関西旅行 2日目 その6 それぞれの現実への帰還

 楽しく非常に濃密に過ごせた2日にわたる同窓会と関西観光も、ついに終わりました。あとは「サンダーバード」で帰るのみです。この日に移動で歩いた距離は6.6kmと、昨日の4割ほど(しかもほぼ平坦)でした。この2日は、最近の中では一番有意義に過ごした休暇かもしれません。特に1日目の今日日程がそこまで有意義さを引き挙げましたからな。本屋で暇つぶし用の本を買い、改札口でヒバリと別れました。この2日間、同窓会や観光のために付き合ってくれたことに感謝を抱きながら別れました。同窓会に来てくれたもう一人の彼にも感謝です。今度会うのはいつかは確定しませんが、またの再会を楽しみにします。

 別れた後は、30分ほど列車を待ちました。三連休最終日ということでかなり並んでいたので、早めに並んで正解です。帰りの列車では本を読みつつ眠りつつを繰り返して、無事に定刻通りに富山へ着きました。現実との再会です。ヒバリ達もそれぞれの立場で、現実に戻っているでしょう。せめてこの日だけは2日間の余韻に浸りながら夜を過ごして、いい意味で明日のことは明日になってから考えときましょう。
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関西旅行 2日目 その5 京都タワー

 京都観光の最後に、京都タワーへ行きました。ちょうど東本願寺と京都駅の間にあります。京都タワーは、高さが131m、展望室の高さが100mのタワーで、東海道新幹線が開通した年と同じ昭和39年(1964年)に竣工しました。当時は、建設を巡る賛否両論が激しかったことで有名です。

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 東本願寺に近いことから、「お東さんのローソク」と呼ばれています。タワーの下のビルには、充実したお土産屋さんと地下の大浴場があります。

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 展望室からの景色です。天気のいい日には大阪まで見渡せます。京都市内の建造物も見渡せますが、樹木や山の陰で見られないものもあり、それについてはしっかり解説されています。ちょうど、改築中の東本願寺が見えます。

 展望室は結構混んでいて、望遠鏡を待ちあっている姿も見られました。鉄道車両もたくさん見えます。展望室はほぼガラス張りで、庇の部分も透明なため、下の階に下りる階段からガラス越しに下の景色が見られます。展望室に行ったあとは、土産を買って京都駅へ向かいました。

関西旅行 2日目 その4 東西本願寺

 東寺を見た後は、歩いて西本願寺と東本願寺を見てきました。こちらは基本、無料みたいです。話によると元は1つの本願寺でしたが、家康の時代に寺領が新たに与えられて東西に分かれたそうです。

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 西本願寺です(正式名称は「真宗本廟」)。でっかい…。でっかい建物がかなり並んでいます。堂に入れますが、今日も非常に蒸し暑いため、中を見ている人よりも縁側で涼んでいる人の方が多かったです。でもさすがは木造建築、中もずいぶん涼しいです。

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 東本願寺です(こちらも正式名称は「真宗本廟」)。現在、一部の建物を修復?しています。それでも工事をしているのは屋根のため、堂には立ち入れました。こちらもでっかいです。歩いて移動するのに時間のかかる寺です、境内内も境内同士の間でも。

 今までずいぶん歩いたので錯覚してしまいましたが、東本願寺はマジで京都駅と目と鼻の先でした。

関西旅行 2日目 その3 東寺

 近鉄京都線と地下鉄烏丸線を乗り継いで「京都駅」に着いたあとは、荷物を預けて評判の店で昼食を食べて、東寺へ行きました。

 東寺は、京都駅のちょっと南西にある寺で、密教の寺です。中に曼荼羅などが結構ありました。今日は、午前中から雨が短い周期で降ったりやんだりと、どこかの熱帯雨林や南の島のような感じでした。

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 宝蔵です。東寺では現存する中で最古の建物で、平安時代に造られたそうです。あぜ倉造りです。

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 金堂です。講堂の、雨が届かない場所からとりましたが、入りきりませんでした。江戸時代1年目に、豊臣秀頼によって再建されたそうです。

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 いちばん有名な五重塔です。高さは54.8mで、日本に現存する五重塔では一番高いものです。高い分、落雷などの消失で4回再建されました。

関西旅行 2日目 その2 阪急京都線

 初めて乗るので乗ってみたいということで、阪急京都線で京都へ向かいました。当然、先頭車両です。

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 「阪急梅田駅」です。阪急京都線、宝塚線、神戸線の三線が終結し、9面10線と、私鉄最大のターミナル駅になっています。車両を見かけないことが無いというくらい頻繁に列車が行き来する凄い場所です。20分起き(毎時00分、20分、40分)に3線の特急列車が駅を同時発車します。

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 「淡路駅」です。阪急京都線と阪急千里線(地下鉄堺筋線直通)の2路線が平面交差している複雑な駅です。「大和西大寺駅」のミニチュア的なものです。複雑ゆえに、この駅を基準にこの路線のダイヤが組まれるとか。

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 高槻付近で東海道新幹線と並走します。まるで複々線です、線路の幅も両者1435mmと同じですし。以前紹介しました、一時的に阪急の列車が新幹線の線路を使用していた区間がここです。

関西旅行 2日目 その1 学生の寝覚め

 次の日は、10:00に起きました。ヒバリは、二度寝をするために目覚ましを2つの時間分設定していました。昨日の強行日程の疲れもあり、爆睡です。気合いで起きました。本日はこの6時間後に、乗りたくもない富山行きの「サンダーバード」に乗るために京都駅へ行きます。1日中のんびりしていたい気持ちもありますが、折角来たので現地でしかできないことを事前の計画通りに行うことに。てなわけで、今日と観光をしにヒバリの家を後にしました。この日も蒸し暑かったのですが、昨日と比べたらものすごく軽い観光でした。強行日程とのんびり日程はうまく互層させるのがいいかもです。

 それにしても、昨日はあれだけ歩いて体液を放出して疲れ果てて飲んで夜更かしをしたのに、よく10:00に起きられたわ。黒井先生と同じ道をたどったら、それはそれでマジに洒落になりませんけど。

