富山大橋架け替え工事 その5 平成21年11月27、29日

 4か月振りの更新です。雨季は工事が中断したためか?富山市内環状化工事と比べて素人が気づく変化量が少なく感じましたが、進んではいました。

新富山大橋 平成21年11月 - コピー
 地図中の番号は、写真の撮影位置を示します。赤色が橋の建設部分、青色が新たに造られた土手と旧8号線を結ぶう回路です。

①
橋の西側も、新たな道路の輪郭線(側溝とか)が見えつつあります。

②
橋に通じる坂道も、輪郭が見えてきました。

③
橋部分は4か月前と同じ長さです。

④
橋げたの上に、橋を支えると思われる基部が設置されました。

⑤
橋の無い部分も、準備がされてきました。

⑥
河川敷に、様々な機材が置かれています。

⑦
⑦ (2)
東側の坂道は、小休止状態?

⑧
歩道橋から見ると、こうなります。
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東海道新幹線は独立を好む

 ようするに、東海道新幹線は、ほかの新幹線路線との直通運転をしたがらないということです。たとえば、東京駅では東海道新幹線と東北新幹線ほかが出くわします。しかし、未だに直通運転は行われません。行う計画は立てられましたが、結局やらずじまいに終わっています。

 これは、東海道新幹線を管轄するJR東海が直通運転を拒否していることが大きいです。理由はいろいろありますが、特にダイヤが原因であります。東海道新幹線のダイヤはテラ過密(最大1時間に片道13~14本)で、直通運転を組む余裕などありません(少なくともJR東海にとっては)。ほかの新幹線の列車は最高速度や座席位置などが東海道新幹線を走る列車と異なります。これらの違いでも、東海道新幹線の過密ダイヤには大きな負担になります。実は、山陽新幹線との直通運転をも、心の中では嫌がっているそうです(500系を巡るいざこざがいい例)。これもまた、過密ダイヤには負担になるとか。ほかの新幹線路線は、東海道新幹線と直通運転を行えば需要が伸びる希望があるので直通を望んでいますが、東京~大阪間の輸送で十分潤っている?東海道新幹線にとっては面倒なものなのでしょう。

山手線にもホーム柵が

 平成29年度(2017年度)までに、山手線全駅に可動ホーム柵が設置されるそうです。手始めに来年度には「恵比寿駅」と「目黒駅」に設置されます。柵設置に伴い、すべての山手線車両が4扉に統一されます。

 ホーム柵と言えば、近年かなり使用度が増えています。山手線の駅にはあれだけ人がひしめいているので安全のために必要なものですが、設置すると車両撮影し辛くなるので、特に撮り鉄にはある程度の制約にもなってしまいます。安全と趣味のジレンマですね。

切なすぎる替え歌

 来年の3月のダイヤ改正により、500系「のぞみ」が東海道新幹線から完全撤退し、平成23年度には「のぞみ」としての役割を終え、残った車両は「こだま」として扱われます(ちなみに「こだま」化した500系の最高速度はかつての300 km/hではなく285km/hです)。そんな500系の現実と行く末を歌った替え歌がありましたので、紹介します。元歌は、マクロスの「ライオン」です。元歌の歌詞と相極まって、切なすぎます。歌詞のように、せめて臨時でも運転できないか?、と思います。


http://www.nicovideo.jp/watch/sm8703557

 「のぞみ」として活躍している500系の動画が多くを占めています。動画内で、500系の「のぞみ」としての運用がどんどん減らされている演出が、切なさを増幅させていますね。せっかくなので、歌詞の説明をちょこっと入れておきましょう。

東海道の中で加速をしたけど信号270(0:33~40)
 500系の営業最高速度は300 km/h(やろうとおもえば340 km/h運転も可能)だが、東海道新幹線では270 km/h運転が最高である。東海道新幹線は山陽新幹線と比べてカーブがきつい(← 200~250 km/h運転専用で、300 km/h運転にむきにくい)こと、東海道新幹線内では過密ダイヤをさばくために最高速度を270 km/hに統一しているためである(← 混んでいる場所で速度のばらつきが少しでもあると、簡単に“渋滞”するため)。

君(東海道)が守る座席数1323(0:43~0:48)
 東海道新幹線内を走る車両は、16両編成で座席の数は1323席でなければならない。これは、過密ダイヤの中で運用を円滑にするために造られたJR東海の掟である。500系の座席数は1324席と、1席多い。さらに構造がほかの車両と異なるため、JR東海は当初から500系の乗り入れを嫌がっていた。

偉大な先輩を追い出し運用を奪う(2:01~2:10)
 平成20年(2008年)12月14日に、44年にわたり活躍していた0系が完全引退した。晩年の0系は、山陽新幹線内で「こだま」として活躍し、後に「こだま」化される500系は、その後釜に入った形でもある。ちなみに、既に700系の活躍している「ひかり(レールスター)」に500系の入る余地はなく、勾配がきついことから九州新幹線の直通車両としての運用も果たせないため、「こだま」へしか行く道はなかったという。

8両に切られ「こだま」になって(3:31~3:32)
 山陽新幹線内では利用者数の関係から、16両での「こだま」は余剰になってしまう。そのため、8両に短縮された。このとき余った車両は廃車となった(← まだ耐用年数から考えてもう少しは活躍できる状態でです)。

「談話会」という美しい言葉でごまかすゼミ

 昨日は、ゼミで発表する羽目になりました。実に4カ月ぶりの発表でこんなに長く時間が空けば大いに研究の進み具合を見せられる…な訳がなく、ごまかしごまかしの連続はいつものお約束。どうにも、就活の後は研究を続ける気持ちを切らさずに過ごすのが大変な気が…だから卒業したあと就活をするのが一番いいように見えてしまう…。

 どうにもこういう準備は直前になって焦ってやる方が効率よくできる…気がしてならないです。発表の準備に時間を割くくらいなら、ぎりぎりまでほかの作業を続けたい、というエゴでしょうか。そんでもって前日はお泊り、レジメとパワポ作りは発表23時間前にはじめる始末…。そして合間を縫ってネタを補充するために石の試料や顕微鏡下での写真撮影をし、岩石の断面を造り、ほかの先生に論文を見せてもらってと、いつもこのペースと意気込みでやれればいいのに…と思いつつ、滑り込みで発表へ。

 本来は練習をするのが一番いいのだが、どうもこの講座はそれが少ないのか?(少なくともうちの研究室ではやらない)、ぶっつけ本番でやりましたとさ。今回はパワポの不具合を修正せずに臨んだので、途中で何度かスライドが停まって、それでも幸いに徹夜によるナチュラルハイで少なくとも発表時はそれを気にする暇がなく、雰囲気は悪くならなかったものの色々な意味で面倒な質疑応答をすぎ、ようやく終わりました。まあ、ここまで来たらあとは突っ走るしかないので、相手の指摘を大切にしつつ、かといって真に受けすぎず、なんとかやって行きましょう。振り返るのも正しいと言えば正しいが、=卒業できないので。とりあえず、今日は爆睡です。

