就活の総括 その4 就職活動であるあるorねえよ

 最後に、学生の就職活動でよくありそうなことをまとめてみました。「太郎」本人が就職活動を通じて体験したこと、感じたことを、学生の立場や私的な心境でまとめていますので、あしからず。



就職活動のはじまり

就職活動を始めるまで、就職活動がどんなものか想像が付かなかった

マラソン大会のスタート直前のように始める前はやるのが億劫だが、いざスタートをきれば意外にホイホイ進められる

進学するべきか?さっさと就職活動すべきか?の質問に正解は無い

知識よりもやる気、頭で考えるより体を動かすことが大切である

「早めに動くべき」という考えは、先輩から後輩へ伝承される

知識と注意力の無さが原因で、受験チャンスを逃した企業がある

自己分析をやるにはやるけど、分析結果通りに就職活動をあまり進めない




ナビサーフィン

時々学校に顔を出しても、研究するふりをしてナビサーフィンばかりやっている

時がたつにつれ、企業選びが精密になる

エントリーしても数ヵ月後に、「絶対入社しないだろう」と思った会社がちらほら

就職ナビには自分の知らない、もしくは使わない機能がたくさんある

メールのチェックとスケジュール管理は、こまめにやらないと後できつい

1日以上メールのチェックやナビサーフィンをしないと落ち着かない




移動と宿泊

就職活動をやる時期だけは、大都会近辺に下宿しなかったことを悔やむ

結果を考えなければ、旅の計画を立てるのは楽しい

新幹線の素晴らしさと値段の高さを改めて思い知る

夜行バスは眠れるときと眠れないときのギャップが激しい

夜行バスが予定よりも早く目的地に着いてしまい、その分寝不足になる(予定より1時間早く着いたことがあった)

夜行列車は、2つ以上の座席を使って横になれることを前提に乗る。そうでないとしんどい

安く移動、宿泊するコツを掴んでいく

大都会の宿は意外と安い。ジャランnetなどを有効に利用しましょう

宿泊中に何らかの“宿題”をやるのは精神的に無理。くつろがなきゃやってられない

移動中は、暇潰し用の本やパソコンを重宝する

移動中も応募書類を書きたいという欲がでるが、さすがに無理

実家を中継地点にできると非常にありがたい、そして実家の豊かさに驚く

友達の家に泊まれるのは非常にありがたい。当然、宿題をやる気になれなくなる。

説明会が多い時期(~2月)は高速バスでよく移動をし、試験や応募書類の提出が多い時期(3月~)、特に交通費を支給されるときは、新幹線や特急列車で移動する

就職活動をやって(特に初めて)交通費を支給してくれた会社を神と思い、萎縮した




合同企業説明会

合同説明会での企業の勧誘が、サークルや宗教の勧誘みたいに露骨で激しい。そのくせ誘った学生の大半を切るんだよなあ

雑音的な勧誘を避けるために、「てきとーな用紙を見ながら早足で歩く」という、“急いで特定のブースに行くそぶり”をする

見たい企業ブースが見つからずに、壁際に1人で突っ立っていると空しい

「1日で10社分は回ってください」と言われるが、訪れる企業の一部は説明の途中で退出しないと1日で10社まわるのは無理

会場で貰えるお菓子や栄養ドリンクを昼食代わりにする

1日中会場にいると、どこか1社の説明会で激しい睡魔に襲われる

特定のブースの混み具合に辟易する

会場が閉まる直前に訪れたブースでは、かなりテンションが上がる

合同企業説明会で訪れたブースの企業を受験して内定を貰い、入社する確率は低い。「合同企業説明会で訪れたブースの企業に応募して就職するものかなあ?」とよく考えられたものだ




会社説明会

建設・土木・調査系の業界は、どこの会社も「地図に残る仕事」とアピールしている

開始15分前に会場へ着くと、大多数の学生はすでに待っている「一体いつから来ているんだ?」

会場への移動距離が短くても移動には意外と時間を食うので、余裕をみなければならない

説明会では時々、事前のお知らせには無かった“罠”がある。例えば、志望動機や自己PRの欄があるアンケート。説明会終了後に「簡単な面談」という名の面接をやらされる、など

質問時間で誰も質問しないと大多数の人が「おい、誰か何か聞いてよ」と思う

企業への質問時間で質問をするときに、さりげなく自己PRをする輩がいる。その輩のPR内容は大抵「○○大学の~です。私は~でコミュニケーションを、以下略」

「御社の弱みはなんですか?」という質問に対して、正直に答える企業と、微妙にはぐらかしているんじゃね?と感じる返答をする企業がある

自分が質問し終わった後、まだ質問したいネタを保有していても誰かがすぐに別の質問しそうだと思ってしばらく黙る。それでも質問する人がいないときは、戸惑いつつも自分が2つ目の質問をする。2つ目の質問を終えても他の人が誰も質問せずにいて、自分がまだ質問したいことがあると、2つ目の質問をするとき以上に3つ目の質問がしづらい、もしくは開き直る




応募書類を書く

時々学校に顔を出しても、研究するふりをして応募書類の作成ばかりやっている

応募書類の模範例や社会人として振舞うべき例を見ると、僕って一体…

初めて履歴書を書くときは数回ミスって、書き終わるのに数時間かかる

応募書類に挑む心境は、夏休みの宿題をやる心境と同じである

応募書類に書くネタは何日も悩むくせに、提出期限(もしくは送付期限)の前日の1時間でそのほとんどを閃く

パソコンの便利さを思い知り、自分の語学力の無さを思い知る

自己PRや志望動機の内容を考えるときに、「自分を美化しすぎじゃね?」という疚しさがでてくる

書き終えた履歴書を見直すのが非常に億劫である




採用試験

名前の知られている会社、世間体で安定っぽい印象がある会社(今年は鉄道関連?)は、受験する人が多過ぎ

鉄道関連の会社は、鉄道好きの人だけが受けてほしいものだねえ(「太郎」の独断と偏見)

せめて中学生のときまでは、学問はバランスよくやっとけばよかった

筆記試験で、円高と円安による影響の違いが一瞬わからなくなった

適正試験では自分の性格に凹み、解答を捏造したくなる

「内田式クレペリン検査」は頻繁にやりたくない

「内田式クレペリン検査」の合図のタイミングが各会社の試験毎により違う気がする

テレビで取り上げられるようなユニークな試験を受ける確率は低い(←「ソクラテスの人事」とか)

集団面接で前の人に、自分も考えていたネタを言われると、「やられたぁ!」

集団面接では、他の受験者の答えが「マニュアルっぽいなあ」と感じることがある、その逆もまたしかり

セールスマンみたく、異様にペラペラしゃべる学生に遭遇することがある

面接官の質問が、某学科のゼミでの質問みたいにうっとおしい

答えやすい質問と答えにくい質問に対応するときのテンションの差が激しい

面接で、ニコニコ動画の「やる夫」みたいな言動をとってみたいと思った

面接で面接官に「肩の力を抜いて」、「そんなに緊張しないで」、「固くなっていない、君のありのままを見たいんだよ」と言われるが…うん、それ無理。

学校のゼミでの教員の嫌らしい質問がうっとおしかった(い)が、面接を受けてそのありがたみを感じることも

面接試験を終えた後、「あそこでああ言えばよかった」「あそこであんなことを言うんじゃなかった」という、改善点がどんどん湧き出てくる

お祈りメールは凹む、ご健勝をお祈りしてくれるくらいなら落ちた理由もを教えてほしいよ(それもそれで凹む)

最初のころは、1つの試験を越えただけでウキウキする

手ごたえを感じた試験で落ち、オワタと思った試験に受かることがあるのは何故だろう?

後に「あの企業に落とされてよかった」とも思ってしまうことがある

落とされて納得のいく企業といかない企業の区別がつく

“一次面接=最終面接”であることに気付かず挑んだら、面接官が役員だらけで…




選考待ち、内定後の決断

選考待ちの間も、学業に手がつきにくい

新たな可能性と保険を兼ねて、新たなエントリーにまい進する

就職活動と娯楽とバイト以外はやる気がねぇ~

就職活動をここで終えるべきかで悩む

就職活動を終えて一番行きたくないところ、それは学校

折角就職活動を終えたのに、何故学業を無事にこなさなければいけないんだ!?という不条理を感じる




就職活動vs学業

先生は就職活動を頭で理解しているつもりでも、実際はちゃんと理解していないんじゃないか?と感じることがある(←世代や立場の関係で“今時の就職活動”を実際に体験した先生がほとんどいないので)

学生の方から積極的・能動的に先生へ「これから就職活動をしますので学校を休みます」と主張する必要がある

遠征をしている日に、学校で長ったらしいゼミが開催されると、「してやったり♪」という気分になる、せめてお土産を買おう

内定が1つ出ても納得して就職活動を終えるまでは、「選考待ちです」とでも言っておく

学業を中断して就職活動を最優先するという意気込みで就職活動を行っているが、時々その意思が揺らぐ(「学校へ行かなきゃやべえかも…」ていう感じに)

就職活動中に開かれるゼミの発表とその準備が非常にうっとおしい。機嫌の悪いときは先生が脳内敵になる、サーセン

色々と学校を欺いて就職活動をやっている気がする。就職活動の内容の一部始終を、学校の先生方に「言えやしないよ…色々な意味で」

進捗状況を実際とは多少遅らせて伝える

不況だからこそ堂々と強気で就職活動をできる気がする




全体を通して

就職活動のバカヤロー、学校のバカヤロー、企業のバカヤロー、〇〇のバカヤロー

前向きに考えることと、後ろ向きに考えることの差は大きい

肉体的な運動をそんなにしていないのに疲れる

ある程度の距離を歩くが、それでも運動不足を感じる

就職活動を経て、道端を歩いている社会人(特におっさんクラス)って実は偉いんだなあと感じるようになる

就職活動以外の作業をやりたくない

不況だと騒がれていても、初めて就職活動をする人は例年と比較できないため、いい意味でも悪い意味でも実感がわきにくい

理不尽!と感じることが多い(「某講座の長」曰く、『理不尽はまだまだ始まったばかりだよ♪』)

平日は、もしくは3日間隔以内でどこかの会社に訪問しないと気が済まない。しかし、後にほどほどに自重して正解だと思う

説明会や試験が満席の時は、融通を利かしてくれないのかねえ(学生が食い下がるのかどうかを試しているのか?)

