「東北地方太平洋沖地震」 その1 マグニチュードについて

 3月11日14:46に発生した「東北地方太平洋沖地震」はマグニチュード9.0という日本の地震史上で最大の超巨大地震となり、「日本」各地に壊滅的な打撃を与えました。日に日に死者行方不明者が増え、福島第一原発の動向も予断を許さない状況です。

 未だに津波の中継映像が脳裏に焼き付けられています。動画がネットで見られる時代ですから、津波に関する色々な動画も投稿されています。それらを見ても、当たり前だった日常や街並みが無残に破壊されていく様を見て災害の恐ろしさと自然に対する人の無力さを思い知りました。ここで改めて被災した方々の冥福を祈ります。


 今回の地震は、「マグニチュード」からみえるとおり、「日本」史上で最も大規模な地震となりました。7年前の「新潟県中越地震」以来発生した震度7の揺れよりも、「津波」と「マグニチュード」(以下数値と併記するときは「M」と表記)が広く報じられました。このうち、「マグニチュード」の視点から、今回の地震がいかにすさまじかったのか解説します。

 「マグニチュード」とは地震のエネルギーそのもので、震度が地震による地面の揺れ、人的被害などを示すのに対して、地震の規模そのものを表す数値です。よくたとえられるのが、『「マグニチュード」=「電球」、「震度」=「明るさ」で、「電球」(「マグニチュード)が強いほど「明るさ」(震度)は大きく、離れるにつれ弱まっていく』という原理です。

 地震のエネルギー値は指数関数で計算され、「マグニチュード」の数値が2上がるとちょうど1000倍のエネルギーになります。細かく言えば、0.1上がるとエネルギーは約√2倍、0.2上がると約2倍上がる計算です。

 簡単に計算すると今回M9.0の「東北地方太平洋沖地震」のエネルギーは、

近年「京阪神」に壊滅的な被害を与えた
「兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)」(M7.3)の約√2の17乗倍≒360倍

震度6以上の揺れが4回も続いた
「新潟県中越地震」(M6.8)の約√2の22乗倍≒2000倍

「日本」史上最大の被害をもたらしたといわれる
「関東地震(関東大震災)」(M7.9)の約√2の11乗倍≒45倍

「日本」史上最大規模であったといわれる
「貞観地震」(貞観11年5月26日(869年7月13日)発生)(M8.3~8.6)や
「宝永地震」(宝永4年10月4日(1707年10月28日)発生)(M8.4~8.7)の約3~11倍

に相当します。

 今回の地震は、専門家の間では、上述の「貞観地震」以来、約1000年に一度に起こる超巨大地震ではないか?と言われています。太平洋沿岸はプレート境界に近接し、100年弱~150年に1回の割合でM8.0~8.5くらいの巨大地震が起きています。そして過去の地震の発生傾向や地殻変動から数十年以内にM8.0~8.5規模の巨大地震が○○%の確率で起こると発表されていますが、今回の地震はそれをはるかに上回ったとてつもないものだったのです。

以下に、マグニチュードの数値とそのエネルギーを、過去の地震と踏まえて数値順に並べてみます。参考資料はWikipedia(「マグニチュード」)の記事(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%8B%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%89http://)と、その他諸々の資料と、僕のあやふやな記憶です。

 なお、マグニチュードは細かく分けると「モーメントマグニチュード」、「気象庁マグニチュード」、「表面波マグニチュード」などの色々な種類がありそれぞれに活用の仕方がありますが、話を簡単にするために、1種の“マグニチュード”として一括します。ちなみに近年は、「モーメントマグニチュード」(断層の大きさと、ずれた大きさと、地殻の“硬さ”で計算されるマグニチュード値)が主流です。


M1.0:TNT火薬480 g分
M2.0:TNT火薬15 kg分
M2.3:「同時多発テロ」で「世界貿易センタービル」が崩壊した時の衝撃
M6.0:「広島」に落とされた原爆の爆発エネルギー 、直径10~数十mの隕石の落下衝撃

