「智頭急行」で160km/h運転は実現できるのか?

 「智頭急行智頭線」は、「兵庫県」の「上郡駅」と「鳥取県」の「智頭駅」の間を結ぶ、延長56.1㎞の私鉄路線です。高速運転改良工事も行われ、平成6年(1994年)に開通した新しい路線です。
「智頭急行」の開通と「スーパーはくと」の登場で、以前は4時間10分かかっていた「大阪」~「鳥取」間の所要時間が、1時間40分も短縮され、2時間30分台となりました。「智頭急行」の路線内は、大半の区間で踏切もなく、急曲線以外の場所では130km/hを超える運転が可能な線形になっています。いわば、「湖西線」に近い規格路線ともいえます。


160km/h運転の可否は?
 現在、「智頭急行」を走る特急列車の最高速度は130km/hです。では、これ以上の速度を挙げることはできるのか?実は、「智頭急行」は建設時に160km/h運転も検討されましたが、断念された経緯があります。その理由は以下の3点で説明します。

①やろうと思えばできる
②ただし、金と手間がかかるわりに短縮効果は小さい
③早急に効果の小さい短縮をしなくてもいい


①について
 「智頭急行」は、「ほくほく線」ほどではないものの、もともと130km/h運転を前提として建設された高規格路線です。160km/h運転は、電化や線路、信号、駅設備を改良すればできます。
 ただし、単線トンネルが多く、トンネル内の空気抵抗による高速運転の支障が大きいため、車両を「はくたか」や新幹線車両のように流線型にする必要があります(特に「スーパーいなば」のほう)。(「はくたか」でさえも単線の長大トンネルに突入する時は空気抵抗による衝撃を和らげるために、速度を130km/hほどに落としてトンネル内で再加速しているらしいです。)

②について
 「智頭急行」を建設する際に、160km/h運転を行う動きは見られました。しかし、金がかかることで断念されました。試算によれば、
「2000系」気動車による最高130 km/h(非電化)運転では11分30秒短縮で所要16億円
「381系」電車による最高130 km/h(電化)運転では12分45秒短縮で所要68億円
「381系」電車による最高160 km/h(電化)運転では15分45秒短縮で所要116億円

となりました。
 ここでいう短縮時間は、「キハ181系」気動車が最高速度95 km/h(←田舎の鉄道では速いほう)で「智頭急行」内全線を運転した場合と比較したものです。「智頭急行」は路線距離が56.1kmと、高速運転をするには延長が短い路線です(←高速運転をする場合、新幹線のように長距離を連続して行うほど短縮効果が大きい)。130km/h運転と160km/h運転では全体で3分~4分15秒ほどしか短縮にならないのです。それでも160km/hだしたほうがいいですが、費用が52億~100億円割り増しになります。結果、一番上の気動車による最高130km/h運転が採用されました。もっと大幅な短縮を目指すには、「智頭急行」だけでなく、この場合は「山陽本線」、「因美線」、「山陰本線」なども同時に改良して特急列車の走る区間全体を高速運転できるようにしたほうがいいのです。そうするとさらに金と手間がかかりますが。

③について
 「それでも金をかけて高速運転した方が将来的にもいいのでは?」ともいえます。それでも「智頭急行」は早々焦って更なる高速化をしなくてもまだ大丈夫な路線なのです。
 新幹線や都心部の通勤電車のように、飛行機や他の鉄道路線との競合が多く、需要も多い路線なら僅か数分の短縮のために莫大な投資は行われるでしょう。さらに、新幹線は長距離を連続して高速化すれば短縮効果は大きく、通勤電車も乗客が1分1秒を重視している人ばかりで僅かな短縮でも喜ばれます。
 一方、「智頭急行」は地方都市の路線で、高速道路の整備が発展途上な今現在では驚異的な競争相手はいません(ただし、安い高速バスが値段で対抗している)。また、「ほくほく線」の抱える2014年問題(「北陸新幹線」延伸による、利用者の減少)の類も当分ないです。更なる高速化をする手もありますが、そこに莫大な金と手間をかけてまで早急にやらなくてもいい路線なのです。
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ホームが異様に長い「東山線」の「名古屋駅」

 「名古屋市営地下鉄東山線」の「名古屋駅」のプラットホームの長さは車両の2倍あります。「東山線」の車両は6両編成で全体の長さは90mあります(1両で15m)。プラットホームはその倍の12両分(約180m)あり、「東京」の10両編成の地下鉄駅に匹敵する規模です。

