採用試験 5 その2 罠か?

 27日は興味のある会社が近場(東京~名古屋)で説明会や試験を見た範囲ではやっていなかったようなので、休みました。こういう休みも大切です。後から考えたらこういう休息日にガンガン履歴書処理を行えばいいものの、ついついのんびりグダグダ過ごしたくなる弱い心がどうしても芽生えてしまうことに腹を立ててしまいますな。

 28日はまたまた浜松の会社の試験に行きました。一昨日とは違う会社です。面接試験でした。一次面接でしたが、これもまた自分の父親くらいのおっちゃんたち4人と対面する面接でした。一応言うことは言ったつもりだけど、ちゃんと熱意は伝わったのかねえ?そして、この面接ではちょっとした罠と感じたことがありました。面接部屋へ行く前に案内役の方が「椅子に座ったら自己紹介をしてください」と言いました。言われたとおりに椅子に座った後自己紹介をしようとしました。しかし、椅子に座った1.5秒後、僕が自己紹介をするより一瞬早く面接官の1人が「志望動機を言ってください」と言ってきました。まだ自己紹介をしていないんですが…。まさか、このタイミングで受験者の行動の素早さとかを見極めているんじゃないんだろうな?それを考えると色々と怖いな。

 そういえば、友達に紹介してもらって受験したある会社も、説明会終了後にアンケートを書いて、書き終わった人から順番に個人面談をするという手法をとっていました。説明会のお知らせにはそんなことをやるとは一切書かれていませんでした。友達の助言がなかったら、ヤバかったです。企業もあの手この手を使って受験者が嫌がるような手段を駆使してきます。

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会社説明会 11 またまた浜松へ

 次の日(3月26日)は、浜松の会社の説明会へ行きました。高校時代までは実家から浜松が遠いもの(約70km)だと思っていたのに、今では散歩気分でちょっくら行ってくるという間隔です。下宿先が実家から遠いと、間隔が成長しますな。

 やはり会社訪問は説明会にしても試験にしても、1日1社がいいです。東京に滞在していれば1日2社はいけますが、2社回る日程は1週間に多くても2階ほどに留めたほうがいい気もしてきました。

 あと、時がたつにつれ受験したい会社がどんどん絞られてきます。12月に合同説明会に行っていた頃は、今では「この会社は受験しなくていいなあ」と思える企業の説明会に行き、エントリーしていたのが何か信じられねえ。見ていくうちにだんだんと妥協点が変化していくものです。過去の自分を見たらどう思うだろうか。

採用試験 5 その1 新幹線に慣れていく

 今回は、3月25~3月30日までの遠征です。4月2日から再び遠征開始なのだがね。最近、東京へ行く際、新幹線の味を占めてしまっています。その分実家を中継地点としているので、まあまあ消費量は変わってはいないのだが。

 今日は、午後から東京で面接試験と筆記試験がありました。新幹線利用なので、8:56に富山を出発しました。まあ、東京駅に着いたのが面接開始で40分と、多少綱渡り式だったような気もしますが、会場が東京駅に近かったからこそ出来ました。中小企業は、色々と試験の日程に融通が利くのでいいです。大企業となれば、多くの人が受けようとして直ぐに定員オーバーになるので、日程の変更が訊かないばかりか満席で受験できないかもしれないという欠点を抱えています ← 仮に受けられても競争倍率が高いんだな、このやろう。

 試験終了後は、そのまま帰りました。今日は何故か「はくたか」も上越新幹線も東海道新幹線も混んでいました。就職活動組みから見て非常に羨ましい、旅行気分の学生達がやけに目立ちました。行きの「はくたか」と上越新幹線は、おかげで立ちっぱでした。東海道新幹線は座れましたが、乗車率は120%くらいです。東海道新幹線は「こだま」は空いていますが、静岡に停まる「ひかり」が混んでいます。静岡に停まる「ひかり」は1時間に1本運転されています。「こだま」は1時間に2本ですが、みんなが便利な「ひかり」に殺到するのです。せめて静岡停車の「ひかり」を30分間隔で運転すればよいのですが、大都市間(東京、名古屋、大阪)の輸送を優先する現在のダイヤ状況では難しいでしょう。リニア中央新幹線が開通すれば、静岡県の存在が東海道新幹線のダイヤをものにすることが出来ますがね(リニア中央新幹線が大都市間の輸送を担うため、ダイヤに余裕が出来た東海道新幹線がリニアの走らない静岡県などを優先するダイヤになる)。

東海道新幹線のダイヤの理想と現実について

 以前の記事でも書きましたが、東海道新幹線では1時間に15本(平均4分間隔)の頻度の運行までが可能です。それを実現するためにJR東海は品川駅を建設しました(詳しくは  を参照)。しかし、品川駅が開業して6年近くたつ現在も1時間に15本の運転を行っていません(現在最高で14本/時)。また、品川始発の列車は早朝の1本のみで、定期的に折り返していません(理論上は1時間当たり2~3本が品川始発になる予定だった)。これには、以下の理由が考えられています(参考文献:「超・新幹線が日本を変える」)。

① 各列車の性能の違い
 現在、東海道新幹線には300系、500系、700系、N700系の4種類の車両が走っています。最高速度はそれぞれ異なりますが、東海道新幹線内では全ての列車が最高速度270km/hに統一されています。これは、東海道新幹線の線形の制約(カーブの半径とか)と過密ダイヤを効率化するためであります。

 一方で、加速性能とカーブの通過速度が車両により異なります。この性能の差により、各車両の「東京」~「新大阪」の間の所要時間は最短で300系、500系、700系が2時間30分、N700系が2時間25分になっています。たった5分の違いですが、この5分が大きいのです。1時間に15本の列車を運転すると平均運転間隔が4分、頑張って間隔を空けてもたまに6~7分になるのが限度でしょう(これには理由があるけど、それを上手くまとめて語るのが面倒なので省きます)。そして、各列車は3分間隔での運転が限度なので、所要時間に5分の差が出来る状態だと、N700系が先行の他の列車(300系、500系、700系)に追いついて速度制限を受けてしまい、速く走れる列車が思う存分に走れなくなります。現に今そうなっています。
 