M6.8:「新潟県中越地震」(2004年)
M7.3:「兵庫県南部地震」(阪神・淡路大震災)
M7.9:「関東地震」(関東大震災)
M8.0:「濃尾地震」(「日本」史上最大の内陸型地震)、直径100m台の隕石の落下衝撃、TNT火薬1500万t分
M8.0~8.5:想定される「東海地震」「東南海地震」「南海地震」など
M8.5:「明治三陸地震」 (1896年)
M8.4~8.7:「宝永地震」(1707年)
M8.3~9.6:「貞観地震」 (869年)
M9.0:「東北地方太平洋沖地震」、「アポフィス」(直径約400m)の小惑星が地球に衝突した時の衝撃地震

M9.2:「アラスカ地震」(1964年)
M9.1~9.3:「スマトラ島沖地震」 (2004年)
M9.5:「チリ地震」 (1960年)(世界史上最大と言われる地震)

M10.0:地球上で起こりうる最大の地震
M11~12:直径10kmの隕石の落下の衝撃と地震(←恐竜が絶滅するレベル、専門用語で「大量絶滅」)
M12.0:地球を丸一周する長さの逆・正断層が動く(地殻が完全に断裂する)
M14.5:後期重爆撃期にあったとされる、直径400km級の小惑星が地球に衝突した際に、解放されるエネルギー?←NHKの地球大進化でやってた、40億年前に地球に衝突したといわれる隕石
M18.0:ジャイアントインパクト
M19?:地球が破壊される
M27.5:超新星爆発


 現在、世界史上で起きた最大の地震は、M9.5の「チリ地震」と言われています。この地震では1000km四方で有感の揺れが生じ(関東地方が震源だったら、「北海道」の北端(「稚内」)~「九州」南端(「鹿児島」)の範囲内で体に感じる揺れが起きる)、発生した津波が太平洋を横断して20000km近く離れた日本にも6mの高さとなって押し寄せました。今のところ、観測記録や地質調査などでこれを超える地震は確認されていません。

 理論上おこりえる最大の地震はM10.0と言われています。これは、プレート運動で溜められる最大のひずみから計算していると思われます(僕の勝手な解釈)。プレートにひずみがたまればたまるほど、それが一気に放出された時の地震エネルギー(「マグニチュード」)は大きくなります。その一方で、プレートの物理的性質や摩擦の関係で、ためられるひずみにも限度があります。それがM10.0あたりらしいです。

 それを超えるエネルギーは、人類滅亡のレベルになります。今回の地震は、「日本」国内で想定されていた地震の規模(M8~8.5)をはるかに上回ったのです。世界史上でも4番目の大きさで、なおかつ人口密集国で起きた最も巨大な地震と言えるでしょう。なお、「マグニチュード」は値が大きいほど正確な数値を求めにくいため、何度も修正されたのです。
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名言集 その48

真実は人の数だけ存在する
(加持リョウジ:新世紀エヴァンゲリオン)
 この人の言うことって、今思えば一つ一つに深みがありますね。つーか、大学生辺りになって加持さんの台詞使ってみてえ…という思い上がりをし始めました。共通の真実は1つしかないけど(「真実はいつもひとつ!」)、一人一人のATフィールド(心の壁)に隔てられた内面世界があるため、人の数の分だけ真実、物語ができていく、ということを意味しているのでしょう。

われわれ凡愚の人間は、精神的には始終、人殺しをしているようなものなんです
(金田一耕助:八つ墓村)
 ようするに人はしょっちゅう心の中で○○をぶちのめしている(殺している)妄想をするということです。建前上は否定しても本音では「ですよね~」と頷いてしまう事実であります。「八つ墓村」は、人の心理を色々な面からズバズバ突きまくっておる凄く深い作品です。

虎はなぜ強いとおもう?もともと強いからよ。お主はもともと弱いから、そのような凶相になるほど剣の修行をせねばならぬのだ。
(前田慶次:花の慶次~雲の彼方に~)
 自分自身でここまで言い切れるのがすごいですね。

ゆっくり急いでね
(不明)
 焦っちゃいけないけどゆったりと心に余裕をもってできないジレンマを表わしています。

卒論は、諦めと開き直りによって完成する
(太郎:太郎の部屋の管理人)
 矛盾点を全て無くそうとしたら決して終わらないのが卒論であります。ある程度の所で見切りをつける、こじつける決断が重要ですね。

