「東北地方太平洋沖地震」 その8 超巨大地震と巨大津波についての、最近の研究

 前回と前々回の記事で、「東北地方」と「東海~南海地域」で過去に起こった連動型の超巨大地震・巨大津波を発生させる地震について述べました。これらの地震は、最近の研究で「東北地方」などでも起こりえることがわかってきました。今回は、「東北地方」で過去に起こった、そして今後起こりえる連動型の超巨大地震・巨大津波を発生させる地震の、ここ数年の研究状況を、以下のサイトの記事から引用します。これらの研究は「東北地方太平洋沖地震」が起こる10年近く前にすでに進められていました。
参照サイト↓
「いま読む 震災前の警告」のニュース一覧



【いま読む震災前の警告】2009年07月27日 産経新聞 東京朝刊

■1000年間隔で襲う津波  被害軽減へ対策急務

 東北地方の太平洋沖で起こる海溝型地震は、しばしば甚大な津波被害を及ぼしてきた。近年の津波被害の多くは岩手県を中心とした三陸海岸で起きているが、平安時代の歴史書「三代実録」には、宮城県・仙台平野を襲った大津波の記述がある。869(貞観11)年の貞観津波だ。東北大学や産業技術総合研究所(産総研)の調査研究で、仙台平野の内陸部に達する巨大津波は、約1000年ごとに起きていることが分かった。貞観津波からはすでに1100年以上が経過しており、巨大津波を想定した地震対策が求められる。(中本哲也)

 ≪浪分神社≫

 『陸奥国地大震動 流光如昼隠映 頃之 人民叫呼 伏不能起…』 

 三代実録には、貞観津波による被害の様子が詳しく記されている。

 大きな揺れと発光現象。人々は立つこともできずに叫び、城郭や倉庫の崩落、倒壊は数知れず。城下を襲った津波で原野と道路が海のようになり、溺死者は約1000人に達した-と被害のすさまじさを物語る。

 仙台市若林区の陸上自衛隊霞目駐屯地のすぐ近くには「浪分神社」という小さな神社がある。東北大学理学研究科博士研究員の菅原大助さんによると、貞観津波の直後に建てられた神社で、現在の海岸線から約5キロ離れたこの付近(当時は海岸線が今より1km内陸寄りだったため、実際は約4km)まで、津波が到達したと伝えられる。
 菅原さんらは、浪分神社から海岸寄りの水田地帯で地質調査を行い、津波堆積(たいせき)物の分布を調べた。その結果、915年の十和田湖噴火で積もった火山灰の直下に、貞観津波で海から運ばれた砂の層が確認された。津波堆積物の到達ラインは現在の海岸線から約3キロ。津波は、当時の海岸線から少なくとも2・5キロは内陸に遡上したと推定される。

 ≪波高10メートル≫

 地質調査などに基づき、東北大災害制御研究センターの今村文彦教授らはコンピューターによるシミュレーションで貞観津波を再現した。

 海岸線での津波の高さは高い所で10メートルを超える。菅原さんは「三陸のように複雑に入り組んだ海岸線でなくても、大規模な津波は起きる」と警鐘を鳴らす。
 産総研でも、仙台平野と石巻平野で東北大と同様の津波堆積物調査を行った。貞観津波の実態解明と、それ以前の津波履歴を探るためだ。東北大の調査では、貞観より古い(深い)地層に2層の津波堆積物があった。産総研でも3~4層の津波の痕跡を見つけており、いずれも「およそ1000年間隔で、貞観タイプの巨大津波が発生した」と結論づけた。
発生周期からは、貞観以来となる仙台平野の巨大津波は「いつ起きてもおかしくない状況」にあると考えられる。


 ≪減災に貢献≫

 宮城県沖では、平均37年ほどの短い間隔でマグニチュード(M)7・4前後の海溝型地震が発生する。30年以内の発生確率が99%とされる宮城県沖地震だ。

 貞観タイプの震源断層は、一般的な宮城県沖地震よりも日本海溝に近い深海底に潜んでいると考えられる。「水深が深いほど、持ち上げられる海水の量が増えるので、海岸に押し寄せる津波は巨大化する」と、菅原さんは説明する。