 1時間に15本の運転を実現するには、更に車両性能を統一する必要があるのです(統一をしないと、各性能をフルに発揮できないので、もったいない)。

② 品川駅の運用法の変更
 品川駅は、元々運転本数を増やすために造られた駅です。現状より運転本数を増やすには、品川で折り返し運転をする列車を設定する必要がありますが、品川駅は上下線各2本の線路で構成されています(ようするに名古屋、京都、上野駅などのような2面4線)。折り返し運転をするとそのうち1本の線路がふさがり、ふさがっている間は東京からやってくる列車を1本の線路でさばく必要があります。1本の線路でさばくと、ホームに先行列車が停まっている間に後続の列車が追いついてしまって(運転間隔が既に密だから)、先行列車にぶつからないように駅の手前で待ちぼうけを食らうため効率が悪くなります。このため、2本の線路に交互に列車を入れてさばく必要があり、品川で折り返す列車の設定が難しくなります。

品川駅
 こちらが品川駅構内の配線図です。このように、上下線ともに2本の線路が使用されます。ダイヤが過密な時は上下線とも2本の線路を交互に駆使して、短い間隔で走る列車をさばきます。この配線は、新横浜、名古屋、京都ととも同じものです。

 
 東京始発の列車を今より減らして、減らしたその分を品川始発に回す(要するに双方のバランスを良くする)、もしくは東京始発の列車は全て品川通過にすれば、1時間に15本へ本数を増やすことは出来るでしょう(それでも①で述べた問題を解決する必要がある)。しかし、実際はほとんどが東京始発で、全ての列車は品川に停まります。品川駅は、運転本数を増やすことによりもむしろ、乗客の流れの分散化や品川周辺のJR管轄の商業施設を増設する手助けに運用されているらしいです。

 開業当初は1時間に2本(30分間隔)の運転頻度であった東海道新幹線でした。ここまで需要が増えて過密ダイヤになると、当時誰が創造できたのでしょう?国柄の違いが大いにありますが、ヨーロッパの高速鉄道は1時間に多くても2~3本の運転です。日本の新幹線は世界の高速鉄道の中で、間違いなく世界一の過密ダイヤを実現しています。

現在の東海道新幹線のダイヤ

 今年の3月14日に東海道新幹線のダイヤ改正が行われました。広告では、「のぞみ」を1時間に9本運行する、とあります。また、N700系の運用幅を着実に広めています。しかし、それに加えて更に列車が増発されました(一般的には特に知らなくてもいい分野なので公表されておらず、普通は知らないことであるはず?)。

 今まで東海道新幹線は、1時間に最大で13本(平均で4分37秒間隔)の過密ダイヤでしたが、今回は1時間に最大14本(平均で4分17秒間隔)になりました。理論上は1時間に最大15本(平均で4分00秒間隔)の運転が可能ですが、車両基地を行き来する回送列車を重複させる関係で実現には至っていません(「品川」に東海道新幹線の新駅が造られた理由を参照)。実現させるためには、品川駅で折り返す列車を設定すればいいのですが、どうやら今の所はその設定を行う可能性は低いようです。

以下の時刻は、3月14日以降のダイヤの一部(最もダイヤの過密な18時台)を抜粋したものです。全てが東京駅始発です。全てが16両編成、全長400m、総座席数1323席(500系は1324席)の列車です。そして全てが東海道新幹線の区間を最高速度270km/hで疾走します。

18:00発 のぞみ 新大阪行き
18:03発 ひかり 岡山行き
18:10発 のぞみ 博多行き
18:13発 のぞみ 新大阪、もしくは博多行き(臨時列車)
18:20発 のぞみ 新大阪行き
18:23発 のぞみ 新大阪行き(臨時列車)

18:26発 こだま 名古屋行き
18:30発 のぞみ 広島行き
18:33発 ひかり 新大阪行き
18:37発 こだま 三島行き
18:40発 のぞみ 新大阪行き
18:47発 のぞみ 新大阪行き(臨時列車)
18:50発 のぞみ 博多行き

18:56発 こだま 名古屋行き


 3本の臨時列車がありますが、3月14日~6月30日の合計109日うち、38日は全ての臨時列車が運行されます(時刻表の臨時列車の欄を参考に、Excel 2003を使って確認したら、この数値になりました)。すなわちこの38日の18時台は、1時間に14本(平均4分17秒間隔)の運転が実現されます。

卒業式(3月23日)

 今日はいよいよ卒業式です。昨日(性格にいえば“今日も”ですが)は3次会で2時頃まで飲んでいたので起きたときには卒業式が始まっていました。卒業式が終わり、卒業生が出てくる頃に会場へ行きました。部活の後輩達と会い、待ち構えました。そして出てきた後に先輩方の胴上げなどを行い過ごしました。今年で卒業する学科の友達とも無事会えました。本当にみんな卒業するのですね、そして自分はあと1年富山に居残っていく運命をたどるのです。お互いにこれから謝恩会と就職活動(履歴書地獄)で時間を取れないので、短い間でしたが、本当に最後の学生としてのときを共に過ごしました。

 ちなみに、昨日3次会で一緒に飲んだ、大学院へ行く彼は、あろうことか寝過ごしてして卒業式に来ませんでした。このことを見越せずに3次会をノリと勢いで敢行してしまった1人である、自分にも何か責任が感じられるよなあ、この場合は。せめて1時頃に切り上げるべきだったか。再来年は頑張ってくださいとしか、ここでは言えませんでした。

卒業式前日(3月22日)

 明日はいよいよ大学の卒業式です。現在1年生で就職活動真っ最中の僕にとってはかかわりの無い行事ですが、また新たに身近な人々が旅立っていく季節でもあります。幸い24日までは就活の中休み的な日程になっていたので、最後のひと時を友達達と過ごしました。

 今年で卒業する学科の友達と早速カラオケや満天の湯に行き、今日もまたオタクネタや時事ネタについて色々語り合いました。時間をとって直に話し合えるのも今後は珍しいことになるでしょう。自分も就職活動に追われている最中で(でも、息抜きするペースだけは変わらないんだよなあ…)なかなか会える機会は少ないですが、それでも限られた時間を使っていきました

 その後、部活の追いコンが開かれたので、僕も2次会から参加しました。部活の先輩方ともこれでお別れです。今まで色々な面でお世話になった方々でした。ここでも先輩方と就職活動や将来のことについて色々とアドバイスを頂き、とても盛り上がりました。

 しかしまあ、こういう別れというのはこの時期には必須で、そのことを意識したくないのか、なるたけいつも通りに、ちょっと盛り上げつつ過ごそうとしてしまいます。そして、別れたあとに、その人たちがいなくなったという寂しさが後になって沸いてきてしまうものです。4月からそれがひしひしと感じていくでしょう。今では電話やメールやネット上で言葉を交わすことが出来ますが、それでもやはり実際に去られるのは寂しいものです。よく言われることだけど、社会人として発っていく(来年の自分も?)にあたり、学生時代に出来た友達って凄い大切なものだと今更ながらどんどん実感していきます。

 2次会の後は有志を募って3次会をやりました。いつもながら大学院へ進学するお酒好きな彼は、飲んでいつも以上に暴れまくっておりました。次の日の卒業式は大丈夫かなあ?

