「日本」の貨物列車の最高速度は130km/h

 「日本」の貨物列車で一番速いものは、「東京」~「大阪」間を6時間半で結ぶ「スーパーレールカーゴー」(JR貨物M250系電車)です。最高速度は130km/hに達し、これは関西の新快速や大半の特急列車の最高速度に匹敵します。16両編成でそのうち4両はモーター付きの動力車という、動力分散方式の“貨物電車”と言えるものです。ただし、線形などの諸事情から130km/h運転を実現しているのはJR西日本(「米原」より西)の一部区間で、大半は110km/hです(「大船」~「小田原」は120km/h運転)。特急列車並みに早くできるとはいえ、重量物を輸送するためカーブや住宅地の多い在来線では制約が大きいのでしょう。

 ちなみに、ヨーロッパには最高200km/hで運転する貨物列車があります。「日本」でも「北海道新幹線」が開通して「青函トンネル」が新幹線・在来線共同利用するようになれば、そこを通る貨物列車も新幹線の運行の支障にならないように160~200km/hで運転するかもしれません。ただし、しばらくは通常の100km/h前後?の運転をして、新幹線の方もそれに合わせて140~200km/hに減速するらしいです。
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「北海道新幹線」があまり速くない可能性

 『「北海道新幹線」を「札幌」まで開業させて「東京」~「札幌」間を最高速度360km/h、3時間57分で結ぶ』
 、というフレーズが、ニュースや鉄道図鑑、専門書によく書かれています。しかし、現実にはそこまで速度を上げられない可能性が以下の記事に書かれていました。この記事は、「北海道新幹線」の問題点を様々な角度から見ていますが、本記事では速度に関するところを赤文字で強調しておきました。

毎日新聞 8月26日(日)10時34分配信

 北海道新幹線の新函館-札幌(211・5キロ)の起工式が25日、長万部町で行われた。道や経済界にとって長年の悲願だった札幌延伸は実現に向けて踏み出したが、工期は24年にも及び、道には巨額の事業費負担も重くのしかかる。JR北海道から経営分離される並行在来線(函館-小樽、252・5キロ)のあり方も鉄路存続を望む沿線自治体には懸念材料だ。【岸川弘明、吉井理記】(社会面参照)

 ■工期短縮と財政負担
 国が示す札幌延伸の総事業費は1兆6700億円。このうち、国の交付税措置を除いた道内自治体の実質負担は2900億円と試算されている。新駅が設置される市町にも一部負担を求めるが、大半は道が負担する。道は400億円を一般財源、残りの2500億円を道債発行で賄う予定だ。
 これまで札幌延伸の推進派は延伸に伴う経済波及効果で、建設費は回収できると主張。北海道経済連合会(道経連)が着工認可前の06年にまとめた試算でも、北海道新幹線(新青森-新函館含む)の建設で道内の経済波及効果は約2兆5000億円に上り、約18万3000人の雇用を生むと予測していた。
 ただ、試算で想定していた工期は15年間。24年間では「将来は人口も減るだろうし、経済効果は薄れるのではないか」(道経連幹部)と懸念の声もあり、経済団体は国に工期短縮を求める意向だ。
 一方、事業費を負担する道はジレンマを抱える。工期を短縮すれば単年度ごとの負担額は増えるため、財政難の道財政をさらに圧迫しかねない。高橋はるみ知事も「工期は短い方が経済効果が出ることはよく分かっているが、道費負担増は道民の理解を絶対得られない」(7月20日の記者会見)と述べるなど、道は対応に苦慮。7月に国に出した来年度予算要望でも、道は札幌延伸の「工期短縮」ではなく、「整備促進」との表現にとどめた。

