「広島」旅行 3日目 その1 「厳島探訪」

 最終日は、「広島」方面へ行きました。まず行ったのは、「厳島」です。「厳島」は「松島」、「天橋立」とならぶ、日本三景のひとつとして知られ、古代から島そのものが自然崇拝の対象でした。平安時代末期以降は「厳島神社」の影響力の強さや海上交通の拠点としての重要性からたびたび歴史の表舞台に登場しました。平成8年(1996年)に世界遺産登録されて、年間300万人(よーするに1日約8200人)もの観光客が訪れています。島の人口はやく1800人のため、観光客の人口が島民の4.5倍になっています。


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 「厳島」には午前の早めに行きました。ゴールデンウィークの真っ只中でめちゃくちゃ混みそうだからです。本土と「厳島」はフェリーで結ばれていますが、これは「JR西日本」の所有で鉄道連絡船、JR路線の一部として扱われています。

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 「厳島」は面積が30.89k㎡、最高標高は535mで、島全体が花崗岩地質となっています(「瀬戸内海」は花崗岩が多く分布する地域でもある)。花崗岩はとても硬いため、島全体が急峻な地形をなし、平野部分が少ないです。海岸部分は花崗岩が風化してできたマサで構成され、綺麗な砂浜になっています。

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 「厳島神社」の「大鳥居」が正面に見えます。周りに人々の気配がしますが、そう見えるだけでしょう、きっとそうに違いない。

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 「厳島神社」へ行く途中に、日本三景の石碑がありました。

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 海岸沿いにはもみじ饅頭(略してもみまん)やカキのグラタンの店がいたるところにありました。もみじ饅頭の店だけで何十件もあります。カキのグラタンは、とてもうまいです。海のミルクなだけあってチーズと合いますね。

「厳島神社」
 「厳島神社」は「市杵島姫神」を氏神とする、全国に約500ヶ所ある「厳島神社」の総本山です。「聖徳太子」やら「推古天皇」やらの時代に既に創建されていたそうで、「平清盛」の時代に「平家」によって反映を極めてきました。現存する建物は鎌倉時代以降のものが多いそうです。

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 よりによって一番混むゴールデンウィークなだけに、人は多いです。でも、進みは早いのでそんなに待たずに境内に入れました。


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 境内は回廊が多く、観光客はそこを歩き回って様々な海の景色を楽しむ感じになっています。満ち潮になると界面が床ギリギリまでくるため、台風などで高潮や高波が来ると境内はしょっちゅう浸水したり壊れたりします。それでも波の影響を最小限に抑えるために、回廊や舞台の床は波を受け流したり和らげる構造をしています。よほどのことがない限り奥の方まで波は行かないそうです。

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 この時は干潮だったため、砂浜に降りたてました。満潮時は床下ギリギリまで水が来ます。普通のスニーカーでもなんとか歩けました。

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 大鳥居です。高さは約16mです。修理工事中という、大変貴重な形で見られました。いくら連休中でもそれに合わせて足場を外すのは手間がかかりすぎますからね。

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 大鳥居の方から本殿を撮影。干潮で鳥居の袂まで歩くべきか、満潮で海辺に浮かぶ本殿を堪能するべきかは、運次第ですね。

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 建家の床下はこんな感じです。よーするに、桟橋状態です。

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 砂浜の砂は、島全体を構成している花崗岩が風化して出来たマサです。花崗岩を構成する石英やら長石やらカリ長石やらの白い鉱物がガサガサ積もり、綺麗さっぱりな砂浜を作っています。

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 「厳島」周辺の海域は干満の差が約3mになります。現在引き潮真っ最中で、こうなっています。濡れている部分は数時間前まで海だったのです。

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 「春日大社」と同様、「厳島神社」でも鹿は聖なる生き物として見られ、そこらじゅうに人間を全く警戒せずに屯しています。「厳島神社」の砂浜にまで出歩いています。

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 帰りの船が混む前に「厳島」を脱出しました。干潮がかなり進み、満潮時との落差が3m近くになっていました。船と陸をつなぐ橋は浮き橋式で、満潮と干潮では勾配が激変します。
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「広島」旅行 2日目 その3 鹿