関西旅行 1日目 その11 再会、そして同窓会

 そして20:30過ぎに、大阪駅前のある店で、もう一人の友達と再開しました。彼と会うのは、実に1年ぶりですが、再会したみんなと共通する“相変わらず”でした。彼は仕事帰りでそのままの格好できました。いい男で、ニューヨークの通りを普通に歩けそうです。こうして社会人2人と学生居残り1人の3人で飲み会を始めました。

 学校に居残っている僕の見ていないところで、彼らは社会人としての経験値を日々挙げていますが、こうして会うときは学生気分で面白いです。僕も来年あたりはみんなの言う、“大変な生活”になるのだろうか。「とっとと卒業して社会に出てみたい気もする」と、「働きたくないでござる」が日々互いの比重を変えつつどちらかがせん滅せずに拮抗している毎日です。

 子の同窓会で話のタネになったのは、やはり社会人の生活が含まれましたが、他にも「エンドレスエイト」やいまの富山大学関連のネタなどなど、僕ららしい話題を存分に振りまいて食っては飲みました。あまりアニメの話題を振りすぎるのもあれなので、ほどほどにね。これだけ盛り上がっていたのに時間が2時間しかないのが残念でした。ヒバリは土日休日ですが、彼の方はシフト制でこの日も仕事だったのでなかなか出会うのが難しいです。これを考えると、僕も時間の自由がききやすいのが今年度限りであることを感じてきてしまいます。それを考えると、僕のために時間を取ってくれて色々と付き合ってくれた(る)ことに、学生の立場として改めて感謝せねばなりませんな。感謝!!

 23:00に程よく飲んでほろ酔いになって、同窓会は終了しました。大阪駅で彼と別れました。彼は、明日も仕事です。よくぞ付き合ってくださいました。僕はヒバリと帰りました。僕の滞在期間は明日までです。帰りたくねえ~。夜は眠いと言いつつ、ついついコナンのスペシャルを見たりパソコンの中身を見たりして待ったり過ごしました。気づいたら2:00を過ぎていました。明日は今日と対照的に京都でまったりと観光します。流石に今日の強行日程は無理だからなあ。そしていつの間にか意識を失いました。

関西旅行 1日目 その10 心も体も疲れた

 その後は、仕事を終えて21:00に合流することになっている、もう一人の友達に会うために大阪駅へ向かいましたが、2人とも心が疲れ果てました。今までめちゃくちゃ暑い中を延々と歩き続けたわけですから。よくもまあ、こんな過密日程を建てられたものだと思いました。しかも、間違いなく僕の提案した西宮ガーデンズ見学で1時間時間を食ったことがとどめを刺してしまいました。計画はきちっと、特に余裕をもってやるべきだわな…人間、何か余裕があると思いこんでなおかつ行きたいところがあるとこういう行動に出やすいので注意です。

 19:00に大阪城の天守閣を後にしましたが、あたりは真っ暗です。北の方から門を出て行きましたが、大阪の観光地と思えないほど静まり返って明かりもありません。何かが出そうで(不審者とか)1人で歩きたくない場所です。下り坂でしたが、疲れましたよ。僕は空元気で何とかテンションを挙げて(←そのあとでだれるフラグ)、ヒバリは明らかに疲れ果てている歩き方をしていました。途中で「大阪城公園駅」へ行く道を間違えましたが、それに気付かないほどだれてたわけです。駅に着いたときは救われた思いでした。環状線なので、1周余計に乗って涼んでひと眠りをしたいと思いました。こんなんで、よくもまあ最初は「夕方時間ができたら、日本橋巡りや劇場版エヴァ鑑賞しようか」などと考えられました。

 朝8:00にヒバリの家を出て、19:40あたりに大阪駅へ着くまでに歩いた距離は、16.6km。ハルヒの聖地巡礼で「さくら夙川駅」から北高を巡って「甲陽園駅」までに歩いた距離は8.8km。しかも、最高気温は32~33℃で蒸し暑い。こりゃあ疲れて当然ですわ。こんなむちゃくちゃな強行日程であるのに、1日中付き合ってくれたヒバリに改めて感謝をしなければいけませんな、ほんとありがとう。

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 大阪城の極楽橋です。大阪城退散時は、こんなに暗くなっていました。ちなみに、極楽橋は名探偵コナンの事件現場にもなっていました(単行本31~32巻の事件)。

関西旅行 1日目 その9 大阪城

 通天閣麓の銭湯でまったりして、疲れと汗みどろを流し去った後は大阪城へ向かいました。しかし、多少のんびりしすぎため、話を蒸し返せば西宮ガーデンズで1時間の遅れを作ったため、大阪城へ着いたのは18:10、入場終了20分前、閉館50分前でした。しかも、駅から天守閣までが異様に遠い上に道が曲がりくねっていました。流石、大部分が残っていたら間違いなく世界遺産になるべき城です。着いた時には体の湿り気が、再び保坂先輩になっていました。

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 天守閣です。でっかい…。

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 たこ石です。天守閣へ行くことが最優先だったため、歩きながら撮影。前の人々が、大きさの比較役をしてくれました。

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 鉄筋コンクリート製の天守閣最上部から見た風景です。ビジネスパークのビル群です。通天閣から見たら、大阪城の後ろにでっかいビル群があるという、まるで富山城の後ろに市役所がそびえるような見たくない景色が見えるそうです。

 この後天守閣内にある展示館を順に見に行きましたが、残りは35分しかありません。じっくり見ていきたいのですがそれは無理で、某学科の先生の龍泉洞見学みたいにサクサクはしょってみていきました。そして、時間ぎりぎりで退散しました。

関西旅行 1日目 その8 通天閣の麓の銭湯

 鉄道を乗り継いでどうにか通天閣につきました。ここは初めてなのでとても楽しみでありましたが、めちゃくちゃ混んでいました。友達の話によると、エレベーターが一台しかなく、しかも2つを乗り継ぎ下りも同じであるため、地上に再び降りるまでに2時間近くかかる計算に。階段を開放していたらそっちへ行くんだがなあ。通天閣に上っていると大阪城へ行く時間が無くなると考え、通天閣の麓の先頭へ行くことにしました。すぐ真ん前にありました。

