阪急甲陽線は、阪神電鉄に対抗するために造られた

 阪急甲陽線と言っても大多数の人は「何その路線?」と思うでしょう。実はこの路線、アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」でしょっちゅう登場している路線です。「西宮北口駅」より一駅西側の「夙川駅」から北に分岐して「甲陽園」に至る全長2.2kmの小さな支線です。走る列車もそう多いわけでなく(ラッシュ時は7分に1本くらい)単線で、列車は3両編成です。

阪急甲陽線
 地図の中心付近にあるのが阪急甲陽線です。ついでにハルヒたちのメッカでもある「西宮北口駅」と、あの「西宮北高校」の位置も記して置きました。東海道本線(神戸を境に東海道本線と山陽本線に別れているのだ)を介して北側に阪急電鉄が、南側に阪神電鉄の路線が通ります。

 阪急甲陽線は地図を見ても分かるとおり、非常に小さな路線で、本来ならば決して造られなかったはずの路線です。しかし、結果的に阪神電鉄に対抗するために造られました、対抗するためだけに造られたと言っても過言ではないでしょう。

 阪急電鉄と阪神電鉄は、電気店で例えればコジマとヤマダのような犬猿の仲的関係です。その発端の1つがこの阪急甲陽線建設であります。時は大正11年(1920年)、阪神電鉄は香露園(阪神本線の沿線)から北方に、更には阪急電鉄の路線(阪急神戸線)を乗り越えて現在の甲陽園付近(甲陽線の通るすぐ近く)にかけてトロリーバスを建設しようとしました。つまり、阪急電鉄の縄張りに阪神電鉄が乗り入れてくるのです。これに慌てた阪急電鉄は阪神電鉄に対抗するために急いでその地域に新路線、いわゆる阪急甲陽線の建設計画を立てました。当時は阪神電鉄のほうが建設許可の申請が早く有利な状態でしたが、阪神電鉄は路線の形をトロリーバスから電車へ変更させたことにより変更後の建設許可の申請が遅れ、結果的に阪急電鉄に軍配が上がりました。
 阪神電鉄と阪急電鉄の建設許可申請の時期の差は僅か1ヶ月、そして阪急電鉄が阪神電鉄よりも10ヶ月早く建設許可を受けました。建設許可を受けてから甲陽線が開業するまで僅か1年4ヶ月でした。この対立がなかったら決して建設されることのないはずであった甲陽線ですが、この地域は住宅密集地の割りに広い道路が少ないため、更に阪急神戸線に乗り換えることが出来るため、利用者は多いです。何事もどう転ぶか分からないものです。

 最後に、「涼宮ハルヒの憂鬱」で出てきた阪急甲陽線をちょっくら紹介します。以下の画像は、アニメのロケ地の撮影画像などを載せているサイトの1つ、神奈井総社@rNote(http://kanai.dw.land.to/location/)から引用しました。

haruhi86.png
 甲陽線の終着駅である「甲陽駅」です。西宮北高校の最寄り駅であります。繰り返しますが、地図で示されているように、鉄道駅としては最寄り駅であります。

haruhi88.png
 甲陽園駅の構内です。よく彼らが町へ出かけるのにここから阪急を利用します。

haruhi458.png
 「甲陽園駅」と「苦楽園口駅」の間にある踏切です。近くに長門のマンションがあります。さらに「夙川駅」方面へ行けばミクルが正体を明かしたあの公園です。

haruhi459.png
 上の画像と同じ踏み切りです。電車が阪急の色をしていますよ。唯一突っ込むべき所はアニメを見た感じでは列車の両数が5両以上あったんだよなあ、実際は3両編成だが。
スポンサーサイト

会社説明会 2 その5 22時間東京の旅

 新宿での説明会も終わり、富山に戻ることに。過去3回は5時間ほどぶらぶらして夜行バスで7時間ほど揺られて寝ながら帰りましたが、これは疲れます。今回ばかりは3000円割高ですが、上越新幹線と特急はくたかを使って帰ることにしました。高い投資をするからには極力早めに帰ってやろうと目論み、16:10に説明会を終えた後16:42発の列車で新宿を出発して「大宮」まで行き、そこから上越新幹線とはくたかを使って20:48に富山へ到着しました。4時間で帰れました、感無量です。しかもはくたかは自由席がすいていたから2席使って横になって昼寝できたしなあ。昨日富山駅を出発してから戻ってくるまでの時間は実に21時間42分です。最速の東京旅行でした(しかも横浜まで行って)。そのうち電車で移動していた時間は約13時間30分でした。

 帰りは3000円余計にはたいて急いで帰りましたが、それで大正解でした。帰った次の日、以前やった分析結果の発表を明日やらねばならないことを知りその日は4ヶ月ぶりに学校に泊り込む羽目になってしまったので(てっきり、やらなくていいんじゃね?と都合よく解釈していた)。

会社説明会 2 その4 湘南新宿ラインで新宿へ

 1社目の説明会を終えた後はJR線(特に湘南新宿ライン)で次の会場である新宿へ行きました。この湘南新宿ラインは東京を通過して神奈川や埼玉方面を直通するいわば、関西地方の新快速みたいな役割を果たす列車です。色々な路線を渡り歩くので、景色の移り変わりが面白い列車ですよ(関空特急「はるか」みたい)。全てではありませんが、一部だけでも紹介しましょう。「横浜」~「新宿」の区間です。

PC230954.jpg
 「横浜」はしばらく東海道線や京浜東北線と並走します。ちなみにこの列車はしばらく「横須賀線」を走ります。成田エクスプレスとすれ違いました。

