新幹線(弾丸列車)のために造られたトンネル

 「東海道新幹線」のトンネルのうち「丹那トンネル」、「日本坂トンネル」、「新東山トンネル」は、新幹線の元祖である弾丸列車計画の一冠で戦前に建設されました。「日本坂トンネル」は昭和19年(1944年)に完成してその後18年間は「東海道本線」が間借りしました。
 「丹那トンネル」も途中まで掘られて戦後の「東海道新幹線」建設の建設に貢献しました。

 そして「東山トンネル」もそんな戦前建設トンネルの一つです。そしてこのトンネルは、「東海道本線」の線路としてのちに利用されました。

東山トンネル
 「東山トンネル」は地図の赤線で示す場所にあり、「京都駅」の東側に位置します。現在は「東海道本線」のトンネルで、「東海道新幹線」は南側に「新東山トンネル」として掘削されています。

 「東海道本線」の「東山トンネル」は現在複々線で、単線断面のトンネルが4本掘られていますが、「弾丸列車」計画時は複線でした。この区間に並行して「弾丸列車」を走らせる計画が挙がり、「新東山トンネル」は昭和16年(1941年)8月に着工。トンネル自体は単線ですが、新幹線に転用できるように設計変更をしたらしく、当分は「東海道本線」の増設扱いで、現在の下り線内側にあたります。目的は戦時中の列車本数増加で増えた補助機関車の回送を円滑にすることで、昭和19年(1944年)12月1日に完成し上り2線、下り1線の3線となりました(「膳所」~「京都」間)。ちょうど「日本坂トンネル」での間借りが始まった時期でもあります。

 この区間は昭和31年(1956年)11月19日に電化に伴い機関車の回送がほぼなくなったことから複線に戻されましたが(どのトンネルを放棄したかは不明)、14年後の昭和45年(1970年)2月23日に、複々線化されました。増設された線路は一番南側で、ちょうど「東海道新幹線」と接します。

「東山トンネル」西側坑口を俯瞰
DSCN0574 - コピー
 「東山トンネル」西側坑口はすぐ近くの跨線橋からよく見ることができます。このように、4本のトンネル(右端は洞門になっている)が並んでいます。かつては左側2本の複線でしたが、右側が1本ずつ建設されて複々線となりました。
 そして、新幹線(弾丸列車)として掘られたといわれているトンネルが右から2番目の黄色○で囲ってあるものです。他のトンネルと比べて若干大きく広く見えます。

DSCN0577.jpg
 このトンネルを拡大してみます。通常の馬蹄形型トンネルと比べて下側が幅広になっています。普通の鉄道車両よりも大きめの弾丸列車を通すために断面を大きくしているのでは?と言われています。

DSCN0578.jpg
 現在の列車と比較しても下側がかなり幅広です。一方で、高さは普通のようです。

DSCN0582.jpg
 ほかのトンネルは馬蹄形やU字型で、明らかに形が違います。従来の在来線トンネルは写真のように通過列車と下側の壁がもうちょい迫っています。

DSCN0576.jpg
 左側(北側)の2本のトンネルを拡大します。この2本は大正10年(1921年)と、蒸気機関車時代に掘られているため、坑口横には排煙用の横穴が空いています。

「東山トンネル」東側
DSCN0658AVI000038180.jpg
 一方、このトンネルの東側坑口は、通常の在来線の断面です。ちゃんと下側が狭まっています。

「東山トンネル」西側出口
DSCN0658AVI000112319.jpg
 再び西側坑口を中から見てみました。ちゃんとした側が広がっています。トンネル内のどこかで断面が変わったのでしょうが、運転席後ろから1回見ただけではよくわかりませんでした。この断面変化は、弾丸列車計画の中止や、「東海道本線」への転用などの方針変更から変わったのでしょうか?(詳しい資料がないのでよくわかりません)


 西側跨線橋について
DSCN0573.jpg
 この跨線橋は歩行者専用のいわゆる歩道橋のようなもので手すりが低く簡易なため渡るとかなりの迫力があり、思う存分「東海道本線」の複々線を堪能できます。

