名言集 その47

空元気いっぱい
(富山大学の学生達)
 それは、疲れて元気が無いときにテンションを挙げられる便利な言葉。
守るべきもんさえ分かっていれば、大抵のことは何とかなるもんだ
(伊達正宗:戦国BASARA弐)
 何とわかりやすい言葉でしょう。「秀吉」にとっては言語道断な台詞らしかったですが、個人でも国でも世界でも案外この台詞は共通するかもしれませんね。

発音が同じでもそこに込められている意味合いが違えば、それはやはり別の言葉なのだ。
(キョン:涼宮ハルヒの消失)
 この台詞は、「長門」による世界改変の前と解決後の「キョン」の、普段口にしている「ハルヒ」の言動に対する「やれやれ」という言葉を対比しているときのものです。原作でも映画でも、この作品を読むとその意味がひしひしと伝わりますね。

真実?意味?そんな言葉、俺の生には何の関係もないのさ
(ジャック・ラカン:魔法先生ネギま)
 この生き方は凄いですね。大概の人は「真実」や「意味」と意識的にしろ無意識的にしろいつの間にか関係をもって(流されて)しまいますからね。

高校生がエロゲー持ってて何が悪い!おふくろだってエロ本黙認してくれてるぜ!俺はぜってぇ捨てねえ、命にかけても守り抜くぜ!よく聞け親父!!俺はなあ、アニメもエロゲーも超大好きなんだぁー!!愛しているといってもいいねー!!こいつを捨てられたら俺が俺じゃなくなっちまうんだ!エロゲーは俺の魂なんだよ!!わかったかぁ!!!
(高坂京介:俺の妹がこんなに可愛いわけがない)

 彼、平凡な日常を生きる平凡な人間の中で一番熱くてかっこいい人ではないでしょうか?ここまで人のために体を張れる兄貴はそうはいないですよ。これは、彼の妹が持っていたエロゲーを父親に見つけられ、彼女を守るために、身代わりをかってでた場面の名演説です。そういえば、これと似た表現の演説を「桐乃」や「赤城」もしていましたね。これこそが作品のテーマでもあるのでしょう。
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「弥彦山」登山 その4 天気が下山を促した

 その日は素晴らしい天気でしたが、夕方になって雲行きが怪しくなってきました。これは山でよくある天候の変化ですが、「新潟」自体、冬は朝晴れてもその後急に曇る傾向だそうです。急いで「弥彦山」の山頂へ行って(展望台から少し離れている)、ロープウェイで下山しました。雨が降っていたのであの軽装備ではきついですし。

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 「弥彦山」山頂には、「弥彦神社」の奥社が建っています。「弥彦山」は「新潟県」のかなり広範囲から見ることが出来る山で、古くから信仰がありました。ふもとには「弥彦神社」の本殿があります。

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 つい1時間ほど前は晴天でしたが、いつの間にか雲が出てきて雨も降りだしました。朝窓は美しいのですが。

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 帰りはロープウェイでおりました。落差がかなりあり、一番上のロープの傾斜角は40度くらいありました。

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 「弥彦神社」です。「弥彦山」全体がこの神社の神域で、山頂の神社もこれにあたります。

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 この橋はどういうことに使うのでしょうか?

「弥彦山」登山 その3 絶景

 予想よりも順調に歩め、1時間弱で登り切りました。山頂とその周辺には展望台をはじめとする色々な施設があったので、しばらくうろちょろしておりました。

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 「弥彦駅」側とは反対側は「日本海」がすぐそばまで迫っています。山は道路も整備されて車で行こうと思えば簡単に行けます。

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 紅葉もそろそろ終盤です。海の向こうに見える島は「佐渡島」です。

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 「越後平野」は本当に田んぼがすごいですね。下の写真の左下辺りが「弥彦駅」です。

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 「弥彦山」からちょっと離れたところには「多宝山」があり、そこには天文台が建っています。

