日帰り「佐渡金山」の旅 その10 「大切山抗」見学【後編】

 「大切山坑」へ潜入です。

 「大切山坑」は、観光用坑道とは一線を画す探検坑道で、照明や柵などはほぼ整備されないありのままの坑道を見られるマニアックな坑です。おまけに照明設備もないため、真の暗闇も体感できます。

 坑道はほぼ素掘りのトンネル状になっていますが、「佐渡島」自体が非常に頑丈な火山性の岩石から構成されるため、坑道周辺の岩盤も非常に堅く、鉱山でよく言われる落盤事故はほとんど起きないためです。

 「佐渡金山」の観光用坑道は(特に「宗太夫坑」)、木の枠組みがかなり組まれていますが、あれは念には念を入れた安全設備+観光用の見せかけだそうです。

「大切山抗」は、「兵庫県」にある「明延鉱山」の見学ツアーのミニバージョンともいえるでしょう。

↓「明延鉱山」についてはこちらを参照
「明延鉱山」 その1 当時のままの坑道
「明延鉱山」 その2 当時のままの設備・機械
「明延鉱山」 その3 外の展示物


本題に入ります。
 「大切山坑」最大の特徴は、2本の坑道が数m間隔で並行していることです。

 これは、互いの坑道を切羽付近で繋げて空気を自然循環させるという、昔ながらの知恵から生まれたものです。

 現在では、ダイナマイトや機械による=破壊力のある掘削をしているため、坑道間には10m以上のスペースを設けねばならず、この2本の並行坑道は現代の鉱山では決してみられない貴重なものです。


 近代に入り、このうち1本の坑道がトロッコ列車や機械を通すために断面を拡幅されているため、洞内では江戸時代の狭い坑道と近代の広くて水平な坑道を2本同時に見ることができます。

坑道
DSCN0952.jpg
 入り口付近は、役人が馬に乗ったまま通れるよう、広めになっています。

DSCN0950.jpg
 少し進むと、人がぎりぎり立って歩ける高さに下がります。この状態で数百m進みます。

DSCN0904.jpg
 坑道内には、コンプレッサーから先端の機械に送られる、圧縮空気を輸送する鉄管が転がっています。

DSCN0884.jpg
 坑道内の床は若干かまぼこ上に凸凹です。これは、トロッコ列車用に敷いた枕木の跡です。排水路はなぜか進行方向左側に造るルールがあるそうです。

DSCN0871.jpg

DSCN0873.jpg
 鉱脈が見つかったところはこのように脈に沿って細長く掘られています。脈は右斜め上に急傾斜していたのでしょう。この脈はおそらく小規模でしたが、人間の欲望通りに根こそぎ掘りつくされている感があります。

DSCN0894.jpg
 坑道内には蝙蝠も生息しています。蝙蝠は、逆さにぶら下がって昼は爆睡しています。このように触っても起きません。少し触れるくらいでは、しっかり踏ん張っています。ときどき超迷惑そうに身を縮こまらせるところが、人間と同じ動物らしいです。

DSCN0882.jpg
 石英脈が走っています。金銀は石英脈の真ん中に見える黒い縞状の層に含まれています。この脈はおそらく小規模で品位が低いものでしょう。ガイドさんいわく、高品位で採算の合う脈は、雲母のように光り輝いています。


壁の特徴
DSCN0878.jpg
 江戸時代の掘削の跡です。人の手でたがねやノミを使って掘っているため、細かく凸凹です。

DSCN0877.jpg
 近代に掘られた行動の壁は、比較的平滑で削岩機の跡がついています。


隣を繋ぐ横穴
DSCN0875.jpg
 隣の坑道と繋がっている換気用横穴です。この換気用孔は、切羽付近に造られ、掘削が進んだら埋め戻されてまた次の切羽に新しく横穴が掘られます。横穴は常に切羽付近のみに空くようにしています。これは、空気に循環を切羽前方にまで行きわたらせるためです。

奥のシュリンケージ
DSCN0922.jpg
 このコースで一番奥にあるシュリンケージです。入口から250mあたりで、鉱山全体から見ればまだまだ序の口です。シュリンケージは、脈に沿って掘られた大規模な空洞です。この辺りは、明治時代以降の近代技術で大規模に採掘されています。もしかしたら、下のズリの中に金銀が含まれている石が残っているかもしれませんが、こういう鉱山ではそれらの残り物も根こそぎ取りつくすそうです。