DSCN0586.jpg

DSCN0591.jpg
 そしてこの跨線橋の柱には古いレールが使われています。

DSCN0572.jpg
 周囲の柵にもレールが使われています。後で知りましたが、近くには双頭レールもあります。このことはレイルエンヂニアリングにも記載されています(http://oomatipalk2.blog91.fc2.com/blog-entry-266.html)。
スポンサーサイト

【動画】『新幹線を間借りした鉄道 その5 「阪急京都本線」の間借り【前編】』

 新幹線を間借りした鉄道路線では、恐らく一番有名な「阪急京都本線」の間借りを紹介します。最初は1話完結の予定でしたが、長くなりすぎたので【前編】、【後編】に分けました。【前編】では間借りの経緯、【後編】では空中写真などからの検証などをしていきます。



 かなり久しぶりに(1年くらい)動画が10分を切りましたが、やはり最近の10分越えと比べて作成の手間、特に投稿直前の間違い探しがかなり楽になった気がします。今後造る動画も10分以内に収めたいところですが、大体は予想以上にオーバーします。

次回予定
『新幹線を間借りした鉄道 その6 「阪急京都本線」の間借り【後編】』


次々回予定
『新幹線を間借りした鉄道 その7 「えちぜん鉄道」の間借り』(間借りシリーズ最終話)

三線以上の軌条 その4 六線軌条

 適当にググっていたら、三線軌条や四線軌条を凌駕する六線軌条が「ドイツ」の「ロッセタール鉄道」にありました。ドイツ語Wikipediaや「地図と鉄道のブログ」によれば、旅客電車と貨物列車を共存させるための秘策で造られたそうです。

Waldkappeler Bahn の六線軌条
Wikipediaより。 六線軌条の「ニーダーカウフンゲン中央停留所」です。パッと見何が何だかわけわかりません。奥の分岐器とプラットホームとの関係をよく見ると、元は単線かつ線路2本の普通の鉄道ですが、2本の線路を左右のプラットホーム側に寄せるためにそれぞれ分岐させ、位置が少しずれているためここだけ6線になっています。

最終案
 平面図にするとこんな感じです。オレンジの真ん中の線路が通過線、上と下の青線と赤線が停止線です。線路のインパクトはすさまじいですが、三線軌条や四線軌条の分岐器と比べて案外シンプルともいえます。線路同士がクロスしていないためでしょうか。


どうしてこうなったのか?


Wikipedia(https://de.wikipedia.org/wiki/Bahnstrecke_Kassel%E2%80%93Waldkappel)や「地図と鉄道のブログ」(http://homipage.cocolog-nifty.com/map/2011/12/6-2aaa.html)によると、六線軌条の目的は、幅が広い貨物列車の車両(積載荷物)と、比較して狭い旅客電車の車両の両方を走らせることです。

 この路線は、少し前まで旅客鉄道がしばらく通っていない時期(貨物列車のみ走行)がありましたが、2001年にLRT(路面電車の近代バージョンみたいな感じ)として旅客運送が復活しました。その際造られたホームの配置が問題になりました。貨物列車の車体の幅が相対的に大きく、旅客列車に合わせてホームを造ると、貨物列車と接触。逆に貨物列車を避けるようにホームを造ると、旅客列車との間に隙間ができます。そこで、この六線軌条が採用されました。

 「ニーダーカウフンゲン中央停留所」以外では変則的なホームの配置、四線軌条、貨物線路と旅客線路の完全分離などで対応しています。
 わざわざホームを2つ造らず片側だけにすれば四線軌条で済みそうですが、恐らく上下線のホームを分けたり、列車の進行方向から見て片方の扉だけ常に開閉できるようにしたい(もしくは車両の片側にしかドアがない)などの理由でこうなったのかもしれません。
プロフィール

太郎の部屋

Author:太郎の部屋
太郎の部屋にようこそ!

カレンダー
07 | 2016/08 | 09
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
部屋に来た人
地域別訪問者数

ジオターゲティング
月別アーカイブ
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
バロメーター
ブログ内検索
リンク
RSSフィード
ブロとも申請フォーム