PC230957.jpg
 「川崎」の手前で東海道線と別れ、貨物線と並走します。これは貨物線を立体交差で乗り越えた後で、同じ高さになるように下っている最中です。

PC230960.jpg
 多摩川(東京都と神奈川県の境)の手前で貨物線は延長約10kmの地下トンネルに潜ります。それに代わり東海道新幹線(写真左側の線路)が4kmほど並びます。東海道新幹線建設の際、少しでも用地を確保しやすくするためにすでに存在していた「横須賀線」と並ぶように仕向けたのでしょう。珍しく新幹線車両とすれ違いませんでした。

PC230964.jpg
 地理的状況から、東海道新幹線と二段重ねになることもあります。上の路線が東海道新幹線です。

PC230965.jpg
 「大崎」の1kmほど手前に分岐点があります。右側が「新宿」、埼玉方面、左側が「東京」、千葉方面です。ぼくは右へ連れて行かれました。左上の高架橋は東海道新幹線です。

PC230967.jpg
 1kmほど進むと「大崎駅」構内です。ここで地下からりんかい線(写っていないが写真右側)が合流します。写真奥の十字交差している高架橋は東海道新幹線(高いほう)と先ほどの分岐点で左側へ分岐した路線(横須賀線)(低いほう)です。ようするにインターチェンジみたいなものです。さらに山手線と東京方面から直接入線する横須賀線も合流する、非常に複雑な駅ですよ、「大崎」は。

PC230968.jpg
 しばらくは山手線と並びます。

PC230970.jpg
 「原宿」を過ぎたあたりで、何やら変わったプラットホームが右手に見えます。これは、天皇陛下専用のお召し列車が発着する特別なプラットホームです。

 その後総武線や中央線が合流して「新宿」に到着です。これまで実に色々な路線にめぐり合いましたが、これでもごく一部しか見れていません。大都会の鉄道網は本当に凄いです。

会社説明会 2 その3 横浜にて

 その後は横浜市内で降り立ち会場へ向かいました。さすがに太平洋側は晴れています。なんか、現場の見学会を開いてくれた上に昼食まで御馳走してくれました。お金を節約したい者にとってはとてもありがたかったです。

PC230953_edited-2.jpg
 この駅で降り立ちました。横浜市内にありますが、真に受けて探さないでくださいね。

会社説明会 2 その2 赤い電車(京浜急行)で横浜へ

 折角東京まで行くのだから興味のある会社以外にもう1社見に行きました。場所は横浜です。説明会の時間まで結構余裕があるので新宿で荷物を預けた後は蒲田までいき、その近くの「京急蒲田」から京浜急行に乗っていくことにしました。これでも目的地へはちゃんといけます。「京急蒲田」はただいま高架化工事を行っていますが、長くなるのでいずれ別の記事で紹介しましょう。
 京浜急行はJRよりもカーブと起伏に富み、乗っていて新鮮味を感じる路線です。あのモーター音も特徴です。そして加速力と最高速度が半端じゃないです。明らかにJR車両より速いのがわかりますよ。

PC230949.jpg
 特急の2100系です。あのモーター音を発します。タモリ倶楽部曰く「雨の日は車輪の滑る音がモーター音に混じって風情がある」、そうです。番組ではみんな床に耳をつけて音を聞いていました。ちなみに京浜急行の特急は乗車料金だけで乗れ、これもまたJRより安いです。

PC230950.jpg
 途中で各駅停車に乗り換えました。こちらは旧型車であのモーター音を発しません。

PC230947.jpg
 横浜付近でJRと並走します。このあとJR車両を堂々と追い抜きました。

PC230946.jpg
 珍しい光景に出会いました。何が珍しいかといいますと、橋の上に分岐器があることがです。これ、中々見れないものらしいですよ。場所は「京急川崎駅」の東京側の橋です。

会社説明会 2 その1 乗り慣れてきた夜行列車

 12月に入り記事の更新速度が増してきたが、就職活動をネタに日記を増量しているからです。日記の更新が増えた分、最近は新幹線や鉄道関連の記事が若干減った気がしますが、年末年始にかけて他の記事も書きたいので、来年に持ち越しになりそうです。
 ここ1ヶ月(正式には11月17日~12月23日)で4回も東京に行くことになってしまった。そして急行「能登」も4回目です。8日に1回は東京に行ってるなあ。特に今週は12月16日夜~18日早朝(東京)、20日朝~21日夜(学業関連で福井)、22日夜~23日夜(東京)と、富山大学某教授並のハードスケジュールでした。回を重ねるごとに急行「能登」での眠り方が上達して次の日に寝覚めがよくなるのがわかります。席4つを駆使してうまく腰や頭が中に浮かないようにして上着を羽織、厚いシャツを枕にして寝るのがいいです。毎度の事ながら新幹線や飛行機を使いたいと思っているがお金がなあ。

PC230926.jpg
 上野駅にて寝台特急「北陸」が急行「能登」到着の8分後に入線しました。22:00頃に金沢駅へ行くと、「能登」と「北陸」が並んで停車している光景が見られるのだが、残念なことにまだその姿を写真に収めてないのですよ。写真を撮っている人が15人ほど(合計の人数ではなく、その瞬間に居合わせた人数)いました。数少ないブルートレインですからな。

また1つ消えゆくブルートレイン


東京駅発ブルトレ全廃へ=来年3月、半世紀の歴史に幕-JR東
12月19日18時6分配信 時事通信

 東京駅発のブルートレインが来年3月に姿を消す-。寝台特急「はやぶさ」(東京~熊本)と「富士」(東京~大分)が、JR各社の来年3月14日のダイヤ改正で廃止されることが19日、分かった。東京駅発のブルトレは全廃され、半世紀の歴史に幕が下りる。
 JR東日本などによると、新幹線や航空機との競争で、昨年度の乗車率が約4割(定員各160人)となるなど利用が低迷。客車も平均で32年経過し、老朽化が進んでいた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081219-00000147-jij-soci

