「東北地方太平洋沖地震」 その5 「貞観地震」との関連ついて

 「東北地方太平洋沖地震」は、非常に広範囲でプレートのひずみが解放されたために超巨大地震となりました。今回の規模は、想定されていた規模をはるかに上回った、複数の震源域の連動による地震ですが、過去にも稀にこのタイプの超巨大地震は起きていました。その代表的存在が貞観11年5月26日(869年7月9日)に「東北地方」で発生した「貞観地震」(M=8.3~8.6)です。この史実から、「東北地方太平洋沖地震」は『「貞観地震」の再来』とか『1000年に一度の地震』と報じられました。今回は、「貞観地震」に話を置いてみます。

「貞観地震」と「東北地方太平洋沖地震」について
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http://www.jiji.com/jc/v?p=ve_soc_jishin-higashinihon20110313j-03-w380
 今までの研究、地震の歴史的傾向から想定され、区分分けされた震源域が以下の番号で表わされています。「太平洋側」、特に「東北地方」沿岸では数十年に1度(中には30年に一度)の間隔でM7~8の地震が起こるといわれています。今までの想定では、それらの地震は上図の各震源域で別個に起こるとされてきました。今回の「東北地方太平洋沖地震」は、これらの震源域をまたいでほぼ同時に発生したのです。少なくとも4つの震源域(③~⑥、もしかしたら②も含まれるかもしれない)が3段階に分けて動きました。動いた範囲が著しく広いため、M9.0という超巨大な規模になったのです。


貞観地震
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110327k0000m040036000c.html
 上図は、「貞観地震」の推定震源域です。推定されるマグニチュードは8.3~8.6で、震源域は長さ約200Km、幅約100㎞といわれています。これは、上図に載っている「明治宮城県沖地震」や33年前に発生した「宮城県沖地震」のような、各個別の震源域で起こる地震をはるかに上回る規模です。ようするに、想定された震源域を越えて複数の震源域が連動した地震です。震源域が広大だったため、津波の被害が甚大だったそうです。今の「仙台」付近では、当時は海岸線より3~4㎞内陸までが津波で水没したそうです。

158.png
http://mainichi.jp/select/science/news/20110419k0000e040066000c.htmlより
 津波を引き起こす原因と思われる、各地震の地殻変動域です。1つ上の震源域の図と範囲が異なりますが、恐らくこれは、津波に影響を起こす地殻変動の場所のみ(震源域全体ではない)を示しているからでしょう。「貞観地震」の、津波を起こす原因となった地殻変動の範囲は、最大溯上高38.2m(「東北地方太平洋沖地震」が起こるまでは、観測された中で「日本」で最も高い津波)を記録した津波を引き起こした「明治三陸地震」とほぼ同じです。「東北地方太平洋沖地震」の地殻変動の範囲は、これをはるかに上回っているようです。

「貞観地震」の研究成果を防災に生かす途上で

 最近の10年で、複数のプレートが連動したといわれる「貞観地震」の研究がおこなわれています。この研究を「東北地方」で起きる超巨大地震(「東海」~「南海」にかけて連動する「宝永地震」のような)の防災対策に生かそうとした出来事が以下の記事(以下の赤・黒文字)に綴られています。


「研究成果を生かせなかった…」貞観地震の研究者

 2011.3.28 19:28
 「貞観地震の再来だ」。東日本大震災が起きた今月11日、超巨大地震のデータを目の当たりにした産業技術総合研究所の宍倉正展さんは「背筋が凍りつくような恐ろしさを感じた」と振り返る。
産業技術総合研究所の宍倉正展さんらは宮城、福島両県のボーリング調査などから、869(貞観11)年に東北地方を襲った巨大地震・津波の実態を解明し、「いつ、再来してもおかしくない」と警鐘を鳴らしていた。だが、日本の災害史上最大規模の地震・津波は、研究成果を防災に生かそうとする途上で襲ってきた。

