「タモリ倶楽部」で踏切大賞に選ばれた踏切

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 その踏切は、「西武池袋線」の「池袋」付近にあります(赤丸の部分)。

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 この踏切は、道が二股に分かれ始めたところにあるため、互いが隣り合っています。もともと碁盤の目になっている街に斜めに横切るように線路を敷いたため、こうなりました。

 近くにもこのような横切りがありますが、他は道がふさがれたり、踏切を1本に絞っています。
 撮影はパノラマ機能付きのカメラで行った方がいいです。

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 隣から踏切を眺めるとこうなります。どちらも線路に対して約45°交差し、反対側の方では互いの踏切が常識的に離れています。

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 反対側からも眺めてみました。

 踏切は閑静な住宅街にあるので、見たり撮ったりするのは怪しまれないように気を付けましょう。
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「熊本電気鉄道」に地下鉄「銀座線」の車両が来た背景

今年の3月12日に「銀座線」から引退した「01系」は、「熊本電気鉄道」で再利用されています。しかし、地上を走る普通鉄道に地下鉄「銀座線」の車両を乗り入れ指すのは、普通の中古車両を再利用するよりも大変なことです。

↓「銀座線」の「熊本」入り
http://tarouroom.blog89.fc2.com/blog-entry-1467.html
http://tarouroom.blog89.fc2.com/blog-entry-1468.html



「銀座線」車両の改造はかなり面倒

① 軌間の違い

「銀座線」:1435mm
「熊本電気鉄道」:1067mm

② 集電装置の違い
「銀座線」:第三軌条方式・下の集電用レールに車両の集電靴を接触させる
「熊本電気鉄道」:架空電車線方式・架線にパンタグラフを接触させる


 このように、軌間と集電という、大きな要素が全く異なるため、台車の軌間改造や集電装置の改造まで施さなければいけません。
 一言でいえば、再利用するのがかなりめんどくさい車両です。地方鉄道は経費節減のために都会の路線の中古車両を安く仕入れるため、はたから見たら効率が悪く見えます

それでも「銀座線」車両を入手した理由⇒近年は適切な中古車両を手に入れにくい
 
① 都心部の路線は、混雑対策のために車両を大型化していった
 乗車率を少しでも緩和し通勤地獄を減らすためには、車両の大型化が効果あります。ほかにも運転本数を増やす方法がありますが、線路容量の関係ですでに限界です。
 そして時は流れ、大型化した新車も古くなり、中古車両に大型の車両が増えてきました。ただし、中・小型車両に合わせた設備を保有する地方鉄道と規格が簡単に合わず、いつも通りに大都市の車両を手に入れることが難しくなりました。大型車両を入手して、それが走れるように路線を改造する手間が非常に大きいためです(そんなことするくらいなら新しい中・小型車を導入した方がいい)。

②「銀座線」の車両は昔も今もこれからも中・小型
 今から82~90年前に造られた「銀座線」はトンネル自体が昔の規格で造られているためかなり断面が小さいです。したがって、車両もそれに合わせて小さいままです。車両を大型化するには、トンネルを拡幅する必要がありますが、今後それをやる可能性は低いでしょう。

 そんな理由から、改造の手間は出ても「銀座線」車両は地方鉄道のサイズに合った貴重な中古車になりました。

40‰上の駅

 「京都府」と「滋賀県」を結ぶ「京阪京津線」にある「大谷駅」は、30~40‰勾配区間にあり、普通鉄道としては「日本」で最急勾配な駅です。

 「軌道建設規定」では、駅坑内の線路勾配は10‰以下にすることを義務づけています。このため、これらの駅は特別に認可されて造られました。

 かつて「大谷駅」構内の勾配は30‰で国内で2番目の急勾配駅でしたが(当時1位は「明智鉄道明智線」の「飯沼駅」(33‰))、平成8年(1996年)のホーム移設でホームが40‰上(正確には30~40‰区間)に設置されたため「日本」一になりました。

 「大谷駅」が開業したのは大正元年(1912年)と、かなりの昔です。もちろん当時の内務大臣の特別認可を受けています。

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 「大谷駅」の様子です。一見するとのどかなローカル駅で、景色にも突出した特徴はありません。

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 しかし、真横から見ると勾配が一目瞭然です。この写真は、本当に(自分の感で)水平にして撮りました。40‰は、道路でいう4%、角度でいう約2.3°と緩やかですが、鉄道にとっては驚異的な勾配です。

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 プラットホーム上の長いすも、水平にするために脚の長さを変えてあります。写真から脚と水平の長さ比を確認したところ、プラットホームの傾きは30‰だと確認できました。40‰区間はすこしずれているのでしょうか?
椅子は水平で、長さ100と仮定→脚の長さ比はちょうど3=ホームは30‰勾配。

下から上り方向
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上から下り方向
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 勾配を意識して撮影すると、確かに坂道上の風景に見えてきます。

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 プラットホームの下に、33.3‰と40‰を示す勾配標記がありました。つまり、勾配の変化点上に駅があります。

「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借り その5 「新福井」~「福井口」(線路下)

 このシリーズも今回で最後ですが、今回は「新福井」~「福井口」間を地上から見ていきます。写真の大半が接続線の拡大撮影です。

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 接続線は、本当に仮造りで盛土とH鋼を井桁状に組み合わせた橋脚で構成されています。

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 勾配が34‰もあるので、短距離で橋脚がどんどん高くなっていくのがよくわかります。橋脚がプラレールみたいです。そのうちの坂曲線レール用のミニ橋脚のようです。

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 真横から撮影するとこうなります。以前紹介した「九州新幹線」の35‰勾配なみに露骨に坂だとわかります。

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 逆方向(「福井」方面)からも撮影。ここまで簡易に作ってある高架橋もそうそうないです。

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 接続線と新幹線高架橋の境です。こうして下から見ると、両者の違いがよくわかります。こういう異物同士の接続構造物は「成田新幹線」高架橋などにもありますが、ここまで重構造なものと簡易なものがつながっている場所は大変貴重です。

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 「北陸本線」側から撮影。「北陸本線」側はすでに完成済みのため、よく整備されています。

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 本来の「えちぜん鉄道」の用地から撮影。この辺りも線路が撤去されています。

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 「新福井駅」付近。こちらも線路撤去済みです。

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 踏切跡にはまだ線路が残っていました。

「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借り その4 「新福井」~「福井口」(線路上)

 最後に、「新福井」~「福井口」の区間を2回に分けて紹介します。前半は線路の上側を見ていきます。

「新福井」~「福井口」(北側視点)
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 前回と同じく、運転席からの展望を両方向から見ていきます。まずは、「新福井駅」から「福井口駅」側を撮影。「福井駅」から複線だった線路は高架橋を降りる直前で単線になります。「北陸新幹線」の高架橋は左側の「北陸本線」の高架橋より若干高いです。

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 上下線が合流して単線化してすぐに高架橋は途切れ、線路はジェットコースターのように下っていきます。新幹線用のスラブ軌道のコンクリート路盤をチラ見できます。


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 接続線に差し掛かりました。勾配は34‰と電車の一般的な最急勾配に近いものです。勾配表記も仮線らしく簡素なものです。

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 途中からは「福井駅」と同じく壁がない状態で曲がるため、下る方はかなり迫力があります。線路が仮なのがよくわかります。

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 地上に降りてすぐに「福井口駅」へ着きます。右側の空き地は本来の「えちぜん鉄道」の用地です。

「福井口駅」
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 次に「福井口駅」の様子です。まずは、少し北側にあるこの景色です。手前にある高架橋は、「えちぜん鉄道」用の新しい高架橋です。ちょうど「三国芦原線」と「勝山永平寺線」の分岐点にあたり、これだけはかなり初期に造られています。さらに奥は「北陸本線」の高架橋で、新幹線はその間を通ります。

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 「福井口駅」です。この駅も今後高架化されるので仮駅として簡易な作りになっています。

「新福井」~「福井口」(南側視点)
 「福井」方面へ向かいます。この方向では、接続線の全容と新幹線の高架橋の断面がよく見えます。
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 「福井口駅」を出てからすぐに線路は接続線へ差し掛かります。

福井口→新福井AVI_000027433

福井口→新福井AVI_000031245
 接続線の全体がよく見えま。盛土と鉄骨を組み合わせた、明らかに仮作りの高架橋なのがよくわかります。

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福井口→新福井AVI_000041391
 接続線の終端付近からは、新幹線の高架橋の断面も見えます。新幹線高架橋の複線断面と接続線の単線断面の境界のギャップが大きいです。

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 接続線の後はこんなに豪華になっています。

福井口→新福井AVI_000060158
 こうしてみると、市街地名だけあった結構カーブしています。左端に「福井駅」のホームが見えます。

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 「新福井駅」ホームです。逆方向から見ても、詰め込んだ感がよくわかります。

