「信越本線」廃線跡を歩く その5 「熊ノ平信号場」~「軽井沢」

 「熊ノ平信号場」が遊歩道の終点なため「横川」に引き返す手段もありますが、思い切って「軽井沢」まで歩くことに決めました(帰りは爆睡確定)。


碓氷峠(熊ノ平~軽井沢)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/4/43/%E7%A2%93%E6%B0%B7%E5%B3%A0%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7.pngに加筆
 「熊ノ平信号場」~「軽井沢」間の旧線は、ほとんどが新線に浸食され、基、有効に再利用されています。そのため、旧線の構造物はあまり見られません。
 そして、この区間の廃線跡は、遊歩道化されていないため、国道18号線沿いに歩きます。また、「軽井沢」に近づくと線路と国道の落差が数十mに離れるため、廃線跡を満喫するには数十mの急斜面を無理やり降りるかいろんな意味で危険を承知で廃線跡を歩く羽目になります。主に前半部分で新線の廃線跡を眺めながら歩くことになりました。



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 所々こんな感じで新線(旧線を踏襲)を拝みながら緩やかに登っていきます。線路の勾配は相変わらず66.7‰で、道路より急です。線路は比較的まっすぐ進みますが、道路はくねくねしています。


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 道脇から少し歩くと、新線の廃線跡にありつけます。遊歩道以外の廃線跡は立ち入り禁止なので、入らなくて済むアングルから撮影。この辺は車の通行量が多いので、怪しい行動をとってばかりだと目立ちます。 
 新線の廃線跡で注目すべきなのは、廃止から15年たっているのに保存状態が非常にいいことです。これは、この廃線跡を引き取った「安中市」(旧「松井田町」)が、いつでも路線を復活させられるように手入れしているためです。今でも列車が走りそうなオーラを発しています。最近までは下り線「(写真手前の方)をトロッコ列車として復活させる動きもありましたが、色々問題があったのか?今は凍結されているようです。それでも、復活を諦めていないようです。

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 カメラ目線のカモシカ。カモシカは、出くわすと大体人間の方をじろじろ見ます。

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 カメラがん無視のイノシシ。この辺は野生動物とよく出くわします。熊もいそうです。


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 かなり進んだところでやっと旧線のトンネルに出くわしました。16号隧道です。こちらは立ち入り禁止です。某情報によると、結構崩落の危険が高いそうです。

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 すぐ反対には17号隧道がありました(「横川」側)。このあたりは、新線と別れているため、旧線がそのまんまの形で現存しています。


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 17号隧道を「軽井沢」側から撮影。


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 ちょい小高いところから、17号隧道(「軽井沢」側)を撮影。右側に緩く曲がっているのが旧線、左側のきれいな線路が新線です。写真は奥が「横川」方面、手前側が「軽井沢」方面です。旧線と新線は、「軽井沢」側で再び合流します。

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 上の写真を下で見るとこうなります。奥(「軽井沢」側)へ向かって旧線(左側)と新線(右側)が合流していきます。

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 旧線の橋は、連続したレンガのアーチです。

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 橋を渡り終えて、旧線と新線が合流していきます。旧線の18号隧道は、新線のトンネルに浸食されています。少し奥で互いのトンネルが合流?しているそうです。


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 「碓氷峠」です。「群馬県」と「長野県」の境です。標高は約960m、横川から600m近くも上りました。距離にして、約15kmです。結局、僕みたいに途中で歩いている人には出くわしませんでした。そして、足がパンパンになりました。


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 「碓氷峠」を超えてしばらく歩くと、「北陸新幹線」(左側)と「信越本線」(右側)の廃線跡にあたります。

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 「信越本線」は、まるで地下から出てくるような急こう配です。ここから「横川」まで、「熊ノ平信号場」を除いてずっと25~66.7‰の下り坂です。550mも下り続けます。


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 「軽井沢駅」につきました。道のりにして約15km、約4時間かかりました。線路が「横川」方面で途切れています。

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 帰りは「軽井沢」から新幹線で帰りました。うまい具合に上り列車と下り列車が介しました。
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「信越本線」廃線跡を歩く その4 「熊ノ平信号場」

 遊歩道終点の「熊ノ平信号場」は、「碓氷第三橋梁」と並ぶ、この区間の名所中の名所です。むしろ、鉄道マニアにとっては「熊ノ平信号場」こそがいちばん興味深い場所かもしれません。