 深海底の断層は直接調査が難しい。震源断層の規模や位置の推定精度には限界もあるが、菅原さんは「陸上での調査研究を進めることで、被害軽減につなげたい」と話す。産総研は、今後の防災対策に役立てるため、調査結果に基づく津波浸水履歴図を公表する方針だ。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/507840/より。




【いま読む震災前の警告】2005年07月25日 産経新聞 東京朝刊

■東北・「明治三陸地震」型 北海道・500年間隔地震

■宮城県沖→連動型なら10メートル超も


 北海道、東北の太平洋沿岸を、インド洋大津波に匹敵する高さ20メートル前後の大津波が襲う可能性がある。中央防災会議(会長・小泉純一郎首相)の専門調査会は先月、千島海溝・日本海溝周辺で起こる海溝型地震による震度と津波の高さの検討結果を公表した。特に大きな津波を起こす恐れがあるのは、東北沖の「明治三陸地震」型と北海道沖の「500年間隔地震」だ。(中本哲也)

 北海道・東北地方の太平洋沖では、千島海溝・日本海溝を境に、海側の太平洋プレート(岩板)が陸側の北米プレートの下に沈み込んでいる。沈み込みの速さは1年間に8-9センチ、地球上のプレート境界の中でも最も速く、マグニチュード(M)8級の巨大地震と津波が繰り返し発生することが知られている。

                   ◇ 

 1896(明治29)年の明治三陸地震は、この海域で起こる海溝型地震の中でも特異なタイプのものだった。地震による揺れは震度3程度だったが、日本の災害史上でも最大級の津波を起こしたのだ。三陸沿岸は津波の多発地帯だが、揺れが小さかったために住民が警戒心を解いたところに、大津波が襲ってきた。

 岩手、宮城、青森、北海道で津波による死者は計2万2000人にものぼり、家屋の流出、全半壊は1万棟を超えた。岩手県綾里(りょうり)村(現大船渡市三陸町綾里)では、リアス式海岸の湾奥から駆け上がった津波が、高さ38・2メートルの小高い場所まで達した。

 揺れは大きくないのに、大きな津波を起こす地震は「津波地震」と呼ばれる。震源の断層がゆっくりと大きく動いたと考えられる。インド洋大津波を起こしたスマトラ島沖の地震にも、同じような特徴がみられた。

 「地震があったら津波に用心」。綾里湾の防波堤には、当時の教訓を伝える標識が設置されている。

 中央防災会議の専門調査会は、明治三陸地震と同タイプ
の地震が起きると、三陸海岸のほぼ全域で海岸線での津波の高さが5メートルを超え、岩手県宮古市や大船渡市では20メートル以上になると推計している。
津波の到達までには25分程度はかかる見込みなので、揺れの大小にかかわらず「すぐに避難する」という意識が重要だ。

                   ◇ 

 北海道の太平洋側も地震多発地帯として知られるが、「500年間隔地震」が注目されるようになったのは最近のことだ。このタイプの地震が最後に起きたのは17世紀初めごろと推定されているが、人による記録は残っていない。

 北海道沿岸地域の地層調査で、津波による堆積物が何層もあることが、近年の調査でわかった。過去6500年の地層の中に10数回の津波の痕跡があり、平均すると約500年に1回、大津波が襲来していることを示しているという。

 「500年に1度」というと、現実的な危機感を持ち難いかもしれないが、前回の発生からすでに約400年が経過している。発生間隔には幅があることを考慮すれば、次の発生を警戒すべき時期を迎えているといえる。

 予想される津波の高さは、えりも町や広尾町、釧路町などで15メートル以上。津波堆積物は海岸線から数キロ離れた内陸でも確認されている。

                   ◇

 30年以内の発生確率が99%とされる宮城県沖地震でも、津波に対する警戒が必要だ。前回、1978(昭和53)年の宮城県沖地震(M7・4)では、ブロック塀の倒壊などで28人が死亡したが、津波被害はなかった。しかし、1793年には牡鹿半島東方沖の震源域と、さらに沖に位置する別の震源域が連動し、M8・2の大地震が発生している。