「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借り その3 「福井」~「新福井」

 今回は、「福井」~「新福井」の区間と「新福井駅」を紹介します。まずは、運転席からの風景を北側と南側の視点から見ていきます。

「福井」~「新福井」(北側視点)
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 「福井駅」出発直後の様子です。間借りの仮線は、新幹線の軌道にずっと沿っているわけでもなく、内側により新幹線のスラブ軌道のコンクリート路盤(右端の円柱突起の列)がチラ見しています。わざわざ新幹線に合わせるとバラストをまく範囲が増えたり線路量が微妙に増えたりでかえって大変になるのでしょうか?
 本線がカーブしているためか、渡り線はクロスしていません(シーサスポイントではない)。

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 「福井」~「新福井」の間です。この辺りでは「えちぜん鉄道」の線路が新幹線の路盤にきっちり沿っています。

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 「新福井駅」のホームです。高架橋内にプラットホームを辛うじて収めています。そのためホーム幅は2m前後しかありません。ホームから写真を撮っている同士を発見。ホーム同士を結ぶ踏切が設置され、ここで間借りを一番体感できます。

「福井」~「新福井」(南側視点)
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 「福井駅」先端の車止めを運転席視点から撮影。この先を見ながらのホーム進入は結構スリルがあります。心なしか、結構徐行していました。「福井駅」では高架橋の壁も未設置のため、逆の西側のホームへの進入を電車内から見るとさらに迫力あるでしょう。

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 新幹線ができるときには、写真少し手前の基礎部までホームが延びるのでしょう。

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 右奥の建屋は「北陸本線」の「福井駅」ホームです。左側には、新幹線のためにあらかじめ設置されたスラブ軌道の基礎コンクリート路盤の円柱がきれいに並んでいます。

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 少し進むと、バラストが堰でせき止められています。

「新福井駅」(下から)
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 「新福井駅」の駅舎を下から撮影。手前から奥にかけての空き地は、本来の「えちぜん鉄道」の用地です。これからここが高架化されます。

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 「新福井駅」の駅舎も非常に簡素で仮のつくりをしています。

「新福井駅」(ホームから)
 そして「新福井駅」のホームへ登りました。「新福井駅」は改札がないため、ホームまではタダで入れます。
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 「福井口」側を撮影。

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 「福井」側を撮影。ホームが非常に狭いです。ホーム自体が高架橋の壁にほぼぴったんこしています。ただ、ホームに高さがあるため新幹線の壁だけでは安全上問題があるため、ホームに柵が造られ、仮駅としてふさわしく、高架橋の壁上にも単管パイプによる柵が置かれました。勿論クランプカバーも抜かりないです。

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 空き地となった「えちぜん鉄道」の用地を撮影。しっかり帯状に空き地となっています。奥に「北陸本線」の「福井駅」駅舎が見えます。

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 「福井口」側を拡大して撮ると、奥に新幹線高架橋の端部が見えます。「えちぜん鉄道」は高架橋と地上の接続線では単線になるため、複線が合流してから下って行きます。

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 線路の拡大です。「えちぜん鉄道」の軌間は1067mmで新幹線(1435mm)より狭いです。見た感じ、線路は広い新幹線の路盤の真ん中に置かれているようです。

間借り線路に降り立つ
 以前は「北海道新幹線」開業前に「奥津軽いまべつ」駅で線路に降り立てましたが、現在では「新福井駅」が間借り線路に降り立てる「日本」で唯一の場所です。

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 「福井」側を撮影。

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 「福井口」側を撮影。間借り区間全体に言えることですが、こんな景色を見たり踏み入れたりできるのはあと2年ほどです。

「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借り その2 「福井駅」

 今回から、現地の写真を交えて解説します。まずは、「福井駅」です。

現在、「福井駅」は全体の高架化の真っ最中です。「北陸新幹線」、「北陸本線」、「えちぜん鉄道」のうち、「北陸本線」は高架化完了、「北陸新幹線」は「福井駅」部とそれより「金沢」側の800mが先行高架化され、現在「えちぜん鉄道」の高架化工事が始まっている状況です。

 「北陸新幹線」の高架橋は基礎部ができている状態で、新幹線用の線路や架線、プラットホームや建屋はまだ未設置です。そんなどだいに「えちぜん鉄道」に必要な最小限の設備が造られています。

高架橋下より
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 まずは、「福井駅」のプラットホームをしたから見上げてみます。新幹線の高架橋自体が豪勢なため、2両編成の車両がかなり違和感あります。高架橋は必要最低限造られていて、線路脇の壁も未設置です。

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 もう少し近くから見てみます。「福井駅」より「敦賀」方面はまだ造られていません。手前の空き地は「えちぜん鉄道」の本来の用地で、ただいま高架化工事の準備中です。前回の記事の空中写真では線路が見えましたが、今はありません。

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 「敦賀」方面から撮影。高架橋がスパッと途切れています。まだ建設途中なのが露骨にわかる珍しい形です。


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 こちらが高架橋真下の「えちぜん鉄道」の仮駅改札口です。かなり簡素な造りです。

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 階段も完全な仮設です。両側は金属板で囲われ、単管パイプを組み合わせた雨よけが取り付けられています。将来新幹線ができた時はちゃんとした設備になるでしょう。


プラットホームより
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 次にホームへ登りました。線路はもちろんのこと、プラットホーム、枕木、架線、バラストなどなど高架橋の躯体以外はすべて仮設です。冒頭でも語りましたが、壁すらないので結構迫力があります。「北陸新幹線」の高架橋は、この辺りではスラブ軌道ですが、「えちぜん鉄道」用にスラブ軌道の路盤の上にバラストや枕木などが置かれました。

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 「えちぜん鉄道」の車両は基本2両編成なので、この設備にはかなりちっちゃいです。ホームは仮設のため、「えちぜん鉄道」の車両に合わせた規格になっています。

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 終端側の線路は、ホームよりもかなり先まで延びています。かつて車止めを突き破った事故がほかの鉄道路線で起きたため、その対策で余裕を持たせたのでしょうか?先っぽにも壁がないため、線路を越えたら下に落ちます。
 「北陸新幹線」の線路は当然ここが終点でないため、この先にも用地が確保されているのがよくわかります。

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 新幹線用のスラブ軌道のコンクリート路盤の上に「えちぜん鉄道」用の枕木と線路が乗っかっている様子です。さりげない景色ですが、こんなものめったにお目にかかれません。枕木の間に円柱のコンクリートの柱が出ていますが、これがスラブ軌道の基礎部の突起で、新幹線を造るときにこの突起とスラブ軌道をかみ合わせます。

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 さらには、スラブ軌道の路盤の上にバラストまで積まれています。バラストが周りに崩れ散らないように、端に壁が造られています。

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 ホームの端から「福井口」方面を撮影。写真中央手前の基礎部は、恐らくプラットホームの基礎です。

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 奥を少し拡大。「えちぜん鉄道」用の線路は、新幹線の軌道路盤とあまり関係な配線されています。これを実現するために、スラブ軌道基礎の上にバラストをジャラジャラ盛土状に積み上げています。

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 さらに奥を拡大。右側にスラブ軌道の路盤がすでに造られています。円柱の支柱がちゃんと並んでいます。新幹線は、この路盤に沿って「えちぜん鉄道」よりも緩やかに進みます。

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 少し右に視点を移すと高架橋全体が見渡せます。写真中央に「新福井駅」、右端に現在完成済みの高架橋の端部と、その先の地上との接続線が辛うじて見えます。

おまけ
 写真を撮りに行ったのは3月27日でした。この時は全く考えていませんでしたが、この日は 「福井鉄道」の「福武線」の「越前武生駅」~「えちぜん鉄道三国芦原線」の「鷲塚針原」間で相互直通運転を開始し、同時に「福井駅前」を「福井駅」西口広場に移設した日でもありました。

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 今までは路面電車の線路は「福井駅」からちょっと離れた場所で途切れていましたが、143m延長されました。この路面電車にも「ヨーロッパ」っぽい車両が増えてきました。

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 かつては「福井駅前」の線路は1本線でしたが、2本線に増えていました。

「えちぜん鉄道」の「北陸新幹線」間借り その1 全体を俯瞰


 もはや過去のものとみなされた、ほかの鉄道路線の´堂々とした´新幹線路線間借りは、現在も続いています(ただし期間限定)。それは、「福井」の代表的な鉄道である「えちぜん鉄道」の「福井」~「福井口」間で、すでに基礎が完成している「北陸新幹線」の高架橋、約0.8㎞の区間です。

 「えちぜん鉄道」のこの区間は、もともと「北陸本線」と「北陸新幹線」に並行しています。「北陸新幹線」建設と並行して「えちぜん鉄道」を高架化する際に、仮線を造る必要がありました。そこで先にできた「北陸新幹線」の高架橋を間借りすることでこの問題を解決。平成27年(2015年)9月23日~高架化工事が終わる平成30年(2018年)秋の、約3年間限定の間借りとなりました。

