「新大阪駅」の理想形態

 「日本」で2番目に大きい新幹線駅であり、たがいに線路がつながっている状態では「日本」一大規模(5面8線)の「新大阪駅」ですが、理想形態はこの程度にとどまらない超巨大駅でありました。これは、国鉄時代に妄想という名の計画をされた理想像です。

現在
無題
3階: 5面8線の「東海道・山陽新幹線」ホーム
2階:1面2線の「御堂筋線」ホーム
1階:4面8線の「東海道本線」ホーム+貨物線
1階:後日、1面2線の「おおさか東線」ホーム建設予定


理想(妄想・空想多々あり)
無題2
4階:「第2東海道新幹線」乗り入れ(「リニア中央新幹線」の原型)
3階:「東海道・山陽中央四国山陰?新幹線」乗り入れ。各路線が四方八方に分岐。「中央新幹線」は、「東京」で「成田新幹線」と直通。
3階:「阪急」乗り入れ。
2階:「御堂筋線」乗り入れ
1階:「東海道本線おおさか東線」乗り入れ
地下2階:「北陸新幹線紀勢新幹線」乗り入れ

これらの路線を受け入れる用地の確保、躯体構造の準備などが多少はされているものの、どこまで実現するやら?本当に実現するやら?夢の計画があまりに多いです。
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【動画】 新幹線、雪との戦い その3 -「東海道新幹線」の現状-

「新幹線、雪との戦い」シリーズの最終回です。今回は、その1で解説した、「東海道新幹線」の雪害対策の現状です。「東海道新幹線」で発覚した雪害を克服するためにデジタルATCやレーザー検知器による雪のこまめな観測など、最新の技術が取り入れられていますが、今でもこの路線は雪による遅延が0になりません。完璧な雪対策をするためには「東北・上越新幹線」とおなじ対策をするべきですが、その実現があまりにも困難なことを、この動画で解説します。なお、新幹線不在仮定や、「東海道新幹線」建設事情の歴史も絡めてお話しします。



原作↓
『東海道新幹線と関ヶ原 その2 なかなか実現できない雪対策』
『新幹線が無かったらどうなっていたのか?という想像(新幹線不在仮定)』


次回予定
『新幹線の大ジャンクション構想』

 かつて計画された多くの新幹線同士を結ぶ、いくつかの大ジャンクション計画と、「瀬戸大橋」や「大鳴門峡」に見られる新幹線設置構造を紹介します。久しぶりに1話完結で作る予定です。

もしも「東海道新幹線」の開業が数年早かったり遅かったりしたら?

ついに本日をもって、新幹線が誕生して50年目を向かえました。開業したのは今から50年前の昭和39年(1964年)10月1日ですが、新幹線自体、これしかないという、実に絶妙な時期に誕生しました。

『新幹線不在仮定』という、「もしも新幹線がなかったら「日本」はどうなっていたのか?」という思考実験がありますが、「もしも計画・開業時期が数年ずれていたら、どうなっていたのか」という想定を「山之内秀一郎」元「JR東日本」会長が、自署の「新幹線がなかったら」で簡素に語っていたことを紹介します。

新幹線の計画・建設が数年早かったら?
①速度制限が厳しく、国内外に与えるインパクトが小さかった
 「東海道新幹線」は、世界が「日本」に注目をしていた『東京オリンピック」の年に、開催直前というに開業しました。つまり、一番注目されやすいタイミングで世に出たのです。無論、「東京オリンピック」に合わせるための準備をしてきました。
しかし、もし戦前に計画された新幹線の元祖である『弾丸列車」計画のように、昭和29年(1954年)近辺に開業していたら、ここまで注目を浴びなかったでしょう。その頃は「日本」国内では200km/hはおろか、160km/h運転さえもしていませんでした。200km/h試験走行をしたのは「東海道新幹線」開業のわずか2年前です。160km/hでの営業運転や200km/hでの試験走行を行っていた「ヨーロッパ」と違い、まだ高速化の技術と経験が未発達でした。つまり、いきなり200km/hで運転できず、130km/hや160km/h運転で営業を始め、インパクトは小さくなっていました。

②技術未確立が多く、初期故障、下手したら事故が実際よりもかなりひどくなっていた
 「東海道新幹線」は、決して妥協を許さない徹底した試験や吟味で高速運転の技術と安全性を確立させて開業しましたが、それでも実戦で見落とした、想定外の故障や、あわや大惨事という事故が起きました(「オスプレイ」=危険と思われているのは、全ての機会に共通する、初期故障ばかり注目されているため)。つまり、今より早く開業していたら、さらに危うい初期故障や事故が多発し、大事故につながる確率もずっと高かったでしょう。

新幹線の計画・建設が数年遅かったら?
新幹線の建設が凍結・中止された
 当時は「20世紀末には鉄道はほとんどが赤字線か廃止になり、交通は車と飛行機に取って代わられる」といわれ、新幹線不要論がかなりはびこっていました。そんなご時世、莫大な費用のかかる新幹線建設を国会で認可してもらうために、可能な限り建設費用を節減し、実際の半分の予算を捏造してやっと認可された状況です。もし、新幹線の全体的な計画が数年遅れていたら、その間にモータリゼーションの強大化や航空機の運賃値下げなどで、新幹線の建設が認可されず、凍結・中止になっていたといわれています。それは、「新幹線不在仮定」に書いてある未来に直結します。まあ、後で新幹線計画が再評価されて建設される事態もあり得ますが、その遅れだけでも「日本」の交通事情に甚大な影響(大規模な渋滞、輸送力の不足など)を及ぼしていたでしょう。

参照↓
『新幹線が無かったらどうなっていたのか?という想像(新幹線不在仮定)』
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