富山市内線環状化工事 その6 11月22日

 11月の中頃に西町交差点の部分の、市内線と環状線の接続が完了しました。これにより、すべての区間に路盤が敷かれ、停留所や架線の整備も進んできました。開通まであと1カ月ほどです。

路面電車の環状化 - コピー - コピー - コピー (2) 
 今までの路盤の造られ具合です。ここにて完成です。

①
丸の内交差点の接続部です。右方向に延びるのが環状線です。分岐手前の「丸の内駅」が、環状運転のために改良されています。

②
富山城手前の「国際会議場前駅」です。架線が設置され、ホームがかなり完成しています。

③
総曲輪通り手前の「大手モール南駅」です。こちらもかなりできてきています。

④

④ (2)

写真上:富山城側を撮影。もう列車が走りそうな感じです。線路は風雨で錆びついているので、試験走行で綺麗にするのかな?
写真下:西町側を撮影。こちらも上に架線が張り巡らされています。

⑤
大和(フェリオ)の正面にある「グランドプラザ前駅」です。道路との起伏により路盤が高くなっています。プラットホームもちょい高めです。

⑥
「西町駅」より環状線との合流地点を撮影。しっかり分岐器ができています。右方向に延びるのが環状線です。手前の掘り起こされた部分は開通前に綺麗にするのかな?

⑦
写真⑥を反対側から見ると、こうなります。左側が環状線です。

スネ夫の災難

 以前ドラえもんで、いつもの5人が秘密道具の「日本一周スゴロク」(止まったマス(町)でその町独自のイベントを実体験でできるスゴロク)で遊んだ時、スネ夫が静岡のマスに飛んで「富士山直滑降ボブスレー」というとんでもないイベントをやらされました。今考えれば、とんでもない絶叫マシンです。

 富士山の高さは3776m。ボブスレーが海岸まで続いていたら、単純計算で最高979 km/hでます。まあ、この計算は摩擦や空気抵抗を考えていないので実際は200 km/h前後が最高でしょうが、ドラえもんの道具だから現実通りかは不明。富士山の頂上付近は傾斜が30~40°と、スキーのジャンプ台に匹敵する角度なのでいずれにせよ怖いでしょう。何にせよ、現在世界最速のジェットコースターは時速217 km/hだそうです。それに匹敵する速さであの落差ですから。まあ、富士山の緩やかな裾野を惰性で滑走している後半は優雅に感じる人もいるかもしれません。何しろ落差は3776mもありますが、海までの距離は直線で約20 km。特に後半の平均勾配はかなり緩やかともいえます。とはいえボブスレーですからとてつもなく怖いことは間違いないでしょう。いずれにせよいきなりこんなイベントに巻き込まれたスネ夫に合掌!

東海道新幹線と関ヶ原 その2 なかなか実現できない雪対策

 東海道新幹線の関ヶ原での雪害を受け、その後建設された東北・、特に上越新幹線では徹底した雪対策が行われました。線路脇にスプリンクラーを設置し、線路に積もった雪を洗い流しているのです。おかげで上越新幹線では豪雪地帯を通るのにもかかわらず、雪害による運休がほとんど起きていません。

 単純に考えれば、それくらい関ヶ原の区間にもすぐできるのでは?と思います。しかし、制約があります。東海道新幹線の区間は、線路の下の土台が盛土(要するに土手)である区間が多くあります。更に、線路を支えるのはバラスト(砂利)です。スプリンクラーで大量に水をまけば、バラストと盛土が崩れる恐れがあるので、雪を洗い流すほど大量に水をまくことができません。東北・上越新幹線では、水を大量にまけるようにコンクリート製の高架橋を造り、線路の路盤もスラブ(要するにコンクリート)となっています。東海道新幹線の路盤もスラブで造りたかったのですが、当時はその技術が発展途上で使用を断念しました。

 関ヶ原の区間をコンクリートの高架橋、スラブ製の路盤に改良し、スプリンクラーを設置すれば雪害は解決されます。しかし、改良するためには月~年単位でこの区間を休止して工事を行うか、別路線を新たに作る必要があります。そこまで大きな投資をして徐行運転を解消するか、やむを得ず現状維持かという大きな選択ですが、現在の所は後者を選んでいるのでしょう。ここ10年以内、もしくはリニア開通後に、東海道新幹線では1兆円規模の大規模改修工事がおこなわれる予定です。そのときに関ヶ原の区間はどう改修するのでしょうか?

東海道新幹線と関ヶ原 その1 予想外だった雪害

 毎年冬になると、ニュースで関ヶ原の雪で東海道新幹線の列車が徐行していると報道されます。この徐行がなぜ起こるのか?何故40年以上にわたり続いているのか(この問題が解決できないのか)?を2回にわたり述べていきます。

 徐行運転を強いる元凶は、降雪です。関ヶ原は有名な豪雪地帯で、冬はじゃんじゃか雪が降ります。この雪が、運転中の新幹線の床下の機材にこびりつくのです。雪の降る中、自転車やバイクを運転した人は想像がつくでしょう。あれと同じことが新幹線にも起きているのです。しかも、新幹線は時速200 km/h以上で運転するため、こびりつき具合が甚大です。床下の機材に蔵王の樹氷のごとくこびりついた雪(氷)の塊は、豪雪地帯を抜けると溶けて路盤の上に落下します。しかも、新幹線は時速200 km/h以上で運転するため、落下する勢いは甚大です。落下した雪(氷)の塊は線路の下に敷いてある石(バラスト)を弾き飛ばし、それが新幹線の床下の機材へ直撃したり線路外に飛び出したりします。この被害を防ぐためにやむを得ず徐行運転をしているのです。

 東海道新幹線建設中には、何度も試験走行が行われましたが、その場所は神奈川県内でほとんど雪が降りませんでした。そのため、この被害までは想定できなかったのです。この雪による被害と原因が発覚した直後、国鉄の担当者は「新幹線が雪に負けてたまるか」と、強気の姿勢で通常運転を続けましたが、あるとき線路外に飛び出したバラストが民家の窓ガラスを貫き、部屋の中の目覚まし時計を直撃する事件が起きて、徐行運転を定着させたそうです。