 ■青函トンネルで減速
 工期に加え、経済効果を生む上でネックになるのが速度の問題だ。道経連の試算は最高時速360キロ、札幌-東京の所要時間を3時間57分と想定していた。だが、開業時の最高時速は260キロとされ、東京まで4時間43分かかる。しかも、青函トンネル(54キロ)を含む在来線との共用走行区間(82キロ)では貨物列車とすれ違う際の安全確保のため時速140キロに減速せざるを得ず、所要時間は5時間1分になる。道幹部は「140キロといえば特急並みの速度。18分間の差かもしれないが、新幹線の魅力が落ちてしまう」と案じる。
 改善策を検討するため、国土交通省は7月、有識者らの「青函共用走行区間技術検討ワーキンググループ」を設置した。新幹線と在来線の運行時間帯を区分▽すれ違い時に新幹線が自動減速▽トレイン・オン・トレインなど貨物専用新幹線の導入▽第2の青函トンネルの建設▽上下線間に障壁設置--の案を提示。年度内に結論を出す考えだが、一筋縄ではいきそうにない。
 第2の青函トンネルは4000億~5000億円、上下線の障壁は約1600億円の建設費がかかる見込み。自動減速や貨物専用新幹線も技術開発に多額の費用が必要となる。費用面から運行時間帯の区分が最も現実的と言えるが、青函トンネルを日に最大51本走らせるJR貨物は「運行本数が減れば営業に影響する」とダイヤ調整に難色を示している。


 ■三セクかバス転換か
 JR北海道から経営分離される並行在来線の函館-小樽は鉄路存続かバス転換か、今後始まる沿線15市町間の議論が注目される。分離区間のうち物流を担う室蘭線に接続する函館-長万部と地元住民の利用が主な長万部-小樽とでは路線の性格が異なる上、新幹線駅が設置される自治体と他の“通過自治体”の間でも温度差がある。
 函館-長万部はJR貨物から線路使用料収入が見込まれ、鉄路存続でも採算が取れる可能性がある。一方、長万部-小樽の輸送密度(1キロあたりの1日平均乗客数)は500~2000人程度で、採算ライン(8000人)を大きく下回る。第三セクターによる鉄路維持では採算割れし、沿線自治体は赤字の穴埋めに財政負担を覚悟しなければならない。
 新幹線駅が置かれる小樽市と倶知安、長万部、八雲3町は「本州客を誘引する」(倶知安町)と延伸効果に比重を置く。新幹線駅周辺も「在来線にスキー客向けの臨時列車もあるが、新幹線開通後は(新駅を起点に)バスでも代替可能ではないか」(ニセコリゾート観光協会)と鉄路維持に執着は強くない。
 一方、新幹線が停車しない余市町は「(在来線は)通勤通学利用者も多い生活路線。鉄路存続が(経営分離に同意した)前提だ」と危機感をにじませる。同町の住民団体「JR函館線の存続を求める住民の会」も鉄路存続の署名活動を続ける。
 道は9月上旬に代替交通を検討する沿線15市町との協議会を設置する方針。市町間の足並みがそろうかが焦点となるが、道幹部は「三セク化が決まった江差線より沿線自治体が多く、地域事情も異なる」と難航を予想する。

8月26日朝刊
.http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120826-00000008-mailo-hok

 整備新幹線の最高速度260km/hの法則が「北海道新幹線」でも発動されるかもしれないということです。
 そして、「青函トンネル」は新幹線と在来線の共同利用で造られているので、実はすれ違いの時の風圧が問題視されています。普通の新幹線は新幹線車両しか走らないためすれ違い時の風圧対策も万全です。しかし、「青函トンネル」の区間は在来線の車両や貨物列車など、新幹線と異なる仕組み構造の車両も走り、新幹線もそれに配慮して減速しなければいけなくなりそうです。本やニュースでは最高速度の理想が結構強調されますが、実はこういう問題も出ているのでした。

 ちなみに、「瀬戸大橋」に新幹線を走らせた場合(走らせる構想はある)、こちらも騒音が問題で橋の上では最高速度が160km/hに押さえられるらしいです。

「富山市」の路面電車の歴史:現代編

「富山ライトレール線」と「富山都心線(セントラム)」の開業
 「富山県富山市」では、平成18年(2006年)4月29日に「富山ライトレール線」が、平成21年(2009年)12月23日「富山都心線(セントラム)」と、2路線の路面電車線が開業しました。前者は旧「富山港線」を改良・多少のルート変換で、後者はわずか910mの新路線の建設(歴史から見たら復活ともいえる)による環状化の実現と、傍から見たら地味な建設に見えなくもないです。しかし、短いながらもこの2路線の開業は、路面電車界にとって非常に意義のあるものと言えます。

 モータリゼーション等の影響でガンガン廃止が進められ、昔と比べて路線が減少した路面電車ですが、近年「富山市」に「富山ライトレール富山港線」(平成18年(2006年)4月29日)がJR「富山港線」を路面電車か(LRT化)する形で開業し、「富山地方鉄道富山市内線」の「富山都心線(セントラム)」が開業(細かく言えば復活と表現した方がいい)で市内線が環状運転を行いました。