「なぜ今、起きてしまったのか。1千年単位の長い周期のうち、たった数年待ってくれれば、防災対策を立てられたのに…」

 産総研で海溝型地震歴研究チームを率いる宍倉さんは、声をつまらせる。

 貞観地震の研究に着手したのは平成16年。宮城、福島県の沿岸の地層をボーリング調査で解析し、貞観地震の津波が運んだ砂の層の分布から津波の到達域を特定。太平洋沖を震源とする巨大海溝型地震が、大規模な津波を起こしたことを突き止めた。

 岩手県や茨城県ではボーリング調査による津波堆積物の特定が難しく、海水は砂層よりも内陸まで到達していたはずだ。「それを考慮すると、貞観地震の規模はマグニチュード(M)8・3より大きい」と推定。ボーリング調査では、東北地方は500~1千年の間隔で、繰り返し巨大津波に襲われていることも判明した。

直近の巨大津波は、貞観か室町時代(14~16世紀ごろ)で、「いずれにしても、(500年~1000年周期の(超)巨大地震は)いつ起きてもおかしくない状態にある」と結論づけていた。

 「防災に生かさなくてはいけない」


 政府の地震調査研究推進本部に報告した成果は「海溝型地震の長期評価」に盛り込まれ、4月にも公表されるはずだった。推進本部は今年に入ってから大きな被害が予想される自治体に赴き、貞観地震再来の危険性を説明。しかし、自治体の防災担当者は「そんな長い間隔の地震は、対策を練っても仕方がない」と、鈍い反応だったという。

 「研究者自身が説明しなくてはだめだ」。宍倉さんは今月23日に、福島県の防災担当者に直接説明する予定だった。「絶対に、対策の必要性を理解してもらわなければ」と意気込んでいた矢先の3・11-。

 研究成果を防災に生かせなかったことが無念でならない。「1千年スケールの災害が起こり得ることを、行政の人たちも分かったと思う。同じ思いはもうしたくない」と、宍倉さんは声を振り絞った。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110328/dst11032819290055-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110328/dst11032819290055-n2.htmhttp://より。

 「東海」~「四国」沖は過去に「宝永地震」をはじめとして広範囲でプレートが連動して起こる超巨大地震の記録がありますが、「東北」の方ではそれが乏しかったのです。上述のように、津波の痕跡から津波の規模を測り、それから超巨大地震の起きた年と規模を僅かな記録から導いたのです。

 今までは「数十年~100数十年に一度M7~8級の大(巨大)地震が指定された区域で周期的に起こる」という声が大きく、それに対応した準備が進められてきました。「500~1000年に一度の周期で大津波を伴う(超)巨大地震が(今の)指定区域を越えて広範囲で起こる」という考えが表に出てきたのはつい最近です。
 しかし、「東北地方太平洋沖地震」が起こるまでは前者の方が“パラダイム(模範的な考え方、こだわり)”で、後者の方は少数派でした。世間では前者に対する認識や備えが強く、後者の長期的な周期で起こる超巨大地震が定着するのには残念ながら人間の性なのでしょうか、時間がかかったのです。

 専門家による研究や、「スマトラ島沖地震」の実例のように、M9.0の超巨大地震の可能性を考える余地もありましたが、「日本」で前例が無いこと、そこまで想定してない(したくない)、一言でまとめればパラダイムに遮られた結果です(「太郎」もM8.5が最大だろう、これだけ地震が多発してガス抜きが頻繁っぽい「日本」では…と思ってた次第で…)。

 数百年~1000年に一度の超巨大地震が一般に定着して(←認識ではない)それ相応の対策がとられたら、どれだけ減災出来たのだろうか、と今更ながら考えてしまうのでした。

参照↓
「東北地方太平洋沖地震」 その1 マグニチュードについて
「東北地方太平洋沖地震」 その2 揺れについて
「東北地方太平洋沖地震」 その3 「前震」と「余震」と別の地震の誘発について
「東北地方太平洋沖地震」 その4 他の地震の誘発について
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