 ホームを長くしたのは、隣同士の車両を千鳥配置に停めることによって、ホームの混雑-を緩和するためです。
 「東山線」の「名古屋駅」は、「名古屋」の地下鉄で最も利用者が多い駅です。普通の駅のように同じ位置に両方向の列車を止めると乗り降りの客で大混雑するため、下図のような停め方をして人の流れを分散しているのです。
 線路やホームを増設したり(←例えば、「銀座線」の「日本橋」とか)ホームを拡幅する方法もありますが、「東山線」のすぐ隣には「名鉄線」の地下トンネルが走り、反対側もビルの基礎にぶち当たり大幅な拡幅が不可能なため(「東山線」は浅い場所を通っているのでなおさら)、ホームを長くすることで対処したのでしょう。「東山線」自体が「名古屋駅」の他の路線と並行しているので、長くしても乗換に不便はしませんからね。

東山線名古屋駅
 上の説明を図にするとこんな感じです。

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 プラットホームの中間、すなわち両方向の停車車両の後ろ端にあたる場所から、「藤が丘」方面(上写真)と「高畑」方面(下写真)を撮影しました。どちらの方向にもプラットホームが長く延びていますが、列車が停まらないため柵と壁がはられています。

 ちなみに、「名古屋市営地下鉄桜通線」や「東京メトロ南北線」などの駅のホームは車両よりちょっと長めですが、これは需要が伸びたときに車両増ができるように余分に長くしているのです。「東山線」の「名古屋駅」とは長くした理由が違います(←長くした理由では「東山線」の「名古屋駅」のほうが珍しい例)。

「仙台」旅行 その3 「瑞巌寺」

 遊覧船に乗ったあとは、「瑞巌寺」などを探訪しました。「瑞巌寺」は828年に開山された歴史の長いお寺で、「奥州藤原氏」やら「北条政子」やらとも関わりがあります。

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 入口から本殿までは、参道が続いています。この境内も、「東北地方太平洋沖地震」の津波で海水が押し寄せ、塩害により、参道の木々がかなり伐採され、結構開けています。

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 国宝の庫裏です。結構屋根が頭でっかちです。

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 奥には結構きらびやかな建物がありました。

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 境内には、岩盤をくり抜いた切通的なトンネルがちらほらありました。
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 「瑞巌寺」の隣の「円通院霊屋」も見学してみました。

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 「松島」は太平洋側ですが、それなりに雪が降って残っていました。

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 崖部分にも岩がくり抜かれていて、中に仏像っぽいものが安置されていました。「鎌倉」でもよく見ましたが、これはこの地域の特徴なのでしょうか?地山が柔らかくて掘りやすい上に、雨雪を凌ぐためとか?

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 池も完全に凍っていました。遊覧船で風を浴び続けてかなり疲労していたので、日陰が辛いです。

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 境内には、バラ園がありました。戦国時代あたりにヨーロッパから輸入したらしいです。

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 街中にも岩盤の切通がありました。路頭を見た感じでは溶岩に見えましたが、割ってみないと何とも言えません。

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 「松島」は、「広島」と同じく牡蠣の名産地で、街中の食堂にも牡蠣ざんまいの料理がありました。

「仙台」旅行 その2 「松島湾」遊覧

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 翌日は、早速寝坊してブランチ時間から「仙石線」に乗って「松島」へ向かいました。「松島」といえば、「天橋立」、「宮島」に並ぶ「日本三景」の一つで、「松島湾」内に、大小約260の島が点在している観光名所です。「松島」は、「太平洋」と「北上川」に挟まれた「松島丘陵」の延長にあたり、元は陸地でした。そして、その部分が沈降、あるいは海面上昇により沈んでこのような外観になりました。「三陸海岸」自体が沈降により形成された「リアス式海岸」ですが、「松島」はそのさらに延長をいったようなものです。
 あの「東北地方太平洋地震」でこの一帯も津波で甚大な被害を受けました(現に、「仙石線」沿線に空き地が多く、「仙石線」自体も一部が不通)。ただ、「松島湾」内は、「松島」自体が防波堤の役割を果たし、被害がかなり軽減されたそうです(それでも木造家屋を一撃で破壊する1~2mはあった。)。


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 「松島湾」内は、遊覧船で一望できます。早速乗りましたが、とても混んでいました。さすが年末です。

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 遊覧船からは、飛んでくるカモメたちに餌(かっぱえびせん)をあげることができます。かっぱえびせんをカモメ郡に投げたり、写真のようにかざしたりしたら、カモメたちが飛びながらくわえとっていきます。えびせんの頭を引っ込めすぎるとカモメの嘴が指を直撃し、寸前で手を引っ込めると見事にニアミスします。カモメは無理でしたが、桟橋でカモとポッキーゲームをすることもできました。