 これで日本に残るブルートレインは、「北斗星」(上野~札幌:1往復)、「あけぼの」、(上野~青森:1往復)、日本海(大阪~青森:1往復)、「北陸」(上野~金沢:1往復)の4つになります(“ブルートレイン”ではない寝台列車は他にもある)。物心が付いた十数年前はこの3倍以上の量のブルートレインが走っていたので、凄い減り様です。また、乗車券+510円で乗れる「ムーンライトながら」や「ムーンライトえちご」も期間限定運転になるとか。いずれにせよ減るのは寂しいです。寝台列車は寝台列車の魅力がありますからね。

 鉄道評論家の川島領三曰く、「寝台列車は宿ではないのに1夜をあかせ(特に急行とかは宿代がうく)、現地に早朝に着くから時間を有効に使え、酒を飲んでも大丈夫な、非常に有効な列車である」だそうです。この人の本には「北斗星」を小樽や旭川、更には網走方面へ延長させるべきとか、東京ディズニーランド~ユニバーサルスタジオジャパンの間に寝台列車を運転させるべき、という案が書かれておりました。

会社説明会 1 その6 都会人が羨ましいわい

 ひととおりぶらぶらしたあと、またまた22:40発の夜行バスに乗り東京を出ました。そして6:00に富山着です。やはりリクライニングはよほどの睡魔に襲われない限り、簡単に眠れません。予想通り帰ったその日は体が重かったです。マジで飛行機や新幹線を使って前日の夜に帰りたいけど、お金があ~~!!
 関東圏に住んでいる人が羨ましくなってしまいます。日帰りで説明会に行きたい放題ですからなあ。こちとら金と体力を余計に削いでいるっちゅうのに。説明会って金と体力と時間を使う割にはちょっと出向ける数が足りないなあという物足りなさに悩みます。僕はこれでいいのでしょうか、と。
 あと、ブログに結構就職活動について書いているけど、こんだけ書けるのも今のうちかもしれません。憂鬱になったら就活関連の記事を書く気にならないかもしれないからなあ。

会社説明会 1 その5 今回のお土産

PC170915_convert_20081218215459.jpg
 はわわ、ヘンタイさんがいます!!左から若本規夫(穴子さん、ほか)、秋本羊介(大佐、ほか)、檜山修之(勇者王、ほか)だそうです。男声優が豪華すぎるよ。

PC180918_convert_20081218211958.jpg 
 ほんでもって今回のお土産です。東京駅に有りました。ネタとして一発決断で買いました。本当にこういう漫画雑誌がありそうですが、お菓子の箱です。学生部屋に持っていったら、まあまあ受けました(引いてはいない)。うちの講座の長も、「なんだ!これは」という反応をしたそうな。

PC180917_convert_20081218212109.jpg
 表はこんな感じです。もろ漫画雑誌です。値段650円、毎月32日発売、今年の第60号だってさ。製造会社は「麻生太郎まんじゅう」と同じ大藤(だいとう)株式会社でした。表紙に麻生太郎の絵があることからもわかります。

会社説明会 1 その4 旧新橋駅

 空いた時間を使って近くの「旧新橋駅」へ行って来ました。「旧新橋駅」は現在の「新橋駅」より海側(大体500m強)に位置し、現在の汐留にあたります(←映画でコナンと怪盗キッドが空中戦をやらかした場所)。
 この「旧新橋駅」は、日本の鉄道の発祥の地であります。明治5年(1872年)に「新橋」~「横浜」(現在の桜木町)が開通しましたが、これが日本初の鉄道です。現在は今の位置に移動されて廃駅となりましたが、汐留シオサイト建設前に発掘が調査が行われ、駅舎が復元されました。

PB300820.jpg
 「旧新橋駅」の全体の様子です。7,8年前はビルの全くない場所でした。22年ほど前まで貨物駅でそれが廃止になった後発掘調査が行われ、その後再開発でこうなりました。

PC170910_convert_20081218213059.jpg
 写真正面の方向が「横浜駅」方面です。すなわち、終点側から駅舎を見ています。

PC170907_convert_20081218213409.jpg
 外には旧駅舎の土台がそのまま展示されてあります。

PC170905_convert_20081218214201.jpg
 駅舎内からも当時の土台を見ることができました。説明によると、伊豆の変成岩を使っているみたいです。

PC170908_convert_20081218213604.jpg
 駅舎の反対側からの撮影です。ステージみたいになっているのは当時のプラットホームを模して作ってあります。当時は2つの線路が並んでいました。

PC170909_convert_20081218213807.jpg
 再び「横浜駅」方面をのぞみます。ビルに突入する感じになっていますね。
 
PC170914_convert_20081218214952.jpg
 現在の「新橋駅」にの駅前広場にはSL(C11)が展示してありました。

会社説明会 1 その3 説明会

 そんなこんなで2社行って来ました。1つは何となく興味を持って選んだもの、もう1つは折角東京まで来たのでついでに選んだものです。約2時間ずつでした。こういう頃って、会社側も学生をお客さん扱いしていますね。就職活動を経験した人にとっては常識かもしれませんが、こんなに歓迎されていいの?と思ってしまいます。どうやらお客さん扱いされるのは説明会のときだけで、面接の時になって態度が豹変して何か騙されたという錯覚に陥りそうな予感が…これも身をもって体験しないと実感沸かないだろうけど、これから怖いなあ。そして選んだ会社(説明会の段階)は本当に間違っていないかと半信半疑です。いずれはどこかへいく羽目になりますが(そうならねば)、僕はこれでいいのだろうかと考えてしまいますなあ。“正解”がないですから。