 この習慣は東海道新幹線が開通して40年以上もの間続いています。原因は分かっているので解決することはできないのか?何故完全に解決できないのか?は、次回述べます。

冬の到来

 今朝、富山市内で雷が鳴りました。これぞ、冬の到来を告げる鐘です。今月初めは花粉が飛ぶくらい暖かかったけど、最近はめっきり冷え込んできて灰色の空に冷たい雨の比重が増してきています。また、午後には一瞬、雹が降りました。傘を刺していなかったのでまともにかぶりました。最初のうちは「おー!」とワクテカしますが、濡れてくると走って建物へ避難したくなります。確か師匠は「これがいいんだよ」と言っていた気がしたようなしなかったような。

 太平洋側で生まれ育った者ですので、雪には憧れを抱き富山での雪には興奮するのですが、冬=青空という認識は未だに残っています。そのため日本海側の冬の灰色の空は未だに慣れず、里帰りをすると青空にほっとする自分がいます。雪を年中行事としてポジティブに肯定するならば、夜に雪が降って日中は青空という、特にスキー場における理想の天候が一番ですね。

人間の行動について

 人間の行動について面白いことを論じていたので、ここに挙げます。

人はなぜ、「衝動買い」をしてしまうのか
プレジデント11月17日(火) 10時 0分配信 / 経済 - 経済総合

所得が増えても幸せになるとは限らない「不合理」
■ハサミの値段はルーレットで決まる

 なぜ、人間は衝動買いをしてしまうのだろうか。
 NHKの「ためしてガッテン」で「脳に待った! 衝動買いドキドキ心理学」という特集を監修し、次のような実験を行った。
 被験者に「よくあるハサミ」を見せ「このハサミは何円するでしょう」との質問をする。ただし質問に答える前に、200から2000まで、200の数字ごとに刻みをつけたルーレットを回してもらった。
 ルーレットが止まった数字を確認した後、先ほどのハサミを見せ、値段を尋ねる。すると面白いことに、本来は何の関連性もないはずのルーレットの数字に被験者は引きずられ、ルーレットで出た数字に近い金額をハサミの値段として答えた。
 実験の被験者60人のデータによると、ルーレットの数字が小さい(200~1000)人と、大きい(1200~2000)人の間で、ハサミの値段の見積もりに700円以上の差が出た。400の数値が出れば「100円ショップに売ってそう」、反対に、高い数値が出ると「質が高そう」「よく切れそう」として高い値段を答えたのだ。ルーレットとハサミの値段が全く関係ないとわかっていても、その通りに行動できないのだ。

 ハサミという、身の回りにある日常品についてもこうなのだから、よく知らない商品を選ぶときは、口コミ、コマーシャル、あるいは「限定品」「希望小売価格から50%割引」という魅力的に思える情報によってコロッと行動が変わってしまう。
 人間は不確実な事象について予測をするとき、初めにある値(アンカー)を設定、その後で調整をして予測を行う。しかし、最終的な予測値が最初に設定する値に引きずられてしまい、十分な調整ができないことがある。この場合、ルーレットの値がアンカーで、ハサミの値段についての最終的な予測が、アンカーに引きずられていることになる。こうしたバイアスのかかる結果を「アンカリング効果」という。

 2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは元来心理学者だった。
 カーネマンは、新古典派経済学が前提としてきた「(合理的)経済人」というテーゼを問い直した。
「経済人」とは、わかりやすく説明すると、将来のことも含めて何から何まで期待値の計算が完全にできる人。たとえば、なにか行動を起こす際も、その結果どうなるか、どれが一番満足を得る行動なのかが判断できる。加えて、一度決めたことは絶対に実行できる。たとえば禁煙、ダイエットも決心したら絶対にできることを前提にしている。
 しかし「経済人」というモデルは普通に考えても成立しない。
 計算が完璧にでき、ものを買うときには、自分の予算の中でなにをどれだけ買ったら満足が一番いくかが完璧にわかる。将来も常に確率的に予測できる。というような人が現実的にいるのだろうか。
 先ほどの例で言えば、本当の「経済人」だったら、禁煙、ダイエットが必要な状況にはそもそも陥らないはずだ。禁煙、ダイエットをしなければならない「経済人」など論理的にもありえないのだ。
 感情、気分的なものにも振り回されるし、頭をフルに動かして考えるということはエネルギーがいるので、極力節約しようとするのが人間、というのがカーネマンの前提だ。
 消費者がCMに振り回されやすいのも同じこと。「経済人」だったら複数ある中からどの商品を購入すれば一番得かということが、瞬時に判断できる。しかし実際は商品の詳細な情報などはなかなかわからないし、適正価格を知っている人間はごく一部だ。

■人類がアフリカにいた頃の習慣

 昨年のリーマン・ショック以来の世界不況の原因の一端もここにあると考えられる。サブプライムローンの証券化商品について、買う側は品質評価、つまりリスクの高低などを自分では判断しえなかった。そこで格付け会社に全幅の信頼を置いていたのだが、その格付けを信頼した多くの人が破産してしまった。
 買い手が「ちょっとおかしい」とでも合理的に判断できれば回避できた事態のはず。安易なヒューリスティクスに頼ったことがマイナスに大きく作用した好例といえる。
 反対にリスクを恐れて行動できないということも起こりうるだろう。転職を勧めるヘッドハンターが提示した給与、環境、役職・地位などの条件が、明らかに現在の職場よりも良かったとしても、今の仕事を続けるという選択をする人は多い。言葉ではうまく説明できない非合理的な行動を人間はとるのだ。

 では、なぜ人間は合理的な「経済人」にはなれないのか、些細な情報や感情に振り回される存在なのか。カーネマン自身が研究の中で言及しているわけではないが、行動経済学の枠組みから辿っていくことができる。
 話は原始人類まで遡る。彼らはアフリカのサバンナで何万年にもわたって狩猟採集生活を行ってきた。人類はこの環境に適応した期間が莫大な長さになるのに、ここ数百年の環境があまりにも急激に変わりすぎて、人間の脳や頭が適応しきれない状況ができているようだ。ストレスやその他、精神疾患などの病気も、こんなところに、そもそもの原因があるといわれている。現代人の多くは甘い物や脂っぽい食べ物を嗜好するが、決して現代生活に適しているとはいえない。だからこそ多くの人がダイエットに迫られ、しかも大抵うまくいかない。

 しかし、アフリカのサバンナでは「甘く、脂肪を好む」種が生き抜いて代々子孫を残してきた。甘い物、脂っこい食べ物はカロリーも高いのだから、当然といえば当然。そうした嗜好を持たない者は数万年にわたって淘汰されてきた。
 些細な情報に左右される衝動買いや限定品買いといった行動も、目の前にあるものをすぐに食べるのが生存競争では必須であり、なおかつ合理的であったことに由来する。そうした思考ないし行動の持ち主が代々子孫を残した。そうでなければ淘汰にさらされる。
 些細な情報に振り回されるというのも、考えてみれば原始人類は100~150人程度の限定した集団で生活していた。その内部の情報を疑う必要もなかったので、情報が入ってくればすぐに行動するのが当時としては合理的であった。そうした反応が現在にいたるまで身についている。そういった集団内の常識に縛られ、合理的な行動を起こすことをためらうのだ。

