「東北」旅行 6日目 その2 「信越本線」廃線跡を歩く その1 「横川」~「碓氷第三橋梁」

 廃止になった「横川」~「軽井沢」間11.2kmのうち、「横川」~「碓氷第三橋梁」間の4.8kmが遊歩道として整備されて気楽に歩くことができます。そのうち2.6km(「横川~「峠の湯」)が新線部分になり、片側の線路でトロッコ列車を走らせています(「軽井沢」までの復活運転の伏線?)。さらに上の2.2km(「峠の湯」~「碓氷第三橋梁」)は旧線、すなわちアプト式として運用されていた路線の方を通ります。

 ちなみに、廃線跡と言っても一般人が手ぶらでも歩けるように遊歩道として整備されているので、完全な初心者コースでもあります。上の階級コースだと道が無かったり山あり谷あり藪ありで歩くのが大変なばかりでなく、命がけになる場所も出てくるでしょう。当然立ち入り禁止の場所も多いので社会的リスクも高いです。

 なお、廃止になった「横川」~「軽井沢」間は11.2kmの距離があり、高低差は552mという険しさ。26の隧道と18の橋梁があります。開通したのは明治26年(1893年)と今から118年前ですが、この区間は1年9カ月という驚異的に短い工期で完成しました。今の時代では安全面と力の投入などからあり得ない(もしくは不可能?な)ことをこんな昔にやってのけているのです。

碓氷峠(横川~碓氷第三橋梁)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/4/43/%E7%A2%93%E6%B0%B7%E5%B3%A0%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7.pngに加筆
 「横川」~「軽井沢」間の見取り図です。赤線が明治から運用されていた旧線(構造物はレンガ)、青色線は、昭和~平成、今から15年前まで運用されていた新線(構造物はコンクリート)です。旧線と新線が重複している部分は、新線が旧線の構造物を改築・再利用しています。緑線で示している「北陸新幹線」は、勾配を緩和するために在来線よりも大回りになっています。図中の番号は、以下の写真の大体の撮影地点です。

※これから載せる写真には、後日(4月1日)に撮影したものもあります。


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 「横川」~「峠の湯」間2.6kmは、大体こんな景色です。平成9年(1997年)に廃止になったばかりの区間です。元は複線で片側(上り線)が遊歩道化されて線路が舗装に埋まっています。もう片側(下り線)は現役でトロッコ列車がたまに走っています。

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 上に見える橋は「上信越自動車道」です。ここでは道路がだいぶ上ですが、「碓氷第三橋梁」では線路が格段と上に位置します。このあたりの線路のこう配は25‰でまだだいぶ緩やかですが(それでも鉄道にとってはかなり急)、すでに坂道感を体に感じています。


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 線路、砂利だけでなく、河川や信号設備などもそのまま残されています。いつでも復活できるように配慮したともいわれ、ただ単に撤去費用を端折りたいからだともいわれています。

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 「丸山変電所」です。これは、発電やこの区間を走る電気機関車の蓄電池貯蔵所として使われました。廃止後はおんぼろ廃墟でしたが、今では文化財に登録されています。この区間は「日本」でもかなり早く電化されました。何故なら、線路が急こう配名分トンネルが斜め煙突状になり、蒸気機関車の煙がトンネルに滞留して乗客乗務員を巻き込んだからです。


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 新線の橋梁の下に、旧線の橋台(レンガ積み)がありました。このへんは、新線と旧線が重複しています。

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 さりげなく通る小川にも、旧線のレンガ積みが見えます。

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 「丸山変電所」を過ぎてから、勾配が66.7‰に変化します。「軽井沢」方面を撮影しました。手前の線路は25‰あります。


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 少し進んだところで「横川」方面を撮影。手前の勾配が66.7‰、奥の緩やかになっている勾配が25‰です。随分高いところから撮っているように見えますが、足を地面に着けて目線の高さから撮影しています。この角度になると、登りと下りでかなり間隔が違います。自転車で下ったらすごく楽しいことになりそうです。一番奥の建物が「丸山変電所」です。

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 66.7‰の勾配線路を横から見ると、こんな風になります。角度は約3.8°、黒色線が水平線、黄色線が線路の傾きを示します。


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 「峠の湯」を過ぎてから、遊歩道は旧線を通るようになります。「碓氷第三橋梁」まで5つの隧道と3つの橋があります。勾配はずっと66.7‰です。