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 近くには一等三角点がありました。展望台と「多宝山」の間は1kmちょい離れているので互いの地点で「コロニーな生活」の位置登録を行いましたが、43km移動したことになっていました。しかも、「新潟」近辺なのにそのサイト内では「佐渡島」に行ったことになりました。山は電波の状況がカオスです。

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 展望台の下には回転昇降展望塔の「パノラマタワー」があります。高さは100mもあり「八景島シーパラダイス」にある「日本」最高落差のフリーフォールである「ブルーフォール」(高さ107m)とほぼ同じで、フリーフォールみたいに展望室自体が回転しながら昇っていきます。落ちるときはゆっくりですがね。また、この「パノラマタワー」の入り口と上の展望台(回転しない普通のほう)は落差があるので簡易なケーブルカー(「クライミングカー」)が通ってます。

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 「パノラマタワー」最上部からの景色です。構造上展望室が出っ張っているので窓から下を見ると迫力があります。下の写真は「新潟市」内を撮影していますが、ここからでも「朱鷺メッセ」(ちょっと出っ張っている建物)が見えます。

「弥彦山」登山 その2 テンションは標高に比例する

 あの状態で登って行きましたが、1年以上ぶりに山を歩くのは、やはりギャップがありました。卒論の調査を今いきなりやったらばてますね。ただ、疲れているときにある程度体を動かすと疲労が新陳代謝により分散されるらしく?登るにつれてだんだんと体が軽やかになって行きました。

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 途中で既にこんな景色が見られます。「越後平野」広いです。

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 途中で湧水がありました。持ってきたお茶を節約できて助かります。

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 「弥彦山」は砂岩や頁岩、シルト岩をはじめとする堆積岩と玄武岩や安山岩から構成されます。特に海側は玄武岩によって山肌がかなりごつごつしています。これらの地層自体はうにょーん、と広大な範囲にわたって褶曲しています。「越後平野」の地下自体がこの褶曲構造からなり、断面を見るとクネクネしています。この褶曲はプレートが圧縮された際にできたもので、過去に起きた「新潟県」内の大地震(新潟県中越地震もそのひとつ)の原因を示す痕跡ともっています。

「弥彦山」登山 その1 無計画で場当たり的な行動

 「新潟県」には「弥彦山」という、「るろうに剣心」の「弥彦」の名前の基ともなった山があります。「弥彦山」は標高が634mと、現在建設中の「東京スカイツリー」と完全に同じ高さで、標高があまりなかった故に日本100名山の選考から漏れてしまった山です。「新潟」では結構有名な観光地で、ふもとには「弥彦神社」をはじめとする温泉街があり、ふもとと山頂はロープウェイで結ばれています。

 んで、この記事の題名の説明ですが、11月末の金曜の夜、次の日の土曜日が休みであることを初めて知ったのでどっか行こうか?と考えていたら次の日は天気がいいということで「そうだ、京都行こう」的なノリで次の日「弥彦山」に登ることにしました。そうは思ったものの休日前夜はどうしても夜更かしをしてしまうもので、4時まで起きやがりました。飯の用意もなかったので朝昼兼用は飲むヨーグルトとコーヒーとチョコレートという、ダイエット食事を行い、そのまま電車で山のふもとへ向かいました。

 出発が昼直前だったので最初はロープウェイで登ろうと考えていました。そのためふつーのスニーカーに町を歩く服装でリュックには500mlのお茶だけという公園でのピクニック装備でした。そして腹が減って寝みいです。しかし、「弥彦駅」についた時にあまりの天気の良さに歩いて登りたい衝動に駆られてそのまんま登ることにしました。

 まあ、大学時代の6年ほどで、自分の体験も含めて以下のような事例を見聞きしたので、今回ならば天気とテンションがよければ何とかなるでしょ、と道徳的?によろしくは無い言い聞かせを自分にしました。