超巨大地震が起きた日

 あの3月11日14:46のことでした。その時僕は「新潟」の会社の建物の中にいましたが、そのとき震度4の揺れが2分にわたって続きました。この程度の揺れにしては異常に長かったため、もしかしたらどこか遠くで大地震が起きているのでは?と薄々思いました。さらに、一瞬「まさか、東海地震じゃ?」とも思いました。速報で発表された最大震度は7と、7年前に起きた「新潟県中越地震」以来で、マグニチュードも7.9と、88年前に起きた「関東地震(関東大震災)」と同じです(←マグニチュードは修正前の計算です)。

 これだけでもすごい地震が起きたと思いました。しかし、その後テレビ中継で大津波が「太平洋」沿岸を襲う様子を見ていてこの地震が以下に凄まじいものかと思い知らされました。津波情報では6~10mの波が予想され、「三陸海岸」沿いの街並みや「仙台」の平野などが次々に黒ずんで大量のがれきを巻き込み、所々炎を上げた(流れた油に引火した)津波に飲み込まれる様子を見て唖然としました。津波については小学校のころから学校で教えられ、7年前の「スマトラ島沖地震」の津波でその恐ろしさを知ったつもりでした。しかし、今回の津波は自分の住んでいる同じ国の中、普段見慣れている景色や街並み、昔訪れた事があるような場所が次々になぎ倒されていったのです。しかも、流されていく建物の中には考えたくはないけど人もまだいたでしょうし、津波から逃げようとしている車が次々に巻き込まれていく様子も鮮明に写っていました。まさに地獄絵図です。

 さらに、「首都圏」でも製油所が炎上したり建物が損壊したりして交通は完全麻痺、帰宅難民であふれかえりました。話によると、震度5強の揺れが5分近く続いたとか。

 一方、「福島第一原子力発電所」の原子炉を覆う建屋も水蒸気爆発により次々吹き飛んだり炎上したりして今も予断を許さない状況が続いています。一部の人では「アメリカ」の「スリーマイル島」での事故に匹敵する、といわれているほどです。

 しかも、この大地震、はじめはマグニチュード7.9とされていましたが、⇒8.4⇒8.8と修正が繰り返され、最終的には9.0と、世界で観測された地震で4番目に巨大な物になりました。400~500kmにわたりプレート同士が20m近くずれたそうです。マグニチュード9.0は単純計算で「兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)」(マグニチュード7.3)の約360倍、「関東地震(関東大震災)」(マグニチュード7.9)の約38倍です。

 そしてその後もマグニチュード6以上、震度5以上の大きな余震が「東北」地方全域、さらには「甲信越」や「静岡」方面にも14回起きています(3月16日までの5日間)。
 

3月11日
14:46 三陸沖 M9.0 最大深度7
15:06 三陸沖 M7.0 最大深度5弱
15:15 茨城県沖 M7.4 最大深度6弱
16:29 三陸沖 M6.6 最大深度5強
17:01 福島県沖 M5.8 最大深度5強
20:37 岩手県沖 M6.4 最大深度5弱

3月12日
3:15 新潟県中越 M6.6 最大深度6強
4:32 新潟県中越 M5.8 最大深度6弱
5:42 新潟県中越 M5.3 最大深度6弱
22:15 福島県沖 M6.0 最大深度5弱
23:35 新潟県中越 M4.4 最大深度5弱

3月13日
8:25 宮城県沖 M6.2 最大震度5弱

3月14日
10:02 茨城県沖 M6.2 最大震度5弱

3月15日
22:31 静岡県東部 M6.4 最大震度6強

3月16日
22:31 千葉県東方沖 M6.0 最大震度5弱


 詳しいことはまだ分かりませんが、「東北」沿岸で想定の範囲をはるかに上回る震源域で一気にずれが生じ、そのエネルギーで「甲信越」や「静岡」の地震をも誘発したようにも見えます(根拠は無いけど)。「日本」は今、とんでもない事態に巻き込まれています。

 この数日は、友人や知り合いの無事の確認に携帯やらmixiを使いまくる毎日でした。とりあえず、一通りの関係者の無事が確認でき、それが僕個人の救いになりました。

九州新幹線全線開業、イベント自粛で静かな発進
読売新聞 3月12日(土)10時48分配信

 九州新幹線鹿児島ルートは12日、博多―新八代駅間が開通し、博多―鹿児島中央駅間(257キロ)の全線が開業した。

 昨年12月に全線開業した東北新幹線の新青森駅から鹿児島中央駅まで約2000キロが新幹線でつながった。

 JR博多駅では、午前6時10分発の「つばめ327号」の自由席を求めて徹夜組を含め、約50人が並んだ。ただ、東日本巨大地震を受け、各駅の出発式は全て中止。記念イベントの自粛も相次いだ。

