成田空港と鉄道 その2 成田新幹線の計画ルートの一部に造られた京葉線

 前回、東京と成田空港を結ぶ「成田新幹線」の計画について説明しました。この新幹線は途中で建設中止となり、すでに造られて放置されている新幹線の橋やトンネル、および買収された土地、ルートを活用していくつかの鉄道路線が作られました。その一つが「東京」~「蘇我」を結ぶ京葉線です。京葉線は東京ディズニーランドにもアクセスするあの鉄道ですぞ。

成田新幹線のルート - コピー - コピー
 赤色の線が成田新幹線の計画ルート、黒色の線が京葉線のルートです。「新木場」より東京側の約5kmの区間で互いが重複しています。成田新幹線建設中止後に京葉線が成田新幹線のルートを引き継いで利用しました。

京葉線
 拡大した図がこちらになります。成田新幹線の計画ルートは破線で示してあります。

 京葉線は「新木場」より千葉側は海岸沿いを進みますが、「東京側」では約5kmの地下トンネルが続き、「東京駅」は地下33m、海面下30mという、東京の鉄道路線で相対的に最も深い場所に位置する駅であります。京葉線の利用者(ディズニーランドに行くときとか)なら気付いているかもしれませんが、地上のJR路線から京葉線の地下ホームに移動するのにものすごく歩きますね。実際に地図上では乗り換えに400mも歩きます。さらに地下30mまでおります。そのため、乗り換えに少なくとも10分はかかります。「何でこんな不便な場所に鉄道の駅を造ったのか?」と不思議に感じるかもしれません。実は、この京葉線の「東京駅」の場所にはかつて成田新幹線のターミナル駅が造られる予定でありました。「東京」より先の地下トンネルのルートも現在の京葉線のルートとかぶります。成田新幹線の計画時に「東京」の地下駅の構造と地下トンネルのルートが設計されました。しかし、成田新幹線の建設中止で結局建設されずじまいに終わりました。

 その後、当時「新木場」まで延びていた京葉線を「東京」まで延ばすことが決まりました。そこで成田新幹線の建設計画で発案されたルート、設計された東京駅を踏襲して、路線を延伸することにしました。京葉線の「新木場」~「東京」は平成3年(1991年)に開通し、その後も「東京」から東側に延伸し、新宿の下を通り抜けて三鷹に延ばす案もあります。

京葉線東京駅
 ほら、京葉線の東京駅はこんなに離れています。しかも、地下33mにあります。
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成田空港と鉄道 その1 かつて成田新幹線が計画されていた

 成田空港と鉄道の関わりについて数記事書けそうなので、ちょこまかと連載しときます。まあ、連載間隔は「涼宮ハルヒちゃんの憂鬱・にょろーんちゅるやさん」みたいに気まぐれですが、ブログはそういうもんなんで、気長にみてくださいな。

成田新幹線のルート - コピー
 成田空港の建設時、東京~成田空港を結ぶ新幹線が計画されていました。これは全くの独立した鉄道路線で、延長は約65km、ルートは現在の京葉線の「東京駅」から地下鉄東西線沿いに葛西や西船橋を突き抜け、千葉ニュータウン、印旛沼をとおり「成田空港」に向かうものです。途中の千葉ニュータウン付近に駅が設けられ、6両編成の列車が1日45往復するものでした。昭和46年(1971年)に基本計画がなされ、翌年に認可され、昭和49年(1974年)に着工しました。

 ところが、この新幹線建設に猛烈な反対運動が起きました。当時はすでに営業運転を行っている東海道新幹線の騒音が大きな社会問題となっていました。また、成田空港建設反対運動(成田闘争)も活発化していました。さらに、葛西や船橋などの沿線には駅が建設されない予定で、新幹線ができると沿線の街が路線で分断されるうえに騒音だけまき散らされるのです。問題の少ない部分は建設が進んでいましたが、昭和58年(1983年)に工事が凍結、昭和62年(1987年)に計画そのものが失効しました。ここまで545億円の予算がつぎ込まれましたが、作られた橋やトンネルはそのまま残りました。政府内でも採算性の問題が指摘され、また、「東京駅の立地条件が悪すぎるぜ!」という意見があったのです。

 そして、成田空港は都心から60km以上離れているのに鉄道のアクセスが無い“世界一不便な空港”というレッテルを国際的に貼られました。その後も都心と成田空港を結ぶ鉄道の建設案が出されましたが、当時の国鉄には予算がなく中々進みませんでした。昭和63年(1988年)、当時運輸大臣だった石原慎太郎(現都知事)が業を煮やし、すでに作られた成田新幹線の路盤を活用してJRの成田線と成田空港を結ぶ在来線を建設する案を提示し(鶴の一声的なものだった)、翌年に着工されました。そして平成3年(1991年)に開業しました。これが、現在の成田エクスプレスの走る路線であります。また、京成電鉄ルートも作られました。

 成田新幹線の遺構やルート沿いの用地などは、現在いくつかの鉄道路線に活用されています。次回からその活用について語っていきます。


同窓会

 東京遠征から帰った後の4月18日は、部活の同期の友達と再会しました。大学院居残り組の僕らと、就職したみんなと再開です。残念ながら仕事が入ってしまって来られない人もいました。