会社説明会 1 その2 築地市場

 いつもの事ながら夜行急行「能登」で6:05上野到着です。今回はなるべく上手い姿勢で丸まって横になって寝たので、前回よりはすっきりしているかも(と思いたい)。説明会は10:00からで、お約束どおりしばらく暇です。友達に勧められた築地市場の定食屋へ行きました。

PC170900_convert_20081218212324.jpg
 6:50の築地市場の様子です。歩いている観光客のすぐ横を専用の乗り物がかすめ、買出しに来ている人が早足で抜けていきます。ぼーっと突っ立っていたら怒られそうです。

PC170901_convert_20081218212452.jpg
 こちらが朝ごはんです。豪華です、そしてまいう~でした。やっぱり新鮮なものは違いますね。そしてこれが本旅で最後に味わった名物料理です。


会社説明会 1 その1 行き帰りがめんどい

 スタート的な合同説明会もそろそろ終盤で、各会社の説明会が始まってきました。てなわけで行ってきたのですが、場所は東京です。まあ、富山より遠い人には申し訳ないのですが、富山もそれなりに東京から遠いですよ。それなりに安く行くには夜行列車や夜行バスで眠たい思いをするか、ものすごく計画を立てて随分前から飛行機の予約をするしかないのでね。
 あと、1日に回れる説明会はせいぜい2社?多くても3社?くらいだろうから、時間と特に金をかけてまで出向いていいのかなあ?という後ろ髪を引かれる思いになることがしばしば出てしまう今日この頃ですわ。それでも言って見ないと始まらないししかたないですね。
 学割が無制限に使えたら(学生証を見せるだけで学割にしてくれるなら)片道くらいは「はくたか」と上越新幹線を使って3時間ちょっとで移動してもいいんだが。
 今の心理状態で言えば、就職活動(特に企業研究)が7割、現実逃避と気晴らしが3割くらいですな。面接の時期になったらそんな悠長なことを言ってられなさそうですがね。

凄い駅 その2 近鉄線大和西大寺駅

 今回は、近畿日本鉄道の主要駅の1つである「大和西大寺駅」について紹介します。「大和西大寺駅」は、近鉄京都線、奈良線、橿原線 と、3路線が集約する巨大なジャンクション駅です。しかも、全て平面交差(立体交差ではない)ので分岐器の数がすごく、非常に複雑です。駅構内だけでも分岐器の数は28もあるそうです。タモリのような鉄道(特に線路系)マニアにとってはたまらん駅でしょう。駅周辺の地理条件などから立体化するのが困難で当分はこのままだそうです。

大和西大寺

65_1.gif
 「大和西大寺駅」の位置です。ちょうど奈良市街地よりもちょっと西側です。西大寺ですからね。

http://bbs1.airbbs.net/sr3_bbss/3320haisenzu/63_1.gifに駅の配線図が載っていたので紹介します。鉄道の配線について語る掲示板にありました。すげ~、3路線に加えて車両基地まで平面交差です。ダイヤもかなり過密だそうです。


 そしてニコニコ動画にもうpされていました。平面交差だからこそ味わえる複雑な線路の重なり合いと列車同士のすれ違い、列車のクネクネ、分岐器を通過する「ガタガタン」という音がたまらないですね。立体交差には無いロマンがここにあります。

新しいパソコンを買いました

 大学に入学してから4年半、入学時に購入したパソコンを使い続けましたが、遂に新しいパソコンを購入しました。1年以上前から友達などに「そろそろ変えたほうがいいよ」と言われ続け、何かをやるのには非常に腰の重い僕は、値段を理由に、や使い続けているパソコンを利用するという名目でずっと同じのを使い続けまてしまいました。しかし、今まで腰が重かった割には今秋の日曜日にずいぶんほいほいと購入しちゃいました。今まで動かなかったのは一体何だったんだというくらいに。パソコンに詳しい友達に付き添ってもらい、車持ちの友達にも送ってもらい、ヤマダ電機とコジマの2店を回ってある程度の吟味。自分の知識では「メモリ」と「保存容量」と「値段」でしか判断できなかったので、いろいろ友達に助言をもらい、約1時間後に決定。ある程度は吟味、すなわち判断をして、最後は意識の半分以上をノリや勢いに任せての決断です。まあ、最後の決断はノリと勢いがものをいいますな。
 今回購入したパソコンは今年の夏に生産されたものでCPUは2.26G、メモリは2GB(今までのパソコンは256MB)、保存容量は250GB(今までのパソコンは40GB)。改めて振り返るとすごい差だ…。5年近く前は今まで使用していたパソコンが普通に通用したのに今はこれが常識かぁ!今はメモリが1GBでも十分通用するけど、「数年後を見越して2GBにしたほうがいい」という友達の助言でこれを購入。
 今は12月で在庫売り尽くしセールの真っ最中(自分は全く考えていなかった)で、定価17万円のものが12万円になっていたので、これでよかったのでしょう。パソコンの数が豊富なコジマで買いましたが、コジマは中々人間的に温かみのある店でありました。パソコン自体はコジマ独特のデザインで、表面が赤く、「シャア」じゃね?と言われそうだ。早速家に帰って友達にいろいろ便利な設定をしてもらって試運転をしましたが、ものすごいタガの外れようです。これがパソコンの真の動きなのかと思いました。とにかく感無量です。もちろん今まで使用したパソコンも今後は“私的”な利用を卓越させて動く限り使わせていただきます。パソコンすげえ。