名言集 その26

有言実行なんてダメです。遅すぎます。有言即行じゃなくっちゃ勝てませんよ
(北島康介:競泳選手)
 自分が何かをやることを宣言をすれば、そのもの自体をやる指揮は上がります。しかし、それだけでなく、それ宣言してから直ぐに実行する意気込みでいくことが大切だと彼は説いています。やることを思いついたら「明日から頑張ろう」ではなく、「今から直ぐにやろう」ですな。

料理店を経営していて言うのもあれだけど、外食産業が盛んなことがいいとも言えないんだよ、世の中で一番美味しいのは家族と一緒に食べるごはんなんだよ、本当はね
(擬宝珠夏春都:こち亀)
 夏春都が、今まで満足に食べられない時代をも生きてきたからこそ実感していることです。今の時代は、食べることのありがたさがどうしても薄れがちになってしまう時代ですからね。

缶ジュースの自動販売機と一緒だわ。お金を入れれば喉を潤してくれるけど、入れなければ何も出してくれないもの。お金なんかじゃ人の心は買えやしないわよ
(灰原哀:名探偵コナン)
 これは痛烈です。これもまた、彼女自身が仲間の大切さをしっているから重みのある言葉になっていますね。そしてここから「哀ちゃん」という呼び名が誕生したのでした(男はそう言っちゃダメだって)。

惨劇はねぇ、人を魅了するんです
(大石蔵人:ひぐらしのなく頃に)
 これもまた不思議なものです。なぜ、人はそういうものに興味を持ちたくなるのでしょうか。確かにこの作品の前半部は惨劇が前面に押し出されていて、初めてその作品を見る人は、多少はそれに魅了されて見続けますからね。そして見続けるからこそ、解決編へ向うにつれこの作品の意味がわかっていくものであります。

俗物め、現物を見るより声のみのほうが逆に想像が膨らむのだ
(杉並:ダ・カーポⅡ)
 露天風呂(男湯)での会話です。「お湯になってあっち(女湯)いきてー」と叫んだ渉(声優は山口勝平)に対して彼が冷静に言い放ちました。さすが杉並、今あるものを精いっぱい生かして楽しんでいるな。

新たな開業

阪神なんば線が開業 三宮-奈良を直結3月20日10時46分配信 産経新聞

列車出発式では尼崎駅行普通初発列車が出発した。相互直通運転開始を記念するガラス製の楯が手渡された=20日午前4時56分、大阪市中央区難波・大阪難波駅(竹川禎一郎撮影)(写真:産経新聞)

 大阪の都心を東西に貫き神戸・三宮と難波、奈良を結ぶ「阪神なんば線」が20日開業し、阪神電気鉄道と近畿日本鉄道の相互直通運転がスタートした。

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 阪神尼崎駅(兵庫県尼崎市)では、坂井信也阪神電鉄社長らのテープカットなどが行われ、坂井社長が鉄道ファンら約200人と乗り込んで、午前4時50分に奈良行き(普通)が“1番電車”として発車した。

 一方、近鉄側では大阪難波駅(大阪市中央区)で午前5時すぎの尼崎行き(普通)が始発として出発。近鉄の野口満彦副社長が「神戸に加えて、姫路の皆様も奈良や名古屋、伊勢志摩に来ていただきたい」とあいさつした。

 1番電車に乗車した坂井社長は大阪難波駅に到着し、新線の成功を願って、近鉄の野口副社長と固い握手を交わした。

 この後、近鉄奈良駅と三宮駅でも式典が行われ、午前7時13分に近鉄奈良駅から三宮駅行き、午前7時43分に三宮駅から近鉄奈良駅行きの快速急行の始発電車が出発した。

 尼崎駅に駆けつけて1番電車に乗り込んだ神戸市灘区の郵便局員、若林貢司さん(28)は「乗り換えずに難波に行けるので便利になった」と話した。親子そろって鉄道ファンという大阪市東住吉区の桑原乾多さん(39)と直充君(9)は「実家が神戸にあるので、近くなった気がする」と語っていた。

 阪神なんば線は阪神尼崎駅から近鉄の大阪難波駅を結ぶ約10キロ。新たに九条駅とドーム前、桜川駅が開業し、阪神西大阪線の各駅を含めて阪神なんば線となった。快速急行で、三宮と大阪難波を約40分、三宮と奈良を約80分で結ぶ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090320-00000514-san-soci

 まだまだ関西地方は、新たに開通する路線が多いですね、特に都心部の地下を貫く路線の。阪神と近鉄は、どちらも線路の幅が新幹線と同じだから、相互に運転できます。近年は、鉄道でも道路でも“都心部を通過する”路線を重視して建設している傾向がありますな。

採用試験 4 その6 交通費をもらえました

 年配の人の話を聞くと、今から20年くらい前のバブルの時期の就活では以下のようなことがあったらしいです(あくまで聞いた話です)

どこの会社でも説明会の時点で交通費と宿泊費を支給してくれた。

学生は1日に3~4社回って、各企業から別々に交通費や宿泊費をもらっていた(行けば行くほど儲かる)

新幹線のグリーン車代まで出してくれる企業もあり、それをもらった学生は学割で高速バスを使用した(それをやったら、新幹線の駅(しかも、グリーン車の停まる位置)に会社の担当者が迎えに来ていて、ばれたらしい)。