 夕方に集まる予定でしたが、早く来た友達と日中に出会い、家でハルヒ・らき☆すたトランプをやって暇をつぶしていましたが、特に就職活動で家を空けて汚くなっている僕の部屋を大公開してしまったのだ。確かに突っ込みどころのないわけがない部屋だからなあ。家に長くいられる時期に片づけたいのだが、そういう時間を確保すれば遊んじゃうんだわ。

 夕方になって富山駅でみんなと出会いました。そして駅前の魚民で早速飲み会です。みんなも言っていましたが、みんなはちっとも変っていないですね。傍から見て、みんなが学生のノリで楽しかったです。まあ、やはり社会人1年を経験したら、社会のことをより知っているので、時々社会人らしい知識や経験まとっていますが、こういう場ではみんなが学生のノリです。色々話を聞いたけど、僕も順調に進めば良くも悪くも社会人の仲間入りを果たし、2年後には嫌なところも身に染みてくる立場なんだよなあ。2次会でも盛り上がり状態に変わりはなく、各々の世界観ではっちゃけておりました。3次会はカラオケに行き、閉店時間まで歌いつくしたのだが、途中から誰かが盛り上がっているときには誰かが眠っているという睡魔の押し付け合い的な状態になってしまったとさ。飲んで4時までやってればさすがに疲れますな。そのあとは彼行きつけのラーメン屋でまったり過ごし、日の出の時間に解散しました。一言で、本当に盛り上がって楽しかったです。みんなが学生時代の時にはちょくちょくこういうことをやれていたのだが、今では貴重になってしまいました。だからこそ出会った時には濃密に過ごしたいものとなっています。残念ながら来られなかった人とも時間の合う時に再開したいです。

 解散後は昼まで爆睡して起きて学校へ行って、ある会社への作文を書いていましたが、次の日4月20日は東京に一次試験を受けに行くため、19:30に寝ましたとさ。起きてから9時間足らずで寝ました。

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 金魚蜂サワーにかぶりつく様子です。絵になりませんなあ。


採用試験 8 その7 2万kmを突破

 就職活動では鉄道やバスなどを使って色んな場所に出向いていますが、ついに乗物を使用した移動距離が2万kmを超えました。また、乗り物で移動していた時間の合計も10日を超えました。今回の遠征で富山に戻った4月17日、就職活動で遠征をはじめてちょうど5カ月と2日目のことです。ちなみに、今まで訪れた町は、富山、金沢、東京、横浜、静岡、浜松、名古屋、大阪、です。

 この計算は、鉄道は市販の時刻表やパソコンに内蔵されている時刻表、バスは高速道路のIC間の距離+目分量で求めました。大都市圏内の通勤電車の移動距離も極力計算しました(ただし、移動時間まではまだ計算していないです)。これでいくらかかったって?それは怖いのでまだ計算していないです。就職活動を終えてほとぼりが冷めたと思ったらこっそり計算しましょう。

 まあ、こんなに旅ができているのも、家族の助けがあること、実家を中継地点にもできること、思った以上に会社が交通費を支給してくれること、そして学校がこの“課外授業”をしぶしぶ黙認?してくれていることが挙げられますね(してなかったらぐれちゃうなあ)。この旅がそろそろ終盤に差し掛かっていくことを祈りますよ。

採用試験 8 その6 論作文だりぃ

 その後、午後に上野で試験がありました。僕の記憶が正しければ(間違っていなければ)説明会では土木関連の問題が出ると聞いたので、念のためモーメントを始めとする構造力学の問題集をサラっと目を通しておきました。とはいってもかなり付け焼刃でわかったつもりでいたきらいがあるがね。昨日ももうちょっとぶらぶら遊びたかったのをこらえて早めに宿に行ってその勉強をして今回の試験に臨みましたが、試験内容は適正試験と論作文でした。あれ?僕、ひょっとして騙されちゃったの?あの説明会は僕の聞き違い?それとも会社側の気まぐれ?真相は僕の記憶を完璧に掘り起こさねばわからないからどうしようもないが、昨日遊んどけばよかったわい…。

 しかも、論作文の一部はその会社の事業に関連しそうな分野の意見を述べるものだったので、構想を造るのにちょいと焦りました。一応それなりに書いたつもりではあるが、あのアドリブ的に思いついた提案がどこまで通用するのだろうか?はっきり言うけど、時間制限内にあの分量を書くためには、8割は字を書くのに割かれますね。しかも、急いで書いた汚い字で。もはや見直しをする時間はほとんどなく、問題に対する回答もその場で考える必要があります。もともと頭の中で練られていればいいのだけど、予想外の質問が出たらアドリブですよ。

