「富山市」の路面電車の歴史:現代編

「富山ライトレール線」と「富山都心線(セントラム)」の開業
 「富山県富山市」では、平成18年(2006年)4月29日に「富山ライトレール線」が、平成21年(2009年)12月23日「富山都心線(セントラム)」と、2路線の路面電車線が開業しました。前者は旧「富山港線」を改良・多少のルート変換で、後者はわずか910mの新路線の建設(歴史から見たら復活ともいえる)による環状化の実現と、傍から見たら地味な建設に見えなくもないです。しかし、短いながらもこの2路線の開業は、路面電車界にとって非常に意義のあるものと言えます。

 モータリゼーション等の影響でガンガン廃止が進められ、昔と比べて路線が減少した路面電車ですが、近年「富山市」に「富山ライトレール富山港線」(平成18年(2006年)4月29日)がJR「富山港線」を路面電車か(LRT化)する形で開業し、「富山地方鉄道富山市内線」の「富山都心線(セントラム)」が開業(細かく言えば復活と表現した方がいい)で市内線が環状運転を行いました。

 結果、両路線とも前と比べて非常に利用しやすくなり、乗客が格段に増えました。乗客の流れで「富山市」の中心地も再び活性を取り戻し始めています。「富山ライトレール線」の駅にはバス路線も設定し、沿線周辺に交通網を広げています。

 なにより、今まで廃止され減り続けていた路面電車を逆に増やした行為が、路面電車を復活させたがっている、路面電車の便利さを見直し始めている各都市にとってよい起爆剤になっています。


早かった開業までの流れ

 近年は「日本」国内でも路面電車の良さが見直され、市内に路面電車を走らせる(もしくは復活させる)構想は全国のいくつかの都市にあります。しかし、車との共存、採算性、建設・維持費、反対意見諸々などでなかなか実現しないのが現状です(例えば「金沢市」や「宇都宮市」)。
 「富山市」では「富山ライトレール」と「富山都心線」の、2路線の開業に、かなりの早さでこぎつけることが出来ました。両路線の開業までの経歴を以下に記述します。

「富山ライトレール富山港線」

当初
「富山港線」の利用客減少で存続が危ぶまれる

平成15年(2003年)
JR西日本が「富山港線」と「吉備線」のLRT(路面電車)化を検討中と発表。
「富山市」:「富山港線」の扱いについて判断を迫られる。
案1 既存線の高架化
案2 新規路面電車化
案3 バス代替による既存線廃止

平成15年(2003年)5月
富山市長が「富山港線」の路面電車化を発表

平成16年(2004年)3月
市議会で路面電車化の予算案が承認される。

平成16(2004年)年4月
第三セクターの設立

平成16年(2004年)10月18日
名称を「富山ライトレール線」とすることを決定。

平成16年(2004年)11月~平成17年(2005年)2月
工事施工認可の申請~取得

平成17年(2005年)2月~
工事開始

平成18年(2006年)4月29日 開業。

参照↓
富山港線路面電車化の概要(http://www.city.toyama.toyama.jp/division/toshiseibi/romen/office.html
Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E6%B8%AF%E7%B7%9A



「富山都心線(セントラム)」

平成17年(2005年)3月
路面電車環状化を「富山市総合的都市交通体系マスタープラン」の主要事業に位置づける。

平成17年(2005年)11月~平成18(2006年)年5月
富山市内電車・環状線化計画検討委員会の開催

平成18年(2006年)6月
ルートの決定、および単線での敷設を行うことを決定。

平成19年(2007年)11月15日
同年10月に施行された地域公共交通活性化法(LRTなどで上下分離方式を認めたもの)を初めて適用し、環状線化の新線建設を国土交通省に申請。

平成20年(2008年)3月~
埋設物の移設などの工事開始。将来の乗客数増加もにらんで複線化が可能なように工事を行う。その後、本線工事開始。

平成21年(2009年)12月23日
開業


参照↓
環状線が出来るまで(http://www.city.toyama.toyama.jp/division/toshiseibi/romen/news.html
Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E5%9C%B0%E6%96%B9%E9%89%84%E9%81%93%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E5%B8%82%E5%86%85%E8%BB%8C%E9%81%93%E7%B7%9A#.E6.AD.B4.E5.8F.B2

 このように、両路線は計画が公式にたてられてからわずか3~4年の間で開業に至りました。交通事情や予算の関係でなかなか思うように進まないこともありそうな事業ですが、何故これだけ早く進められたのでしょうか?それは、「富山市」市長の「森雅志」をはじめとする「富山市」の行動力にありました。


「富山市」の尽力
 「富山市」はほかのいくつかの町と同様、郊外に人や物が流れて中心地が空洞化する、いわゆるドーナツ化現象を何とか食い止めたいと考えていました。そのために中心地を活性化させて人や物を集約させる必要があります。また、車が無くても人々が気軽に往来できるようにする処置も欠かせません。
 その手段の1つとして「富山港線」のLRT化(路面電車化)(いわゆる「富山ライトレール富山港線」)と「富山市内線」環状化復活(いわゆる「富山都心線(セントラム)」)が造られました。当時から「富山市」の市長である「森雅志」はこの事業を積極的に推し進めました。彼自身、「全国路面電車サミット」にガンガン参加をしたり、「富山ライトレール(株)」の初代社長(現在は会長)を務めたほど、路面電車分野に深くかかわっています。また、路面電車などの手軽に乗れる公共交通という手段で、人の流れをドーナツ化している中心街へ誘導することも考えてこの計画を進めていきました。無論、懸念や反対意見(交通事情や経済事情などの)もでましたが、それらを説得して開業にこぎつけました。彼は平成17年(2005年)から富山市長を務めていますが、彼が市長になってから急激に路面電車事業が進んでいったようです。そして、「富山」市内の企業体も路面電車建設に協力的で他の町と比べて造ろうとするノリがよかったのもあります。

今後の予定
 さらに、平成20年(2008年)には「富山地方鉄道上滝線」を「富山ライトレール富山港線」と同じくLRT化(路面電車化)して「富山市内線」との直通運転をする構想を発表しました。その時には、「上滝線」の運賃を200円に均一化することも視野に入れているそうです。「上滝線」の線形の問題もありますが、これが実現したら、6年後?に実施される予定の「富山市内線」と「富山ライトレール富山港線」の直通運転と相極まって「岩瀬浜」~「上滝」・「岩峅寺」(もしかしたら「立山」まで?)間が1本につながることになります。


参照↓
『「富山市」の路面電車の歴史』
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この記事へのコメント

- ヒバリ - 2012年11月11日 03:41:17

岡山の路面電車も環状線にするかどうかの議論はなかなか結論が出ないみたいです。
http://tohazugatali.iza-yoi.net/TOSHI-TETSU/okayama-denki.html
それに比べたら富山の建設までのスピードはとてつもなく速いね。

- 太郎 - 2012年11月19日 22:55:41

>ヒバリさん
 「岡山」も賛否がぶつかって進めないんだな。記事にあるように、JR西日本の「吉備線」のLRT化検討を受け入れてたら、「富山」みたくなったかもね。

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