説明会が終わった後のお見送りの言葉「内定あげるからうちにこない?」


 とまあ、今の学生(ゆとり世代?)にとっては信じがたい話が昔は普通だったようです。まあ、当時と比べて訪問する企業が増大した事実も考慮に入れる必要がありますがね。

 この日受けた企業は、1次試験(筆記試験)から交通費を支給してくれた、今時では珍しい例でありました。しかも、新幹線と「はくたか」の指定席を使用できる額でした。すげえ、こんな待遇でいいのだろうかと思ってしまったよ。僕らにとっては非常に珍しいことなので、かえって萎縮してしまう面もありました。企業によって色々ですね。

 で、肝心の試験ですが、作文試験は色々厄介です。パソコンによる文字の入力に慣れてしまったわれらは、漢字を度忘れするわ、字は汚いわ、起承転結がちゃんとなっているかあまり頭に浮かばずに、ひらめき的に構成した内容でちゃちゃっと書こうとするわで、後からみたら「こりゃあひでえ」と思えるできで終わらせました。それでも、制限時間ギリギリなんです。こんなんで大丈夫かなあ。

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 越後湯沢も雪解けが進んでいます。今回は、12:52に東京を出発しました。富山着は16:35と、驚くほどの早さです。あと1日東京に滞在しようかとも考えましたが、今回は思い切って富山へ戻って正解です。おそらくこれで、ペースにゆとりが余分に生まれるので、いいでしょう。そして富山も花粉がひどい…。

採用試験 4 その5 サウナスーツ

 この世の中には暑くても黒いスーツを着なければ行けないという、同調圧力が存在します。特に今日はその圧力を感じながら東京を歩きました。気温は20度前後、スーツを着ること自体がアホちゃうか?と叫びたい日です。自分も含め、どいつもこいつも同調圧力を発する、もしくはそれに同意しています。僕の場合は花粉症の季節ということでマスクをしているので、さらに暑いです。やってられないので、暑いときはせめて上着を脱いで練り歩きました。開場前で建前の格好になればいいし。これも理想ですが、会場の近くまで(もしくは東京駅)は私服で行き、試験や説明会のときになったらどこかで着替えていくのが一番いいです。暑くないし、無駄にスーツが汚れないし ← そういうところまで面接とかで観察する企業うぜぇと思ってしまいますね、アハハ。

 3月にも入り、同じような格好をしている同世代の人間がうようよいました。適当に道を歩いても、必ずリクルートスーツを着ている学生っぽい人とすれ違います。

時間配分が難しい

 履歴書やエントリーシートとは不思議なものです。数日考えてもいいネタが浮かばなかったり、例え書いたとしても色々と直したくなる箇所がどんどん出てきて結局前日まで遂行してしまいます。そして提出、もしくは郵送前日になると、危機感というのが生まれて、頭にひらめきが生じ、1時間ほどで書けてしまうのですから。提出の1週間前くらいにその“ひらめき”が出て1時間でささっと書ければどんなにいいことか、と思ってしまうのですがねえ。あと、「ギリギリで一気に書いちゃえばいいやい」と思っている自分の心が…。

 あと、日程の調整も中々の曲者です。これは日ごろの学業でも味わっているもんですが、就活においても同じでしたな。折角地方から大都会などに上京して時間とお金と体力を使うのだから、出来る限り企業を回りたい。しかし、自分のコンディションや履歴書類を書く、考える時間なども確保せねばならないので、ある程度は余裕を持って動かざるをえないともいえます。あと、自分では充実した日程を組んだつもりでも、実際やってみると予想以上に手間がかかって時間的余裕が無くなり、見回る企業の数を少し減らすという、何か負けかな?と思える妥協をすることもあり、中々もどかしいものです。今までの経緯からして、

① 履歴書を提出の前日に宿とかで書くのはなるべく避けるべき
② 理想は1週間のうち4日遠征して、残りは調べ物をしたり書類を書いたりするのに集中する、もしくははっちゃける日にする。


かな?

採用試験 4 その4 静岡を拠点に

 次の日(3月17日)も東京にちょっと滞在し、その日のうちに実家へ戻りました。今回も履歴書類を書く時間の確保や自分のコンディションを考えて新幹線で帰りました。説明会が終わるのは大体15:00が一般的です。そうすると、新幹線だと16:03に東京を出発する「ひかり」で17:06に静岡へ到着しますが、高速バスですと16:40に東京駅前を出発して静岡駅前に着くのが19:47です。その日の晩に明日提出、もしくは郵便経に持っていく履歴書を書くのには前者の方が明らかに有利です。まあ、1週間前に既に書き終えていたらバスで帰っても
問題は無いのだが、その経緯ついては聞いてはイケナイ。

 18日は、午前中は浜松、午後は名古屋に遠征しました。浜松ではよくありがちな筆記試験、名古屋では、16日に東京で受けたかったけどタイミング的に受けられなかった企業の説明会(採用試験 4 その2 を参照)へ行きました。行きは鈍行です。距離的時間的に鈍行でも十分な区間なので。午後は各駅停車と新快速を乗り継ぎました。「浜松」~「名古屋」の東海道線は未だに運転席からの景色を見ていない区間なので、当然のごとく運転席後に約1時間20分の間たちっぱでした。しかし、それは精神的に疲れていてだるいところ、2回くらい立ったまま眠りそうになりましたとさ。

 帰りは新幹線で帰りました。何故かって?次の日の筆記試験時に持参する履歴書をその日のうちに書くためです。夏休みの宿題を8月の終わりに片付けようとする人間の典型的な行動です。


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 品川の車両基地です。寝台列車のサンライズが停まっていました。

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 天気はよく、新幹線からも富士山が見えました。ただ、冬と比べてかすんではいます。花粉や黄砂の影響でしょう。

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 静岡で長年活躍している「駿河シャトル」です。新型車両が静岡地区にも入ってきたことで、だんだん少数になっていくのか?