ありがとう さようなら 0系

 昨日の12月14日をもって0系の営業運転が完全に終了しました。44年間本当にお疲れ様です。そして今までありがとうございました。

 最後に超特急(ひかり号のこと)として沿線の人に見送られながら、見事にその使命を果して引退です。
 では、昨日の記事を載せます。

0系さよなら 引退式に1600人 博多駅
12月15日14時35分配信 西日本新聞

 11月末で定期運転を終えた初代新幹線「0系」の引退式典が14日、JR博多駅であった。12月に入り3日間だけの「さよなら運転」の最終日で約1600人のファンが集まり、夢の超特急として昭和の高度経済成長を象徴した「団子っ鼻」に最後の別れを告げた。

 さよなら運転は、1999年以降各駅停車の「こだま」として運行されてきた0系を「ひかり」として復活させる企画。

 「さよなら」と語呂合わせの最終列車「ひかり347号」は午後2時56分、約2800人が詰め掛けた新大阪駅を出発。同6時1分、別れを惜しむかのような雨にぬれた0系が博多駅のホームに姿を現すと、報道陣や鉄道ファンのカメラのフラッシュが瞬いた。

 JR西日本の山崎正夫社長は「0系、本当にありがとう。ご苦労さまでした」とあいさつ。運転士が、歴代新幹線で唯一取り外し式のハンドルを山崎社長に手渡した。

 0系は山陽新幹線博多開業時(75年)の博多駅長住野順一郎さん(85)らの出発合図で車両庫へ発車。「ありがとう」の叫び声や拍手に包まれて、夕闇に消えていった。

=2008/12/15付 西日本新聞夕刊=
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081215-00000008-nnp-l40

20081214-00000016-maip-soci-view-000.jpg
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081214-00000016-maip-soci.view-000



 こちらは新山口駅の様子です。新山口駅では「ひかり」として最後の運転をする0系が、すでに「こだま」として第二の人生を送っている500系車両を追い抜くという光景が見られたそうです。最後にやってくれました。500系は0系引退後に後釜として「こだま」に差し替えられます。

新幹線が無かったらどうなっていたのか?という想像(新幹線不在仮定)

 もしも今、日本に新幹線が走っていなかったら、どうなっていたのか?ということを考えるのを、「新幹線不在仮定」といいます。これは、今の日本の経済、交通状況を基準にしてそのとき新幹線という輸送手段が無かったら…という設定で考察しています。なので、仮に新幹線が無くても考えの及ばない方向に日本が発展していた可能性も無いわけではないので、これだけ今の日本社会に新幹線が関わっているんだという目安としてご覧ください。
 ちなみに、以下の黒文字の文章は、Wikipediaのコピペそのまんまです。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9A%E4%B8%8D%E5%9C%A8%E4%BB%AE%E5%AE%9Aより)

仮定の背景
 1964年10月に東海道新幹線が開業したことで、日本は高速鉄道という大量の乗客を素早くかつ定時に運ぶ手段を手にしたわけであるが、この建設時には欧米において既に鉄道が斜陽化していたことから、これからは日本でも自動車と航空機の時代になるとして、反対が強かった。「世界三大馬鹿」の一つになると評する者まで現れるほどだったのである。

 そのため、東海道新幹線が開業してこれが大きな成功を収め、諸外国でも高速鉄道への再評価がなされたこと(フランスにおけるTGVなど)から、鉄道の優位性を示すために、「もし東海道新幹線が開業しなかった場合の仮定」というのが考え出されるようになった。この仮定は、同新幹線の輸送力の大きさを指し示すためにも用いられた。

山之内秀一郎(JR東日本元会長)の仮定
「新幹線がなかったら」(東京新聞出版局 ISBN 978-4-8083-0658-8)

東海道本線の列車は、当時はまだ航空機との運賃格差が大きかったから利用されていたが、これが縮まれば航空機に移行するだろう。
東海道新幹線の客を全て航空機で運ぶ場合、現状で世界一を誇る東京~札幌間の9倍もの客が、東京~大阪間に集中することになる。
バスで同様に全ての客を運ぶ場合、40人乗りなら10秒間隔に発車させなければならない。
1998年のイギリスの雑誌「エコノミスト」によれば、新幹線が自動車での移動にすべて代替されたとするなら、交通事故による死者は毎年1800人増加、負傷者は10000人増加しただろう。
日本の高度経済成長は、不可能であったかもしれない。

川島令三(鉄道評論家)の仮定
「鉄道再生論」(中央書院 ISBN 978-4-88732-125-0)

東海道本線は衰退し、都市部を除いて鉄道は高速道路と航空路に取って代わられる。
高速道路は慢性渋滞し、空路も常に満席となって社会問題となる。
空港は羽田、成田、関空、伊丹の他、関東では厚木や横田や立川など、関西では淡路島や琵琶湖辺りにも出来て、日本中が空港だらけになる。
高速道路は東京大阪間に現状より3・4本は多く造られ、最高時速200km/hの道路も出来るだろう。
以上より排気ガスや振動の公害は、新幹線のそれとは比較にならないほど深刻になる。
また交通事故も当然ながら交通量の増える分多発し、航空機でもいくらか事故が起こるであろうから、毎年1万人以上の死者が出る事は予想される(参考までに東京(羽田)~大阪(伊丹)を飛んでいた航空機が墜落した1985年の日本航空123便墜落事故では、520名もの死者数を記録している。これは航空単独事故では史上最悪の死者数である。それに対して新幹線は1995年に三島駅乗客転落事故が起きているものの、(自殺、病気などと乗客のミスなどを除いた列車もしくは乗務員が犯したミスのみは)「開業以来、車内の乗客の死亡者ゼロ」という記録を持っている。