採用試験 8 その5 車両基地の一部を見学

 午後に上野で3つ目の会社の試験があり、言いかえれば午前中は暇です。てな訳で、ちょうど午前中に行われた、東京メトロのオープンセミナーに行ってきました。ちょうど上野に近い綾瀬の車両工場で開かれたので実にタイミングがいいです。鉄道関連の会社ということで、やはり人は多かったです。受けるとしても受かる確率はあまり期待できないのが現実…。でもせっかく東京に来ましたからね。最低でも貴重な社会科見学に来たと受け取りましょう。目論見通り、車両基地のほんの一部を見せてもらえました。線路内に立ち入るためには特定の免許が必要なため、どっちみち見られる場所は限られます(タモリ倶楽部は取材で入れて羨ましいです)。それでも線路の資材置き場や資材運送の専用車両、遠目で千代田線の車両を見ることが出来たので、オープンセミナーとしてはよかったものでした。

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 公道の歩道橋から撮影した千代田線の綾瀬車両基地の様子です。説明会ではさすがに撮影していい雰囲気ではなかったので、車両基地の写真はこれだけです。

採用試験 8 その4 あちらが立てばこちらが立たず

 各試験を3日連続3回とも東京で行えるといういい予定を立てたつもりなのだが、それでも満足はできませんでした。1週間前に説明会に赴いた企業の1次試験と本日(16日)の面接試験が重なってしまいましたので。しかも、重複時間は1時間で、午後の試験(面接)は行けたんですよ。ただ、午前中に開かれていた筆記試験の方にはいけませんでした。筆記試験は時間の変更が聞かないため、やむなく後日に行くことに。学生側の私案からすれば、筆記試験くらい時間を変更させたり、もっといえばたとえ満席であってもちょっとくらいスペースを確保してもらえないのかねえ?と思ってしまうのだが、僕らの知らない事情があるのかね?こういうのは。いずれにせよ、ギリギリのところで今回は受けられなかったもどかしさは残りました。全部はうまくいかない、あちらが立てばこちらが立たず、です。

 午後は暇になったので、東京都庁に行ってきました。都庁の45階(地丈202m)に展望台があったので。しかも、公共建築物なので、入場料は無料です。残念ながら靄が激しく10km先ほどまでしかよく見渡せませんでいたが、本当に高いです。富山平野と呉羽山の高低差は130mなので、呉羽山よりも70mほど高い場所から見下ろしているのですよ。また、IOCが来日している機関でもあり、都庁は東京オリンピック開催をアピールする空気にありました。

 2日目の宿は、以前も停まったことのある品川の清美荘です。値段は3700円と、前日のホテルの3分の1です。前日は、よくあんなところに泊めてもらえたよなあ。

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 東京都庁です。竣工してから16年目ですが、やっぱり変わった形をしている建物ですね。立方体ではなく直方体なので、応力のかかり具合に偏りがあるそうです。そのため、鉄板を組み合わせて行庫で太い柱をつくり、それでがっちりと建物全体を揺れから守っているそうです。

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 ちょうどIOCがやってきている時期です。東京オリンピックをアピールする空気に満ちています。

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 45階、高さ202mの展望台です。10年以上前と比べて、高層ビルが若干、かなり増えました。

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 海側を見ています。めっちゃ曇っております。

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 東京メトロ丸ノ内線の四ツ谷駅です(四谷怪談の四谷です)。なんか、微妙に線路が十字に交差している線路になっているけど、これはどうやって活用するのだろうか?

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 東京メトロ千代田線の新お茶の水駅の長いエスカレーターです。全長は41mです。エスカレーターの角度は30~35°が最高なので、高低差はおよそ20mくらいでしょう。最近までは日本一長いエスカレーターでした。

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 上からみた様子です。高低差ではディズニーランドのスプラッシュマウンテンを超えるでしょう。上から下へ行くのに1分30秒かかるとか(横浜のランドマークタワーのエレベーターは1階~69階まで40秒、東京都庁のエレベーターは1階~45階まで55秒で上ります)。

採用試験 8 その3 面接に慣れてくる時期かな?かな?

 2日目。ホテルまでもおごってくださった会社の面接に行きました。資源を採掘する会社でしたが、資源、土木系って以外に交通費などを支給してくれる傾向にある気がします。

 そして面接です。今回も50、60になりそうな年配の方が3人と対面しましたが、以前と比べて緊張感は解けてきたような気がしてきました。かといって、完全にザックバランではなく、まだまだ改善点は面接を終えた後から出てきましたがね。あと、ここは面接全体の空気がまだ穏やかな会社でしたので。とはいうものの、4月になってから面接に慣れてくるという噂も確かに的を射ているものだと実感してきました。あとは、大きなミスをせずにうまく自分をアピールする術を向上させればいいでしょう。かといっても合格率がそれに比例して上がるのではないから、舞い上がらないように気をつけねば。

採用試験 8 その2 宿までおごられた

 1日目の宿ですが、次の日行く会社のおごりでした。そして交通費までも…。バブルのころは当たり前だったそうだが今ではほとんどあり得なさそうなことが来てしまいました。はっきり言って萎縮しましたよ。しかも、場所は日本橋付近のアパホテルではないですか。宿代で1万円という、就職活動中で最も高級なものしたよ。事前のメールで「ホテルに泊まらなくていい方はまえもってご連絡ください」と人事の人がおっしゃっていましたが、どっちみち連泊する予定だったので、会社のご厚意に準じましたとさ。

