限りなくだるい時期です

 最近、卒論の追い込みでだりぃです。しかも、そういう合間にも談話会という名の詰問委員会が設けられ、発表の準備やそれへの参加を自分の作業に使いたいと思いつつやっています。てな訳で、先週は発表しました。みんなと同じく1週間延長したいと切実に思いつつ、それでも延ばしたらろくなことにならないので荒削りで準備不足のままやっちゃいました。自分でも、これは説得力やネタが足りないと自覚しつつも、1週間延長して精密さを上げるよりも荒削りでその場の空気が痛くなっても早めにやったほうがましであったのでwww。その前数日は学校に泊る日と普通に帰る日を交互に設定しました(連続お泊りは嫌だから)。しかし、後から考えれば別に泊らなくても成果は変わらないと思いますが、計画性のない小心者の行動は大体こうであります。そして、当日はいつもと比べて空気がだるくなりました。色々と不満足な点がありますからな。いずれにせよ終わっちゃったものはしょうがないので、後は今回の発表で問題になったところを直すだけですな。それもだりぃけど。

 簡単にいえばあとは無理やりこじつけるだけなので発表の準備をする手間は消滅し・た・の・だ・が、今週と来週の発表は人数が多いから拘束時間も長い(泣)。しかも、○○発表という、申し訳ないけど聞く暇があったら100%自分の時間に使いたい事象が、卒論提出期限の直前にあるという緊急事態が今回は発生しました(どうしたこうなった!!)。人数から考えて、最低4時間(恐らく日中の大部分)を消費して行われるでしょう。計画的に物事をこなせばこんなんがあっても困らないという言い分が誰かさんにはありますが、少なくともうちの部屋はそんなすばらしいひとがい・な・い・の・で。
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カテゴリー増設の報告

 「新幹線」と「鉄道」の記事が増えてきたので(別に100件達成した記念にやったわけではなく、素で気分転換を図ったのです)、報告します。あと、「日記」の中で遠出をした部類を「旅」に割り振りました。「新幹線」と「鉄道」に集中していた記事は、路線ごとに分類しました。ほかにも線形や車両、歴史などで分ける要素もありますが、路線ごとのほうがわかりやすいのでこうしました。あらためて見ると、「新幹線」の記事は「東海道新幹線」が圧倒的です。何しろ地元を通る路線でよく使いますから。富山にいながら「北陸新幹線」の記事が1記事しかないのは、北陸新幹線に関連する記事を、建設中の区間(「長野」~「金沢」)が「計画・建設中の新幹線」に振り分けているからです。また、「路面電車」も富山の路面電車ネタがほとんどであります。あくまで自分が関わっている分野が必然的に多くなりますので、こういう偏りができてはいますね。

 一応このように分類しましたが、実際は複数のカテゴリーに当てはまる記事が多数です(たとえば、「ニュース」のカテゴリーの記事でも鉄道関連のニュースばかり扱っている)。あと、「鉄道全般」のカテゴリーは大体が新幹線以外の鉄道ネタが多いです。複数のカテゴリーに入りそうな鉄道関連の記事は、「鉄道全般」か「新幹線全般」のカテゴリーに入っているとお考えください。

名言集 その39

日本には【謎の鳥】がいる。正体はよく分からない。中国から見れば【カモ】に見える。米国から見れば【チキン】に見える。欧州から見れば【アホウドリ】に見える。日本の有権者には【サギ】だと思われている。オザワから見れば【オウム】のような存在。でも鳥自身は【ハト】だと言い張っている。それでいて、約束をしたら【ウソ】に見え、身体検査をしたら【カラス】のように真っ黒、釈明会見では【キュウカンチョウ】になるが、実際は単なる鵜飼いの【ウ】。私はあの鳥は日本の【ガン】だと思う。
(不明http://hamusoku.com/archives/2388480.htmlより
 いつもながら作る人上手すぎです。今も政権がかなり揺れていますが、政治と金のネタだけではなく、むしろ政策や日本に対する考え方でこの政権が日本の頂点に立つのにふさわしいか判断することを望みます(世論調査とその結果の真意がわけわからなくなってきました)。

冨田が冨田である事を証明すれば、日本は勝ちます
(刈屋富士雄:NHKのアナウンサー)
 これはアテネ五輪の男子体操が金メダルを取る直前、最後の種目で最後の選手の富田が演技をするときの言葉です。かっけえです。これより2年前のソルトレイクシティ五輪の男子フィギュアスケートでも刈屋は「後はヤグディンがヤグディンであることを証明すれば、王者ヤグディンがただ1つ手に入れていなかったオリンピックチャンピオンのタイトルを手にします。」と発しています。どちらも普段通りにやれば必ず勝てると信頼をおいている心情を表わしています。

要するにここは、一流とは程遠い、私に言わせれば、一流を気取っているだけの最低の店です。最低の・・・ がしかし 最低ではあるが・・・ 素晴らしい!
(千石武:王様のレストラン)
 ツンデレ千石キター。この人も1回は理想に走るあまり人を大切にするという項目を落としぎみになって自分に嫌気がさして出て行きましたが、本当は戻りたくてたまらなかったのですね。

哀れな父親の娘への愛…建築に愛は必要ない、人生にもな
(森谷帝二:名探偵コナン・時計じかけの摩天楼)
 この人、コナンの映画の中では一番動機と犯行規模が甚大な犯人でした。自分の建築に対する美学のみで行動しているのですね。

確かに漫画の結末は決まってるかもしれねえな。だがな、自分の人生に関しては俺もお前も読者じゃねえ、作者なんだよ。結末くらい変えられるだろう
(銀魂:坂田銀時)
 これ、しっかりしていないといつのまにやらふと忘れてしまうことですね。

鉄道直線区間はどこまで長いのか?