 行動経済学の研究は今、「幸福」を研究するところまで広がっている(上図)。所得が小さいときは、所得という尺度は幸福度に大きく貢献するという。しかし、所得がある程度になると尺度の比重として下がり、人間関係、仕事の満足度、といったものが上位にランクしてくるという。
 合理性の追求が幸福の絶対的要素ではない。衝動買いやリスクを取らないという生き方も、幸福の要素になりうる。

 以上のような議論をすると、消費者にどうやって衝動買いをさせるのか教えてほしい、というご依頼を企業側からいただく。
 小売りや量販店の値札のつけ方を見ても、人間が「経済人」として合理的に行動するのでなく、「感情」で動くことを企業は経験的に知っているようだ。私を招いて論理的に学びなおし、企業の販売戦略に活かしたいのであろう。有り難い申し出ではあるのだが、私は消費者の側に立ち、そんな企業に騙されることのない、より賢い生き方を啓発していきたい。

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明治大学情報コミュニケーション学部教授
友野典男
松山幸二=構成

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20091117-00000001-president-bus_all

 不思議ですね、人間のやることって。どんなに文明が発達しても、自然の真っただ中に生きていたころの本能が残っていて、今の人間は現代社会の急激な変化と不協和状態にもなっているようです。

ストレッチの大切さを感じ始めてきた20代前半

 時々気が向いたら数km走っていますが、近年になってからは走った後のストレッチ(柔軟体操)への意識が高まってきました。小学校のころはストレッチが大嫌いでその価値観などわかりもしませんでしたが、大学の部活で少し実感し出して最近ではすっかり身につき始めてます。これも、体が年相応に変化したのかもしれません。まだまだ当分先の話なのだが、このまま年を重ねていけばそのうち急に激しい動きをして体を痛める、中年以上にありがちな体質にもなりえるわけで、ストレッチの大切さを感じ始めているのは今後のことを思えば自然に生まれたいい面だと解釈しておきます。

名言集 その36

私は全国の農家の人にこう言っています。「皆さんの体にリンゴ一つ、お米一粒実らすことができますか?人間はどんなに頑張っても、自分ではリンゴの花一つ咲かせられません。米を実らせるのは稲です。林檎を実らせるのはリンゴの木です。主人公は人間ではなくてリンゴの木や稲です。人間はそのお手伝いをしているだけです。そこを十分わかってください」
(木村秋則:リンゴ農家)
 この人の本(「リンゴが教えてくれたこと」)を読みましたが、不可能と言われたリンゴの無農薬、無化学肥料による栽培を成し遂げるまでの努力と、リンゴにとどまらず稲などのほかの農産物にも広く貢献し続ける、この人の情熱が凄いです。

簡単に5人も殺しやがって、こっちは1人助けるだけでも精一杯なのに
(ブラックジャック:ブラックジャック)
 確か、この台詞は病院がテロリストに占拠された時の話です。テロリストの監視をかいくぐってオペを行い1人を救いましたが、同時に占拠による停電で機器が停まり5人の患者が死にました。毎度のことながらオペが特殊な状況なだけに、この2つの差がリアルです。

あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。 それが一番人間にとって大事なことなんだからね。 彼なら、間違いなく君を幸せにしてくれると僕は信じているよ。 
(静香のパパ:のび太の結婚前夜)
 のび太との結婚を一瞬ためらった静香に対してパパがいいました。ドラえもんの主要キャラの両親ってみんな大きいです。

俺はここで水をまく事しか出来ない。だが、君には「君にしか出来ない、君になら出来る事」があるはずだ。ま、後悔のないようにな
(加持リョウジ:新世紀エヴァンゲリオン)
 この人は、自分の役周りをしっかり貫き通しますな、言葉にも行動にも。

ロリコンじゃありません、フェミニストです、ただの子供好きの
(銀魂:武市変平太)
 物事は、そのものではなくその捉えかたですね。捉えかたでどうにでもなりそうなところがいい。

330 km/hでの試験走行

新幹線、330キロで走行=N700系、各国にPR-JR東海
11月16日14時8分配信 時事通信

 JR東海は16日深夜、各国の大使館員らを乗せ、東海道・山陽新幹線の営業車両としては過去最高の時速330キロでの走行試験を米原-京都間で行う。
 政府が日本の新幹線の海外への「売り込み」を図る中、同社が持つ新幹線技術をPRするのが狙い。最新式のN700系を使用し、約68キロを18分間で走り抜ける。330キロに達するのは、出発約7分後から2分間程度で、滋賀県近江八幡市付近を走行中となる見通し。 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091116-00000066-jij-pol

 計算すると、平均速度は227 km/hです。しかも、「京都」と「米原」に停まってです。確か、現在の鉄道営業最高速度は320 km/hだったので、営業車両としては走行試験とはいえ世界一をアピールできそう(しそう)です。330 km/hでの通過姿を動画で撮る人、いますかなあ?うpされたら、ぜひ見たいです。

リニアの速度

 リニアモーターカーの最高速度は一般には500 km/hと認識されていますが、技術的には1000 km/hでの運転も可能らしいです。リニアはドラえもんの足みたいに浮いて走るので、路面との摩擦は関係ありませんからね。ただし、そこまで出すと空気抵抗が莫大なものになるため、物理的・経済的には500 km/hが適度になります。逆にいえば、飛行機は空気の薄い高いところをよく飛ぶので、1000 km/hで営業運転しやすいともいえます。漫画やSFに気圧の下げた、もしくは真空にしたチューブのなかを乗り物が走るというシーンがありそうですが、リニアにそれを採用する構想もあります。その実現は、ドラえもんが生まれる年より早いのか?遅いのか?