 「アパホテル」と言えば、全国に系列があり、真の日本近代史を広報する目的で、近代史についての論文を募集する機関とも携帯しています。去年の秋に「日本は侵略国家であったのか?」の論文が日本にのさばっている反日勢力によって騒がれ、幕僚長を解任させられた田母神氏が、その論文を投稿した機関であります。客室には田母神氏の論文を始めとする、各人の近代史を論じた論文集が置いてありました。明日の準備で目を通す時間があまりなかったのが惜しいです。

 最上階には露天ぶろ付き大浴場やサウナもあるという高級さでした。今後こんなところに泊まる機会なんて当分ないでしょう。そして明日は早いため、その日のうちに眠りました。

 次の日の朝は予定より遅く起きてしまい、さらにコンディションを保つために朝のバイキングを自重したのがちょっと惜しかったです。

採用試験 8 その1 試験3連戦

 4月15日より3日連続面接試験になってしまいました。幸いなことに東京ですべてが行われるため、移動は少なくて済みそうです。説明会の時期とは違い、試験の集中する時期はコンディションと時間の余裕が必須です。そのため最近は夜行列車や高速バスを使わずに最速の手段(新幹線や昼行特急)を使っています。1日目は午後から試験が始まるため、朝に富山を出ました。この場合、前日に東京入りして安い宿にのんびり停まっていもいいかもしれんなあ。

 1日目は集団面接でした。相変わらず、最初に質問されれば緊張するけど、言おうとしていたネタを守るのにはいいものです。僕は今回先を越されてしまい、ちょっとしこりが残りましたが。あと、時々面接で「○○な場合、あなたは仕事と△△のどっちを優先するか?」という、いやらしい質問があるけど、それに対するいい答え方を知りたいものです。試験は15時に終わり、そのあとは疲れたため宿へだらだら向かいました。

正しい新幹線車両への入場の仕方

 新幹線の地方中間駅には、以下のような光景が見られます。
 新幹線車両を始めとする特急列車は、通勤電車と異なり1両につき2つしか扉がありません。大半の場合は、その扉は人1人が通れる幅です(座席を増やすため?)。そのため出る人がいなくなってからホームでそれを待っていた人が車両へ入場します(通勤ラッシュでもよくあることだが)。新幹線の、特に割合利用者の多い地方の中間駅では、同じ車両でも2つの扉では乗客の出入りに偏りが生じています。

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 乗客の流れの偏りを図にするとこんな感じになります。駅における出口(改札口)への階段の位置がみそです。1つの車両のうち、階段に近いほうの扉に、相対的に降りる人が殺到するためそちらの扉は出る人が多いです。

 一方、階段から遠いほうの扉は出る人が少ないです。つまり、列車が停まってから降りる人が全員外に出るまでの時間が階段に近いほうの扉のほうよりも短いため、早く車内に入場できます。そして自由席であればそれだけ優位に座席を確保できます。

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 朝の静岡駅の光景です。一番上の図のように、車両(この写真でいう1号車と2号車)ごとに区切れば、階段に近いほうの扉(写真でいう手前の方、1号車)は出る人が多いため、そこから入場しようとする人が少ないです。反対に階段から遠いほうの扉(写真でいう奥の方、2号車)は出る人が少ないため、そこから入場しようとする人が多いです。

 写真では列車(こだま号)がすでに停まっていますが、ホームで待っている人はこれよりも1本あとにやってくる「ひかり号」に乗ろうとしている人たちです。現在のダイヤでは、静岡駅には「ひかり号」は片道1時間に1本しか止まりません(沿線人口や全国の新幹線の駅とダイヤの傾向から考えれば、かなり停車数が少ないと言える、ある意味石川知事の言い分も正論なんですね)。そして「こだま号」と比べて「ひかり号」の利用者は圧倒的に多いです。つまり、ひかり号の、特に自由席はめちゃくちゃ混みます。そのため、みんなが自由席争奪戦に勝つために早くから並んでいます。そして、少しでも有利に座席を確保するために、階段から遠い方の扉より入場するという技を多くの人が習得しています。また、静岡駅には出口への階段が1つのホームにつき2か所しかありません(ホームの中間付近)。その構造も影響し、静岡駅はこのような出入りの偏りが自然と生じています。

 この現象は、新幹線に限らず特急列車の停まる、静岡駅以外にも比較的利用者の多い地方の中間駅でも見られるかもしれません。そして、新幹線に慣れている人には当たり前の光景でしょう。この裏ワザにつきましては、僕も新幹線の利用歴が長い父親から教えられて初めて気付きましたので。

名言集 その27

誰かを恨んだり何かから逃げたりして手に入れた力でも、それは立派なあなたの力です
(四葉五月:魔法先生ネギま)
 自分と周りの現実を見据えたうえで、それをきちんと受け止めることは中々難しいものです。でも彼女はそれを受け入れそれでも前向きに前に進んでおります。さすがエヴァンジェリンが認める唯一のクラスメイトですな。

世の中は全てこの2つで成り立っている、したいけど出来ない、出来るけどしたくない
(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)
 なんという的を射た言葉でしょう。日常生活に多いです、こういうことが。それを感じないように生きることが大切でしょうけど、現実はいろいろと面倒くせえ。上述の四葉の生き方を見習いましょう。