 現在でも「瀬戸大橋」などをはじめとして新幹線を間借りする例はいくつかありますが、路線が駅ごと堂々と新幹線構造物を間借りする例は、今から53年前の「阪急京都本線」の「東海道新幹線」間借り以来です。間借り区間の途中に駅があるため、新幹線の高架橋に直接足を踏み込める大変貴重な名所です。

まずは、地図(グーグルマップ)や空中写真(Google earth)からその全貌を見てみましょう。
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 間借り区間は、「えちぜん鉄道」が分岐する「福井口」~「福井」の区間にあり、「福井駅」と「新福井駅」のホームは新幹線の高架橋にすべて乗っかっています。

配線図
 間借り区間のおおよその路線関係です。本来青い線に沿う「えちぜん鉄道」が、「北陸新幹線」の赤ルートに乗り入れているというわけです。

間借り区間全体
間借り区間全体
 一番上が「北陸本線」、真ん中が「北陸新幹線」の高架橋、一番下の線路は「えちぜん鉄道」の線路です。写真左の「福井駅」ホームから右端まで「北陸新幹線」の高架橋が完成しています。「えちぜん鉄道」の線路は、この完成した高架橋全てを間借りしています。

「福井駅」
福井駅
 「福井駅」部です。一番上が「北陸本線」、真ん中が「北陸新幹線」の高架橋で現在「えちぜん鉄道」が間借りしています。一番下の線路は本来の「えちぜん鉄道」の線路です。

福井駅 拡大

1面2線2
 「福井駅」の部分を拡大してみました。「北陸新幹線」の高架橋に線路がはっきりと映っています。この線路は新幹線のためでなく、「えちぜん鉄道」のために敷かれています。「北陸新幹線」の高架橋には、新幹線用のプラットホームが一部出来ていますが、写真をよく見るとそのごくわずかな区間にプラットホームの屋根が見えます。この屋根は「えちぜん鉄道」の間借りのために造られました。
 本来の「えちぜん鉄道」の位置にはまだ線路がはっきり見えています。まだこの写真が撮影されたときは間借りの準備中で、実際の列車は本来の線路を通っている状況です。

「新福井駅」
新福井駅
 「新福井駅」は、本来なら新幹線の駅なんぞ絶対にできない場所にあります。なので新幹線の高架橋にはホームや駅舎を置くスペースはありません。なので、プラットホームを極力細くして無理やり新幹線の高架橋内に収め、駅舎を外側に張り付かせています。しかも、隣のプラットホームへ移るのに踏切を通るため、線路を横断することになります。つまり、最も間借り感を近くで感じられる駅です。新幹線上のホームが本来のホームとぴったり並んでいます。

接続線
間借り教会
 「北陸新幹線」の高架橋が完成しているのは0.8kmの区間のみで、途中で途切れています。ここで「えちぜん鉄道」の間借りは終え、途切れた高架橋から地上へ34‰の急勾配で下っていきます。

「福井口駅」
間借り境界2
 「えちぜん鉄道」のジャンクション駅である「福井口」です。ここでも新しい仮ホームが造られています。様々な配線やスペースの関係上、少し離れたところにあります。まだ間借りの準備中で、新しい線路は途切れ途切れになっています。「北陸新幹線」の高架橋は、「えちぜん鉄道」とほぼ並行して造られていきます。

次回から現地の様子を挙げていきます。

「ほくほく線」の一部は「上越新幹線」より何年も前に完成していた

まずは、こちらの地図と両路線の歴史記載をご覧ください。
無題

 平成9年(1997年)に開通した「ほくほく線」の一部である「赤倉トンネル」は、開通よりも28年も前から造られ始め、23年も前に完成しました。これは、「上越新幹線」が建設され始めたわずか3年後、「上越新幹線」開通の8年も前になります。

 なぜこんなに昔から「ほくほく線」が造られたかといえば、かなり昔から計画されていたからです。ただし、昭和55年(1980年)~昭和60年(1985年)の5年間にわたり工事が凍結・停止され、開通が平成9年(1997年)まで延びた、いわゆる長い時間をかけて作られた路線になりました。

 そんな「ほくほく線」の「赤倉トンネル」は「上越新幹線」の「塩沢トンネル」とトンネル同士立体交差をしていますが、両トンネルの間隔はわずか1mと、完全に「東京」の地下鉄レベルに接触しています。そのため、「上越新幹線」のこの区間を建設したときは、先にできた「ほくほく線」の「赤倉トンネル」を補強してトンネルに支障がない措置をほどこしました。

 地図や大体のニュースを見れば明らかに「ほくほく線」の方が新しくできたと思われますが、実は歴史は逆というのが真相です。

「松山」のダイヤモンドクロス その2  「古町駅」付近

 「松山市」に2つあるダイヤモンドクロスのうち「古町駅」の例を紹介します。このダイヤモンドクロスも、前回紹介した「大手町駅」と同じく郊外電車「高浜線」と市内電車「大手町線」がクロスしています。こちらでは両路線が斜めにクロスし、一見すればよくあるシーサスポイント(両渡り分岐器)の一部ですが、よく見ると別路線同士です。

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 「古町駅」付近の写真です。奥が「古町駅」、右側が郊外電車、左側が市内電車で、奥へ行くほど線路が互いに近づきクロスしていきます。

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 最初の写真より奥を撮影。3列並ぶ線路のうち右2列が郊外電車、左1列が市内電車で、奥の方で市内電車が左手前~右奥にかけてクロスしています。

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 さらに奥を撮影。左手前~右奥に斜めに突っ切っている単線が市内電車の線路です。

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 郊外電車の通過です。

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 市内電車の通過です。

「古町駅」より撮影
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 最初の写真と反対側からの写真を見ます。ここでも市内電車が左手前~右奥にかけて突っ切っています。

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 先ほどと同じく郊外電車の通過。

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 そして市内電車の通過です。

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 「古町駅」ホームより撮影。

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 市内電車の目線から撮影してみました。

「松山」のダイヤモンドクロス その1  「大手町駅」付近

 「ダイヤモンドクロス」といえば、鉄道路線の線路同士が直角化斜めにクロスする線形ですが、ほかの路線同士がこの形をとるのは、路面電車や軽便鉄道などが激減し、立体交差化が進んだ現代の「日本」には非常に貴重なもので、たった6か所しかありません。

 その貴重な「ダイヤモンドクロス」が「松山市」に2つもあります。どちらも路面電車と普通鉄道同士という、これまたここでしかないものです。


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 上図が「松山市」の市街で、矢印で示している2か所に「ダイヤモンドクロス」があります。
①直交型:「大手町駅」付近
②斜交型:「古町駅」付近


 交差しているのは2か所とも「伊予鉄道」の郊外電車「高浜線」と市内電車「大手町線」です。上では架線も交差していますが、同じ「伊予鉄道」の同じ電圧の架線のため問題ありません。
今回は①の方を紹介します。

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 こちらが「ダイヤモンドクロス」を両路線の列車が通っている瞬間です。郊外電車の「高浜線」の列車通過を市内電車の「大手町線」の列車が待っている形です。

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 「高浜線」の「大手町駅」ホームからの景色。こちらは「高浜線」列車の通過、

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 こちらは「大手町線」列車の通過です。
 「ダイヤモンドクロス」のところは線路の継ぎ目が非常に多く振動が激しいため、列車は通貨の瞬間に惰性します。

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 歩道からの景色です。踏切の景色としてはこんな景色はそこらかしこにありますが、路面電車までが道路と一緒にクロスするのは「松山市」だけです。

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 両路線とも複線のため、全部で4つのクロスがあり、通過時に必ず2クロス分越えます。線路の隙間は1クロスに2つ(片側のみ)あるため、全体を通過すると片側車輪だけで4つの隙間を通ります。つまり、結構ガタガタします。

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 目視で見ると、互いの車輪がちゃんと通れるよう、隙間が空けられているのがよくわかります。

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 線路だけでなく、架線もしっかりクロスしています。電気的にはどんな仕組みになっているのでしょうか?

