【動画】 「富山地方鉄道」の「新富山駅」物語

 前作の『【動画】「富山市内線」の「大学前駅」物語』の続編とも言える「富山地方鉄道」のゆっくり解説動画です。できる限りさまざまな時代の路線図や駅名を詰め込んだため、地図やら文字やらが多めの内容になっていますが、「富山大学」あたりにすんでいる(いた)人ホイホイ動画なのは間違いないです。



内容
・何故「新富山」という駅名になっているのか?
・「新富山」や「富山大学」の近くにたくさんの鉄道を走らせる構想(ある意味妄想)。


原作↓
『「富山市」の路面電車の歴史』
『「富山市」の路面電車の歴史:現代編』
『富山大橋架け替え工事 その7 平成24年3月4日』
『富山の路面電車の理想』
『「富山市内軌道線」の「鵯島信号所」』



次回予定
「名探偵コナン」に登場した「都営地下鉄東都線」を検証してみた。
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「瀬戸内」旅行 1日目 その1 「松山」の路面電車

 ゴールデンウィークの連休を利用して、「松山」と「広島」へ遊びに行きました。連休前日の夜中に「名古屋」から「岡山」へ移動し、ヒバリと再会し、次の日の早朝5:38発の列車に乗って「松山」へ、向いました。少しでも早くの到着を目指しての行動ですが、あまりに眠かったので移動中はほとんど爆睡していました。

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 「坂出」~「松山」間は、特急「いしづち」を使いました。特急列車では割かし珍しく、運転席からの前方風景を眺められるうれしい特急ですが、眠すぎたので爆睡を優先しました。

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 「瀬戸大橋」を渡っている最中です(「快速マリライナー」より)。こういう風景はぶれやすいのでなかなか撮影しづらいです。「瀬戸大橋」には「四国横断新幹線」を走らせて在来線と新幹線の複々線構造にする計画(妄想)があるため、線路用地が広く確保されています。

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 「瀬戸大橋」から見た「瀬戸内海」の日の出です。

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 途中、「讃岐富士」(飯野山)や、

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 「丸亀城」が見えました。

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 「松山駅」の前からは、路面電車の「伊予鉄道松山市内線」が市内をぐるりと囲むように走っています。「松山駅」高架化後は、路線をくぐらせて700m延伸する計画があり、「松山空港」などまで延ばす構想もあるとか。

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 「坊っちゃん列車」です。「松山市」は「夏目漱石」の「坊ちゃん」の舞台であり、作中に登場したマッチ箱のような軽便鉄道を再現したのがこれです。蒸気機関車型ディーゼル車両の牽引で「市内線」を走ります。

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 客車は当時のレトロ風を忠実に表しています。

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 一方、運転席は近代的です。

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 「坊っちゃん列車」の後ろにはほかの車両がひしめいています。この路線、結構列車の運行頻度が高いです。

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 「モハ2100形」です。路面電車内での最高速度は法令により40㎞/hになっていますが、車両は80㎞/hまで出せるそうです。郊外電車にも活用できるのでしょうか?

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 「伊予鉄道」には、今の「日本」では非常に珍しい、しかも、鉄道路線と軌道路線という互いに異なる形の路線がクロスする「日本」で唯一の場所です(「高知」や「堺」や「名古屋」のダイヤモンドクロスは、同じ種の路線同士の交差)。ダイヤモンドクロスが2か所あります。このうち1つはこのようにほぼ直角に交差しています。交差しているのは「伊予鉄道」の郊外電車「高浜線」と市内電車「大手町線」です。上では架線も交差していますが、同じ「伊予鉄道」の同じ電圧の架線のため問題ありません。

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 路線が互いに複線のため、通過するときは4か所の線路の切れ目を通ります。ガタンゴトン音が半端ないです。切れ目を多く通過することによる車両への負荷を軽減するために、通過時は必ず惰性走行をします。

「上越新幹線」のトンネルについて

 「上越新幹線」は「越後山脈」を超えるため、「高崎」~「長岡」間の実に8割をトンネルが占め、開通当初は「トンネル新幹線」ともいわれました。ちなみに、路線内全てのトンネルが「高崎」~「長岡」間にあります(「上野駅」付近の「第1・第2上野トンネル」は「東北新幹線」の管轄なので対象外です)。しかも、これらのトンネルはトンネル同士の間隔が狭い場所は雪覆い(スノーシェッド)が施されているため、この区間の各駅周辺の開けている場所以外は、1本の長大トンネルと化し、全て闇に覆われています。