・地質調査の実習で3週間ずっと同じスニーカーを履いて道のない藪をかき分けたり川の中を歩いた
・サンダルのまんまでチャートで形成された「金華山」を登った
・「立山連邦」において、ランニングシャツで岩だらけの尾根を歩いた、革ジャン姿で登った、雨具を忘れたのでTシャツで暴風雨の「室堂平」を歩いた、リュックではなく旅行カバンを担いで歩いた

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 「吉田駅」です。この駅は「越後線」と「弥彦線」が平面交差している線路量の多い駅です。

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 「弥彦線」の電車です。「新潟圏」におけるJR線では珍しい黄色っぽい色をしていますね。

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 「弥彦駅」の駅舎です。「二条駅」みたいに凝っていますね。

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 「弥彦山」ふもとにて。今年最後になるかもしれない完璧な青空です。

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 よく考えたらスニーカーでは登らない方がいいのだが、最早手遅れ…。それを考えると小学生のころの山登りってかなり大雑把だったと実感します。すれ違う方はみんな完全装備をしていました。

駅名記憶向上歌の真骨頂

 ニコニコ動画の「駅名記憶向上委員会」や「初音ミク鉄道シリーズ」といったタグには、各路線の駅名の連続音読を他の歌の歌詞に当てはめて替え歌としてうたっている作品がいくつも見られます。

 その中で、「じょんさん」が「初音ミクの消失」を使用して造った「駅記オクの消失」は、元歌の歌詞の語呂に良く似た駅名を連続音読している作品です。よく聞いてみますと、本当に元歌の歌詞にそっくりに聞こえますよ。





 こちらが元歌「初音ミクの消失」です(歌詞は→http://dic.nicovideo.jp/v/sm2937784)。元歌の歌詞と比較するのは相当根気が要りますが、テンポの遅い箇所はどうにか比較できます。語呂が似すぎてすごいです。歌詞の一部の比較を以下に載せておきますよ。

心らしきものが消えて 暴走の果てに見える 終わる世界 「VOCALOID」
「小幌(こぼろ)」「蘭越(らんこし)」「元加治(もとかじ)」えて 「祝園(ほうその)」「八多喜(はたき)」「三会(みえ)」る 「尾張旭(おわりあさひ)」 「「真岡(もおか)」「五位堂(ごいどう)」」

信じたものは 都合のいい妄想を 繰り返し映し出す鏡
歌姫を止め 叩き付けるように叫ぶ…
<最高速の別れの歌>

「宍道(しんじ)」「玉村(たまむら)」 「津古(つこ)」「小野(おの)」「飯井(いい)」「毛呂(もろ)」「園(その)」 「倶梨伽羅(くりから)」「椎津(しいづ)」「白塚(しらつか)」「加美(かみ)」
「宇佐(うさ)」「日根野(ひねの)」「矢部(やべ)」 「高木(たかぎ)」「柘植(つげ)」「留萌(るもい)」「札弦(さっつる)」
<「西郷(さいごう)」「寒河(そうご)」「若井(わかい)」「江の浦(えのうら)」>


今は歌さえも 体、蝕む行為に…
奇跡 願うたびに 独り 追い詰められる

「井原(いばら)」「浦佐(うらさ)」「淵東(えんどう)」 「蒲田(かまた)」「虫川大杉(むしかわおおすぎ)」…
「木次(きすき)」「妻鹿(めが)」「馬道(うまみち)」 「人見(ひとみ)」 「老津(おいつ)」「女満別(めまんべつ)」


「アリガトウ…ソシテ…サヨナラ…」 
---深刻なエラーが発生しました---

「「有畑(ありはた)」…そ「尻手(しって)」…「佐用(さよ)」「奈良(なら)」…」
---「新小岩(しんこいわ)」「恵良(えら)」が「八景島(はっけいじま)」した---


 あれだけの膨大な歌詞に合わせてよくもこれだけ語呂のあった駅を見つけられましたね。

「のと鉄道」に乗ってきた その2 「和倉温泉街」

 帰りは「和倉温泉駅」で次の列車の出発まで時間があったので、和倉温泉街をちょっとぶらついてきました。

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 途中の公園に入浴自由な足湯がありました。足湯からはきれいな「七尾湾」の景色が見られます。