日本のループ線 その2 土佐くろしお鉄道中村線 追記:見に行った


 このループ線は、高知県の西部を走る、「土佐くろしお鉄道中村線」の途中にあるものです。この鉄道は、昭和38年(1963年)に国鉄の鉄道として開通しましたが、現在では第三セクターとなっています。ループ線は、高知県黒潮町の山の中、ちょうどJR線とくろしお鉄道中村線が分岐する所にあります。

くろしお鉄道ループ
 ループ線です。ループ線の半径は約350mと、わりあい小型です。勾配は約23‰(tanθ=23/1000です)で、高低差は約40mあります。図の標高は、あくまで推定です。ほとんどの区間がトンネルでループ線という実感があまり沸きませんが、逆に言えば1つのトンネルで約270°も曲がっています。これは日本のループ線のトンネルでも一番の曲がり具合でしょう。方位磁石でも使って試してみたらわかるかも、でも車内は磁気が多そうだから可能性は低い。
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 こちらがJR線と中村線の分岐の配線図です(Wikipediaより)。

追記
今年の夏に、「四国」へ行った際に、見てきました。

 ほかのループ線と同様、大部分がトンネルや森の中で、全体を見渡すことはできませんでした。一番わかるのは、先頭車両で曲がり続けている様子を見ることでしょう。ちなみに、ループ線自体、最寄りの駅から2.5~4km以上離れているため、歩いてループ線へ行くのはしんどい上、列車も1~3時間に1本しか停まらない普通のみ(特急は通過)が停るため、鉄道で行くにープは半日以上浪費すると思ったほうがいいでしょう。

ほとんどが列車内からの景色です。

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①「高知」方面から、時計回りに360°回ります。最初の4分の1は、「土讃線」と「中村線」の分岐信号所、残る4分の3は「中村線」のトンネル内になります。分岐器右側が「中村線」でループ線方面、左側が「土讃線」です。

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 複線に分岐して90°曲がります。

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 「川奥信号所」です。まっすぐ行くと「土讃線」で「宇和島」、「松山」方面、左へ行くとループ線で「宿毛」方面です。ループ線の方は、明らかに下っているのがわかります。

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 そのまま23‰の下り勾配で、「第一川奥トンネル」に入ります。長さは2,031mあり、大部分はループ線です。曲がり続けるのを感じるしかありません。

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 「川奥信号所」から、「第一川奥トンネル」の出口側を俯瞰。時計回りで270°回って下の線路(写真中央奥)へ進みます。

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 「第一川奥トンネル」の出口です。道路脇の獣道から近寄れます(もちろん線路には入らないように!)このトンネルの上の方に、ループ線スタート地点の「川奥信号所」がありますが、気に隠れてよく見えません。

「智頭急行」で160km/h運転は実現できるのか?

 「智頭急行智頭線」は、「兵庫県」の「上郡駅」と「鳥取県」の「智頭駅」の間を結ぶ、延長56.1㎞の私鉄路線です。高速運転改良工事も行われ、平成6年(1994年)に開通した新しい路線です。
「智頭急行」の開通と「スーパーはくと」の登場で、以前は4時間10分かかっていた「大阪」~「鳥取」間の所要時間が、1時間40分も短縮され、2時間30分台となりました。「智頭急行」の路線内は、大半の区間で踏切もなく、急曲線以外の場所では130km/hを超える運転が可能な線形になっています。いわば、「湖西線」に近い規格路線ともいえます。


160km/h運転の可否は?
 現在、「智頭急行」を走る特急列車の最高速度は130km/hです。では、これ以上の速度を挙げることはできるのか?実は、「智頭急行」は建設時に160km/h運転も検討されましたが、断念された経緯があります。その理由は以下の3点で説明します。

①やろうと思えばできる
②ただし、金と手間がかかるわりに短縮効果は小さい
③早急に効果の小さい短縮をしなくてもいい


①について
 「智頭急行」は、「ほくほく線」ほどではないものの、もともと130km/h運転を前提として建設された高規格路線です。160km/h運転は、電化や線路、信号、駅設備を改良すればできます。
 ただし、単線トンネルが多く、トンネル内の空気抵抗による高速運転の支障が大きいため、車両を「はくたか」や新幹線車両のように流線型にする必要があります(特に「スーパーいなば」のほう)。(「はくたか」でさえも単線の長大トンネルに突入する時は空気抵抗による衝撃を和らげるために、速度を130km/hほどに落としてトンネル内で再加速しているらしいです。)

②について
 「智頭急行」を建設する際に、160km/h運転を行う動きは見られました。しかし、金がかかることで断念されました。試算によれば、
「2000系」気動車による最高130 km/h(非電化)運転では11分30秒短縮で所要16億円
「381系」電車による最高130 km/h(電化)運転では12分45秒短縮で所要68億円
「381系」電車による最高160 km/h(電化)運転では15分45秒短縮で所要116億円

となりました。
 ここでいう短縮時間は、「キハ181系」気動車が最高速度95 km/h(←田舎の鉄道では速いほう)で「智頭急行」内全線を運転した場合と比較したものです。「智頭急行」は路線距離が56.1kmと、高速運転をするには延長が短い路線です(←高速運転をする場合、新幹線のように長距離を連続して行うほど短縮効果が大きい)。130km/h運転と160km/h運転では全体で3分~4分15秒ほどしか短縮にならないのです。それでも160km/hだしたほうがいいですが、費用が52億~100億円割り増しになります。結果、一番上の気動車による最高130km/h運転が採用されました。もっと大幅な短縮を目指すには、「智頭急行」だけでなく、この場合は「山陽本線」、「因美線」、「山陰本線」なども同時に改良して特急列車の走る区間全体を高速運転できるようにしたほうがいいのです。そうするとさらに金と手間がかかりますが。

③について
 「それでも金をかけて高速運転した方が将来的にもいいのでは?」ともいえます。それでも「智頭急行」は早々焦って更なる高速化をしなくてもまだ大丈夫な路線なのです。
 新幹線や都心部の通勤電車のように、飛行機や他の鉄道路線との競合が多く、需要も多い路線なら僅か数分の短縮のために莫大な投資は行われるでしょう。さらに、新幹線は長距離を連続して高速化すれば短縮効果は大きく、通勤電車も乗客が1分1秒を重視している人ばかりで僅かな短縮でも喜ばれます。
 一方、「智頭急行」は地方都市の路線で、高速道路の整備が発展途上な今現在では驚異的な競争相手はいません(ただし、安い高速バスが値段で対抗している)。また、「ほくほく線」の抱える2014年問題(「北陸新幹線」延伸による、利用者の減少)の類も当分ないです。更なる高速化をする手もありますが、そこに莫大な金と手間をかけてまで早急にやらなくてもいい路線なのです。

静鉄の凄さを知る動画

 「静鉄」について詳しく解説している動画があったので紹介します(製作者「ミストラル 」)。 

「静岡鉄道静岡清水線」(略して「静鉄」)といえば、「静岡」~「清水」間を結ぶ、地元民の足となっているローカル私鉄路線です。自分も含めて、普段の利用者にとってはさりげなく利用している私鉄路線ですが、この「静鉄」、実は結構すごいものが目白押しです。




 地元民には普通の鉄道ですが、実は大手私鉄並みの超過密ダイヤを実現し、ほかの鉄道会社に先駆けての、ステンレス車体、自動改札機、カード(今は懐かしのパサールカード)、ICOCA等とのリンク、ラッピング電車、ワンハンドルマスコンの導入など、非常に先進的な鉄道であったのです。外国からは、最近日本で流行り?のLRT呼ばわりされています(←2両編成で5分間隔の高頻度運転、駅間距離が平均0.77kmと短く、普通の鉄道よりも気軽に乗れるため)。こうしたやり方で、スピード面では「東海道本線」にははるかに劣るものの、うまく並走経営をしています。

 また、「静鉄」は、「清水」付近で「東海道本線」と3kmほど並走(見た目は複々線)しますが、昭和25年(1950年)にそこで「東海道本線」の脱線事故が起き、本線の線路は不通になりました。その時「静鉄」は自ら進んで「東海道本線」との線路の緊急接続を行い、「東海道本線」の列車に「静鉄」の線路を貸したという、逸話があります(当時は、「東海道新幹線」も「東名高速道路」もないため、「東海道本線」の不通は致命的であった)。

100km中20m弱が単線になっている「名鉄名古屋本線」

 「名鉄名古屋本線」は「豊橋」~「名鉄名古屋」~「名鉄岐阜」間を結ぶ全長99.8kmの、「名古屋圏」の大動脈ともいうべき路線です。当然ながらほぼ複線(一部複々線)で造られ、まさか単線区間があるわけなかろうと思える路線ですが、実はあるのです。それは、「名鉄岐阜駅」の手前の、「東海道本線」と立体交差する約20mの区間です。ちなみに、「名鉄岐阜駅」は1時間に片道10~13本の列車をさばく、2面4線の駅で、どう見ても路線を複線にした方がいい駅です。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Rail_Tracks_map_Meitetsu_Gifu_Station.svgより
 配線はこんな感じです。ここ以外の約100kmの路線は全て複線以上です。本当にこの部分だけが単線なのです。当然ながら、ダイヤ上大きな支障になっています。

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 プラットホームから撮影。単線区間がある分線路の配線が複雑に見えます(複線だったらもっとすっきりしている)。

 もともとこの区間は複線でした。しかし、第一次世界大戦中の資材不足で「岐阜」市内の路面電車にこの区間周辺のレールを転用しました。当時は「岐阜」付近を単線化しても問題が無かったのです。第二次世界大戦の後に再び複線化されましたが、この約20m部分は単線のまま残されました。この単線区間が解消される計画などは現時点ではありません。

 どうしてこうなった?それは、「複線化がめんどいから」という説が有力です。
 今は「名鉄名古屋本線」が「東海道本線」の下をくぐっていますが、昔は逆でした(「東海道本線」が地平で「名鉄名古屋本線」がまたがっていた)。「東海道本線」が高架化されて今の状況になったのです。写真をみると「東海道本線」の橋脚に阻まれているようにも見えますが、複線にするスペースは一応あります。
 「名鉄」は車両更新に重点を置いているらしく、反対に設備の更新には消極的らしいです。「東海道本線」をまたぐ(現在はくぐる)橋脚部分を複線仕様に改良するのがかなり手間で車両更新などをする余裕がなくなる云々で、「東海道本線」が高架化されるときもそのままにされて現代にいたっているそうです。現在複線化工事を行うと、工事のスペースや、工事中の仮線の確保などで莫大な手間がかかるため、この珍配線はこれからも拝むことができます。

「富山地方鉄道」のターミナル駅、「富山駅」の名前は何故「電鉄富山」になっているのか?