説明会や試験にいる他の学校の学生との雑談や情報交換が、とても大切である

学生の考えと社会人の考えのギャップを思い知ってくる

実家の居心地の良さを改めて実感する。この延長がニートじゃないだろうな?

就職活動を終えても、研究生活に戻るのには多大な労力と精神的克服が必要(旅に出たい…)


 みんなはこの質問にどれだけ共感するんだろうね?学生と社会人の間でも、共感度がかなり違いそうですな。これで就活の総括を終わります。ここまで就職活動を続けてこられたのも、予想以上に交通費をもらえたこと、安い宿や移動手段を見つかられたこと(じゃらんnetとか)、昔のお年玉が残っていたこと、そして家族や周りの人の助けやアドバイスがあったことですわ。ここで改めて、感謝です!!
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就活の総括 その3 就活旅行の記録

 地方都市に住む者にとって、就職活動は大移動の連続でもあります。特に、僕のように受験場所をあまり選ばない人にとっては。これらの数値的統計を、以下に挙げます。

就活の足跡 - コピー
 就職活動で利用した道を塗りつぶしてみました。水色が新幹線、桃色がJR在来線、緑色が私鉄、赤色がバスや車です。経路は、東京~大阪の間に収まっています。また、大まかに見た1つの経路におき、大体2種以上の交通手段で移動しています。

就活の足跡 東京 - コピー
 東京圏の図です。利用した私鉄は、地下鉄、ゆりかもめ、りんかい線、京急です。山手線圏内は、すべて地下鉄です。東京を主な拠点としてるだけあって、かなりの交通機関を踏破していますが、感じた以上に踏破距離が少ないと思っています。結構同じ路線の同じ区間を、何度も利用しましたからな。

就活の足跡 名古屋 - コピー
 名古屋です。4日しか訪れていませんが、まあそれなりにかな?

就活の足跡 大阪 - コピー
 大阪です。こちらはほとんど説明会で訪れました。しかも、説明会の会場は大体が新大阪駅や大阪駅の近くなので、踏破距離や踏破した路線数は一番少ないです。


遠征期間:11月15日~6月6日

実際に遠征した日数の合計:81日
(東京:43日 横浜:1日 静岡:14日 浜松:5日 名古屋4日 大阪4日 富山:3日 金沢:4日 長野:2日)

 ここでいう遠征の定義は、どこかの会社、もしくは合同企業説明会に赴いたものを挙げます。ただし、大学内で行われた行事は除きます。その日その日で主に行った場所(合計時間ではなく、重要度が目安)を日数として換算しています。

 東京が大部分を占めています。僕の就活拠点は東京でありました。


実家でニートだった日数:11日

 実家に帰って1日中どこかの会社へ行かなかった日の合計値です。応募書類の作成やナビサーフィン以外はやることがないのでニート状態でした。こういうときにこれらの集計をやっていた次第です。まあ、学校の先生には見せられない生活風景ですな。


宿泊数:63泊
(鉄道:9泊 バス:7泊 東京:14泊 静岡:32泊 岐阜:1泊)


 特に説明会が多い時期は、鉄道やバスで宿泊していました。試験が増えた時期から、3000円台のホテルや実家に泊まりまくりました。宿泊数は、実家が圧倒的に多いです。今の感覚では実家が東京に近いので、いろんな節約と家族との出会いのために実家を経由しました。


移動距離の合計:26895.5km(新幹線で東京~博多間を12往復半した距離に相当)

遠征における1日(0:01~24:00の間)の移動距離

平均:332km
(移動距離を遠征した81日で割り算)

最長:863km
(12月23日:前日の23:01に富山出発、新宿・横浜を回り、その日のうちに富山へ戻る)

最短:4.6km
(12月?日:市内で説明会があったので) 


 この数値は、公共交通機関、車、自転車、最寄駅~会場までの徒歩距離の合計です。就職活動に関するものだけを計算しました。娯楽のための移動距離は省いています、ていうかそこまで覚えていません。新幹線での移動距離は「新幹線の謎と不思議」、その他のJR線や私鉄は時刻表類、高速バスや車での移動距離は高速道路の料金表に載っている距離表や、地図と定規の利用、徒歩距離も地図と定規で計算しました。駅構内乗換えや会場内の移動で歩いた距離までは、万歩計を持っていなかったので換算していないです。

 積み重なったものってすごいです。まさか、2万kmを超えるとは最初思っていませんでした。


移動時間の合計:23685分=394時間45分=16日10時間45分

遠征における1日の移動時間(その日の0:01~24:00の間で計算)

平均:292分24秒=4時間52分24秒

最長:731分=12時間11分
(12月23日:前日の23:01に富山出発、新宿・横浜を回り、その日のうちに富山へ戻る)

最短:20分
(6月5日:駅から試験会場と宿がかなり近かったのでこうなった)


 こちらも移動距離の合計と同じく、公共交通機関、車、自転車、徒歩による移動中の時間を換算しました。乗り換え時間や待ち時間は含めていません。上述のように、一番ひどい日は1日の半分以上は移動していました。


最大の早着:約1時間
(3月5日の「オリオンバス」にて:東京駅に6:50着く予定だったが、5:50に着いた。睡眠時間を1時間削られたうえに、行くあてのない暇な時間を1時間付け足しされた)

最大の遅延:6時間3分
(3月13,14日の「はくたか」にて:「富山」到着は20:45のはずだった。しかし、強風で4時間「直江津」に立ち往生。その後も徐行と停止を繰り返し、「富山」に着いたのは2:48だった)


 交通機関の遅延って本当に大変なものだと身をもって実感しました。逆に早く着きすぎるのも、たまに存する場合があります(遅延よりはよっぽどいいけどね)。 


費用の期待値
交通費:41.3%
宿泊費:17.3%
両者の総計:37.5%


 移動や宿泊における自分の出費に対して、受験した企業からどれくらい支給されたか?の割合を百分率表示したものです。予想以上にもらえた感がありました。1社から貰ってそのまま他の会社を数社みておいたり、安い宿や実家に泊まったりで上がったかもしれないです。

 次回は「就職活動であるあるorねえよ」でこのシリーズを終える予定です。

就活の総括 その2 出会った企業たち

 今回は、出会った企業とその関わり方を数値的に統計したものを載せます。


ブックマークに登録した企業数:87
(リクナビ・73 マイナビ・5 enジャパン:9)

エントリーした企業数:71
(リクナビ・56 マイナビ・3 enジャパン・9 その他:3)


 リクナビの利用が圧倒的です。リクナビは業種をみつつも割りかし手当たり次第、マイナビやenジャパンは結構限定してエントリーなどをしました。


出会った企業数:62?

 合同~会社説明会や試験を合わせてであった数です。よくもまあ、学歴フィルターのありそうな大手企業にも顔を合わせたものです。


企業と顔を合わせた総数(合同説明会などを含む):110?

企業と顔を合わせた総数(合同説明会などを含めない):98


 これは、説明会や試験などの機会で企業の人と顔を合わせた合計です。選考が進んだ企業とは何度も顔を合わせたのでこの数字になりました。


合同企業説明会で出会った企業数(グループ企業説明会も含める):34?

学校訪問説明会で出会った企業数:4?

会社説明会で出会った企業数:32
(東京:15 横浜:2 静岡:1 浜松:2 名古屋:3 大阪:4 富山:2 金沢:2 長野:1)

説明会に参加した総数:72?


 説明会は、合同説明会から会社説明会まで、東京を主に回りました。
 

応募した企業数:35

Webテストの受験回数:2

テストセンターへ行った回数:2
(東京:1 名古屋:1)


 応募書類の段階で11社からお祈りメールをよこされましたorz。テストセンターは、1回目は不慣れだったので、東京遠征の際に2回目を受けました。


受験会場へ赴いて受験した企業数:24

受験で訪れた回数:38
(東京:28 静岡:1 浜松:3 名古屋:1 大阪:1 富山:1 金沢:1 長野:2)

筆記試験で受けた企業数:22

筆記試験を受けた回数:23
(東京:16 静岡:1 浜松:2 大阪:1 富山:1 金沢:1 長野:1)

面接試験で受けた企業数:16

面接試験を受けた回数:23
(東京:18 名古屋:1 浜松:3 長野:1)



面接試験の対戦表
 就職活動で受けた面接の人数関係の表です。表中の数字は受けた回数です。個人面接のときは面接官が4人の場合が多いですな。自分が受けた範囲では集団面接が意外に少ないかもです。幸いか?グループディスカッションは受けませんでした。


集団面接で受けた企業数:3

1対1面接で受験した企業数:5

1対複数面接で受験した企業数:12

健康診断で受験した企業数:3

今後の活躍をお祈りをしてきた企業:30数社


 お祈りをされる回数は歓迎される回数より普通は圧倒的に多い、という話は本当でしたね。自分の場合健康診断が受験項目に入っていた企業が3社ありますが、それは全て東京の鉄道関連会社です。

 とまあ、企業との関わり具合はこんな感じでした。受験した企業の数は平均的と言えるのかも。大学院生としてはどうだろうなあ?