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 1号隧道です。(恐らく)花崗岩性の石垣を周囲に、隧道壁部分にレンガを使用しています。入口から凄い凝り用です。
 テーマパークの廃墟ではありません。かつて本物の鉄道だったものです。多分神隠しにもならないでしょう。

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 隧道の中はこんな感じです。

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 壁天井全面がレンガです。ここまでくると芸術ですね。

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 待避穴もレンガ積みが美しい幾何学を描いています。

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 表面は風化していますが、崩れたところからは新鮮面がしっかり観察できます。


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 「碓氷第二橋梁」です。ここも外壁全部レンガです。これを撮影するには道の無い斜面を歩かなければいけないので、汚れてもいい靴を使った方がいいです。

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 2号隧道内です。下には、このように排水溝が設けられています。

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 2号隧道を「碓氷第三橋梁」側から撮影。カメラを地べたぎりぎりの位置に構えて撮りました。この位置で、すでに線路位置が隧道の天井より高いです。くどいようですが、道路斜面ではありません、線路の斜面です。

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 途中でカモシカに遭遇しました。このカモシカは、20mくらい離れた場所にいた民家の犬4匹に吠えられていました。この遊歩道は、他にも猿や熊や蛇や蜂やヤマヒルが目白押しですって。


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 手前から順に、3号、4合、5号隧道です。5号隧道を抜けると「碓氷第三橋梁」です。
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「東北」旅行 6日目 その1 「碓氷峠鉄道文化むら」

 「東京」から「新潟」へ戻る途中、「信越本線」の廃線跡を見に行きました。場所は「碓氷峠」が間にそびえる「横川」~「軽井沢」間で、鉄道マニアにとってはあまりにも有名な場所です。明治25年(1893年)から「北陸新幹線」が部分開通する平成9年(1997年)の104年もの間鉄道路線が通っていました。

 両駅の駅間距離は11.2kmですが、高低差は552mもあります(海抜は、「横川」が387m、「軽井沢」が939m)。そのため、駅間のうち約8kmが66.7‰もの勾配になっています。←66.7‰は、tanθ=66.7/1000≒1/15(θ≒3.8°)の傾斜です。ぶっちゃけ、15m進むと1m上下する坂道です。

 鉄道にとってはあまりに急なこう配のため(普通は25‰、33‰で相当急な部類)、建設当時は「アプト式」と呼ばれる、路盤にギザギザのレールを設置し、特殊機関車に取り付けた歯車と噛みあわせてこの区間を走破していました。しかし、それでは平均速度速度が9~18km/hと遅くて輸送力に問題が出たため、昭和38年(1963年)に同じ勾配の新線が建設されてそこを強力な電気機関車(「EF-63系」)のけん引で走破するようになりました。昭和41年(1966年)には複線化されました。

 残念ながら平成9年(1997年)に「北陸新幹線」が開通したと同時にこの区間は廃止されました。この区間は「北陸新幹線」が開通する分通る列車や乗客が減る一方、峠越えの車両や設備などの費用が割高で採算が合わないため、「群馬県」と「長野県」で廃止反対運動を行った努力にもかかわらず廃止が決定したのです。しかし、いずれ観光鉄道として復活させる構想を持っているらしく、廃線跡はかなり整備されています。


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 「横川駅」から「軽井沢」方面を撮影。かつては、この先にもずっと複線の線路が延びていました。


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 「横川駅」構内で廃線になった部分を利用して「碓氷峠鉄道文化むら」が造られました。ここには、主に「碓氷峠」越えに携わった鉄道車両が多数展示されている鉄道保存施設です。


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 「碓氷峠」を超える線路は66.7‰というとてつもない勾配のため、当時の車両、特に蒸気機関車では太刀打ちできませんでした。そこで、線路間にラックレールと呼ばれるギザギザのレールを通し、専用車両の床下に着けた歯車を噛みあわせて通過していたのです。

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 かつて、この区間のけん引をになっていた「ED421系」です。この区間は蒸気機関車で運行するにはかなりのリスクがありました(パワーが足りない、線路が傾いているため、トンネル内で煙が逆流するなど)。そのため、電化も早かったのです。

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 床下には、ラックレールと噛みあわせるための歯車が取り付けられています。歯車の歯は位相をずらして3列並んでいます。これは、歯を1列にするよりもかみ合わせがいいからです。この方式を「アプト式」と呼び、「大井川鉄道井川線」の「アプトいちしろ」~「長島ダム」間の90‰勾配区間にも採用されています。