 私鉄の駅名の頭には、その会社名の略称を入れることがあります。これは、他の鉄道会社(特にJR)も乗り入れる駅に使われ、自分の会社を宣伝するのと同時に駅名が完全にかぶるのを防ぐ効果があります。特に、複数の鉄道会社が同じ駅名を使っていても互いの駅が1、2㎞離れていることもあり、間違いを防ぐ意味でつけるともいえます。


「京王電鉄」:「京王八王子」
「京阪電気鉄道」:「京阪山科」、「京阪石山」
「京浜急行電鉄」:「京急蒲田」、「京急川崎」、「京急鶴見」、「京急久里浜」
 

さらには、かつて「東京メトロ」(正式名称は「東京地下鉄株式会社」)は「営団地下鉄(「帝都高速度交通営団」の略)」と呼ばれていました。会社名が変わったことにより「有楽町線・副都心線」の「成増」と「赤塚」に相当する駅がそれに合わせて

「営団成増」→「地下鉄成増」
「営団赤塚」→「地下鉄赤塚」


となったのです。ずいぶんと直球な名前になりましたね。

「電鉄富山」の場合は?
 かつて「富山地方鉄道」は「富山電気鉄道」という名前でした。「電鉄富山」の「電鉄」は昔の「富山電気鉄道」からとったのです。名前が「富山地方鉄道」に変わったときに「地鉄富山」にでもすればすんなりしたのでしょうが、昔の会社の略称をそのまま現在まで使い続けているということです。
何故でしょうか?「富山」が保守的な地域性を持つ街だからか?昔の会社名への思い入れが強いのか?

「北陸鉄道」の理想

 現在「金沢」には、「野町」~「鶴来」間に「北陸鉄道石川線」が、「北鉄金沢」~「内灘」間に「北陸轍鉄道浅野川線」と、2本の私鉄が通っています。両路線は「金沢」の中心街を介してかけ離れています。かつては両路線
のターミナルの「北鉄金沢」と「野町」の間にも路面電車が通っていましたが、今では廃止になり鉄道が分断されている状況です。結構前から、両路線を何らかの形で繋ごうという話は出ています。

北陸鉄道接続

北陸鉄道接続(拡大)
 上の2つの図(上が全体図、下が拡大図)が、両路線の位置関係です。赤い点線部が、両路線を繋ぐ仮ルートです。「野町」から「犀川」を越え、「金沢」の中心街である「香林坊」を通り、「金沢駅」に至るものです。路線の形は、モノレール、新交通システムを新たに作る方法や、路面電車や普通の鉄道路線(おそらく地下鉄)で両社を直通させる方法などが考えられています。ただし、その区間のは人口密度が高く道路が混雑しているため、地下鉄で繋ぐのが有効です。現に、「浅野川線」の「北鉄金沢駅」は地下駅ですからね。そんなこんなで計画はたてられていますが、建設費や線路の所有の問題などが山積みで今も計画段階にあります。

「京急」の三線軌条 その2 「六浦駅」の不思議な分岐器

 前回の記事で「京浜急行電鉄逗子線」に設置されている三線軌条について語りましたが、今回はその時あえて載せなかった「六浦駅」の不思議な分岐器を紹介します。場所は三線軌条の設置されている「神武寺」~「金沢八景」間です。

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 上の写真が「六浦駅」より「金沢八景」側、下の拡大写真が「神武寺」側です。このように、分岐器を介して標準軌の間にある回送列車用レールの位置が左右入れ替わっています。
 この三線軌条区間では、標準軌幅の「京急」の列車は両端の線路を、狭軌幅の回送列車はその間にあるレールと相対的に遠い位置にある端のレールを使用します。つまり、この分岐器を介して「京急」の列車は普通にまっすぐ通過します。一方、回送列車の通過時は下の拡大写真の右図の黄色部分のように分岐器が変化し、列車は黄色矢印のような形で進んでいきます。

無題
 「六浦駅」全体をみると、2つの分岐器(赤部分)はプラットホームを挟む位置取りをしています。そして回送列車用のレール(青部分)がその間だけ入れ替わっています。つまり、「六浦駅」のプラットホームのある部分だけ、標準軌の間にある回送列車用レールの位置が入れ替わり、回送列車自体が若干プラットホームから離れるようにしてあるのです。

 この分岐器が設置されたのは平成23年(2011年)10月と、かなり最近のことです。今までは回送列車専用のレールは同じ位置にありました。ところが、その形では「六浦駅」のプラットホームに回送列車が近づきすぎるため、プラットホームを引っ込めていました。そうすると「六浦駅」に停車する「京急」の列車とプラットホームの間に大きな隙間ができます。そこで特殊な分岐器(移線器といいます)を設置し間のレールの位置取りを変えて回送列車がプラットホームより離れるよう仕向けました。そうすれば、プラットホームを線路側に接近させて「京急」の列車との隙間をなくすことができます。

 こういうことを考え付くこと自体が凄いですね。お客の不便を解消するためなら線路ごと移動させる発想は、お客様に移動の手間をかけさせないために1分前後で留置線を使って列車をUターンさせるKQクオリティとまったく同じです。 

 最後に、この「六浦駅」の分岐器について詳しく説明している動画があったので載せておきます。この三線軌条の歴史から「六浦駅」のこの配線の仕組みまでとてもわかりやすく編集されています。

「京急」の三線軌条 その1 概要

 せっかく「関東」に立ち寄ったので、コミケ3日目に行く前に「京浜急行電鉄逗子線」にある三線軌条を見に行きました。三線軌条とは、車輪の幅が異なる2種類の列車を走らせられるように線路を3本敷いたものです。まあ、下の写真を見て原理を解釈してください。

 「京急」の線路幅は新幹線と同じ標準軌(幅1435mm)で、JR在来線の狭軌(幅1067mm)と異なります。「京急逗子線」の「金沢八景」の隣には「東急車輛製造」、すなわち鉄道車両を造る工場があります。その完成車両を「逗子線」を経由してJRの「横須賀線」に輸送しています。しかし、「逗子線」と「横須賀線」は線路幅が異なるため、輸送区間が三線軌条になっています。

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 終着駅一つ手前の「神武寺駅」より撮影。標準軌である「逗子線」の線路(右方向)と狭軌である回送線の線路(左方向)が分岐しています。線路の幅によって振り分けられる分岐器なので、結構シンプルです。回送線はここで「逗子線」の線路に合流して「金沢八景」まで続きます。

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 線路の使用頻度の多い順に、左端>右端>その間、となります。間にある線路は狭軌幅の回送列車の時のみに使われるので、普段「京急」の車両が使う両端の線路よりも若干さびが残っています。

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 「金沢八景」にて撮影。ここで見る限りでは、線路の継ぎ目が「逗子線」用(青色矢印)と回送線用(黄色矢印)で位置をずらしておかれています。そのほうが丈夫だからでしょうか?(シールドトンネルの壁の継ぎ目を互い違いにしているのと同じ原理?)

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 「金沢八景」より「新逗子」側を撮影。三線軌条の分岐器は、間に回送線用の線路が1本通っているため、多少複雑な造りになっています。

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 「金沢八景」より「金沢文庫」側を撮影。回送線が「東急車両製造」へ向けて、「京急」の線路から分かれていきます。狭軌の線路は1本道で分岐器に関係なくのびています。




狭軌と標準軌の両方がどちらにも分岐する場合
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Hakone-Itabashi-Dualgauge.jpgより。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Riding-past-crossing-3rail.jpgより。

 上の2枚の写真は「箱根登山鉄道」にある三線軌条の分岐器で、「京急」と違って三線両方ともが2方向に分岐しています。狭軌が片方のほうにだけ分岐する「京急」のそれよりも複雑な構造になっています。残念ながら、これらの分岐器は平成18年の配線改造で廃止されました。

「静岡鉄道静岡清水線」、15年ぶりの急行復活!!