富山市内線環状化工事 その5 10月31日、11月1日

 10月中に、建設区間の路盤がほぼ完成しました。丸の内交差点の市内線との接続地点も、10月24~25日に市内線の一部区間を運休させて接続用の分岐器の設置工事が行われました。残るは、西町交差点の市内線との接続部分だけです。今回は、10月31日と11月1日に撮影した写真を交えて報告します。

路面電車の環状化 - コピー - コピー - コピー (2)
 今までの3か月にわたる路盤の拡張具合です。①は全日空ホテル18階から、⑥は大和(フェリオ)の駐車場屋上から撮影しました。


①(11月1日)

①-2(11月1日)
 (11月1日撮影)
上の写真:全日空ホテル18階より富山城側を撮影(一番上の図でいう、茶色の扇の方向)。8月から1ヵ月毎に連続撮影したのを比較します。一番右に今月の様子の拡大を載せましたが、分岐部分がトラックの屋根に隠れたのを気にしたら、負けかなと思ってる…。
下の写真:全日空ホテル18階より南側を撮影(一番上の図でいう、緑色の扇の方向)。路線を矢印で示してあります。停留所も見えます。一番左側の建物は、大和(フェリオ)です。

②(10月30日)

②-3(10月30日)

②-2(10月30日)
 (10月31日撮影)丸の内交差点です。従来の市内線と環状線が分岐器で接続します。上2枚の写真でいう、分岐の右側が従来の市内線、左側が環状線です。従来の市内線の方も、交差点の部分の路盤が新しくなりました。写真では片側(大学方面)の路盤だけ新しいですが、11月4~5日の工事で、もう片側(南富山方面)の路盤も新しくなりました。現在は交差点より富山駅側の部分にも改良工事がなされ、そこでは車両が徐行します。

③(11月1日)
 (11月1日撮影、以下の写真は同日)②の交差点から離れた場所も、このとおり。

④(11月1日)

④-2(11月1日)
 全日空ホテル~総曲輪通りの間は着々と整備が進んでいます。上の写真が富山城側、下の写真が総曲輪通り側です。停留所や架線が設置されつつあります。

⑤(11月1日)
 総曲輪通りへ入る部分も10月中に造られました。

⑥(11月1日)
 大和(フェリオ)の立体駐車場屋上から撮影。西町交差点以外はほぼ路盤ができています。停留所のプラットホームも見えてきました(写真右側)。

⑦(11月1日)
 総曲輪通りと国道41号線の交差点も、10月中にこうなりました。

⑧(11月1日)
 大和(フェリオ)前です。路盤の右側が停留所です。

⑨(11月1日)
 残るはここだけです。

来月に環状化されます

路面電車:環状運転、富山市中心部で12月から開始 /富山

 ◇まちづくりのモデルケースに
 富山市で12月、市内電車(路面電車)の環状運転が始まる。電車の愛称は今月、公募で「セントラム」に決まった。市が進める「コンパクトなまちづくり」の一環で、中心市街地の利便性を高めるのが狙いだ。環境に優しい路面電車は世界的に再評価されている。富山の試みは、成功すれば新時代のまちづくりのモデルケースとなる。

 ◆環状線は10分おき
 「市内電車」として親しまれている南富山駅前-大学前間(6・4キロ)の路面電車。このうち丸の内電停と西町電停の間約940メートルをつなぎ、県庁や市役所、総曲輪などが集まるエリアを線路で囲むのが環状化計画だ。

 開業後も既存の市内電車はこれまでと同じように南富山駅前-大学前で運行。その合間に環状運転専用の「セントラム」を走らせる。延伸区間は単線のため、セントラムは逆時計回りの「一方通行」。富山駅↓丸の内↓西町↓富山駅の順で回り、日中は約10分おきに運行。延伸区間には三つの電停が新設される。

 総事業費は約30億円。うち8億円が新車両の購入費で、残りは線路や架線の工事費。全体の3分の1以上は国が補助する。

 ◆「上下分離」で建設
 市内電車は正式には「富山地方鉄道富山市内軌道線」という私鉄だ。それなのに市が建設を進めているのは、建設にあたり「上下分離方式」を採用したからだ。

 路線の建設と車両購入は市が引き受け、開業後も鉄道施設は市が保有し、維持管理をする。富山地鉄は市から線路と車両を借りて運行し、営業収入から使用料を支払う。この方式なら鉄道会社の投資が大幅に減り、迅速に新しい路線を開業できる。

 本来、路面電車は施設保有者と運行主体が同じでなければならなかった。しかし国は07年、地域公共交通の再生を目指し、路面電車の上下分離を認める「軌道運送高度化事業」を開始。翌年、富山市の環状化計画が第1号の事業に認定された。

 ◆利便性で乗客増期待
 現在、市内電車の利用者は1日当たり1万人弱。市は「環状運転が始まれば、利用者は1割程度増える」と見込む。北陸新幹線開業でJR富山駅が高架化された後は、駅北側に発着する富山ライトレールと線路を接続し、相互に乗り入れる計画もある。市路面電車推進室は「路線網が広がれば利便性が高まり、利用者は更に増える」と期待を寄せる。

 しかし市内電車の利用者は、90年には同1万8000人だった。約20年で半分近く減った計算になる。利用者をV字回復させるには、車に依存する私たちの生活スタイルを見直す必要もある。【小林祥晃】

http://mainichi.jp/area/toyama/news/20091023ddlk16040695000c.html

 意外に早く開業するのに驚きました。昨日のニュースでは、新車両を南富山の車庫に搬入していると報じられました。というわけで、次の記事にて今月初めにおける環状線の工事進捗状況を報告します。

実家と東京巡り その5 初めての富山空港利用

 交流会の2次会をやむなく途中で引き上げて、急いで羽田空港へ向かいました。

 何故乗ったかと?それはただ乗りたかったからです。羽田~富山間の所要時間は約1時間で新幹線+「はくたか」よりも2時間半短いですが、空港~市街地の往来と搭乗準備などで実際は両社の差はあまりありません。値段は時間指定で新幹線+「はくたか」より7000円ほど高いです。要するに、選択は趣味の問題です。で、2次会を引き揚げた40分後に空港へ到着。空港に通じる東京モノレールは最高速度80 km/hと高速で、空港快速は空港の駅以外は停まらないので、速くてたまらんです。空港のロビーで窓側に座席を変更させてもらいました。

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 バスでエプロンの真ん中に輸送され、タラップを登って行きました。まるで、離島の空港みたいです。乗客は180人前後と、結構多かったです。

 離陸するときは、本当にテンションが上がります。修学旅行生は必ず騒ぐでしょう(実証済み)。今日は夜の時間帯に利用したため離陸時に関東平野の夜景が見えました。東京タワーやらお台場やらレインボーブリッジやら、夜景…何もかもが美しい…。離陸中のため写真を撮れないことが残念(まあ、撮れたとしても夜景をうまく撮るのは難しいが)。その後、雲の中に入ったり山脈を越えたりして北陸に抜けました。羽田~富山間の直線距離をコロニーの位置登録で割り出したら約270 km/hでした(新幹線でいえば、「東京」~「豊橋」間に相当)。所要時間は約1時間、飛行時間は43分、水平飛行時間は約20分と、運行の半分以上は離着陸に費やしています。着陸時に初めて肉眼で上空からの富山の町並みを眺められました。特に、北陸自動車道上での低空飛行が凄かったです。その後、バスに揺られて市電に乗って帰還しました。色々あって今日はいい意味で疲れました。これで明日が終日休みだったらどんなにいいことか。

