待避線が異様に長い新幹線駅 その2 「掛川駅」の場合

 待避線の長い新幹線駅はカーブ上にあり、線路が傾いている場所を避けて分岐器を置くため、その分待避線が長くなります。つまり、上下線とも同じ場所から待避線が始まり、互の長さはほぼ等しいです。しかし、「掛川駅」の待避線は、下図のように、奇妙な形をしています。何故こうなったか?理由は2つあります。


①一部のカーブ上に分岐器を置けるようになった

掛川駅のたいひせん
 図で表すとこんな感じです。「掛川駅」のプラットホームも他の駅と同様、長さが400mちょいです。しかし、待避線が入線する側のほうへ上り線で約1200m、下り線で約700mも余計に延びています。

 「掛川駅」の待避線がこんなに長くなっているのも、他の駅と同様、カーブ上に分岐器を置くのを避けるためです。しかし、「掛川駅」の場合は、出発側の方は普通の長さです。これは、カーブの向きが深く関わっています。

 「掛川駅」周辺の線形を見ると、入線側の分岐器をカーブ上に置くと、待避線に分岐する線路のカーブが本線の線路と逆になります。これを「外方分岐器」といいますが、互が逆方向を向くと、線路の傾きも逆になり、列車のバランスが崩れやすく、速度制限が厳しくなります。歪やバランスにシビアな新幹線では、「外方分岐器」を置けないため、「掛川駅」では「外方分岐器」になるのを避けるために、入線側の待避線を、直線区間から始めたのです。

 逆に出発側は本線も待避線に分岐する線路も、カーブ方向が同じです。これを「内方分岐器」といい、線路の傾き方向が同じなため、「外方分岐器」よりは、列車への制約が緩いです。「掛川駅」が開通した時代は、緩和曲線状に置ける「内方分岐器」が開発されおり、早速当駅に採用され、待避線の長大化を半減させたのです。


②列車の待避、追い越しを円滑にするためについでにあえて長くした。


普通駅と掛川駅 - コピー
 普通の新幹線駅と「掛川駅」での、停車列車と通過列車の位置関係を上の図に示します。
 走行中の新幹線車両は、互いの間隔が詰まると自動的に減速されます。つまり、お互いが高速運転を保つには一定の距離・時間差を設けて走らなければいけません(新幹線車両がお互いに高速(270km/h)で走れる最小の時間間隔は約3分、距離にして約13.5km)。しかし、前の列車が駅に停まるために減速し、後ろの車両が通過列車の場合は互いの間隔がどんどん詰まっていきます。特に、後ろの車両がその駅で停車列車を追い越す場合は深刻です。下手すれば通過列車は間隔が詰まり過ぎて、速度を落とす羽目になります。それが嫌なら予め、前の停車列車との間隔を十分にあけるしかありませんが、そうするとダイヤ設定の自由度が減ります。そこで、「掛川駅」では試験的にこの配線が採用されました。上図のように待避線の入り口側を長くすれば、その分停車する列車が早めに待避線に入れます。つまり、通過列車側からすれば早い段階で互いの間隔の詰まりを回避でき、その分互いの列車間隔をより詰めたダイヤを造れます。

 この原理を道路でたとえれば、普通の駅は直進用車線と左折用車線が重複するT字路、「掛川駅」は専用の減速車線がついているバイパスや高速道路のICです。直進と左折のレーンが重複している場所では、左折する車(新幹線でいう待避線にはいる列車)が速度を落とすため、後ろにいる直進する車(新幹線でいう通過列車)が車間をあまり詰められません。速度もかなり落とす必要があり道路がつっかえます。一方、減速車線があれば、早い段階でICを降りる車が走行車線を離れるため、降りない車に支障がでません。

 「掛川駅」が開業したのは昭和63年(1988年)、ちょうど「東海道新幹線」のダイヤが過密になり、駅での追い越し・待避がネックになっていた時です。当時の国鉄か「JR東海」が、「せっかく新駅を造るのだから、上のような配線を試験的にやってみよう!」とでも考えたのでしょう。


 で、その効果は…あまりなかったようです。停車列車と通過列車の間隔は15秒ほど詰められましたが、今のダイヤを考えればまだ足りないようです。また、ATC(自動列車制御装置)技術の進歩により各列車を効率的に停車、車間隔の調整ができるようになったため、この配線の効果はさらに薄れました。入線側の分岐器を緩やかなものにして進入速度を上げれば効果はちょいあがりますが、そこまでの手間をかけてちょいの効果を狙うのも手間でしょう。
 この配線の効果を絶大にするには、待避線の長さを新幹線の制動距離とほぼ同じ10km近くまで伸ばし(もちろん入線側のほうのみ)、待避線への分岐器は、曲がるほうの通過速度を最高速度、つまり270㎞/h(平成27年から285km/h)にできるものにしなければいけません。当然莫大な手間と金がかかります。実現すれば、列車間隔を互いが同じ速度で走っている約3分まで縮められますが。