 今年の10月1日に、「静岡鉄道静岡清水線」のダイヤが改正されて15年ぶりに急行が復活しました。かつて「静岡鉄道静岡清水線」では、朝夕のラッシュ時に3~4本に1本の割合で急行が運転されていましたが、平成8年(1996年)3月1日のダイヤ改正で廃止になりました。以来、全てが普通列車の日が15年6カ月にわたり続きました。


静岡鉄道ダイヤ
 今回のダイヤ改正で設定された急行の停車パターン図です。参考としてかつての急行の停車パターンも載せました。停車パターンは「新静岡」発「新清水」行き(急行)と「新清水」発「新静岡」行き(通勤急行)で若干異なっています。「音羽町」の代わりに「日吉町」に急行が止まるようになりました。各駅の利用者数の変化によるものでしょうか?
 かつての急行とも全体的に比較してみると、停車駅の大半は共通します。とくに「草薙」~「桜橋」間の各駅停車はすべて一致します。急行は乗降客の多い駅に停めるよう設定したので、停車パターンが異なるようになったのでしょう。また、「新静岡」寄りの駅の多くを通過するのは利用客数以外にも、それらの駅間距離が短いという理由が考えられます。

所要時間は普通とくらべて5~6分短縮されています。普通の所要時間は細かく見れば21~22分と若干の幅があります。急行運転時は22分、それ以外では21分です。また、「県総合運動場」で普通との緩急接続を果たします。「県総合運動場」は待避線を所有する2面4線の駅で、追い越し・待避が可能であります。今回のダイヤでは追い越し・待避は無く、待避線を緩急接続に利用する形です。ちなみに、このダイヤ改正4日後の10月5には「新静岡」のターミナルビルである「新静岡センター」が「新静岡セノパ」としてリニューアルオープンしました。それに合わせた改正ともいえます。




 早速ニコニコ動画に急行の前方風景がうpされていました。自分が平日の朝走るこの列車に乗れる機会は非常に少ない(物理的かつ生活習慣的に)ので、こういう動画はとてもうれしいです。

 余談ですが、「入江岡駅」(急行は通過しますが)周辺は、漫画・アニメ「ちびまる子ちゃん」のモデル舞台です。アニメでは、「入江岡」~「桜橋」間の越線橋(上の動画の17:20~18:40あたり?下の動画の3:00~3:30あたり?)上の風景がよく登場しますよ(たとえば、「藤木」がクラスメイトの「笹山」さんに、自分ではオシャレなつもりの服装を「それ、変じゃない?」と突っ込まれて卒倒した場面とか)。

「ほくほく線」にはもう一つの計画(されていた)ルートがある

 「ほくほく線」と言えば、第三セクター「北越急行」が運営する「犀潟」~「六日町」をほぼ一直線に結ぶ鉄道路線で、特急「はくたか」が最高160km/h運転を行うことで有名です。また、懐かしの「電車でGO!2」でも登場し、対向列車のいない信号所を通過するだけなのにわざわざ分岐器の曲がる方(制限60km/h)を通過するという実際にはあり得ない設定のなされていた路線です。実は「ほくほく線」にはもう一つのルートがあるのです。


 
ほくほく線 
 上図の青色線が現在の「ほくほく線」(かつての名称は「北越北線」)、赤色線が計画されていたもうひとつのルートです。もう一つのルートは「北越南線」と呼ばれていました。この路線は「松代」からほぼ直線に「越後湯沢」へ向かうものです。ちなみに、現在の「ほくほく線」という名は、かつて設定されていた「北越北線」が由来です。

 「直江津」と「越後湯沢」を短絡する路線は、昭和の一桁あたりから構想されていました。そして昭和15年(1940年)には上図のような、「北越北線」と「北越南線」という、2つの立候補ルートができました。そしてどちらの路線を優先して作るかで各地元の団体が激しい誘致合戦を20年近く続けました。これは、「南北戦争」ともよばれるほど激しかったそうです。そして、「東海道新幹線」が開通した同年(昭和39年(1964年))に現在のルートが採用されました。採用された理由は、主に

「北越南線」ルートと比べて沿線人口が多い、
地滑り地帯が少ない、
建設距離が短い


です。そして昭和43年(1968年)に着工されましたが、国鉄の経営悪化(このころは国鉄が運営する予定だった)や難工事によりなかなか建設、が進まず、凍結を挟んで経営が第三セクターに移行され、着工から29年目の平成9年(平997年)にようやく開通しました。

 今の時代では、「北越南線」が作られる可能性はほとんどなさそうですが、もしこのルートが建設されていたら、今の特急「はくたか」は「六日町」などを経由せずに一直線に「直江津」~「越後湯沢」間を行き来でき、今より10分は所与時間が短縮されていたでしょう。「直江津」側も「犀潟」を経由せずに「直江津」まで一直線にしてもよさそうですが、こちらのほうは人口が多くて土地の買収が大変だったから断念したのでしょうか?

鉄道と勾配 その2 日本でいちばん急勾配な駅

 前記事の続きです。粘着方式による普通鉄道(ようするに、鉄の車輪と線路の鉄道)の弱点の1つは、坂道でsy。そして、上り坂発信も苦手です。そのため、日本の鉄道(ケーブルカーやモノレールなどは除く)では駅や信号所などの列車が停車する場所では勾配が5‰以内になるよう決められています。しかし、例外中の例外で33‰(1000m水平に進んだら33m垂直に登る勾配)の坂の途中に駅が存在する例があります。それは、岐阜県の山中を走る明智鉄道明智線の「飯沼駅」です。

明智線 飯沼駅

 「飯沼駅」は、平成3年(1991年)10月28日に新設された新しい駅です。33‰の勾配は、JR路線中では特別に急な勾配に値し、山岳鉄道や私鉄の一部、地下鉄などの地形の激しい場所で使われています。当然駅では規格外の勾配なので、駅設置時には当時の運輸相の担当者立ち入りのもとで何度も安全が確認されました。物理的には粘着式の普通鉄道の車両が上り坂発信のできる勾配は、33‰辺りが限界だそうです。

ほくほく線のトンネル内の信号所と美佐島駅を「はくたか」が通過すると、霧が発生する

 今回紹介するのは、前回の記事のおまけです。前の記事で、「はくたか」がトンネルに突入してトンネル内を高速で走行することにより、トンネル内に突風が吹き荒れることについて紹介しました。実は「はくたか」が起こすものは強風だけではありません。トンネル内に霧を発生させてしまいます。霧が発生する場所はトンネル内にある信号所と前回紹介した「美佐島駅」です。

 ほくほく線内にはダイヤを構成する都合から、駅構内の信号所のほかに、3つのトンネル内信号所があります(駅じゃないところにあります)。「ほくほく大島」~「まつだい」間の鍋立山トンネル内の「儀名信号所」、「まつだい」~「十日町」間の薬師峠トンネル内の「薬師峠信号所」、「しんざ」~「魚沼丘陵」間の赤倉トンネル内の「赤倉信号所」です。多くの「はくたか」はそこで停まらずに通過しますが、注意していれば窓から見える景色と音の変化でわかります。運転席から眺めたければ、普通列車に乗るか、PS2の「電車でGO!! 2」をプレイしてください(ただし霧の発生は見られません)。

赤倉トンネル - コピー
 上の図は、途中に信号所のあるトンネルの断面です。トンネルの大部分は単線ですが、列車同士の擦れ違いをするために複線になる信号所はその分トンネルの断面積が広がります。単線区間では「はくたか」の推進力で押され、その勢いで圧縮されて突風として流れた空気が断面積の大きい信号所に差し掛かった時に圧縮から解放されて膨張します。中学校?の理科の授業でもやりましたが、空気が急激に膨張すると気温が下がります。気温が下がると空気の飽和水蒸気量が低下し、空気中に水滴、すなわち霧(雲)ができます。この原理でトンネル内に霧が発生します。「美佐島駅」もプラットホームが設置されている分トンネルの断面積が大きくなり、霧が発生する環境になっています。前回の記事で載せた動画の3:28~3:31あたり(「はくたか」通過後)にその霧が見られますよ。 この現象が発生するには、トンネルの断面積が急に大きくなること、列車が高速(150km/h以上?)でそこを通過することが条件となります。ほくほく線を通る「はくたか」は、見事にその条件に一致しているため、霧が発生するのです。

凄い駅 その5 美佐島駅

 日本には山岳トンネルの中に位置する地下駅が少なくとも4つあります。JR北陸本線の「筒石駅」、JR上越線の下り線の「湯檜曽駅」と「土合駅」、そして北越北線(以下、「ほくほく線」と表現する)の「美佐島駅」です。どれも山岳トンネルの途中という珍しい場所にある面白い駅ですが、その中で最もすさまじい駅は、ほくほく線の「美佐島駅」です。