実家と東京巡り その4 内定者交流会

 次の日は、台風で延期になった内定者交流会へ行ってきました。まあ、初めての身なのでかつての面接のような緊張をしていきました。今年度の内定者は、予想以上に多かったです。おかげで会議室は満員御礼、熱気による蒸し暑さでかなり疲れました。社長のあいさつから始まり、その後昼食会に。昼食会では右30°の方向1m先に社長が。何をどのタイミングで話すべきのか少し戸惑いました。そのあとは延々と自己紹介をしましたが、何気に個性の強い陽気な兵揃いでした。うちの部や学科のメンバーのノリのいいときに見えなくもない。

 交流会終了後、ノリのいい人が早速2次会を開くと言い出し、僕も帰りの飛行機に間に合う時間帯は行きました。うーん、緊張がある程度解けてみなさんの素の状態を見れ、合う話で結構語り合えました。来年はみんなで元気に顔合わせをしていきたいものです。残念ながら、帰りの飛行機の出発時間が迫ってきたため、僕は途中で帰りました。特割りで予約したので時間変更が効かないのです、どっちみち最終便ですし…。

実家と東京巡り その3 日本青年館最安値記録

 日曜日に東京へ向かいました。内定者交流会は次の日ですが、前日に東京で泊まったほうが色々便利なので。昼食後に新幹線に乗りましたが、今回は「こだま」を利用しました。「ひかり」に乗り遅れて、その「ひかり」の12分後に出発する「こだま」を選択。こうしたほうが1時間後の「ひかり」よりも早く東京に着くからです。よく考えれば「こだま」は停車間隔が「しらさぎ」や「はくたか」並みで、最高速度が270 km/h。とても速い特急列車と十分にいえます。こういう感覚は、新幹線の通らない場所に住んでいるからこそ掴む気がします。到着後は明日の飛行機の券を予約し、本屋をブラブラして早めに宿の日本青年館ホテルへ向かいました。ここは、就活期間で5回利用した馴染みの宿です。今回の激安プランは、3675円でした(日曜日なので)。貯まったポイントを利用して300円引きで、3375円になりました。部屋は、1人では一番落ち着くこのプランで一番狭い12畳でした(広すぎると1人では落ち着かない)。

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 その日の昼過ぎの富士山です。若干、雪が積もっているのが見えました。

実家と東京巡り その2 実家でグダグダ

 実家ではほぼニートでした。先日の寝不足と、新幹線立ちっぱの旅で疲れていたのでしょう。今回は滞在が2泊なのでのんびり過ごしました。タモリ倶楽部を見たり新しいおっちゃんの声を家族で一緒に聞いたり、親戚の家を訪問したりしました。色々と時の流れを感じます。そんな僕は、みんなに少し太ったという指摘を頂きました。どうも、三重の山籠りから戻ってから体重が72~74kgを行き来しています、何故だろう?油ではなくお肉がついたと勝手に解釈しときましょう。

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 8月の地震で崩れた駿府城の石垣です。実際みると、かなり大規模に崩れたことが伺えます(幅15mほど)。

実家と東京巡り その1 立ちっぱ

 台風で延期になった内定者交流会が開かれるため、東京へ行ってきました。とはいっても交流会が開かれるのは3日後で、その前の週末に実家へ帰りました。金曜日は少し学校に顔出しをして14:51発の「はくたか」に乗り、東京を経由して実家へ向かいました。「はくたか」はまだ空いていたので悠々と座って本を読みつつ、景色を見つつ、位置や経路の線形から計算してコロニーの位置登録をこまめにしつつ過ごしました。ここまではよかったが、次の新幹線からは…。越後湯沢での乗り換えは早めに動いたけど既に先客が座り尽くしていたため、やむなく立つことに。座ろうと思えば座れたが、荷物の量を考えたら自重したほうがいいので…。東京で東海道新幹線に乗り換えても、こっちの方も混んでいたので荷物を考えて立ちました(金曜日だからね)。途中で2~3分×2回寝ました。無事に静岡に着いて家まで歩いて家族と再会。皆さんお元気そうで何より。

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 現在の富山駅の様子です。空き地には、かつて5~6番ホームがありました。まだ、階段の所が島のように孤立しています。この辺は、北陸新幹線と北陸本線の境辺りになるのか?

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 一方、新しい仮の高山本線用ホーム(元3番線)と仮の北陸本線の上り線ホーム(元1~2番線)ができてきました。

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 東海道新幹線では、引退が近いと噂される300系(一番左)に乗りました。

「名探偵コナン」に登場する「東都環状線」を「山手線」と比較検証してみた その1 駅名

 「名探偵コナン」は、現実でいう東京を舞台にしています。作中では地名は微妙に変えられ、東京の環状線である「山手線」も「東都環状線」とされています。この「東都環状線」についてWikipediaに詳しく載っていたので(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%83%BD%E7%92%B0%E7%8A%B6%E7%B7%9A←記事描いた人、神すぐる)、その情報から現実の「山手線」と比較検証してみました。今回は「東都環状線」と「山手線」それぞれの駅名についてです。

 Wikipediaには、「東都環状線」の駅名と、その順番について記載されていました。各駅名はおおよそ、実際に東京にある鉄道の駅に似ています。自分の独断と偏見で、「東都環状線」の駅名に似ている“東京に実在する駅”を決めてみました(「東都環状線」の部分は、Wikipediaよりコピペ)。記載している主な該当・接続路線(米花駅以外)は、実際の東京を走る路線です。なお、Wikipediaによると、「奥穂」という駅がありますが、作中での位置が不明なため割愛しました。


