かつては速度制限がとられていた その1 「東海道新幹線」の場合

 「東海道新幹線」は開通間もないころは最高速度が210km/h(普段は余裕を持って200km/h)で走行し、「ひかり」は「東京」~「新大阪」間を3時間10分、「こだま」は4時間で運行していました。しかし、開通してから最初の1年目は路盤がまだ安定していない箇所が多く、しょっちゅう減速運転をしていたため、「ひかり」では4時間、「こだま」では5時間かかりました。開通1年以降は200km/h運転の可能な区間は7割以上になりましたが、開通時は3割ほどでした。これは、当時の新幹線の路盤がコンクリートの高架橋よりも盛土で構成されている区間が多かったこと、「東海道新幹線」の大部分の区間がわずか5年半という短期間で造られ路盤が安定するための時間が足りなかったことが原因です。また、初めての200km/hでの営業運転のため、肩慣らしをする目的もありました。そして開通から1年がたって、路盤が安定したのを見届けて真の200km/h運転が実現されたのです。

 ちなみに、徐行運転を組み込んだあまりに余裕のあるダイヤであったために、「東海道新幹線」開通日の1番列車(上り列車)の運転手が思わず張り切ってスピードを出し、その分「東京」付近で徐行運転を余儀なくされて(定刻通りに「東京」に到着するため)、隣を走る通勤電車に新幹線車両が追い越されるということがありました。
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