 専門調査会は、連動型の場合は、大船渡市で10メートル以上、岩手、宮城両県の沿岸で5メートル以上の津波が押し寄せると推計している。「震源は宮城県沖」と聞いて、「前回は津波がなかったから今回も大丈夫」と、経験だけで判断するのは危険だ。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/507841/より。

 もはや、「東北地方太平洋沖地震」の預言書ともいえる内容です。これらの研究も、5~10年前にかなり認識されつつはあります。しかし、連動型超巨大地震や巨大津波を発生させる地震(特に「東北地方」)は、歴史的資料が少なく(連動型なのか?複数の地震がそれぞれ別個に起こったのか?を証明しづらい)、それらの周期や特性を研究する途上にありました。そして、連動型超巨大地震や巨大津波を発生させる地震は、専門家の間で認識はされつつあってもその分野全体に、そして一般人や行政にその感覚が広く浸透するまでにはまだ時間がかかったのです。他にもこのサイトでは、「東海~南海」における連動型超巨大地震についても触れています。

参照↓
「東北地方太平洋沖地震」 その1 マグニチュードについて
「東北地方太平洋沖地震」 その2 揺れについて
「東北地方太平洋沖地震」 その3 「前震」と「余震」と別の地震の誘発について
「東北地方太平洋沖地震」 その4 他の地震の誘発について
「東北地方太平洋沖地震」 その5 「貞観地震」との関連ついて
「東北地方太平洋沖地震」 その6 過去に起きた連動型超巨大地震
「東北地方太平洋沖地震」 その7 M9級の超巨大地震が想定され“にくかった”理由
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停車駅が多くても少なくても所要時間が変わらない「東海道新幹線」の「ひかり」

 鉄道は基本、停車駅が少ないほど走る区間の所要時間が短くなります(多ければその逆)。しかし、停車駅数が変わっても所要時間が変わらないことがあります。ここでは、「静岡」に停車する「東海道新幹線」の「ひかり」を例に挙げます。

 現在、「静岡」に停車する「ひかり」は、早朝と夜を除いた日中は上下線ともぴったり1時間の周期で運転されています。「東京」~「静岡」間では

「東京」→「品川」→「新横浜」→ レ →  レ  → レ → レ →「静岡」
「東京」→「品川」→「新横浜」→ レ →「熱海」→ レ → レ →「静岡」
「東京」→「品川」→「新横浜」→ レ → レ →「三島」→ レ →「静岡」
(上り列車は矢印の向きが逆)


と、「新横浜」~「静岡」間の駅には全く停車しない場合、もしくは「三島」か「熱海」のいずれか1駅に停まる場合があります。新幹線の場合、1駅停車すると停車しない場合と比べて全体の所要時間が4~5分延びます(停車時間が1分の場合)。しかし、現在のダイヤでは上述の場合、いずれも「東京」~「静岡」間の所要時間は、上り列車が64分、下り列車が63分に統一されています。

 この「ひかり」は、「静岡」~「新大阪」間では現在は停車駅の数が統一されているため、所要時間も全ての便で同じです。しかし、かつては「静岡」~「名古屋」間でも

「静岡」 → レ →  レ  → レ → レ →「名古屋」
「静岡」 → レ →「浜松」→ レ → レ →「名古屋」
「静岡」 → レ → レ →「豊橋」→ レ →「名古屋」
(上り列車は矢印の向きが逆)


と、3種類の停車パターンがあり、そこでも「静岡」~「名古屋」間の所要時間は統一されていました。

 この所要時間統一の試みは、「静岡」に1時間ごとに「ひかり」を停めるようになった平成元年(1989年)ごろから始まり?、「のぞみ」が登場して「静岡」停車の「ひかり」が「静岡」で「のぞみ」を待避するようになった平成5年(1993年)に定着して、現在に至っています。停車駅が少ない列車に関してはその分所要時間を短くすればいいように見えますが、それをしなかったのは、ダイヤを完全に統一するためなのです