 鹿の写真を挙げます。あまりにも有名な「奈良」の鹿ですが、鹿は古来から「春日大社」の神使として神聖視されて現在もそれが続いています。鹿は本来非常に警戒心の強い動物ですが、ここいらの鹿達は人間に慣れ過ぎて全く警戒をしていません。ただ、鹿達にも性格違いはあるようで、「東大寺」や「奈良公園」のような人の多い街よりの鹿は人を全く警戒せず、「春日大社」のような山よりにいる鹿は警戒心が強いようです(近づいたらすぐに逃げる)。人慣れしている輩は街へも出ていき、そうでないのは山に籠っているからでしょうか。

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 「興福寺」付近にて。ふつーに景色に溶け込んでいます。鹿は「奈良公園」を中心に、野生動物として約1200頭が生息しています。観光の目玉となっている一方で、増えすぎて農地荒らしの害が出回る問題も出ているらしいです。

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 「東大寺」付近にて。人がめちゃくちゃいますが、鹿達は全く動揺していません。むしろ、鹿せんべいを狙ってうろついています。

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 「春日大社」付近にて。店先にも平気で出向きます。不思議なことに“販売中”の鹿せんべいには手を出さないらしいです。

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 「興福寺」にて、昼寝中の鹿と戯れました。近づいた時の鹿の反応が犬みたいになつっこいです。昼寝中の鹿に鹿せんべいを近づけたら寝ながら反応しました。おなかいっぱいだったらしく寝ながらかじっただけでほとんど食べませんでした。


 そんなこんなで「奈良」を離れた後は「大阪」でちょっとぶらついて「岡山」の方へ向かいました。

「広島」旅行 2日目 その2 「春日大社」~「唐招提寺」

 「東大寺」を後にして、「藤原氏」の氏神をまつる「春日大社」と「クワイ鑑真」が建立した「唐招提寺」を周りました。

「春日大社」
 「春日大社」といえば、「藤原不比等」が「藤原氏」の氏神である「鹿島神(武甕槌命)」を「春日」の「御蓋山」に遷して祀り、「春日神」と称したことに始まる、全国に1000社近くある「春日神社」の総本山でもあります(Wikiより)。そして、「奈良公園」やその周囲に生息している鹿は「春日大社」の神使であります。

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 なにやら、参道には大量の灯篭が並んでいました。「伏見稲荷」でいう鳥居のようなものでしょうか?灯篭には、寄贈者個人や団体名が書かれていました。

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 本殿の入り口です。「奈良時代」の建造物は「唐」の影響を受けているだけあって、朱色が多いです。

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 「大和西大寺駅」の一部を撮影。構内の配線が非常に複雑なことで有名な駅です。発車や到着を1本ずつとして数えると、1日に旅客列車が約1800本、隣接する車庫への出入りで約300本もの列車が往来します(1分に1本ペース)。しかも「京都線」、「奈良線」、「橿原線」、車庫に繋がる4種の線路が全て平面交差で絡み合い、車両の動きも十色状態です。写真は、「橿原線」と車庫方面を映していますが、この幾何学的な配線は「ヨーロッパ」の鉄道駅みたいです。近年、複数路線が乗り入れる駅の立体交差化が進む中で今後も平面交差が続く(地理的に立体交差化がほぼ不可能)貴重なカオス駅でもあります。


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 車窓から、再建された「朱雀門」(「平城京内裏」の門)が見えました。

「唐招提寺」
 「唐招提寺」は、あの有名な「鑑真」が建立し、晩年を過ごしたお寺です。今思いなおせば、今日は世界遺産を4か所巡りました。

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 「金堂」です。「奈良時代」から残る、「奈良」で唯一の金堂でもあります。

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 お経を保存する「経堂」です。校倉造なので、「正倉院」っぽいですね。

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 「戒壇」です。なんか、出家するための場所らしいです。

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 帰り道に「宝来山古墳(垂仁天皇陵)」が見えました。全長が227mの巨大な前方後円墳です。

「広島」旅行 2日目 その1 「興福寺」~「東大寺」

 2日目の朝に「大阪」でヒバリと会ってそのまま「奈良」へ行きました。「奈良」では「興福寺」→「東大寺」→「春日大社」→「唐招提寺」の順に寺巡りをしました。


「興福寺」
 「興福寺」は、「藤原鎌足」を祖とした「藤原家」の氏寺で、南都七大寺の1つになっています。建造物は相次ぐ火災で焼失して現在は江戸時代に再建されたものが多いです。現在、中核を担う「中金堂」が再建工事をされています。
 境内の「国宝館」には「阿修羅像」や「仏頭」など、歴史の教科書でおなじみの宝物がてんこ盛りに展示されていました。