 結果、両路線とも前と比べて非常に利用しやすくなり、乗客が格段に増えました。乗客の流れで「富山市」の中心地も再び活性を取り戻し始めています。「富山ライトレール線」の駅にはバス路線も設定し、沿線周辺に交通網を広げています。

 なにより、今まで廃止され減り続けていた路面電車を逆に増やした行為が、路面電車を復活させたがっている、路面電車の便利さを見直し始めている各都市にとってよい起爆剤になっています。


早かった開業までの流れ

 近年は「日本」国内でも路面電車の良さが見直され、市内に路面電車を走らせる(もしくは復活させる)構想は全国のいくつかの都市にあります。しかし、車との共存、採算性、建設・維持費、反対意見諸々などでなかなか実現しないのが現状です(例えば「金沢市」や「宇都宮市」)。
 「富山市」では「富山ライトレール」と「富山都心線」の、2路線の開業に、かなりの早さでこぎつけることが出来ました。両路線の開業までの経歴を以下に記述します。

「富山ライトレール富山港線」

当初
「富山港線」の利用客減少で存続が危ぶまれる

平成15年(2003年)
JR西日本が「富山港線」と「吉備線」のLRT(路面電車)化を検討中と発表。
「富山市」:「富山港線」の扱いについて判断を迫られる。
案1 既存線の高架化
案2 新規路面電車化
案3 バス代替による既存線廃止

平成15年(2003年)5月
富山市長が「富山港線」の路面電車化を発表

平成16年(2004年)3月
市議会で路面電車化の予算案が承認される。

平成16(2004年)年4月
第三セクターの設立

平成16年(2004年)10月18日
名称を「富山ライトレール線」とすることを決定。

平成16年(2004年)11月~平成17年(2005年)2月
工事施工認可の申請~取得

平成17年(2005年)2月~
工事開始

平成18年(2006年)4月29日 開業。

参照↓
富山港線路面電車化の概要(http://www.city.toyama.toyama.jp/division/toshiseibi/romen/office.html
Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E6%B8%AF%E7%B7%9A



「富山都心線(セントラム)」

平成17年(2005年)3月
路面電車環状化を「富山市総合的都市交通体系マスタープラン」の主要事業に位置づける。

平成17年(2005年)11月~平成18(2006年)年5月
富山市内電車・環状線化計画検討委員会の開催

平成18年(2006年)6月
ルートの決定、および単線での敷設を行うことを決定。

平成19年(2007年)11月15日
同年10月に施行された地域公共交通活性化法(LRTなどで上下分離方式を認めたもの)を初めて適用し、環状線化の新線建設を国土交通省に申請。

平成20年(2008年)3月~
埋設物の移設などの工事開始。将来の乗客数増加もにらんで複線化が可能なように工事を行う。その後、本線工事開始。

平成21年(2009年)12月23日
開業


参照↓
環状線が出来るまで(http://www.city.toyama.toyama.jp/division/toshiseibi/romen/news.html
Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E5%9C%B0%E6%96%B9%E9%89%84%E9%81%93%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E5%B8%82%E5%86%85%E8%BB%8C%E9%81%93%E7%B7%9A#.E6.AD.B4.E5.8F.B2

 このように、両路線は計画が公式にたてられてからわずか3~4年の間で開業に至りました。交通事情や予算の関係でなかなか思うように進まないこともありそうな事業ですが、何故これだけ早く進められたのでしょうか?それは、「富山市」市長の「森雅志」をはじめとする「富山市」の行動力にありました。


「富山市」の尽力
 「富山市」はほかのいくつかの町と同様、郊外に人や物が流れて中心地が空洞化する、いわゆるドーナツ化現象を何とか食い止めたいと考えていました。そのために中心地を活性化させて人や物を集約させる必要があります。また、車が無くても人々が気軽に往来できるようにする処置も欠かせません。
 その手段の1つとして「富山港線」のLRT化(路面電車化)(いわゆる「富山ライトレール富山港線」)と「富山市内線」環状化復活(いわゆる「富山都心線(セントラム)」)が造られました。当時から「富山市」の市長である「森雅志」はこの事業を積極的に推し進めました。彼自身、「全国路面電車サミット」にガンガン参加をしたり、「富山ライトレール(株)」の初代社長(現在は会長)を務めたほど、路面電車分野に深くかかわっています。また、路面電車などの手軽に乗れる公共交通という手段で、人の流れをドーナツ化している中心街へ誘導することも考えてこの計画を進めていきました。無論、懸念や反対意見(交通事情や経済事情などの)もでましたが、それらを説得して開業にこぎつけました。彼は平成17年(2005年)から富山市長を務めていますが、彼が市長になってから急激に路面電車事業が進んでいったようです。そして、「富山」市内の企業体も路面電車建設に協力的で他の町と比べて造ろうとするノリがよかったのもあります。