 「静岡」などの中規模都市の駅に「ひかり」を停める前は、「東海道新幹線」のほとんどの列車は途中「名古屋」と「京都」の実に停車する「ひかり」と各駅停車の「こだま」の2種に区分されていました(「新横浜」」や「米原」に停車する例外もわずかにあった)。この停車パターンは、各駅の利用者数を計算に入れて設定していますが、停車パターンを統一させてダイヤを簡潔にする(←当時の信号システムにやさしく)、という目的もありました。年々「東海道新幹線」の運転本数が増大する中で、「停車パターンの異なる「ひかり」を入れてダイヤを複雑にしたくない!」という本音があったのです。

 このことから、「静岡」などの中規模都市の駅に停車する「ひかり」を設定した時から、ダイヤの複雑化を最小限に抑えるために、その「ひかり」の所要時間を統一させていったのです。

 所要時間を統一させる方法は、列車の速度調整です。現在、「熱海」や「三島」を通過する「ひかり」は「熱海」~「静岡」間で減速して、「熱海」や「三島」に停まる「ひかり」に所要時間を合わせています。(「浜松」、「豊橋」をも通過していた時代は、「静岡」~「豊橋」間でも減速運転をしていた)。停車駅の少ない「ひかり」で走っているときに「あれれぇ~?さっきと比べてなんだか遅いぞ~」と感じるのは、その区間で時間調整のための減速運転をしているからなのです。利用者からしたら「あっ!この「ひかり」は途中停車駅が少ないから少し速く移動できるんじゃなイカ!!」と思いますが、実際は変わらんのです。速くなっている気になっているのです。逆に、この事情を知った人の中には「どうせ所要時間が変わらないなら、「熱海」・「三島」・「豊橋」などにも毎本停めればいいじゃないか!」と言いそうですね。まあ、こういう停車パターンを撮っているのに、「各駅の利用者数に比例させる」、「利用者の振り分けをする」、「「熱海」・「三島」・「豊橋」の停車を限定することで、列車の加速減速の数が減り、その分節電になる」、などの理由が考えられますが。

 この時間統一運転は、運転本数の多い朝、日中、夕方に適用されます。一方、運転本数の少ない早朝や夜はダイヤの制約から解放されるため、各列車が思う存分に速度を挙げることが出来ます。ですので現在のダイヤでは

「東京」~「静岡」間
上り:最短で58分(日中は64分に統一)
下り:最短で55分(日中は63分に統一)

「静岡」~「名古屋」間
上り:最短で46分、52分(日中は58分に統一)
下り:最短で44分、53分(日中は58分に統一)


となっています。要は、「東海道新幹線」のダイヤにゆとりが出来るか、「ひかり」を優先するダイヤになれば今の車両性能(特に「N700系」)では、この最短時間で行き来できるということです。当分は難しいですね。

※「静岡」~「名古屋」間の最短所要時間「44分、46分」は「静岡」~「名古屋」間ノンストップの場合、「52分」は「浜松」に停車した場合、「53分」は「浜松」と「豊橋」に停車した場合の所要時間です。

【動画】『卒業研究でありがちなこと3(ゼミ発表・研究生活・補足)』

 久しぶりに【動画】「卒業研究でありがちなこと」シリーズをうpしました。以前の2作は2月にうpして、続きは
半年ほど作成をサボっていましたが、盆休みに急に作りたい気分になって再開しました。

サボってて ゴメンゆるして ヒヤシンス



 卒業研究ありがちなシリーズ第3弾です。今回は、ゼミ発表の続き・研究生活・原稿執筆の補足ネタです。次回で完結します。

使用したBGM
『【初音ミク】You鬱【卒論まっさかりな人へ】』(http://www.nicovideo.jp/watch/sm2166290
『【死ぬほど眠い初音ミクのオリジナル曲】「シンヌフォード・ヌエミー」』(http://www.nicovideo.jp/watch/sm6676165
『『ホットココア~徹夜のうた~』を自分で実践してみた【白黒P】』(http://www.nicovideo.jp/watch/sm9057302