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 「恵美須町駅」をでると、目の前に通天閣が。つかの間の青空となりました。

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 ラジウム温泉で、大都会のど真ん中なのに露天風呂があるという、中々いい温泉でした。サウナには、「ホモ行為を禁ずる」と注意書きが…いるんかい、そういう人が。40分近く長居しましたが、汗も流せて疲れもある程度とれて、のちにこの行為が大正解であると思い知りました。

関西旅行 1日目 その7 阪神なんば線

 その後、大阪へ向けて出発しました。幸い通天閣と大阪城の両者に行ける公算が強いです。まずは、「高速神戸」から阪神本線と阪神なんば線で大阪市内へ向かい「日本橋」で堺筋線に乗り換えて通天閣へ向かいました。神戸の東側は、東海道線、阪急神戸線、阪神本線が東西方向にほぼ並行に密集して走っていますが、これで3路線にすべて乗ったことになりました。どれもがそれぞれ行き先や最寄りの場所が若干違っているため、うまく利用した結果です。

 阪神なんば線の「西九条」~「近鉄難波」は、今年の3月に開通した新しい区間です。それに乗るためにもあえてこの路線を使ったし使えたと言えます。

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 「西九条」を出た直後です。地元の要望で防音壁がそびえています。「西九条」では高架橋ですが、ここから一気に地下に潜ります。
s-P7195504.jpg地下にもぐる坂の勾配は40‰と、かなり急です。次の次の駅である「ドーム前」は、地上からの深さが30mになります。

関西旅行 1日目 その6 聖地巡礼④ 谷口orz

 神戸の埠頭に行きました。昨年の10月に用事で神戸に来た際に行こうとした場所でしたが、行く場所を400mほど間違えて見つからずじまいに終わったため、今回はリベンジです。神戸港と六甲山をはじめとする神戸の街が見渡せる、景色のいい場所です。

 ここは、アニメ順序でいう2話の部分、ハルヒが「普通の人間の相手をしている暇はないの!」と谷口に叫んだ場所であります。

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 作中では、基部だけ写っていますがせっかくなので全景を撮影。結構でかい塔でした。

関西旅行 1日目 その5 高速神戸駅

 本日の聖地巡礼の最後の場所である神戸の埠頭へ行くために、「高速神戸駅」で降りました。この駅は神戸高速鉄道の主要駅の一つで地下駅です。阪急神戸線と阪神本線へ向かうそれぞれの路線の分岐・合流駅でもあります。この駅では、以下の光景が見られます。

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 プラットホームからの景色です。隣同士の線路が、上下に分かれて互いに立体交差をする様子です。線路がプラットホームを隔てていないため、かなり接近した状態でトンネル同士の立体交差を見られます。

高速神戸
 上図は、分岐・合流駅の配線図です。通常、2路線が分岐・合流する駅は、図中の上のような配線をします。内側の2線は同じ路線であるため、まとまっています。

 しかし、「高速神戸駅」は図中の下のような配線です(「東海道ライン」7巻を参照)。そのため、内側の2線はまとまらず、お互いに立体交差をする必要があるのです。

関西旅行 1日目 その4 阪急西宮ガーデンで道草

 喫茶店へ巡礼した後は、直接神戸の埠頭へ行く予定でした。しかし、僕は思い出した。「西宮北口駅」付近にある阪急西宮ガーデンズに、ダイヤモンドクロス関連の展示があることを。ここに来たからには無性に行きたくなり、「10~20分くらい行こうか」といい、阪急西宮ガーデンズへ。

 しかし、建物自体が広すぎて探索は難攻。昔、西宮球場だったところを再開発しただけあります。そしてなんとか探し当てましたが、行き始めてから退散するまでに1時間かかりました。何が「10~20分くらい」でしょうかね。計画は大切です。1時間くらい軽く考えれば許容誤差かもしれませんが、この1時間の遅れが後に精神的ダメージことになるとは、この時点であまり考えていませんでしたorz。

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 阪急西宮ガーデンズの5階に展示してある、「西宮北口駅」および周辺の模型です。25年前までは、阪急神戸線野線路と今津線の線路が同一平面で直角に交差していました(ダイヤモンドクロスといいます)。リアルプラレールです。

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 外には、ダイヤモンドクロスの線路が1つだけ展示してありました。当時はこんなのが8個もあったんですな。

 ダイヤモンドクロスについては、今後気が向いたときに改めて詳しく紹介します。

関西旅行 1日目 その3 聖地巡礼③ 活動場所の拠点

 熱い熱いハイキングの後は涼しい阪急電車で西宮北口へ行きました。平らっていいもんです。

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 地図の右側、赤円で囲ってある場所です。この辺は今までと比べて歩きませんでしたが、重要な場所です。

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 はい、これですよこれ。わかる人には一発でわかる風景です。英会話教室の入り口のベランダです。一応自由に出入りできる場所ではあるので、結構人が来ているんじゃないでしょうか。

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 そして、地上からも撮影。鉄骨の上の部分が朱色に染められている点が、唯一作中のものと異なります。それは何故かというと…

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 この公園は、この写真の撮影日より2日後に取り壊されるそうです。最後の巡礼になります。知らずに来たけど、ギリギリチョップでした。

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 この公園、最近の放送で稼いだ分、西宮北高に次いで多く登場する場所となりましたね。

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 未来に帰れなくなっちゃいましたぁ~(←理解のある仲間と行くからこそ撮れる写真です。)

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 同じアングルのつもりですが、実際は金網の支配力が強くて阪急電車がよくみえません。

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 そしてこれもまた、登場頻度の増えた喫茶店です。実際にここで昼食をとりました。キョンはよく、毎回おごっているわなあ。店内の撮影もしたかったのですが、撮れる雰囲気ではなかったので断念。

 僕らの隣の席(「エンドレスエイト」でSOS団が座っていた席)に、同士2人組が座っていました。外見もさることながら、「長門」という、明らかに聖地巡礼をしていることを自白する言動をとっていたので、すぐに同士だとわかりました。そして友達のヒバリは意図的にこう言いました。