米花駅(東都線、米花線)
  ↓
下田馬場駅 ⇔高田馬場駅(JR山手線ほか)
  ↓
東沢袋駅 ⇔東池袋駅(東京メトロ有楽町線)
  ↓
沢袋駅 ⇔池袋駅(JR山手線ほか)
  ↓
新宿駅 (実在する駅:JR山手線ほか)
  ↓
間白駅 ⇔目白駅(JR山手線ほか)
  ↓
東京駅 (実在する駅:JR山手線ほか)
  ↓
徳浜町駅 ⇔舞浜駅(JR京葉線)
  ↓
小塚駅 ⇔大塚駅(JR山手線ほか)
  ↓
西巣亀駅 ⇔西巣鴨駅(都営地下鉄三田線)
  ↓
富士見駅⇔富士見台駅(西武池袋線
(ほかに、京王井の頭線の「富士見ヶ丘駅」がありますが、西巣鴨と駒込に近い「富士見台駅」がモデルであると勝手に仮定しました)
  ↓
駒入駅 ⇔駒込駅(JR山手線ほか)
  ↓
畑端駅 ⇔田端駅(JR山手線ほか)
  ↓
夕暮里駅 ⇔日暮里駅(JR山手線ほか)
  ↓
二番街駅 ⇔?
  ↓
烏谷駅 ⇔鶯谷駅(JR山手線ほか)
  ↓
下野駅 ⇔上野駅(JR山手線ほか)
  ↓
夏葉原駅 ⇔秋葉原駅(JR山手線ほか)
  ↓
仏田駅 ⇔神田駅(JR山手線ほか)
  ↓
三本橋駅 ⇔日本橋駅(東京メトロ銀座線ほか)
  ↓
南東京駅 ⇔東京駅(JR山手線ほか)
  ↓
無楽町駅 ⇔有楽町駅(JR山手線ほか)
  ↓
銅座駅 ⇔銀座駅(東京メトロ銀座線ほか)
  ↓
古橋駅 ⇔新橋駅(JR山手線ほか)
  ↓
岡松町駅 ⇔浜松町駅(JR山手線ほか)
  ↓
芝浜駅 ⇔芝公園駅(都営地下鉄三田線)
  ↓
川品駅 ⇔品川駅(JR山手線ほか)
  ↓
恵木寿駅 ⇔恵比寿駅(JR山手線ほか)
  ↓
空宿駅 ⇔原宿駅(JR山手線ほか)
  ↓
よろぎ駅 ⇔代々木駅(JR山手線ほか)
  ↓
小久保駅 ⇔大久保駅(JR中央線)
  ↓
緑台駅 ⇔桜台駅(西武池袋線)
  ↓
米花駅


 「東京」や「新宿」のような、実在する駅とも接続しています。「二番街」は、似ている名前が見つからなかったので、了承を(似ている駅名を知っている人、教えてください…)


コナンの世界の環状線 - コピー
 「東都環状線」のモデルになったと思われる東京近郊の駅の位置を表示し、「東都環状線」の駅の順番通りに結んでみました(「二番街」は一不明のため割愛、青色の線でとばしました)。一部で凄い飛び飛びになっていますが、おおよそ「山手線」に沿っている形です。米花駅の位置は不明のため、凄く適当に方向を示しました。「東都環状線」は上図の矢印の方向が外回りで、これは実際の「山手線」の外回りとおおよその方向が一致しています。
 Wikipediaの記事には車両などに関することも載っていたので、次回検証してみます。

新幹線の駅間距離が一番短いのは

 前回の続きです。新幹線の駅間距離は運転速度やダイヤ編成の関係から30~40 kmが望ましいとされています。しかし、新駅の開業や運転上の必要性から駅が造られ、駅間距離がかなり短い区間もあります。

 一番短いのは、東北新幹線(※定義的には上越新幹線ではない!)の「東京」~「上野」間の3.6 kmです。ここは建設などによる必要性からこうなっちゃいました。まあ、この辺は元々運転速度が遅いのでこんなに短くても問題は無いです。2番目に短いのは、東海道新幹線の「東京」~「品川」間の6.8 kmです。JR東海がダイヤ編成上の必要性から平成15年(2003年)に開業させました。この辺も元々運転速度が遅いので、以下略。

 時速200 km/h以上で運転する区間で一番駅間距離が短いのは、山陽新幹線の「新尾道」~「三原」間の10.5 kmです。昭和63年(1988年)に、「福山」~「三原」の間に「新尾道」が開業したためです。ちなみに、2位は東北新幹線の「北上」~「新花巻」間の14.5 km、3位は東海道新幹線の「熱海」~「三島」間の15.9 kmで、いずれも新駅開業により短くなりました。

 しかし、これまた近いうちに記録が破られます。現在建設中の九州新幹線鹿児島ルートには、「新鳥栖」と「久留米」が設けられ、両者の駅間距離は5.7 kmしかありません。これは、200 km/h以上で運転する区間では一番短い記録です。この区間は、平成22年度に開業予定です。「新鳥栖」は、九州新幹線長崎ルートとの分岐基地としての機能を担うために造られましたが、ダイヤ編成はどうなるんだろう?これに限らず、建設中の九州新幹線鹿児島ルート(「博多」~「新八代」)は、全体的に駅間距離が短いです。北海道新幹線と逆ですね。

新幹線の駅間距離が一番長いのは

 新幹線は高速運転をするため、通常の鉄道より駅間距離が長く、その距離はおおよそ30~40 kmです。現在、新幹線の駅間距離が一番長い区間は、東海道新幹線の「米原」~「京都」間の68.1 kmで、富山~金沢間の距離よりも大きいです。東海道新幹線開業時は今よりも駅が少なく、「熱海」~「静岡」間の72.0 kmや「静岡」~「浜松」間の71.5 kmの区間も存在しましたが、後にこれらの間に新駅が造られたため、現在では「米原」~「京都」間が最長です。この記録も「南びわ湖」の開業で無くなる予定でしたが、その事業が凍結されたため当分残りそうです。ちなみに、2位は山陽新幹線の「小倉」~「博多」間の55.9 km、3位は同じく山陽新幹線の「相生」~「岡山」間の55.0 kmです。

 ところで、近いうちに現在の記録が破られそうです。現在建設中の北海道新幹線には、「奥津軽(仮称)」~「木古内(仮称)」間の76.8 kmにわたり駅が無い区間が存在します。途中に青函トンネル(長さ53.85 km)があるため、これだけ長いのです。北海道新幹線は、全体的に駅間距離が長い路線です。順調に平成27年度に開業すれば、これが一番長い駅間距離になります。

恐竜博物館 2日目

 寝坊する懸念がありましたが、次の日は予定通りに起きられました。めっちゃ冷えてます。どうやら霙が降ったらしいです。山にはうっすら雪が積もっていました。最近は花粉が飛ぶほど暖かかったため、上半身も下半身も2枚の布しか重ねていませんでした(上着は持ってきていない)。無事に100円バスに乗り昨日よりは楽につきましたが、一昨日の早寝と昨日のことで疲労がたまり、眠いです。作業が覚えさえすれば単調なので助かりました。途中の30分ほどは机に突っ伏して記憶がありませんでした。まあ、機械の効率的な使い方と撮影すべき試料の選択になれたためか?今回はノルマを達成しました(←こんな珍しいことが起きたから雪降ったんじゃね?)。