採用試験 4 その3 南千住で宿泊

 今回は南千住の宿に泊まりました。新幹線で奮発した分は宿で節約するという事で、今回は3150円の所にしました。回を重ねるごとに安くなっています。一応無線LANのある宿を選び泊まったのだが、自分のパソコンはどういう訳だか設定が「無線LAN不可」になっているようで、その方法がよくわからずじまいで結局ネット環境に浸れませんでした。確実にやるなら日本青年館のように各部屋に有線LANのある宿にするべきだと実感。安さと便利さをどこで会わせるかがこれからの課題ですな。自分は共同トイレや、浴場を気にしない(むしろ大浴場に入る)ので、なるべくその面で安さを追求しております。

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 南千住には、巨大な貨物駅があります。縦だけでなく、横幅もすごくあります。

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 お部屋です。持ってきた荷物だけで生活感がでます。

採用試験 4 その2 もどかしいすれ違い

 15:00過ぎに試験を終えたのだが、非常にもどかしい思いをしました。試験の出来ではありません。遠征の日程です。今回の試験会場は新橋で13:00~15:15あたりまで行われましたが、15:30に品川で受けてみたい企業の説明会があるのである。お互いの会場が、たった5kmしか離れていないのに…。わずか15分の違い、全力でいけば最短で20分着くのに…。この試験終了時間と説明会開始時間に1時間の差があれば確実に予約しておりました。

 実際、15:30から品川で開かれる説明会は、2日ごに名古屋でも開かれて、自分はそれを予約しました。次の日(3月17日)は実家に戻り、さらに名古屋へ行く日に浜松へも行くので効率的にはまだマシなのだが、せっかくだから東京で受けたかったと思ってしまいます。万一試験が早めに終わることを期待して担当者の電話番号と会場の位置は把握しておきましたが、時間的に無理だったのであきらめました。

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 新橋駅前広場です。日本の鉄道発祥の地の一つということでしょう。

採用試験 4 その1 しょっぱなから新幹線で東京へ

 再び今日(3月16日)より遠征です。場所はまず、東京です。今回は午後から試験なので、夜行バスで半徹夜の旅に出て朝は東京の街中をぼーっとする方が安上がりですが、コンディションと履歴書などを書く気力を温存する為に、奮発して新幹線+はくたかのコースで行きました。悪あがきして降りた駅は「東京」より3.6km手前の「上野」にして、全体料金を200円下げました(東京都内の新幹線の駅を変えても、乗車料金は東京都内変わらないから、特急料金の分だけ微量に安くなるのだ)。東京は暖かいです。そして、やはりこのコースが今までで一番快適で、時間を有意義に使えてなおかつコンディションが一番いいです。さらに贅沢したら、飛行機があるけど、こればっかは公式に交通費が出ないと使えませんなあ。

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 上野駅です。内側2線にMAXのE4系は並びました。

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 200系もまだまだ活躍しています。

凄い駅 その4 京浜急行本線の品川駅

 今回は、京浜急行本線の品川駅を紹介します。品川駅は東側(海側)から「東海道新幹線」(2面4線)、「横須賀線」(1面2線)、「東海道線」(4面8線)、「京浜東北線」(1面2線)、「山手線」(1面2線)、そして「京浜急行本線(略して京急本線)」(2面3線)の計6路線(合わせて11本のプラットホームと21本の線路)が乗り入れる、大規模な駅の一つです。どの路線もものすごい過密ダイヤで運転をしていますが、京急本線は特に目まぐるしい動きをしています。


 1つめの動画です。こちらは、品川駅に到着した列車が北側にある留置線(引き上げ線ともいう)を利用して折り返す様子です。まず、列車は留置線に引き上げます。留置線に止まった車両は、動画の 0:40~1:04 の間、すなわち24秒で逆行を始めています。逆行を始めた40秒後にはプラットホームに到着し、利用者が乗車を始めています。しかも、さっき(動画の始めの方)にその車両が止まっていたホームには、すでに後続列車がやってきました。

 京浜急行は、最前列の運転席と最後列の運転席、すなわち列車の両端に1人づつ運転士が乗務する体制をとっています。折り返す際は、最後列に待機していた運転士が車両を発進させます。だから、あんなに素早く折り返し運転ができるのです。これは、戦前から行われていたそうです。


 次にこちらの動画ですが、京急品川駅が大渋滞を起こしている様子です。簡単にいえば、この動画の2:10に、画面奥より入線してくる列車が遅延をしたため、他の列車が留置線を使って折り返しをすることができなくなり、こんなに詰まったのです。

京急品川駅
 他人の動画ばかり挙げているのもあれなので、駅の配線図を付け足しておきます(「全国鉄道事情大研究:湘南篇」を参考)。赤色の扇が、上の2つの動画の撮影位置を示します。図の上の両端の路線が本線、中2本が留置線です。本線は品川から先は地下にもぐり、都営地下鉄浅草線と泉岳寺駅で合流します。そのまま浅草や千葉、成田空港などに繋がります。


 この2つの動画を投稿した人のマイリストがこちらになります。
http://www.nicovideo.jp/mylist/1183559
 この方は、京浜急行関連の面白い動画を順次投稿しています。他にもすごいのがたくさんありますよ。

 その方のブログがこちらになります。
http://hnzmn.dip.jp/~kq/
 ブログの方では、動画の解説が詳しく書かれています。

強風による運休に巻き込まれた

 3月13日は、関東と北陸で強風が吹き荒れ、各地で鉄道が運休・遅延したそうです。そして、僕はもろそれに巻き込まれました。自分のコンディションと履歴書類を書く時間を確保するために高い投資をして新幹線+「はくたか」で富山に戻りました。16:00に新宿で説明会を終え、走ってなんとか上野16:58発のMAXたにがわに乗り、越後湯沢で18:37発の「はくたか」に乗り換えました。順調にことが進めば20:45に富山へ着いていました。

 ところが、糸魚川付近をはじめとする30kmほどの区間で風力が規制値(風速25m/s)を超えていたため、途中の直江津で僕の乗っている「はくたか」は立ち往生しました。そのまま待ちぼうけです。3,4年前に羽越線を走っていた特急「北越」が突風により脱線・転覆した事故がまだ記憶に新しいので、JR側も一層風には警戒しているのでしょう。そのまま4時間以上も待機し続けました。車内でエントリーシートなどをパソコンで書ければいいのですが、すでにパソコンのバッテリーは切れていたのでできません。このままでは癪なので、かばんに入っていた予備の履歴書の書ける所だけでも書いて、今後に備えました。今思えば、もうちょっと暇つぶしのためのエントリーシート類を持っていけばとよかったのですが、こればかりは仕方無い。

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 ついには軽食まで配布されました。

 履歴書を書きつつぼけーっとしつつ待ち続け、23:55に4時間20分遅れで再出発しました。そして20km先の「能生」で停車しました。風が断続的に規制値を上回っているので、とりあえず風の強い糸魚川の手前まで進めて、いつでも再発できるように手配したのでしょう。そのまま50分ほど待ち続け、風が弱まったのを見計らい、1:00に再出発してなんとか糸魚川を突破しました。その後、1部の区間で徐行運転をしつつ、「入善」で30分停まりつつ、2:48に富山へ到着しました。6時間3分の遅れでした。