 日本で一番長い鉄道の直線区間は、北海道を通る「室蘭本線」の「白老」~「沼ノ端」間の28.736kmです。時速130km/hで走行しても、13分16秒かかります。

 線路の直線区間が一番長いのは、「東北新幹線」の「白石蔵王」~「仙台」間にある25.7kmの区間です。流石、「上越新幹線」と並んで最もまっすぐな新幹線路線であります。

 世界で一番線路の直線区間が長いのは、オーストラリアの大陸横断鉄道のナラバー平原あたりで、直線区間距離は487kmにおよびます。直線距離で487kmといえば、東京~姫路の間の直線距離に相当します。新幹線の線路でたとえても、「東京」~「京都」間より11km長いという、とてつもなさです。高速道路は運転手の注意力が散漫にならないように道路がくねくね曲がるようになっていますが、この区間を運転するとどのような気分になるのでしょうか?

線路の直線区間日本一
 右図が北海道の「室蘭本線」の「白老」~「沼ノ端」間、左図が「東北新幹線」の「白石蔵王」~「仙台」間にある直線区間です。

地下鉄でガタンゴトンがしないわけ

 鉄道車両が走っているときに「ガタンゴトン」という音がするのは、線路同士の継ぎ目に隙間を空けてあるからです。隙間が無いと、特に夏場に線路が熱膨張した際に伸びた分歪んでしまうからです。しかし、長大トンネル(青函トンネルとか)や地下鉄のトンネル内は地上と比べて気温の変化が少ないため、意図的に隙間を作る必然性が薄いです。そのため、隙間ができることが少なく「ガタンゴトン」という音があまりしないです。

東海道新幹線内で300 km/h運転をする日

 最近JR東海が、東海道新幹線内を走る車両の最高速度を将来300 km/hに引き上げると発表しました。報道によると時期は未定ですが、東海道新幹線内を走る車両がすべてN700系に置き換わったときに行うそうです。300 km/h運転を行えば東京~新大阪間の所要時間が数分短縮するとか。

 現在、東海道新幹線内での列車の最高速度は270 km/hに統一されています。実際に東海道新幹線内を走る車両の、300系は285 km/hで、それ以外は300 km/h運転を行える性能を持っています。つまり、やろうと思えば今すぐにもできそうにも見えます。しかし、東海道新幹線のダイヤは非常に過密です。少しでも各車両の性能に差があるとたちまち列車同士の感覚が詰まり、思うように高速運転ができなくなります。また、東海道新幹線に多い半径2500mの曲線の通過速度も車体傾斜装置の付いているN700系が270 km/h(気合いを入れれば280 km/hでも可能らしい)、装置が付いていないそれ以外の車両は255 km/hと統一されておらず、これもまた各列車が思う存分に自分の能力を発揮したらダイヤが乱れます。ダイヤの間引きをすれば700系やN700系車両の300 km/運転が可能になりますが(信号とかの設備改造の手間もあるが)、間引きをしたらとんでもないことになるので、常識的に考えて。

 つまり、すべての車両の性能が統一されてから初めて速度を上げることが可能です。今現在は、全ての種の車両がきちんと能力を発揮して円滑に詰まることなく走れる最高の速度が270 km/hと言えます。300 km/hをするには走る車両性能のボーダーラインを押し上げる必要があるのです。

東海道新幹線の掟

 東海道新幹線には3つの厳しい掟があります。

① 東海道新幹線を走る列車は、16両編成でなければならない
② 東海道新幹線を走る列車の総座席数は、1編成につき1323席でなければならない。
③ 東海道新幹線を走る列車は、最高270 km/hで運転しなければならない。


 ①と②の掟は、東海道新幹線内を走るすべての車両が16両編成になった平成元年(1989年)より実施されています。座席数に至っては1両ごとの細かい配置までもが、更に各扉やトイレなどの位置と数も統一されています。③の最高速度は、平成15年(2003年)のダイヤ改正後に実施されています。これらの掟が造られた目的は、乗客の流通や予約、ダイヤの円滑化です。あまりにもダイヤが過密な東海道新幹線だからこそ、ここまでダイヤの妨げになる原因を徹底的にそぎ落とした統一が行われているのです。

 そして、これらの“掟破り”とJR東海に評されたのが500系です。16両編成であること、東海道新幹線内では270 km/h運転を実施することは掟に準じています。しかし、500系の総座席数は1324席と、東海道新幹線の掟に反しています(正しくは、JR東海に1323席にするよう求められて席を狭いスペースに詰めた結果、1324席になった。重要なのは、この場合座席配置のほうである)。更に座席配置がほかの車両と異なり、先頭車両には1つしか扉がありません(普通は先頭車両でも2つある。1つしかないと、乗客の乗降に支障が出やすくダイヤの乱れにもつながりやすい)。これが、JR東海が500系の乗り入れを嫌がっている原因です。500系が乗り入れた当時もJR東海は上述の掟に合わせた車両にするよう、JR西日本に求めました。しかし、空力学的にも感情的にもかっこよさを求めた500系の形では、座席数や配置に関しては完全に合わせることができませんでした。そのためJR東海には、本当は美しい白鳥でも掟破りのアヒルの子のような見られ方をされているのです。