ヒバリ:「さあ、これから(神戸の)メリケンパークへ行こうか」

その瞬間、隣の同士2人組はくるっとこちらを向きました。僕もすかさず

太郎:「ああ、あの(3年前の放送順序で)2話のところだね」

言いました。その後、会計の際に彼らはこっちを見ていました。ハルヒを呼びとめようとするキョンみたいでした。やっぱ同士はわかっていますなあ。

関西旅行 1日目 その2 聖地巡礼② 強制早朝ハイキングコース

 その後、西宮北高へ向けて強制ハイキングを開始しました。このむちゃくちゃ蒸し“熱い”中、(一般的な)観光地や娯楽施設でもないここへ行くなんて、よほどのことでしょうな。

それぞれの地点の海抜はおおよそ
西宮北口駅:8m
甲陽園駅:45m
西宮北高校:205m

です。キョンは毎日縦方向160mの往復をしているんだなあ。こりゃあ鍛えられるわ。

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 前の記事に引き続き、青色のルートにそっています。この記事では茶色に染めてある場所の聖地を紹介します。


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 西宮市には、このカエルのマンホールがいたるところにあります。

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 北高へ行く、最後の坂です。見た目は緩やかに錯覚しますが、むちゃくちゃ急です。坂の全長は250mで、高低差は45mです。平均傾斜は10.5度(180‰)ですが、急な所は20~30度くらいあります。

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 最勾配部に、北高の門があります。ここもアニメで出ましたね。

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 素晴らしい景色です。秋~冬に行けば気持ちいいかも。この急傾斜を朝倉涼子は笑顔で軽やかに駆け上ったわけですか(時系列2話参照)、さすがだ。

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 そして北高です。休日ですが、部活などで生徒が結構いました。長居は無用です。なるべく早めにかつ、人が極力いない隙を見計らって撮影。生徒たちは大きなお友達のこういう巡礼は知っているのかな、慣れているのかな?いずれにしても、なるべく人がいない時期にいきたいものです。

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 下りの途中に、またまた見たことのある光景が。

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 このマンションも、一瞬出ていましたね、アングル的に作中では遠目からでしたが。

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 はい、そしてこれも来ました。北高の生徒と同じく、ここの店員も僕らのような人種を見破る術を身に着けているのだろうか?

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 そして階段。作中よりは色褪せているのが、仕方のないところ。例のベンチは撤去されたようです。

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 実際、この橋の左端は樹木に覆われていますね。

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 長門のマンションきたー!屋上に行きたいところだが、自動ロックだから某理学部の3年生以下の学生の手口を応用するしかなさそうだ。それでもあそこは入れるかわからんし。

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 そして甲陽園駅、車が、車が。

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 別の場所から撮影。同氏らしき人を見かけました。ちなみに、撮影と逆方向5mは交番ですぜ。

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 駅構内で自分がここに来たという証明のための撮影。コートを着てマフラーを付けるべきだって?うん、それ無理。


 このハイキングで、Tシャツの色はすっかり変色しました。僕も着替えを持ってくればよかったです。この辺は乗り物(自転車以外)が無ければ、生活が過酷です。こんな日に歩いて移動する人は、体を鍛えている人か、学生か、聖地巡礼をしている人くらいでしょう。そして、甲陽園駅へ下っている途中に、同士らしき3人組とすれ違いました。3人とも私服で学生ぽくって、「結構きついな、この道」とかいいつつ、リュックなどを背負って北高の方へ登って行きました。同士である可能性があります。

関西旅行 1日目 その1 聖地巡礼① 禁則事項の公園~5話分でているプール

 次の日は8:00に2人で家を出発しました。昨夜は0:30あたりに寝ましたが、僕は寝相が悪かったらしい…。2人とも無理やり起きて、本日の強行日程を開始。本日の前半ですが、今期放送中の「涼宮ハルヒの憂鬱」の聖地巡礼に行ってきました。以前も言ったことがありますが、カメラを持っていなかったうえに一人だったので、まだまだ見足りないところがありました。新たに放送された場所もチラ見するためでもあります。

 で、出発したのですが、あつい…あつい…あっつ~い!!

 とんでもない暑さ、むしろ熱さです。午前中でこれですか…。友達は「午前中に回った方がいい」と言っていましたが、後にこれが大正解であると思い知りました。この日の大阪や神戸の最高気温は32~33℃、しかも風が吹かずに、あの頃の軍曹さんが見れそうなくらいの見事な湿度。歩くだけで保坂先輩並みに汗が噴き出してきます。通気性のいいTシャツを着たのが唯一の救いでした。

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 こちらが今回訪れた場所です(神戸市は除く)。地図上の線部は、歩いた場所を示しています。この記事で紹介する場所は、茶色で示しています。モデルとなった場所の詳細は、「涼宮ハルヒの地図」(http://www.gfoc.gr.jp/~morisato/haruhi_map.html)に詳しく記されているので、それを参照にしてください。

 また、写真のアングルはうろ覚えのままで厳密に考えずに調整したので、そこに関しては深く突っ込まないでくださいね。

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 あの川です。まさか、亀を放流している人はいませんよなあ?

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 禁則事項のベンチです。なにをやりたいんでしょうねえ。この日の夜再開したもう一人の友達に「(場所は違うけど)みくるがキョンに膝枕をするのもやったらなあ」と言われました。そこまで考えていなかった。

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 例の「東中」です。休日だけど、生徒がいました。幸い門にはいなかったので無事撮影。フェンスを登ろうとする写真を撮るのは不可能ではないものの、さすがにしたら「痛いニュース・ほか」のさらし者になり、オタへの偏見が高まる元凶者になるので、自重自重。

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 例の踏切まであと少しです。微妙な上り坂でも今日はきつい、すでに服はずぶぬれ、そんなとき阪急電車が素通り。乗り物は便利ですな。

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 そして、例の踏切までやってきました。案外交通量がすさまじく、隙をみて撮影。こんなことをしている同氏は待っていれば現れるかもしれませんな。