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 温泉街の一角に温泉水をくみ取る施設がありました。この場所は公園になっていて、温泉に関する施設を自由に閲覧できます。この建物は、数本の温泉水を取水するポンプからくみ取った温泉水を一時的にためて各旅館に配送する施設です。

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 概要はこんな感じです。

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 温泉水の取水量は毎秒11ℓ、最大可能取水量は毎秒23ℓと1日に50mプール1杯分におよびます。。温度は90度にもおよび、温泉卵の制作が可能です。成分はナトリウム・カルシウム・塩化物が卓越し、苦いもう一杯的な味がします。

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 はい、地質断面図。地下100m以深に安山岩を主成分とする溶岩や凝灰岩が産し、そのすぐ上に堆積岩が不整合で覆っています。これらの地層は所々断層でずれています。

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 こちらが取水井戸です。掘削場所は100mを超え、不整合面より下の安山岩類の層に達していますね。

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 「能登島大橋」です。「和倉温泉地区」と「能登島」を結ぶ全長1050mの、「石川県」で最も長い橋です。今から28年前にできた橋ですが、かなり新しく見える気がします。

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橋の高さは最大24mにおよび、とても景色がいいです。一番下の写真は「和倉温泉街」です。

「のと鉄道」に乗ってきた その1 「のと鉄道」

 「金沢」から「新潟」に映る1週間前の11月半ばに、「のと鉄道」に乗りに行きました。

 「のと鉄道」は、「七尾」を起点に現在は「穴水」までの33.1kmを、かつては「能登半島」の先端に迫る「蛸島」と「輪島」まで線路が延びていました。最盛期は総延長が114.5kmにおよぶ大規模な地方ローカル線でした。残念ながら乗客の減少と「能登空港」への投資優先による行政補助の縮小で平成13年(2001年)3月1日に「のと鉄道尾線」の「穴水」~「輪島」間(20.4km)が、平成17年(2005年)4月1日に「のと鉄道能登線」の「穴水~「蛸島」間(61.0km)が廃止されました。ちなみに「穴水」~「輪島」間には49個のトンネルがあり、南側から「い・ろ・は~」の順番に愛称がついています。

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 「和倉温泉駅」には、地元の祭りの山車の車輪が展示してありました。

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 現役の気動車(NT200形)です。「穴水駅」には、昔使われていた「NT100形」が停めてあります。

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 車窓はこんな感じです。ローカルですね。

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 「能登中島駅」には、国鉄時代の郵便車が停めてありました。

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 「穴水駅」です。かつては「能登線」と「七尾線」の分岐駅、現在は終着駅となっています。

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 「NT100形」です。

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 「穴水駅」越線橋より、「輪島・蛸島」方面を撮影。5年前までは車止めの先にも線路が延びていました。

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 次の列車が出発するまでの間、「穴水駅」付近の廃線跡を見てみました。これは、橋梁の跡です。この付近で「能登線」と「七尾線」が分岐しているはずです。

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 踏切跡です。廃線跡を横断する、新たに敷かれたアスファルト(恐らく線路を通す溝を埋めるため)と標識が目安ですね。

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 廃線跡には線路から出たサビ汁で茶色く染まっているバラスト(鉄道路線に敷く砂利)がきちんと残っています。

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 かつて線路だった場所は、今はバラストにススキが生えている状態です。

各新幹線の延び具合

 今月の4日に「東北新幹線」の「八戸」~「新青森」間が開通し、「東北新幹線」全線開通が実現しました。新幹線の新たな開通は「九州新幹線」の「新八代」~「鹿児島中央」間の開通以来、6年ぶりの出来事です。今回は、全国の新幹線が、どのように延びていったか?これから延びて行きそうなのかを紹介します。

