何故長年「ひかり」が「新横浜」に停まらなかったのか?

 前の記事で紹介したとおり、「ひかり」は「東海道新幹線」が開通してから12年物間「新横浜」に停車しませんでした。当時の横浜市の人口は200万人くらいで、しかも人口が1/200ほどの米原町にある「米原」の方に先に「ひかり」が停車するようになったのです。当然、横浜市にとって面白いはずがありません。「東海道新幹線」開通前に「ひかり」が通過すると発表されてから横浜市は当時の国鉄にずっと抗議を続けてきました。それにも関わらず、なぜ12年もの間停まらなかったのか?主な理由が2つあります。

「新横浜」が市街地から離れている
 今こそ「横浜線」と横浜市営地下鉄「3号線」が乗り入れていますが、開業当時は地下鉄は無く、「横浜線」も今ほど高頻度で運転をしていませんでした。つまり、市街地から駅へ行くのにかなり不便だったのです。また、今の駅周辺はビル群が立っていますが、当時は田園や野原ばかりでした。しかも、市街地と駅は丘によって分断されていました(今でも駅の南側を見ると緑色の丘が目に入る)。そのため、横浜とその近辺の人たちは多くが「東京」へ行ってそこから「ひかり」を利用していたのです。実際「東京」を経由した方が当時は早くて便利だったそうです。

信号系統などの設定変更に手間がかかる
 当時は「こだま」は各駅停車、「ひかり」は途中「名古屋」と「京都」のみ停車という定理でした(法則ではない)。1時間を軸とする各列車の発車時間、所要時間、到着時間、対比・追い越しをする位置(駅)もほとんど同じようになっていました。これは、なるべくダイヤをパターン化することにより、列車運行をしやすくためです。何しろ初めての高速鉄道でありますのでわかりやすくしたい、さらに当時の信号や運転系統は誤作動を起こしやすく、このように運行が単純な形で統一されていた方がやりやすいのです。ここで「新横浜」に「ひかり」を停めるようになれば、これらの系統を改善、安定化させる必要があり、12年もの間「ひかり」が「新横浜」に停まらない理由の1つになりました。
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この記事へのコメント

- ヒバリ - 2010年03月23日 01:21:48

新横浜の裏は丘ですねそういえば。駅裏が急斜面で驚いたことがあります。横浜線も横浜駅から出るのが少ない。(たいていが東神奈川の発着)
横浜駅周辺のほうが発展してるかもしれない。

- 太郎 - 2010年03月26日 17:13:24

>ヒバリさん
 横浜も東京と同じく台地が多いからね。どうやら新幹線の駅が副都心で横浜駅周辺が都心部の扱いみたいだね。

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