 また、九州新幹線が東海道新幹線に乗り入れない理由の一つ(ほかにもダイヤ関係、航空機と比べて不利などの理由はある)に、九州新幹線の車両が8両編成であることが挙げられます。これは東海道新幹線の掟①に反しますが、16両編成の車両を九州新幹線内に走らせても“供給”が多すぎて効率が悪いので、8両がちょうどいいのです(現に、今の九州新幹線のプラットホームでは、16両だとはみ出します)。

追記
 以前も500系関連の記事(http://tarouroom.blog89.fc2.com/blog-entry-801.html)で乗せた動画です。ここでもっかい載せましょう。
 

プリンセス・ジュリアナ国際空港

 世界にはこんな光景のみられる空港があります。



 これは、カリブ海のセント・マーティン島にあるプリンセス・ジュリアナ国際空港です。ここは、海岸の20~30m上を旅客機が離着陸で通過する名所です。この空港は地理条件から海岸のすぐ近くに設置され、同じ理由から滑走路の長さが2349mしかありません(ジャンボ旅客機の離着陸には2500mが必要)。そのため、特に大型旅客機ほど滑走路の端すれすれで離着陸する必要があり、結果低空飛行がなされるのです。大型なものほど低空飛行するため、より迫力が感じられるでしょう。動画を見た感じでは、旅客機が真上を通過してから5秒ほどで滑走路に降り立っているようです。航空機の着陸時の速度は約250km/hなので、撮影地点と着陸地点の距離は約350mしかないようです。

 富山空港がこんなんだったら、確実に送電線や北陸自動車道にぶつかりますね。ちなみに、富山空港の滑走路の北端と北陸自動車道の橋の距離は、約750mです。それでもずいぶん低いところを飛んでいるように見えるので、プリンセス・ジュリアナ国際空港はとんでもないですね。

京浜東北線のあの車両が引退です

209系電車がラストラン、JR各駅にファン集結/神奈川
1月24日17時15分配信 カナロコ

209系電車の最後の姿を写真やビデオに収めようと熱心なファンで鈴なりになった、京浜東北・根岸線ホーム=24日午後12時55分、JR大船駅
 JR京浜東北・根岸線で長年親しまれてきた209系電車が24日、同線でのラストランを行った。各駅には大勢のファンが集結。「ありがとう」のヘッドマークを付け、ホームに滑り込む電車をカメラに収めていた。

【さらに詳しい写真・記事を見る】カナロコ鉄道ノート

 209系は1993年に登場。従来の車両に比べ、思い切った軽量化で製造コストや消費電力を少なくするなどのメリットを追求、バリアフリー化も取り入れ、その後に登場した車両の基礎を築いた。同線を引退した車両の一部は、房総地区で転用されている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100124-00000010-kana-l14

 なんと!昨日まで知りませんでした…。不覚です。東京や横浜を訪れた時は、ずいぶんと世話になった車両です。半年前にも利用しました。次に東京や横浜を訪れた時は、山手線のような新型車両だけを見ることになりますね。今までありがとうございました。

新幹線の3時間目安説

 新幹線と航空機の利用者の比重を左右する目安は、新幹線で3時間で移動できるか否か?といわれています。2地点間の移動時間が3時間以内なら新幹線(+在来線)が有利、3時間を超える場合は航空機が有利ということです。たとえば、新幹線で最速2時間25分で結ばれる東京~大阪や、最速2時間23分で結ばれる大阪~福岡、最速2時間56分で結ばれる東京~八戸は、新幹線有利です。新幹線を利用しても明らかに3時間以上かかる東京~九州、北海道は、航空機が圧倒的に有利です。新幹線+「はくたか」で3時間チョイかかる東京~北陸地方は、きわどいところですが、航空機より安く運転頻度も高いため、利用者は多いです。。また、九州新幹線が全線開業する際、鹿児島~新大阪間の直通列車を走らせてもそれを東京まで延長しない理由の一つが、所要時間が3時間をはるかに超えることにあります。

列車と徒歩のどちらが早いか?

 都営地下鉄「大江戸線」は新しくできた地下鉄なので、全体的に駅が非常に深いところにあります(大体25~40m)。そのため地上から列車に乗る(もしくはその逆)のに非常に時間がかかります。また、ほかの地下鉄と同じく駅間距離も1km前後です。そのため、「大江戸線」で1駅分移動するのに歩くべきか?「大江戸線」を利用するべきか?で迷います。

 以前、「タモリ倶楽部」で、「大江戸線」の1駅間分を移動するのに「大江戸線」乗車と徒歩ではどちらが早く移動できるか?の検証が行われました。結果、「赤羽橋」~ 「麻布十番」と「麻布十番」~「六本木駅」間の移動は列車を使うよりも徒歩の方が早く行き来できました。  各駅の深さは「六本木」は外回りが地下5階の32.8mで内回りが地下7階の42.3m(日本の地下鉄の駅で最も深い)、「麻布十番が」が地下6階の32.5m、「赤羽橋」が地下“2階”の21.0mです。要は、入口から列車までが非常に遠いのです。各駅間距離は、「六本木」~「麻布十番」が1.1km、「麻布十番」~「赤羽橋」が0.8kmです。駅間距離は一般の地下鉄の平均値に近いのですが、これらの駅が深すぎるんですね。

 「大江戸線」は、長距離移動をするときのほうが有効な利用のできる地下鉄なのです。「大江戸線」は元々東京都心を環状区間がぐるりと回り、さまざまな地下鉄と乗り換えをしているので、ほかの地下鉄との相互利用で便利になります(だけど、東京メトロの路線との乗り換えが面倒なんだよなあ、両管轄路線を渡り歩けるのは1回だけだし ←2回以上やると追加料金を取られる)。