 同ルートは、上下合わせて1日137本が運行。博多―鹿児島中央駅は最短で1時間19分、新大阪―鹿児島中央駅は3時間45分で結ばれる。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110312-00000259-yom-soci

 本来なら「青森」~「鹿児島」までが新幹線で繋がる記念日になるはずでしたが、先日の「東北地方太平洋沖地震」で開通式を自粛し、この日から営業を始めました。日本の鉄道自体は完全に直接的な影響が及ばない限り通常運転するものなので(たとえば、昭和20年8月15日も、設備が無事な鉄道は正常ダイヤで運転していた)、開通日をずらすことにはなりませんでしたが、今回の巨大地震で同じ国内があれだけの災害を被ったので記念イベントの中止ばかりは仕方ないとしか言えませんね。今は、過去の日本の歴史で最も甚大な災害が降りかかっている時期です。この日は「九州新幹線」が全線開通したということは頭の片隅に置いて、目の前の災害にテレビを通して唖然するばかりでした。

引退が近付いている2階建て新幹線

JR東 2階建て新幹線「Max」5年後全廃 老朽化進み
毎日新聞 3月9日(水)15時0分配信

 JR東日本は世界唯一のオール2階建て新幹線「Max」(E1系、E4系)を段階的に廃止する方針を固めた。老朽化とともに最新鋭車両の導入に伴う勇退で、来年7月以降、上越新幹線のE1系から順次退役させ、5年後をメドに全廃する計画だ。90年代半ばから上越、東北新幹線で人気を集めた花形車両が姿を消す。【斎藤正利】

 Maxは「マルチ・アメニティー・エクスプレス」の頭文字で、乗り心地や内装などさまざまな面(マルチ)で快適さ(アメニティー)を追求した高速鉄道(エクスプレス)。中距離通勤・通学客の混雑緩和や繁忙期の着席サービス向上を目的に94年7月、12両編成のE1系として上越新幹線に登場した。

 1両当たり座席数は従来より約40%増え、2階席は1列3+3の6人掛けで座席を固定し、車いす対応席や昇降装置、ベビーベッド、パウダールームも設けた。1~2階はらせん階段でつなぎ、2階席からの車窓風景が人気を集めた。現在、6編成72両が東京-新潟方面間を結んでいる。

 E1系をベースに騒音対策に配慮した「ロングノーズ」のE4系は97年12月にデビュー。8両編成を基本に分割や連結が可能なように設計した。8両を2本連結した16両編成の定員は1634人で世界最大。26編成208両が東北を中心に運行している。

 車両の取り換えは営業運転開始から15年が一応の目安とされてきたが、メンテナンス技術の進歩で寿命は10年ほど延びている。E1系は導入から17年、E4系は14年だが、一方で利用客から「2階の固定座席が不便」「通路を広げてほしい」「車両の編成がばらばらでホームの乗車位置が分かりにくい」などと改善を求める声も寄せられていた。

 東日本管内の新幹線は大宮駅から東北、上越、長野の3方面に分かれ、輸送量や地形、気象条件が異なる上、在来線と併用する山形や秋田のミニ新幹線を抱え、車両の系統や編成をそろえるのが難しかった。Max廃止に伴い、方面別に系統や編成を極力統一することで、ゆったりした車内空間や、乗車位置の固定化などによる利用客に分かりやすい車両編成が可能と判断した。

 東北は13年度末までにE5系「はやぶさ」に置き換え、上越は将来的に雪や厳寒期に強いE2系に統一する。Max開発に携わったJR東日本OBは「2階建ては民営化後の自由な発想から生まれたアイデア満載の車両だった。長い間、よく頑張った」とねぎらった。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110309-00000024-maip-soci

 残念ですね。登場した時は全てが2階建てという強烈なインパクトを利用者に与えたものです。当時は「東海道・山陽新幹線」に2階建てを2両、もしくは4両連結した100系の「ひかり」が走っていましたが、2階席は大体がグリーン席や個室、カフェテリアなどで、大多数の人が2階からの景色を味わえたわけではありませんでした。そして平成6年(1994年)にMaxの「E1系」が登場してから2階席がグリーン券なしでも乗れるようになり、席の争奪戦がかなり激しくなっていました。