 その後、「エンドレスエイト」のプールに行きましたが、よく考えたら夏で休日だから人がいっぱいいるではないか。そこを考えずに安直に行ったので、さすがに撮影できずに景色を見ただけ。まあ、劇中の景色と同じものがいくつも見れたので、いいとしましょう。


関西旅行 0日目 42日ぶりの遠征

 三連休を利用して、関西地方へ旅行に行ってきました。目的は、卒業して大阪で働いている友達たちに会うためです。卒業式以来電話やメールでしか出会っていませんので、顔を合わせるのは非常に久しぶりです。また、就職活動を終えて以来、旅行というものが無かったので久しぶりの遠征でもあります。

 三連休1日目はバイトがあったため、夕方に富山を出発して夜に大阪へ着きました。大阪で4カ月ぶりに彼と再開しましたが、社会人になったこと以外は変わっていませんでした。元気そうでなによりです。そして、大阪はめちゃくちゃ暑いです。風が吹かないうえに湿度がテラでした。明日は聖地巡礼をするにに大丈夫なのかねえ?

 彼は駅近くのマンションに住んでいるので、夜食とビールを買っていき、家で早速再会を祝した飲み会をしました。同じ年代の友達と飲むのが一番いいものです。そして酔っ払って明日の計画をたてて、その日は爆睡しましたとさ。

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 高架化工事中の富山駅です。すでに、1~3番線用の仮ホームの建設も進んでいます。

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 旧ホームは、取り壊されていっています。地下道の入口が島状に残っていました。

50年ほど前に考案された新幹線のブレーキ

 少し前に空気抵抗を利用した空力ブレーキを搭載する、東北新幹線の試験車両(FASTECH360、別名ネコ耳新幹線)が話題になりました。しかし、空気抵抗などを利用した非常ブレーキは、東海道新幹線が開通する前(50年くらい前?)から既に考案されていました。当時の新幹線車両の開発には旧日本軍の戦闘機の設計者も多く携わっていました。そのため戦闘機開発の経験を生かした奇抜な非常ブレーキが考案されました。
以下に例を挙げます(※小学生のころ、「たけしの万物創世記」で報道されていた内容を脳内コピペしました)。

エリマキトカゲ方式
 エリマキトカゲが皮膚を広げるように、車両の扉(もしくは専用の板)を蝶つがい式に横へ開いて空気抵抗を大きくして停車する。要するに、FASTECH360の方式と似ている方式です。

パラシュート方式
 新幹線の最後尾にあるだんご鼻(0系とかにあるあの丸いの)を傘のように射出し、空気抵抗を大きくして停車する。スペースシャトルが着陸するみたいな感じですね。

水抵抗方式
 予め線路の間を水で満たし、新幹線車両の床下から板を下に射出してそれを水に浸し、水の抵抗を利用して停車する。実際にやったら、スプラッシュマウンテンの滑走みたいになるかも。

 とまあ、様々な非常ブレーキの案が出されました。これは、新幹線車両の開発の初期段階で法律通りに非常時で何とか600m以内に停車できるように試行錯誤した結果、生み出されたものです。その後600m以内に停車できなくてもいい方法が考案されたため、通常のブレーキ方式が採用されました。

 これらの案が採用されなかった理由がもう一つあります。空気抵抗を利用した非常ブレーキは、空気抵抗が列車の速度が速いほど大きくなるため、運転速度が速いほど効果が上がります。実際、リニアモーターカーのように400~500km/hの状態から非常停止するのには効果は抜群ですが、当時の新幹線の最高速度である200km/hほどでは効果はイマイチでした。そのため、空気抵抗を利用したブレーキは長年表舞台に上がりませんでした。それが近年、FASTECH360の試験運転にて表舞台に上がったのです。

ネコ耳新幹線について

 少し前に聞いたことのある単語だと思います。これは東北新幹線の試験車両、FASTECH360の別名でもあります。当時の報道でも紹介されていたように、FASTECH360は北海道新幹線が開通した際、360km/hの営業運転を行うために開発された、その走行試験を行うための車両です。

 そのため360km/h以上の速度で試験走行をしますが、重要なのは緊急時にいかに早く停まれるかです。今や新幹線は300km/h運転の時代ですが、非常ブレーキをかけてから4000m程で停まれることを基準に運転とブレーキの設計をしています。これは、「のぞみ」が270km/h運転を始めてからの基準らしく、言い換えれば初代「のぞみ号」が270km/hから停まるまでの制動距離と同じ距離で、以降の新型車両も停まれるようにしているのです。300km/h運転を行う500系やN700系は、非常時に微細な粉末を線路に射出して車輪との摩擦をあげ、4000m程での停車を果たしています。360km/h運転では、それらに加えて空気抵抗を利用した「空力ブレーキ」が有効になります。FASTECH360では、非常時に屋根に空気抵抗板を飛び出させて空気抵抗を増やし、より早く停まれるようにしました。


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こちらが、空気抵抗板(空力ブレーキ)を飛び出させているFASTECH360です(http://www.sandeinc.com/~eguchi/diary/20050624.html)。非常時のみ屋根の上に飛び出させるため、通常の運転(減速時も)では収納しています。当時は萌え要素の一つであるネコ耳が広まりだしたご時世で、空気抵抗板の飛び出している姿がネコ耳を連想することから、日本国内とイギリスのマスコミに「ネコ耳」新幹線として広められたのです。にゃあにゃあなのです(←ここで「梨花ちゃま」を連想した奴はおるか?)