碓氷峠(碓氷第三橋梁・熊ノ平)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/4/43/%E7%A2%93%E6%B0%B7%E5%B3%A0%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7.pngに加筆
 「熊ノ平信号場」は、「横川」~「軽井沢」間の中間に位置するこの区間中で唯一線路が平らになる休憩所とも言える場所です。昔は駅として機能し、いまでもプラットホームが残っています。特に興味深いのが、「熊ノ平信号場」は7本のトンネルに挟まれているということです。しかも、「横川」側が3本、「軽井沢」側が4本になっています。どうしてこうなったか?それには以下の図で示す複雑な経緯があるのです。

熊ノ平信号所

 上図は、「熊ノ平信号場」の配線の変化です。配線は、めんどいわかりやすくするために簡略化し、分岐器などの姿勢はてきとーにした上、細かい点では実際の時系列と異なっているかもしれませんが、そこはご了承を。以下、3つの時代ごとに説明します。赤色線が当時使われていた線路、青い路線が廃止された線路を示します。

旧線開通時(明治26年)
 旧線開通時は、旧線全体が単線で「熊ノ平“駅”」(後に信号場に降格)で上下列車の行き違いが行われました。しかし、駅の両端にはトンネルが迫り十分な行き違いのための長さを確保できません。そこで、長大編成列車が行き違えるように、上図のように、両行き違い線の前後計4本の引き込み線を造りました。詳しくは、列車の頭側に位置する引き込み線が突っ込み線、尻側が押し下げ線と言います。突っ込み線と押し下げ線も、地形の関係からそれぞれトンネルを伴います。結果、「熊ノ平駅」の両端にはトンネルが6本掘られました。
 「熊ノ平駅」に入線した長大編成列車は、突っ込み線に入り、列車全体が完全に行き違い線に入ってから逆走して後ろの押し下げ線に入ります。そして対抗列車と無事行き違います。行き違いを終え、列車の先頭が本線へ戻る分岐器手前まで後退した後で、再び列車を前進させて本線にもどります。つまり、スイッチバックを2回していたのです。
 普通ならば、もしくは今のご時世ならば両端のトンネルの一部を複線仕様に掘り、行き違い線の距離を稼ぐでしょう。そうすれば掘るトンネルの本数も2本で済む上に面倒なスイッチバックが必要ないので。おそらく、地形上本線を長距離にわたって水平に出来なかったのか(両端はどちらもすぐに66.7‰の勾配が迫っている)、複線トンネルを掘るのが難しかったから、このような配線になったのでしょう。

新線開通時(昭和38年)
 その後、北側に新線が造られました。新線は「横川」から3kmほど「軽井沢」側の地点から「熊ノ平駅」間では旧線と完全に離れていました。「熊ノ平駅」で旧線と合流する形です。そこで、「熊ノ平駅」より「横川」側には新たにトンネルが掘られました。こうして現在のトンネル7本体制になったのです。新たに掘られたトンネルは、行き違いを行うためトンネルの中まで複線になっていることから、トンネルの断面が大きくなっています。「軽井沢」側のトンネルは旧線の上り押し下げ線用のトンネルを改修して再利用しています。

複線化時(昭和41年)
 その後、「横川」~「軽井沢」間が複線化され、「熊ノ平駅」は信号場へ降格しました。既存の新線より南側に新線がもう一本造られ、「横川」側では旧線の上り突っ込み線が、「軽井沢」側では旧線の本線が再利用されました。こうして、両端のトンネル群が今のような外観になったのです。なお、上図の番号は、以下の写真の撮影地点です。



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 「熊ノ平信号場」もまた、15年前まで現役で使われていました。まだ配線になって間もないと言えます。


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 この建物は、変電所として使われていました。

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 「軽井沢」方面を撮影。個人的には、立ち入り可能な場所がかな~り制限されていたのが残念でした。人目も多く自由に歩いたり撮影し辛いのが難です。


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 「横川」側の坑口郡です。上写真はスナップ写真、下写真は至近距離で撮影したのを繋ぎ合わせました。右側から順に、
旧線下り押し下げ線
旧線の本線(現在遊歩道化)
新線下り線(旧線上り突っ込み線)
新線上り線
です。旧線の本線トンネルだけが少し低い位置にあるのは、旧線の本線自体がすでに傾斜して「横川」方面に下っているためです。突っ込み線や押し下げ線は水平なため、両者の間で高低差ができているのです。
 新線として使用されたトンネルは、旧線のトンネルを再利用していますが、断面を広げるためにレンガ積みを撤去してコンクリートに置き換えています。これを、時代の流れに沿った有効活用と思うか、景観破壊と思うかはその人次第。