 次回は「移動」の視点からまとめた、数値的統計を紹介します。

就活の総括 その1 印象に残った思い出

11月15日
 就活で初めての遠征として金沢で開かれた合同企業説明会へ行ったとき。大学の入学式とかできるてきとーなスーツを着て、リュックサックを背負って会場突入。そして驚いた、「あれ!?、みんな鞄だよ…」。色んな意味で印象に残っただろう。


1月27日
 テストセンター試験の存在と、それを名古屋へ行って受けなければいけないことを受験期日の2日前に知り、期日当日に名古屋へ。無事に受けてきたが、それに気を取られてWEBエントリーを忘れ、数日後お祈りメールが。試験当日に運よく同じ名古屋で開かれていた、興味のある企業の説明会へ行けたのが唯一の収穫であった。


2月9~10日、18~19日
 まだ説明会の多い2月。明け方の5時に富山を出て普通電車とバスで昼に大阪到着。午後は会社の説明会へ行き、17:30に実家の静岡へ向けて出発。21時に実家へ着き爆睡。翌朝7時に家を出て東京へ。静岡駅に着いてから次の日静岡駅を出るまでの時間は11時間13分。そんな、某学科の某先生みたいな行動を就活の間に2回実行したが、試験が集中する3月以後にこんな旅程を組んでいたら…。


2月20日
 ある会社の面接試験後、会社の社長と人事の人が昼食をごちそうしてくれた。しかもお酒付きで。失礼な話、練習と見聞広めのために受けた会社だけど、社員の人柄がずば抜けてよく感じた会社でした。第一志望群だったらよかったのですが。この日は以後の予定がなかったけど、一緒に受けた受験者はそのあと説明会へ行ったのだが大丈夫だったのだろうか?

2月21日
 研修で東京にきた友達と富山へ戻る際、新幹線で人身事故が発生し、新幹線の出発が2時間32分遅れた。僕は自由席で事故発生1時間半後に東京駅へ着いたから実質1時間の遅れだった。それでも新幹線特急券を払い戻されてしまった。

3月13~14日
 履歴書を書く時間を確保するために新幹線と「はくたか」を使い20:45に富山へ着く予定だったのだが、強風で「はくたか」が停まり直江津で4時間立ち往生。その後も徐行や停止を繰り返して、富山に着いたのは2:48.6時間3分遅れた。バスと変わらないっす。


4月
 東京のお土産に「ツンデレ逆ロシアンクッキー」という、12枚中10枚が激辛という、理不尽なクッキーをうちの学生部屋に持ちこんだ。
“安西”先生の反応:「ほぉ~ツンデレクッキー、ツンデレのクッキーですかぁ~」→食べる→「うわぁっ!辛、これ辛いよぉ、匂いでも見分けがつかないです…」
O先生の反応:余裕の笑顔で「え~、別に普通じゃん、辛くないよ(HEHEHE)」



5月24日
 ある鉄道会社の筆記試験を受けたとき。試験内容は工学系専門で、土木工学や力学関連の問題と鉄道図鑑に載っているような鉄道系の用語や測量に関する問題が出た。前者は予習をしたけどまだまだ準備不足で3割くらいしか解答できず、後者は全く予習しなかったのにほぼ100%解答できてしまった。明らかに試験管に鉄道マニアだとばれてしまう答案内容になったが、とりあえず筆記試験は突破できた。過去の鉄道系の専門試験を振り返れば、鉄道ネタの問題があったから筆記試験は受かったかも。

就活の終結

 6月に入り、就職活動の大部分を選考待ちと会社の選択に費やしました。そして今日、入社先を一つに決めました。まあ、ぜいたくな悩みでもあるのですが、内定が決まったら決まったで、本当にこの会社を選んでいいのか?就職活動を終わらせていいのか?自分はここでやっていけるか?などなどの後から考えれば有意義とも余計ともとれる“迷い”が次々に湧き出てくるわけで。最後は比較すべきところを比較し、親や友達などにも助言をもらい、多少ノリと勢いを交えてなんとか決めました。次元は違うものの、大学を決める時も同じ状況で多少悩んだが、あの時もノリと勢いを交えて決断しました。こういうのって以外に強いものです。

 特に日本人の性格の特徴もあるでしょうが、判断するのは調べればある程度はできます。しかし、決断はなかなか難しいです。選択肢に完全なる正解はなく、どっちへ行ってもいいところ、リスクはあります。これらを受け入れて飛び込んでいく、「魔法先生ネギま」でいう『わずかな勇気』という魔力を発揮させる、決意がとても大切だと感じます。これからも決断をするときはあるでしょう。とにかく、合同企業説明会へ行き始めてから7ヵ月16日目で一区切りをつけました。あとはどう頑張っていくかです。まだ内定受諾書を提出していないので、それを済ませてからが本当の終結かも。

成田空港と鉄道 その6 成田新幹線のあとを受け継ぐスカイライナー

 現在、成田空港に乗り入れる京成線の列車の代表的存在は、「スカイライナー」です。この列車は、「京成上野」~「成田空港」(69.3km)の間を61~69分(「日暮里」~「空港第2ビル」(66.2km)の間を最速で51分)で結びます。「スカイライナー」の最高速度は110km/hで、最高130km/h運転を行い「東京」~「成田空港」(79.2km/h)を最速53分で結ぶJRの「成田エクスプレス」よりは、遅いです。

 京成グループをはじめとする団体では、来年の4月に現在「京成高砂」~「印旛日本医大」まで通じている北総鉄道北総線を成田空港まで延長させ、その新線区間に新型の「スカイライナー」を最高速度160km/hで走らせる計画が進行中です。ルートの変更により「京成上野」~「成田空港」の距離は64.1km/hに短縮されます。この実現により、全体の所要時間は15分短縮され、「スカイライナー」の走る区間のうちの「日暮里」~「空港第2ビル」の間は最速36分で結ばれます。

※ニュースや専用サイトでは、『「日暮里」~「空港第2ビル」を36分で結ぶ』、すなわち都心と空港が40分以内で結ばれると宣伝されていますが、この区間はスカイライナーの始点と終点ではありません。実際は「京成上野」~「成田空港」の区間を走り、全区間における所要時間は45~46分くらいです。所要時間が15分も短縮されることには変わりないのですが、『40分を切る』ということを前面に押し出したがっている印象をうけます。

スカイライナー
 桃色は、現在の「スカイライナー」の走るルートです。最高速度は110km/hです。それより上側の赤色の線は、京成グループの一つである北総鉄道北総線のルートです。結構まっすぐしている路線です。現在は印旛沼付近が終点ですが、10.8kmの新線を東側に建設し、成田空港まで直結させる工事を行っている最中です。この北総線の東半分と来年新たに開通する区間は、成田新幹線の建設ルートとほぼ並行し、線形もかなりゆるやかです。もともと北総線は、成田新幹線と並行する並行在来線的な存在になる予定でした。今ではスカイライナーが成田新幹線の後を引き継いでいる状態になっています。

スカイライナー2
 来年の4月にはこうなります。赤色の線が「スカイライナー」の新しいルート、桃色の線が以前のルート(新しいルートが開通しても、すべて廃止になるわけではないよう)です。北総線の今までできた区間は110~130km/h運転、新線区間と成田空港付近は160km/h運転を行います。特急「はくたか」と同じ速さです。

成田空港付近の配線(芝山鉄道開通)
 何度もお見せしていますが、ここでも重要なので載せます。これが今までの成田空港および周辺の路線の配線図です。成田新幹線の路盤はほとんどが単線として扱われています。つい最近、JR成田線のすれ違い用の信号所が「スカイライナー」専用線路の新設のために移動しました。そこだけは上図と実際の配線が違いますので、あしからず。

成田空港付近の配線(北総開発線開通後、平成22年)
 こちらが来年の4月の配線図です。成田新幹線の路盤のほとんどの区間に、JR成田線と「スカイライナー」をはじめとする京成の列車の走る線路の両者が乗り入れています。路盤の制約から両路線とも成田空港付近では単線であることは変わりません。その変わりに両者とも途中にすれ違い用の信号所がつくられます。また、京成の線路の方は「空港第2ビル」と「成田空港」において、線路が増設されます。

フネの声が戻ってきましたね

 先週のサザエさんは、磯野フネの声がいつもと違いました。いつものフネは麻生美代子が演じていますが、先週(6月14日)だけは谷育子(ムーミンのママ、ハリーポッターのマクゴナガル先生などの役)でした。ニュースによれば、麻生美代子の急病による代役を谷育子が引き受けたそうです。磯野家で暮らす登場人物のうち40年間ずっと同じ声優であるのは、磯野波平(永井一郎・78歳)、磯野フネ(麻生美代子・83歳)、フグ田サザエ(加藤みどり・69歳)、フグ田タラ夫(貴家堂子・68歳)だそうです。40年間も続いているなんてすごいです。少しでも現役ばりばりで(無理せずに)今後も続けてくれるといいです。ドラえもんをはじめとする長寿アニメとして、1人1人の登場人物の声優の声が完全に染みついている人も多いでしょう。