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 遊覧船は湾内を10km以上航行しますが、餌を求めてカモメたちがずっとついてきました。

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 湾内は水深が10m以下で、このような島々が飛び出しています。「東北地方太平洋沖地震」でも「長命穴」をはじめとする一部の島が崩壊しました。

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 「鐘島」です。4つの洞窟が空いていて、そこで出る反響音が釣鐘そっくりだそうです。

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 島が侵食されて?溝状になっています。

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 「松島」の象徴とも言える、「仁王島」です。

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 割と沖合でも島がポツポツ飛び出しています。これらの島にはみんな名前がついていますが、覚えるのが大変です。

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 島の崖から地層がはっきりと見えました。この辺の地層は、第三紀層の凝灰岩、砂岩、礫岩など侵食に非常に脆い岩質だそうです。

「仙台」旅行 その1 「仙台」到着

 年末に、友達と「仙台」方面へ行ってきました。仕事納め後、そのまま新幹線に飛び乗りましたが、年末とあってめちゃくちゃ混んでいました。座れはしましたが、3列シートの真ん中に他人に挟まれるのは、どことなく疲れます。

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 「仙台駅」です。「東北」真っ只中ですが、太平洋側ということもありいい天気です。時折雪が降るようで、うっすら積もっていました。駅前は、2階の位置に大規模な歩道橋があります。また、この下には「仙台市」の新たな地下鉄である「東西線」が2年後の開業を目指して建設中です。今の「日本」では、かなりの地下鉄網が敷かれているため、建設費費用が莫大な、新たな地下鉄路線の建設自体(路線の延伸ではない)は非常に珍しく、貴重なものです。

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 駅前のホテルに泊まりましたが、エレベーターの階表示板がアナログ式で、思わず撮りました。

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 エレベーター内も、このとおりです。電灯も凝っています。ホテルの雰囲気は、「ディズニーランド」の建物内(アドベンチャーランド的な)みたいでした。最上階にはアルカリ性の温泉大浴場がありました。 

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 とりあえず飲みましたが、初日は疲れがたまっていたのか?僕は2時頃に意識がなくなりました。

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 催眠術中です。介抱ではありません。

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 翌日は、「松島」に向かうため、「仙石線」に乗りました。これは、「仙石線」の「仙台駅」地下ホームです。車両は、どことなく「りんかい線」を連想する水色ラインですが、他にもラッピング列車や車両ごとに色が違う編成もあります。

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 「仙石線」は狭義の地下鉄ではなくれっきとした普通鉄道ですが(広義の地下鉄とはいえる)、平成12年(2000年)に約4kmの区間が地下化されました。
 それ以前は一時期地上を走っていましたが、それより更に以前には、地下路線を走っていました。「仙石線」は、「日本」で最初の地下旅客路線であり、当時地下区間に当たった「仙台駅」は、「日本」で最初の旅客地下駅でした。この地下区間が開業したのは「日本」で最初の地下鉄である「銀座線」の開業よりも2年早い大正14年(1925年)で、地下トンネルの長さは約200mでした。昭和27年(1952年)に路線が地上に移ると同時に廃止され、現在再び地下になっている路線は当時のものと全く別物です。

「東京」の路面電車は、わずか5年でほとんどが廃止された

 かつては「東京」都内にも縦横無尽に路面電車が走っていましたが、今では「荒川線」と「世田谷線」のみとなっています。「東京都」が経営する路線では、最盛期にはなんと41系統が運行され、総延長は213kmに及びました。しかし、昭和30年代より車の増加と交通局の経営悪化、地下鉄や路線バスへの交通転換によって昭和42年(1967年)~昭和47年(1972年)のわずか5年の間で計181kmの区間が廃止されました。この廃止は5ヵ年計画のごとく本当に計画的に段階的に粛々と実行されたものらしいです。

Tokyo_toden_map.png
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/6e/Tokyo_toden_map.pngより

 昭和36年(1961年)の「都電」路線図です。背景にうっすら載っている地下鉄路線は、現在のものです。こうしてみると、路面電車のルートと地下鉄のルートがわりかし重複していますね。現在、「日本」で一番多系統な「広島」の路面電車網をはるかに凌駕していました。

 実際、「荒川線」や「世田谷線」も廃止の対象に挙げられていました(=「東京」都内の路面電車の絶滅を意味する)。しかし、存続希望運動と運行条件の良さでなんとか生き残り、現在に至っています。
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