あたしは一生記憶に残るような毎日を過ごしたいと思うわ
(涼宮ハルヒ:涼宮ハルヒの暴走)
 1日1日を納得できるように過ごそうとするのがハルヒのいいところですね。キョンの考え方もだんだんとポジティブになってきていますし。しかも、その思いを叶える為に、あれだけ夏休みをループさせるとはな(「ひぐらしのなく頃に」の5倍くらいはループしてるんじゃね?)。自分も記憶を失くさずにあるていど長期休暇をループしてみたいものです。

歴史より値段よ
(峰不二子:ルパン三世vs名探偵コナン)
 流石だ。どんなに公の価値があろうと、個人として興味のあるものと無いものをきっちり区別している。

無理強いはしないぜ、でもよお、ここで逃げちまっていいのか?それはおれだって死ぬのは怖いさ、逃げ出したくなることもある。だけどよお、命をかけても絶対に譲れないことってあると思うんだ。これさえやり遂げられれば自分は一生胸を張って生きていける、そういう何かに必死になることって大切なことだろ。だから俺はあきらめない、だから俺は戦うんだ。
(クルツ:フルメタルパニック・ふもっふ)
 これもまた戦闘作品によくありがちな台詞で、非常にカッコよく一度は言ってみたいものだが、この作品でクルツをはじめとする彼らは何のために体を張っていると言えば、女湯を覗くことです。そしてオチもまた酷かったので、興味がある人は見てみてください。

採用試験 7 その4 ギリギリchop

 その3日後の4月13日に東京で1次試験があり、そのまま富山に戻る計画を立てました。試験が午前中にあることから7時台の新幹線で会場へ向かうつもりでしたが、うちの家族は全員寝坊して、起きたのは6:30でした。慌てて準備をして何とか間に合い、試験開始1時間20分前に東京に着いたのですが、それからが“ギリギリ崖の上をいくようにフラフラした”状況に陥りました。このトラブルが“際どい快感に侵されて楽しめた”か、“完全なる不快感で終わる”かは、後の歴史が証明するでしょう(考えたくない)。

 東京駅に着いたあと、品川の「キタムラ」に立ち寄って、受ける会社のエントリーシートにあったサイズの写真を印刷して会場へ向かおうとしました。しかし、「キタムラ」の位置を示す地図を持っていくのを忘れて探すのに時間を食いました。時間は過ぎて店を見つけた時は何とか印刷に間に合いそうな時間帯に。これまでの経験から印刷するのに10分かかることを見越して、これなら何とか間に合うと踏んで印刷をしてもらいましたが、この店に限って18分かかりました。試験に間に合うか心配な状況でしたが、とにかく走って電車に飛び乗って向かいました。

 ところがこの時、自分の荷物を入れた東京駅のコインロッカーの鍵をロッカーにさしっぱなしであることに気づきました。自分の荷物をロッカーに入れてお金を入れた後、鍵をかけてその鍵を持っていくのを忘れていたのです。東京駅に戻る時間など無いため係の人にその趣旨を伝えましたが、預けたロッカーの番号を覚えていないわ、荷物の中身の特徴を伝えるのに手間取ったわで、何気に時間を食いました(駅係員にロッカー担当の人の電話番号を訪ねるのに足を止め、通話中は息切れしないように歩かざるをえなかったため)。その後下りた駅から1km弱の道を走って走って、何とか会場に滑り込みセーフでした。地下鉄に乗り換えていけば歩く距離は300mほどで済みますが、この場合は走った方が早いと判断してのマラソンでした。まあ、その日も異様に暑くてそれで走ったので、汗はだくだくで息切れをしながら受付に行き、慌てて来たことがほかの人にバレバレでしたが、間に合わないよりはいいと前向きに判断しときましょう。せめて15分くらい前に「数分遅れるかもしれない」と連絡するべきだったが、あろうことかこういう時に限って担当者の電話番号のメモをかばんに入れるのを忘れていたのだ。こんな3重の自業自得的なハプニングに襲われるのはそうそうなさそうですな。

 で、コインロッカーの件ですが、荷物は無事に全て自分の元に帰ってきました。金銭は身につけていたけど、預けた荷物にノートパソコン(パスワードなし)が含まれていたので、かなりヤバかったです。試験が始まる直前(預けてから1時間後)に気付いて係の人に慌てて連絡をしたのがまだ功を奏したかも。これで何かを失くしていたら、マジで萎えたし、こんな記事に書けませんでした。

採用試験 7 その3 集団面接

 次の日(4月10日)は、浜松へ集団面接を受けに行ってきました。最近は、1か月のうちに半分は実家に立ち寄っている気がする。集団面接っぽいのは今までもあったけど、本格的な集団面接を受けるのは初めてな気がする。幸いセールスマンもどきの受験者には遭遇せず、お互いがごく平凡に自己PRや質疑応答をできた気がします。まあ、みんながありがちな応答をしていた感は否めないが(自分も含めて)。そういう場合はどうやって古いわけをするのでしょうねえ?面接の途中で今月放映される映画、「剣岳点の記」の話題に流れ、僕は面接官達に「ぜひ見に行きます」といったので、もし次の面接に進めてなおかつ見る時間が取れれば見に行った方がよさそうだ。