今後の予定
 さらに、平成20年(2008年)には「富山地方鉄道上滝線」を「富山ライトレール富山港線」と同じくLRT化(路面電車化)して「富山市内線」との直通運転をする構想を発表しました。その時には、「上滝線」の運賃を200円に均一化することも視野に入れているそうです。「上滝線」の線形の問題もありますが、これが実現したら、6年後?に実施される予定の「富山市内線」と「富山ライトレール富山港線」の直通運転と相極まって「岩瀬浜」~「上滝」・「岩峅寺」(もしかしたら「立山」まで?)間が1本につながることになります。


参照↓
『「富山市」の路面電車の歴史』

「広島」旅行 3日目 その2 「広島探訪」

 「厳島」をあとにして、午後は「広島」市内を探訪しました。

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 國鉄色にそまった、あの車両たちです。「東海」や「関東」で言う「カボチャ」や「湘南電車」と呼ばれている「113系」が、「広島」ではまだまだ健在です。ちなみに、これらの車両の前照灯は「チクビーム」などと呼ばれていますが、これは前照灯の電気代を節約するために改造した結果、こう見えるようになりました。


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 新しく生まれ変わった「広島市民球場」です。ちょうど2軍の試合が行われていました。

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 球場のすぐ横には「山陽新幹線」と「山陽本線」が通り、列車の往来を堪能できる場でもあります。



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 負の世界遺産の「原爆ドーム」です。元は「広島県物産陳列館」として建造され、あの昭和20年(1945年)8月6日に「アメリが軍」によって投下された原子爆弾がこの建家の上空580m、東側150mの地点で炸裂し、爆風と熱線により炎上したものの、ドーム部分の骨組みだけはかろうじて残りました。


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 「広島」市内を流れる「太田川」(手前は三角州として分岐している「元安川」)です。干満の差により、岸や橋脚に水の跡が出来ています。撮影時は干潮で、満潮時は跡のところまで水かさが上がるということです。


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 ちょっとだけ、「広島電鉄」に乗ってみました。「広島」は、「高知」と並んで「日本」で最も路面電車が発達している町です。ダイヤの過密さや車両の長大さ、線路網の複雑さは日本一です。停留所にこのような電光掲示板があることにも驚きました。区間距離は純粋な路面電車だけで19.0km、これに「宮島線」(「広電西広島」~「広電宮島口」の宮島を加えて、35.1kmもあります。線路周辺で車両を見かけない瞬間がないくらい大量に走っています。

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 「グリーンムーバーマックス」と呼ばれている「5100形」です。3台車に5つの車体が組み込まれている連接車で、全長は30mもあります。元は「ドイツ」から輸入した「コンビーノ」という車両(「5000形」)から始まり、全長は30.5mありました。これは、「日本」の路面電車の規制長さの30mを超えていますが、特例として走行が認められました。

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 「広島電鉄」は路線網が複雑で、このような3又デルタ線が3つ、単純な2又分岐線が3つあります。

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 「3800形」です。「広島電鉄」では、このような全長25~30m級の連接車が9種類・61編成も走っています。

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 「1900形」です。昔は「京都市電」を走っていました。このように1両編成の単行車は市内線のみを走行し、「広島電鉄」内に68編成(両)あります。連接車とあわせると、編成数は129にもなります。

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 「広島電鉄」の「広島駅」です。「日本」最大の路面電車停留所でもあり、線路は3線、乗車ホームが2面、降車ホームが3面もあり、手前には両渡り交差(シーサスクロッシング)までついています。



 「広島」をあとにしてその日は「岡山」に泊まり、次の日に「ヒバリ」と別れて実家を経由し、現実へ戻っていきました。
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