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「軽井沢」側の坑口郡です。右側から順に、
新線上り線(旧線上り押し下げ線)
新線下り線(旧線の本線)
旧線下り突っ込み線(保線路として利用)
です。
 新線は、トンネルに入る直前で線路が66.7‰に傾斜しています。


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 旧線下り突っ込み線を反対側から撮影。僕としては、こういう突っ込み線等のトンネルも立ち入りおkにしてほしかったです。マニアの欲張りと言うべきか。


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 プラットホームには石碑が立っていました。この路線の建設には、「緋村剣心」の戦友である「山縣有朋」も関わっていたそうです。


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 「横川」側には慰霊碑が立っています。かつて、「熊ノ平信号場」では逆走事故と土砂崩れにより多くの犠牲者が出たのです。

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 下の国道18号線からも階段で線路へあがることができます。

「信越本線」廃線跡を歩く その3 「碓氷第三橋梁」~「熊ノ平信号場」

 前記事の、「東北」旅行6日目(以下略)の実質的続きの記事です。

 4月1日に廃線跡のうち「碓氷第三橋梁」~「熊ノ平信号場」間の1.4kmが遊歩道として開通したため、当日に行ってきました。せっかくなので、「熊ノ平信号場」~「軽井沢」間も国道18号線沿いに歩きました。よーするに、「横川駅」~「軽井沢駅」間約15kmを歩いちゃいました。高低差は約600mと、完全に登山レベルですが、勾配は緩やかなので普通の装備で何とかなりました。ただし、疲れました。帰りの新幹線で爆睡しました。

碓氷峠(碓氷第三橋梁~熊ノ平)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/4/43/%E7%A2%93%E6%B0%B7%E5%B3%A0%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7.pngに加筆
 この記事では、「碓氷第三橋梁」~「熊ノ平信号場」間を紹介します。ここもまた、全線が旧線です。さらに山奥に入るためトンネルが長くなったり橋梁が増えたりしています。

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 当日の「横川駅」です。「北陸」と違っていい天気です。ただし、花粉がやべえです。それでも春先は藪や虫が少ないので秋と並んで廃線探索にうってつけの季節です。

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 「碓氷第三橋梁」の「軽井沢」側の6号隧道です。長さは546mで、旧線最長です。前日まではここは立ち入り禁止でした。そして今日から歩けるのです。開通日とあって、地元の案内人方がチラシを配ったり案内をしてくれました。


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 隧道の壁面のレンガ間の漆喰(目地)は、工区や施工会社・職人によって形が異なっています。中でも、写真のように山形になっている目地は非常に精巧で高い技術が必要なものです。


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 6号隧道内部です。長さが旧線最長なだけあって暗闇がずっと続きます。さらに右に左に曲がるため、出入り口は見えません。

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 6号隧道の途中には、壁と天井に穴が開いています。この辺りはすぐ上に沢があり土かぶりが浅いためです。明りとりや蒸気機関車の排煙を目的に作られています。さらに、工事中は掘削場所としても使え、最も長い隧道の工期短縮にも貢献しました。

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 横穴を近くで見るとこんな感じです。レンガ積みが美しいですね。横穴の外にコンクリート壁が積まれていますが、沢からの土砂が横穴付近に蓄積してそれが線路内に入ってくるのを防ぐためです。

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 そとから眺めた6号隧道です。完全にレンガの建造物です。壁には沢からの土砂が堆積しています。張りきれば右の盛土から隧道の天井まで上がることはできるので、やりたい人は体調と常識と自己責任と時間帯を考えてやってみるといいでしょう。

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 天井に開けられた排煙用の穴です。レンガ積みの断面が奇抜になっています。6号隧道は長い分蒸気機関車の煙に悩まされるため、土被りが浅い地の利を利用したのでした。ここも張りきれば上からこの穴を眺めることができるので、(以下略)。

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 6号隧道あたりからは地山が堅固になっているため、待避穴の奥の壁は素掘りです。露頭です。なんの石かは割ってみないとわかりませんがwww。

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 よく見たら、上と下のレンガの長さが違います。何故だろう?