 ところで、ここでこの待避線の建設費がどこから出されたのか気になります。「掛川駅」は「東海道新幹線」が開通した後に作られた新駅で、駅の建設費は地元の「掛川市」が全額負担しました。長い待避線を造る分建設費が割り増しになりましたが、その分は「JR東海」が負担したのか?それとも「掛川市」についでに負担させたのか?どちらでしょう?「品川駅」のようにダイヤ上必要として造られた駅は「JR」が負担するので前者のような気もしますが、真実はどっち?
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【動画】 新幹線駅の長すぎる待避線 【前編】 -カーブ駅の宿命-

 新幹線を利用していると、時々待避線が列車やホームと比べて異様に長い駅を見ます。「東海道新幹線」でいう、「掛川駅」、「浜松駅」、「三河安城駅」、「山陽新幹線」でいう、「岡山駅」、「福山駅」、「三原駅」、「徳山駅」、「新山口駅」、「小倉駅」、「東北新幹線」でいう、「那須塩原駅」、「仙台駅」、「北上駅」です。これらの駅は何故長い待避線を持っているのか?この動画では、「浜松駅」と「掛川駅」を例にそのメカニズムを解説します。なお、今回は「浜松駅」を例に挙げ、「掛川駅」については次回語ります。




原作↓
『待避線が異様に長い新幹線駅 その1 カーブ上に駅がある場合』

次回:新幹線駅の長すぎる待避線-「掛川駅」の奇妙な線形-

新幹線の大事故未遂 その1 「大井川」河口付近の地震

 新幹線といえば、開業から50年を経た現在でも、車内の乗客の、脱線や衝突による事故で死亡者数が0という、とてつもない安全記録を持っています(ただし、線路に転落した乗客の死亡事故(「三島駅転落事故」)や、保線作業員が回送車両に惹かれて死亡する事故は発生しているため、完璧な0ではない)。

 しかし、この安全神話が目白押しな新幹線も、一歩間違えていたら大事故にいたり、数百~千数百人の死傷者を出す大惨事になっていたという、大事故未遂事件がいくつか起きていました。このシリーズでは、その事例を紹介していきます。

昭和40年(1965年)4月20日 「東海道新幹線」 「大井川」河口付近の地震

 「東海道新幹線」が開通してまだ半年のこの日に、「静岡県」の「大井川」河口付近を震源とするM6.1の中規模地震が発生しました。この地震発生直後、全ての列車が緊急停止し、脱線などの大きな被害を被ることなく終わりました。しかし、震源付近の、線路を支える盛土が一部陥没し、そこの線路が歪みました。先日の雨で、開業後間もない、まだ十分に締固められていないであろう盛土が、地震の振動で崩落したそうです(実際、「東海道新幹線」開業後は、路盤(盛土)の耐久に不安があったため、徐行運転が多かった。当時の列車の運行本数は30分に1本と、現在の6~7分の1の運行密度で、確率的にも運良くそこを通過する便はありませんでした。しかし、万が一この陥没部分を列車が高速で通過していたら、間違いなく脱線していたそうです。「東海道新幹線」は盛土区間が多く、高架橋で建設されている他の路線と比べて雨や地震による崩落などで線路が歪みやすいです。実は、現在も盛土の歪みによる脱線事故が専門家に懸念されています。

23年ぶりの速度向上

23年ぶりスピードアップを申請 東海道新幹線

JR東海は27日、東海道新幹線の最高速度を来春から、現在の時速270キロから285キロに15キロ引き上げる変更認可を国土交通省に申請したと発表した。1時間に1本の割合で走らせる計画で、東海道新幹線の速度が速まれば23年ぶり。東京―新大阪間は現在、最速で2時間25分だが、2~3分短縮できる見通しだ。

速度引き上げの対象となるのは、現在も走る車両「N700A」と改造後の「N700系」。同社は、ブレーキ性能の向上や、車体を傾けてスピードを落とさずにカーブを長く走行できるようにしたことなどで、安全性や快適性が確認できたとしている。

東海道新幹線は10月1日に50周年を迎える。JR東海によると、昨年末までに約55億人が利用している。

http://www.huffingtonpost.jp/2014/02/27/shinkansen-speed_n_4869885.html

「東海道新幹線」内での最高速度の変化
昭和39年(1964年):210km/h
昭和61年(1986年):220km/h
平成4年(1992年):270km/h(「のぞみ」登場)
平成27年(2015年):285km/h


 「のぞみ」登場による大幅な速度向上が、「東海道新幹線」開業28年目で実施され、今回の速度向上がそれから23年も立っていることを考えると、200km/h運転で設計され、ダイヤが過密な「東海道新幹線」で速度を上げることがいかに難しいかが想像できます。今回の最高速度を285km/hとしたのは、「東海道新幹線」内を走る車両のうち、一番最高速度が低い700系に合わせたからでしょう。それよりも新しいN700系やN700系1000番台(N700A)は300km/h出せますが、「東海道新幹線」のダイヤが過密すぎて、それぞれがフルスピードで走れないということです。「東海道新幹線」では、将来的には半径2500mのカーブで280km/h、それ以外の区間で300km/h、「米原」~「京都」間で330km/h運転を目標にしているそうですが、その前段階なのでしょうか?まあ、それが実現するのは、「東海道新幹線」から700系が撤退するであろう平成31年(2019年)あたりな気がします(←700系の製造終了の平成18年(2006年)から、新幹線車両の基本耐用年数13年を加算した)。
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