「東海道新幹線」(「東京」~「新大阪」間(515.4km))
昭和39年(1964年)10月1日: 「東京」~「新大阪」間   (515.4km)開通

 「東海道新幹線」は、全国の新幹線の中で唯一一発で全線開通した新幹線路線です。そして、一度に開通した路線距離も最も長いです。

「山陽新幹線」(「新大阪」~「博多」間(553.7km))
昭和47年(1972年)3月15日: 「新大阪」~「岡山」間   (160.9km)開通
昭和50年(1975年)3月10日: 「岡山」~「博多」間    (392.8km)開通

 「山陽新幹線」は「東海道新幹線」開通の次の年に路線構想がなされ、上述の通り開通しました。2段階にわけて開通した理由の一つに、「岡山」より西側はトンネルが多くて建設の手間と時間が大きかったことが挙げられます。

「東北新幹線」(「東京」~「新青森」間(674.9km))
昭和57年(1982年)6月23日:「大宮」~「盛岡」間    (465.2km)開通
昭和60年(1985年)3月14日:「上野」~「大宮」間    (27.7km)開通
平成 3年 (1991年)6月20日:「東京」~「上野」間    (3.6km)開通
平成14年(2002年)12月1日:「盛岡」~「八戸」間    (96.6km)開通
平成22年(2010年)12月4日:「八戸」~「新青森」間   (81.8km)開通


 今年の主役となった「東北新幹線」ですが、5段階に分けて部分開通していった、今のところ最もちょっとずつ開通していった新幹線路線です。最初の部分開通(「大宮」~「盛岡」間)で全線のうち69%が開通しましたが、全線が開通するまでそれから28年の時が流れました。
 これだけ時間がかかった原因を挙げます。

「上野」~「大宮」間
 かつてこの区間では新幹線の土地の用地買収と新幹線の運転に対して大規模な建設反対運動が繰り広げられました。それは、機動隊と衝突するくらい激しいもので、「東北新幹線」の中で最も“困難な工事”となりました。これにより工事が遅れ、地元民の新幹線に関する負担の対価として「埼京線」と「ニューシャトル」が造られました。

「上野」~「東京」間
 こちらは、地下トンネルの建設工事が難航して工事が遅れました。また、予算の関係で一気に「東京」まで延伸出来ない事情もありました。

参照 ↓
東北新幹線開通の真実 その1 大宮~東京の開通について


「盛岡」~「新青森」間
 この区間は予算不足により長年建設されませんでした。それまでの新幹線路線に莫大な予算をつぎ込んだことが原因の一つです。一時期は「盛岡」~「いわて沼宮内」間と「八戸」~「青森」間はミニ新幹線、「いわて沼宮内」~「八戸」間を普通の新幹線として造る、“つぎはぎ”としての開業も考えられていました。

「上越新幹線」(「新宿」~「新潟」間(約296km?))
昭和57年(1982年)11月15日:「大宮」~「新潟」間(269.5km)開通
いつか建設される?:        「新宿」~「大宮」間(約16km?)


 「上越新幹線」は「東京」までもはや全線開通していると思われがちですが、まだ未全線開通路線です。「上越新幹線」のターミナルは「新宿」で、そこまでのルートや地下トンネルのための地下空間も確保されています。将来「東京」~「大宮」間のダイヤが飽和状態になった時に建設の必要性が上がるかもしれませんが、お金の関係で実現がまだ難しそうです(「JR東日本」の采配による)。

参照 ↓
上越新幹線の本当の起点は新宿駅
上越新幹線と新宿駅」』



 また、当初は「東北新幹線」と同日に開通する予定でしたが、「中山トンネル」の異常出水事故により工事が遅れて、「東北新幹線」より約5カ月遅れて開通しました。

参照 ↓
上越新幹線には、異常出水により減速運転を強いられている区間がある



「九州新幹線」(「博多」~「鹿児島中央」間(256.8km))
平成16年(2004年)3月13日:「新八代」~「鹿児島中央」間(126.8km)開通
平成23年(2011年)3月12日:「博多」~「新八代」間    (130.0km)開通予定


 こちらの路線も予算不足によりつい近年まで全区間に新幹線を莫大な費用をかけてまで造るべきか?という議論がなされ、ようやく全線開通の時が近づいてきました。何故「新八代」~「鹿児島中央」間が独立して造られたのか?それには3つの理由がありますが、それについては下のURLの記事を参照してください。

参照 ↓
九州新幹線は何故、鹿児島側から開通したのか?