 そして今日も暑い…。23℃だってさ。僕はとっくにスーツを脱いで移動し、会場に入る直前で着るという行動をとっています。結構まだ着っぱなしの人もいるけど、よく平気だよなあ。

採用試験 7 その2 東京駅前で面接

 9:55に東京駅へ着き、しばらくして面接会場へ向かいました。駅から歩いて5分、走って3分間の場所なのでよゆーです。面接試験は会社の事業内容もあり、自分の大学での研究内容に着いて語るというものでした。色々突っ込まれはしないか?と前日と今朝の移動中に、あらかじめ送付した研究内容の報告書を読みまくってきたけど、一応それが功を奏し、某談話会のようなムカつく質問もなく、手ごたえと語った感で終えました。談話会もこうだったらいいのにね。

 そして、東京は暑い…。こんな暑い日に“サウナスーツ”を着ているバカヤロー(「みなみけ」の「南千秋」っぽい言い方で)が日本には多いですな。今日は最高気温が21℃らしかったけど、体感温度は27度を超えていました。

 面接が終わった後は、即実家へ向かいました。帰ってきたのは15:00台。いつもこんなに早く帰れたら楽ちんです。そして、2月ごろは21:00頃に実家へ着いたということもあったけど、今考えると信じられん。

採用試験 7 その1 最速の東京到着

 富山にいったん戻って中2日を置いた4月9日に、またまた東京などを経由してきました。本当に忙しい…むしろ癖になりそう。

 本日の面接試験は10:45集合のため、朝いちばんの「はくたか」+新幹線で間に合いました。この時間帯は、「はくたか」は富山~越後湯沢の間では魚津と直江津のみに停まり、乗り継いだ新幹線は東京まで1駅も停まりませんでした。そのため、富山~東京を3時間11分で走破できました。富山駅を6:44に出発するため、前日は22:00就寝し、3:30に起きるという、非常に模範的な生活を久しぶりにやっちゃいました。

富山大橋架け替え工事 その3 平成21年4月8日

 前回の紹介から4ヶ月ほどたちました。橋げたに路面電車の基礎らしきものが組まれたり、立山側の道路が微妙に切り替わってきました。撮影した写真はすべて、平成21年4月8日のものです。ちょうどこの日は富山大学の入学式が開かれました。最近暑いです。

新富山大橋 - コピー
 新富山大橋の位置図です。赤色が建設中の新富山大橋、およびその両端の道路、水色が新たに造られた連絡路、および仮道、灰色が工事で閉鎖されている部分の道路を示します。図中の番号は、以下の写真の撮影地点を示します。

①
 大学側の道は、去年から手付かずの状態になっています。今後まとめて整備するのでしょう。

②
 桜も満開になりそうです。新しい橋の下を通る迂回路は未だ貫通しておらず、資材置き場になっている?もしくは橋脚を支えるために鉄骨を積んでいる状態です。

③
 何やら橋げたの上に橋の基礎部が伸びてきています。

④
 橋の基礎部は、大学側の土手から川の真ん中辺りまで伸びています。

⑤
 ちょうど橋げたの真ん中に作られています。その位置と幅から、路面電車(複線)の基礎部を選考して作っているのでは?と考えられます。

⑥
 近くで見ると、こんなかんじ。

⑦
 立山側の土手から撮影しました。橋の工事が進むにつれ、景色が変わっていきますねえ

⑧
 立山側の橋への坂道は、基礎部が既に出来上がりました。

⑨
 下り線側の道は、新たに創られた新富山大橋への坂道側に移設され、その上を車が普通に通行するように切り替えられました。

⑩
⑩ 松川に架かる小橋もすっかり出来上がり、その上を車が走っています。

⑪
⑪ さらに立山側の方からみても、下り線の進路が大きく変わっているのがわかります。

上越新幹線には、異常出水により減速運転を強いられている区間がある

 場所は、上越新幹線の「高崎」~「上毛高原」の間の中山トンネル(全長14.6km)です。

中山トンネル
 位置は群馬県です。越後山脈越えでどんどんトンネルが増えている場所です。赤色の枠が下の地形図の範囲を示します。
 
無題
 上図が、中山トンネルのある地域の地形図です。上越新幹線の線路を赤色の実戦でなぞってあります。よく見てください、ある場所で異常な曲がり方をしている場所がありますね(矢印の場所)。破線は、計画時のルートを示します。25000分の1の地形図をはじめとする、ちゃんとした地図では、迂回して湾曲している箇所も忠実に描かれていますよ。

 中山トンネルも当初は、ほぼ直線に近い緩やか~な曲線で掘り抜く予定でした。しかし、トンネルの工事中異常出水が発生しました。色々と対策を施してみたのですが、この区間だけはどうしようもなく、トンネルの真上の工事用の縦坑が底(トンネルの工事部)から250m水没する(要するに、縦坑が水深250mの“井戸”になった)出水でした。出水量は時に毎分110トン(3分半で25mプールが満タンになるペース)におよび、工事中のトンネルが35000トン(25mプール93杯分)の水で水没したこともあったそうです。