 直江津で立ち往生した際は少し眠りましたが、この列車は「金沢」が終着駅のため、運転再開後は眠りませんでした(乗り越しの危険があるから)。半徹夜でした。払い戻しの件ですが、今回は「はくたか」の自由席特急券1290円分が戻ってきました。今回の旅代は、10540円ですので、9250円に値下がりしました。それでも6時間も遅延した割には合わない気が、自分のエゴを出せば、新幹線の特急代も戻ればと思うのだが。今回は、明らかに 遅延+満員電車>払い戻しです。

 そうはいっても、JRの立場からすれば、いきなりの残業や非常呼集がかけられ、乗客に軽食を無料で配布し、さらには乱れたダイヤを次の日の朝から徐々に回復必要があるし、車両基地に回送してメンテナンスを行う行程表も随時変更させるという過剰労働が生じたのにもかかわらず、特急料金の払い戻しで減収になるから、たまったものではないでしょう。公心では、特急料金が戻っただけでもいいと思っときましょう。

 今回の状況をまとめるとこうなります。

予定
18:37:「越後湯沢」出発 → 20:45:「富山」到着


結果
18:37:「越後湯沢」出発 → 19:35?:「直江津」で待機 → 23:55:運転再開 → 0:12:「能生」で待機 → 1:00:運転再開 → 1:24:「入善」停車 → 1:52:運転再開 → 2:48:「富山」到着

最後の走行

ブルートレイン「富士」と「はやぶさ」、ファンの歓迎を受けながら最後の長旅終える
 東京駅発着のJRの寝台特急「富士」と「はやぶさ」が14日のダイヤ改正で姿を消した。およそ半世紀にわたり、東京と九州を結んできたブルートレインは、ファンに惜しまれながら、最後の長旅を終えた。
JR東京駅の10番ホームでは14日午前10時45分ごろ、多くの人たちがブルートレインの到着を待っていた。
いよいよ最後の時を迎える「富士」、「はやぶさ」。
鉄道ファンは「なつかしさとさみしさと」、「(あなたにとって『富士』、『はやぶさ』とは?)ロマンですね」と話した。
東京駅と九州や中国地方を結ぶブルートレインは、昭和33年の「あさかぜ」を皮切りに運転が始まり、昭和40年代から50年代にかけて、最盛期には1日およそ10往復が運転されていた。
その後、新幹線や飛行機に利用客を奪われ、次々と使命を終える中、「富士」、「はやぶさ」が東京駅を発着する最後のブルートレインとなった。
2008年秋に廃止のニュースが伝えられると、皮肉にも人気が復活した。
13日出発の最終列車は、およそ10秒で切符が売り切れたという。
そして大勢のファンが見守る中、「富士」、「はやぶさ」が東京駅のホームに姿を現した。
13日夕方、寝台特急「富士」と「はやぶさ」は大分と熊本を出発した。
人身事故などの影響で、定刻よりおよそ1時間半遅れた14日午前11時半すぎ、東京駅に「富士」、「はやぶさ」が到着した。
ラストランを終えた車両の窓には「おつかれさま」、「ブルトレフォーエバー」、「ありがとう」と、ファンの人のメッセージが書かれていた。
「富士」、「はやぶさ」に乗ってきた人は「すごい寝台列車が好きなので、最後見られてよかったなと」と話した。
訪れた人は「わたしたち年配の人は青春の思い出だもんね。だから、本当にもっと長く残っててほしかったけどね。残念でした。本当にさようなら、長い間ご苦労さん」と語った。
東京駅を出発した下りの「富士」、「はやぶさ」は、停車する各駅でファンの熱烈な歓迎を受けながら、最後の長旅を終えた。


http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn/20090314/20090314-00000163-fnn-soci.html

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http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/mbs/20090314/20090314-00000019-mbs-loc_all.html

 とうとう東京を発着するブルートレインが廃止になりました。未だに東海道を現役で走っている寝台列車は、「サンライズ出雲・瀬戸」のみで、あとはムーンライトながらなどが不定期に走っている状態です。

特急「はくたか」の自由席に座るための小技(平成21年3月11日時点)

 今から紹介する一例は、慣れている人には当たり前の小技でしょうが、今回の旅で発見し実践したので、紹介します。

 1回でも新幹線と「はくたか」を利用して東京から北陸地方へ行った人には想像がつくでしょう。越後湯沢駅で新幹線から「はくたか」に乗り換える際、大量の乗客がディズニーランドやコミケの開場時みたいに、走って「はくたか」へ殺到し、自由席を我が物にしようとする光景がよくあります。指定席を取っている人にとっては高みの見物ですが、安い自由席を選んだ人には今後の数時間の旅が快適であるか否かがかかっているので、みんな必死です。

 主に東京から北陸地方を結ぶ新幹線+「はくたか」は、それぞれ1時間に1本運行されます。このダイヤパターンは(平成21年3月11日時点のものなので、14日に改正したら通用しないかも)、

MAX「とき」(上野、大宮、高崎、越後湯沢停車) 東京 17:12発 → 越後湯沢18:29着

特急「はくたか」 越後湯沢 18:37発 → 北陸地方


です。実際に自動券売機でもこのような乗り継ぎパターンが出されます。しかし時刻表をよく見ると、東京 17:12発のMAX「とき」の20分前に各駅停車のMAX「たにがわ」が東京を出発します。つまり、

MAX「たにがわ」(各駅停車) 東京 16:52発 → 越後湯沢 18:24着

特急「はくたか」 越後湯沢 18:37発 → 北陸地方


という乗り継ぎも考えられます。例として、具体的な時間を抜粋して書きましたが、この乗り継ぎパターンは他の時間帯でも同じですので、例として上に書いた“17時台”だけでなく、他の時間帯(16時台とか15時台とか)でも使えますよ。