「北陸新幹線」(「高崎」~「新大阪」間(約590km?))
平成9年(1997年)10月1日:「高崎」~「長野」間  (117.4km)開通
平成26年度(2014年度)末: 「長野」~「金沢」間  (228.0km)開通予定
いつか建設が認可される?:  「金沢」~「敦賀」間  (120.7km)
いつかルートが決まる?:    「敦賀」~「新大阪」間(約120km?)


 こちらも予算の関係が大きく響いてやっと「金沢」までは正式に造られることになりました。「金沢」~「敦賀」間は建設認可を待っている状態で未着工ですが、ルートや駅は決まっています。それ以降、「新大阪」まではルートが決まっていません。「高崎」~「長野」がかなり早めに出来たのは、長野オリンピックの影響もあります。 

「北海道新幹線」(「新青森」~「札幌」間(360.2km))
昭和63年(1988年)3月13日:
「新中小国信号場」~「青函トンネル」~「木古内」間:(82.0km)「津軽海峡線」として開通
平成27年度(2015年度): 「新青森」~「新函館」間 (148.9km)開通予定
平成32年度(2020年度): 「新函館」~「札幌」間  (211.3km)開通するのかな?


 予算と政府方針がきっちりすれば、何とか「札幌」まで造られるかもしれない路線です。少なくとも「新函館」までは5年後の開通を目指して建設されています。ちなみに、「青函トンネル」は「北海道新幹線」として今から22年も前に既に完成していました。

参照 ↓
青函トンネル その1 新幹線の走行のために設計されたトンネル
青函トンネル その2 新幹線をつくるために長くされたトンネル



全国の新幹線2
 今までの記述を一つの図にすると、こうなります。図では、かつて、(もしくは現在・将来)ターミナルとなっていた(る・く)駅のみを載せています。

「東北新幹線」、28年経ての全線開通

東北新幹線 全線開通 新青森から一番列車発車
 毎日新聞 12月4日(土)7時3分配信

 東北新幹線の八戸(青森県八戸市)-新青森間(81.8キロ)が4日開業し、東京-新青森間(713.7キロ)が全線開通した。基本計画から38年で本州最北端に到達し、地元活性化への期待が高まる中、新青森駅は祝賀ムードに包まれた。

 同駅であった出発式は約120人が参加。JR東日本の清野智社長が「東北6県都は新幹線で結ばれた。青森や北東北にとって新たなスタートだ」とあいさつし、馬淵澄夫国土交通相や三村申吾知事らがテープカット。午前6時31分、一番列車「はやて12号」が東京へ発車した。東京駅の式では青森市出身の同駅員、石動幸夫さんが「県民の心のよりどころである岩木山を見に来てほしい」と青森の魅力をアピールした。

 上り一番列車のはやて12号は盛岡駅で、秋田から来た「こまち12号」との連結に手間取り13分遅れで同駅を出た。こまち側の電源トラブルが原因で、後続に影響はなかった。

 開業に伴い東京-新青森間は最短3時間20分と従来より39分短縮された。来年3月5日に新型車両E5系「はやぶさ」が登場し10分短縮、13年春に国内最速の最高時速320キロへアップし同3時間5分で結ぶ。並行するJR東北線・八戸-青森間は第三セクター「青い森鉄道」が引き継いだ。