名称が「大江戸線」になったきっかけ

 東京には「都営大江戸線」という、日本で最長の地下鉄が走っています。この路線名を決める際に一般人から名前を公募し、担当者はその中から「東京環状線」を正式名称に、愛称を「ゆめもぐら」にしようとしました。そこに石原慎太郎東京都知事が物言いをつけました。彼が言うには、「実際に完全な環状運転をしていないのに「環状線」と呼ぶのはおかしい」とのことです。「大江戸線」は確かに東京の中心部を1周回っていますが、全体的に見ればテニスラケットの輪郭のような線形で、「山手線」や「大阪環状線」や「東都環状線」のように完全な輪っかではないのです。さらに、輪っかを回る運転も行っていません(実際は、テニスラケットの輪郭を一筆書きする、「6の字運転」を行っている)。知事の鶴の一声で見直しがなされ、有力候補の1つに挙がっていた「大江戸線」が採用されて現在に至りました。

 ちなみに、成田空港にJR線と京成線が乗り入れるようになったのも、当時運輸大臣であった石原慎太郎の鶴の一声によるものです。東京~成田空港を結ぶ「成田新幹線」の建設が中止になり、いくつかの代案が出されているものの中々実行に移されないのに業を煮やした彼が、JR線と京成線を乗り入れさせるよう求めました。その4年後に、両路線の成田空港乗り入れが実現しました。こういうのをみると、リーダー的存在の政治家の行動力はどういうものであるべきかが考えさせられます。

都営地下鉄「大江戸線」が全線開通したのは平成12年12月12日

 これは、東京全体の地下鉄建設計画が行われた際に「大江戸線」の路線番号が「12号線」と仮称されていたことに由来します。もとからこの年月日に全線開通させる予定はなかったようで、ずいぶん前には平成8~9年(1996~1997年)あたりの開通を目指していたとか。色々な事情で工事が延長され、全線開通日が平成12年(2000年)の後半あたりになりそうだとわかってからあえてこの日にちに開通させたのでしょう。開通より約7か月前の同年5月に発売された「全国鉄道事情大研究・東京都心編」では、開通日が平成12年12月12日と記述されていたので、同年の初めころ?には開通日を決めていたようです。12時12分にもしっかり記念行事が行われ、「都庁前」を特別列車が発進したそうです。

 参考なまでに、当日開通した区間は「国立競技場」~「都庁前」の25.7kmですが、これだけ長い区間が一気に開通した地下鉄は、日本国内では「大江戸線」だけでしょう。それだけに環状区間が完全にできたのもあいまみえて大きなニュースになったと思います。

 ちなみに、「副都心線」が開業したのは平成20年(2008年)6月14日ですが、開通の記念式典は前日の13日に行われました。「副都心線」は東京の地下鉄建設計画では「13号線」と呼ばれていたので敢えて式典を13日に行ったのでしょうか?

日本とヨーロッパのターミナル駅の違い

 日本の大都市における鉄道のターミナル駅とヨーロッパのそれは、配置の傾向が異なっています。日本はターミナル駅が1か所に集中する傾向にあり、ヨーロッパでは数か所に分散している傾向にあります。たとえば東京では、地方へ散らばるJR路線の大部分が「東京」に集中しています。現在「東北本線・上越線」は「上野」がターミナルですが、近いうちに「東京」まで延伸されます。「秋葉原」が終点の「常磐新線(つくばエクスプレス)」(私鉄)も「東京」に延伸する構想があります。

 ヨーロッパでは、たとえばロンドンやパリの地図を見ると、ターミナル駅が都市の周囲に数か所に配置してあります(山手線や大阪環状線の駅に相当する位置)。もしも東京がヨーロッパと同じようなターミナルの配置をしたら、「東京」は「総武線」と「京葉線」、「品川」が「東海道本線」「東海道新幹線」「横須賀線」、「新宿」が「中央本線」「上越線」「上越新幹線」、「上野」が「東北本線」「東北新幹線」「常磐線」のターミナル駅になるでしょう(※ 話を簡単にするため、JR路線のみを扱いました)。

早起きしたけどねみい…

 週末に、遅寝遅起きを早寝早起きに改変しようとしました。そして、ついに22:00就寝4:00起きを実現しました。実際は1:00に目覚めてしまい、それから3時間は意識があったまま横になっていましたが。最近3:00就寝10:00~11:00起きが定着している中で、素晴らしい補正です。そして6:20に登校しました。そして2度寝しました。ここまでは予想通りで遅くとも7:30には起きると読みました。しかし寝たら体がとてつもなくだるくなりました。結局起きたのは9:00でしたが、寝る前よりなんか体がおかしくなって、午前と日中はどうも調子が乗りませんでした。まるで徹夜をした次の日みたいな気分です。夕方に調子が上がってきたものの、全然すっきりしません。本当に体調を崩しているのか?もしくは慣れない早寝早起きをやったカルチャーショックか?いずれにせよ、今日も今日中に寝ちゃいましょう。もしかしたら明日は慣れるかもしれないので。

鉄道が敬遠されていた時代

 今や「我田引鉄」という言葉があるくらい、鉄道建設の計画が持ち上がれば地元や政治家が誘致運動、ルートの選定、駅の設定や特急の停車への漕ぎつけ、などを情熱をこめて行っています。しかし、昔は計画が上がった段階で反対運動がしばしば起きていました。