 ニコニコ動画に美佐島駅を通過する特急「はくたか」を撮影した動画が投稿されていたので紹介します。この投稿者は、他にも列車が通過する迫力のある動画を多数作っています(気になる人はこちらをクリックしてください→http://www.nicovideo.jp/mylist/2608755)。

赤倉トンネル
 上の図は、赤倉トンネルの様子を示したものです。赤倉トンネルは全長が10.5kmと、私鉄で一番長いトンネルで、ほとんどが単線です。トンネルの途中に「赤倉信号所」があり、上下の列車がすれ違うために複線になっています。また、「赤倉信号所」より十日町側に、今回紹介している「美佐島駅」があります。

 上で紹介している動画は、特急「はくたか」が赤倉トンネルの六日町側からトンネルに突入し、「赤倉信号所」と「美佐島駅」を通過して十日町側の出口へ抜けるまでの様子を撮影したものです。「はくたか」が画面上を通過するのは一瞬ですが、風の音から「はくたか」がどこを走っているのかがわかります。それについて解説します。まあ、動画にあるコメント自体が鉄道マニアの突っ込みであるため、それと重複していますがね。

0:13あたり 「はくたか」、六日町側の入口より赤倉トンネルに突入
 長い筒状のトンネルに列車が突入すると、トンネル内の空気がピストンに押される原理で列車により押されます。押されることによりトンネル内に風が生じます。この風は列車の速度が速いほど、トンネルの断面積が狭いほど強くなります。赤倉トンネルは単線でトンネルの断面積が小さく、しかも「はくたか」は最高160km/hで通過します。断面積が狭いことが作用し、トンネル内に発生する風(特に乱流)は新幹線より強力であるといわれています。トンネルに突入する瞬間の空気抵抗があまりに大きいことから、突入時の速度を130km/hに抑えて突入後に160km/hまで徐々に加速させているそうです。

 今までの説明を一言でいえば、「はくたか」がトンネルに突入すればトンネル内に風が吹くということです。動画にも風が吹き付けている様子が完璧に聞き取れます。

2:00~2:12あたり 「はくたか」、「赤倉信号所」を通過
 赤倉トンネル内は基本的に単線ですが、途中で列車同士の擦れ違いを実現するために「赤倉信号所」が設けられ、そこだけ複線になっています。つまり、トンネルの断面積がそこだけ相対的に大きくなります。「はくたか」というピストンに押されていた空気ですが、信号所ではトンネルの断面積が広くなる分、「はくたか」に押され、流される影響度が下がります。その分風が弱まります。動画でも「はくたか」が信号所に突入しているときは風が弱くなっているのがわかります。信号所を過ぎて再び単線区間、すなわちトンネルの断面積が小さい区間に入った後は再び風が強まります。

3:23~3:28 「はくたか」、「美佐島駅」を通過
 説明するまでもなく、通過しています。よく見ると、「はくたか」通過後に霧が発生しています。

4:55あたり 「はくたか」、十日町側の出口より赤倉トンネルを脱出
 「はくたか」がトンネルを抜けて“ピストン”の動きの影響が無くなったため、風が弱まりました。赤倉トンネルの全長は10.5km、音の観測より「はくたか」が赤倉トンネルを通過するのに4分42秒かかったと推定されます。これより計算すると、「はくたか」の赤倉トンネル内における平均速度は、約134km/hであります。

 以上の現象が、「美佐島駅」では日常茶飯事に発生しています。プラットホームは普通列車が美佐島駅に停車するとき以外は立ち入り禁止になっています(しかし、ほかに検索をしてみたら、ホームに出て撮影した無謀な輩はいました(上の動画とは別の人です)。これも動画として投稿されていましたが、絶対にまねをしてはいけません)。

 この記事で初めて言及しますが、青函トンネルの中には「竜飛海底駅」と「吉岡海底駅」の、2駅があります。これもトンネルの途中にある地下駅ですが、青函トンネルには将来、北海道新幹線の新幹線車両も通過します。北海道新幹線は、360km/h運転を目標とし、青函トンネル内もこの速度で走り抜ける予定です。もし新幹線開通後も2つの海底駅に立ち寄れたら、迫力のある新幹線の通過が見られるかもしれません(ただし、新幹線開通後は、海底駅には一般人の立ち入りが禁止になる可能性も考えられる)。

凄い駅 その4 京浜急行本線の品川駅

 今回は、京浜急行本線の品川駅を紹介します。品川駅は東側(海側)から「東海道新幹線」(2面4線)、「横須賀線」(1面2線)、「東海道線」(4面8線)、「京浜東北線」(1面2線)、「山手線」(1面2線)、そして「京浜急行本線(略して京急本線)」(2面3線)の計6路線(合わせて11本のプラットホームと21本の線路)が乗り入れる、大規模な駅の一つです。どの路線もものすごい過密ダイヤで運転をしていますが、京急本線は特に目まぐるしい動きをしています。


 1つめの動画です。こちらは、品川駅に到着した列車が北側にある留置線(引き上げ線ともいう)を利用して折り返す様子です。まず、列車は留置線に引き上げます。留置線に止まった車両は、動画の 0:40~1:04 の間、すなわち24秒で逆行を始めています。逆行を始めた40秒後にはプラットホームに到着し、利用者が乗車を始めています。しかも、さっき(動画の始めの方)にその車両が止まっていたホームには、すでに後続列車がやってきました。

 京浜急行は、最前列の運転席と最後列の運転席、すなわち列車の両端に1人づつ運転士が乗務する体制をとっています。折り返す際は、最後列に待機していた運転士が車両を発進させます。だから、あんなに素早く折り返し運転ができるのです。これは、戦前から行われていたそうです。


 次にこちらの動画ですが、京急品川駅が大渋滞を起こしている様子です。簡単にいえば、この動画の2:10に、画面奥より入線してくる列車が遅延をしたため、他の列車が留置線を使って折り返しをすることができなくなり、こんなに詰まったのです。

京急品川駅
 他人の動画ばかり挙げているのもあれなので、駅の配線図を付け足しておきます(「全国鉄道事情大研究:湘南篇」を参考)。赤色の扇が、上の2つの動画の撮影位置を示します。図の上の両端の路線が本線、中2本が留置線です。本線は品川から先は地下にもぐり、都営地下鉄浅草線と泉岳寺駅で合流します。そのまま浅草や千葉、成田空港などに繋がります。


 この2つの動画を投稿した人のマイリストがこちらになります。
http://www.nicovideo.jp/mylist/1183559
 この方は、京浜急行関連の面白い動画を順次投稿しています。他にもすごいのがたくさんありますよ。

 その方のブログがこちらになります。
http://hnzmn.dip.jp/~kq/
 ブログの方では、動画の解説が詳しく書かれています。

凄い駅 その3 京王線の京王新宿駅と調布駅と明大前駅

 今回は京王線の3駅を紹介します。実際は紹介する京王本線内の駅に限らず“京王本線全体”がこんな凄いダイヤになっちゃっていますが、自分が凄いと場当たり的に思ったのを紹介しているのでご了承ください。あと、動画は他人の撮影したものであって、自分が撮影したものではありませんよ。


 こちらは「調布駅」です。新宿方面に向けて、京王本線と京王相模原線が合流する駅ですが、この2路線の上り(新宿方面)列車が2本同時に駅に進入している映像です。すげえ!としか言えないです。コメントには踏切の閉鎖時間を短縮するために同時にしているとかあるのだが実際はどうだろう?この駅は3年後に地下化されるため、この平面交差の曲芸を見られるのもあと僅かだそうですのでお早めに。


 こちらは終点の「京王新宿駅」です。後発の列車が約23秒後に出発していますが、この区間は複線です。1方向に1本の線路しか使えません。
 「京王新宿駅」は上下線間をわたる分岐器(シーサスポイントといい、ターミナル駅には大抵見られる)が少し離れているため、とりあえずその部分まで後発列車を進めて前の列車との間隔を効率よく詰めるのが狙いだと推定されます。


 最後に「明大前駅」です。動画を見て、ものすごい混雑具合だと分かりますが、「明大前駅」は上の動画で紹介した「調布駅」と「京王新宿駅」の間に位置し、複線です。京王本線は新宿付近で2路線(京王本線と京王新線)に分かれます。また上の動画にあるように「調布駅」でも2路線(京王本線と京王相模原線)に分かれます。つまり「明大前駅」(+その区間の駅)は、“上下線どちらをみても”、2路線の列車が1路線の複線区間に集約しているのです。