 延伸区間は98年着工、事業費は約4595億円(うち地元負担約1520億円)。区間の約62%を19本のトンネルが占め、唯一の途中駅・七戸十和田と新青森の間にある八甲田トンネル(約26キロ)は複線の陸上トンネルでは世界最長となる。【山本佳孝、堀智行】

 ◇東北新幹線の主な歩み◇

70年5月 全国新幹線鉄道整備法公布

72年6月 盛岡以北基本計画決定

82年6月 大宮-盛岡が開業。盛岡駅でテープカット

85年3月 上野-大宮が開業

91年6月 東京-上野が開業

   9月 盛岡-八戸が着工

92年5月 山形新幹線が東京へ乗り入れ

98年3月 八戸-新青森が着工

02年12月 盛岡-八戸が開業

05年8月 宮城県で震度6弱の地震。高架上で車両がストップし、乗客が線路上を歩いて避難

10年9月 米カリフォルニア州のアーノルド・シュワルツェネッガー知事が新型車両E5系に試乗

  12月 東京-新青森が全線開通


 「東北新幹線」の構想から38年、最初の区間(「大宮」~「盛岡」間)が開通してから28年を経て、ようやく最後の区間(「八戸」~「新青森」間)が開通しました。予算不足等を経て地道に5段階にわたる部分開通を過ごしてきた28年間は、実に長いですね。

「金沢城」

 「北陸」に住みついて6年半が経過して、初めて「金沢城」に入城しました「金沢城」は近年、一部の建物が復元されてにぎやかになっているそうです。

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 「いもり堀」と石垣です。江戸時代は幅が40m、深さが10m以上あったそうです。明治に埋め立てられましたが、近年一部が復元されました。

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 「鯉喉檜台」跡です。角の石は互いが精密にきっちり組み合わさっています。

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 「金沢城」は「石垣の博物館」と呼ばれるほど多種類の石垣が見られるそうです。増改築の繰り返しや特殊技術の応用を多く取り入れた結果だそうです。こちらは「野面積み」という、ほとんど加工を施していない自然石を積み上げたもので、高さが21mもあります(日本の城ではかなり高い方)。

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 石垣の石は戸室石(とむろ石)と呼ばれる安山岩(半深性岩)を主に使用しています。赤っぽいものと青っぽいものがあるそうです。

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 ただいま、「石川門」は修復工事中です。あと3年くらいで終わるそうです。

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 上2枚は、今年に復元された「河北門」、一番下は9年前に復元された「五十間長屋」・「菱櫓」・「橋爪門続櫓」です。この近年になって復元されたこれら建物の建つ広場には、「金沢大学」の建物が立っていました(昭和24年(1949年)~平成7年(1995年)の間)。

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 「五十間長屋」内部です。その名の通り、長さが五十間(約90m)あります。普段は武器や物資を蓄える倉庫として使われますが、有事では戦闘にも使用されるため、それ相応に頑丈に造られています。こんな長屋がかつてはいくつもありました。

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 石落としです。とても高いところにあります。

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 「菱櫓」です。普通の櫓は真上から見たときの断面が長方形(各壁が直角)ですが、この「菱櫓」は菱形です。正確には、100°の頂点と80°の頂点からできています。これは、櫓から重要な門の方向を見る際に視野が広い状態にするために菱形になったそうです(鈍角な100°の頂点を介した2面からの監視は死角が少なくなる)。

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 「菱櫓」の柱の組み合わせです。互いの部材がしっかり組み合わさるようにとても複雑な構造になっています。このように斜めに部材を組み合わせて菱形断面の建物を造るのは、当時はべらぼうに高度な技術だったそうです。

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 「橋爪門続櫓」です。内部は1階と2階が吹き抜けになっています。大型物資を「五十間長屋」の2階に運ぶためにこうなったそうです。ちなみに、写真右端に映っている現代っぽいものはエレベーターです。吹き抜けのおかげで余計な改造をせずい設置出来たのです。

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 本丸の方には「三十間長屋」が残っていました。

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 本丸の高いところ(標高60mくらい?)から「金沢市」内を眺めます。
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