「【図説】 日本の鉄道 東海道ライン」という本があります

 今年の3月から「【図説】 日本の鉄道 東海道ライン」という本のシリーズが1ヵ月毎に発売されています。この本は、関東~関西地方の全ての鉄道路線の配線図を一括にまとめている、少しでも鉄道が気になる人にとっては面白くてたまらない本であります。編著者は、鉄道評論家として有名な「川島令三」です(←「全国鉄道事情大研究シリーズ」をはじめとする、多数の鉄道関連の本を執筆する方です)。

東海道ライン
 こちらが本の見本図(宣伝として多少編集してあります)です(http://shop.kodansha.jp/bc/books/tokaido/haisenzu.html)。紹介サイトはこちらです→http://shop.kodansha.jp/bc/books/tokaido/

 上図は東京駅とその周辺を通る、鉄道路線の配線図をまとめたものです。本シリーズでは、新幹線、JR在来線、地下鉄、引き込み線、他路線同士の連絡線、貨物専用路線、モノレール、ケーブルカーなどのすべての鉄道路線が1つの図として示されています。たとえば、地下鉄同士の重なり(どちらが深いのか?)なども忠実に表わされています。図中に載っている駅も後の方で各特徴や歴史、豆知識などがマニアチックに書かれています。他にも鉄道にまつわる面白い話などもたくさん載っています。定価は1巻あたり933円です。

 このシリーズは全12巻にわたり関東~関西地方の鉄道路線を網羅します。6月20日の段階で東京以南~名古屋以南(1~4巻)、大阪・神戸(7巻)が発売されています。もし鉄道の配線が少しでも気になる人、特に自分が利用する路線がこのシリーズで紹介されるチャンスに恵まれている人は、是非読んでみてください。

名言集 その31

私たちは、はじまりの痕跡も、おわりの予見も、なにも見つけられない
(ジェームス・ハットン:地質学者)
 地質学は地層がいつどのように形成されたか?という過程、もしくはこれからどうなることが考えられるか?という過程を考える学問です。つまり、その両端である「はじまり」と「おわり」の事象の手がかりを見つけることができないということを彼は述べています。

どんなに恐ろしい兵器を作っても、沢山の可哀想なロボット達を操っても、(人は)土から離れて生きられないのよ!
(リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ:天空の城ラピュタ)
 小学生の時はわからなかったけれど、年を経て「ラピュタ」を見ると、この作品は様々な問いかけをしているのがわかります。この台詞がその問いかけの一つです。

そんなに大切な思い出なら忘れては駄目です。人は死んだら思い出の中でしか生きられないのですから
(高木ワタル:名探偵コナン)
 殉職した松田刑事と共通する思いです。高木刑事も決めるときにはズバッと決めますね。広い視野で見れば、忘れたい負の部分も捨てずに抱え込んで前に進むべきという考えです。

人生なんて必死に生きていりゃそれだけで手一杯で、赤の他人の心配なんかしてる暇はねえはずだ。もしそうでないやつがいたとすれば、そいつはよっぽどの愚か者か、自分自身じゃ夢を追えない弱虫か、あるいは優しい人間って言われるだけが生きがいの偽善者野郎だ
(桜木建二:ドラゴン桜)
 人が生きていくに当たり、自分を優先するか相手を優先するかで迷いますね。自分のことばかり考えて他人をないがしろにしてばかりなのもいけませんが、逆に他人のことばかりにかまけている人も何か胡散臭くて信用ならないということでしょう。自分を大切にできない人が他人を大切にしようとしてもいつかはツケが回ってくるでしょう。

金のために生き延びようだなんて、人間としてのプライドはないんですか?
うるせぇ! そんなものはなぁ、五億の前にはカスなんだよカス!
ノーマッドフォルテ・シュトーレン:ギャラクシーエンジェル)
 雪山で遭難したエンジェル隊が体力も限界寸前の時、遭難前に買った宝くじが当たったことが判明しました。当選金をもらえるのは生き残った者のみ、という状況でのやりとりです。 流石はエンジェル隊のリーダー、言い切りましたね…(ノーマッド)。

セパ交流戦のバイト

 昨日は久しぶりにアイラックのバイトに参加してきました。就活で5月病気味になっているときにはいい気分転換です。今回は富山のアルペンスタジアムで開かれた、プロ野球セパ交流戦の中日対ソフトバンクの試合後の後片付けのバイトです。富山でプロ野球の試合が開かれるのは、今年では今日のみで、1万人を超えるファンが来ていました。結果は3対2で中日が勝ちました。

 業務の中で選手専用バス周辺の警備もやりましたが、バスに乗り込む選手に声をかけるファンが大勢いました。その中で、ソフトバンクの川崎選手にサインを求める野球少年と、中日の落合監督に声をかける大人が特に目立ちました。前者はwbcの影響もあるでしょう。富山はどちらのチームのファンが卓越しているのだろうか?

 そのあとは球場内のごみ拾いをやりましたが、結構ゴミが散らばっていましたよ。サッカーのカターレ富山戦ではサポーターが温和で自らゴミの持ち帰りをしてくれますのでゴミ拾いに手間がかかりませんが、野球の方もそうなればいいです。

「痛いニュース」の定番になりました

2009年06月15日
【リニア】 長野「Cルートは独善的。これからの時代は1県1駅でなく駅を増やして人間的ゆとりを」
 1 名前: ギシギシ:2009/06/15(月) 10:29:39.46 ID:W2e2Git7● ?PLT
リニア中央新幹線の整備をめぐり、上伊那地区の建設促進期成同盟会(会長・小坂樫男伊那市長)を対象にしたJR東海による説明会が13日、伊那市役所で開かれた。JRが念頭に置く南アルプス貫通のCルートについて、出席者からは「コスト面だけでルート選択しているが、あまりにも独善的」などとし、諏訪・伊那谷回りのBルートでの建設を求める意見が相次いだ。

 上伊那地方の自治体の首長や議員、商工団体関係者ら約230人が出席。JRの担当者
がリニアの基本技術を説明した。JR側の要請で冒頭以外は非公開で行われた。
出席者からはルートに関する質問が続出。南ア貫通のCルートについて、「南アに
長いトンネルを通すのは危険」「トンネル内で緊急事態があったとき、どうするのか」
「リニアは地域振興の原動力になる期待がある。人のいないところに鉄道が走って
何の意味があるのか」などと疑問を投げ掛けた。
(中略)
 出席者からは、このほか「各県のルートは各県に委ねるべき」「1県1駅でなく、
駅を増やしてほしい」「人を物のように速く運ぶなら直線になるが、これからの時代は、
もっと人間的ゆとりが必要。人間的、将来的な選択を」との要望もあった。
http://www.nagano-np.co.jp/modules/news/article.php?storyid=14572

 小坂会長は開会あいさつで、南アの隆起や、国内の長大な山岳トンネルの難工事、
南アを世界自然遺産や世界ジオパーク(地質遺産)に登録する運動も挙げ、
Cルートに反対する考えを改めて強調。出席したJR関係者に「(Bルートを願う)
上伊那の心意気をしっかり(上層部に)伝えてほしい」と求めた。

>>1の中略部分
 JR側は、A、B、Cの各ルートで建設費など主要データを精査中とし、
ルートは未決定との立場を強調。今後、主要データを「県に説明し、地域にも説明する。
その上で共通の理解に立ち、意見交換を引き続き行う」と理解を求めた。(以下略)
http://www.nagano-np.co.jp/modules/news/article.php?storyid=14572

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1274615.html
20090616-00000026-maip-bus_all-view-000.jpg
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090616-00000026-maip-bus_all.view-000

 亀田一家、WBCなどに並び、もはや「痛いニュース」の定番話題になっていますね。一昨日、JR東海がルートごとの大まかな相対的予算の差を発表していました。以下に載せます。

JR東海 リニア新幹線3ルートの建設費18日説明へ
6月16日20時37分配信 毎日新聞

 JR東海は16日、25年の開業を目指すリニア中央新幹線計画について、自民党が18日開く「リニア特命委員会」(委員長・堀内光雄元総務会長)で、地質調査結果に基づく3ルートの建設費を示すことを明らかにした。JR東海が実現を目指す最短ルートに比べ、長野県などが求めている北側を迂回(うかい)するルートは建設費が8000億~1兆円程度膨らむことを示す。

 自民党特命委で示す数値については、想定ルート上にある6都県に対しても18日に担当者が説明をする。

 JR東海は、南アルプスをトンネルで貫通するほぼ直線の「Cルート」での建設を前提に、建設費用を5兆1000億円と想定している。これに対し、長野県は伊那谷を通る「Bルート」が地域振興などの観点から最適と主張し、一部の地域が「Aルート」での整備を求めている。JR東海はA、Bルートでは路線が約50~60キロ延びて建設費が高くなることを示し、Cルートでの建設に理解を求めたい考えだ。

 ただ、国土交通省はルートや中間駅に関して地元と調整を図ることを着工の条件としており、調整が難航すればJR東海が目標とする10年代前半の着工が遅れる可能性もある。【米川直己】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090616-00000026-maip-bus_all

 日本は建設・土木技術が発達する反面、土地が少ないので、特に近年は山を貫くルートの方が経済的にも効率がいいのです。中央自動車道を建設していた時代は、赤石山脈を貫く技術や予算が確立していませんでしたが、ようやくそれが実現可能になりました。長野に住んでいる友達の証言やネット上の書き込み(書き込みの信用度は低いが)でも、諏訪迂回ルートは賛否両論で、どうも迂回ルートの主張が相対的に目立っているようです。