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 「五重塔」と「東金堂」です。「五重塔」の高さは50.1mで、これは「東寺」のそれに次ぐ「日本」で2番目の高さです。

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 「南円堂」です。お寺って、こういう多角形の建物が結構ありますね。

「東大寺」
 「東大寺」と言えば、世界最大級の木造建造物が建ち、日本最大級の大仏があり、仏教マニアの「聖武天皇」が建立を進めた寺として有名なところです。

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 世界最大級の木造建造物である「金堂(大仏殿)」です。高さ46.8m、間口57m、奥行50.5mで、高さと奥行きは奈良時代とほぼ同じ、間口は当時よりも3分の2に縮小されています(当時は86mくらいあった)。でかすぎて、前に広場が無ければ写真に収まりませんでした。

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 あの窓は時折開いて、そこから大仏の顔が見えるそうです。

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 建物がでかいだけあって、屋根の下の段々(名前は忘れた)がかなり多いです。


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 大仏です(正確には「東大寺盧舎那仏像」)。高さは14.7mもあり、260万人が工事に関わったとされ、創建当時の大仏と大仏殿の建造費は現在の価格にすると約4657億円にあたるそうです。

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 創建当時は大仏殿の敷地内に七重塔が二つ聳え立ち、その高さは70~100mもあったそうです。

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 超蛇足ですが、敷地内の石に弱変成岩が多く見られました。この辺だったら「秩父塁帯」や「三波川変成帯」とかですかねえ?

「広島」旅行 1日目 その3 「比叡山」

 ちょい風邪をこじらせていましたが、まだ時間があるということでそのまま「比叡山」を訪問しました。「浜大津」から「京阪」を乗り継いで「比叡山鉄道比叡山鉄道線」(坂本ケーブル)で「比叡山」に登り、「延暦寺」見学をして2kmほど山道を歩いて「京都」側を通る「京福電気鉄道鋼索線」(比叡ケーブル)で山を下りました。ずっと雨と霧に覆われて景色は堪能できませんでした。そしてびしょ濡れになりました。やはり天気のいい日に行きたいのだが、行けるときに行きたいので悩みどころです。

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 「比叡山鉄道比叡山鉄道線」(坂本ケーブル)です。全長2025mで、「日本」最長のケーブルカーです。高低差は484 m、最大勾配は333‰、 最小勾配は170‰です。途中には電話などで要請すれば停めてくれる駅が2つあります。

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 「ケーブル延暦寺駅」(海抜654m)から心の目で眺めた「琵琶湖」です。真っ白でなにもわかんないよ…。

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 「延暦寺」入口です。なんか、霧が幻想的ですが、このときは雨と強風でアップアップでした。

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 真っ白でどこかサスペンス色があります。晴れていれば(以下略)。

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 「親鸞」もここで修行していたそうです。

 比叡山を後にして「京福電気鉄道鋼索線」(比叡ケーブル)の「ケーブル比叡駅」へ向かいましたが、体調が万全でない状態で2kmの山道を雨風にさらされて歩いたのでかなりだるくなりました。まさか、ここまで「琵琶湖」側と「京都」側のケーブルがーが離れているとは考えていませんでした。今後行くときは要注意です。

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 「京福電気鉄道鋼索線」(比叡ケーブル)です。全長は1.3kmで高低差は561mと、「日本」最大の高低差を誇るケーブルカーです。「琵琶湖」の「坂本ケーブル」は全長日本一、「京都側」の「比叡ケーブル」は落差日本一と、「比叡山」の2つのケーブルカーにはそれぞれに日本一があるのです。落差がある分、最大勾配は530 ‰、最小勾配は215 ‰、平均勾配は413 ‰と、結構急です。

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 麓へ降りた後は「叡山電鉄叡山本線」に乗りついで市街地へ戻りました。ちなみに、「宝ヶ池」で分岐する「鞍馬線」は、「服部平治」がバイクで疾走したことがあります。

 17:00頃に市街地へ戻りましたが、だるかったのでカプセルホテルにこもっていました。
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