関連動画
卒業研究でありがちなこと1(始まり・文献・実験・野外調査)(http://www.nicovideo.jp/watch/nm13588394
『卒業研究でありがちなこと2(野外調査・原稿執筆・ゼミ発表)』(http://www.nicovideo.jp/watch/nm13660758
『【卒論の歌】Give a credit (of graduation research)』(http://www.nicovideo.jp/watch/nm13521412

背景画像:「太郎」撮影

お盆休み その4 ちょい寄り道

 次の日からまた平日となるので8月17日の朝に「静岡」を発ち、「新潟」へ向かいました。しかし、ただ向かうだけでは面白くないので、「東京」の「江戸東京博物館」で今開かれている「東京の交通100年博」へ行ってきました。

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 館内で唯一撮影可能な「ヨヘロ」(1形)車両です。主に大正時代の都電で活躍していました。

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 都電の代表格でもある「6000形」です。30年ほど前まで「都電荒川線」で活躍していました。

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 雪の季節によく新聞に出ている「ササラ電車」です。現在は「北海道」の路面電車路線で活躍しています。この車両は、かつて東京の路面電車で活躍していた「ヨヘロ形」を除雪車として改造したもので、今回の展示で76年ぶりに「東京」へ里帰りしました。

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 近くに「三丁目の夕日」のセットがありました。

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 有志がつくったジオラマが複数展示してありました。これらのジオラマの凄いところは、「東京」の鉄道の特徴をよく再現している点です。鉄道路線同士の立体交差やそこを走る車両が忠実に表わされています。

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 「王子駅」とその周辺のジオラマです。「荒川線」やら「東北新幹線」の線路やらが忠実に立体交差しています。さらに、地下鉄「南北線」がジオラマの床の下を通っていました。再限度パネエです。

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 「東京駅」で2つの「E2系」が並んでいました。右側が「東北新幹線」を走る「はやて」、左側が「北陸新幹線」を走る「あさま」です。外見で見分けるコツは色です。ピンク帯が「はやて」(「E2系1000番台」)、紅帯が「あさま」(「E2系」)です。

 そんなこんなでおやつの時間帯に「新潟」へ戻りましたが、寝みいです。まったくもって疲れが取れてないです。

お盆休み その3 連休とは精神を休めて肉体を酷使するもの

 休日は平日にためた疲れを取り除くためにあるものですが、調子に乗って夜更かししたりどこか外出したりで結局予定通りに完全除去しづらいものです。そして盆休みもまさしくそうでした。

 コミケ最終日を過ごした後妹と別れて「静岡」に戻りましたが、「静岡」も無風状態のとんでもない暑さです。これだけでも体力はそぎ落とされます。実家に帰ると元気に過ごす家族と再会して急激に気が抜けてゆきます。そして、連休なのをいいことに最近サボっていた自作動画の「卒業研究でありがちなこと」の作成を始めて夜更かし三昧でした(完成したらまた公開しますよ)。

 翌日は家族総出で墓参りに行きました。お盆休みの正統派行動パターンであります。その日は昼食夕食、食いまくって余計に胃に負担がかかって眠くなりました。それにもかかわらず、動画作成+グダグダネットサーフィンで3:00頃まで置き続けました。

 その翌日は祖父母と飯を食べに行き、夕方は同僚と飲みに行きました。「沖縄」に勤務している彼と色々と近況報告をしあいましたが、それぞれなんとかやっているようですね。

 その夜は、以下同文。

 そんなこんなで2日ほど実家でグダグダ過ごし、その翌日の朝に発ちました。今までの間隔から、実家に3~4日いるのが一番グダグダせずにかつそれなりにゆっくり過ごせるのでそうしたかったのですが、「東京」滞在に2日割いたので仕方ありませんね。なんだか、休みの限られる社会人のジレンマです。
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