 リニア中央新幹線は、もともと東京~大阪の間の所要時間を大幅に短縮すること、東海道新幹線の輸送力の補完を目的に造られます。そのついでに沿線地域にある程度の駅を設けるような見解であり、先日公表された「1県につき1駅」がダイヤ上ぎりぎりの妥協ラインともいえます。

 少し考えてみると、もしリニアの建設事業がJR東海という民間会社が自己負担(中間駅以外)で行うのではなく、国や地方の公共事業として国民の税金から使用されていたら、“政治駅”や“政治ルート”ができる危険性が今よりも高かったかもしれません。直線ルートを実現するには、よほどのごり押しや強権が必要になっていたかもしれません。その面を考えれば、リニアの事業をJR東海が自己負担で行っている分、直線ルートを実現するチャンスに恵まれているとも考えられます。

 痛いニュースを見る範囲では、迂回ルート主張派もなりふり構わない理屈を通してきています。長野県人において、迂回ルート派と直線ルート派がどれくらいの比重であるのかはわかりませんが、どうも「無理と想像がついても、長野県の人は迂回ルートを主張しなきゃいけない」という同調圧力、空気ができているような気がします。想定される、山梨県の「新甲府駅」と長野県の「飯田駅」(どちらも仮の駅名)双方を諏訪地域と結ぶ特急列車の設定や、在来線の高速化でリニアと長野中北部の便座を図るという形で何とかならないか?と思います。

近頃5月病になりかけている「太郎」

 最近のけだるさを思うがままに語ります。 

 言うまでもなく、就職活動は学業を圧迫して学校側としては面白くない代物であります。以前書いたように学生と学校の思惑に対立が生じています。そうはいっても、特に長期遠征する者にとっては就活こそが“学業の一貫”、すなわちフィールでワークであります。まあ、うちの学科の研究で行うフィールドワークと違うのは、説明会や試験という“現場”に赴く以外も学業に手を出さないことでしょう。実家を経由しているときは実家において半ニートな気分で応募書類作成やナビサーフィンを行い、富山に戻っても就活が始まる前よりも学校以外で休んでいる時期が明らかに長くなり、たとえ学校へ行ってもこれまた研究に手を着けずに応募書類作成やナビサーフィン三昧。唯一手をつける学業といったら、この時期では就活を妨げるものとしか感じられないゼミの発表とその準備でしょう。

 今年は不況だから、学生の方も例年と比べて学校に対して強気で就活をやれているのではないか?と思っておりますが、何気に就活自体も学校から脱出するための口実に使われている気がしますわい(特に実家に帰ったり観光しているとき)。その辺が疾しいですな。まあ、そうでもしなけりゃやってられんし、そこまで学校側に言う必然性もないからいいですけどね。

 そして6月に入り、そろそろ就活を終えられそうなこの時期、はっきりいってだりぃです。たとえ就活を終えられたとしても、間髪入れずに去年のような研究生活に戻れるのかどうかがびみょーに怪しいです。何故このままヨーロッパみたいにフリー期間を経て、そのまま入社がないんでしょうね、この国は。

北陸新幹線建設工事 その1 平成21年6月21日

 平成26年度の開通を目指して、今「長野」~「金沢」の間は北陸新幹線の建設ラッシュになっています。特に、富山より東側の区間は年々高架橋やトンネルが繋がってきました。気が向いたら富山市内の状況も見てみようと思います。今回は、富山駅~呉羽山付近です。撮影日は、平成21年6月14日です。

北陸新幹線の建設 - コピー
 富山駅~呉羽トンネルの間の地図です。赤色の線が、北陸新幹線の建設ルートです。呉羽丘陵を抜けるまでは北陸本線と並行します。番号は以下の写真の撮影地点です。

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 神通川では、橋梁の基礎工事が始まっています。富山駅側は、今新幹線の高架橋建設のための準備段階に入っています。

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 神通川より西側は、ある程度は用地が確保されているようです。5年後には高架橋が完成しているのですが、まだ工事は始まっていません。

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 呉羽トンネルの手前です。こちらも用地があるようですが、静かです。

 まだこの辺の区間は工事が本格的には始まっていないようです。後半の方で集中させるのかな?

富山市内線環状化工事 その1 平成21年6月14日

 只今富山の市街地では、路面電車の環状化工事がおこなわれています。今年度に「丸の内」~「西町」の区間が開通する予定です。現在の工事状況を撮影してきたので載せます。撮影日は平成21年6月14日です。

路面電車の環状化 - コピー
 赤色の線で示しているのが、今年度中に建設される予定の区間です。丸の部分は停留所です。番号は今回の撮影地点です。開通当初は単線の予定ですが、需要の状況により複線化できるように相応の範囲の基礎の工事を行っています。

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 環状区間は、丸の内交差点より写真奥側へ分岐します。かつては、右側にも線路が伸びていました。

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 現在は、基礎工事や道路下の埋設物の移動工事などを中心に行っているみたいです。まだ線路の気配はみじんにもありません。

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 環状区間は、旧8号線から90度右側へ方向転換し、写真真ん中の通りへ抜けていきます。こちらも埋設物移動工事がおこなわれているようです。もうかなり完了したのかな?

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 ③の位置、富山城を撮影。

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 総曲輪通りの交差点です。写真左の建物は、フェリオです。こちらも線路を敷く気配がまだ感じられませんが、線路の設置はそんなに時間がかからなさそうなので、あっという間にできちゃうかもしれません。

浜名湖の歴史と伝説

 浜名湖と言えば、静岡県の西端に位置する湖で、うなぎの養殖所として有名な場所です。湖岸線が入り組んでいることから、面積の割に湖の周回距離が長いのが特徴です(面積は日本で10位、周回距離は3位)。

 浜名湖
 こちらが浜名湖です(Wikipediaより)。右側にある空港っぽいものは航空自衛隊浜松基地です、富士山静岡空港ではありません。ていうか民間専用の静岡県内の空港はあんな立地のいいところにはないのだ。

 よくみたら海と繋がっていますが、昔は海とは隔てられた淡水湖であり、湖面の高さも海抜より上でした。明応7年(1498年)に発生した明応地震(東海地震と同じ型の大地震)による衝撃と大津波により境の役割をなした砂堤が決壊し、海とひとつながりになりました。いわゆる淡水湖から汽水湖へ様変わりしたのです。塩分濃度は場所により差があり、海側(弁天島として有名)、内陸側ではしじみが生息しているそうです。

 ところで、浜名湖は人の手の形をしているようにも見えます。ある伝説では、浜名湖は「だいだらぼっち」という巨人の手形であるそうです。この話には複数の通りの物語があるようですが、その1つが以下のとおりです。

 何の脈絡か不明ですが、「だいだらぼっち」は現在の滋賀県で穴を掘っていました。その土を現在の静岡県と山梨県の県境付近に投棄しました。この作業をしている最中にバランスを崩して静岡県西部に手をつきました。この手をついたあとに水が流れ込み、浜名湖が誕生したとされています。ちなみに滋賀県で掘っていた穴が琵琶湖に、静岡県と山梨県の県境付近に投棄された土が富士山になったそうです。

特急「はくたか」の自由席争奪戦に勝つ方法

 以前、上越新幹線から「はくたか」に乗り換える際に生じる、自由席争奪戦について述べました。その記事で自由席争奪戦を有利に運ぶ方法を紹介しましたが、他にも方法があるので、追加して紹介します。

接続専用の「MAXとき」よりも1本前に出発する「MAXたにがわ」に乗る
 特急「はくたか」の自由席に座るための小技(http://tarouroom.blog89.fc2.com/blog-entry-560.html)を参照にしてください。

 しかし、現実には一番効率よく接続できる、すなわち自由席争奪戦の激しい「MAXとき」に乗らざるをえないときもあります。そのときは以下のような対応を取りましょう。


自由席の4号車に乗る
 理由は、新幹線の車両が「越後湯沢」着いた際、自由席のうち4号車が、乗換改札に通じる階段に一番近い位置に停まるからです。移動距離が短くて済む分、競争に有利です。特に、4号車の新潟側(5号車側)の扉から降りましょう。指定席だったら5号車、もしくは7か8号車あたりがいいかも?