 鉄道は今の価値観では人口の多い地域(当時の宿場町)に造られるのが普通ですが、当時は鉄道の便利さがまだ浸透しきっていませんでした。騒音や振動、蒸気機関車の煙による人的被害、農作物への影響、さらには人やモノの物流の変化により町が衰退する(現在でいえば、新幹線の開通による「ストロー効果」のこと)などの懸念が強かったのです。当時は、今よりも鉄道の欠点を的確に突いていたといえるかもしれません。

 たとえば、東京を走る中央線もその一例です。「東京」~「八王子」方面に鉄道を敷く際、人口の多い甲州街道沿いに通そうとしましたが、上述の理由などで激しい建設反対運動がおこりました。しかたなく北の青梅街道沿いに通そうとしましたが、そこでも拒絶されました。そこで、2街道の中間の原生林に路線を造りました。その影響で「中野」~「立川」の約21kmは直線なのです。

新幹線のトイレ

 昔の鉄道のトイレは垂れ流し式でした。いわゆる、ぼっとん便所で排泄物はそのまま線路の路盤に落ちたのです。新幹線も昔は垂れ流し式でした。つまり、時速200km/hでうんこが射出されたのです。しかしこれではあまりに不衛生なことから、その後水洗式になりました。近年では、真空を利用した方式が主流です。トイレタンクが真空で、用を終えた後は排せつ物が掃除機みたいに吸い取られます。航空機にもある方式です。最近の新幹線車両で用を足してボタンを押すとバキューム見たいな音がしますが、まさしくそれが真空の方式です。

 また、かつては新幹線車両が高速でトンネルに突入(あるいはその逆)する際に室内の気圧が変化することでトイレタンクにたまっていた排せつ物が逆流する事件がありました。走行試験でトイレに行く人がほとんどいないことからこの現象までは予想できなかったそうです。さすがにこれはすぐに対策が施されました。

昔は全車が喫煙者だった

 今のご時世(特に今どきの若者世代)では信じられませんが、昔の新幹線はすべての車両で喫煙ができました(さらに言えば、通勤電車を除くすべての車両が喫煙者)。その後時がたつにつれ、だんだんと禁煙車の勢力が増して今に至っています。今ではJR東日本が管轄の東北・上越・北陸・(山形・秋田)新幹線は、全てが禁煙車です(実際は、JR東日本すべての列車と関東圏の駅が禁煙)。最近ではJR九州も全列車禁煙になりました。JR東海が管轄の東海道新幹線は今でも喫煙車(スペース)が残っています。最新のN700系は、高度な技術で喫煙室の空気の流れを制御して煙を完全分離しています。まあ、JR社によって方針に多少の違いはありますが、確実に禁煙へ変化しているでしょう。

上海のリニアモーターカー

 現在、新幹線やヨーロッパの高速鉄道よりも速い鉄道路線がすでにあります。中国の上海にはトランスラピッドという最高速度430km/mで運転するリニアモーターカーがあります。これは上海市街地付近と上海浦東国際空港の間約30kmを7分30秒で結びます。ドイツの技術を投入し、リニアモーターの形式は日本のリニア中央新幹線とは異なります(愛地球博の近くを通る愛知高速交通東部丘陵線(リニモ)と同じ形式)。


 鉄道の替え歌やGPSと車窓を組み合わせた動画に定評がある「そろそろPさん」がトランスラピッドの車窓を撮影していました。隣の高速道路の車が止まっているかのようです。

アマゾン川が世界一長い川になる可能性

 世界で一番長い川は「ナイル川」(6695km)、2番はアマゾン川(6516km)という順番は小学校の社会の授業で教わった、とても有名なことです。しかし、最近の研究では「アマゾン川」が「ナイル川」より長い可能性がでてきました。今から2~3年前の研究から、「アマゾン川」の総延長が6800~6992kmになるとの主張が出ています。「アマゾン川」は世界一の流域面積を誇り、流路が非常に曲がりくねって複雑です。未知の源流が発見されたり複雑な流路の計測が進歩するにしたがい、このような可能性が生まれてきています。

 せっかくなので、「アマゾン川」の大きさを挙げます。「アマゾン川」の流域面積は705万平方キロメートルと、オーストラリア大陸の面積に匹敵します(日本は38万平方キロメートル)。「アマゾン川」全体の平均流量(1秒に流れる水の体積)は日本の「利根川先生」の850倍に上り、世界最大の面積を誇り日本の領土面積に匹敵するカスピ海にその水が流れ込んだら、1年で水位が20m上がります。川の勾配も非常に緩やかで、河口から1600km遡っても海抜は32m、3800km遡っても80mにしかなりません。世界が違います。これだけ緩やかな川だから、源流~河口の実距離と直線距離の比は、限りなくπ:1に近いのだろうか?