 速度が高いほど空気抵抗は増え、「空力ブレーキ」の効果が上がります。「空力ブレーキ」の追加により、制動距離は従来のブレーキだけの場合よりも500m以上縮まりました。しかし、ここ2~3年で開発する新型車両は最高速度が320km/hとされています。360km/h運転の実現には、まだまだ解決すべき課題が多いのです。「空力ブレーキ」が効果を発揮するのは340km/h以上のため、320km/h運転をする新型車両には空力ブレーキが搭載されません。実用化はまだまだ先の話です。

 しかし空気抵抗を利用したブレーキ、実は東海道新幹線が開通する前(今空50年ほど前)から考案されていました。次回に紹介します。

学校生活に戻ってきたかも

 今週になってから、集中力が少し上がってきたかもです。まあ、まわりから見ればどうだろうか?だけどね。今まで就職活動で散々研究をすっぽかして数カ月過ごし、入社先を決めてから2週間ちょい経ちました。これを機に勢いを挙げていきたいです。やっぱり生活習慣をある所へ持っていくにはある程度の時間があってこそ自然にできるものですかなあ、特に僕のようなマイペース人間は。

 それにしても、今月はゼミ地獄ですわ。皆さんそれぞれの都合で発表を先延ばしにしているため、今週は5人、来週と再来週は4人…3時間を超えそうだ…。就職活動という手段で合法的に休んでいた日々が懐かしいわ。あと、某講座の長の苦言演説の影響か?今週からみんな日中に学校に来出している気が。

剣岳点の記

誰かが行かねば道はできない

 この間、映画「剣岳点の記」を見てきました。富山に住んでいてなおかつ立山に登ったことのある人にはなじみの、剣岳を舞台にした三角点設置の様子を映画化したものです。今から100年ほど前に実際に陸軍測量隊が行ったことで、映画では立山およびその周辺が色々と映されていました。

 「称名の滝」、「室堂平」、「玉殿岩屋」、「浄土山」、富士山を見られる「一ノ越」、立山山頂の「雄山神社」、「別山」、「剣御前」、「剣沢雪渓」、「剣岳」などなど、富山に住んでいる人、特に立山に登ったことのある人にとってはおなじみの名所、風景が次から次へと出てきました。かなり面白かったです。

 実際に役者たちは称名川(称名の滝の手前)を腰まで水につけて渡ったり、遠くからみても恐ろしく急だとわかる剣沢雪渓を歩いたりと、現地の自然を極限までリアルに味わうことをポリシーとしている映画監督のこだわりが凄かったです。

 今はバスで室堂平まで行けますが、昔は麓からずっと歩いていたんですよな。しかもめちゃくちゃ重たい荷物を背負って何度も登ったり降りたり…。現代では登って降りるだけで大きな冒険に感じてしまうかもしれませんが、劇中ではそれが日課のように色々な場所を毎日のように何度も巡っていました。ていうか、富山駅から立山の麓(大山町)も徒歩で移動ですからな。昔の人の体力は本当にすごいです。

 また、立山の自然の厳しさもすさまじいものでした(僕が室堂で遭遇した暴風雨はとても穏やかと言えました)。実際にそこにいる人たちの目線を完全に再現にするために、空撮やCG処理はしていないそうです。あれはどこまで本物の嵐でロケをしていたのか?あと、BGMがクラシックでした。

 未知の険しい山と過酷な自然にもめげずに「剣岳」山頂に三角点を設置しようと頑張る陸軍測量隊と地元の村人、彼らを支える家族や旅館の従業員たち、ライバル関係にあったけどお互いを認め合えた日本山岳会の人々、立山を信仰し立山を知り尽くしている行者、自らのメンツのために現場の苦労をわかろうとしない陸軍上層部(←踊る大捜査線の本庁みたいでした)などなどの、さまざまな立場の人間の生き様、苦悩を味わうことができました。歴史上では無名ともいえる人々の努力と情熱が、この国を支えていったのですね。

 

「エンドレスエイト」の補足

 「エンドレスエイト」の原作を見たら、こんな記述がありました。

キョン:「俺たちがこのこと(夏休みのループ)に気付いたのは何回目だ」
長門:「8769回目。最近になるほど、発生の確率は高まっている」
古泉:「既視感、違和感ありまくりでしたからね。しかし過去のシークエンスで、僕たちは陥った状況に気付きつつも、正しい時間の流れに復帰することはできなかったんですね」

 アニメでキョン達が時間のループに気付いた描写があるのは、「エンドレスエイト」の2~4話目です。夏休みの回数は、2話目の時点で15498回目、3話目の時点で15498回目、4話目の時点で15513回目で、この先どこまでつづこことやら?です。ちなみに、原作では15498回目(アニメでいう「エンドレスエイト」2話目)でループを解消していますので、原作より長いです。まあ、「エンドレスエイト」をここまで続けてなおかつ終わらせる回数を原作と同じにしたら、「エンドレスエイト」2話目で勘ぐる人もいそうですからな。長門は、この8769回目から6744回にわたり、キョン達がループに気付いても解消できない、もしくは前回は気付いたのに今回は気付かず事態は後退した、というもどかしさをプラスして味わっているということです。次は何回目に相当するのだろうか?


 話は変わりますが、3年前の「涼宮ハルヒの憂鬱」(今でいう1期)をアニメ化させる際、「エンドレスエイト」の話を1話で放送する予定だったそうです。しかし、原作の第1巻「涼宮ハルヒの憂鬱」を5話構成でアニメ化する予定が6話構成になり、「エンドレスエイト」の放映を見送ったとか。つまり、あの時点で「エンドレスエイト」が1話分の話としてアニメ化していたら、ここまでヒットして2期が放送されなかったら、こんな珍事は起こされていなかったといえます。

富山大橋架け替え工事 その4 平成21年7月11日

 7月11日を境に、新富山大橋の建設工事はしばらく中断になります。どうやら雨季による増水を避けるために、この時期は中断するそうです。

新富山大橋 平成21年6月 - コピー
 富山大橋および周辺の地図です。番号は以下に載せる写真の撮影位置を示します。前回などと比べて、どこまで場所やアングルが一致しているのだろうか?←「エンドレスエイト」の各話ごとくらい変わっているのかな?

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 このあたりは用地取得もすっかり終わったようです。3か月前と比べて明らかに変わっている部分があります。

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 ここにあった建物も取り壊されて空き地になりました。5月中に取り壊されたらしいです(就活中だったので、詳しい日時までは知らん)。後に盛土か橋脚になるのでしょう。

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 ここは特に変わっていない気が。将来連絡地下道になる通路の中には鉄骨が詰められています。上を通る工事用の重機の重さを受けるためかな?