 19:30に引き上げ、再び一緒に帰宅する職員の方に駅まで送迎していただき、列車を乗り継いで無事富山に戻りました。まあ、これと同じ日程を10日後にまたやりますがな、次はもっと早く帰りたいです。3日分の作業を2日でした気分なので明日はサボタージュしたいが、週末と来週は実家と東京に行くため、最低限半ドンで登校しますかい…。

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 朝の様子です。

恐竜博物館 1日目

 ある機械を使った作業がしたいのだが、その機械が学校には無いため(いい学校なら普通にあるらしい…)、それがある福井県恐竜博物館に1泊2日でわざわざ行く羽目になりました。どうせ行くからには多くの時間を作業に費やしたほうが後ヶ楽なため、始発の「サンダーバード」で行くことに。そのために前日は20:30就寝という慣れないことをしたため0:30に目覚めてしまい、その後眠れずそのまま家を出て4:54発の「サンダーバード」に乗れました。もちろん車内で爆睡して福井駅で「えちぜん鉄道」に乗り換えて7:22?に勝山へ到着。そのあとは博物館まで歩きました。当初は地図をチラ見して歩く距離は2~3kmかと思っていましたが、実際は5kmありました。おかげで着くのに1時間かかり、寝不足も加わってめっちゃ疲れました。そして、ここまで100円バスで行けたことが発覚…。

 そんなこんなで作業を始めましたが、顕微鏡に映った試料の撮影の繰り返しです。写真を撮るのに1~2分かかり、その時間を有効に使いたいのだがちょっと読書をするか少し寝るかしかやることがなく、この空白時間さえ無ければ作業時間が半減するのに…というもどかしさも加えて、恐らく順調に撮影。時間さえあれば(←絶対ないのだが)博物館内を見物もしたいのですが、この疲労ではこの作業で精いっぱいでしょう。これも、慣れないタイミングの睡眠を強行したからですな。

 結局その日は22:30まで作業を行うという、某企業みたいな状況になりました。帰りは職員の方に宿まで送っていただきました。宿は、武家屋敷の建物を使用しており非常に風情の感じるものでした。勝山市で最も高級な部類に入りますが、ジャランnetで素泊まりとして予約したため、4500円でした。こんなにいい宿だったら、23:00に到着してすぐに寝て次の日の7:30に博物館へ向けて出発するという強行をせずに、もっとのんびりしたかったです。

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 福井駅の北陸新幹線用の高架橋です。本当に建設されるのか、とても怪しい政情です。
福井駅部を建設中だが800mじゃ意味がない♪(替え歌「北陸新幹線が認可されない」より)

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 えちぜん鉄道の車両です。なんだが北越北線(ほくほく線)の普通列車に雰囲気が似ています。

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 勝山駅付近より撮影。写真中央右よりにある銀色の楕円球が、博物館です。なんで、地図では駅から近いと勘違いしたんだか…。

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 宿の客室です。武家屋敷の部屋です。滞在時間は8時間半、そのうち6時間20分は爆睡、つくづくもったいないです。

「北海道新幹線」と「津軽線」の関係

 近年建設される整備新幹線の開業後は、並行在来線はJRより経営分離されて第三セクター化、もしくは廃止となります。「北海道新幹線」に並行する在来線もその対象になりますが、青森県で並行する「津軽線」は、「北海道新幹線」開業後も経営分離されません。「北海道新幹線」はJR北海道が、「津軽線」はJR東日本がそれぞれ別々に経営するためです。

津軽線
 赤い部分が「津軽線」です。(Wikipediaより)

日本の新幹線のトンネルは、結構狭い

 日本の新幹線と世界各国の高速鉄道(一般的に時速200km/h以上で運転)の複線トンネルの断面積を比較してみました。トンネルの断面積が大きいほど空気抵抗や列車の擦れ違いによる衝撃が小さく済み、高速運転に有利です。

日本(新幹線):62.8 ㎡、63.4 ㎡、63.5 ㎡
台湾(THSR):90 ㎡
韓国(KTX)107 ㎡
フランス(TGV):71 ㎡、100 ㎡
ドイツ(ICE):82 ㎡、92 ㎡
スペイン(AVE):75 ㎡

(参考文献:「新幹線がわかる事典」)

 この通り、日本の新幹線のトンネルは、ほかの国のそれと比べたらかなり狭いです。まあ、日本の場合は山谷が多くてトンネルを多く掘る手間がかかる点、地質が複雑で脆い点からやむを得ないかもしれません(それでも、地形の似ている台湾や韓国のよりは断然狭いが)。さらに、日本の新幹線や台湾のTHSRの車体幅は約3.4mなのに対し、韓国やヨーロッパの高速鉄道の車体幅は2.9~3.1mです。日本の新幹線はトンネルが狭いだけでなく、車両の図体もでかく(輸送力も重視するため)、ほかの国の高速鉄道と比べたら、トンネル内の空気抵抗などでは相当条件が厳しいのです。だからこそ、それを克服する技術が現在進行形で進歩し続けているのでしょう。

「神谷明」から「小山力也」へ

 「神谷明」が13年もの間演じていた「名探偵コナン」の「毛利小五郎」の役を降板するという衝撃的な出来事から約1ヵ月後、今週のサンデーで後任の声優が「小山力也」と発表され、昨日の土曜日、「小山力也」演じる作品が放送されました。後任に誰がついても、「神谷明」は「大山のぶ代」が演じる「ドラえもん」や、「若本紀夫」が演じる「アナゴさん」「音速丸」に匹敵するくらいの、当人しかこの役はありえないはまり具合、という事実は変わらないでしょう。

 「小山力也」(通称「りきちゃん」)といえば、イケメンでクールな大人の男、要するに“いい男”を主に演じる声優です。最近では「メイドガイ」などのはっちゃけ役にも進出してきています。個人的には好きだし、いい声優だと自分も断言していますが、果たして「毛利小五郎」を演じてこの先どうなることかは、まだまだわからないです。いずれは少しずつ慣れていくだろう?としか考えられないです。

 そして、当日視聴しました。ほぼ100%違和感を感じるのを予想しつつ見てみました。案の定カルチャーショックはありました(←こればかりは仕方ない)。小五郎が若返ったような、もしくはいい男(ドラえもんでいう、“きれいなジャイアン”)になったような感じです。特に推理するところは、「神谷明」本人に例えれば、「ケンシロウ」、もしくはコナンの初期のころの「小五郎」の声に近いかも。全体的に「小山力也」の特徴である“いい男”が有り余っている印象でした。麻酔銃で眠らされる瞬間や、素ではっちゃけている所は、やはり「神谷明」の演技がはまりすぎていたのです。これからどう演じていくのか気にもなるし、あの頃の「小五郎」を思い出したくもなります。
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