DSCN0908.jpg
 こちらの設備は、上の穴から鉱石を落として回収するものです。上の穴で採った石をトロッコ列車が通る坑道に回収する仕組みです。

DSCN0911.jpg
 金銀が含まれていそうな脈がありました。これも品位が悪い層で、回収されずに残っています。

DSCN0915.jpg
 この大量の木のがれきは、トロッコです。下に錆びた車輪が見えます。

DSCN0918.jpg
 シュリンケージ付近には、線路もちゃんと残っていました。線路は坑道廃棄の際に撤去されるのが普通ですが、奥の方は面倒でそのままなのでしょうか。

並行坑道がよくわかる場所
DSCN0935.jpg

DSCN0934.jpg
 並行している2本の坑道が極端に近づいて繋がっている場所です。2枚の写真は同じ場所からそれぞれ反対側を撮ったものです。
狭い坑道が江戸時代に掘られたもの
広めの坑道が明治以降に拡幅されたものです。

 近づき具合が半端ないです。この状態で200m以上も続いています。


坑道クロス地点
DSCN0942.jpg

DSCN0890.jpg
 写真は同じ場所から両側を撮影しています。互いの坑道の右左が入れ替わっているのがわかります。 
 この場所は、江戸時代断面の坑道と明治時代断面の坑道がクロスして位置が入れ替わっている場所です。
 この坑道が掘られた江戸時代には、2本とも交わらず並行していましたが、トロッコを通すために拡幅したら、掘りやすかったためか?この位置でクロスすることになりました。

DSCN0948.jpg
 どこで見ても、江戸時代の狸彫りの狭さは半端ないです。

案内ガイドと「タモリ」
 少し前に「ブラタモリ」の撮影で「タモリ」が「佐渡金山」に来ていましたが、ガイドも「タモリ」と握手したそうです。ガイド自身は『「タモリ」には、この「大切山坑」や「南沢疎水坑」のようなマニアックで深い場所も見てほしかった』と言われていました。
 確かに、メインの観光坑道よりも、こういうところの方が「タモリ」に向いていそうです。


「佐渡金山」の世界遺産化について…
最後に、「佐渡金山」は世界遺産登録を目指しています。世界遺産になると知名度が飛躍的に上がり、観光客も増大して地域の活性化に役立ちますが、世界遺産になるが故の残念な点もあります。

それは

世界遺産登録後は「大切山坑」のようなマニアックな坑道が見学できなくなる可能性が高い。

 このマニアックな坑道の探検は、安全関連の法律上から厳格に考えると、どうしても若干グレーになります。言葉は悪いですが、地方だからこそできるツアーでもあります。
 数年前は「南沢疎水坑」という、「日本」トップクラスの江戸時代に掘られた排水路がガイドツアーで見学できましたが、現役稼働中の排水路のため、法律面やお役所上の手続きが面倒になり、誠に残念ながら現在はやっていません。やってたら間違いなくいきました。

 世界遺産登録がされると「ユネスコ」関係者からこれらのマニアックな坑道探検ツアーの安全対策やら法律やら、増大する観光客への対応やらの細かいご指摘が良くも悪くも貫入してくるため、登録=一般者の立ち入り禁止がなされる方向になりそうです。
 ガイドの方も進言していましたが、世界遺産に登録される前のすいているこの時が、これらの坑道を見る最後のチャンスになりそうです。




参照
日帰り「佐渡金山」の旅 その1 丑三つ時の出発
日帰り「佐渡金山」の旅 その2 とりあえず歩いた
日帰り「佐渡金山」の旅 その3 「宗太夫坑」
日帰り「佐渡金山」の旅 その4 「道遊坑」
日帰り「佐渡金山」の旅 その5 「道遊の割戸」
日帰り「佐渡金山」の旅 その6 様々な展示物
日帰り「佐渡金山」の旅 その7 金山をあとに
日帰り「佐渡金山」の旅 その8 「ジェットフォイル」
日帰り「佐渡金山」の旅 その9 「大切山抗」見学【前編】



スポンサーサイト

この記事へのコメント

トラックバック

URL :

プロフィール

太郎の部屋

Author:太郎の部屋
太郎の部屋にようこそ!

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
部屋に来た人
地域別訪問者数

ジオターゲティング
月別アーカイブ
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
バロメーター
ブログ内検索
リンク
RSSフィード
ブロとも申請フォーム