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 施設内には、在来線時代の「あさま」が展示されていました。

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 こちらは、アプト式が廃止された昭和38年(1963年)以降けん引車として活躍した「EF63型」機関車です。車両技術が進歩してアプト式が必要なくなっても、この区間だけは強力な機関車のけん引が必須なのです。これにより、「横川」~「軽井沢」間の所要時間が半分になりました。

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 「EF63型」の連結器は、密着式と自動式の両方が取り付けられ、ほとんどすべての車両と連結できるようにしてあります。

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 奥のヤードには、多くの国鉄時代の鉄道車両が展示されています。これだけ多くの車両を見れる場所は、「日本」国内にそうは無いでしょう。ただ、屋外に展示されているためか?車内には入れませんでした。

「東北」旅行 5日目 博物館めぐり

 移動が多くてだれてきたので、5日目は「東京」都内にいすわって、博物館をぶらぶらめぐりました。


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 「東武博物館」へ行くときに「東武伊勢崎線」を使いました。写真は、「東部浅草」に停車中の特急「スペーシア」です。

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 「東部浅草駅」は一部が急カーブに面しているため、車両とプラットホームの間に20~30cmの隙間ができています。

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 さらに、これも急カーブの影響で、両渡り交差(シーサスクロッシング)が駅から離れた「隅田川」

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 「東京スカイツリー駅」です。旧「業平橋」をリニューアルした駅です。

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 この駅は、「東京スカイツリー」のすぐ足もとにあります。ここからスカイツリーを撮影しても、とても1枚じゃ収まりません。2枚分縦長に撮影して繋ぎ合わせました。


「(東急)電車とバスの博物館」
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「デハ204」です。外観から、ぺこちゃんとか芋虫とかと呼ばれていました。

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 「モハ510」です。

 「電車とバスの博物館」は、「東急」専用の博物館で「東急田園都市線」「宮崎台駅」の近くにあります。「東急」所属の電車とバスの車両を展示している、どちらかと言えば子供連れ向けの博物館です。

「東武博物館」
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 「101号電気機関車」です。

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 「ED5015号電気機関車」です。

 「東武博物館」は、「東武伊勢崎線」「向島駅」のすぐ下にある博物館です。こちらもまた「東武」の車両が展示されています。「東急」の博物館より若干年上向け?の展示レベルであります。

「貨幣博物館」
 館内が撮影禁止のため写真はありませんが、とても充実した博物館です。「銀座線・半蔵門線」「三越前駅」の近くにあり、無料で入館できます。「日本」の貨幣・紙幣の歴史が非常に多くの詳細な資料によってかなり時間のつぶせる博物館でもあります。

 その夜は友達と再会して飲みましたが、そのときすでに僕はかなりグロッキーになっていました。

「東北」旅行 4日目 「東京」へ南下

 4日目は、「仙台」から「東京」への移動に費やしました。余裕があれば、「青葉城」跡をはじめとして「仙台市」を探索したかったのですが、旅の疲れが出てきて朝寝坊したうえに雨が降ってたのでそそくさと新幹線に乗りました。旅の計画で、移動の疲れを考慮せずに、「あっ、頑張れば何とかなりそうだから!」という気分でどんどんオプションを付けてしまう癖が曲者です(←大学時代の「北上」巡見を思い出します)。

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 「仙台駅」で撮影。「仙台駅」の4本の発着番線全てに「E2系」が停車しています。速達の「はやて」で行くのが効率的ですが、コロニーな生活の位置登録をたやすくするために、停車駅の多い「やまびこ」に乗りました。

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 「福島駅」で「つばさ」と連結しました。停車時間は11分です。

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 「福島駅」を通過する「E5系」です。「E3系」と連結しているので、本来は275km/hで通過します。何故、ぶれずにしっかり撮れたかって?その前の列車との間隔が詰まって「福島駅」構内で一時停止したからです。前の列車との間隔は1kmほどしかありませんでした。

「東北」旅行 3日目 その2 「平泉」探訪

 「東京」方面に向けて南下する途中で、「平泉」を探訪してきました。かつてここは、「奥州藤原氏」の都で、膨大な建造物や跡地、貴重なお宝が文化財として保存されています。そして近年、「中尊寺金色堂」をはじめとしていくつかの建物と遺跡が世界文化遺産にも登録されました。