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 橋の部分も全体的に路面電車の基盤らしきものが延びています。大きな変化は見られないものの、3か月前と比べて何やら赤っぽい部材が積まれています。

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 最近雨が多いため、水かさが増しております。

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 呉羽山よりには、これから橋げたの間に渡す予定らしき橋の基盤が置かれています。工事中断期間を終えたら、すぐに使うのでしょうか?

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 東側から見た様子です。3か月前と比べて、橋げた1つ分、橋部分を渡している区域が延びました。

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 東側にも南北につながる連絡地下道があります。こちらもまあ、現在の富山大橋の道路にふさがれて真っ暗です。

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 東側の歩道橋から撮影した景色です。左側(路面電車の線路のある側)が現在の道路、右側が建設中の橋に通じる道路の路盤です。

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 川の土手川から東側を撮影しました。こちらも劇的には変わっていません。工事中断期間のためか?工事車両などがありません。

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 後に橋になる部分の基礎部が既にできています。

突然の引退

ムーンライト九州、事前発表もなく姿消す
7月12日7時51分配信 読売新聞

 JR九州と西日本が共同運行していた夜行の臨時快速列車「ムーンライト九州」(博多-新大阪)が10日、廃車処分され、姿を消した。

 乗客減で今春の運行が見送られ、鉄道ファンから復活を求める声が出ていたが、かなわなかった。若者を中心に重宝された長距離列車は、臨時列車ゆえに事前に発表されることもなく、静かに引退した。

 ムーンライト九州は1990年4月に博多-京都間で運行が始まり、春、夏、冬休みの期間に1日1往復していた。近年は、博多-新大阪間で運行。約620キロの道のりを9時間半から10時間かけて走った。寝台車両はなく、乗客は座席をリクライニングさせて体を休めた。

 それでも乗客にとっては魅力的な列車だった。全国のJR線で普通、快速列車で乗り降り自由の「青春18きっぷ」を使えば、指定席料金を含め、5110円で済み、新幹線(自由席)に比べ、6割以上安く乗車できた。特に年末年始や盆には、帰省の若者の姿が目立ったという。

 しかし、近年は低料金の高速バスとの競合などで空席が目立ち、運行本数も次第に減少。2003年度に往復で計160本あった本数は、昨年度は半減となる86本にまで落ち込んでいた。

 加えて2編成16両ある車両も平均車齢35年と老朽化。今春のダイヤから姿を消し、このほど車両の処分が決まった。車両は順次解体されるという。

 九州と本州を結ぶ夜行列車は、JR発足時の1987年には特急のブルートレインだけで8本あった。だが、乗客の減少で次々と運行が終わり、今年3月に寝台特急「はやぶさ」(東京-熊本)、「富士」(東京-大分)の廃止で、特急はすべてなくなっている。ムーンライト九州は、元々、臨時列車扱いだったため、公表はされなかった。

 旅行の際に頻繁に利用したという九州鉄道記念館(北九州市門司区)の宇都宮照信館長代理(59)は「乗り合わせた人と盛り上がった旅の話は本当にいい思い出。時代の流れなのだろうが、本当に寂しい」と惜しんでいる。(網本健二郎)


 これで西日本と九州を結ぶ寝台列車は無くなってしまいました。10年以上前にはあれほどあったのに、早すぎます。「ムーンライト九州」の列車は一度見たことがありますが、寝台列車の中でもかなり形や色に個性があり、とても印象に残りました。寝台列車が廃止される理由には、よく利用客の減少が挙げられますが、年末や長期休暇の時期はそれなりに利用されます。ましてや「ムーンライト九州」は臨時列車ですのでまだまだ使い手はあったかもしれません。乗客の減少よりも車両の老朽化による維持の限界が大きいような気がします。

新幹線が200km/h以上の速度で走れる理由

 前回の記事でも書きましたが、日本の法律には「ほかの交通機関、路線と平面交差する区間では、鉄道車両は600m以内の距離で停車できる速度で走らなければいけない」というものがあります。このため、在来線を走る大半の特急列車の最高速度が130km/hに抑えられています。では何故新幹線は200~300km/hで悠々と走っているのでしょうか?そこには逆転の発想があります。
それは

600m以内で停まる必要のない環境を作る

です。

 即ち踏切を一切なくし、他の路線や交通機関との交差は全て立体にしたのです。これで上述の法律には触れません。勿論、他にも200km/h運転を行うための条件はあります。在来線よりもカーブを緩くする、線路の歪みを極限まで正す、勾配を緩やかにする、線路の継ぎ目の隙間を埋める、自動ブレーキを(ATC)完備する…などです。しかし、いくら立体交差にしても線路の上に何かの障害物が落ちる可能性はあり、視認してもその手前で停まりきれません。そこで、車両の最前線に防護版(スカートといいます)を付け、障害物自身を“弾き飛ばす”という措置が取られました。こうして200km/h運転を行う環境が整えられたのです。

多くの在来線の特急列車の最高速度が130kmk/hになっている理由

 新幹線の最高速度は今や300km/hを超える時代でありますが、一部を除いて日本の在来線の特急列車の最高速度は130km/hです。より速くすることは大いに可能ですが、法律の壁があります。

それは、

ほかの交通機関、路線と平面交差する区間では、鉄道車両は600m以内の距離で停車できる速度で走らなければいけない

です。

 簡単にいえば、踏切のある路線では上述の法律に触れます。上述の法律の後半の意味ですが、車も鉄道車両も船も飛行機も自転車も人も、高い速度で動くほどブレーキをかけ始めてから停まるまでに時間がかかり、停まるまでに走る距離(自動車学校で習った“制動距離”です)が長くなります。法律で示されている、600m以内の距離で非常ブレーキにより安全に停車できる最高の速度がおおよそ130km/hなのです。600mとは、一般的に人間が前方の障害物を視認できる限界距離です。つまり130km/hは、踏切のある路線で列車が安全に停車できる最高速度であるのです。

 ブレーキ技術の進化で140~150km/hからでも600m以内に停車することは可能ですが、130km/hより10~20km/h上げたくらいでは大幅な所要時間短縮は望めません。回復運転に効果がある程度です。絶大な短縮には、思い切って160km/h以上にするのがいいです。しかし、この速度で連続して運転を行うには、速度を制限される急カーブを緩くする、立体交差化で踏切をなくす、などの大胆な改良工事が必要なため、実現し辛いのが現実です。