名言集 その20

 このシリーズも20回目です。長いなあ。発言者が偏っていると思いますが、自分の偏った知識と認識で載せているので大目に見てくださいね。こういうのを載せていると、感動したり心苦しくなったりしますね。

今の日本にあるのは汚い金と燃えないゴミくらいだ
外の人達は心が空っぽだから、物で補っているのよ

(ケン、チャコ:クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲)
 クレヨンしんちゃんの映画はあまり見ていないが、こいつは名作です。映画に登場する全ての人物に共感できます。この言葉には今の日本のことが色々と説明しきれないくらい込められていますな。

働くことの喜びを知りなさい
(野比のび助:ドラえもん)
 「働きなさい」ではなく「その喜びを知りなさい」か。確かこれはのび太がパパに「お駄賃を毎日稼いでプラモを買うよりも今直ぐにプラモ代全額欲しい」と言ったときにのび太へ放った台詞です。パパは偉大だ、こういうのは成人すると分かり始めるんだよなあ。

敵と戦う時間は短い、自分との戦いこそが明暗を分ける
(王貞治:元プロ野球選手)
 確かに本番と比べたらその準備をするほうが圧倒的に長いです。自分自身って本当に厄介だ。

塩の辛さ、砂糖の甘さは学問では理解できない。だが、なめてみればすぐ分かる
(松下幸之助:松下電器産業創業者)
 頭では分からなくても行動すれば分かるという、非常に分かりやすい例です。頭で考えることと実際にやることって何であんなに違うのだろうか。

命は宝である。しかし悪用することも出来るし、持ち腐れにもなりうる
(太郎:太郎の部屋の管理人)

 こんなことを発言する資格があるか極めて怪しい僕ですが、載せました。悪用しないのは言うまでも無く、特に持ち腐れにならないように、持ち腐れになってしまったと思わないように過ごしましょう。

100年目を迎えた静岡鉄道静岡清水線

 本日は、静岡鉄道静岡清水線(現在の営業区間)が開業してからちょうど100年が経過しました。まずはおめでとうございます!!

 厳密に言えば本当の開業日は明治41年(1908年)5月18日ですが、そのとき開業した辻村(現在の新清水駅)~清水町(後の波止場駅)は既に廃止になりました。そして明治41年(1908年)12月9日に現在も現役バリバリで営業をしている「新静岡」~「新清水」の間11.0km、全線が開業したのです。
 静岡鉄道はかつて静岡市や清水市の都市部で路面電車、さらには静岡市より西側の藤枝や袋井のほうにも鉄道を持っていましたが、これらはどんどん廃止され、現在ではこの静岡清水線だけが残っています。静岡の都市部を走る唯一の私鉄ですね(山奥には大井川鉄道井川線があります)。自分にとっても非常に身近な存在(富山市民にとっての路面電車みたいなもの)で、一番初めに出会った鉄道です。現在も静岡と清水の間(厳密に言えば静岡市と清水市が合併したので静岡市内と表現すべきだが、未だに合併した間隔がないなあ)を5~6分おきの高頻度ダイヤで運転をしています。路面電車のような利用のしやすさと最高速度70km/hの速達性が持ち味です。利用者も多く、まだまだ十分に威力を発揮できる鉄道でしょう。これからもよりいっそうの活躍を願います。個人的には90km/h運転の実現(レールを90km/h運転に対応化させる必要がある)と急行の復活を望みます(物心ついたころに廃止されたから)。

800px-Shizutetsu1009.jpg
 静岡鉄道の車両写真ですWikipediaからの引用です。凄い身近な存在でありながら、自分のカメラで撮影したことがまだ無いです(←いいのかそれで)。実家に帰ったら自分で撮ろうかな。

妥協じゃないよ、妥当な対応なんだからね

 昨日はいい天気だったけど、その分凄い冷えました。夜なんか寝るときは特に。いつも通りの服装で寝たけど、今日は風呂から出て士官が立った分からだが冷えてまともに寝れなかったので、長袖長ズボンの服を着たらかなり快適に。それなりに対応することは大事ですなあ。

0系「ひかり」のさよなら運転が始まりました

「0系」さよなら運転 最後の雄姿見に来て 6日と13、14日に臨時便
12月6日7時7分配信 西日本新聞

定期運転を終えた初代新幹線「0系」のさよなら運転が6日に始まる。1999年以降は各駅停車の「こだま」として山陽新幹線新大阪‐博多間で運行されてきた0系を「ひかり」として復活させる引退記念企画で、6、13、14日に計6本を臨時運行。全2400席の乗車券は完売しているが、最後の雄姿を見ようと博多、小倉両駅はファンでにぎわいそうだ。
 JR西日本によると、最終便が走る14日は午後5時50分から博多駅14番ホームでさよなら式典が開かれる。
 臨時便の博多発着は次の通り。小倉発着はそれぞれ20分前後となる。

 6日 347号(午後6時1分着)▽13日 356号(午前10時12分発)、355号(午後4時半着)、347号(午後6時1分着)▽14日 340号(午前8時6分発)、347号(午後6時1分着)
=2008/12/06付 西日本新聞朝刊=

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081206-00000008-nnp-l40

 昨日から0系は「ひかり号」としてのさよなら運転を開始しました。「ひかり号」としての運転は実に6年ぶりです。下り列車は新大阪~博多を3時間5分で結び、途中の停車駅は「岡山」、「広島」、「小倉」の3駅で、これは0系ひかりが全盛期だった頃のダイヤと全く同じです。

01601409.jpg
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0001601408.shtmlより。新神戸駅の写真です。これは通過写真であります。現在では「のぞみ」も含めて全列車が停車していますが、0系はあの頃の姿で走り抜けます。