 上述のように、座席数を大幅に上げられ、新幹線の輸送力に大きく貢献してきた列車ですが、車体が大きいゆえに速度があまり出ない(最高速度240km/h)、座席の幅が狭い(1列3人+3人掛け、計6人掛けの座席には肘かけが無い)、車種が増えすぎてどんどん過密になっていくダイヤのネックの一つになってしまった、という事象が時代の流れとともに生じてしまいました。確かに、時刻表を見ると車種が多用すぎて後ろのページにある編成図が膨大で複雑になっています。

Maxは、繁忙期の輸送力向上だけでなく、「通勤新幹線」として「群馬」・「栃木」~「東京圏」の乗客の輸送に貢献してきました。その意味では今後ともラッシュ時の混雑緩和などに重宝されそうです。しかし、今の新幹線車両の速度向上化と、今後の「北海道新幹線」や「北陸新幹線」(「長野」~「金沢」)の開通によるダイヤの過密化、複雑化にはどうしてもついていけないのでしょう。

 ある意味、「東北・上越新幹線」も「東海道新幹線」と同じくダイヤの過密化への対抗策として車種の統一を進めていくことになりました。また、来年度中に「山陽新幹線」で最後の活躍をしている「100系」が廃止され、「東北・上越新幹線」で同じく活躍している「0系」の名残を残す「200系」も近いうちに引退するのでは?と言われています。ここ数年前後で新幹線車両がぞくぞくと引退することに、新幹線車両の変遷の加速化が表れています。

ライブ参戦

 2月下旬の週末に、大学の後輩の「がっきーぞみお」のお誘いで、「さいたまスーパーアリーナ」で開かれたライブの参戦に行ってきました(ちなみに、人生初のライブ参戦です)。バンドグループは、ここ1~2年の間で10~20代の世代を中心に広まっている「放課後ティータイム」をはじめとする「桜高軽音部」の方々で、ライブ名は「けいおん!! ライブイベント 〜Come with Me!!〜」です。

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 いつもの習慣で朝に起きましたが、昼までグータラしていたい眠さでした。ライブは力任せにはしゃぐことになるでしょう。

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 ライブライトをはじめとするライブ関連のグッズの並び具合です。ある意味コミケより順番待ちがハードです(コミケは早並びしなければ、昼ごろに順番待ちせずに会場入りできるので)。ポケットに収まる文庫本などが非常に重宝されます。

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 会場内にはこんな造花が。デジカメ持ち込み禁止のため、携帯電話で撮影しました(携帯で撮影しても問題ない場所です)。

 ライブですが、16:00~19:30の3時間半にわたって行われました。観客動員数は37000人で、見た感じ8割が男、年代はほとんどが10代半ば~20代後半でした。女子トイレに比べて男子トイレに圧倒的に長蛇の列が出来ている事態です。そして、とにかく盛り上がりっぷりやはしゃぎっぷりがガチです。カラオケで熱唱したりワーワー叫んだりするのとはレベルが違います。各OP・EDをはじめとして挿入歌やキャラソンのオンパレードで、合間にティータイムなどがきちんと設けられました(はしゃぎっぱなしでは疲れるので、いいタイミングで休憩できます)。また、特別ゲストとして監督の「山田尚子」が登場しました。監督が登場人物の中で一番輝いていたのに驚きました。そんなこんなで3時間半が経過し、アンコールを3回(計6曲)も行いこのライブは終わりました。声は枯れて汗だくになり、次の日は筋肉痛になりそうです。解散後はすぐに新幹線に乗って直接「新潟」に戻りました。次の日は仕事ですが、めっちゃ昼出勤したい疲れに襲われました。

とあるヨーロッパの駅の配線!?