 MAX「とき」より20分早く出発するMAX「たにがわ」は各駅停車のため遅く、停まる駅が限られている後発のMAX「とき」に間隔を詰められ、越後湯沢の到着はMAX「とき」よりも5分早いだけになります。しかし、この5分の差が重要です。5分早いだけでも、すでに待機している「はくたか」に5分早く乗車でき、まだがら空きの自由席に悠々と座れる可能性が高いです。実際、後発のMAX「とき」に乗って越後湯沢で「はくたか」に乗り換える乗客が「はくたか」に殺到すれば、残りの席の争奪戦にもろ巻き込まれます。しかも、MAX「たにがわ」は各駅停車で乗っている時間が長い分ゆったりできます。プラットホームで後発のMAX「とき」を待ちぼうけするよりも、先発のMAX「たにがわ」にとっとと乗った方が楽です。新幹線に乗るのが発射前ギリギリでなければ、是非使うべき小技です。

 この乗り継ぎパターンは、今後のダイヤ改正によっては使えなくなるかもしれません。しかし、こういう小技も探してみればあるのです。先ほど書いたように、自動券売機ではこの乗り継ぎ方法は表示されず、後発のMAX「とき」に乗ることが勧められます。

 この例から僕が何を言いたいかといいますと、自動券売機、もしくは他の人が進める、使用する乗り継ぎ方法の他にも、(少なくとも本人にとっては)効率のいい乗り継ぎは見つかるものです。他にも探してみれば、少なくとも自分自身にとって都合のいいと感じる小技が色々と見つかるかもしれませんよ。

会社説明会 10 その6 新幹線は速い

 説明会を終え、いったん富山へ戻ることにしました。今後東京へ行くことが何度も歩けど、こういう場合は往復の交通費と宿代のバランス、会社説明会や試験の日程を美味く考えなければ行けないので、中々難しい。そしてその判断と決断が正解かも分かりませんからね。時間とコンディションのために、帰りは新幹線とはくたかという、金のかかる手段にしました。今までの節約の努力を考えれば、まあまあ自分で許容したい値段と手段ですな。鉄道でも学割が思う存分使えたらいいのに…けちんぼ!!。もしくは、山陽新幹線(新大阪~広島)みたいに45%割引をしてくれればいいのにと考えてしまう。

 15:00に説明会を終え、16:12東京発の新幹線に乗り、20:00前に富山へ帰還しようと目論んでいたのだが、乗った鉄道路線のトラブル(最近よくあるトラブル)で10分ほど足止めをくって間に合いませんでした。そして出発が当初の目論見よりも40分、富山到着が約1時間遅れました。何故1時間の遅れを気にするかというと、相対的に高い投資をして新幹線に乗る以上、極力早く帰らないと何か負けたような気がしてしまうからなのですわ。今更言うのもあれだが、東京まで全てJRを使っていなければ(JRはトラブルに巻き込まれていない、すなわち遅延がない)、東京駅に荷物を預けていれば(品川駅に預けたため1回電車を降りて取りにいくぶん時間を浪費する)、と思ってしまったのだった(←何故こういうときだけ、頭がよく回るのだろう?)。そんなこんなで、富山に戻ったけど、新幹線はやはり速いです。

会社説明会 10 その5 再び赤い電車で横浜へ

 午前中は品川駅の近くのテストセンターで行われた適正試験などを受け、その後は京浜急行を使って横浜の説明会の会場へ行きました。もちろん品川からはJRを使っても行けます。何故景品を使った勝手?そんなの京浜急行の方が楽しいからに決まっています。京浜急行は品川以南では、ほどよい(あまり急ではない)カーブや起伏に富み、更に住宅地の谷間を最高速度120km/hで爆走します(ちなみに、JR路線は最高速度が95km/hです)。加速力もJRの通勤電車と比べて高く、飛行機の離陸にちょっと近い感じです。鉄道に興味のない人にとってはどうでもいいことだけど、とにかく京浜急行のほうはジェットコースターのような迫力があるので、乗車の過程を楽しみたい人には京浜急行がお勧めです。

 横浜からはみなとみらい線を使いました。それにしても、花粉が酷すぎる…。

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 地下鉄「みなとみらい線」の馬車道駅です。この駅は、赤レンガ倉庫の近くに位置するためか、赤レンガっぽいデザインです。実際に赤レンガ倉庫に使われていた器具が展示されていました。

会社説明会 10 その4 清美荘で宿泊

 その日の夜は、品川より1kmほど南の清美荘に泊まりました。ジャランnetで予約して、素泊まり3700円です。この値段の味を占めてしまった以上は、今後東京などの大都会での宿泊は1泊4000円未満を目指していくしかないです。大都会の宿は地方の宿よりも以外に安いです。家賃が高いから宿代もかかるという先入観がありましたが、大都会の場合は選べる宿が沢山ある上に、こういうネットで割引になると宿自体も集客効果で得するという、利点があるのでしょう。品川は新幹線の新駅が出来たことにより、汐留並みに再開発が行われていますが(今後はリニアのターミナル駅にもなる)、ちょっと離れた場所はまだまだ庶民の住む下町です。

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 宿は3畳半という、一昔前のアパートみたいでした。風呂とトイレは共同です。自分としては1人泊まりならこういう環境でもOKなので、この値段で泊まれるのだから重宝します。

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 初めて無線LANを使っちゃいました。使い慣れていれば当たり前だけど、こんなんでネットが見られるのが凄いと感じてしまいました。伝達速度は有線LANの10分の1くらい?みたいですが、動画も普通に見られちゃいます。

会社説明会 10 その3 水の科学館

 宿に行くにはまだ早いため、お台場にある「水の科学館」へ行ってきました。意気込んで行ったのはいいけど、花粉症に負けそうになりました。鼻水の涌水量が豊富な自体にもかかわらず、ティッシュを持っていくのを忘れるとは…。

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 水の科学館は、東京都が管理する施設で入場は無料です。水についての化学的性質(たぶん習ったことがある)について分かりやすく紹介してありました。東京は水の浄化技術が凄い集約されています

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 隣には、水素スタンドがありました。

 その後東京駅に行きましたが、5日後に引退する寝台特急「はやぶさ・富士」が泊まっていました。この引退で、東京~九州を結ぶブルートレインは全て廃止になります(「サンライズ出雲・瀬戸」は残る)。すでに鉄道ファンで鈴なりになっていました。10m四方に30人ほどいました。残念ながら、安全上の関係で先頭車両の付近には立ち入れなかったため、離れた場所からなるだけ全体を撮るか(特に出発の瞬間)、近寄るしかなかったです。