 一部の特急列車は青函トンネル内で140km/h、ほくほく線で160km/h運転をしていますが、もともと踏切がなく、その速度で走れる線形で作られていたためこの速度での運転が可能だったのです。

エンドレスエイトの行き先は

朝は現在放送中の「エンドレスエイト」4話目(全体でいう第15話)の終わりでキョンが宿題を先延ばしにし、次週も「エンドレスエイト」が確定するという夢を見て、その衝撃で目覚めました。ハルヒが店を出て扉が閉じた瞬間です。ぶっちゃけ、自由落下による無重力状態を感じて驚いて起きるのと似た成り行きで起きました。

 「エンドレスエイト」の1話目(全体でいう12話目)ボーリングの1ゲームで、長門が12345432123454321234というスコアを出していましたが、それは「エンドレスエイト」を5話続ける伏線ではないかという説がニコ動のコメントで出ています(今週放送分もループ確定ということ)。本当にありそうだから怖いです。さらに、「エンドレス“エイト”」ということで8話続く説や、8月一杯までやるという神説などまで、これもまさかと思うがありえないこともないよなあ。

 「笹の葉ラプソディ」放送後は、「数話のオリジナル話(漫画版の話とか)を挟んで消失で終わらせる説」、「京アニ関係者がアニメ化したがっていた「一目ぼれLOVERS」で終わらせる説」、「消失の後日談(涼宮ハルヒの陰謀の序章)で終わらせる説」などの様々な説が飛び交いました。自分も消失の後日談まで行くと勝手に思っていました。ここまで来たからには、消失で終わらせる説が有効になってきたようにも見えますが、一体どうなる事やら。

これ、どうなるんすか?

 6月末にこんな提言がありました。

「就職活動、平日避けて」 文科相、ルール作り求める
配信元:2009/06/26 12:29更新

 記事本文 塩谷立文部科学相は26日の閣議後会見で、早期化が指摘される大学生の就職活動について「教育に影響が出ている。平日の授業をやっている時には避けてもらう方が良いと思っており、大学、企業間で適正なルールを作ってほしい」と述べ、新たな就職協定の必要性に言及した。

 記事本文の続き 塩谷文科相は活動開始時期を「個人的には4年の前期が終わるぐらいと思っている」と強調。文科省として2011年春に卒業する学生の活動に向けて大学、企業双方にルール作りを働き掛けていく考えを示した。

 大学生の就職活動は3年の6月ごろにインターネットの就職支援サイトへの登録が始まるなど年々早期化。大学関係者の間からは、職業の適性が十分判断できず、授業もおろそかになるとの批判が出ている。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/270870/

 仮に就職活動が休日に行われることになったら…今時の学生の就職活動を実現すること、特に様々な会社を巡って様々な場所へ遠征し、決めていくことがめちゃくちゃきつくなります。ただでさえ学業をおしんで(機嫌の悪いときは喜んで?)就職活動に時間を割くのに。バイトをする必要があればなおさらです。自然と地元や下宿先近辺の遠征に絞られたりしそうです。

 聞いた話によれば、数十年前は大学や大学院の学生は、大半が教授推薦などですぐに企業を決める、もしくは数社に絞って企業訪問を今よりも活発に行い、少ない試験の回数で受験して1~2か月ほどで就職活動を終えたそうです。そのころは就職協定という、「大学4年時(大学院2年時)の8月までは就職活動を行う環境をつくらない」という決まりがあったため、学生は学業を行いつつ就職活動に取り組めました、取り組まざるおえませんでした。そして、大学で学んだ分野を就職先に応用していく権威が当時の大学には今よりも相対的に高かったのです。

 しかし、平成8年度(1996年度)に就職協定が廃止されて平成9年度(1997年度)をおおよその境に学生の就職活動開始の早期化と活動期間の長期化が始まりました。見方を変えれば、企業側がそう仕組みやすい環境ができました。そして今時の就職活動が当たり前になりました。また、これまでのゆとり教育の発達で大学の孤高性も薄れ、誰でも行ける領域となりました。結果、学んだ分野と就職先は一致しなくなり、自由応募の比重が増していったのです。

 その一方で、大学のカリキュラム自体と新卒を歓迎する企業人の態度はこれらの変化に沿って変わっていないため、就職活動vs学業の構図が生まれました。もはや、「学生は学業重視」「志望企業をちゃんと絞って受験する」という考えが下がり、それぞれの立場で騙し誤魔化しをしている風潮です。学生側にも、就職活動が始まるよりもっと早く業界を絞って受験すればいい、という責任がありますが、みんなが多くの企業を受験すると必然的に倍率が上がるため、多少はそれに合わせた行動をとらざるおえません。推薦を使うのが一番合理的と様々な分野から言われそうですが、それは人それぞれ。多くの企業を見て回るチャンスが与えられた以上、この時期に就職活動を重視する人は、遠征に出まくるでしょう。

 就職活動と学業の比重の置き方は、本当に人それぞれですが、平日に就職活動ができない状態になったら、果たして今後の就職活動生活はどうなるのか?単純に考えて、数十年前の教授推薦の多かった時代に戻すか、卒業後に1年間の就職活動期間を設ける、という対策がよさそうに思うのだが、どうだろうか。

成田空港と鉄道 その8 空港付近の配線の総括

 成田空港、および付近の鉄道路線の配線図の変化をまとめてみました。それぞれの配線がどのように働いていたかは、「成田空港と鉄道」に関する以前の記事を見てください。

 緑色の線はJR東日本の路線(「成田エクスプレス」が走る路線でもある)、赤色の線は京成グループの列車(「スカイライナー」など)が走る路線、紫色の線は京成東成田線、および芝山鉄道を示します。どの路線も、空港敷地内では地下を走っています(図でいう、灰色の部分)。

総括・成田空港と鉄道 - コピー
 まあ、結論をいえば、最初の計画と比べてえらく複雑になりましたね。関西国際空港や中部国際空港への鉄道路線がいかに分かりやすいことか。
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