通路側の座席に座る、特に混んでいる場合は最悪デッキで立つ
 特に2階から景色を見たい気持ちはやまやまですが、通路側に座ったほうがいいです。何故なら、駅に着く直前に早めに席を離れやすいからです。混雑が激しい場合は、デッキで立ちましょう。「はくたか」の席に座ることを優先するためなら、まだマシです。空いている場合は、窓側に座っても大丈夫です。

切符を財布から胸ポケットなどに移す
 たくさんの荷物を持っているときに、改札口をスムーズに通るためです。座席を離れる前に行いましょう。

「越後湯沢」到着の車内放送が流れる前に座席を離れる
 先んずれば人を制するです。車内放送が流れたとたん、自由席争奪戦を意識している方々がどんどん扉に殺到し、列ができます。「上毛高原」を通過、もしくは出発した5分後(すなわち、「越後湯沢」到着10分前)には扉へ向かいましょう。言うまでもなく、早く扉から出た方が有利ですから。自由席の4号車に乗っている場合は、5号車側へ行くことをお忘れなく。

「越後湯沢」停まり、もしくは「ガーラ湯沢」行(冬季限定)の列車の場合は進行方向から見て右側、「新潟」行の列車の場合は進行方向から見て左側の扉の前を陣取る
 「越後湯沢」は、通過線が上下1本ずつ、停車線が上下2本ずつ、合計6本の線路と2面のプラットホームから構成される、中間駅としては大規模な駅です。下の図を見てください。新幹線の車両は大概「越後湯沢」を終着駅とする列車、もしくは「ガーラ湯沢」行の列車(冬季限定)は外側の停車線に停まります。一方「越後湯沢」より先へ進む(たとえば「新潟」行とか)列車は、内側の停車線に停まります。つまり、前者の列車は進行方向から見て右側、後者の列車は左側の扉が開きます。この法則が100%正解かは断言しかねかねますが、高い確率で成立はします。ですので、それに合わせて扉の前を陣取り、一番乗りで降りられるようにしましょう。スタートが早ければ、それだけ余裕が生まれますよ。

 何故この法則を覚えるべきかって?それは、車内放送で「お出口は○側です」と案内されるときには、“まもなく「越後湯沢」に着く”という情報が既に知らされていて、早く降りようとする乗客が扉の前に殺到するからです。その中で確実に一番乗りで降りるためには、予めどちらの扉が開くのかを知り、扉の前を陣取る必要があるのです。

越後湯沢駅
 「越後湯沢」の配線図です。大体は図のような線路にそれぞれ停車します。「越後湯沢」停まり、もしくは「ガーラ湯沢」行の停車位置は青色、「新潟」行の停車位置は赤色で示します。緑色の矢印は、列車の進行方向です。全てこのようなパターンで停まるかは確信できませんが、「はくたか」に接続する列車なら結構この法則に当てはまると思います(「太郎」が見た範囲で)。


 とまあ、色々と「はくたか」の自由席争奪戦の攻略法を挙げましたが、よほど混雑しない限りは、これをきっちりと守らなくても座れるでしょう(窓側に座りたいなら話は別だが)。走らなければいけない状態を、以上の方法で、早歩き程度の余裕に和らげられるという、気軽な思惑で、気が向いたら使えばいいと思います。

成田空港と鉄道 その5 成田空港駅とは別に東成田駅ができた理由

 以前の記事で、JR成田線と京成線の列車が成田新幹線の路盤を利用していることを紹介しました。しかし、成田空港の地図や路線の配線図を見ると、京成本線から別路線が分岐しているのが見えます。しかも「成田空港駅」と「空港第2ビル駅」とは別に地下駅、「東成田駅」があります。何故ここに駅があるのでしょうか?その経緯を説明します。

東成田駅
東成田駅2
 上の2図は、成田空港の一部を示す地図です。上の図の赤色で囲った範囲を下の図に示します。「成田空港駅」と「空港第2ビル駅」の手前で京成本線はJR成田線に合流します。しかし、それよりも手前で「東成田駅」方面にも路線がのび、その路線は「東成田駅」を経て芝山千代田方面へ進みます。

「東成田駅」は「空港第2ビル駅」や「成田空港駅」ができる13年も前に開業しました。当時は京成本線の終着駅で、駅名も「成田空港駅」でした。成田空港を開港にこぎつけることができても、成田新幹線の建設は凍結され、空港内に造られた成田新幹線の路盤やトンネルは放置されました。当初は京成本線の線路を成田新幹線の路盤に乗り入れさせ、「成田空港駅」まで伸ばす予定もありましたが、国鉄の認可がおりませんでした。そのため新たに空港敷地内にトンネルを掘り、現在の「東成田駅」を成田空港の玄関地として昭和53年(1978年)に開業させたのです。

成田空港付近の配線(東成田駅開業)
 こちらが「東成田駅」(当時は「成田空港駅」)開業時の配線図です。成田新幹線用に造られたトンネルや路盤は使用されず、新たに建設したトンネルと地下駅として開業しました。駅は2面4線の立派なターミナル駅で、当時は特急列車も停まりました。駅からターミナルビルへは、専用バスをか徒歩用の地下通路が利用されました。

成田空港付近の配線(成田高速鉄道開通)
 平成3年(1991年)に、JR成田線と京成本線が、成田新幹線のトンネルと路盤を利用し、現在の「空港第2ビル駅」と「成田空港」へ乗り入れました。上図は、その当時の配線図です。京成本線の車両は、ほとんどが現在の「成田空港駅」へ乗り入れるようになりました(赤色の路線です)。一方でいままで活躍していた「成田空港駅」は支線の駅と化し、路線名も京成東成田線となりました(紫色の路線です)。駅名も「東成田駅」に代わり、片方のプラットホームと2本の線路は閉鎖されました。現在ではこの線路は「芝山千代田駅」まで延び、その利用者と空港関係者に利用されています。

1県1駅が確定しそうです

リニア新幹線「1県1駅」正式表明 JR東海、大阪延伸に意欲6月9日7時59分配信 産経新聞

 JR東海の松本正之社長は8日、都内で開かれたリニア中央新幹線建設促進国会議員連盟の総会で、平成37年に東京-名古屋間で開業を目指すリニア新幹線について、沿線の神奈川、山梨、長野、岐阜4県の「1県に1駅ずつ設置するのが適切だ」と話した。「1県1駅」という方針を正式表明したのは初めて。

 松本社長は理由を「リニアの超高速という特性と、地域振興を調和させるため」と説明した。ただ、駅の建設費については「受益という観点から地元(自治体)に負担してもらいたい」と強調、JR東海側に一定の負担を求めている各県との調整が難航する可能性もある。

 想定されている3ルートについては、総延長や工事費など「(ルート決定の)判断要素になるデータがまとまりつつある」とし、早期に提示する方針を示した。長野県は南アルプスを迂回(うかい)するルートを主張しているが、JR東海としては低コストの南アルプスを貫通する「直線ルート」に理解を求める方針。また、リニア新幹線は「首都圏と近畿圏が結ばれて最も大きな意義がある」とも述べ、大阪延伸にも意欲を示した。

 JR東海は当初、リニア新幹線の営業最高速度500キロという特性を生かすため、沿線4県に駅を置かない方針だった。しかし、自民党内には4県選出議員を中心に「1県1駅」の要望が強く、昨年12月、同社の葛西敬之会長が記者会見で「常識的だ」と述べ、「1県1駅」に理解を示した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090609-00000127-san-bus_all

 乗物は、速度が高いものほど停車間隔(駅間距離)を長くするのが望ましいものです。何故なら、連続して高速運転をすることができ、列車の停車パターンも単純になりダイヤを組みやすいからです。かつて、JR東海は途中の停車駅を「横浜」、「名古屋」、「京都付近」にする予定でした。それが合理的には理想であったのです。1県に1駅設置は沿線住民にとってはいいものですが?、それがリニアの運転では妥協ラインかもしれないです。今後、駅設置の負担費を巡る調整と、諏訪回りの要望をなんとか直線ルートに説得していく問題などがまだまだ残っています。新幹線の駅設置には50~100億円かかるのですが、リニアはいくらかかる事やら。

サイカイ

 昨日は、すでに社会人になっている、部活の友達が富山にやってきて、僕ら居残り組みと再会しました。4月の同窓会では会えなかったので、去年のOB会以来です。やっぱ変わってねえです。職業を除いたら、学生ですわ。今週は、忌々しい(就活を始めてからその値がサイクロトロンのように加速上昇しています)ゼミの発表があるのですが、こういう再会でお互いに顔を合わせるのが大事です。僕ら居残り組みは、全員揃いました。
 
 そして、いつものように、居残り組みの1人である彼の家で飲みました。友達は、相変わらずオタクっていました。こういう話がすぐに通じるのってテンションが上がります。最初は2人で飲んでいました(家主の彼は気軽に鍵を貸す、色々な意味で見習いたいとも思う方です)。そのうち、他の居残り組みの方々もやってきて、更にはその仲間も来てはっちゃけました。学年の立場だけあって、何気に就活や社会人生活のネタが多かったのですが、お互いためになり、どいつもこいつも個性を出した飲み方で騒いでいきました(幸い、3時のおっさんは押しかけなかった)。

 丑三つ時のころに僕は爆睡し、起きたらみんな寝ていて、友達はすでに勤務場所へ向けて出発していました。見送りができなかったのが残念です。その後、僕ら居残り組みは半徹夜の体に鞭打ち、学校へ向かいました。就活による5月病もあり、なんだか作業の進行が遅いです。次の日が休日だったらよかったのですが。とにかく、色々と学生としてのはっちゃけができて、楽しかったです。わざわざ富山に来てまでこういう楽しみを味わいたいのがおぼろげながら感じてきました。僕も社会人になったら、友達同士でまた再会したくてたまらなくなりそうです。

採用試験 13 その7 柔軟な接続措置

 その後、しばらく上野近辺をぶらぶらして富山へ戻りました。しかし、新幹線車両の故障により、乗ろうともくろんでいた15:58発の「MAXたにがわ」が運休になりました。そのため、16:18発の「MAXとき」に乗りました。この便は、越後湯沢で特急はくたかと最も効率よく接続するもので、イコール自由席争奪戦の激しい便でもあります。そのため、いつもそれより1本前の「MAXたにがわ」を利用しています。

 また、運休した車両のフォローをするため、16:18発の{MAXとき」は越後湯沢まで各駅停車をすることになりました。これで越後湯沢までの所要時間は従来より約15分延びます。「はくたか」への乗り換え時間は8~9分です。間に合いません。しかし、「はくたか」の方が乗り換え客のために出発時間を5分遅らせ、新幹線の方も回復運転で数分時間を詰めたので、無事に乗り換えられました。

 一昨日長野へ行く際も富山出発のはくたかが前の区間の踏切事故で8分遅れましたが、直江津で接続する長野行の列車は「はくたか」からの乗り換え客を待つために出発を遅らせてくれました。

 地方ではダイヤ面でこういう融通が結構効くものです。また、2つの列車の接続の両方、もしくは片方に特急列車が関わっていると、乗り換えられるような配慮があります。その一方で、普通列車同士の接続では意図的に接続をさせないひどい例がいくつかあります。たとえば、富山から福井方面に普通列車だけで行こうとするとき、多区の場合は1本の列車で直接行けません。金沢あたりで別の普通列車に乗り換えます。その際、最初に乗った列車が金沢などの接続駅に着く2~3分前に福井方面へ向かう普通列車が出発してしまいます。普通列車の利用を不便にして、乗客を特急列車に乗せようとするために行っているものと思われます。何か、この面でも普通列車と特急列車の待遇の違いが出ているんじゃないですかねえ。普通列車で融通の利いた接続をしてくれるのは、最終電車が出発する時くらいか?