 やむを得ず路線を迂回させることになり、上の地形図で描かれているようなルートになりました。掘っている途中でトンネルのルートを変更するのは、普通はあり得ないことです。しかも、トンネルのルート変更は2回も行われました。その結果、迂回ルートの曲線の半径が1500mになり、列車の運転速度も160km/hに制限されています(曲線の最小半径は、東海道新幹線が2500m、それ以外の新幹線は4000mを基準としている)。

 中山トンネルに投資した予算は、結果的に計画時の4倍、青函トンネルの工事費を1000億円近く上回りました。

 この出水事故と迂回ルートの建設により、上越新幹線自体の竣工も遅れました。当初は東北新幹線と上越新幹線の両路線を同時開業させる予定でしたが結果、東北新幹線が昭和57年(1982年)6月23日、上越新幹線が 昭和57年(1982年)11月15日開業と、時期をずらしてそれぞれを開業させました。

 実際に上越新幹線に乗って注意してみると、「高崎」~「上毛高原」の間を走行中、途中のトンネル内で妙に速度が落ちるのがわかると思います。それこそが、ルートを変更した場所であるのです。

 この中山トンネルに工事に関しては、こちらの「Treasure Reports」というサイトの(http://morioka.cool.ne.jp/tksoft/page024.html)の部分に詳しく書かれていますので、参考にどうぞ。凄まじい工事物語ですよ。

地下鉄の短絡線 その8 大阪 長堀鶴見緑地線~今里筋線

 最近発売された鉄道関連の本やWikipediaを見てみたら、日本にはもうひとつ地下鉄同士を結ぶ短絡線の地下トンネルがありましたので紹介します。場所は大阪で、長堀鶴見緑地線と今里筋線を結ぶ短絡線です。

長堀鶴見緑地線は平成2~9年(1990~1997年)の間に、今里筋線は平成18年(2006年)12月24日に開通しました。ようするに、どちらも新しい路線です。両者とも線路の幅は1435mm(新幹線、阪急電鉄、阪神電鉄、御堂筋線、および四つ橋線などと同じ)、リニアモーター方式で運転されています。このように線路の幅と運転方式が共通するため、お互いを結ぶことができています。


短絡線 - コピー
 上図が長堀鶴見緑地線と今里筋線、および両者を結ぶ短絡線の位置図です。短絡線は、両路線の車庫と検車場を結ぶ形式です。詳しい情報が無かったため、今里筋線の車庫と両者を結ぶ短絡線の位置は、配線図を参考にてきとーに書きましたので、その点はご了承ください。

鶴見緑地線と今里筋線の短絡線
 こちらが配線図です(参考文献:「東海道ライン 第7巻 大阪エリア―神戸駅」、「川島令三」編著)。今里筋線の鶴見緑地北車庫の先端から伸び、鶴見緑地線の下をくぐって鶴見検車場に繋がる連絡線と合流しています。

この短絡線は、平成18年(2006年)に開業した今里筋線の車両を長堀鶴見緑地線の所有する検車場に回送する目的で造られました。現在、日本で一番新しい地下鉄の短絡線であります(たぶん)。

 日本にはこの他に地下鉄関連では、7つの短絡線の地下トンネルといくつかのミニ短絡線があります。今まで書いた短絡線関連の記事のURLを下に載せてありますので、よろしければ参考にどうぞ(ミニ短絡線については今のところ2記事作成、気分次第で新たに書くかも?)。

地下鉄の短絡線 その1 札幌 東西線~東豊線
地下鉄の短絡線 その2 東京 千代田線~有楽町線
地下鉄の短絡線 その3 東京 南北線~有楽町線
地下鉄の短絡線 その4 東京 大江戸線~浅草線
地下鉄の短絡線 その5 名古屋 鶴舞線~桜通線
地下鉄の短絡線 その6 大阪 中央線~千日前線
地下鉄の短絡線 その7 大阪 中央線~谷町線
地下鉄のミニ短絡線 その1 東京 銀座線~丸ノ内線
地下鉄のミニ短絡線 その2 大阪 御堂筋線~四つ橋線

採用試験 6 鉄道に関わる会社の試験

 就職活動は、分野を絞り過ぎず広め過ぎずで進めているつもりで、興味と関心から鉄道に関連する会社も受けております。昨日もその試験があったのだが、鉄道に関する会社って結構特徴がある気がしますね。

① 受験者が異様に多い 鉄道好きな人が受けるのは自然の流れかもしれませんが、それに加えて一般的な知名度が高く(電力会社や証券会社と同様)、安定していると評判だから受ける人も多いのでしょう。あるうわさでは、国鉄時代は、国鉄の従業員になれば、本人とその家族の国鉄の乗車賃が無料になったとか割引になったとか。

② 試験問題が独特
 適性試験ですが、鉄道総合研究所らしき組織が作った図形に関する試験をよくやります。あれも慣れですね。

③ 試験で健康診断がある 普通は内定がでてから入社式の前にやるものですが、鉄道に関わる会社は、健康診断も試験中にやることが多いです。要するに健康上問題がないかをあらかめ調べる必要があり、それが試験必須科目になっています。

