駅名を巡る争い その3 小郡駅(現在の新山口駅) 、の補足。「山口市」の野望

 以前、「山陽新幹線」の「小郡駅」が「新山口駅」に変換された推移を紹介しました(→『駅名を巡る争い その3 小郡駅(現在の新山口駅)』)。この駅名を巡って「山口市」と「(旧)小郡町」が対立をしたのであります。

 実は、この対立は新幹線が開通する前、今から50年以上前から2つの町で続けられていたのでした。今回はそれについて語りましょう。

 中国地方を横断する幹線鉄道である「山陽本線」が建設される際、最初は現在の「山口市」の都心部を通る予定でした。ところが、当時は鉄道が敬遠されていた時代で、「山口市」は「山陽本線」を通すことを拒否しました(このことについては、『鉄道が敬遠されていた時代』を掲載した際に頂いたコメントから情報を得ました)。

山口と新山口
 「山口駅」と「新山口駅(かつての小郡駅)」の位置関係。

 「山陽本線」を市内に通すのを「山口市」が拒否したため、「(旧)小郡町」に「山陽本線」が通されて「小郡駅」が開業しました。「小郡駅」「山陽本線」の主要駅として、特急列車の停車駅として発展しました。鉄道を拒絶したことの間違いに気付いた「山口市」は大正2年(1913年)に「山口線」の誘致に成功しましたが、中国地方の幹線鉄道である「山陽本線」から外れていたのが原因か?町はあまり発展しませんでした。このころから「山口市」は「小郡町」と合併してでも「小郡駅」に「山口」の文字を入れようと考えました。「山陽新幹線」が「小郡町」に停まるようになってからはその情熱がますます強まりました。その後の経緯は前の記事で述べたとおりです。「山陽新幹線」が全通した昭和50年(1975年)から、国鉄などからも「新山口駅」や「山口小郡駅」という案が出ていましたが、「小郡町」は駅名が改変される平成15年(2003年)までの28年間自らの町の名を守り通してきたのです。  以前、「駅名を巡る争い その3 小郡駅(現在の新山口駅)」の記事で「山陽新幹線」と「山陽本線」の主要駅の一つである「小郡」(現在の「新山口」)の駅名変更について、(旧)「小郡町」と「山口市」の対立を交えつつ述べました。今回は、その補足です。

 閲覧者から頂いた情報では、「山口市」は幹線鉄道路線である「山陽本線」が造られる際、市街地への鉄道の乗り入れを拒否し、結果「山陽本線」は「小郡町」を通ることになりました。これは、当時鉄道を敬遠する価値観が強かったことも影響します(参考→鉄道が敬遠されていた時代)。

 これが、約50年にわたる駅名問題に発展し、「山口市」と「小郡町」は対立関係となりました。

山口と新山口
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この記事へのコメント

- ヒバリ - 2010年06月19日 11:57:24

仮に山口駅が山陽本線だったとすると、徳山あたりから山を突っ切って山口駅に通すルートになったのかなぁ。

- 太郎 - 2010年06月20日 22:48:47

>ヒバリさん
 うーん、新幹線はなるべく線路をまっすぐ通したいから「横浜」や「岐阜」のように短く直線で通れる「小郡」を通っていた可能性が高いかも(ただし、「小郡」に鉄道路線が通っていたらね)。

- ヒバリ - 2010年06月21日 00:45:31

>太郎さん
ごめんごめん字足らずだった。

言いたかったのは

山口市が山陽本線誘致に反対しなかったら、山陽本線は徳山あたりから山を突っ切って山口駅に通すルートになったのかなぁ。

ということです。

- 太郎 - 2010年06月27日 13:59:08

>ヒバリさん
 そうかもしれないなあ。周りの山はそんなに高くなさそうだし。

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