 はっきりいって大都会の通勤電車は凄いです。これは京王本線に限らず、他の路線にもいえます。他にも探してみると色々ありそうです。

京急蒲田駅の立体交差化工事

 現在、東京などを走る京浜急行の「京急蒲田駅」の連続立体交差化工事が行われています。「京急蒲田駅」は本線と空港連絡線が分岐する重要な駅ですが、駅は平地に位置し、平面交差による支障、踏切による渋滞が問題化され、いまそれを解消するために立体交差化をしている真っ最中です。

kamata.gif
 こちらが完成図です(http://umichan.chat-jp.com/kamata/column/gaiyou.htmより)。2段式の高架橋で3階部分の高さは24m、プラットホームの長さは389m(湘南新宿ラインの15両編成の列車の長さは約300m)で、切り吹きホームに6両分、外側のホームに12両分の列車がそれぞれ縦列に停車できます(ようするに6+12=18両分の長さ)。この駅だけでなく、その周辺約6kmの区間も高架化されるそうです。

京急蒲田
 こちらが「京急蒲田駅」の位置です。赤枠で囲った場所です。羽田空港が近いです。

京急蒲田2
 こちらが拡大図です。番号は、以下の写真の撮影地点です。撮影日は平成20年(2008年)12月23日です(就活の合間に見学しました)。


PC230929.jpg
 品川方面を撮影。結構基礎部が出来ています。

PC230930.jpg
 ①と同じ場所で横浜方面(京急蒲田駅ホーム)を撮影。駅本体の上で工事がガンガン行われています。

PC230935.jpg
 問題とされている踏切です。このように交通の便が妨げられている現状です。この道は箱根駅伝のコースでもあり、駅伝を行う際は選手の妨げにならないように京急がダイヤを変更させ、選手達が踏み切りを停まらず通過できるように計らっています。

PC230939.jpg
 歩道橋より羽田空港側を撮影。高架橋が造られつつあります。凄い高さです。そして隣接する建物にものすごく迫っています。よく作ろうとするなあ、こんな所に。

PC230940.jpg
 建設中の駅本体です(写真左側)。現在はこの下に営業列車が走っています。

PC230941.jpg
 横浜方面を撮影。工事現場の真下を列車が普通に走っています。こちらもまた凄い所に造っています。

阪急甲陽線は、阪神電鉄に対抗するために造られた

 阪急甲陽線と言っても大多数の人は「何その路線?」と思うでしょう。実はこの路線、アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」でしょっちゅう登場している路線です。「西宮北口駅」より一駅西側の「夙川駅」から北に分岐して「甲陽園」に至る全長2.2kmの小さな支線です。走る列車もそう多いわけでなく(ラッシュ時は7分に1本くらい)単線で、列車は3両編成です。

阪急甲陽線
 地図の中心付近にあるのが阪急甲陽線です。ついでにハルヒたちのメッカでもある「西宮北口駅」と、あの「西宮北高校」の位置も記して置きました。東海道本線(神戸を境に東海道本線と山陽本線に別れているのだ)を介して北側に阪急電鉄が、南側に阪神電鉄の路線が通ります。

 阪急甲陽線は地図を見ても分かるとおり、非常に小さな路線で、本来ならば決して造られなかったはずの路線です。しかし、結果的に阪神電鉄に対抗するために造られました、対抗するためだけに造られたと言っても過言ではないでしょう。

 阪急電鉄と阪神電鉄は、電気店で例えればコジマとヤマダのような犬猿の仲的関係です。その発端の1つがこの阪急甲陽線建設であります。時は大正11年(1920年)、阪神電鉄は香露園(阪神本線の沿線)から北方に、更には阪急電鉄の路線(阪急神戸線)を乗り越えて現在の甲陽園付近(甲陽線の通るすぐ近く)にかけてトロリーバスを建設しようとしました。つまり、阪急電鉄の縄張りに阪神電鉄が乗り入れてくるのです。これに慌てた阪急電鉄は阪神電鉄に対抗するために急いでその地域に新路線、いわゆる阪急甲陽線の建設計画を立てました。当時は阪神電鉄のほうが建設許可の申請が早く有利な状態でしたが、阪神電鉄は路線の形をトロリーバスから電車へ変更させたことにより変更後の建設許可の申請が遅れ、結果的に阪急電鉄に軍配が上がりました。
 阪神電鉄と阪急電鉄の建設許可申請の時期の差は僅か1ヶ月、そして阪急電鉄が阪神電鉄よりも10ヶ月早く建設許可を受けました。建設許可を受けてから甲陽線が開業するまで僅か1年4ヶ月でした。この対立がなかったら決して建設されることのないはずであった甲陽線ですが、この地域は住宅密集地の割りに広い道路が少ないため、更に阪急神戸線に乗り換えることが出来るため、利用者は多いです。何事もどう転ぶか分からないものです。

 最後に、「涼宮ハルヒの憂鬱」で出てきた阪急甲陽線をちょっくら紹介します。以下の画像は、アニメのロケ地の撮影画像などを載せているサイトの1つ、神奈井総社@rNote(http://kanai.dw.land.to/location/)から引用しました。

haruhi86.png
 甲陽線の終着駅である「甲陽駅」です。西宮北高校の最寄り駅であります。繰り返しますが、地図で示されているように、鉄道駅としては最寄り駅であります。

haruhi88.png
 甲陽園駅の構内です。よく彼らが町へ出かけるのにここから阪急を利用します。

haruhi458.png
 「甲陽園駅」と「苦楽園口駅」の間にある踏切です。近くに長門のマンションがあります。さらに「夙川駅」方面へ行けばミクルが正体を明かしたあの公園です。

haruhi459.png
 上の画像と同じ踏み切りです。電車が阪急の色をしていますよ。唯一突っ込むべき所はアニメを見た感じでは列車の両数が5両以上あったんだよなあ、実際は3両編成だが。

凄い駅 その2 近鉄線大和西大寺駅

 今回は、近畿日本鉄道の主要駅の1つである「大和西大寺駅」について紹介します。「大和西大寺駅」は、近鉄京都線、奈良線、橿原線 と、3路線が集約する巨大なジャンクション駅です。しかも、全て平面交差(立体交差ではない)ので分岐器の数がすごく、非常に複雑です。駅構内だけでも分岐器の数は28もあるそうです。タモリのような鉄道(特に線路系)マニアにとってはたまらん駅でしょう。駅周辺の地理条件などから立体化するのが困難で当分はこのままだそうです。

大和西大寺

65_1.gif
 「大和西大寺駅」の位置です。ちょうど奈良市街地よりもちょっと西側です。西大寺ですからね。

http://bbs1.airbbs.net/sr3_bbss/3320haisenzu/63_1.gifに駅の配線図が載っていたので紹介します。鉄道の配線について語る掲示板にありました。すげ~、3路線に加えて車両基地まで平面交差です。ダイヤもかなり過密だそうです。


 そしてニコニコ動画にもうpされていました。平面交差だからこそ味わえる複雑な線路の重なり合いと列車同士のすれ違い、列車のクネクネ、分岐器を通過する「ガタガタン」という音がたまらないですね。立体交差には無いロマンがここにあります。

100年目を迎えた静岡鉄道静岡清水線

 本日は、静岡鉄道静岡清水線(現在の営業区間)が開業してからちょうど100年が経過しました。まずはおめでとうございます!!

 厳密に言えば本当の開業日は明治41年(1908年)5月18日ですが、そのとき開業した辻村(現在の新清水駅)~清水町(後の波止場駅)は既に廃止になりました。そして明治41年(1908年)12月9日に現在も現役バリバリで営業をしている「新静岡」~「新清水」の間11.0km、全線が開業したのです。
 静岡鉄道はかつて静岡市や清水市の都市部で路面電車、さらには静岡市より西側の藤枝や袋井のほうにも鉄道を持っていましたが、これらはどんどん廃止され、現在ではこの静岡清水線だけが残っています。静岡の都市部を走る唯一の私鉄ですね(山奥には大井川鉄道井川線があります)。自分にとっても非常に身近な存在(富山市民にとっての路面電車みたいなもの)で、一番初めに出会った鉄道です。現在も静岡と清水の間(厳密に言えば静岡市と清水市が合併したので静岡市内と表現すべきだが、未だに合併した間隔がないなあ)を5~6分おきの高頻度ダイヤで運転をしています。路面電車のような利用のしやすさと最高速度70km/hの速達性が持ち味です。利用者も多く、まだまだ十分に威力を発揮できる鉄道でしょう。これからもよりいっそうの活躍を願います。個人的には90km/h運転の実現(レールを90km/h運転に対応化させる必要がある)と急行の復活を望みます(物心ついたころに廃止されたから)。

800px-Shizutetsu1009.jpg
 静岡鉄道の車両写真ですWikipediaからの引用です。凄い身近な存在でありながら、自分のカメラで撮影したことがまだ無いです(←いいのかそれで)。実家に帰ったら自分で撮ろうかな。
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