話は別だが)。走らなければいけない状態を、以上の方法で、早歩き程度の余裕に和らげられるという、気軽な思惑で、気が向いたら使えばいいと思います。

上越新幹線には、異常出水により減速運転を強いられている区間がある

 場所は、上越新幹線の「高崎」~「上毛高原」の間の中山トンネル(全長14.6km)です。

中山トンネル
 位置は群馬県です。越後山脈越えでどんどんトンネルが増えている場所です。赤色の枠が下の地形図の範囲を示します。
 
無題
 上図が、中山トンネルのある地域の地形図です。上越新幹線の線路を赤色の実戦でなぞってあります。よく見てください、ある場所で異常な曲がり方をしている場所がありますね(矢印の場所)。破線は、計画時のルートを示します。25000分の1の地形図をはじめとする、ちゃんとした地図では、迂回して湾曲している箇所も忠実に描かれていますよ。

 中山トンネルも当初は、ほぼ直線に近い緩やか~な曲線で掘り抜く予定でした。しかし、トンネルの工事中異常出水が発生しました。色々と対策を施してみたのですが、この区間だけはどうしようもなく、トンネルの真上の工事用の縦坑が底(トンネルの工事部)から250m水没する(要するに、縦坑が水深250mの“井戸”になった)出水でした。出水量は時に毎分110トン(3分半で25mプールが満タンになるペース)におよび、工事中のトンネルが35000トン(25mプール93杯分)の水で水没したこともあったそうです。

 やむを得ず路線を迂回させることになり、上の地形図で描かれているようなルートになりました。掘っている途中でトンネルのルートを変更するのは、普通はあり得ないことです。しかも、トンネルのルート変更は2回も行われました。その結果、迂回ルートの曲線の半径が1500mになり、列車の運転速度も160km/hに制限されています(曲線の最小半径は、東海道新幹線が2500m、それ以外の新幹線は4000mを基準としている)。

 中山トンネルに投資した予算は、結果的に計画時の4倍、青函トンネルの工事費を1000億円近く上回りました。

 この出水事故と迂回ルートの建設により、上越新幹線自体の竣工も遅れました。当初は東北新幹線と上越新幹線の両路線を同時開業させる予定でしたが結果、東北新幹線が昭和57年(1982年)6月23日、上越新幹線が 昭和57年(1982年)11月15日開業と、時期をずらしてそれぞれを開業させました。

 実際に上越新幹線に乗って注意してみると、「高崎」~「上毛高原」の間を走行中、途中のトンネル内で妙に速度が落ちるのがわかると思います。それこそが、ルートを変更した場所であるのです。

 この中山トンネルに工事に関しては、こちらの「Treasure Reports」というサイトの(http://morioka.cool.ne.jp/tksoft/page024.html)の部分に詳しく書かれていますので、参考にどうぞ。凄まじい工事物語ですよ。

特急「はくたか」の自由席に座るための小技(平成21年3月11日時点)

 今から紹介する一例は、慣れている人には当たり前の小技でしょうが、今回の旅で発見し実践したので、紹介します。

 1回でも新幹線と「はくたか」を利用して東京から北陸地方へ行った人には想像がつくでしょう。越後湯沢駅で新幹線から「はくたか」に乗り換える際、大量の乗客がディズニーランドやコミケの開場時みたいに、走って「はくたか」へ殺到し、自由席を我が物にしようとする光景がよくあります。指定席を取っている人にとっては高みの見物ですが、安い自由席を選んだ人には今後の数時間の旅が快適であるか否かがかかっているので、みんな必死です。

 主に東京から北陸地方を結ぶ新幹線+「はくたか」は、それぞれ1時間に1本運行されます。このダイヤパターンは(平成21年3月11日時点のものなので、14日に改正したら通用しないかも)、

MAX「とき」(上野、大宮、高崎、越後湯沢停車) 東京 17:12発 → 越後湯沢18:29着

特急「はくたか」 越後湯沢 18:37発 → 北陸地方


です。実際に自動券売機でもこのような乗り継ぎパターンが出されます。しかし時刻表をよく見ると、東京 17:12発のMAX「とき」の20分前に各駅停車のMAX「たにがわ」が東京を出発します。つまり、

MAX「たにがわ」(各駅停車) 東京 16:52発 → 越後湯沢 18:24着

特急「はくたか」 越後湯沢 18:37発 → 北陸地方


という乗り継ぎも考えられます。例として、具体的な時間を抜粋して書きましたが、この乗り継ぎパターンは他の時間帯でも同じですので、例として上に書いた“17時台”だけでなく、他の時間帯(16時台とか15時台とか)でも使えますよ。

