「瀬戸内」旅行 2日目 その1 「鉄のくじら館」と「大和ミュージアム」

 2日目は、「呉市」を探訪しました。まず訪れたのは「鉄のくじら館」と「大和ミュージアム」です。

「鉄のくじら館」

 「鉄のくじら館」は「海上自衛隊呉史料館」の愛称で、主に掃海活動と潜水艦の展示を行っている「海上自衛隊」の博物館(無料)です。

掃海活動についての前置き
 世間では「海上自衛隊」といえばイージス艦や潜水艦やヘリ空母などをイメージされやすいですが、掃海活動もそれと同等の、欠かすことのできないものです。掃海活動は海上に仕掛けられた機雷(陸で言う地雷で、船を撃沈させるための罠)を除去する活動です。先の大戦で「日本」近海には大量の機雷がばらまかれ、「日本」は海上封鎖されました。都市空襲や原爆投下がなくとも「日本」は海上封鎖による兵糧攻めで実質敗北が決定的となり、戦後も復興のためには海上に仕掛けられた機雷除去という非常に危険な活動が必要不可欠でした。現在でも残りの処理が行われ、さらには現代戦においても戦略的に仕掛けられる様々な機雷に対処する技能が海軍としては欠かせないというわけです。そのため、「鉄のくじら館」では掃海活動に関する展示にフロア2階分を丸々使っています。

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 「鉄のくじら館」の外見です。この敷地には、昭和61年~平成16年まで現役で活動していた「ゆうしお型潜水艦 あきしお」が実物展示されています。全長76m、満載排水量は2900tにもおよぶ、世界最大級の通常動力型潜水艦(←ディーゼルで動く、゛原子力じゃない゛潜水艦のこと)です。ちなみに、スクリューは機密事項のため、ダミーに差し替えられています。

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 20mm機関砲です。これで、海上に浮上させた機雷を打ち抜き爆破処理します。

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 機雷です。様々な仕組みのものが様々なパターンで仕掛けられ、地雷と同じく数十年経っても危険性が生きています。

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 機雷を探知、除去する機会です。これらで機雷を見つけて機雷を繋いでいるアンカーを切断させて海上へ浮上させますが、細かな作業は今でも生身の人間が行っています。

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 潜水艦に搭載されている魚雷です。十中八九ダミーでしょうが、中身は精密機械が詰まっています。

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 館内には、潜水艦の寝台や椅子(=食料貯蔵庫)が模擬展示してありました。見るからに狭苦しそうです。

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 潜水艦「あきしお」の中は、発令所などの一部は見学ができます。中は撮影禁止なので、外からのこれが精一杯です。昔は中を撮影できたそうですが、色々機密関係が絡んでいるのでしょうか。中はとにかく狭く、いたるところに配管やらバルブやら機械が複雑に入り組んでいました。この中で何日も陽の光を浴びることなく業務に励むのは相当な精神力が必要でしょう。


「大和ミュージアム」
 「大和ミュージアム」は「呉市海事歴史科学館」の愛称で、「戦艦大和」を中心とした。「呉」の海軍歴史博物館です。一貫して歴史を淡々と展示し、一切の思想表示はせず、俗にいう右よりにも左よりにも関わらない博物館で、それぞれの歴史認識や汲み取りは来場者に巻かせる方針をとっています。

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 「戦艦陸奥」の41cm砲です。現在の戦闘艦についている砲より遥かにでかいです。これらの戦艦が発達した時代は、「大艦巨砲主義」という、「でっかい船にでっかい大砲積めば最強」いう考え、戦闘方法が主流で、各国がでかい(=口径が大きい)砲の開発に勤しんでいました。

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 「戦艦大和」の10分の1模型です。でかいです。全長が263m、全幅38m、満載排水量が69000~73000tと、当時では世界最大の戦艦で、この「呉市」で造船されました。

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 「大和」の46cm砲の弾です。高さは195cm、重量は1460kgあります。こんなものを42km飛ばす能力が46cmにはあったのです。実現した砲では世界最大で、ギネスブックに登録されています。

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 館内には、「戦艦大和」だけでなく、「ゼロ戦」や特攻兵器の「回天」などの様々な兵器、「呉市」の歴史展示が行われていました。中でも生き残った「戦艦大和」の元乗組員の証言ビデオは、当時の「大和」の様子を知ることがあできる貴重なものです。

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 昼には海軍カレーを食べました。「鉄のくじら館」にもじって鯨肉和えでした。
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「瀬戸内」旅行 1日目 その4 フェリーで「広島」へ

 その日のうちに「松山」からフェリーで「広島」へ移動しました。途中、「呉」に寄ろうと最初は考えていましたが、今考えたら無謀な妄想でした。フェリーの中では半分ほど爆睡していました。鉄道にもこういうフェリーみたいなごろ寝スペースがあったら天国だといつも思っています。

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 とちゅう、値段の高い高速線に追い抜かれました。佐渡フェリーvsジェットフォイルみたいなものです。

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 「日本」にある4000の島のうち3000以上があると言われている「瀬戸内海」とあって、見渡す限り島だらけでした。