川の長さと円周率

 川の源流~河口までの実際の距離は、その2点を結ぶ直線距離の3.14倍に近いそうです。ケンブリッジ大学教授で地球科学者のハンス・ヘンリック・ステルムという人がそれを提唱しましたが、あらゆる川の計測を行ったところ大体の川は実際の距離/直線距離の値が3より少し大きく、平均化すると3.14に近づくとか。これは、曲線区間における浸食で川がどんどん蛇行する現象と蛇行した川が再び直線に戻る現象(三日月湖の形成)がバランスよく起きているからだとか。特に、ブラジルやシベリアなどのなだらかな地形を流れる非常に蛇行した川は3.14に近い傾向だそうです。

聖地巡礼の研究

 今年の正月三が日の鷲宮神社の参拝者数は約45万人と、前年よりも3万人増えたそうです。うーん、ブームの観点で考えると去年より減ると思っていましたが、逆に増えました。結構続いているんですなあ。

 らき☆すたの聖地巡礼とその舞台である鷲宮町の商工会による町おこしに関する論文がありました。題名は、

アニメ聖地の成立とその展開に関する研究 : アニメ作品「らき☆すた」による埼玉県鷲宮町の旅客誘致に関する一考察
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/35084/3/p145-164yamamura.pdf

です。この論文には、聖地巡礼とそれを利用した町おこしの仕組みについてつづられています。一過性のブームに終わらせず、長い目でそれを持続させていく地元の取り組みがとても興味深いです。その一部(主に各章の冒頭)をここに載せておきます。詳しくは、上述のURLより閲覧してください。

1.1 本稿のねらい
 本稿の目的は、アニメーション(以下便宜上「アニメ」と表記を統一)作品「らき☆すた」(「らきすた」と読む)の舞台となったことをきっかけに、いわゆる「聖地」として全国からファンが押し寄せるようになった埼玉県北葛飾郡鷲宮町(以下、鷲宮町)を対象に、如何にして「聖地」が成立し、2度のファン向けイベントの成功に至ったのか、その経緯を整理し、そのうえで以下の三点について考察を加えることにある。
(1)聖地化のプロセス1:アニメ作品がどのような経緯で旅行行動を誘発したのか。アニメ作品で描かれた場所がどのような経緯で観光地化(アニメファンにとっての聖地化)していったのか。

(2)地域社会の旅行者受け入れプロセス:地域社会(神社・商工会・商店・行政・一般住民等)は「らき☆すた」並びにそれを目的とした旅行者を、どのような体制で、如何に受け入れていったのか。

(3)地域外関連企業の役割:地域外部の関連する企業(旅行会社並びに著作権が帰属する企業)は地域社会とどのように連携し、またどのような役割を担ったのか。なお、本稿では便宜上、アニメ作品のロケ地またはその作品・作者に関連する土地で、且つファンによってその価値が認められている場所のことを「アニメ聖地」と定義しておく2。




2|鷲宮町に見る「らき☆すた」聖地の成立とその展開経緯
 表1は、鷲宮町に「らき☆すた」を目的として旅行者が訪れるようになった経緯、そして2回のファン向け「らき☆すた」イベントが同町で開催されるに至った経緯を、時系列で整理したものである。本表に示すように、特に、ファン(旅行者)と地域社会、そして地域外関連企業という三者の果たした役割とその関係性に着目すると、今日に至るまでの経緯は、便宜上大きく以下の5つの段階に分けて考えることができる。

(1)受け入れ土壌整備期:~2007年4月
(2)ファン主導期:2007年4月~2007年9月
(3)角川書店主導期:2007年9月~2007年12月
(4)商工会主導・商店参加期:2007年12月~2008年3月
(5)地域主導期:2008年3月~

 以下、それぞれの時期区分についてその特徴を詳述する。




3|考察
 第二章で見た経緯の整理結果を踏まえ、「本稿のねらい」で述べた通り、大きく以下の3点から考察を加え、更なる研究の展開に資するべく、今後議論が必要ないくつかの論点の提示を試みる。

3.1 聖地化のプロセス
3.2 地域社会の旅行者受け入れプロセス
3.3 地域外関連企業の役割
以下、それぞれの点について考察を加える。


3.1 聖地化のプロセス
 ここでは鷲宮町の事例を通して、アニメ作品「らき☆すた」がどのような経緯で旅行行動を誘発したのか、作品中で描かれた場所がどのような経緯でファンにとっての聖地と化していったのか、キーワードを挙げながら考察を加えてみたい。

3.2 地域社会の旅行者受け入れプロセス
 ここでは、地域社会が「らき☆すた」並びにそれを目的とした旅行者をどのような体制で如何に受け入れていったのか見ていく。

3.3 地域外関連企業の役割
 ここでは、地域外部の関連する企業(著作権所有企業並びに旅行エージェント)は地域社会とどのように連携し、またどのような役割を担ったのかを見ていく。


4|おわりに
 なお、本事例はわずか1年という短期間に急成長し、成功を収めた事業であり、その展開はあまりにも急である。一般に多くのアニメ作品には賞味期限があり、息の長い人気を博する作品は非常に稀である。「らき☆すた」自体が息の長い作品になるかどうかは未知数であり、商工会のアニメに頼らない地域振興へむけた取り組みの動向を含め、今後の推移を見守る必要があろう。本稿はあくまでも「研究ノート」の位置付けであり、調査結果を取りまとめて報告することに主眼を置いたため、分析・考察は十分とは到底言い難い。本文中で提示したいくつかの課題・論点について今後詳細な検討を加えていく予定である。

名言集 その38

下がダメでも上がしっかりしていればどうにかなる。でも上がダメな国は、下がどう頑張っても、どうしようもねえんだ!!
(石川数正:やる夫が徳川家康になるようです)
 これはこの話の中だけでなく、今の日本の現実にも非常に効く考えでしょう。この作品は本当に面白いので、興味のある人は見てみてください(こちらより→http://yaruomatome.blog10.fc2.com/category9-1.html)。

『どうせ』と言う言葉を使った瞬間、人は負けるんだ。
(海江田:ひぐらしのなく頃に・皆殺し編)
 鉄平に虐待されている沙都子を救いに行こうとする際、「どうせ助からない」という意見に対しての台詞です。自然に出る言葉って人間の行動と心理を的確に反映しますね。