 MAX「とき」より20分早く出発するMAX「たにがわ」は各駅停車のため遅く、停まる駅が限られている後発のMAX「とき」に間隔を詰められ、越後湯沢の到着はMAX「とき」よりも5分早いだけになります。しかし、この5分の差が重要です。5分早いだけでも、すでに待機している「はくたか」に5分早く乗車でき、まだがら空きの自由席に悠々と座れる可能性が高いです。実際、後発のMAX「とき」に乗って越後湯沢で「はくたか」に乗り換える乗客が「はくたか」に殺到すれば、残りの席の争奪戦にもろ巻き込まれます。しかも、MAX「たにがわ」は各駅停車で乗っている時間が長い分ゆったりできます。プラットホームで後発のMAX「とき」を待ちぼうけするよりも、先発のMAX「たにがわ」にとっとと乗った方が楽です。新幹線に乗るのが発射前ギリギリでなければ、是非使うべき小技です。

 この乗り継ぎパターンは、今後のダイヤ改正によっては使えなくなるかもしれません。しかし、こういう小技も探してみればあるのです。先ほど書いたように、自動券売機ではこの乗り継ぎ方法は表示されず、後発のMAX「とき」に乗ることが勧められます。

 この例から僕が何を言いたいかといいますと、自動券売機、もしくは他の人が進める、使用する乗り継ぎ方法の他にも、(少なくとも本人にとっては)効率のいい乗り継ぎは見つかるものです。他にも探してみれば、少なくとも自分自身にとって都合のいいと感じる小技が色々と見つかるかもしれませんよ。

上越新幹線には、時速160kmで分岐部分(曲がるほう)を通過できる分岐器(ポイント)がある

 前回の続きです。大体の分岐器はまっすぐ進む線路と曲がって分かれる線路(分岐線)という、2本の線路が枝分かれをする形です。まっすぐ進むほうは線路がまっすぐなので特に速度制限はありませんが(在来線は130kmくらいの制限)、曲がるほう、すなわち分岐するほうの線路を走る場合はカーブがきついため速度制限を受けます。在来線の場合、45kmか60kmくらいです(コナンの映画では70kmでも何とか通過できていたようですが)。この速度制限は、分岐器の“ゆるやかさ”、すなわち分岐する角度で決まります。専門的には“○○番”と表記し、線路同士が1m離れるのに10m進むと“10番”としています。算数の式で言えば、番数=1/tanθ (θ=分岐角度)ということです。つまり、番数が大きいほど緩やかでスピードを出したまま分岐器を通過できます。ただし、片開分岐機は両開分岐機(二股っぽい方)よりも曲がり角が大きいため、速度制限が厳しいです。

 例えば、新幹線の場合は16、18番の分岐器(片開)を主に採用し、制限速度は70km弱になっています。

 特別な場合では北海道を走る石勝線のとある信号所では120kmで分岐部を通過できる分岐器(20番の両開)があります。

 日本で一番緩やかな分岐器は上越新幹線と北陸新幹線長野行きが分岐する高崎駅より約3km北側にある高速分岐器で番数は38番(片開)、分岐部(何度も言うが、曲がるほうの線路)の通過速度は160km、全長は160mもあります。このため列車は分岐部を通ろうが、速度を大きく落とすことなくスムーズに進めます。

 更にフランスの新幹線として有名なTGVでは運転方式の関係から分岐部の通過速度が220kmの46番、さらには240kmで通過できる65番分岐器が採用されています。

 このように緩やかにすればするほど通過速度を上げられてとっても便利ですがその反面、分岐器の規模がでかくなりすぎてとても高価になってしまいます。更に保守も手間がかかり、設置するのに多くの土地を消費します。ですので、特に国土の狭い日本ではホイホイ採用するわけにもいかないのです。重要な場所にだけ限定されると手も珍しいものですよ。

政治駅の疑惑についてその1 浦佐駅

 鉄道の世界には我田引水をもじった「我田引鉄」という言葉があります。要するに、地方自治体のエゴや政治の介入により予定外の駅が作られたり、計画ルートが変更されたりすることをいい、事実であろうが無かろうが、こういう疑惑はいつの時代にもあります。今回はその1つを紹介します。