 『「配線を語る」を支援するサイト』(http://haisenzu.tripod.com/)には様々な鉄道路線の配線を紹介されていますが、その中にはヨーロッパの鉄道配線図もあります。その中の「Emplacementstekeningen Zwitserland」(http://www.sporenplan.nl/html_nl/sporenplan/sbb/start.html)というサイトでは「スイス」の鉄道路線の配線がPDFファイルなどで数枚に分けてで表示されています。

無題
 そのうちの1枚がこちらです(http://www.sporenplan.nl/figuren/tekeningen/sbb/zuerich-winterthur.pdf)(容量がでかいので、半分くらいトリミングしました。全て見たい方は上述のURLからご覧ください)。

 めちゃくちゃ凄いですね。「スイス」自体が国内のどこにいても16km進めば必ず鉄道路線にたどりつけ、電化率100%の鉄道(電車)大国なだけあって線路の量がすごいです。そして駅や車両基地?の規模が凄まじく配線がやばいです。山谷のイメージがある国でこの線路の量は凄く感じますね。

 「日本」では「上野」や「向日町車両基地」などがこれに匹敵する規模ですが、注目すべきは「日本」ではそれほど数が多いとはいえない?「両渡り付交差」(英語で言う「ダブル・スリップ・スイッチ」、以下、短縮形の「DSS」と記述)が多用されていることです。何本も平行に並んでいる線路に相対的に斜めに別の線路を通して、両者が交差する場所にそれを設置しています。そうすることで列車が端から端まで線路を渡り歩くことができます(図の右下の駅の配線に注目!)。上の配線図にみられる「DSS」を多様する配線は、ヨーロッパの鉄道でよくみられるみたいです。

450px-Double_slip_at_Munich_central.jpg
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Double_slip_at_Munich_central.jpgより。
 こちらが「DSS」です。このように斜めに交差している2本の線路を2つ(細かく見れば4つ)の分岐器が合体して、どの方向からでも直進と曲進(緩やかな方向だけにね)が出来る仕組みです。「DSS」は、小スペースで多種の方向転換を行える一方、メンテナンスが大変なことから、「日本」の旅客鉄道ではあまりみられず(ダイヤが過密なことも影響している?)、車庫などでよくつかわれます。

本年初すべり

 二月の半ばに、同僚と近くのスキー場へスノボーをしに行ってきました。僕にとっては1年ぶりのすべりということで、仕事で外に出ているものの最近ハードな運動をしていないので次の日からは筋肉痛になることを想定しました。

 場所は「新潟」市内から車で1時間の場所にある二王子山スキー場(二王子スノーパークninox)です。「新潟市」からは恐らく最も身近で大規模なスキー場で、「新発田駅」からは無料シャトルバスもでている、車が無い人にも便利なところです。標高は一番下が317m、頂上が936mで、落差は619mあります。ここの特徴は、麓の初心者コースと上の中~上級者コースの落差が激しいことです。コースの長さは麓の初心者コースが約1km、上の中・上級者コースが約2kmと1:2の比ですが、落差は約100m:約520mの比で、単純計算で角度が1:2.5の比になります(上のコースは2.5倍急)。はっきり言ってスキー用のコースでスノボーにはきついです。もはやこけながら滑るのみ、アイスバーンなどがあったらトラウマしか残りません。

 しかし、先日の雪でコースはふかふか、そしてめちゃくちゃ空いていたので滑り放題でした。最初は初心者コースでならそうとしましたが、その場のテンションでいきなり山頂まで行って1日で上のコースを9往復くらいしました。スベッタ距離は20kmを越えてますね。で、滑り具合ですが、急な場所はこけるしかないです。スノボーは緩斜面じゃなけりゃあこけてなんぼです。そのうち新雪の溜まっているコース外に飛び込んで遊びましたが、たまに45度以上の急斜面の淵が近くにあったりで、あまり調子に乗らないほうがよさそうです。時折天気が悪くなりましたが、全体的にはいい天気で町にも近く、絶好の穴場スキー場でした。

 次の日、転びまくった影響で首が少々筋肉痛であとは何ともなかったのですが、捻挫しました。どうやらこけて仰向けで滑走しているときに雪面に接触していたボードが、柔らかい新雪の中に隠れたアイスバーンにひっかかって足首に変な力がかかったようです(こけたときはボードを宙に浮かせるべきだが、このときはこけた勢いが小さく、雪が軟らかくて油断した)。ブーツがいつの間にやら緩んでいたのも原因でしょう。会社では「帰還した戦場カメラマンwww」と言われましたとさ。

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 麓は非常に緩やかなので、家族連れも非常に多いです。スノボーでもスイスイ滑走でき、コナンのBGMが脳内で再生されます。上のコースでは、再生されてもすぐに停まります。

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 頂上へ行くリフトから撮影。このスキー場は海に近く、上からは「日本海」が一望できます(写真上の少し青っぽいところ)。麓の初心者コースが物凄くまっ平らに見えます。
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