もしも「東海道新幹線」の開業が数年早かったり遅かったりしたら?

ついに本日をもって、新幹線が誕生して50年目を向かえました。開業したのは今から50年前の昭和39年(1964年)10月1日ですが、新幹線自体、これしかないという、実に絶妙な時期に誕生しました。

『新幹線不在仮定』という、「もしも新幹線がなかったら「日本」はどうなっていたのか?」という思考実験がありますが、「もしも計画・開業時期が数年ずれていたら、どうなっていたのか」という想定を「山之内秀一郎」元「JR東日本」会長が、自署の「新幹線がなかったら」で簡素に語っていたことを紹介します。

新幹線の計画・建設が数年早かったら?
①速度制限が厳しく、国内外に与えるインパクトが小さかった
 「東海道新幹線」は、世界が「日本」に注目をしていた『東京オリンピック」の年に、開催直前というに開業しました。つまり、一番注目されやすいタイミングで世に出たのです。無論、「東京オリンピック」に合わせるための準備をしてきました。
しかし、もし戦前に計画された新幹線の元祖である『弾丸列車」計画のように、昭和29年(1954年)近辺に開業していたら、ここまで注目を浴びなかったでしょう。その頃は「日本」国内では200km/hはおろか、160km/h運転さえもしていませんでした。200km/h試験走行をしたのは「東海道新幹線」開業のわずか2年前です。160km/hでの営業運転や200km/hでの試験走行を行っていた「ヨーロッパ」と違い、まだ高速化の技術と経験が未発達でした。つまり、いきなり200km/hで運転できず、130km/hや160km/h運転で営業を始め、インパクトは小さくなっていました。

②技術未確立が多く、初期故障、下手したら事故が実際よりもかなりひどくなっていた
 「東海道新幹線」は、決して妥協を許さない徹底した試験や吟味で高速運転の技術と安全性を確立させて開業しましたが、それでも実戦で見落とした、想定外の故障や、あわや大惨事という事故が起きました(「オスプレイ」=危険と思われているのは、全ての機会に共通する、初期故障ばかり注目されているため)。つまり、今より早く開業していたら、さらに危うい初期故障や事故が多発し、大事故につながる確率もずっと高かったでしょう。

新幹線の計画・建設が数年遅かったら?
新幹線の建設が凍結・中止された
 当時は「20世紀末には鉄道はほとんどが赤字線か廃止になり、交通は車と飛行機に取って代わられる」といわれ、新幹線不要論がかなりはびこっていました。そんなご時世、莫大な費用のかかる新幹線建設を国会で認可してもらうために、可能な限り建設費用を節減し、実際の半分の予算を捏造してやっと認可された状況です。もし、新幹線の全体的な計画が数年遅れていたら、その間にモータリゼーションの強大化や航空機の運賃値下げなどで、新幹線の建設が認可されず、凍結・中止になっていたといわれています。それは、「新幹線不在仮定」に書いてある未来に直結します。まあ、後で新幹線計画が再評価されて建設される事態もあり得ますが、その遅れだけでも「日本」の交通事情に甚大な影響(大規模な渋滞、輸送力の不足など)を及ぼしていたでしょう。

参照↓
『新幹線が無かったらどうなっていたのか?という想像(新幹線不在仮定)』
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