Urasa_west_20040912.jpg
 

 浦佐駅は上越新幹線の越後湯沢駅と長岡駅の間にあります。越後湯沢駅のある湯沢町(8458人)は有名な観光地で、長岡駅のある長岡市(281260人)は新潟県の主要都市ですが、浦佐駅のある大和町(14598人)は非常に辺ぴな場所にあり、各駅列車しか止まりません。当初は鉄道利用者が多く、特急も止まる六日町(28366人)か小出町(12694人)に駅が作られると予想されていましたが、結局浦佐に設置が決まり、予想を裏切られた2つの町の人はかなり怒りました。上越新幹線が建設され始めたのが昭和46年(1971年)、新潟県出身の政治家、田中角栄が首相を務めたのが昭和47~49年(1972~74年)、ということで浦佐駅の建設自体に政治が介入しているのではないかと大いに疑われました。更に言えば、沿線人口の少ない越後に新幹線を作ったこと自体に一応の裏があると噂されています。
 でも、完全にそうだとは言い切れないのです。湯沢町に近い六日町に駅を設置した場合、駅間の距離が短すぎる上に山の中にトンネルが作りづらくなります。なるべくトンネルを掘っていったほうが用地買収の手間が省け、雪の影響も軽減できるのです。小出町に駅を設置した場合、道のりが大回りになり距離や建設の手間が大きくなる上、設置するための土地が不足しています。そしてこれまた長岡と近く、駅間の距離が短いです。<新幹線の駅間の距離は30~40kmでかつ等間隔なのが望ましいので、地理的に見て湯沢町と長岡市の中間に位置するここに駅が造られることになりました。
 何か政治と旧国鉄の思惑が一致したような感じです。あと、田中角栄って首相在任時と新幹線建設時の関係からしょっちゅう噂になってしまっています(燕三条駅もその1つ)。

※大和町は平成16年(2004年)11月11日に六日町と合併して南魚沼市になりました。小出町も合併によって廃止になっています。基本的に人口は今年の値を出していますが、旧大和町と旧六日町と旧小出町の人口は合併される前の平成16年(2004年)のものです。

 駅前には田中角栄の銅像が建っています
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駅名を巡る争いその1 燕三条駅

 新幹線の駅が作られるということは、地元の人にとってみれば非常に光栄な事です。自分の町が活性化したり(逆の場合もあるのだが)、全国にその名が知れ渡るわけなので。そして駅の顔でもある駅名を決めるときも沿線のいくつかの町がもめ事を起こすことがしょっちゅうあります。今回はその1つを紹介します。

Tsubame-sanjo_tsubame_040704.jpg


 「燕三条駅」は、上越新幹線の長岡駅と新潟駅の間に位置する駅で、ちょうど「燕市」(82994人)と「三条市」(103285人)の境界にあります。ちなみに駅長室が「三条市」側にあるので、正式な所在地は「三条市」になっています。2つの町はもとからライバル意識が強く、駅名を決める際に「新燕」、「新三条」、「燕三条」、「三条燕」の案でもめ、後者の2つに絞られたあともどちらの市名を先に入れるかでかなりもめました。そこで田中角栄などの仲裁で駅長室を「三条市」に置くことで「燕三条」に決定しました。つまり、名前は「燕」が優勢で、所在地(駅長室の位置)は「三条」でおあいこ?です。
 また、ほぼ同時期に開通する関越自動車道のICの名前を「三条燕」にしたことも、「燕三条」に落ち着いた理由のひとつです。ちなみに「三条燕IC」の所在地は「燕市」です。(メランジュみたいに)色々とごっちゃになっていますね。

 地図の中心に駅があります
mk_map1.gif

 下のピンク色の地域が三条市、上の肌色の地域が燕市です
mk_map.gif



上越新幹線の本当の起点は新宿駅

 現在、東北新幹線の列車は東京~八戸の間を走り、上越新幹線の列車は東京~新潟の間を走っています。即ち、どちらの路線の列車も起点と終点の駅が東京駅であるのです。ところが、実際の定義としては上越新幹線の起点は東京でも大宮でもなく新宿で、大宮~東京の区間は東北新幹線の管轄ということになります。東北、上越新幹線の計画時から、上越新幹線の起点は新宿であることが決定されていました。計画では大宮からしばらく東北新幹線(今のルート)と並行して進み、都内に入ったら分かれて地下に潜り、新宿まで地下トンネルで繋ぎます。実際に今でも新宿駅の地下には新幹線駅用の空間が確保されたままでいます。本来、大宮~東京の路線と同時にこの路線も建設する予定でしたが、色々な事情からまだ建設されていません。
しかし、大宮~東京の区間は地図で見れば分かるように東北、上越、北陸(長野)、山形、秋田新幹線の列車が全て合流して非常に過密な状態になっており、将来東北新幹線が青森や北海道まで延長されたり、北陸新幹線が金沢方面に延長されたりしたときにはさらに列車の本数が増える予定ですが、これ以上列車の本数を増やせないのが現状です。そのため、一刻も早く新宿までの路線も建設して東京へ行く分を分散したいのですが、経済や政治の壁は厚いものです。
http://www.fujii7.info/toki-exp/joetsushinkansen/future/index.html
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