 以下に各区間の、トンネル間を雪覆いで繋いだ総延長を挙げます。

「上毛高原」~「越後湯沢」間
約31.0km(「月夜野トンネル」7295m+「第1湯原トンネル」786m+「第2湯原トンネル」703m+「大清水トンネル」22221m+各トンネル間の雪覆い)

「越後湯沢」~「浦佐」間
約23.8km(「第1湯元トンネル」135m+「湯沢トンネル」4480m+500m+115m+237m+3109m+643m+152m+2469m+「塩沢トンネル」11217m+各トンネル間の雪覆い)

「浦佐」~「長岡」間
約9.8km(「浦佐トンネル」6087m+「堀之内トンネル」3300m+トンネル間の雪覆い)
約13.3km(「魚沼トンネル」8624m+「妙見トンネル」1459m+「滝谷トンネル」2673m+各トンネル間の雪覆い)


 ちなみに、注意していれば、トンネル内と雪覆い内の区別はできます。雪覆いを通る時は若干音が変わり、明るい時間帯は雪覆いの窓から光がさしているのがわかりますよ。

「明延鉱山」が復活する日は来るのか?

 3回にわたり紹介した「明延鉱山」ですが、閉山されたものの未だに採掘可能な鉱脈は地下に多く眠っています。今回は、これらの再採掘が行われるかを解説します。

「明延鉱山」の閉山
 「明延鉱山」の鉱脈は今まで掘られた地点よりも更に深部にわたり分布し、しかも鉱脈の幅は深部ほど幅が広くなっています。閉山当時の試算によれば、後最低5年は採掘が可能でした(閉山時の月生産量25500t×5年分)。もしそれより先に鉱脈が続いていれば、更に多くの採掘が出来ていたかもしれません(ひょっとして現在も?)。
 ところが、昭和60年(1985年)のプラザ合意後の急激な円高の影響で銅、亜鉛、スズの価格が暴落し、「明延鉱山」は大幅な赤字を計上するようになり、それが閉山への決定打となりました。まだ多くの鉱脈を残し、一度閉山した鉱山を再稼働させるのには莫大な手間がかかるということで多くの、特に現場の人々は閉山を惜しみました。しかし、経営悪化に太刀打ちするすべもなく昭和62年(1987年)3月に閉山されました。

復活の可能性は?
 多くの人に惜しまれつつ閉山された「明延鉱山」ですが、再稼働という僅かな希望は残しています。将来再稼働させられるよう、坑道内は水没させて崩落・荒廃を軽減させています。いざ再稼働するときは水抜きをすればいつでも復活はさせられるそうです(もちろん、設備の補修は相当面倒だが)。更に、鉱物種が非常に多い鉱山で、現地の噂では金が採掘されるかもしれないそうです。
 ただし、当時現役で採掘に従事していたガイドの話によると、今世紀中には再稼働されないらしいです。

 近年では「日本」近海に眠るレアメタル(希少金属)やレアアースなどの海洋開発や、廃棄物から金属を再生する都市鉱山技術が発達し、資源開発の目がそっちの方を向いています。

 さらに、山の奥深くに深い坑道を掘って採掘をするコストの高い「日本」の鉱山が、露天掘りによる大量採掘をするコストの低い外国鉱山に太刀打ちできないという、ほかの産業にもよくある事情にもさらされています。「日本」で現役バリバリの鉱山経営をしているのは、品位が普通の10倍以上もある「菱刈金山」だけということを考えても、よほど効率よく大量生産できる鉱山でないと今の「日本」国内ではこのての鉱山は採掘ができないのかもしれません。

 残念な話ですが、「明延鉱山」が再稼働するのは、これらの手段が尽きて゛非鉄金属を生産するには「明延鉱山」で採掘するしかない゛という自体になる時でしょう。それでもいつか復活する日を夢見て「明延鉱山」の歴史は坑道公開によってこれからも語り継がれるでしょう。
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