 こちらもまた、新神戸駅の動画です。
(http://jp.youtube.com/watch?v=H_eNzah7e-w)

のび太がしずかちゃんに起こした事件を挙げてみます

 ドラえもんの面白さの1つに、正しく使えば便利なのに変な使い方をして事件時発展してしまうというものがあります。自分の記憶を頼りにのび太がしずかちゃんを巻き込んだ事件を3つ挙げてみました。

「イメージベレー」のお話
 「イメージベレー」といえば、かぶって頭の中に思い浮かべたものがそのものの形(ぬいぐるみ)となってでてくる道具です。
 のび太はそれをしずかちゃんに見せに行き彼女の家へお邪魔。彼女の部屋でそのベレーをかぶってしりとりをして色んなものを出そうと提案しました(←おもしろいのかなぁ?)。しかししりとりの過程でのび太出したのは「パンツ」とか「うんこ」でしずかちゃんに嫌がられます。次こそはまともなものを出そうと心に誓い、「く」で始まる言葉をいうことになりました。そしてのび太は「くじら」を出しました、人んちの部屋で。気付いたときには手遅れでしずかちゃんの部屋はくじらのぬいぐるみで埋まり、さらにそれが窓や扉を貫通してしまいました。うろたえたのび太は「しずかちゃん、これみんなあげる~(「パンツ」や「うんこ」のぬいぐるみも)」と言って退散しました。
 
「エネルギー節約気球」のお話
 「エネルギー節約気球」といえば、ライターの火のような小さなエネルギー源で空を飛ぶことの出来る気球です。そういえば、どこかの大学入試の問題で「エネルギー節約気球などが実現可能か否か」という問題が出されていましたね。
 しずかちゃんと2人きりで気球に乗って調子にのったのび太は、どんどん遠くへ行きます。しかし海のど真ん中でライターの燃料が切れて鮫の泳いでいる海へ不時着しそうになりました。そこでライターの残り火を使って自分達の服を燃やし続けかろうじて東京へ戻ることが出来ましたが、そのとき既に2人はスッポンポンでした。しずかちゃんはともかく、のび太は“月とスッポンポン”です。もちろんしずかちゃんは激怒していました。

「そっくり風船」のお話
 「そっくり風船」といえば、その風船が膨らました本人と同じ姿(コピーロボット)になり、さらに本人と同じ動きをする道具です。
 のび太は自分の姿にしたそれを外出させました(本人は家の中で足踏みしながら操作」)。そこへのび太に尿意が!慌ててトイレへ行きましたが、そのとき外にいた風船(のび太のコピーロボット)はしずかちゃんに出くわしていたのです。つまりしずかちゃんの立場から見れば、のび太が自分のところに走り寄ってきて目の前で立ち止まり、チャックを開いて…。近くにはスネ夫もいました。もう完璧な誤解発生です。僕が見た記憶の中ではドラえもん史上最強のオチでしょう。

 とまあ、これだけを見ればよく2人は結婚したなあと思ってしまいます。まあ、これだけの修羅場を越えるような絆が2人にはあったのでしょうね。しずかちゃんのパパ曰く、「彼は人の幸福と不幸を分かち合える思いやりのある人だ」、ジャイアン曰く、「俺、何故しずかちゃんがお前を選んだのか分かった気がするぜ」という声があるように。

凄い駅 その1 名鉄名古屋駅

 何かシリーズ化できそうなので時々載せようと思います。とはいってもどこかで投稿されている動画をただ載せて紹介するだけですが、気にしない気にしない。

 私鉄である名古屋鉄道の名鉄名古屋駅の通勤ラッシュを撮影した動画がありました。
 平均運転間隔は2分でまあ、大都会の通勤電車ではよくある(それでも最も過密な領域)ダイヤですが、この駅の凄い所は、こんな大都会の過密ダイヤを実行しているのにもかかわらず、駅構内の線路が上下線それぞれで1本づつしかないことです。また、行き先、車種(快速とか特急とかの区別)も様々です。さらに、車両の数も各列車異なり停止位置も違います。1~3分間隔で多種多様な列車が次々にピストン発着するため、駅の構内案内は自動ではなく、駅員の肉声に頼らざる終えないそうです。それでも利用者は訓練されているんだよなあ。


就活の始まり3 2日目 その4 中々眠れなかった帰り…

 本屋巡りをした後はJRバスで富山に戻りました。JRバスは鉄道と異なり、学生証を見せるだけで学割を適用してくれます。厳密に言えば、みどりの窓口で支払いをする場合は学割証明書が必要で、JRバス専用窓口で支払いをすれば学生証を見せるだけで住むのです。安くするつもりでバスに乗りましたが、疲れているのに意外と寝つきが悪かったです。運行する6時間中4時間しか寝てないかも。リクライニングは快適だけど、「能登」と違って思いっきり寝る体制を変えられないからかも。そして次の日はとっても眠たく過ごしましたとさ。

就活の始まり3 2日目 その3 鉄道乗り回しと本屋巡り

 会場が閉幕したのは17:30、バスの出発が22:40、とても暇です。しかし、こんな時間に観光地は開いていません。遊園地などの娯楽施設は開いていますが、1人で行くのは罰ゲームであってもきついものです。そんなわけで考えられるのはいつも通りの鉄道乗り回しと本屋めぐりです。本来なら綿密に計画を立てるほうが有意義に自由時間を楽しめるけど、東京へ行く目的はそれじゃあないからなあ、中々たてる時間もないわ。