採用試験 13 その6 羽田空港見学

 あまり運動していないのに8時間も寝てしまった。無意識の疲れですわ、これは。そしてそのままホテルを出て羽田空港の見学に行きました。目的は羽田空港を見ること、東京モノレールの空港快速と京急空港線を堪能することです。

 東京モノレールは、東京オリンピックが開催された昭和39年(1964年)に開業しました。用地買収を避けるために運河沿いにルートを取り、最高速度はなんと80km/hです。しかも高架は高く、カーブや起伏に富むため、ジェットコースターみたいな迫力があります。平成19年(2007年)から空港快速が運行されています。空港快速の途中駅は「羽田空港第1ビル」のみで、所要時間は19分、平均速度は約58km/hです。

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 建設中の国際ターミナルです。来年の秋に竣工の予定です。同時にモノレールと京急の新駅も造られます。

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 国際ターミナルの完成と同時にモノレールに新駅ができますが、この際モノレールのルートは若干変更されます。もうその高架橋ができつつあります。

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 第2ターミナルビル駅です。2面3線の規模です。

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 第2ターミナルビルです。まだ完成してから5年目と、非常に新しいです。

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 ガラス壁のないエレベーターが。その形から、映画の「名探偵コナン・14番目の標的」を連想してしまいました。

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 ポケモン飛行機がありました。天気が悪かったのが残念でした(午後になってから少し晴れた)。ここからは、建設中のD滑走路は見えませんでした。

 その後、京急で浅草方面に戻りました。なんだか疲労がたまっていたらしく、車内で爆睡してしまいました。

採用試験 13 その5 カプセルホテルに宿泊

 試験は16:00前に終わり、あとは帰るだけです。しかし、就職活動も終盤に差し掛かり?、今後東京へ行く機会が少なくなりそう(と願いたい)なため、その日は東京で泊まり次の日に帰ることにしました。次の日は土曜日ですし。

 てな訳で、夕方はのんべんだらりです。ちなみに、その日は学校の談話会で僕が発表する予定の日でもありました。それをサボれて(先延ばし)東京巡りをするたあ、いい身分ですな、就活生とは。しかし、今日は雨でした。仕方がないので秋葉原の電気店やオタ店を巡って夜、浅草のカプセルホテルに行きました。実はカプセルホテルは初めてですので、今回は記念に泊ってみました。名前はホテル浅草で、学生料金で2000円です。ジャランnet価格では、

1500~3000円台でカプセルホテル、
3000~4000円台で3~6畳のビジネスホテル(トイレと風呂は共同)
例外では3600円~で12~21畳の日本青年館ホテル

です。

 よく知られていることですが、カプセルホテルは寝台がカプセルです。例えで言えば、寝台列車のB寝台です。部屋は、奥行き2m、幅1.4m、高さ1.1mでした。また、簡易金庫とテレビが付いていました。履歴書やエントリーシートを書く作業には向いていないです(下の休憩室でやるしかない)。今までの経緯を振り返れば、説明会に行く時には便利な型の宿でしょう。

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 廊下はこんな感じです。この部屋だけで36のカプセル部屋がありました。

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 外から中をのぞいた感じです。お茶会を行う部屋の入り口みたいにせまいです。

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 中には布団とテレビと簡易金庫がありました。

採用試験 13 その4 とある鉄道会社の最終試験

 就職活動では、いくつかの鉄道会社、鉄道構造物を主な対象とする土木建設会社を受験してみました。しかし、中々難しいものでした。まあ、難しかった最大の原因は、自分の面接などの技術でしょうが、強いて理由を加えれば受験者が異様に多いこと(マスコミの煽りだな)、工学部を優先する雰囲気であったこともあります。中には土木系の構造力学の試験問題も出ちゃいました(当時は撃沈でした)。

 今回受ける鉄道会社の試験も、二次試験で専門科目がありました。土木系の構造力学の問題が出ました。今回は基礎だけでも予習しましたが、まだまだでした。しかし、この会社の試験問題には、鉄道図鑑に載っているような線路の名称やトンネル掘削の工法などを問う問題がありました。その分野は全く予習していませんでしたが、昔からの趣味としての積み重ねが幸いし、95%解けました。それが響いたのか否か?最終面接と健康診断試験にまで漕ぎつけてしまったのです。まあ、土木系の構造力学がいまいちで、鉄道図鑑に載っているネタに詳しい解答になったため、人事側に鉄道マニアだと赤裸々に知られましたが。それを受け入れつつ自分をどこまで最善尽くして売り込めるかにかかります。

 で、面接試験ですが、まあ今迄の面接の積み重ねで自己満足的にはできたのではないか?と評価したいですが、果たして受け入れられたかどうか?勿論後から改善点が出たのはいつものことですが。一方、健康診断ですが、今までの鉄道関連の会社で受けた健康診断と比べて基準が厳しそうな予感が。あれだけ突っ込まれて大丈夫だろうか?

採用試験 13 その3 そのまま東京へ

 次の日は東京で鉄道会社の最終試験があるため、試験終了後に北陸新幹線で東京へ向かいました。今回はいろいろな所をあまり無駄なく回れる行程になりました。今日の試験の時間が延長されたため、東京へ着いたのは20:00過ぎでした。明日の試験は午後の部を予約してよかったよ。午前の部ではきついからなあ。それに、今回は明後日まで東京へ滞在するので。

 えっ!明日は僕のゼミの発表の日だって?なんということでしょう、最終試験と重なってしまったではありませんか。こうしてゼミの発表を1週間先延ばしにしてしまいました。就活ってこういう面で学校休めるんだよなあ(行き過ぎてはいけないが)。最近ゼミの発表に参加する回数が減っています、1か月に1回です。せめてお土産を買って帰りましょう。

 今回は試験会場に近い南千住のホテルアクセラに宿泊しました。日本青年館でもよかったのですが、この日は4300円と少し高めで(←味をしめたが上での贅沢な意見です、あまり気にしないで)、南千住の方が試験会場に行きやすいためこちらにしました。今回は3350円です。


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 部屋は3畳と、今日立ち寄った善光寺の門の看板と同じ大きさです。

採用試験 13 その2 善光寺

 試験が夕方(順番でいう最後)で時間がかなり空いていたため、有名な善光寺へ行ってきました。もちろん長野電鉄を利用してです。長野もめちゃくちゃ暑いです。スーツを着る奴の気がしれないわい。最近7年に一度の御開帳を行っていたのですが、それは5月31日に終了しました。僕が言ったのは6月4日、実に残念でした。

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 有名な山王門です。500円で門の中に入ることができます。高さは20m以上あり、さらに長野盆地内の小高い丘に建っているため、景色はいいです。

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 これもまた善光寺を象徴する看板です。大きさは畳3枚分です(今日停まるホテルの部屋と同じ大きさですわ)。よく見ると、文字の中に鳩が紛れていますよ(鳩文字というらしい)。

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 本堂です。中は撮影禁止なので外から撮影。ここは観光客が非常に多い場所です。中では仏像の下の廊下(小学校のステージの下みたいな感じ)を歩くことができます。真っ暗で、しかも明かりをつけることが厳禁なため、景色がまったく見えない状態で手探りで歩きます。

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 敷地内にある、「輪廻の輪」です。これを1回転させると悪いことが消え、いいことがおきるとか。

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 「輪廻の輪」には、南無阿弥陀仏の文字が刻まれています。これを回転させることで、このお経を唱えたことと同じになるらしいです。

採用試験 13 その1 長野の地下鉄

 11日ぶりに遠征を再開しました。本当に遠征禁断症状になっているけど、これもそろそろ終わらせたいところなんですわ。

 地下鉄と言えば、都市部の地下を走る鉄道路線で駅も地下にあります。たいていは100万都市にあるものですが、長野にも地下鉄と言える区間があります。それは、長野電鉄の「長野」~「善光寺下」と「本郷」の間の約1.8kmの区間です。その間の「長野」、「市役所前」、「権堂」、「善光寺下」の4駅が地下駅です。昭和56年(1981年)3月1日に地下化されました。

長野電鉄
 こちらが長野市内の地図です。この通り、市街地の地下を鉄道がとおっています。地下鉄ですよ地下鉄。金沢にもこのような地下鉄はありますが、あれと比べたら格段に地下区間が長いです。