スイスの鉄道についてほんの少し

 スイスは、世界で最も“鉄道路線密度”の高い国の一つであります。あれだけ山が多く、人口密度もそれほど高くない国なのに、適当な方向にまっすぐ10マイル(約16km)進めば必ず鉄道路線に出会うと言われるほど鉄道網が発達しています。また、国全体(大都市も田舎も関係なく)の鉄道の運転時刻が正確な国は、日本とスイスだけであります。以上。

「経営の良い鉄道路線ほど車両の面白みにかける」という法則

 鉄道路線の経営にもピンからキリまであります。そして、経営の良い鉄道路線は列車のバラエティ(面白み)に欠け、逆に経営の悪い鉄道路線は列車のバラエティ(面白み)に富んだ路線である傾向があります。どの車両に面白みがあるか否かは人によりけりなのでいつもこの法則が通用するとは限りませんが、この法則は、以下のことからある程度は成り立つともいえます。

 例えば、東海道新幹線や大都市圏を走る通勤電車(山手線とか京浜東北線とか)。利用者が非常に多く、経営がいいといえます。しかしその一方で同じような形の車両ばかりが走り、どこかバラエティに欠けます。東海道新幹線は経済性とダイヤの効率化のために、格好良さで圧倒的に人気のある500系を東海道新幹線内に走らせるのを嫌がり、来年には500系のぞみは無くなり、N700系に置き換えられる予定です。経営のよい路線は客寄せをするために“面白列車”を走らせる必要がありません。むしろ、ダイヤや列車管理の効率化を優先するためになるべく車両の種類を統一するようにしています。

 対して、地方を走るローカル鉄道。利用者が少なく、新幹線や大都市の通勤電車と比べて経営が悪いものが相対的に多いといえます。車両の製造費や開発費を節約するために、大都市を走る通勤電車の中古車両を安く購入したり、古い車両の延命工事を行ってそれをなるべく長持ちさせるよう取り計らっています。また、鉄道利用者を増やすために(客寄せ)、SLを始めとする目玉列車を走らせることもしばしばあります。このため、経営の悪い路線はバラエティに富んだ“面白列車”を走らせる機会が経営の良い路線と比べて多いのです。

 最後に、富山地方鉄道を走る車両の一部は、京阪電鉄の中古車両であります。

休みは必要です

 何やら今週の平日は、毎日どこかへ1社出向いておりました。

3月29日(日):実家滞在
3月30日(月):東京で面接試験
終了後富山へ
3月31日(火):金沢で筆記試験(9:00~17:00までみっちり)
4月1日(水):富山で筆記試験
急行「能登」で眠りながら東京へ
4月2日(木):東京で筆記試験
実家へ
4月3日(金):名古屋で筆記試験
週末は実家に引きこもる


 なんか、うちの大学の某先生みたいな旅の仕方だな。何故だろう?そんなに運動した実感がない割に疲れた…。やはりこういうのって知らないうちに疲労がたまるもんですなあ。水につかって作業をすると知らないうちに疲れるのと同じか。自分の場合、体力(HP)よりも精神力(MP)の消費が激しいよ。面接では面接官に「肩の力を抜いて」、「緊張しないで」、「リラックスして」と声をかけられるのだが、そうそう緊張は解けないもんなんですよ、と叫びたい。自分もカラオケで歌うみたいにすらすら演説するくらいの勢いで臨みたいのだが。

 幸運なことに、考えれば当たり前でもあるけど、土日は何もありません。毎日どこかへ行って“持ち駒”を増やしたいとも思ってしまうことがあるけど、さすがに1週間フルで会社訪問していたら、体が持たないです。おまけに履歴書を書く時間もなくなります。てな訳で、今日明日は実家に引き籠って、家で英気を養う体制に入ります。こういうときに履歴書を書いたりする作業に没頭しまくるのが理想だけど、半分の時間はグータラ過ごすと確信しておりまする。

採用試験 5 その3 面接は怖い

 最近採用試験の比重が増えてきたのだが、面接って怖いなあと思う今日この頃です。3月31日に東京で面接を受けてきたのだが、この会社もまた最初の面接が“最終面接(役員面接)”で、例によって50、60代の役員たちがいましたとさ。ここで聞かれるのが「なぜ今の学科からこのような会社を志望しているの?」。これはまあ、自分の出身学科とちょっと外れている分野の企業では必ずある質問だから、それなりに思ったこと(もしくは考えたネタ)を熱心にいえばいいのだ。あと、「(自分の学科の分野に近い)○○会社に行った方がいいんじゃないの?」という指摘は怖い。本心ではその“○○会社”が希望順位は上と承知しているので、中々ハキハキと返答しにくい。それを隠して挑まねばいけないのはわかっているのだけどなあ。思っていることがすぐ顔やしぐさに出るのも考え物です。こういうのって、自分のペースで心地良く(談話会の発表中やカラオケみたいに)演説できれば未だ緊張しないんだけどなあ。

 暇が出来たら、「就活であるあるorねえよ」を造ろうと思います。
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