PC010850.jpg
まずはゆりかもめに。ゆりかもめは、平成16年(2004年)に有明~豊洲が開通しました。勝どきまで更に延伸する計画もあり、豊洲駅の端は曲がりながら行き止まりになっています。また、駅の放送は各駅それぞれ16人の声優で行っています。豊洲駅の案内音声は、保志総一郎です。そして探してみたらこんな動画がありました。



PC010855.jpg
 こちらは有楽町線の豊洲駅です。今年開通した副都心線の渋谷駅のように、内側の線路2対分のスペースがありますが、線路は設置されていません。実はこれは、有楽町線の分岐線(亀有方面)のためのスペースですが、それについてはまた別の話で。


PC010862.jpg
 京葉線です。僕は、“形容詞”よりも先に“京葉線”という単語を知った男です。実はこの京葉線、一部の区間は元々“成田新幹線”建設のための用地として確保されていました。それについてもまた別の話で。

就活の始まり3 2日目 その2 ブース巡り

 ぶっちゃけ昨日と同じです。書くことは特に変わりありませんが、多くの企業が終結しているのであまりひとつの分野に絞られすぎないようにブースを見て回るのに気を使いました。こういうとき、ある程度の範囲の企業を複数見てそれぞれを比べたいという思いと、広い範囲で様々な企業を回りたいという思いが交錯します。人にもよりますが、守備範囲が狭すぎず、だからといって何でもかんでも考えずにてきとーに回りすぎもせず(まあ、この時期は後者のほうがまだいいかも)で行ったほうが妥当なのかなあ?どうせどういうペースで回ってもこれという正解は無いでしょう。こればっかは自分と相談して尚且つ巡り合える運も多少入らざる終えないので、とにかく今月は色々見ることに尽きるでしょうな。

就活の始まり3 2日目 その1 のんびり来場

 昨日の眠くて時間をもてあましすぎた開場前とは異なり、今日はのんびり起きて会場へ。やはり雑魚寝としっかり寝るのでは基礎気力が違います。りんかい線で直接行ったのだが、早起きしていたらレインボーブリッヂの遊歩道を歩けたのに、と思ってしまった。
 りんかい線は私鉄だけど、大概の駅の発射メロディはJR東日本のもので、結構馴染みのあるものです。そのなかで、「東京テレポート駅」の発射メロディは「踊る大捜査線」のBGM風になっています。

就活の始まり3 1日目 その5 りんかい線で退散

 本当に規模がでかかったです。さすが大企業ですわ。主に運輸・建設土木・工場系を見ていきましたが、世の中には本当に色々な企業があるものです。(今だから思えるが)合否を無視して考えればこりゃあ迷うわ。
 その後はりんかい線に乗って五反田のホテルへ直行しました。寄るどこかへ遊びに行きたいのですが、流石に疲れたので自重自重、明日もあるしなあ。

PB300842.jpg
 こちらがりんかい線です。もともと貨物列車として作られた線路を改良、更には必要箇所を新設して現在の旅客鉄道に仕上げた路線です。これもまたお盆と大晦日にオタ達で込み合う列車です。らき☆すたでも確か活躍していた気が。

就活の始まり3 1日目 その4 こんなものが

 会場の自動販売機にはこんな商品が…!!

PC010845.jpg
 水らしいです。商品名は「Comic Water」で、150円と高めですが、買う奴は買うでしょう(流石に買わなかったよ)。見たところほとんどの自動販売機にこのように設置されているようです。自分にも羞恥心があったので、物陰から望遠レンズを駆使してこっそり撮影しました。

PB300837.jpg
 折角なのでちょっと拡大。だれでしょうねえ?こういうのに詳しい友人に聞いてもよく分かりませんでしたが、その友人曰く米の「あきたこまち」の袋(パッケージ)に描かれている(最近)萌えキャラの絵を描いた人だと。

l_ge_moe22_0924_01.jpg
 こちらが「あきたこまち」の袋の絵(http://plusd.itmedia.co.jp/games/articles/0809/24/news108.html)ですが、確かに似てますねえ。このサイトの記事にはこう書いてあります。

 新米が店頭に並びだすこの季節に、秋田県羽後町のJAうごが、美少女キャラクターをパッケージイラストに使用した「あきたこまち」を発表しました。萌え萌えな女の子を描くのはなんと、アニメ化も果たしている美少女ゲーム「SHUFFLE!」や「らぶドル ~Lovely Idol~」のキャラクターデザイナー・西又葵さん。彼女が描く、黒髪の和服美少女のイラストで、“この萌え萌えな娘さんが新米を刈り取っているんだ!”なーんて妄想が楽しめちゃいます。

 だってさ。

就活の始まり3 1日目 その3 会場入り

 そんなこんなで会場入りです。9:30に着きましたが、めちゃくちゃ込んでいました。地方企業の展示会の比ではありません。コミケには行ったことないけど、コミケのようでした。コミケとの違いは服装と展示物だけじゃないのか?説明書には“服装自由”とありますが、みんな黒です。

PB300835.jpg
 東京ビッグサイトといえばこの建物ですね。1ヵ月後には…。

PB300836.jpg
 めちゃくちゃ広いです…めちゃくちゃ混んでいます。そして企業の勧誘が凄いです。例えで言うなら、4,5月の学生協前の部やサークルの散らし配り、清水寺付近のお土産屋さんみたいなものです。早足で片手に適当な紙を持ちながら特定のブースに急いでいるそぶりを見せるのがコツ?です。
NEXT≫
プロフィール

太郎の部屋

Author:太郎の部屋
太郎の部屋にようこそ!

カレンダー
11 | 2008/12 | 01
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
部屋に来た人
地域別訪問者数

ジオターゲティング
月別アーカイブ
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
バロメーター
ブログ内検索
リンク
RSSフィード
ブロとも申請フォーム