成田空港と鉄道 その1 かつて成田新幹線が計画されていた

 成田空港と鉄道の関わりについて数記事書けそうなので、ちょこまかと連載しときます。まあ、連載間隔は「涼宮ハルヒちゃんの憂鬱・にょろーんちゅるやさん」みたいに気まぐれですが、ブログはそういうもんなんで、気長にみてくださいな。

成田新幹線のルート - コピー
 成田空港の建設時、東京~成田空港を結ぶ新幹線が計画されていました。これは全くの独立した鉄道路線で、延長は約65km、ルートは現在の京葉線の「東京駅」から地下鉄東西線沿いに葛西や西船橋を突き抜け、千葉ニュータウン、印旛沼をとおり「成田空港」に向かうものです。途中の千葉ニュータウン付近に駅が設けられ、6両編成の列車が1日45往復するものでした。昭和46年(1971年)に基本計画がなされ、翌年に認可され、昭和49年(1974年)に着工しました。

 ところが、この新幹線建設に猛烈な反対運動が起きました。当時はすでに営業運転を行っている東海道新幹線の騒音が大きな社会問題となっていました。また、成田空港建設反対運動(成田闘争)も活発化していました。さらに、葛西や船橋などの沿線には駅が建設されない予定で、新幹線ができると沿線の街が路線で分断されるうえに騒音だけまき散らされるのです。問題の少ない部分は建設が進んでいましたが、昭和58年(1983年)に工事が凍結、昭和62年(1987年)に計画そのものが失効しました。ここまで545億円の予算がつぎ込まれましたが、作られた橋やトンネルはそのまま残りました。政府内でも採算性の問題が指摘され、また、「東京駅の立地条件が悪すぎるぜ!」という意見があったのです。

 そして、成田空港は都心から60km以上離れているのに鉄道のアクセスが無い“世界一不便な空港”というレッテルを国際的に貼られました。その後も都心と成田空港を結ぶ鉄道の建設案が出されましたが、当時の国鉄には予算がなく中々進みませんでした。昭和63年(1988年)、当時運輸大臣だった石原慎太郎(現都知事)が業を煮やし、すでに作られた成田新幹線の路盤を活用してJRの成田線と成田空港を結ぶ在来線を建設する案を提示し(鶴の一声的なものだった)、翌年に着工されました。そして平成3年(1991年)に開業しました。これが、現在の成田エクスプレスの走る路線であります。また、京成電鉄ルートも作られました。

 成田新幹線の遺構やルート沿いの用地などは、現在いくつかの鉄道路線に活用されています。次回からその活用について語っていきます。


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この記事へのコメント

ファン宣言! - なお - 2009年04月29日 11:26:41

読んでいて楽しかったです。ありがとうございます。

- 太郎 - 2009年04月29日 22:39:45

なおさん>
 閲覧してくださり、ありがとうございます。これからもはりきって記事を後進していくよう頑張ります!!

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