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 「善光寺下」~「本郷」の間にある地下区間の入口です。このあと大通りの下10数mを長野駅前まで進みます。見た感じ、トンネルの大部分は開削工法(道路に溝を掘り(露天掘りみたい)、そこでトンネルを組み立てて完成後に埋め戻す、浅い地下トンネルに使われる方法)でした。この区間は全て複線です。

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 「長野駅」です。長野駅は2面3線の規模です。推定の深さは14mです(階段の段数で計算)。20~30分間隔で運転されています。
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 「善光寺下駅」です。「長野駅」以外の地下駅はすべて、プラットホームが線路の外側に張り付く系統の相対式ホームです。この日は25℃を超すような暑さでしたが、駅構内は何と12℃でした。東京の地下鉄ではありえない涼しさです(冷房によるものではありません)。ときたま特急列車が通過します。

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 こちらは長野電鉄を走る車両の一つです。実はこの車両、かつて東京メトロ(昔は営団地下鉄)の日比谷線で活躍していました。日比谷線に新型車両を導入した際、長野電鉄に引き渡されたのです。その面から、マニアの間では「マッコウクジラ」と呼ばれています。

富士山静岡空港開港

富士山静岡空港 開港…国内で98番目6月4日18時40分配信 レスポンス

 4日、富士山静岡空港が開港した。総工費1900億円。静岡県島田市と牧之原市の両市にまたがる。全体面積500ha、ターミナルビルや滑走路など施設だけでも190haある。国内で98番目の空港の誕生だ。

 「地方空港ながら国内外の定期便の就航は出色であると自負している」と、石川嘉延静岡県知事が話すだけあって、地方空港としては幸先の良いスタートだ。

 国内線は、開港と同時に運行を始めた日本航空、全日空の定期便に、7月23日から地元資本の新航空会社フジドリームエアラインズが加わり、国内3社6路線が就航する。

 日本航空と全日空がそれぞれ札幌線を1日2往復。日本航空は福岡線、全日空は沖縄線を就航させる。リージョナル航空会社のフジドリームエアラインズは、小松(1日2往復)、熊本線、鹿児島線(各1日1往復)を就航させる。

 また、国際便では大韓航空、アシアナ航空がソウル線、中国東方航空が上海線を就航させた。

 空港初のフライトは日本航空JL3810便(静岡 - 福岡)。マクドネル・ダグラス「MD-90」の乗客132人を石川知事や同社グループCEO西松遙氏がエプロンから見送った。

 「静岡と北海道・九州が、それぞれ100分ほどで結ばれる。これによってビジネス・観光両面における交流が活性化し、静岡県がさらなる発展を遂げられるものと確信している」と、西松氏は語った。

 また、3810便の安部雅彦機長は「本日は客室乗務員全員が静岡出身者。福岡初便に乗務することができて、感慨深いものがある」と、コメントした。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090604-00000026-rps-ind

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090604-00000026-rps-ind.view-000

 計画から20年かかり、石川知事の強気によって造られた静岡県初の空港がとうとう開港しました。今まで静岡県内を賛否両論が渦巻き、用地買収を巡る衝突、新幹線の新駅をつくる造らないのいざこざ、さらに開港直前に発覚した空港付近の立木による滑走路の短縮化、石川知事の辞職と引き換えに行われた立木の伐採など、ネタに困らないようなもめごとが今までずっと続いてきた上での開港です。

 空港の真下に新幹線の新駅がつくられない以上、空港へのアクセスは車かバスという、なんだか昔の成田空港みたいな感じになってしまいました。そのアクセスの悪さを受け入れるのか、東京か名古屋の空港を利用するのか、静岡県民はどちらを選ぶのだろうか?

就職活動を巡る学生と学校の先生の思惑

 大学の3年生、大学院の1年生あたりから学生は就職活動を始めます。その取り組み方、かける時間やお金などは十人十色で、学校推薦や公務員、教員採用試験で1~数社受けて終わらせる人、自由応募で数十社を受けて回る人がいます。学業と就職活動の互いの比重の置き方も、研究のために就職活動をあまり行わない人、研究をすっぽかして就職活動ばかりやっている人がいます。特に自由応募で数十社をまわり、同時に研究をすっぽかしてまで就職活動を行う学生と学校の先生(やつら)は、直接的ではないにせよ、脳内で互いの思惑をぶつけ合っているのであります。僕もまた、テラそれに当てはまりますな。

 僕は理系の学部なので、理系の点から述べます。今や、理系の学生で自由応募(内定後に推薦書を提出する場合も含める)をする割合は、学部卒業生が85%、修士卒業生が70%になっています。正直、学部卒業だろうが修士卒業だろうが、就職活動にかける“様々な投資”は何ら変わらないと感じます。で、ここで学校の先生方との思惑が脳内で対立することがままあるわけなんです。

 今時の学生の大半(もちろん「太郎」も)は、半年前後かけて様々な会社を回ります。さらに、試験会場や就職場所を絞らない人(「太郎」も)は、長期遠征にたびたび出かけ、学校を留守にします。当然、卒業や修士研究にも支障が生じるわけで、就職活動中はそれらをないがしろにせざる終えません。それを先生方に言いに行きます。就職活動を妨げる(やめさせる)先生は今はほとんどいないでしょう。しかし、心の奥底では「研究さぼって就職活動ばかりにかまけやがって…」と思っている先生は結構いるでしょう。

① 大学の先生は、職業的立場や年齢の関係から、今時の学生の就職活動を体験している人はほとんどいないです。そのため、頭では学生が就職活動をすることを分かっていながら、実際にはどんなものか理解していないんじゃないかと思われます(それは仕方のないことではありますがね)。

② また、学生時代からかかわった分野をそのまま職にしている立場の人が多いですから、違う分野への就職への理解も今時の学生よりは薄いです(先生個人によりますがね)。

③ さらに、理系の先生方による推薦で就職先を決めれば、自由応募よりもはるかに時間とお金と体力を節約できます?(自分は体験がないので断言できませんが)。「その節約時間を研究に費やせばいいのに…」と密かに思っている予感が満々です。

 一方で、今時の学生、特に就職活動に比重を置き、さらに長期遠征を積極的にやる学生は、就職活動自体を学校の必須科目の一つと位置付けています。こういう時に就職活動を優先するのは当然と考えています。

 このように、学生と先生では考えにずれが生じています。学生の方が就職活動をする時期に、積極的・能動的に先生に対して「これからしばらく就職活動に専念するので学校を休みます」と主張する必要があります(まあ、先生によって言い方は異なるかも)。もしも、「この時期は何も言わなくても先生の方も黙認してくれるから黙って進めても大丈夫だろう」と思っていたら、面倒なことが起こりえます。上述のように、先生(やつら)は大半が心の奥底で「就職活動よりも研究に専念せい!」と、少なくとも無意識で考えています。黙っていると就職活動の時期にもかかわらず、「この実験やろうか、論文投稿や学会発表をしようか」という、本人には悪気が無いけど結果的に就職活動を妨げるような、作業を持ちかけられる危険があります(すでに、ゼミ発表はそうだよなあ)。実際には僕も1~2月はそうになり、「少なくとも5月いっぱいまでは研究をないがしろにして就職活動をしないとやっていけないです」と暴露し、現在就職活動をしている状態です(←今思えば、6月まで期限を引き延ばしてもよかったわい)。

 特に就職活動の時期に就職活動を盛んにやろうとする人、長期遠征をやろうとする人は、自分の考えていることを主張した方がいいですよ。お互いが足を引っ張っている意図は無いなのですが、学生と先生、各々の立場やいままでの経緯から、考え方が異なってしまっているので。不況という今の状況も、就職活動ばかりに取り組む口実にもなりえます。

就活動画

 ニコニコ動画には就活の気を紛らわせる(散らせる)動画が大いに存在していますが、就職活動関連のネタ動画もたくさんあります。その一部を紹介しましょう。


 こちらは、「ニコニコ動画流星群『就職活動』」です。就職活動でありがちな、共感できるようなネタで歌っています(歌詞のみ)。まあ、比較的穏やかと言えなくもないかな?と言えるかもしれないような気もする内容です。
 他にも就活をネタにした替え歌がありますが、就活をしている最中の僕としてここでは紹介できない(するわけにいかない)生々しい作品もたくさんあります。そういうのは就活が無事に終わってからみた方がいいですぞ。


 こちらは、面接官の質問へのユニークな対応例を集めたものです。ほんっとによくこんなことを考えるよなあといつも感心します。

正門前での攻防

 確か今日、すなわち6月1日は大学の創立記念日かなんかの節目の日であります。その影響からか?、うちの大学に僕が学部生の時までいた元学生自治会らしき運動家が、大学の正門の前で演説をしていました。昼休み直前の11:50頃に車道を練り歩きながら旗や拡声器をもって、正門まで行進してきました。前々からこの日に連中の運動があることは承知の上だったため、活動家の学内侵入禁止を呼び掛ける看板が正門前に立て掛けられ、正門前の交番には機動隊らしき警察官が10人以上待機していました。学校の職員(某学科の某先生も)も20人以上が正門の前(学内側)に待機して、それぞれが不測の事態に備えてありました。正門前での演説やぎりぎり学外におけるビラ配り(まるで学校前で行われる塾の勧誘みたいでした)は昼休み中行われました。幸い、物理的衝突はなかったようです。それにしても、演説している人がここ数年間同じ人に感じるのは気のせいだろうか?
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