生き物は死ぬときには自然に死ぬんだ、それを人間だけが無理に生きさせようとする、どっちが正しいかね ?
(ドクター・キリコ:ブラックジャック)
 これは、永遠に答えが出ない問題かもです。ブラックジャックの言い分もキリコの言い分も正しいのですから。

私たちのほうが大人だから謝っておこう
(南千秋:みなみけ)
 謝る対象は夏奈です。言っていることが正直で容赦ねえなあ。

ボーイスカウトも泣いて這いつくばる程の奉仕の心で働いたわたくしを非難なさるつもりですか
(ミント・ブラマンシュ:ギャラクシーエンジェル)
 確か惑星破壊ミサイルのスイッチを押した責任のなすりつけ合いの中で発せられた言葉です。ミント、黒いよミント。

先行開業らしい

JR東海、リニア新幹線5年前倒し開業 神奈川~山梨間 
1月8日14時28分配信 産経新聞
 JR東海は、平成37年に東京~名古屋間で開業予定のリニア中央新幹線について、神奈川県相模原市付近から山梨県笛吹(ふえふき)市付近にかけての約60キロの区間を、5年程度前倒しして32年ごろに開業させる方針を固めた。同社はこれまで東京~大阪間の全線開通を57年としてきたが、一部区間の開業前倒しで、名古屋以西区間の建設資金を早めに確保し、早期の全線開通を目指す。

 JR東海は現在、山梨県内でリニア実験線の延伸工事を実施中。25年度末には現在の18.4キロから42・8キロに伸びる。リニア中央新幹線はルート選定をめぐって、東京~名古屋間をほぼ一直線で計画するJR東海と、諏訪地方への迂回(うかい)を求める長野県との間で協議が難航。先に実験線を東に延伸させ、早ければ26年度にも建設を始め、32年度をめどに開業にこぎつけたい意向だ。

 JR東海は「東京~名古屋間をすべて一度に開業させなければいけないことはない。並行する東海道新幹線と組み合わせれば、採算面でも問題はない」(同社首脳)としている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100108-00000542-san-bus_all

 川島令三著書の「超・新幹線が日本を変える」で著者が、「東京~山梨の間を試験的に先行開業させて色々試してから大阪まで一気に開業させた方がよい」と主張していましたが、その主張の半分がかなう形になりそうです。ちなみに、大阪まで一気に開業させる必要があるのは、東京~名古屋の区間だけを部分開通させるよりも圧倒的に利便性、人の流れがよくなるからだそうです。まあ、東京までは地下工事の影響を考えたのか?開業しなさそうですが。今なおルートの問題が残りますが恐らく赤石山脈を通すとなれば莫大な工事になるので、できやすいところから開通させていくという方針でしょう。さらに、採算性や建設費の加算、環境問題など色々と懸念事項が指摘されてきていますからね(それはまた今度紹介するかも)。

ボンネット車両の引退

ボンネット型車両 昭和の特急の顔、姿消す…3月から順次1月7日13時31分配信 毎日新聞

 東海道新幹線開業前から活躍し、高度成長期の国鉄特急のシンボルだったボンネット型車両が間もなく姿を消す。3月のJRダイヤ改正で、この車両を使う夜行急行「能登」(上野-金沢)の定期運行が廃止されるためだ。昭和の面影を残す数少ない車両だけに、惜しむ声も高まりそうだ。

 ボンネット型が登場したのは、東海道新幹線開業6年前の1958(昭和33)年。ビジネス特急「こだま」として東京-大阪間を初めて6時間台で結んだ。国鉄特急を象徴するクリーム色と赤色の塗り分けも、この車両から始まった。

 技術面でも画期的だった。当時、特急は先頭の機関車が客車を引く「列車方式」が常識だったが、こだまは複数のモーター付き車両を分散して連結する「電車方式」を採用。こだまの成功は電車方式の利便性や優秀性を証明し、同じ方式の初代新幹線0系の開発にも弾みをつけた。

 ボンネット型はその後も改良を重ね、東海道・山陽線の「つばめ」「はと」、上越線の「とき」など各地で活躍。昭和の特急の顔だった。昭和30年代が舞台の映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」にも神戸市内で保存中の実車が登場する。

 しかし車両の世代交代や新幹線の延伸で廃車が進み、現役車両はJR西日本が所有する1971~74年製造の4編成だけに。現在は「能登」として使われているが、老朽化が目立つため、3月の「能登」の定期運行廃止を機に、順次廃車される見通しとなった。

 鉄道の歴史に詳しいレールウエーライターの種村直樹さん(73)は「一時代を作り、その後の国鉄の車両イメージを変えた。引退を惜しむ人は多いだろう」としみじみと話している。【小林祥晃】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100107-00000012-maip-soci

 思い返せばこの車両、子供の頃に鉄道図鑑でみました。図鑑には超特急「こだま」として載っていましたが、もう50年以上活躍してきた型であることを考えると、よくもまあこれだけ長く利用されたものです。0系より長いです。更に、日本の鉄道で電車方式を利用した初代車両と聞いて驚きました。僕の世代にとっては非常に珍しい車両なので、初めて「能登」を利用するときに見た瞬間、凄い新鮮さを感じました。この車両も36~39年も活躍し、維持などが大変になってきたと思います。惜しいことには変わりありませんが、長い間お疲れ様です。最後の数年間を利用できただけでも良かったです。

72時間中部1周 その6 「北陸」と「能登」の雄姿

 富山へ戻る途中、急行「能登」に乗り換えるために「上野」へ行きました。駅では、ホームに停車していた寝台特急「北陸」と急行「能登」の姿を引退前に撮ろうとする人たちが集まっていました。

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 16番線のホームから撮影(「北陸」が停まっている3番線を)。すでに撮影者が多いです。

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 春のダイヤ改正で定期運転を終了すると同時に、このブルートレインも見納めとなります。

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 改正後も臨時列車として時々運転はされますが、はたしてどのような名前で運用されるのだろうか?