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 「音戸の瀬戸」です。この海峡は、世界的に見てもトップクラスの狭さを誇る海峡で、最小幅85m、船の可能航行幅60m、推進4~10m、潮流速度4ノット、1000t級の船を含める1日辺り700隻以上の船舶の航行、という狭くて激しい海峡です。

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 まず、「音戸大橋」をくぐりました。高さは23.5mあり、用地節約のため、3重螺旋を描いて地上と橋を行き来します。完全にトミカの世界です。

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 次に、今年の3月27日に完成した「第二音戸大橋」をくぐりました。高さは39.0mで、大規模化していますが、初代の橋を引き継いだ外観をしています。

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 「呉」付近です。このあたりは造船やらなんとか工業やらで様々な船が停泊しています。

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 フェリーは途中で「呉港」によりましたが、そのとき海上自衛隊「呉基地」の近くを通り、護衛艦や潜水艦が遠目で見えました。

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 「広島」到着後は、路面電車で市街地へ向かいました。相変わらず多種多様な車両たちです。

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 夕飯に名物のお好み焼きを食べて、その日はネットカフェで宿泊しましたが、昨日の寝不足で気分が最悪でしたzzz

「瀬戸内」旅行 1日目 その3 「道後温泉」

 「松山城」を後にして「道後温泉」へ向かいました。「道後温泉」は「兵庫県」の「有馬温泉」と「和歌山県」の「白浜温泉」と並ぶ「日本」三大古湯の一つであり、その歴史は約3000年と、記録上は「日本」最古の温泉でもあります。

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 温泉は「松山」市内にあり、路面電車で直接行けます。

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 「道後温泉駅」の引き込み線には「ぼっちゃん列車」展示専用の線路がありました。

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 商店街には、有名なからくり時計がありました。

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 「道後温泉本館」です。映画「千と千尋の神隠し」の油屋のモデルともなっています。国の重要文化財に指定されていながらも、現役で営業を行っている興味深い場所です。明治27年(1904年)に本館が竣工し、その後も40年ほどかけて増築が繰り返され、内部は非常に複雑な作りになっています。例えるなら「京都」の「二条陣屋」、「金沢」の「妙立寺(忍者寺)」のようなものです。1階で受付をして2階で着替えて別の階段で1階の風呂場へ行く仕組みで、風呂場が男湯女湯別々に2か所(厳密には3か所)ずつも+皇室専用の風呂場(現在は使用不可)あり、普通の銭湯と違ってある程度の対称性もない左右対称厨発狂の構造なので、1回みただけでは道に迷います。入浴に加えて皇室浴場の後や坊ちゃんの部屋などの設備も見学でき、非常に見ごたえのある施設です。

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 建物は複雑怪奇な構図で、さまざまな角度からそれぞれ違う形を拝めます。

「瀬戸内」旅行 1日目 その2 「松山城」

 路面電車に乗ってそのまま「松山城」へ行きました。「松山城」は関ヶ原の戦いで功績をあげた武将の1人であり、「賤ヶ岳七本槍」の1人でもある「加藤嘉明」の居城で、当時の天守閣がそのまま現存する「日本」で数少ない(全部で12箇所)貴重な城でもあります。天守閣は大天守1棟と小天守3棟が四角形に連立した、「姫路城」と同じ大規模で複雑な構造をしています。

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 平山城でもあり、城下町からちょうどいい角度で天守閣を見上げられます。山の標高は132mあり、「姫路城」よりも高い位置取りです。

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 天守へは、リフトかロープウェイで行けます。

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 そのあともクネクネ道を登っていきます。

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 美しい曲線や直線の石垣がそびえ立っています。いつも思うが、こんな山の上にこれだけの石を積み上げる工事がすごいです。

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 石垣の石は、火山岩を含んだ石英閃緑岩(御影石、花崗岩の仲間)です。「瀬戸内海」(「淡路島」~「岡山」~「愛媛」)には花崗岩が広域に分布しているため、なるほど納得です。

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 敷石には、チャート片を含む赤色珪質泥岩が使われていました。近くに海洋堆積物から構成されている、「四万十累帯」やら「秩父累帯」やらが分布しているからでしょうか?

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 同じ通路に城門が2列並んでいます。右側が主門で正規の通路です。左側の地味に見える門が隠し門で、敵が主門に気を取られている隙に隠し門から不意打ちをする仕組みです。

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 途中に太鼓があったので叩いてみました。(ヒバリ撮影)

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 天守閣とその配置図です。天守閣は3層で比較的小さいほうですが、非常に複雑で重厚な作りになっています。「姫路城」のように、さまざまな建物が現存して美しくなっています。よく、「関ヶ原の戦い」の東軍の天守閣は白く、西軍の天守閣は黒いといわれますが、「加藤嘉明」は東軍所属なのに天守閣が黒いです。

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 天守閣内から天守への道を撮影。本当にジクザクです。

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 最上階は割かし小ぶりでした。

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 最上階からは、「松山」市街や「瀬戸内海」が一望できました。
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