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 「平泉駅」です。ド田舎の地方駅ですが、世界文化遺産化の影響か?建屋は結構きれいです。ただ、「京都駅」とかのように派手すぎず控え目な感じです。

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 「柳之御所遺跡」です。この遺跡は、「奥州藤原氏」の政庁である「平泉館」の跡ではないか?と言われています。バイパス工事をしているときにたまたま発見されたそうです。

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 「無量光院跡」(世界遺産登録)です。かつては「京都」の「平等院鳳凰堂」のような建物があったそうです。建屋のすぐ背後には「金鶏山」が聳え、建屋の中心と「金鶏山」の頂と夕日が縦並びになる配置にされています。


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 高台から眺めた「平泉」です。見た目は普通の田舎です。この一帯に煌びやかな都が栄えていましたが、残念ながら火災により「中尊寺金色堂」等を残してほとんどなくなってしまいました。

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 「高館義経堂」です。江戸時代に「伊達藩」が「源義経」をしのんで建てました。

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 「中尊寺」付近には、「弁慶」の墓があります。

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 「中尊寺」境内には、「弁慶堂」もありました。

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 「松尾芭蕉」の銅像もありました。「夏草や 兵どもが 夢の跡」で有名ですよね。

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 いちばん有名であろう、「中尊寺金色堂」です。中は撮影できないため、るるぶとかと同じアングルで撮影。本物を見たい人は実際に行くのが一番です。素晴らしいですよ。

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 「金色堂」は、現在はコンクリートの建屋で覆われていますが、鎌倉時代から上写真のような建屋で保護されていました。

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 「金鶏山」です。みためはただの山ですが、「藤原氏」が金の鶏や黄金を埋めた伝説があり、「奥州藤原氏」信仰の山で世界遺産に登録されています。

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 麓には、「源義経」の妻と子の慰霊碑がありました。

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 山頂にはこのような社がたっていました。木が多くて景色はよくみえません。この山は結構急で、登るのは大変です。

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「観自在王院跡」です。こちらもかつては壮大な建造物や庭園があったことでしょう。

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「毛越寺」境内に、「夏草や 兵どもが 夢の跡」の石碑がありました。「平泉」といえば、「奥の細道」の名所でもありますね。

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 「毛越寺」もまた、様々な建造物跡があります。残っていたらとてつもない規模だったに違いありません。

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 庭園の池はまだ凍っていました。ただし、すでに暖かくなり花粉が飛んでます。

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 「毛越寺」は、12世紀の伽藍配置と庭園の形を残す非常に貴重な遺跡でもあります。歴史の教科書や国語便覧によく載っている遣水も当時のままの形で残っています。


 「平泉」を探索し終えて、その日は「仙台」に停まりました。「仙台」市内では、厚切り牛タンを堪能しました。ここから最終日までの3日間は、旅費節約のためにカプセルホテル(2500~3500円台)で夜を明かしました。カプセルホテルも、寝るためだけに泊まれば結構快適で、まるで寝台列車で寝ているようです。個人的には、サウナやコンセント付きのカプセル部屋のある施設がお勧めです。ちなみに、「仙台」のカプセルホテルには露天風呂がありました。

 ところで、カプセルホテルは今からたった40年ほど前に「日本」で考案された施設だそうです。治安が割といいことと都市の地価が高く、狭い場所に多くの人を泊める目的で考えられたとか。

「東北」旅行 3日目 その1 「平泉」へ移動

 1日半滞在した「青森」を離れ、「平泉」へ向かいました。「平泉」へ向かうには、「新青森」~「盛岡」を「はやぶさ」や停車駅の少ない「はやて」などの速達列車で、次の「盛岡」~「一関」を停車駅の多い「はやて」や「やまびこ」で行き、以降は在来線に乗り換えるのが理想です。しかし、「盛岡」での新幹線接続が悪いので、「盛岡」から「平泉」間の80kmは鈍行で行きました。理想の乗り継ぎだったら、実際より1時間早く行けるんですが。

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 「青森駅」にて。左は「スーパー白鳥」、右は「青い森鉄道」の普通車です。

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 11・12番線を発射する列車と13・14番線を発射する列車の、発車時刻にずいぶんなギャップがあります。午前と午後で使用番線をきっちり使い分けているんでしょうか?

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 「盛岡駅」にて。「はやて」と「こまち」の連結です。「500系」と同じく、新幹線車両同士の連結場面も、必ず写真撮影をする人を見かけるものです。


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 「東北本線」の普通車は紫色です。
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