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 先頭車両には30人くらい集まっていました。恐らく車内も満席でしょうか?

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 次に「能登」です。この車両もまた、定期運転終了後は廃車になるそうです。

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 反対方向を見ると、このような集まりが。

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 こちらも、改正後は改名されるかもしれません。

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 車内も撮っておきました。

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 早朝の富山駅です。

72時間中部1周 その5 自然の天気と心の天気は比例する

 確か、アインシュタインが言っていました。女の子と一緒に1時間座っていても1分くらいにしか感じないのに、熱いストーブで焼き土下座ごっこを1分間やっていると1時間くらいに感じる、と。てな訳で、約57時間続いたつかの間の実家滞在も、夜の出発で終わりました。この季節、青空がいつまでも続く静岡から灰色の空がいつまでも続く富山への移動です。21:34発の「ひかり」で東京へ向かい、上野から急行「能登」で富山へ向かう行程です。

 どうやら、静岡県西部や愛知の方でも雪が降っていたようです。特に関ヶ原もかなりひどかったそうで、新幹線が全体的に遅れて(5分ほど)渋滞していました。途中で減速や一時停止をしたり、僕の乗った「ひかり」が駅(「新横浜」と「品川」)に着いた1分後に後続の「のぞみ」が隣の線路に到着していました。その後急行「能登」に乗って寝ながら帰りました。まだUターンラッシュではないため、複数の席を使って横になって眠ることができました。ただ、この季節は座席の下のヒーターが聞いているため、向かい合った席に腰をおいて横になると暑くて途中で起きてしまいます。熱の届く部分が最小限になるよう、背もたれによりかかって斜め向かいの椅子に足をかけるのが一番いいかもです。途中でコロニーの位置登録を、新しい場所のスタンプを押せるように配慮して、していきました。それを気にしていたから寝不足かもです。

 富山は雪でした、しかもふぶいていました。そして帰って次の日はほぼ廃人でした。その次の日からいよいよ…。

72時間中部1周 その4 青空の見える静岡

 元旦とその翌日は、学部生ならばごく普通だが今この時点ではこんなことをしてていいのだろうか?ととてつもなく不安になるくらいグダグダに過ごしました。実家に戻って気が抜けたのか?とにかくよく眠る3日でした。
 元旦の翌日は、食事とお墓参りに行ってあとは家にこもっていました。2日の夜に富山に向けて帰るのだが、日曜日の夕方にサザエさんを見ているときと同じような憂鬱感が増幅中でした。

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 青空を見渡せる丘から撮りました。下の道路は建設中の第2東名高速道路です。

72時間中部1周 その3 元旦

 次の日はずいぶんと爆睡して起きました。前日は徹夜で列車内で4時間しか寝ていないので、7時間半寝たのにまだ眠いです。箱根駅伝と「のだめカンタービレ・巴里編」をちょこっと見て親戚巡りや初詣に行きました。そとは青空で風が強く、かなり冷えていました。浅間神社へ行き、初詣を済ませてから浅間山へ登って富士山を見ました。体が重く感じたのは気のせいかな?特定の中学や高校では体育の時間にここまで走って登るからすごいです。


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 浅間山(標高140m)からの風景です。富士山や駿河湾、その彼方の伊豆半島までくっきり見えました。

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 帰りにこんな光景が。4匹の猫が左右の2組で対峙しています。3匹の猫が日のあたる場所を占拠している、もしくはお互いに道を譲らないと思われます。特に、白猫がその場を動かず一番左の黒猫が前に進みたいのに白猫の権力が強いのかも。日のあたる場所を取り合っているとすれば、方角からして日の当たる位置が写真から見て右側に移って行きますが、おそらく右側の2匹の黒猫は動かないでしょう。そうしたら後に修羅場になりそうです。

 家に帰ったあとは1時間近く爆睡しました。疲れがたまっていたのと、実家に帰ってから気が抜けたのが重なったのでしょう。しかし、明日の夜は帰る日…かったるい。

72時間中部1周 その2 「のだめ」鑑賞で過ごした年末

 地元はめちゃくちゃいい天気でした。ペイントで塗りつぶしたような雲ひとつない青空です。家族のみんなも元気でやっておりました。昼について床屋を寄って親戚巡りもして夕方帰りました。その後はニートコースまっしぐらです。地元ではその日の夕方~翌日の午前まで「のだめカンタービレ」の1期と2期(巴里編)の34話を一気に再放送していたため、ほとんどそれを見て大晦日を過ごしました。何故だか親もはまっていましたが、これ、なかなか面白かったです。その一方で紅白などのほかの番組はあまり見ませんでしたが(水樹奈々のライブは見なかったけど、2chのサーバーが落ちたうえに語るスレが翌日の午前中で500を超えていました)。さすがにどこかのつわものと違って全てを見るのは無理で、1期の5分の3くらい(翌日の1:00頃)で寝ましたとさ。
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