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 何番目の橋梁かは忘れましたが、きれいなアーチです。

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 7号隧道です。ここから先の隧道は比較的短いです。


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 「碓氷第六橋梁」です。長さ51.9m、高さ17.4m、アーチ径間が11.0mと、遊歩道化されている「横川」~「熊ノ平信号場」間では「碓氷第三橋梁」に次ぐ規模です。

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 「碓氷第六橋梁」上から「横川」側を撮影。奥は8号隧道です。

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 「碓氷第六橋梁」上から「軽井沢」側を撮影。奥は9、10号隧道です。10号隧道を抜けたら「熊ノ平信号場」です。


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 10号隧道から「横川」側を撮影。手前から順に10号、9号、8号隧道です。

「東北」旅行 6日目 その3 「信越本線」廃線跡を歩く その2 「碓氷第三橋梁」

 この遊歩道の現在の終点である「碓氷第三橋梁」(愛称「めがね橋」)は、「信越本線」廃線跡で最も有名であろう場所です。そして、一番写真で紹介される場所です。


碓氷峠(碓氷第三橋梁・熊ノ平)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/4/43/%E7%A2%93%E6%B0%B7%E5%B3%A0%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7.pngに加筆
 「碓氷第三橋梁」は、「横川」から訳4.8㎞の地点にあります。「碓氷第三橋梁」は、明治26年(1893年)~昭和38年(1964年)の旧線アプト式時代に使用された代表的な橋です。全長 91 メートル、川底からの高さ 31 メートル、使用された煉瓦は約 200 万個に及びます。現存する煉瓦造りの橋の中では国内最大規模で、他の 4 つの橋梁等とともに「日本」で初めて重要文化財に指定されました。世界遺産への登録をも目指して暫定リスト入りをしましたが、レンガの橋脚に落書き彫り込まれるいたずらが多発している、大変如何わしい事態にもなっています。

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 下から見上げるとめちゃくちゃでかいのがわかります。これをレンガで、しかも2年未満で完成させるなんて凄すぎます。アーチ袂より下の橋脚がちょっと太めなのは、耐震補強をするために完成後にレンガが付加されたからです。

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 正面から見ると、傾斜しているのがよくわかります。「イギリス」人技師もこの橋の設計に携わっているので、「ロンドン」色が出ている建築物でもありましょう。「あっ!完全なシン(以下略)」。某犯人が設計してなくてよかったですねえ。

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 それにしても120年近く前のものが、「日本」の激しい風雨の中でよくこれだけきれいにどっしり残っているものです。上は遊歩道として歩くことができます。

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 上から移すとこんな感じです。隧道を抜けた途端に30mの空中を渡るのです。「旧餘部鉄橋」並みに凄い場所ですね。ここを「横川」方面に下りながら走ったら、きっとすごい迫力でしょう。

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 橋の上はこうなっています。ここからは普通の歩道に見えますが、下をのぞきこめばとんでもないところにいるのがわかります。

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 上から見下ろすと、こうなります。カメラを落とさないように要注意です。

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 6号隧道です。ここより奥は一般者立ち入り禁止で進めません。ところが、今年の4月からこの先「熊ノ平信号場」までの1.4kmが遊歩道として歩けるようになります。「熊ノ平信号場」は「碓氷第三橋梁」と並ぶ、この配線跡の名所なのです。僕はそれを知らずに3月19日にここを訪れました。0日目に財布を落として引き取りに行った時より衝撃と無念を感じました。まあ…このときはカメラの電池残量が少なかったのでいい引き際を与えられたと、ブドウを諦めたキツネレベルの思考をして元来た道を下りましたとさ。

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 「碓氷第三橋梁」の上流側に、昭和38年(1963年)~平成9年(1997年)に使われた新線が見えます。こちらもしっかり66.7‰の勾配をなして露骨に傾いています。

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 新線の下まで行ってみました。上下線は結構離れています。近くに線路に繋がる?上り坂がありましたが、立ち入り禁止になっているので自重したほうがいいですよ。周りを見ても立ち入り禁止の立て札や封鎖ロープなどが無いので道を登ったり斜面をよじ登っていけないことはありませんが、立ち入ったところを見つけられたり、「新線の橋の上を歩いてみたったwww」などと写真付きでネット上に流したら、きっと何かが起こるでしょう。

 ここから先は、2週間後の4月1日に探索しました。次回の記事で紹介します。

 その後は、元来た道を引き返して直接「新潟」へ戻りました。次の日は引きこもって英気を養いましたが、パソコンがあると…。
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