 品川駅で通過する「はやぶさ・富士」を見ました。一応撮影してみたのだが、ぶれてしまいました。僕は写真撮る暇があったら自分の目で見るほうが向いているかも。あと、走っている先頭車両を撮る際にフラッシュを炊くのはタブーなので、夜は中々撮影が難しいです。

会社説明会 10 その2 再び東京へ

 次の日(3月10日)は、新幹線で再び東京へ行きました。本当はもう1日休養が欲しかったけど、エントリーした会社の説明会が折角あるし、早めに動かないとあとでしんどいからなあ。3日前と比べて、東京は花粉が酷いです。そろそろ富山もこうなるのかよ…。

 今日は、午前と午後に2社受けに行って14:30に終わりました。

会社説明会10 その1 遠州鉄道

 次の日(3月9日)から行動再開です。就活で、初めて実家から会社通いをしました。とはいっても浜松だから1時間以上かかるのだが。

 浜松からはその会場まで遠州鉄道を使いました。遠州鉄道は、「新浜松」(浜松駅の近く)~「西鹿島」の間を南北に結ぶ私鉄で、静岡で言う静岡鉄道のような存在です。全線が単線ですが、12分間隔の、単線にしては高頻度な運行をしているのが特徴で、鉄道評論家の「川島令三」も「ほかの私鉄は遠州鉄道を見習うべき」と評しています。列車が赤いことから、地元では「赤電」と呼ばれています。

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 「新浜松駅」のホームです。列車は静岡鉄道と同じ2両編成です。
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 時刻表です。このように12分間隔の運転を行っています。分の部分がほとんど12の倍数で、非常に分かりやすく気軽に乗れるのが特徴です。

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 高架区間の延長工事も行われています。



 遠州鉄道を組曲にとして作った動画がありましたので、載せておきます。静岡鉄道も誰か作ってくれんかなあ(完全に人任せ)。

つかの間の休息

 実家に帰った後、1日だけ引き篭もりになりました。流石に連続させすぎるのも疲れるので。忘れていたけど今日は日曜日(3月8日)で、説明会などほとんど開かれていなかったのである。曜日感覚がまるでないです。模範的な人間は1日中バリバリエントリーシートや履歴書を書くのでしょうが、僕はそのうち3割分くらいしか進みませんでした。まあ、休みとはそういうものだからと言い聞かせつつ…。エントリーシートのネタって、思い浮かばないときは何時間も無意味に過ぎるけど、思いついたときはすぐできるものです。いつも“開眼”していれば、ガンガン書けるのだがねえ。

会社説明会 9 その1 眠ぃ気分で(以下略)

 昨日は昨日のうちに寝ようと思ったのだが、ふと「タモリ倶楽部」が放送されているのを思い出して、ついつい夜更かしをしてしまいました。それでもその分集中的に6時間爆睡して、何とか目覚めました。理想は7時間半睡眠だがそれだと流石に遅刻するからなあ。
 今日の東京はいい天気で、何気に花粉が飛んでいました。今回の会社では担当の方が結構なおしゃべりで、現在の景気について色々と教えてくれました。大企業は大企業、中堅企業は中堅企業の特徴といい所があります。

 昼ごはんを含む説明会は13:00過ぎに終わり、このままブラブラもしたかったのですが、それはある程度一昨日と機能でこなしたはず?なので、直接静岡へ戻ることにしました。時間があったので高速バスを使いました。学割で2280円です。この3日間の旅で5000円以上の金額をまだ一気に使っていないです。こういうのをずっと続けたら、かなりの節約になりそうだ。そして静岡は相変わらず花粉が飛んでいます、でも10日前の名古屋よりはまだましか。

この3日間で使った金額は、富山~東京のバス:4800円、日本青年館:3990円、東京ビジネスホテル:3900円、東京~静岡:2280円、食事(昼飯は3日ともご馳走させて頂いてしまった):約2300円、コインロッカー:1200円、電車賃:2310円、合計で約20780円です。うーん、宿代や交通費でかなり節約したつもりではあるけど、特にこれをみると電車賃とロッカー代と食費で結構消費してますなあ。こればっかは節約のしようがないけど、まだまだ消費を削減したいと思ってしまう。

採用試験 3 その7 だりぃ気分で宿へ

 試験が終わって解放されたのは15:00ですが、異様にだるいです。バイキングで食べ過ぎたのか?精神を浪費したからか?、とにかく運動したての気分のよい疲れではなく、気持ちの悪い疲れ方をしています。食べ過ぎなければこんなことにはならなかっただろうけど、ここは学生の立場、無料で食べ放題とくりゃあ食べない方が損ですからなあ、悩ましい。

しかも今日は天気が悪く、尚更観光する期などありません。ちょっと本屋へ寄って、直ぐに宿へ向かいました。今日は新宿付近の宿です。ジャランnetで安いプランの場所を予約したので宿泊代は3900円です。前日の富山~東京の間の夜行バスが4800円、1泊目が3990円、今日の2泊目が3900円と、今までと比べてかなり安いやりくりをしておる旅です。明日静岡へ帰る際高速バスを使えば(使う気になれば)2300円と、この旅で5000円を使う機会に1回も遭遇しないことになります。

採用試験 3 その6 2日目(適正試験と健康診断)

 今回受けた会社は2日連続で試験を行います。しかも、予定変更で1時間早く集合する羽目になったので、めっちゃ眠いです。学生が普段、いかにのんびりしているかが炙り出されます。

 こういう適正試験って、自分が何をやらされているのかわからない場合が多いです(想像はつくことあるが)。また、筆記試験を総括しても、今までの高校入試や大学入試よりも格段に準備不足で挑み(SPIの準備はするにはするが)、次の会社の試験に活かすという挑み方が多いです。

 さらに健康診断まで、しかも昨日と同じようにバイキング昼食のあとで。普通は入社してからやるものでしょうが、何故今から?昨日の面接官が役員っぽい人であったといい、2日連続わざわざこんな手の混んだことを一気にやらせているので、今回の試験は最終試験かもしれないです、今更考えると。少なくとも、僕が話した受験者達もかなり不慣れな様子で、「やべぇ」と言い合っていました。

 たらふく飲み食いしても、健康診断の結果は問題ありませんでしたが、解散後気持ち悪くなってしばらく座り込んでしまいました。
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